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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ ティオ編 希望と絶望と

 アーヴェンストの全国民が纏った白銀の光が原因だろう。届くはずのない女王の言葉は、この空域にいる全ての民に響いた。

『っ、クワイベル! あの戦艦を!』
「グァ!」

 煙を噴き上げ傾く空母艦アーヴェンストと、そのアーヴェンストに主砲を向けて発射寸前の守護戦艦を見て、ローゼが焦燥を浮かべながら呼びかけた。

 白銀の王竜――一時的に成竜として覚醒したクワイベルは、その呼びかけに短く応答すると大きく仰け反った。

 そして、

――ガァアアアアアッ!!

 咆哮と共にブレスを放った。凄まじい光の奔流が大気を震わせる。白銀のそれは、もはや極光というべきもの。当然、有する熱量は常識外。

 一直線に空を切り裂いた極光は、そのまま守護戦艦へと直撃した。アーヴェンスト側の攻撃の尽くを退けてきた障壁が激しく明滅しながら大きくたわむ。極光が世界を照らす中、神国守護の要は――僅かな拮抗の後、吹き飛ばされるようにして消滅した。

 盾を失った守護戦艦は極光の直撃に為す術もなく、船体に大きな横穴を空けられてしまう。そして、溜め込んでいた主砲のエネルギーが暴発し、更なる破滅の光で世界を照らした。

 爆風と共に爆発四散した守護戦艦が都市の一部へと降り注ぐ。当然、それを竜の王が許すはずもなく、先程とは異なる甲高い鳴き声を一つ上げる。すると、都市の一部を覆うようにオーロラのような極光の膜が出現した。

 それらは爆風と残骸の尽くを完璧に塞き止め、それどころか触れた端から消滅させていく。どうやら極光の力を有する攻性障壁のようだ。

 空に輝く白銀のオーロラ。それが降り注いだ死の気配を塞き止める光景を見て、突然の戦争状態に右往左往していた都市の人々は何を感じたのか。

 再び、王竜の咆哮が戦場へと轟いた。

「……戻られたのですね」

 一人の男が、そう呟いた。ボロ布のような作業着を着たみすぼらしい姿の男だ。夜明け前から、奴隷のように過酷な現場で働いていた元竜王国の民である彼の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「お母さん……あれって」
「……あれ、じゃないわ。王様よ。私達の、陛下と王竜様が……帰って来てくださったの」

 痩せた女の子が眠る前の御伽話として聞かされていた存在を見上げながら、目をまん丸にして指差す。傍らで娘を抱き締める母親は、汚れた顔に伝う温かな雫を何度も手で拭いながら嗚咽を含んだ声音を漏らす。

 元竜王国の民は、そのほとんどが人権など保障されない低階級者だ。神国の高階級、あるいは特権階級者達の贅沢な生活を支えるためだけに生かされている、そんな存在だ。

 長く苦しい生の中で、自分達の王が戻る日をどれだけ夢見て来たことか。

 戦争に巻き込まれないよう建物の中へ身を潜めていた人々が、まるで呼びかけるような王竜の咆哮に導かれ次々と顔を出してくる。

 そうして目撃するのだ。

 威風堂々と、天空にある王竜の姿を。そして、その王竜の周囲に、燦然と輝く光球が無数に浮かんでいる光景を。それは極光の星々。

 幻想的な光景にただ見入るのは敵も同じ。守護艦隊や空戦機達が動きを止める中、王竜クワイベルの咆哮が迸った。起きた事象は流星だ。

 数多の極光弾が、流星群のように王宮の向こう側――都市とは反対側にある巨大な養殖場へと降り注ぐ。そう、無敵の天空艦隊を支えて来た竜達の養殖場だ。

 爆音が無数に響き渡り、王宮に後光が差したような閃光が溢れかえる。

――ガァアアアアアアアッ

 王竜クワイベルの咆哮。それは、呼びかけ。王が戻ったことを教え、目を覚ませと、奮い立てと、そう呼びかける声。

――クワァアアアアッ
――キュイィイイイイイッ
――ォオオオオオオンッ

 か細くも、確かな歓喜を感じさせる竜達の咆哮が応えた。

 王宮の背後より、無数の影が天へと飛び立つ。小さく、儚く、されど力強く羽ばたき天空へと帰還する竜達の姿に、かつての竜王国を知る者達も、そうでない者達も、一様に胸元を握り締めた。溢れ出る表現できない感動故に。

『……っ。ボサッとするな! 目標変更っ、あの竜を撃ち落とせっ』

 ハッと我に返った守護艦隊の一隻。慌てたように主砲のチャージが始まり、通常の砲弾や大口径の対空火器が火を噴く。

 大気を吹き飛ばす勢いで急迫した時間稼ぎの艦載兵器は、しかし、クワイベルの手前で極光の障壁に塞き止められ本体には届かない。波紋を打ち、一拍後には砲弾や弾丸を消滅させていく障壁と、泰然としたまま動かないクワイベルの姿に、攻撃した守護戦艦の艦長の表情は青褪めた。

 そして、防衛本能のまま、チャージと同時に最大限障壁を強化すべく、更なる燃料の投下を指示しようとして……

――クワァアアアアアアンッ

『っ、艦長! 竜核エネルギーの出力低下っ。障壁強度が下がります!』
『主砲、集束率減っ。フルチャージまで二分はかかりますっ』
『こちら燃料庫! 竜が変な光を纏ってる! 刃物も弾丸も通らないっ。いったい、どうなっているんだ!?』

 王竜の甲高い咆哮と、現実逃避したくなるような報告に耳朶を叩かれた。

 王竜クワイベルに、ティオのような変成の力はない。故に、虚弱な竜達を勇壮な竜へと生まれ変わらせるようなことはできない。

 だが、彼は紛れもなく竜の王。その力は、等しく守るためにある。白銀の光は王竜が与えた加護の証。クワイベルの天下において、彼が守ると決めた者に手を出すことは至難の業となる。

 また、王竜が他の竜達に力を与えられるのは、竜核に干渉することができるからだ。それはすなわち、竜核エネルギーを使用した物に対してもある程度は干渉できるということ。

 神国の戦艦は全て竜核エネルギーを使用しているが故に、王竜の力から逃れることはできない。もちろん、加工されたエネルギーを完全に無効化するようなことはできないが、それでも、その出力を相当な割合で減衰させることは可能だ。少なくとも、アーヴェンスト側の通常兵器が通る程度には。

『竜王国の皆さん。私の名は、ローゼ=ファイリス=アーヴェンスト。アーヴェンスト竜王国の女王です。彼は王竜クワイベル。……長く、辛い時をよく耐えて下さいました。今、全てを取り戻します!』

 戦場に、高々と響いた宣言。

 空には解放された竜達が飛び交い、鉄壁を誇った守護戦艦を包む輝きは一見して分かるほど弱くなっている。

 そして、轟く王竜の咆哮。

 一拍。

――ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ

 都市の至るところから、凄まじいまでの歓声が上がった。

 都市を包む大歓声を耳にして、ローゼは小さく微笑む。そして、優しい手つきでクワイベルの背を撫でると一転。威厳と覇気を併せ持った表情で宣戦布告する。

『クヴァイレンの民に告げます。あなた方の王は既に空へと散りました。旗艦ドゥルグラントを含め、艦隊が戻ることはありません』

 ローゼは確信している。友、伝説の存在が戦うあの戦場で、強奪の王が生き残る術はないと。

 故に、曇りなく告げられた言葉は真実の重みを持ち、否応なく守護艦隊と地上の神民達に強烈な衝撃を与えた。無敵の王と最大戦力が空に散ったとは、いったい、何の冗談だ? と誰もが一度は否定する。

 だが、王が無事なら……何故、アーヴェンスの賊共はここにいるのか。何故、彼等がこんな懐にまで潜り込んでいるのに、主力艦隊はただの一隻も戻らないのか……

 目の前にある現実が、彼等の信じたくない心を冷徹に打ちのめす。

『アーヴェンスト竜王国の法にもとに下りなさい。今、武器を収めるならば助かる命もありましょう。私達が真に戦うべきは未来にあります。この壊してしまった世界を立て直すという最大の戦いには、一人でも多くの力がいる。あなた方の胸の中に未来を想う心が少しでもあるのなら降伏しなさい』

 ローゼの宣言は、きっとこの後に及んで甘いと言われるものなのだろう。だが、奪われたから奪い返し、憎悪に憎悪をぶつけ、敵を滅ぼすまで止まらないのであれば、それは強奪の王と変わらない。

 戦士の王になると決めたのだ。未来を紡ぐと決意したのだ。

 だから……

『……信じるなっ。陛下が死んだなど戯言だ! 天空の覇王が墜ちるなどあり得ない! シンセハイアー最大起動! 全守護戦艦よ、あの賊の首を取れ!』

 凄まじい音の波がクワイベルに襲い掛かった。竜核エネルギーを掻き乱し、この世界の竜族の力を著しく阻害する悪音――それが、ローゼの言葉に対する守護艦隊の返答だった。

「クワァッ」
「っ、クワイベル!」

 クワイベルが一瞬、浮力を失ったようにガクンッと高度を落とした。王竜とはいえ、この世界の竜であることに変わりはなく、シンセハイアーの牙を避けることはできない。かつての王竜や竜達が人間の艦隊に勝てなかった最大の理由だ。

 その様子を見ていた竜王国の民は顔を青褪めさせる。守護戦艦の艦長達は嘲笑を浮かべる。

「……大丈夫、大丈夫よ、くーちゃん。あなたは強い。この世界の誰よりも。かつての王竜達よりも、ずっと。私が、みんなが、信じてる。――」

 苦しそうに身悶えつつも必死に浮力を生み出すクワイベルに、背に乗るローゼは抱き着くようにして身を寄せ、すぅと息を吸った。

 そして、奏でられるのは竜王国の人間なら誰もが知る古い歌。子守歌として、クワイベルが生まれたときから聞き続けた相棒との絆の歌。

 シンセハイアーにより弱まっていたクワイベルの白銀の光が、少し輝きを取り戻した。浮力がしっかりと生み出され、よろめくことなく滞空する。

『……ありがとう、相棒』

 クワイベルの言葉。普段、滅多に使うことのない意思疎通の力。

 ローゼの歌に、特殊な力はない。歌は、ただの歌だ。彼女にも、そんな意図はなかっただろう。ただ、慣れ親しんだ歌で少しでも相棒の心を支えられればと、そう思っただけだ。だが、何がどう作用したのか。その優しい歌は確かに、クワイベルを凶悪な音波の攻撃から守っていた。

 ローゼが微笑む。歌っているために言葉は返せないが、二人の間にもはや言葉はいらない。

 クワイベルの竜眼が、自分へと砲塔を向けている守護戦艦を捉えてギンッと光を帯びた。

『みんな、戦おう。一緒に』

 再度、波紋のように広がったクワイベルの言葉。それは、確かにアーヴェンスト全ての戦士達に伝わった。

 クワイベルが飛び出す。飛んできたミサイルを右に左にとかわし、あるいは無数の極光弾で迎撃する。シンセハイアーが効力を及ぼしている限り、一撃で敵艦を沈める先程のようなブレスは放てない。だが、至近距離からなら話は別だ。

 他の守護戦艦が両サイドに回り込んでクワイベルを狙っている。

『させるかっ』
『ローゼ様とクワイベル様の花道だっ。邪魔はさせん!』

 飛空艦ロゼリア艦長のカーターと、飛空艦アベリア艦長のオークスが揃って叫んだ。クワイベルの両翼につき、守護戦艦との撃ち合いに応じる。

 敵空戦部隊が上空より襲い来る。クワイベル自体は落とせなくとも、その背に乗る女王は別だ。殺せればそれだけでアーヴェンスト側が崩れるのは目に見えている。

『そうくると思ったぜ。クランクス1より全部隊へ。これよりクランクス隊はクワイベル様の援護に回る! シャント、ローズ両隊はアーヴェンストの護衛をっ。他全部隊は残りの守護艦隊を足止めしろ!』

 上空からのすれ違い様に、数秒の機銃掃射だけで二機を撃墜し、更に変態機動としか言えない宙返りをして機首を下に向けたボーヴィッドがいとも簡単に二機を撃墜する。

 総隊長機の僚機なだけあって、クランクス隊の練度は異常なレベルだ。一人一人が変態以外のなにものでない無茶な動きで確実に敵空戦機を仕留めていく。更には黒竜達がクワイベルに迫るミサイルなどを迎撃していく。

『シンセハイアーは効いていないのか!? くそっ、主砲は!?』
『集束率七十パーセントです!』
『チッ、間に合わんかっ。ならば……目標変更っ。上空空母艦アーヴェンスト!』

 弾幕を形成しながらも、守護戦艦の艦長が迫って来るクワイベルの姿に戦慄の表情を浮かべた。そして、主砲のチャージが間に合わないと知るや、目標をアーヴェンストに変えて主砲を放った。

「クワッ」

 させるかっ、と言わんばかりに、クワイベルが射線へと踊り出る。

 同時に、極光のブレスを放った。

 ブレスと主砲は互いに拮抗する。衝突の余波が大気を攪拌し、凄まじい熱波が放射された。そのタイミングでシンセハイアーが一瞬途切れ、直後、最大威力で放たれる。緩急のついた音波攻撃に、クワイベルは思わず極光の力を弱めてしまった。

「ッ!?」

 押し切られた。主砲がクワイベルへと迫る。通常なら避けるのだろうが、後ろには空母艦アーヴェンストがいる。故に、クワイベルはその体を盾とした。凄まじい衝撃にクワイベルの口元から声にならない苦悶の声が上がる。

 が、それを堪えて、再度、ブレスを放った。

 カウンターのように空を奔った極光は、主砲の根本に突き刺さって大爆発を引き起こす。

『っ、全速後退しつつ全火器集中砲火!』

 守護艦隊艦長の怒声が飛ぶが、その命令が実行されるより早く、

『しまっ――』
「グルァアアアアアアッ」

 クワイベルのブレスが、障壁を貫いて艦橋を丸ごと吹き飛ばした。

――守護艦隊 残り七隻

 クワイベルの胸元からボロボロと竜麟が砕け落ちた。血が滴り落ち、僅かながら肉が炭化している。

 だが、それを気にした様子もなく、また回復させる時間も惜しいと次の標的を定めるクワイベル。翼を打ち一気に加速しながら、並走する飛空艇ロゼリアが主砲を放とうとしているのを横目に確認し、極光弾をロゼリアへ撃った。

 極光弾は狙い違わずロゼリアに命中したが、敵にそうするのとは異なりロゼリアに損害を与えることなく、むしろその主砲の輝きを一層強める。

『クワイベル様からの贈り物だっ。外したら承知しないぞっ』

 カーターの叱咤と同時に放たれたロゼリアの主砲は、見事、守護戦艦の一隻に直撃した。当然、守護の障壁が波紋を打って塞き止めるが、元々出力が弱まっているところへ、威力を増幅された主砲の直撃だ。

 完全に防げるはずもなく障壁は砕け散り、横腹に大穴を空けられ大きく傾いだ。そこへ、今度こそ本当の破壊をもたらす極光弾がガトリング掃射の如く襲い掛かる。制御を失った守護戦艦に防ぐ術などあろうはずもなく、艦橋をしこたま穿たれ撃沈する。

――守護艦隊 残り六隻

 相手も死にもの狂いだ。守護艦隊から散弾形態となった主砲の光がクワイベルに殺到する。威力はかなり落ちるが、広範囲かつ足止めには最適。

「クワァッ」

 周囲と背後の都市を守るため、クワイベルは巨大な極光の障壁を作り出す。シンセハイアーの効果が継続している中での超大規模障壁の展開は、クワイベルの精神力を容赦なく削った。【真竜の涙泉】で蓄えた膨大な竜核エネルギーも、まるで穴の空いたバケツから水が噴き出すが如く、凄まじい勢いで減じていく。

 そこへ、側面に回っていた守護戦艦がアゼリアからの砲撃を無視して主砲をクワイベルへと向けた。刺し違えてでも落とす気なのか。

 クワイベルの竜眼に、僅かな焦燥が浮かぶ。

――♪

 そのとき、歌が聞えた。

 シンセハイアーの威力を減じるため、歌い続けているローゼの声ではない。聞いたこともない幼い子供の声。

――♪
――♪
――♪

 歌声が重なる。年老いた男の声もあれば、若い女の声もある。白銀の光を通して、一人、また一人と歌声を上げるのは――

『……ありがとう』

 クワイベルが捧げた感謝の言葉は、余すことなく届く。地上で歌う竜王国の人々へ。

 王へ捧げる民の歌。集え、集え、守護の歌へ加われ。守られるだけじゃない。必要なときに戦う意思を掲げられる、それがアーヴェンスト竜王国の民が持つ誇り。

 守護戦艦の主砲が放たれた。

 障壁の維持のために動けないクワイベルに、死の光が突き進む。

 が、クワイベルの竜眼には既に焦りの色はない。

『大丈夫よ、相棒』
『分かってるよ、相棒』

 ローゼの言葉に、クワイベルが返す。

 主砲の閃光がクワイベルに直撃――する寸前で、クワイベルの放ったブレスに呑み込まれた。まるで川が逆流しているかのように、極光は白銀の閃光を呑み込んで直進し、そのまま守護戦艦を粉砕した。

――守護艦隊 残り五隻

 散弾型の主砲が途切れる。極光の障壁が宙に溶け込むように消えると、そこには極光の流星を纏うクワイベルの姿が。

『っ、障壁最大――』

 流星が、いずれかの艦長の命令をかき消す。都市全てに響き渡るような歌声が溢れる中、十全に力を発揮したクワイベルの極光は、ただの弾丸掃射だけで守護艦隊の障壁を打ち破ったのだ。

『合わせるぞ! アベリア、目標二時方向! ロゼリア、目標九時方向! 空戦部隊各機、五時方向の目標にありったけのミサイルをぶちかませ!』

 アーヴェンスト艦長クラインから指令が飛んだ。

 クワイベルが極光のブレスを正面の守護戦艦に撃ち放つのと同時に、飛空艇アベリアとロゼリアが主砲をそれぞれの目標に放つ。更に、ボーヴィッド達空戦部隊も、最後のミサイルを全機全弾撃ち放った。

『……馬鹿な。我等は、選ばれた民――』

 守護戦艦の艦長の誰かが呟いた。この世での、最後の呟きを。

 太陽の光が、完全な夜明けを示す。光に満たされていく世界に、特大の花が咲いた。爆炎と轟音に彩られた、一つの歴史が幕を閉じたことを示す大空の花。

 地上で、咲き誇る守護艦隊五隻の爆炎を呆然と見つめる竜王国の民が、一拍して地を揺らし空を破裂させるような凄まじい歓声を上げた。そして、そんな民と墜ちた守護艦隊を呆然と見つめるのは神国の者達だ。

 一人の兵士が、カランッと武器を落としたのを皮切りに、次々と武器が投げ出されていく。兵士でない者達も、自分達の栄華が崩れ去ったことを知り、腰が抜けたようにぺたんっと座り込んだ。

 それこそが、明確に示していた。

そう、簒奪の王が創ったクヴァイレン天空神国は、今、このとき、その歴史に終止符を打たれたのだ。



 歓声に沸く都市の上空で、悠然と滞空するクワイベルと騎乗しているローゼに、空母艦アーヴェンストを筆頭に飛空艦や空戦機が近寄って来た。

「陛下、クワイベル様。見事な戦いぶりでした。まさに、歴史に残る勝利と言えるでしょう」

 ボロボロの空戦機を、垂直離陸機能を使ってどうにか滞空させながら二人の傍らにやって来たボーヴィッドが、掛け値なしの称賛の言葉を贈った。

 クワイベルとローゼは一瞬目を見開き、互いに顔を見合わせると……

「ぷっ。ボーヴィッドが敬語……」
『に、似合わない……』
「てめぇらぁ」

 普段の賊っぷりがすっかり板についた空戦機部隊総隊長の似合わない言動に吹き出した。外部通信にて『自業自得だろう』とか、『確かに似合わないなぁ』とか、『戦闘が過激すぎて、遂に頭がイッたか?』など、辛辣な言葉が伝わって来る。ボーヴィッドに味方はいなかった。

 すっかり拗ねたような表情になったボーヴィッドだが、その口元には隠しようのない笑みが浮かんでいる。その心情は、通信機を通してローゼやクワイベルに話しかける他の者達も同じようで、軽口を叩きつつも声音には隠しようのない歓喜が滲んでいた。

「みなさん、本当に、本当によく戦ってくれました。悲願が、叶いました。未来への道が、切り開かれました。ありがとう、本当にありがとう。こんな私に、ついて来てくれて。本当に……」

 クワイベルの背で女の子座りをしたまま顔をくしゃりとするローゼは、今にも泣き出してしまいそうな表情だ。既に、貰い泣きをしている人々もいる。

 それだけ、長く苦しい戦いを続けて来たのだ。故に、今日この瞬間は、筆舌に尽くしがたい感情を湧き上がらせるに十二分だった。

 歓声で揺れる世界の中、アーヴェンストの人々は溢れ出る感情に浸るように瞑目する。それは、嬉しさを噛み締めると同時に、先に逝ってしまった戦友達を偲ぶためでもあった。

「……さぁ、みなさん。やることは山積みです。感傷には後でゆっくり浸るとして、今はすべきことを致しましょう。それと誰か、クワイベルが空けた王宮の穴からオルガを連れ出してあげてください。クワイベルの力で命に別状はなくなりましたが、かなりの重傷です」
「……了解だ。陛下、オルガ以外の奴は?」
「……。ジャン達は……生死不明です。王宮の制圧に部隊を送るのと同時進行で捜索・保護をしてください」
「承知した」

 ローゼの指示と表情で、その場の者達は誰もが察した。多くの言葉はなく、クラインの指示で空母艦アーヴェンストから地上制圧部隊が小型艇で王宮へと向かう。

 それらを見送ったあと、ローゼ達は地上を見下ろした。そこには、涙を流しながら手を振る人々の姿がある。

「陛下。宣言を」

 ボーヴィッドの言葉に、ローゼは力強く頷いた。

 クワイベルを促し、悠々と、その姿を晒しながら都市の上空を飛ぶ。王の帰還を知らせ、王宮の上空にてアーヴェンスト竜王国の再興を宣言するために。

 その後ろを、空母艦アーヴェンスト、飛空艦ロゼリア、アベリア、そして空戦機部隊が行進するように付き従う。

 奇跡の光景に、人々の歓声はますます高まり、祝福するように解放された竜達が上空を舞う。

 王宮の前に、続々と人々が集まって来た。兵士達は既に戦う気力もないようで、両手を上げながら地上制圧部隊の監視下にあるようだ。

 その上空で、ところどころ傷つきながらもなお太陽の光を反射して白銀に輝くクワイベルが滞空し、その背ではローゼが立ち上がる。

 激戦を示す傷と血に塗れながらも、凜と胸を張るその姿は美しい。古き御伽話を知る者にとっては、まさに「伝説の竜騎士」そのものの姿。

 ゆったりと、輝く瞳を向けて来る人々に慈愛の眼差しを注ぎながら、ローゼはすぅと息を吸った。彼女の声が余すことなく伝わるよう、相棒たる王竜から白銀の光が降り注ぐ。

『みなさん。アーヴェンスト竜王国の愛しき民よ。改めて、名乗りま――』

 ローゼが、己が何者なのか、その名を改めて名乗ろうとした――

 そのとき、

『王の血族……まだ生き残っていたか……』

 声が、世界を浸蝕した。

 直後、太陽の光で燦々と照らされた美しき世界が、突如発生したドス黒い雲に覆われていく。まるで白紙に黒のインクでも落としたかのように、世界を塗り潰していく暗雲。下方の黒い雨を降らせる雲海と、更にその上空に発生した暗雲に挟まれて、ローゼ達は世界の狭間に囚われたような錯覚に陥った。

「な、なに?」
『今のは……』

 ボーヴィッド達が警戒心もあらわに「陛下っ」と叫びながら駆けつける中、ローゼは呆然と空を見上げ、クワイベルは〝まさか〟と戦慄を宿した目で周囲を見渡す。

 空に、稲光が奔り始めた。轟く音が否応なく人々に畏怖を与える。薄暗い世界に、負の感情を煮詰めたような怖気を振るう言葉が響いた。

『苦しめ――』
『喘ぎ、悶え――』
『絶叫しろ』
『嘆き――』
『奪われ――』
『逃げ惑い――』
『恐怖しろ』

 それは呪いの言葉だった。世界を、人を、同族を、この世に生きとし生けるものを呪う言葉。反響し、幾重にも重なりながら、まるで何百何千という存在が謡っているかのように響き渡る。

『死ね』

 黒く、ぬるりと浸蝕してくる。希望で満たされていた人々の心が、恐怖と絶望に染まっていく。

 堕ち切ったかの者の、たった一つの願い。

『――苦しみの果てに』

 世界が慄いた。

『絶滅しろ』

 轟雷と黒い霧混じりの突風が吹き荒れる。天を閉ざした暗雲から巨大な竜巻が発生し、その中から、〝それ〟が姿を見せる。

「……邪竜……ヘルムート」
『……』

 震える声で、ローゼが呟いた。

 誰もが絶望と恐怖に支配される中、ただ一体の竜だけが真っ直ぐにかの者を見つめていた。

 悲しみと、ようやく会えた嬉しさと、そして揺るぎない覚悟を宿して。


いつも読んで下さりありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

今日か、数日前から書籍版ありふれた第5巻が発売中です。
同時に、コミック版第1巻も発売してます。
詳しいことは活動報告をアップしましたので、よければ見に行ってみてください。
某ぼっち村の村民の皆さんにとっても、某カサノヴァ村の皆さんにとっても、年末のよい暇つぶしになれば嬉しいです。

本日、可能なら18時ころにクリスマス特別アフターストーリを投稿します。
たぶん、きっと……

それと来週の更新ですが……
安心してください。ガキ使とは被りませんよ! 始まる一時間前には投稿しておきます!
夕食とか飲み物とかお菓子とか、いろいろ完璧に用意しておかないといけませんからね。

ではなろう民のみなさん、よいお年を!
+注意+
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