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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ あなたっ、それでも武士なの!?


 夕刻。日の光が少しずつオレンジ色に染まり始める放課後の時間。

 校舎から少し離れた場所に生徒達の気合いの声が響いていた。

 そこは体育館とは別に作られた武道系の部活専用に作られた建物で、生徒達からは道場舎と呼ばれている。剣道・柔道・空手・合気道・ジークンドー・忍術・薙刀・小太刀二刀術・レスリング・ボクシングなどの部活が入っており、体育館以上の広さに三階建てという、私立にしても中々珍しい充実振りだ。

 なんでも、初代理事長の趣味が迸った結果だとか……

 その道場舎一階の剣道部に割り当てられた場所では、他の部活とは少し異なる独特の雄叫びが響いていた。きっと、おそらく「メェーンッ」と言っているのだろうが、よくて「ェーンッ!」、悪くて「えぁああああっんっ」、下手すると「エンダァアアアアッ」と空耳アワーなことになっている。

 もちろん、気合いが迸っている結果だ。

 この剣道部だが、同じ一階を部活の場として割り当てられている空手部や柔道部、合気道部からかなりの注目を浴びている。露骨なものではないが、割りとチラッチラッと視線が飛ぶのだ。

 原因は、もちろんそのかけ声にあるわけではなく、黒髪ポニーテールがトレードマークの美少女だ。

 剣道のゆったりした道着越しでも分かる抜群のスタイルに、凜としていながらも優しさを感じるさせる雰囲気。行方不明前でも落ち着いた女の子という評価ではあったが、今は以前よりずっと強い芯を感じさせる大人の女性といった様子。

「はぁ~。八重樫さん、マジやべぇなぁ。俺、今からでも剣道部に行こうかなぁ」
「行ってどうすんだよ。むしろ、どうにかしようとしたら、マジやべぇ彼氏に逝かされるぞ」
「そうそう。ああいう人はな、遠くからチラ見するくらいでちょうどいいんだよ」

 チラ注目の的――八重樫雫。彼女をチラ見する柔道部の男子がうっとりしながら呟けば、友人達が諦観のこもった表情と声音でツッコミを入れた。

 周囲を見てみれば、空手部でも合気道部でも、そんな会話がされているだろうことが何となく分かる。約一年の行方不明という非日常的な不思議と、どことなく変わった雰囲気が、彼女の魅力と注目度をかなり底上げしているのだ。

「あぁ、もうっ。鬱陶しいなぁ。もうすぐ試合だっていうのに」
「全くねぇ。確か、空手部も来月には試合だったと思うけど……。気合いが足りないわね」

 女子剣道部の一人が、顔をしかめながらそう吐き捨てると、他の女子部員が汗を拭きながら同意する。

 そこへ、飲み物を片手に、申し訳なさそうな表情をした雫がやって来た。

「なんというか……ごめんなさい。やっぱり、私はあまり来ない方がいいんじゃないかしら? 部員でもないわけだし」
「え!? ちょ、違う違う! そんなつもりで言ったんじゃないから!」
「そうそう! 悪いのは部活に集中してないあいつらであって、雫ちゃんじゃないって!」
「というか、私達が頼んで来てもらってるんだから、そんな気なんて遣わなくていいから!」
「そうです、お姉様! なんなら、あのチラ見野郎共、今日中に闇討ちしておきますから!」

 雫は、復学した後、剣道部を退部している。それは、異世界での経験から身体能力・剣道の腕共にチートレベルになっているからだ。

 文字通り、手加減せねば誰も相手にならない。本気で剣道に打ち込み、試合に情熱をかける学生達を相手に、全力も本気も出さずに勝ててしまう自分は毒にしかならないと判断し身を引いたのである。

 ただ、当然部活にも復帰してくれるものと思っていた部員達は、退部してしまった雫をどうにか引き留めたくて、しかし、説得虚しく復帰は叶わず、ならばと〝指導もできるマネージャー〟という立場を顧問と相談して作って引き留めたのである。

 要するに、部員にならなくてもいいから、時間のあるときに指導を兼ねて遊びに来て! というわけだ。

 後輩からは半泣きで懇願され、同級生からは子泣き爺の如くしがみつかれ、既に引退したはずの先輩達からすら連日もの悲しげな眼差しで無言の圧力をかけられる。

 世間からも、生徒達の親からも、〝帰還者〟としてどこか敬遠されているにもかかわらず、「そんなこと知ったこっちゃねぇ!」とばかりに、繋がりを保とうとする剣道部の仲間達に、照れるやら、くすぐったいやら。

 結局折れたのは雫の方で、こうして試合前などは特に集中して、指導しに来ているわけである。

 そんな雫が周囲に遠慮して来なくなっては大変だと、申し訳なさそうにしている雫を見て女子部員達が一斉に集まり出した。

 単純に雫を好いている、というのもあるが、彼女の指導は実に効果的で、その教えを受けた生徒達はまず間違いなく実力が伸びる。翌月には全国大会の予選が始まるので、そういう意味でも剣道少女達にとって、雫という最高の指導者を手放したくはなかった。

「う~ん、そうね。この時期に途中でお手伝いを止めるのも無責任だし、ね。だから、闇討ちは止めておきなさい。ついでにお姉様も止めてくれると嬉しいわ」
「そんなっ。私は義妹(ソウルシスター)失格ですか!?」

 絶望したような表情でふらりとよろける後輩ちゃん。同級生の部員達が「しっかり!」「気を確かに!」と支えている。なお、後輩ちゃん達は全員が〝義妹(ソウルシスター)〟らしい。知らぬ間に増殖していく義妹達……。一匹見たら三十匹はいると思え!

 義妹達が雫を見ている。うるうるの瞳で、どうか魂の絆で繋がった義妹仲間に慈悲をっ、と訴えている。

「……もう、お姉様でいいから、そんな目で見ないで……」

 いつも折れるのはお姉様の方だ。崩れ落ちていた後輩ちゃんは、まるで映像の逆再生でもしているかのような奇怪な動きで体勢を戻した。彼女達はもはや、義妹という名の何かなのかもしれない。

 そんなこんなで中々ハードな練習を終えて、雫以外の女子部員が少々ぐったりしながら更衣室で着替えていると、ほとんど毎回のことではあるが部員の一人がそれを口にした。

「それで雫。いつ復帰してくれるの?」
「いや、だから、しないってば」

 道着を脱いだ途端、後輩ちゃん達の血走った眼差しにぐさぐさ突き刺されるも極力無視しつつ、雫は同級生の質問に苦笑いで返した。

「でもさぁ、せっかくそんなに強いんだしさぁ。中学の時も一年の時も、ずっと優勝してたわけだしさぁ」
「もったいないよねぇ」

 指導のため練習に顔を出してくれるため、雫と一緒にいられるという点ではある程度満足している。しかし、純粋な剣道少女としては、雫の腕前を知るだけに(あくまで常識的範囲で)、どうしても試合に出ないことが〝もったいない〟と感じてしまう。

 雫は苦笑いを深めつつ、体を隠すようにさっと服を着た。後輩ちゃん達から「チッ」という舌打ちが漏れ出す。

「剣道はもう満足してるのよ。それに、剣道は止めても、剣術は続けてるわ。むしろ、今はそっちの方が忙しいのよ。いろいろと、ね」

 家の真実を知ってしまったので、とは言えない。

 しかし、その〝いろいろ〟の部分でいろいろと邪推してしまうのが女子というもの。

「いろいろ、ねぇ。なるほど、彼氏を家族に認めてもらおう、的なやつだね」
「ワシに勝てん限り、娘はやらんぞ! みたいな?」
「あ、やっぱり南雲君、雫の家の道場で修行とかしてるんだ」

 そんな噂が広まっているらしい。同級生達の瞳がきらきらと好奇心に輝き出す。

「で、最近、どうなの、噂の彼氏とは」
「教室離れてるから、いまいち情報が入りづらいんだよね。っていうか、雫、大丈夫なの? 遊ばれてない? なんか香織ちゃん以外にも、すごいメンバー侍ってんでしょ?」

 好奇心の中に覗く心配の色。雫が寄り添う男の女関係が、およそ普通でないことはこの学校における周知の事実だ。とんでもない美少女転校生二人の他、親友のはずの香織まで侍っている相手に、自分達の大切な友人である雫まで恋心を寄せている……そのことに、剣道部員は余り良い感情を抱いてはいない。

「心配してくれてありがと。でも大丈夫よ。香織も、ユエもシアも、私にとって大切な人達だし、全部納得の上で彼の傍にいるから。常識的でないことは確かなんだけどね。でも、しょうがないわ」

 惚れた者負け、というやつねと、決して苦いもののない幸せそうな表情で、惚気を見せつける雫に、毎回のことながら部員達は何とも言えない表情となった。

 ついでに、ギリギリギリギリッという歯軋りの音が響き渡る。誰も気にしないようにしているが、もちろん音源は後輩ちゃん達だ。「やはり闇討ちを……」とか、「しかし、既に幾人もの同士が返り討ちに……」とか、「何か、新たな戦略を練らねばなるまい……」などと、お前等一体どこの秘密結社だ、と言いたくなるような暗い会話をコソコソとしている。

「まぁ、シズがいいんなら、わたしらがどうこういうことじゃないんだけどさ……」
「南雲のどこがいいわけ?」

 既にほとんどの部員が着替え終わっているのだが、身だしなみを整えつつもガールズトークが終わる気配はない。いつものことだ。

 問われた雫は、ちょっぴり頬を染めている。行方不明前には、一度も見たことがない可愛い表情に、それだけハジメに対して本気なのだろうと嫌でも理解させられ更に微妙な表情となる。

 後輩ちゃんの何人かが、どこからか取り出したヌイグルミに拳を打ち込み始めた。ズドンッズドンッと、嫌にいい音をさせている。竹刀を握るより、拳を握る方が才能的にいいのではないだろうか、と思わせる素晴らしい打ち込みだ。

「どこって……いろいろよ」
「強いて一つ挙げるなら?」
「ぅ………………いつでも守ってくれるところ、とか」

 てれてれしながら述べられた雫の回答に、同級生達は「あ~」と納得したようなしていないような、そんな呻き声じみた声を上げた。

 八重樫雫といえば、後輩ちゃん達がそうであるように〝お姉様〟だ。女の子達にとって、頼りになり、自分達を守ってくれるナイト様だ。男子にとっても、どんなことでも自分でなんとかしてしまう凜々しい美人という評価だ。

 守るべき対象、という印象を雫に対して抱くのは、同年代の男子女子には難しいだろう。実際に、彼・彼女達の遙か上を行くスペックの持ち主なのだから。

 だが、特に親しい人は、雫が可愛いもの好きであることや、かなり乙女ちっくな性格であることを知っている。剣道部の女子部員はその親しい人に入っている。

 故に、雫の言葉に納得できてしまう。雫を唯一と見ない、いけ好かない男相手に断じて納得などしたくはないのだが。

「ほんと、行方不明の間に、一体、何があったのさ? 私、なんだかんだで雫は、天之河くんとくっつくんじゃないかって思ってたんだけど」

 幾人かの女子がぎょっとしたように、その質問をした女子へ視線を向けた。

 〝帰還者〟達に行方不明期間中のことを尋ねることは、今や暗黙のタブーとされている。最初の頃は、それはもう誰もが気にして尋ねていたのだが、世間の騒ぎようと、突然の沈静化、〝帰還者〟達の答えが常に一緒で、それが荒唐無稽であるがために、〝聞いてはならないこと〟という認識が広がったのだ。

 雫は、僅かに緊張を孕んだ空気をしっかりと認識しつつ、今までと変わらない回答を口にした。

「前にも言ったでしょ? 異世界で冒険したり、悪い神様の手先と戦ったりしていたのよ」
「「「「「……」」」」」

 案の定、何と言って良いのか迷うように言葉を詰まらせる同級生達。後輩ちゃん達は、どこか痛ましそうな、心配するような眼差しを向けている。

 信じる信じないは貴方次第……と言うには、剣道部の仲間は少々親しすぎる間柄だ。マスコミや公的機関、好奇心だけの第三者相手と同じ対応にはしたくない。たとえ、口にしているのが紛う事なき真実であるとしても。

 なので、雫は茶目っ気たっぷりに、ウインクをつけて言葉を足す。

「あと、光輝が泣いて謝るまで殴っていたわ。歯が欠けて、顔中腫らしながら、ごめんなさい、反省してます、もうしません、って泣きじゃくる光輝は、中々見物だったわよ?」
「おぉう……それはなんとも……」
「そ、それ、本当なの?」
「何があったのか、滅茶苦茶気になるんですけど!」

 先程までの小さな緊張感はどこへやら。女子部員達はキャッキャと騒ぎ出す。あの完璧超人な学校一のイケメン男子が泣きながら謝罪する事態とは? そして、面倒見がよく温厚な雫を、そこまで怒らせるような事情とは? 女子のたくましい恋愛妄想力がむくむくと触れ上がっていく。

 雫は興奮する友人達をなだめつつ、

「光輝の恥ずかしい過去でもあるわけだし、詳細は話せないけど……少なくとも、私が心から助けを求めたとき、それに応えてくれたのは光輝じゃなくて、いつだって――ハジメだったわ」

 そんな意味深なことを、夢見る少女のような、あるいは愛情とは何たるかを知った大人の女性のような、同姓でも思わずドキッとする深く魅力的な表情で口にした。

 今度は、違う沈黙が降りる。女子部員達の表情はどこかぽ~としていて、雫に見惚れているかのようだった。ぶばっと音がした。後輩ちゃんが鼻からお姉様を想う気持ちを噴き出した音だ。

 周りの様子に気が付いた雫は、自分の言葉に恥ずかしそうに俯きながら話題の転換を図った。

「そ、それより、来月の予選。頑張ってね。みんなびっくりするくらい強くなってるから、団体戦もだけど、個人戦が凄く楽しみよ。うちの剣道部で、個人戦の上位は独占ね」
「それはそれでプレッシャーなんだけど」

 雫の露骨な話題転換と、耳を真っ赤にしながらいそいそと帰り支度を完了している姿に、女子部員達は顔を見合わせて互いに小さく笑みを交わした。そして、行方不明前よりずっと可愛くなった友人に合わせて、ガールズトークを終わらせるのだった。




 翌月。

 雫の姿は隣町にある大きな市の総合体育館二階の観客席にあった。

 眼下では自校の剣道部が他校の剣道部と鎬を削り合っている。裂帛の気合いが込められた声と、バシッという相手を打つ竹刀の音、そして応援の声が広い体育館の中に響いている。

「うちの剣道部って強ぇな。特に女子。雫の影響は絶大だな」

 一緒に観戦に来たハジメが、感心したような表情でそう呟いた。ハジメ個人としては剣道の試合に興味があったわけではないのだが、〝二人きりの休日〟における雫の番が今日だったので、応援デート(?)みたいな形で付き合っているのだ。

 試合もほぼ消化され、団体戦は残すところ決勝戦だけとなり、それまでの試合においても、団体戦メンバーはほぼ負け無しだ。

 個人戦も、既に三位は自校の生徒で確定しており、これから始まる決勝戦にも雫の同級生が出る。後輩ちゃん達においても、一回戦敗退という者がいないのだから、実に大したものだ。

「彼女達の努力の賜物よ」

 雫が謙遜だけでなく、本当にそう思っているような口ぶりでそう言った。だが、ハジメは首を傾げて反論する。

「そうか? 時々、俺の耳が『お姉様が見てる! 義妹の名に賭けて無様はさらせない!』みたいな言葉をよく拾うんだが。うちの剣道部だけ、士気が段違いなんだが」
「……か、可愛い後輩達、よね」
「可愛い、ね。雫を見たあと隣の俺を見て『当然みたいな顔でお姉様の隣に座りやがってっ。野郎っ、ぶっころしてやるぅううううっ』って、ヤクザみたいな顔で言ってるやつが沢山いるんだが……。あれ、女の子がしていい顔じゃないと思うぞ。ほら、相手の選手、試合の前から戦意喪失してんじゃねぇか」
「……」

 お姉様は視線を逸らした。

 と、逸らした視線の先で、不意に目が合った。これから個人戦の決勝戦が始まるのだが、相手の選手が雫を見ているのだ。既に面がつけられているので正確には目が見えているわけではないのだが、雫へ意識が向いているのがよく分かる。

 それくらい、強い感情が乗っていたのだ。それも、どちらかというと義妹達の敬愛の眼差しといった肯定的な感情ではなく、逆の――否定の感情。

(あの体格……それにあの高校は……)

 審判に声をかけられ、相手選手の強い視線が雫から外れる。雫は、自分が何かしてしまったのだろうかと首を傾げて考えるが、特に心当たりは思いつかない。

 そうこうしている内に試合が始まった。

 その瞬間、

「オォオオオオオオオオオッ!!」

 体育館が震えた。そう錯覚するほどの雄叫び。裂帛の気合いが迸り、ビリビリと肌を刺激する。シンッと静まる観客席。

 直後、パァンッという鋭い音が響き渡った。

 誰もが呆然とする中、ハッと我に返った審判が、「面あり」の判定を行う。そう、一瞬で、部内でも間違いなくトップクラスである雫の友人は、一本取られてしまったのだ。

 直ぐに元の位置に戻り、そして始まる試合。再び裂帛の気合いが迸った。

 今度は辛うじて、上段からの面打ちを防ぐ自校の選手。しかし、その一撃は見た目を裏切らない重さと鋭さを持っていたのだろう。防いだ竹刀を思わず取り落としかけている。

 その隙を逃さす、流れるように打ち込み始めた相手選手。自校の選手も流石トップクラスなだけはあって辛うじて防ぎ続けているものの、最初に晒した隙が大きな枷となって連撃を止めることができず、ただの一撃も反撃ができていない。

「おいおい、あの子、本当に女子か?」
「こ、こら。いくらなんでも失礼よ」

 凄まじい迫力で自校の選手を追い詰める相手選手に、思わずといった様子でハジメがそう言えば、雫はたしなめながらも頬を引き攣らせた。

 確かに、雄叫びの声は野太く、かつ体育館を震わせるほどの声量で、とても女子が発したものとは思えない。

 加えて、相手選手の体格がまた規格外だ。身長は百八十は越えているだろう。防具越しでも分かる骨太な体格はさながら重量級の柔道家のようで、竹刀を握る両腕には筋肉の筋が浮き出ている。

 客観的に見ると、確かに女子高生? と言わざるを得ないそれはもう立派な体格だったのだ。

 ハジメが驚愕に目をぱちくりとさせ、雫が相手選手について記憶をひっぱり出している間に、試合は終わりを見せた。

 ついに自校の選手が猛攻に耐えられず竹刀を泳がせてしまった瞬間、パシィィンという澄んだ打撃音と共に面を打たれたのだ。

 どこか呆然とした様子で立ち尽くす友人を心配そうに雫が見る中、審判に促されて正気に戻ったらしい彼女は、一礼をすると静かに自陣へ戻り、面を外すと悔しそうに拳を握り締めたままうなだれてしまった。

 剣道部員が次々と彼女の周りに集まって声をかけている。

「ありゃあ、相手が悪かったな。ただの力押しならどうにかなったんだろうが……」
「ええ。確かに、彼女は……それだけじゃないから。でも、どうしてここの予選に……」

 どうやら雫には相手選手について心当たりがあるらしい。

「ん? なんかもめてんぞ。大丈夫か?」
「え?」

 何やら考え込んでいた雫がハジメの言葉で試合会場へと意識を戻すと、確かに、先程の相手選手が自校の女子部員達と何やら口論らしきものをしているようだった。

「……なんだ、やっぱり知り合いか? 雫のこと聞いてるぞ」
「や、やっぱり私に何かあるみたい、ね」

 ハジメの人外イヤーは、ウサギ嫁のウサミミほどではないが中々高性能な集音能力を持っている。それによれば、どうやら相手選手は、何故雫が試合に出ていないのかと、女子部員達に詰め寄っているようだ。

 かなりの剣幕におっかなびっくりといった女子部員達だったが、面も外すことなく詰め寄る相手選手が声のトーンを落として、もしや大きな怪我でもしているのかと尋ねると、少し落ち着いたようでどうにか答えた。

 と言っても、話すことは多くない。単に、雫が剣道部を止めたこと、怪我などではなく個人的な理由であることを伝えたようだ。

 きっと、全国大会の常連であった雫の知り合いで、試合に出ていない雫を心配しているのだと思ったのだろう。怪我じゃないから心配しなくて大丈夫だと言う女子部員に、しかし、相手選手は予想外の反応を見せた。

 いきなり面をむしり取るようにして脱ぐと、まるで殺してやると言わんばかりの眼光を雫へと向けたのだ。その形相はどう見ても怒り心頭といった様子で、まるで噴火寸前の火山である。ついでに、非常に迫力のある容姿だった。

 思わず、ハジメがとある異世界の服屋に巣食う奴を思い出して身構えるほどに。

 四角い輪郭、太い眉と野獣の如き目、大きく膨らんだ鼻と割れた顎が香ばしい。

 相手選手は雫を睨み付けたあと、おそらく雫のもとへ行こうとしたのだろう。それを察した女子部員達が止めようとするが、それを押しのけて会場から出て行こうとする。

 やばい雰囲気を感じ取って、相手選手の仲間も止めに来たのだが、よほど頭に来ているのか、その言葉も聞こえていない様子で、しがみつく仲間を引きずって進み出した。

「……私が行かないと話にならないみたいね。ちょっと行ってくるわ」
「あいよ。一応、近くにいるからな」

 席を立つ雫に続いて、ハジメも立つ。

 いくら規格外の体格を有しているといっても、雫が現代日本の女子高生にどうにかされることなどあり得ない。

 しかし、人を傷つけるものは何も単純な暴力だけではないのだ。相手の尋常ならざる様子からすると、雫を傷つけるような〝言葉〟を投げつけるかもしれない。

 言葉は魔法だ。場合によっては、異世界の最上級魔法などより余程強力な。

〝帰還者〟という立場から、既に心ない言葉なら沢山耳にしているが、聞かずに済むならそれに越したことはない。

 強い心を持っているが故に人よりずっと耐えられるというだけで、雫の心は傷を負いやすいのだ。故に、場合によっては、相手が泡を吹いて気絶する程度の〝威圧〟をすることも、まったくもって辞さない所存のハジメである。

 地球に帰ってからというもの、身内にはますます甘くなっている魔王様であった。

「あの、本当に大丈夫よ? だから、あんまり無茶なことはしないでね?」
「……前向きに検討しよう」

 過保護なハジメの、何とも信用ならない言葉に、雫はくすぐったいやら困るやら。

 そうして、一階に降りて会場の入り口へと差し掛かったところで、件の相手選手が仲間や雫の友人達をずるずると引きずりながら姿を現した。

 周囲の喧噪もなんのその。不動明王が降臨したのかと錯覚しそうな形相で、ギョロリと視線を巡らせると、その瞳に雫の姿を捉えた。

 女子部員達から「逃げてぇ! 雫ぅ、超逃げてぇえええっ!」とか、「お姉様! ここは私に任せて先に行ってください!」とか、何だか必死な叫びが聞こえてくる中、その阿修羅もかくやという迫力の相手選手は……

「八重樫ぃ! 貴女っ、それでも武士なの!?」

 試合中の雄叫びは何だったのかと思うほど、意外にも可愛い声でそんなことを言った。

 取り敢えず、

「武士ではありません」

 きっと学年的には同じであろう彼女に、雫は真顔かつ敬語でそう訂正の言葉を返すのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

雫成分が足りなかったので、つい書いてしまいました。

これが終わったら、光輝の召喚されすぎぃを書こうかなぁと考えています。
感想欄とかメッセージとか見ると、以外に読みたいと言ってくださる方が多く、おだてられるとほいほい乗ってしまう白米は、案の定、その気になっているわけです。
ただねぇ、光輝だからねぇ。書いてて楽しめるかなぁという不安があったりなかったり…
でも書く以上は、しっかり書いてあげたいという気持ちもあるわけで……
召還されすぎぃ編で文章が投げやり気味になったら、白米ぇしっかりしろ! とエールを送ってもらえるときっと復活します。
よろしくお願いします。
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