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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 喧嘩するほど仲が良い? 前編


 南雲家の地下には広々とした地下室がある。もちろん元々存在しない部屋であるが、ハジメが異世界から帰還した後に、いろいろと作業をするために必要だとして作ったのだ。

 そのハジメ専用の地下工房にて、当のハジメが腕を組みながら「う~~ん」と唸り声を上げていた。

「舞台は出来た。基本システムもOK、意識の固定と安全性もクリアした。後は具体的なストーリーとそれに見合ったキャラ設定だが……どうにもしっくり来ないなぁ」

 独り言で現状を再確認しながら、ハジメは再び悩みの唸り声を上げる。そんなハジメの視線の先には、作業台に置かれた青白い水晶が組み込まれた機械的なアイマスクのようなものがあった。

 見た目はアイマスク型の目元マッサージ器、あるいはVRゲーム用のヘッドセットのよう……というか、実はそのまんま、それはハジメ自作のゲーム機だった。ただし、使われている技術や素材は地球及び異世界混合製で、神代魔法すら応用して組み込まれた完全体感型ゲームだ。

 地球では未だ空想世界の産物で、ようやく端っこに手をかけたレベルだが、世界最高の錬成師の手にかかるとあっさり実現してしまうのである。

 ちなみに、魂魄魔法の応用で意識のみを仮想世界に飛ばすのだが、実はこれ、ほとんど幽体離脱に近いものがあり、更に仮想世界は再生魔法の応用で限りなく現実に近い幻覚のようなもので構成されているので、五感どころか魔力や気配といったものに対する感覚まで感じることができる。

 安全機構には特に気を遣ったハジメの力作だ。むしろ、最高傑作といっても過言ではない。ゲーマーとして、そしてゲーム制作会社社長の息子として、一切の妥協をしなかった!

 さて、このとんでもゲーム機製作のきっかけだが……

(……せっかく作っても、ミュウが楽しめなきゃ意味がないしなぁ。一応、〝楽しく訓練〟がコンセプトなわけだからRPG風にするのは確定として……女の子が好むRPGってどんなのがいいんだ? 取り敢えず、動作確認とかのために適当なキャラは突っ込んであるが……う~~~ん)

 ハジメの悩みから分かる通り、これはミュウの訓練用に作製されたのである。

 ミュウがハジメ達のように強くなりたいと訴えたことを契機に、ハジメ一派(嫁~ズ他、クラスメイト達も含む)はミュウに戦闘技術を仕込んでいる。

 実際の訓練自体は魔法かアーティファクトで隠蔽し結界を張っておけばどこでもできるので問題はない。ただ、何にも勝る訓練とは実戦、それも格上との実戦であるというハジメの考えからすると、やはりトータスにでも行かなければミュウが力を試す場所はない。

 だが、訓練のために毎度異世界に行き、ほどよい相手を用意するのは中々面倒だ。また、ハジメ的に、自分が奈落の底で化け物のような魔物相手に鍛錬していたときのように、切羽詰まっているわけでもない状況で、愛娘に〝万が一〟があるような過酷な訓練を施すつもりなど毛頭なかった。

――ゆとりをもって、格上の敵をじっくり滅殺して、健やかに成長して欲しい

 それが、愛娘を持つ父親の、嘘偽りのない親心というものなのである。

 というわけで、仮想世界で仮想敵と戦うというのは、実にちょうどよい方法だったのである。

 さて、そんなわけでゲーム機製作だけは一通り完成したわけだが、ハジメは一つ、壁に突き当たってしまった。〝格上と実戦を。但し、存分に楽しみながら〟というコンセプトの元に製作を進めて来たが、肝心の〝楽しみながら〟という部分で、その根幹となる〝ストーリー〟が思いつかなかったのだ。

 なにせ、これはあくまでミュウの訓練の成果を試す仮想訓練なのだ。なので、例えばRPGの定番である序盤の敵としてゴブリンを出したとする。しかし、当然、ミュウはどんなぁなどのアーティファクト兵器を駆使して戦うわけで、ミュウと遭遇したが最後、ゴブリン達が「ごぶぅ!?」となるのは目に見えている。

 ミュウに俺TUEEEEEをさせたいわけではないのだ。かといって、視認してレールガンを回避するようなゴブリンは見たくない。そんなのはどこぞのバグったウサギだけで十分である。

 つまり、王道のRPGにおけるストーリー上の敵の強さと、ミュウの強さが噛み合わないのだ。

 その問題を上手くクリアしながら、ミュウが楽しくストーリーを進めつつ常に少し格上の敵と戦えるような内容となると……

「――ダメだ。全然、思いつかねぇ。最悪、レールガンをかわすゴブリンを出すしかないが……その前に、一度、父さんに相談してみるか」

 反復横跳びで残像を作り出すゴブリンを想像して嫌そうに顔を歪めたハジメは、行き詰まってきた頭をガリガリと乱暴に掻くと、溜息を吐きながら席を立った。

 地下工房を出て階段を上がりリビングへ入る。今日は休日だが、部屋にはシアを除いて誰もいなかった。愁と菫は仕事だが、他のメンバーについては知らない。

「あれ? シア、ユエ達はどうした?」
「ふわぁ。あ、ハジメさん。作業、終わったんですか?」

 リビングのソファーで、差し込むお日様の光を気持ちよさそうに浴びながらうたた寝していたらしいシアが、だらしないぽわぽわした表情で逆に尋ねた。少し寝ぼけているっぽい。

 ウサミミがへにょんとしている〝たれシア〟姿にちょっぴり悶えつつ、ハジメは外出の用意をしながら答える。

「いや、行き詰まったんで出て来た。父さんのところに行ってくる。差し入れついでに、ヒントを貰えないか仕事の合間にでも聞いてみようと思ってな」
「ほわぁ、そうですかぁ。いってらっしゃいですぅ。あ、そうそう。ユエさん達ですけど、ユエさんは、さっき香織さんが遊びに来るとのことで待ち伏せ――ごほんっ、お迎えに行きましたぁ。ティオさんとレミアさんは、ミュウちゃんのお洋服を見に出かけましたぁ」
「そうか。雫は?」
「八重樫家の自称ライバルとかいう家が宣戦布告して来たそうなので、すごく嫌だけどご家族について行って対応してくるそうですぅ。なので、今日は来れないとのことですぅ」
「……どこまで苦労人なんだ、あいつ」

 疲れた表情でハッスルする家族について行っているであろう雫を想い、ハジメは何とも言えない表情で遠くを見た。今更遠慮もないはずなので、救援の連絡が来なかったのなら、そう深刻な事態でもないのだろう。

「まぁ、分かったよ。それじゃあ、シア。ちょいと出かけて来るから、ユエ達には言っといてくれ」
「ふぁ~~い、お任せあれぇ~~ですぅ~~」

 ねむねむと、ふかふかクッションに顔を埋め直したシアは、ウサミミをふりふりして返事をしつつ、再び〝たれシアモード〟に移行した。余程、夢心地らしい。

 お日様に照らされながら、パンツ丸見えでウサシッポをふりん~ふりん~と揺らす〝たれシア〟は凄まじく愛らしい。膝枕でもして全力で愛でたい衝動に駆られるハジメだったが、パパとしての責務を果たすべくグッと我慢して家を出るのだった。




 それからしばらくして、南雲家のリビングに幸せそうなウサギのすや~という寝息が小さく響く中、ガチャリという玄関の扉が開く音と、

「もうっ、ユエのバカ! 変態! 悪戯っ子!」
「……迎えに行ってあげた相手に、なんたる暴言。香織のあほ」
「ああ言うのはね、〝迎え〟って言わないんだよ? 待ち伏せっていうの! しかも往来で幻術まで使うなんて、もう本当にばかっ」
「……香織、ひぁぁぁ~~~って叫んでた。ひぁぁぁ~~~って。ぷふっ」
「ユエぇ~~~」

 そんな姦しい言い合いが聞こえて来た。

 どうやら、香織が南雲家に来る道中で待ち伏せしていたらしいユエが、幻術まで使って香織にドッキリを仕掛けたらしい。その時の様子を思い出して、ユエは実に楽しそうな笑みを浮かべている。

 後にも先にも、ユエがわざわざ出かけて行ってまでドッキリを仕掛けるような相手は香織しかいないだろう。

 香織は香織で、ユエの悪戯を一身に受ける立場にありながら、怒ってはいても嫌っている様子は皆無。今も、靴を脱いでいるユエの髪に手を伸ばし、どこからか取り出した整髪剤を使ってモヒカン風に仕立てあげてやろうと奮闘している。

 香織に髪を弄り回され、ゆるふわの金髪がまるで魔女の森の木々のように奇怪な形にされるのもかまわずリビングに進んだユエは、能天気極まりないゆるゆるの表情でお昼寝しているシアを視界に入れた。出かける前と同じだ。

「あ、シア、お昼寝中なんだ。じゃあ、静かにしないとね」
「……ん」

 さっきまでの喧嘩はなんだったのか。ピタリと争いを止めて静かにする二人。そろ~りとシアに近寄り、むにゃむにゃしているシアを微笑ましそうに見つめる。

「むにゃむにゃ……えへへ、もうこれ以上――――殴殺できませんよぉ~~」
「「……」」
「んにゃぁ。……くふぅ~~、じゃあ、もうちょっとだけぇ~~」
「「……」」

 ちょっとテンプレから外れていた。

 幸せそうな表情で、ゆるゆるな雰囲気で、実に気持ち良さそうに、もうちょっとだけ誰かを殴殺しようとしているウサギさん。逃げてぇ! 夢の中の誰か! 超逃げてぇ!

「……そっとしておこっか」
「……ん。それがいい」

 ユエと香織は、そろ~りそろ~りと後退った。心の距離も取った。

「えっと、それで、ハジメくんは? ミュウちゃん達がいないのは聞いたけど、ハジメくんはいるんだよね?」
「……ん。昨日の夜から工房に篭ってる。夢中になるとすぐに時間を忘れるから困る」
「普通に寝食を忘れちゃうもんね。じゃあ、声かけに行こっか。ついでに休憩させちゃおう?」
「……お昼もまだだから、ちょうどいい」

 互いに頷き、地下工房に向かう。

 ちなみに、地下工房は廊下の階段から向かうのが本筋だが、実はリビングのソファーからも行ける。座った状態からぐりんっとひっくり返り、座っている人間を地下工房に落としてくれるのだ。

 わざわざ落とされる意味もないので、みんな階段から向かうのだが、たまに訪ねてくる八重樫家の人々(雫を除く)とミュウに限っては、逆に今まで一度も階段を使ったことがない。ぐりんっが好きなのだ。

「……ん? ハジメ、いない?」
「あれ? 本当だね」

 工房に入った二人は、そこの主がいないことに首を傾げた。

 出かけたのだろうか? それなら置手紙など置いてないだろうか? と部屋の奥にあるデスクへと向かう。

 置手紙はないようだが、代わりに、明らかに作業途中と思しきヘッドセットが視界に入った。

「……それが今、ハジメが夢中になって開発してるアーティファクト」
「そうなんだ。なんだか、3D映画とかを見るときのヘッドセットに似てるね?」
「……ん。あながち間違いじゃない」

 香織の疑問にユエが具体的な機能を話し始める。感心しながら聞いていた香織は、なんとなしにヘッドセット型のアーティファクトゲーム機を見つめた。

 そんな香織に、ユエは一言。

「……香織のむっつりすけべ」
「なんで!?」

 いきなりの暴言にぎょっとする香織。疑問を含んだツッコミにユエが答える。

「……そんなに見つめている理由は一つ。それがあれば、自宅にいながらハジメとのいちゃいちゃ体験がいつでもできると妄想したのはお見通し。仮想空間で、ハジメにいったい何をさせるつもり? このむっつり」
「むっつりじゃないし! そんな妄想してないし! というか、そういう発想が出て来る時点で、ユエの方がむっつりスケベでしょ!」
「……なにを馬鹿な。妄想なんてしなくても、私は常にいちゃいちゃしている!」
「確かに!」

 反論の余地はなかった。だが、事あるごとに〝香織はむっつりスケベである〟という印象を植え付けようとするのはいい加減にして欲しいところ。

 香織は断言できる。自分が健全であるということを! たとえ、ちょっぴり妄想癖があったとしても、ハジメの使用済みのあれこれに意識が持っていかれることがあったとしても、紛れもなく自分は健全な女子であると! そこに疑いの余地はない! はず!

 なので、ここはきっちりと反論しておく。

 が、そんな香織の反論を、ユエ様は真っ向から叩き伏せようとする。

 結果、最終的にはいつものキャットファイトに繋がるのだ。

 にゃぁっーー!! にゃぁっーー!! むいっむいっ! むきぃいいいっ!!

 二人してほっぺを掴み合い、工房の床をゴロゴロと転がり回ること数分。傍からみるとじゃれ合っているようにしか見えない状況で、しかし、真剣に喧嘩する二人はつい夢中になってしまい周囲への注意を忘れてしまった。

 そう、ここがハジメ手製の、よく分かるものからよく分からないものまで転がっている趣味全開のアーティファクトが散乱している錬成師の工房であるということを。

 ゴンッといい音が鳴って、立ち上がりかけたユエが頭上のデスクに後頭部を強打した。

 思わず、「んみぃ!?」と奇怪な悲鳴を上げたユエを、「や~い、や~い!」と大人げなくはやし立てる香織だったが、次の瞬間、デスクから落ちて来たヘッドセットやら他の鉱物やらが脳天を直撃し、「んみぃ!?」とお揃いの悲鳴を上げた。

 二人して頭を抱えながらぷるぷるしていると、不意にバチバチッという不吉な音が耳朶を叩いた。

「……あ、あの、ユエ? これ、ひょっとして不味くないかな?」
「……まずいでござる」

 冷や汗がたらり。ただ壊しただけなら、二人で仲良くダブル土下座してハジメに謝ればいい。だが、目の前で激しくスパークし、更に魔力光を激しく明滅させ、肌で感じるほど膨大な魔力を溢れさせるヘッドセットからは不吉さしか感じない。

 思わずおかしな口調になったユエだったが思考は冷静だ。たとえ何があっても、世界最高レベルの耐久性を誇る工房が、その内部で起きた事象を外に漏らすことはない。故に、瞬間移動の極技である〝天在〟を使って、香織と共に脱出する。

 刹那の内にそう判断したユエが香織の元へ飛び込み、いざ、離脱を――

 カッと光が爆ぜた。

 音もなく、衝撃もない。ただ工房を塗り潰すほどの光が溢れ、一拍。

 元の色を取り戻した工房には、香織を押し倒すように覆いかぶさるユエと、そんなユエをぎゅっと抱き締める香織だけが残されていた。二人に意識はないようだった。




「っ、ユエ!? 大丈夫!?」

 一瞬、意識が飛んだことを自覚していた香織は、感覚が戻ると同時に勢いよく身を起こしユエの安否を確認した。が、いつもの一拍置いた憎たらしいほどに耳心地のよい声音は聞こえてこない。

 意識が途絶える一瞬前、ユエが自分を庇うようにして飛び込んできたのは確認していた。だから、てっきり自分の懐にいると思ったのだが、そこに彼女の重みはなく、キョロキョロと周囲を見ても姿はない。

 というか、

「な、なんなのこれぇ~~~~」

 香織は混乱した!

 なぜなら、さっきまで工房に私服でいたはずなのに、気が付いたら質素な木製の壁に囲まれた部屋の中で、ベッドから身を起こした状態だったからだ。よく見れば、来ている服も質素で中世ヨーロッパ時代を思わせるものに代わっている。ワンピースでゆったりした、そう、映画などで村娘が来ているような服装だ。

 香織はしばらく愕然としたまま自分を見下ろし、ついで、慌てたように駆け出した。木製の薄い扉を吹き飛ばす勢いで開け、リビングらしき場所にいた初老の男性がにこやかに何かを語りかけてくるのを無視して、そのまま勢いよく玄関の扉を開けて飛び出る。

「ど、どこなの、ここ」

 広がる青空。掘っ建て小屋のような家の数々。質素な服装であくせくと働く外人っぽい人々。明らかに日本ではない。

 香織は混乱したまま、たまたま近くを通った青年に声をかけた。

「あ、あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいんですが……」
「やぁ、ここは始まりの村〝あああああああ〟だよ」
「名前が適当すぎるよ! っていうか聞いてないですから!」

 香織は混乱した! そんな香織に青年は「おや?」と首を傾げる。

「なんだ、いきなり声をかけてくるから誰かと思えば――」
「え、え? なんなの?」

 いきなり言葉が止まった青年にも驚くが、直後、香織は眼前に出現した透明な空中投影型のディスプレイのようなものにビクッと体を震わせる。

 ディスプレイの上には、〝名前を決めてください〟とあり、その下には空欄の枠が、更にその下には見慣れたキーボードがあった。

「これって……もしかしてここは……」

 あの開発中のゲーム機の中なのでは? という真実に到達した香織。いきなり見知らぬ世界に来た現状も、定型文のようなセリフを吐く青年も、空中に現れたディスプレイもまるっきりRPGの世界だ。香織の恰好にしても、おそらく最初は村娘からスタートという設定なのだろう。

「そういうことだよね? 魂魄魔法を使ったアーティファクトっていう話だったから、壊れた拍子に魂魄だけゲームの中に飛ばされちゃったのかな? ……魂魄だけって感じは全然しないんだけど……う~ん、悩むのは後だね。とにかく、ユエを探さないと」

 意識を切り替えた香織は、目の前でにこやかな笑みを浮かべながら待っている青年を見て、取り敢えず、ゲームのルールに従って名前だけでも決めてユエを探そうと決める。

「ええっと、そのまま、カ・オ・リっと」

 名前を打ち込み、エンターキーをクリックする。確認画面が出たのでそれもOKする。するとディスプレイが勝手に消えて、

「――誰かと思えば、村長の残念な娘であるカオリじゃないか」
「誰が残念なの!?」

 いきなり罵倒された。

「それでどうしたんだ、村長の残念な娘」
「名前決めた意味ないよね!? っていうか残念っていうのはデフォルトなの!?」

 相変わらず人好きのする微笑みを浮かべる青年に悪意は欠片も見受けられない。これはゲーム、これはゲームと念じることで湧き上がる不満を押し殺し、香織は改めて尋ねた。

「ユエを知りませんか? あ、ユエで分かるのかな。金髪のとびっきり綺麗な女の子なんですけど……」
「ここは始まりの町〝あああああああ〟だよ」
「あ、はい。知らないんですね」

 知らないことを聞かれると、最初のセリフに戻るらしい。やっぱりRPGの世界だと確信を抱きながら、香織はどうしたものかと頭を捻る。

 と、そのとき、青年の方が話しかけてきた。

「そう言えば知っているかい、村長の残念な娘」
「……なんですか?」

 世の中、諦めが肝心だ。

「どうやら今朝、神父さんが頭のおかしいシスターを拾ったらしいよ」
「きっとユエです!」

 本人がこの場にいたら、きっと第何次か分からないユエVS香織大戦の幕が開けたことだろう。

 村人に話を聞いて情報を集め、行先を決める――実に王道な流れに確信を得た香織は律儀にお礼の言葉を述べて駆け出した。

 教会は村で一番高い建物だ。村の家屋はみんな平屋であるから、天辺に十字架がついている高い建物は村のどこにいても分かる。

「うっ、体が重い……」

 ゲームの中とは言え、元々神の使徒の肉体を手にしている香織の身体能力は反則級だ。本来ならオリンピックの短距離走選手が心を砕け散らせてしまうレベルの走力を軽く出せる。

 だが、今の香織はそのオリンピック選手程度の速さしか出すことができなかった。訓練用ゲームという話だったが、初期設定である程度の縛りを設けることも可能なのかもしれない。

 なにせ、今の自分は村娘なのだし……と思う通りにならない体の理由を推測しつつ駆ける香織。そんな彼女を指差し「あ、村長の残念な娘さんだ!」「今日もあんなに走って……残念な娘さんだなぁ」と村人達が言っているのは、聞えないふりをしておく。

 そうして、微妙に精神的なダメージを受けながらすぐに教会の正面までやって来た香織が、いざ教会の中に入ろとしたそのとき。

 ドゴンッという凄まじい爆音と激震が村を揺らした。それも連続で。

「なななな、なに!? いったい、なんなの!?」

 狼狽する香織は急ブレーキをかけ、咄嗟に教会から距離を取った。

 直後、建物の壁のあちこちが次々と吹き飛び、支柱を失った教会がぐらりと傾いた。そのまま為す術もなくギギギギッと軋むような音を響かせながら傾きを大きくしていき、そのまま横倒しになるようにして倒壊してしまった。

 土埃が盛大に舞い上がる。

 唖然と教会が倒壊する様を見ていた香織の視線の先、土埃の中に人影が揺れる。小さな背丈だ。そして、覚えのある気配だ。

「ユエ!」
「……ん。香織、無事でよかった」

 そう言って土埃のベールを風で払いながら姿を現したユエは――シスターさんだった。

 黒いくるぶし丈のゆったりしたワンピースに、ウィンプルを被っている。なんちゃってシスターとは異なりきっちり髪が見えないように被っているので、逆にユエの美貌が強調されており、その無表情と合わさって厳かな雰囲気すら感じる。

 まさに、敬虔な神の僕といった様子……

 後ろに倒壊した教会がなければ。

 現状確認を含め、いろいろ聞きたい香織だったが、取り敢えず、

「どうして教会を?」
「……頭がおかしいって言われてカッとなった。反省も後悔もない。いい仕事をしたと自負している」
「そ、そっか」

 ユエの背後で、瓦礫の中にたたずむ優しそうな面差しの神父さんが煤けながら言っている。

「勇気と慈愛の心を持って、さぁ、旅立ちなさい。頭のおかしなシスターユエ」

 頭のおかしなシスターの風が炸裂した。神父さんは空を飛んだ。まるで風に翻弄される木の葉のごとく。

「ここが君の家だ。私はいつでも帰りを待っているよ」

 家はもうない。というか、そこは空だ。

 空を舞う神父さんの穏やかな声音が響く中、香織は、不機嫌丸出しのユエと、これからのことを思い、ふか~~い溜息を吐くのだった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

長編っぽい始まりですが、短編です。
ユエと香織のちょっとした日常の一コマです。

これが終わったら、長編アフターを書こうかなぁと思ってます。
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