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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ 王の心得 前編

遅れてごめんよ。

 天には雷炎の海。地には渦巻く死の雲海。

 終末の世の光景とも、あるいは、創世の光景とも見える。人によって、感じ方はそれぞれだろう。

 だが、いずれにしろ、それがこの世界の歴史に刻まれる神話の光景であることに疑いを持つ者はいない。

――どこへゆく?

 荘厳な言霊が天より降って来た。聞く者すべてに、否応なく畏敬の念を抱かせる声音。

 それが向けられたのは、全ての艦隊を捨て駒に、いち早く逃げ出そうとした旗艦だ。否、正確には、その命令を下した旗艦ドゥルグラントの主――強奪の神王グレゴール。

 彼自身、その問いかけが自分に向けられたものであることを理解しているのだろう。既に反転し、逃走に入っていた旗艦ドゥルグラントの艦橋で、ディスプレイ越しに背後の馬鹿げた光景を呆然と見つめていたグレゴールはビクンッと体を震わせた。

『かまうなっ。全速で――』

 余裕のない怒声と、動揺をあらわにする瞳を操舵手へ向ける。しかし、最後まで命令を口にすることはできなかった。

――恥を知れ。偽りの王よ

『へ、陛下っ』
『っ、回避しろ!』

 操舵手から悲鳴があがる。突如、雷炎の海から巨大な竜巻が降りて来たからだ。螺旋を描き、業火と熱波で空気を焼く灼熱の竜巻が、赫灼たる輝きで艦橋内を染め上げる。

 グレゴールの回避命令が耳に入るより速く、操舵手は反射的に艦を傾けた。旗艦ドゥルグラントは、その巨体に似合わない動きで一気に右へ逸れていく。

――逃がさんよ

 言葉と共に、二本目の燃え盛る竜巻が降りた。それどころか、どうにかすり抜けようとする旗艦ドゥルグラントを絶望に誘うように、三本目、四本目、五本目と降りて来る。

『っ、回避不能! 接触します!』
『障壁最大! 突破しろっ』

 操舵手とグレゴールの怒声が木霊する。

 旗艦ドゥルグラントは、天地を繋いで無数に立つ火柱の間をすり抜けようとして、遂に回避しきれず接触した。

 刹那、旗艦ドゥルグラントの巨体が猛烈な振動に襲われる。姿勢制御が効かず、巻き上げられるように船首を持ち上げられ、旋回もままならない。加えて、連続した衝撃まで伝わってくる。竜巻内に発生している雷が襲い掛かっているのだ。

 白銀の障壁制御を担当する乗員が、凄まじい勢いでエネルギーが食われる様を見て、蒼白になりながら声を張り上げた。

『障壁出力っ、五十パーセントに低下! 陛下っ、このままではっ』
『チッ、充填を……クソッ』

 グレゴールは指示を出そうとして思わず悪態を吐いた。障壁の出力を維持するため、竜核燃料のポッドを交換させようとして、その竜が既にいないことを思い出したのだ。

『反転だ……反転しろ! 同時に、あの黒い竜に全火力を放て!』

 撤退はできない。

 そう判断したグレゴールは、言い様のない怒りと焦燥を感じながらも反転を命じる。

 同時に、旗艦ドゥルグラントの艦載兵器から一斉に攻撃が放たれた。数えるのも馬鹿らしいミサイルや、もはや壁と称するべき弾丸の嵐、当然、白銀の砲撃もある。

 もちろん――撃ち落とされる。一切合切、一つの例外もなく。天から降り注ぐ、幾百幾千という雷によって。

 旗艦ドゥルグラントが撤退している間、他の艦隊は当然、ティオを抑えるべく全力の攻撃を加えていたのだ。にもかかわらず、グレゴールは撤退すらできなかった。

 その理由がこれ。

 全方位。射程半径数十キロ。天下にある全ての目標を、同時かつ雷速をもって撃ち抜く轟雷の狙撃。

 雷炎の海が覆う世界は、文字通り、黒き神龍の絶対領域。

『ヘンカァボーグッ、チャージだっ。全艦隊、時間を稼げ!』

 攻撃が届かない現実に、グレゴールの声音はますます乱れていく。それでも、恐怖と暴力の象徴である王の言葉に、全艦隊は条件反射的に従った。

 防壁艦隊は旗艦ドゥルグラントを守るように多重陣形を組み、他の艦隊は全方位から間断なき全火力を向け、空戦機の部隊は特攻じみた攻勢を繰り広げる。

 同時に、旗艦ドゥルグラントの多段三連主砲が凄まじい勢いで白銀の光を集束していく。ただし、その光は、空母艦オスティナートが最後に見せた黒色混じりのもので、明らかに通常の砲撃とは様相を異にしていた。

――主砲 ヘンカァボーグ

 それは、白銀の砲撃に、黒い雨の性質を取り込んだ忌まわしいエネルギー波だ。この世界に満ちる、浄化されなかったエネルギーを集束・混在させた砲撃で、撃たれたが最後、障壁で艦自体は守れても、細胞を壊死させるエネルギーが艦内を浸蝕し、乗員を殲滅する。

 もちろん、放った後は周囲一帯に高濃度の汚染エネルギーが撒き散らされるわけで、その対象は自軍も例外ではない。使いどころの難しい、敵味方どころか世界にすら牙を剥く禁忌の兵器。

 それが、今、放たれた。

 閃光がオレンジに燃える世界を輝きで埋める。

 如何に常軌を逸した存在とはいえ、生物である以上、細胞の破壊は可能なはず。そして、浸蝕さえ成功すれば、必ず殺せる!

 グレゴールの口元が、引き攣ったような笑みを浮かべる。

――愚か者が

 ノータイムで放たれる。

 黒き神龍の――ブレス!

 ガパリと開いた顎門から放たれた閃光は、純粋の黒。何者にも染められず、全てを塗り潰す絶対の色。

 禁忌を示す白銀と黒の砲撃は、確かに強大で、空母艦すら一撃で粉砕しそうだ。だが、黒神龍から放たれたブレスは、それを更に上回る。まるで、突き出された針に対して丸太で迎撃するような、そんな圧倒的な力の差。

 轟ッと大気がうなりを上げれば、この世界最強の砲撃は、一瞬の拮抗の後、あっさりと黒のブレスに呑み込まれてしまった。

『ありえんっ』

 グレゴールの叫びが木霊する。

 だが、目の前の光景は確かな現実。旗艦ドゥルグラント最大の攻撃を正面から呑み込み、それどころか負のエネルギーごと常軌を逸した灼熱をもって消滅させていく。

 防壁艦隊が展開する多重障壁の一層目が、まるで紙屑のように砕け散った。二層目も、一瞬の拮抗の後、ガラスが砕け散るようにして破られる。三層目、四層目……

『回避だっ』
『りょ、了解!』

 障壁の粉砕と同時に、防御艦隊のいくつかがブレスの直撃を受けて爆発四散する。その炎上崩壊する防御艦の姿を見て正気を取り戻したグレゴールの命令に、同じく現実回帰を果たした操舵手が奇跡的な反応で操舵した。

 旗艦ドゥルグラントが旋回したのと、最後の障壁が破られたのは同時に。

『総員っ、ショックたいせ――』

 誰かの上げた怒声は、最後まで言い切ることはできなかった。

 直後、凄まじい衝撃が旗艦ドゥルグラントを襲ったのだ。轟音と猛烈なアラート音が響き渡る。

 ティオの放ったブレスは、そのまま渦巻く雲海に大穴を空けて地上へと消えていった。誰も、その先を観測する余裕などなかったが、もしそれが可能であったなら、きっと背筋に氷塊を投げ込まれたような気持ちを味わっていたに違いない。

 なにせ、天より降り注いだブレスが着弾した場所――標高二千メートルほどの山は、直撃を受けてきれいさっぱり消し飛ばされたのだから。

 地形を変える神龍のブレス。

 それを受けて、しかし、旗艦ドゥルグラントは未だ轟沈してはいなかった。その巨体に似合わない機動力と、操舵手の反応の良さに救われ、主砲部分をごっそりえぐり取られただけで済んだのだ。

 もっとも、炎上し、煙を噴き上げて斜めに傾く旗艦の姿は、それだけで撃沈にも等しい衝撃を全艦隊に与えたようだが。

 時が止まったように、攻撃の指示も出さず呆然と追い込まれた絶対の象徴たる旗艦を見やる艦隊の艦長達。艦隊の攻撃も止まり、当然、空戦機部隊も目を見開いて旗艦を見やる。

 その隙を、ティオが見逃すはずもなく、

――誇り高き戦士達よ。翼を打て。咆哮を上げよ。我が物顔で空を侵す者達に、ここが何者の領域か、叩き込んでやろうぞ

 応えるのは当然、全方位艦隊攻撃から守られていた黒竜達。燃ゆる天空に、魂を揺さぶる竜の咆哮が響き渡る。

 ハッと我を取り戻しても後の祭り。

 旋回しながら旗艦ドゥルグラントを見つめていた空戦機のパイロットは、次の瞬間、コックピット越しに大口を開けた竜の牙を見て――直後、灼熱のブレスに呑み込まれて消えた。

 別の空戦機の編隊も、一瞬で背後を取られて黒竜のブレスにより爆砕し、あるいは落下してきた黒竜の体当たりを受けてコックピットごと圧殺された。

 攻撃を再開した飛空艦や空母艦。

 しかし、途切れた弾幕の隙を、今の黒竜達は逃さない。

 艦橋で、司令の椅子に座る艦長の男が最後に見たのは、バサリッと翼を打ちながら舞い降りた黒竜が、風防越しに大口を開く光景。直後には、視界を埋め尽くす黒色の閃光と共に意識を永遠の闇へと放逐した。

 空母艦に取りつく黒竜達。近すぎて射程に入れられず、本来、そういった場合に活躍するはずの空戦機は、別の黒竜達の巧みな連携と捨て身の攻撃により自艦の防衛ができない。

 そうこうしている間に、艦橋への一撃必殺をもって、黒竜達は次々と艦隊を撃沈していく。

 乱戦の様相を呈してきた戦域で、それでも巧みな操艦により黒竜達を落とす豪の艦隊もいたが、撃墜したはずの黒竜達は、次の瞬間には何事もなかったかのように復活して襲いくる。

 もちろん、主砲級の攻撃を受けて、復活することなく消滅する黒竜とている。復活が間に合わず、錐揉みしながら雲海へと消えるものだっている。

 だが、しかし……

『奴等に……恐怖はないのか?』

 とある空母艦の艦長が呟いた。

 直後、翼をボロ雑巾のようにされ、竜麟を砕かれ瀕死となった黒竜が、それでも僅かにも戦意を鈍らせず、命を燃やし尽くすような咆哮を上げて艦橋へと突撃した。そして、ブレスをもって艦橋を破壊する!

 恐怖などない。あるとするなら、それは、戦うこともなく、魂を腐らせて死ぬこと。

『くそっ。なぜ、止まらないっ』

 とある飛空艦の艦長が悲鳴を上げた。

 その身に攻撃の全てを受けながら、背後の仲間を庇って、それでも突き進むことを止めない黒竜。ミサイルの直撃を受けて半身を吹き飛ばされても、その竜眼に宿った力は微塵も揺らがない。

 確かに、仲間を敵のもとへ送り届けた! もちろん、守られた黒竜のブレスが艦橋を吹き飛ばす。

 もう、二度と、立ち止まりはしない。ここは天空。我等の領域なのだから。

 故に、凌駕するのだ。

 最大の敵を。なにより――過去の己を!

「あぁ……本当に、なんという光景なの……」

 溢れ出る想いの滲んだ声音は、竜を愛し、竜と共に生きることを誓った王国の末裔――ローゼ=ファイリス=アーヴェンストのもの。

 虐げられ、尊厳を踏みにじられ、生存の権利すら奪われた最優の友が、今、再び生誕したのだ。言葉にならない。この感動を表現する方法など、ローゼには分からない。

 ただ、一つだけ分かるのは――

「ぴぃっ、ぴぃいいいいっ」

 それは、最後の王竜――クワイベルもまた同じ。同胞達の、勇壮で、壮絶な、存在を賭けた戦いに、自然、咆哮が漏れる。夢想し、憧れた。実現しようと、足掻いてきた。そして、辿り着くべき未来の光景が、今、ここにある。

 父も、母も知らない。兄弟もいない。生まれたとき、目の前にいたのは相棒たる人間の女の子だけ。孤独だったとは思わない。けれど、共に戦う同胞を、本当は心から求めていた。

 だから、目覚めた彼等の姿に、クワイベルの幼い魂は震える。その溢れ出る気持ちを、どう表現すればいいのか……

 ただ、一つだけ分かるのは……

『戦いたいか?』
「っ」
「ぴっ!?」

 突如、響いた問いかけ。

 ローゼとクワイベルは、揃って声の主へと顔を向けた。

 とぐろ巻く黒神龍の上に立つ人影。言わずもがな、ハジメだ。それなりに距離はあるが、ハジメがローゼ達へと顔を向けているのが分かる。

 二人の返答は簡潔だった。

『はい』
「ぴぃ」

 そう、戦いたいのだ。

 尊厳と、生存の権利を賭けて。自分達が掲げた御旗は、確かに正しいのものだったのだと、そう証明するために。

 激戦を繰り広げる同胞と、肩を並べたいのだ。胸を張って、彼等の〝友〟だと、〝王〟だと、そう名乗れるように。

 ローゼとクワイベルが、背後を振り返った。そこには、同じように、拳を握り締めて戦場を凝視するアーヴェンストの民の姿があった。誰も彼も、友が戦っている姿を見て、こんな場所で傍観などしていられない! と、戦う意思を滾らせている。

 そんな彼等に、小さな笑みを浮かべたハジメは、

『女王さん。一つ聞くが、あれだけの艦隊が出張って来たってことは、本国の戦力は割と少ないんじゃないか?』
『え? それは、確かに……おそらく、防戦に優れた守護艦隊しか、残っていないかと思いますが』

 いきなりの質問に、ローゼは面食らいながらも僅かな思案の後、そう答えた。ハジメの表情が不敵に歪む。

『この戦場は、この世界の竜達の戦場だ。友として、王として、参戦するのもいいかもしれないが……この戦場にはティオが、黒の神龍がいる。そして、神龍の加護を得て、〝目覚めた〟竜達がいる。ならば、万に一つも、敗北はありえない』
『ですがっ、だからと言って、存亡を賭けた戦いで傍観など――』
『だからさ、今のうちに、神国を落として来いよ』
『ちょっとなに言ってるのか分からないです』

 冗談のような言葉に、思わず冗談のような返しをしてしまったローゼ。クワイベルや他の者達も、聞える念話の内容に「あの人、何言ってるんだ?」と微妙な表情をしている。

 そんな彼等に、ハジメはふと真剣な表情になる。

『ローゼ=ファイリス=アーヴェンスト。ここが、きっとターニングポイントだ。王を失い、戦力がガタ落ちになったとしても、その情報を掴んだ神国が防備を固めたら、お前達は落とすことができるのか? そのたった二隻の飛空艦と、少ない空戦機のパイロットだけで』
『それは……』
『戦場において、大切な存在と離れること、難敵の相手を任せること……それは酷く苦痛を伴うことだ。だが、それができない程度の関係が、かつての竜王国の、人と竜の間にあるものだったのか?』

 体は離れても、心は常に傍にある。時に、天と地に分かれて、目的のために進む。それが、かつての竜王国での、人と竜の間にある絆だった。

『今は、ティオの加護があるから、黒竜としての最大の力を発揮できる。だが、俺達が離れた後は、無限の再生も、莫大な魔力もない。黒竜達がお前達の王国奪還に協力したとしても、超えるべき障害は大きい』
『……』

 無言のローゼへ、ハジメは問う。

『お前達には、お前達の戦場が、あるんじゃないか?』

 かつて、神域での戦いで、ハジメは仲間を戦場に残して来た。確かな絆の下に。だからこそ、その言葉は、確かな重みをもってローゼへと伝わる。

『……ですが、ここからクヴァイレンまでは――』
『望むなら、扉は俺が開いてやる。たきつけた者からの、ちょっとしたプレゼントだ。――さぁ、どうする、亡国の女王』

 ある意味、この戦場は理想だ。目覚めた竜達がいて、天空の覇者がいて、その加護がある。憎き簒奪の王もいる。共に戦えば、ローゼ達はほぼ無傷で、積年の恨みつらみを晴らせるだろう。

 だが、確かに、ハジメの言う通り、ここは黒竜達だけでも問題はない。敢えて、ローゼ達が参戦しなければならない理由はない。ただ、心情の問題でしかないのだ。

 どうやって、ハジメが自分達を神国まで送る気かは分からないが、彼ができるというのなら本当に出来るのだろうと、ローゼは確信している。

 そして、神国への奇襲は、確かに有効で、王国奪還の最大のチャンスであることもまた、確かだ。

 ただし、間違いなく、この戦場よりも危険度は遥かに上。おそらく、今、この場に集う戦士達の多くが命を散らすことになるだろう。

 ローゼは瞑目した。

 敵の戦力。起死回生の一手。被害の程度。勝利の可能性。一歩を踏み出した後のメリットとデメリット。ここで出陣しなかった場合の、晴れた世界でのあり方。主力艦隊を失った神国の行動予測……

「陛下」
「ローゼ様」

 ハッと目を開いたローゼは振り返った。そこには、強い眼差しをしたボーヴィッドとサバスの姿があった。否、二人だけではない。クロー姉弟も、他の幹部達も、そして、老若男女問わず、全ての人々が、天空に広がる炎の海よりも熱い炎を宿した眼差しでローゼを見つめている。

(ああ、そうでした。覚悟なら、既に)

 戦うと、そう決めたじゃないか。戦いたいと、そう望んだじゃないか。

 アーヴェンスト竜王国の意志は、既に示されていたじゃないか。

 いざ、そのときを前にして尻込みをしていたらしい自分に、ローゼは苦笑いを浮かべた。そして、その直後には、一国の王として、確かな威厳と決意をもって声高に宣言した。

「アーヴェンスト竜王国の皆さん。私の愛しい皆さん。どうやら、時が来たようです」

 戦場の爆音が鼓膜を打つ。しかし、どれだけの騒音が響いても、彼等の耳は女王の言葉を聞き逃しはしなかった。

「目覚めた友に戦場を任せ、我が身可愛さに逃げ出せば――心が死にます。感情のままこの戦場に飛び込んでも――大した意味はありません。晴れた世界で、今までと同じように逃げては戦い、逃げては戦う――もはや、私達の誇りが許しません。もう一度、言いましょう。――時が来ました」

 固唾を呑む。誰もが姿勢を正し、真っ直ぐにローゼを見つめる。

「覚悟を。私達はこれより、至難に挑みます」

 ただ、搾取されるためだけに生まれては殺される竜王国の友を救おう。捕らわれ、奴隷のように扱われる竜王国の民を解放しよう。そして……

「世界を、立て直します。その一歩として――王国を取り戻しましょう!」

 応えるのは当然、竜の咆哮にも引けを取らない勇壮な雄叫びだった。

 落雷と爆音を吹き飛ばすような雄叫びと同時に、幹部達が次々と指示を出す。誰もが迅速に動き始めた中で、ローゼはハジメへと視線を転じた。

『ハジメ様。どうか、お導きください。私達の宿願の地へ』
『戦場へようこそ。女王様』

 ニィッと凶悪な笑みを浮かべたハジメは、指輪を輝かせて一つのアーティファクトを取り出した。キラキラと輝く神秘的な蒼で彩られた鍵。世界を越える扉すら開く――クリスタルキーだ。

 それを、ピッと指先の動きだけで投げれば、蒼穹の光芒を残しながら飛翔したクリスタルキーは、ハジメと空母艦アーヴェンストの間の空間に突き立った。

 重力石を組み込むという改良を加えられたクリスタルキーは、ハジメが手首を捻ると同時に、解錠するように回転した。

――ガコンッ

 世界に、鍵の開いた音がした。

 もちろん、オプションです。意味はないけど、思いついちゃったのだからしかたない。これもまた、ハジメクオリティーなのだ!

 ついでに、以前は光り輝く膜のようなゲートだったのだが、今は、荘厳な両開きの扉が現れてゴゴゴッという如何にもな音を響かせながら開くという仕様になっている。

 もちろん、オプションです! 意味はないけど、興が乗っちゃったのだからしかたない! これもまた、ハジメクオリティーなのだ!

 ちなみに、扉はただの立体映像なので、大きさもデザインも、その時の気分で変えられます! 地球の映像技術と、トータスの魔法を組み合わせて、一か月も苦心して作り上げた自慢の一品だ!

『……ハジメ様。貴方は、もしや神に属するお方なのでは』

 いいえ、ただの凝り性なクリエイターです。一度嵌り出すと寝食も忘れて没頭し、正妻に吸われるか、ウサミミ妻にバックドロップを食らうまで止まらないレベルの。

『行け。武運を祈る』
『っ。ありがとうございます。――いつか、世界も、人々の心も、そして竜達の魂も晴れた世界で、再びお会いできることを祈っています』

 ローズは一礼し、総指揮を執るべく飛空艦ロゼリアへと踵を返した。

『あの子達だけでは少々心もとない気もするのぅ。……おや? ふむ、そうか。よかろう、同胞は妾に任せよ』

 天空に鎮座したまま、黒竜達の戦いを見守っていたティオが横目にローゼ達を見る。すると、幾体かの黒竜が戦場から舞い戻り、飛空艦ロゼリアへと飛翔しながらティオへと視線を飛ばして来た。

 どうやら、自分達がついていくから、同胞をお願いしますと、ティオに伝えて来たらしい。

『過保護な神龍様だな』
『何を言う。そういうご主人様とて、ゲートまで開いて手を貸しておるではないか』
『こんなもん、手を貸したうちに入るかよ。俺はただ、あいつらを死地に送っただけだ』
『今、動くことは、この先の未来で彼女達が誇りを胸に生きるために必要なことじゃろう。たきつけたことも、手を貸したうちじゃよ。ふふ』

 二人にだけ伝わる念話をしている間に、飛空艦ロゼリアとアベリアを先頭に、船上国家アーヴェンストはゲートの中へ姿を消していった。

……シアにコブラツイストを食らい、ユエにほっぺむにぃを食らいながらも、「もうちょっとっ。もうちょっとで完成だからっ。これが終わったら、ちゃんと飯を食うから!」と駄々を捏ねながら作り上げた荘厳な輝く扉をくぐって。

『貴様等っ、あいつらをどこへやったっ。いったい、貴様等はなんなんだ!?』

 激化の一途を辿る戦場から、怒声が上がる。グレゴールの、もはや威厳の欠片もない、焦燥と混乱に満ちた声音だ。

『いきなり現れやがってっ、こんなわけの分からねぇ力をっ。ふざけんじゃねぇっ。こんなことが許されてたまるか! くそがっ、くそがぁっ。俺は、神国の王だぞ!?』

 ハジメ達に訴えている――というより、独白に近いグレゴールの叫び。既に艦隊の数は半減している。竜核のエネルギーを補充することもできず、出力を低下させている艦隊は、既に主砲を放つ余力もない。

 最初の、暁から現れた勇壮さは、もはや見る影もなかった。

 それが尚更、グレゴールの精神を追い詰めているのだろう。『こんな現実が、こんな理不尽が、許されてたまるかっ』というようなことを叫び続けている。

 そんな彼に、ハジメは……

『お前の方が弱かった。それだけのことだろう?』

 グレゴールの癇癪を起した子供のような喚きがピタリと止まった。

――グレゴール=クリュゼ=クヴァイレンの方が弱かった

 確かに、ただ、それだけのことだった。

 強奪の王の根底にあるのは、力への信望。

 暴力でも、知略でも、なんでもいい。相手を上回れば、屈服させ、踏み躙り、破滅させることができる。それができる者が正しく、弱者の言葉は戯言に過ぎない。

 強い者が正しく、弱い者が間違っている。

 それこそが、グレゴールの信じるもの。

『……そうかよ。覇者になっても、俺の方が弱かったってわけかよ。ハハッ、冗談きついぜ』

 どこか、納得したように乾いた笑い声を上げるグレゴール。

 既に、防御艦は近くになく、旗艦ドゥルグラントもあちこちから白煙を噴き上げて傾いている。補充するエネルギーがなく、浮力を保つので精一杯の様子だ。膨大な数の艦載兵器が、弾丸やミサイルという物理攻撃を以て弾幕を張っているため、未だ、撃沈されてはいないが……

『よぉ、教えろよ。てめぇらはいったい、なんなんだ?』

 グレゴールの、おそらく、人生最後の問いかけ。

 ハジメは少し考える素振りを見せた後、ニヤリと笑って答えた。

『ただの、通りすがりの化け物さ』

 艦橋の風防に、満身創痍となりつつも、遂に弾幕を潜り抜けた黒竜が飛び込んできた。ガパリッと開いた顎門。集束される死の光。悲鳴を上げて逃げ出す乗員達。

 その中で、グレゴールは総司令の椅子にドカッと座り込むと、頬杖を突きながら、小さく、

「最後の最後で、大外れを引いたか。まったく、ついてねぇ」

 そんなことを呟いた。

 旗艦ドゥルグラントの艦橋が破壊され、力なく墜ちていく光景は、生き残りの艦隊の心を挫くには十分だった。

 碌な戦闘機動も取れない、烏合の衆と成り果てた彼等に、黒竜達は咆哮を上げる。

 そして、最後の決戦へと身を投じて行った。

 この世界最大の戦力の全てが、残骸のスコールとなって地上に降り注ぐのに、そう時間はかからなかった。
いつも読んで下さりありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

遅れましたが何とか投稿です。
来月からは、もっと余裕をもって投稿できるはず……

さて、感想欄に話題に上がっていたので、一応、説明をば。
白米的に「竜」=トカゲっぽいやつ。「龍」=蛇っぽいやつ。
神龍モードは蛇っぽいので、地の文も「龍」にしてます。でも、この世界には「龍」の概念がないので、この世界の人間の会話文では「竜」と表記してます。ややこしくて、すみません。
ちなみに、ティオが神龍モードのとき、「龍」形態になるのは――趣味です。ハジメの。

PS
活動報告にも上げましたが、コミック版最新話がオーバーラップ様のHPにて公開中です。
遂にユエ様でますよ! 最後だけだけど! 是非見に行ってみてください。

それと、一応、報告。
今月、5巻とコミック1巻が発売されるようです。
特典情報もオーバーラップ様のHPにて公開してますので、良ければ見に行ってみてください。

よろしくお願いします。
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