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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

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ありふれたアフターⅡ ティオ編 おれ、まおうさん。いま、お前の後ろにいるよ

 開戦の初手は、大気を震わせる咆哮と世界すら切り裂きそうな漆黒の閃光だった。

『ブ、ブレイクッ。ブレ――』
『間に合わ――』

 黄昏の空を飛び交う軍の空戦機。そのパイロットが張り上げる回避の号令は、直後、薙ぎ払われた漆黒の閃光により虚しく消えた。

 それはまるで、神話の巨人が振るう大剣の一撃の如く。僅か数秒でチャージを終えたティオのブレスは、ただの一撃で五機編隊の空戦機を、まとめて三部隊ほど消滅させた。

 抵抗などありはせず、残骸すらも残さない。文字通りの〝消滅〟。鬱陶しいコバエを蹴散らしただけだというかのように、歴戦の空戦機乗り達が冗談のように消え去った。

 遠くを見れば、雲海が真っ二つに割れている。ティオのブレスによる爪痕だ。雲海に、海溝が出来たのである。

『っ、狼狽えるなっ。物量で押し潰せ!』

 叱咤を含んだ指令が下る。空戦機が、ティオとその背に乗るハジメに間断なきヒット&アウェイを仕掛けて来る。バルカンが火を噴き、無数のミサイルが二人へと急迫した。

「ティオ、行くぞ。天空の覇者とはいかなるものか、奴等に叩き込んでやれ」
『よかろう。ならば、地球で培い進化した妾の飛行術、とくとご覧にいれようではないか。振り落とされるでないぞ、ご主人様よ!』

 ガガガガッと体に当たるバルカンの弾丸などまるで意に介さず、ティオが咆哮を上げた。

 全竜人族中、最も耐久力に優れた黒竜の竜麟は、バルカン程度の威力では傷一つつけられないらしい。かつて、ハジメのレールガンをして表面を削るに終わったほどなのだから、当然と言えば当然だ。

 迫り来るミサイルは、まるで檻のように全方位から逃げ場を失くすように迫って来る。

 が、それらが到達し、直撃する前に、ティオの姿が消えた。

『――【焔之牙】』

 直後、荘厳な声音と共に呟かれたそれが意味を成して顕現する。無拍子とも言える挙動で飛び出したティオの周囲に、赫灼と輝く炎の塊が四つ出現したのだ。

 それらは瞬時に放たれると、狙い違わず正面から迫っていたミサイルを余さず呑み込み粉砕した。大空に爆炎の華が咲く中、衝撃音を響かせながら飛び出したティオは、一瞬で右急旋回。

 通り過ぎようとした空戦機の後背をついた。

 空戦機パイロットが、振り切ろうと慌てて急旋回するが、その素晴らしい旋回性を嘲笑うようにピッタリと背後に張り付いたティオは、再びブレスを放って空戦機を吹き飛ばした。

『くそっ、この野郎っ。食らいやがれっ』

 隊の仲間だろうか。ティオに張り付かれた仲間を救うべくティオの背後に回っていた空戦機は、しかし、仲間の救出叶わず怒りに駆られながらミサイルを発射した。

 が、タイミングと位置的に直撃すると思われたそれは、直後の信じられない光景と共に回避された。

『動きが単調じゃ』
『宙返り、だとぉ――』

 そう、宙返りだ。音速に近い速度での飛行中に、あろうことか目の前の巨大な黒竜は宙返りをしたのだ。当然、失速はするが、あり得ない挙動に反応などできるはずもなく、ミサイルは虚しく彼女の下を通りすぎる。

 そして、不幸にも追いついてしまった空戦機は、すれ違いざまに黒竜の爪に引き裂かれてスクラップと化してしまった。

 ティオは宙返りの勢いそのままに下降して速度を戻すと、下降中に身を百八十度反転させて、進行方向を逆転させる。そうすれば、目の前にはちょうど通り過ぎようとしてた空戦機の編隊が……

 当然、ブレスと圧縮爆裂式炎弾は吸い込まれるように空戦機へと直撃し、同時に五つの爆炎で雲海を彩った。

『ダ、ダメだっ。振り切れないっ。誰か助けてく――』

 急上昇から百八十度その身を反転させ逆方向へ。先程とは逆の機動によりまたもや背後をとって、必死に逃げる空戦機を爆発四散させる。

『照準が定まらないっ。ロックできないっ』

 仲間を犠牲にして背後を取ったのに、右に左にと凄まじい速度で揺れ動くが故に優れた機械をしてティオを捉えられない。

 そして、翼をバサリと広げつつ身を起こしたティオは風の抵抗を存分に受けて一瞬の減速。気が付けば追い越してしまっていた空戦機は、やはり背後からの一撃で消滅を余儀なくされる。

『は、速すぎるっ。なんなんだ、あの化け物はっ。本当に竜なのか!?』

 空気が破裂したかのような衝撃音。ついでに発生するのは白い空気の壁。あっさり音速の世界に突入しながら急上昇したティオは、空中で反転。

『シンセハイアーを使うっ。合わせろ!』

 三部隊が三角錐の頂点を目指すようにティオへと下方から迫る。彼等の機体が白銀色に包まれ始めたことからすると、〝シンセハイアー〟とはおそらく、あの音波攻撃だろう。

 もっとも、竜族に致命的な行動阻害の効果を与える音波攻撃の兆候にも、ティオは気にした素振りすら見せず急降下を開始した。

 音波攻撃が放たれる。空気が波打った。その音波の荒波の中へ、ティオは躊躇いなく突進する。自由落下など生温い。落下しながら翼を広げ、優雅ともいえる動きでロールを行えば、途端、発生するのは漆黒の竜巻。

『小賢しい。まとめて墜ちよ』

 大壁を突き崩す神槍の如く。黒い竜巻を纏った音速世界の黒竜は、あっさりと音波の壁を吹き飛ばし、ただ真っ直ぐに編隊の中央を通り過ぎた。

 一拍。

 遅れてやってきたソニックブームにより、彼等の機体は一瞬で粉砕され雲海の藻屑と消える。

 ティオはそのまま迫って来たミサイルを純粋な速度と旋回性をもってぶっちぎり、横薙ぎのブレスで更に一部隊を消し飛ばした。

 と、そこで空母艦からの大規模攻撃がティオへと発射される。あまりの機動力に照準が付けられなかったようだが、どうせ味方の空戦機も八割近く墜とされたのだ。ならば、限定された空域そのものを爆撃してやろうと考えたのだろう。

 主砲のような一点突破の高火力ではない。迫り来るのは千に届こうかというミサイルの群れ。スコールと称するには少々凶悪にすぎるそれらは、空戦機が放つミサイルとはくらべものにならない大きさを誇る。比例して尋常ならざる威力があるのは明白だ。

 空域爆破という荒業を前に、ティオは翼を一打ちして滞空した。

 そして、大きく身を逸らして息を吸い込む。ヒュゴォッというあり得ない音を鳴らしながら吸い込まれる空気により、ティオの胸部がググッと膨らんでいく。

 もはや、発射先の空母艦そのものが隠れてしまうほど数で迫り来るミサイルは……

――グルァアアアアアアアアアアアアッ!!!

 風が死んだ。空気が破裂した。雲海が放射状に吹き飛び、大気が慄いた。

 ただの咆哮。されど、それは聞く者に否応なく畏怖を与える竜王の咆哮。故に、ただの咆哮は凄絶なまでの衝撃波となって空域全体に伝播し、迫り来るミサイル群を衝撃の壁をもって粉砕した。

 まるで、そこに見えない壁があるかのように、ティオと空母艦の中間位置で次々と爆発していくミサイル群。

 既に夜の帳が降り始めた空が、爆炎のオレンジで煌々と照らされていく。

「おいおい、さっきから俺の出番がないんだが?」
『天空の覇者たる格を示せとは、ご主人様の命令じゃろ? 取り敢えず、純粋な空戦技術とブレス、少々の魔法のみでやってみたが……満足いただけたかの?』

 首を回し、あれだけの挙動にもかかわらず平然と己の背に立つハジメに、ティオはどこかいたずらっぽさを感じさせる眼差しを向けた。

 ハジメは半ば呆れた表情をさらしつつ、

「あれって空中戦闘機動ってやつだろ? クルビットにスプリットS、インメルマンターンにコブラだったか? 他にも色々していたが、いつの間に覚えたんだか。まぁ、見事だったよ」
『地球の戦闘機は素晴らしい。しかし、空は妾の領域。純粋な速度はともかく、空戦技術で負けるのは矜持が許さん。いろいろ資料を漁ったり、ゲームしたり、航空ショーを見に行ったりして覚えたのじゃよ。満足いただけたようで何よりじゃ』

 グルゥ♪ と嬉しそうに咽喉を鳴らすティオさん。

 なまじ、風を直接操れるだけに飛行技術などなくとも自在に空を飛べるため、運動エネルギーや位置エネルギーといった考え方を身に沁み込ませるのは中々骨が折れたのだが……間違いなく、地球の航空力学により飛行技術は飛躍的に高まったので、こうしてお披露目し、主に称賛されるのは実に嬉しかったようだ。

 バルカンを弾き、ミサイルより速度と機動性に優れ、強力無比な攻撃方法を持ち、ソニックブームだけで相手を粉砕し、その上スペックに頼らず超一流の空戦技術まで有する……

 自分達の技術が空飛ぶ戦車に盗まれたと知ったら、地球の戦闘機乗り達が涙目になることは間違いないだろう。

 風に流され、爆炎が徐々に晴れていく。

 その向こうでは、空母艦が主砲をチャージしているのが見える。どうやって当てる気なのかは分からないが、未だ逃げようともしないのは愚かとしか言いようがない。余程、自分達の存在を過信しているのか。

 選ばれた民、天空を統べる者。神の国。

 これだけ危険なワードがそろえば、彼等のプライドがエベレストよりも高いのは明白だが、少々、無謀に過ぎるという評価は免れない。それとも、なにか別に切り札があるのか……。

「まぁ、だからといって、わざわざ待ってやったりはしないんだが」

 空母艦から更なる空戦機部隊が発進したのを見ながら、ハジメはニィッと口の端を釣り上げた。ティオのバルカンですらビクともしない体がビクッとなった。

「横っ腹を抉られる気分は、どんなもんだ?」

 ハジメがそう呟いた瞬間、今にも主砲を発射しそうだった空母艦は――ごっそりと、後方船底の一部を損失した。

 損壊ではなく、損失だ。まるで、組み合わせたブロックの一部が取れて落っこちたかのように、後方船底の一部が抜け落ちたのである。真紅のスパークを撒き散らしながら。

 ぐらりと傾く空母艦。更にはその損失部分から大量の人間が落ちていく。距離があるため聞こえはしないが、彼等が絶望の表情をさらしながら悲鳴を上げていることが手に取るように分かった。

『ご、ご主人様よ。いったい何をしたんじゃ?』
「お前が戦っている間にな、暇だったんで一発砲弾を撃ち込んだ。中にぎっしりと蜘蛛型生体ゴーレムを詰めた砲弾をな」

――特殊砲弾 〝スクワーム・シェル〟

 砲弾が撃ち込まれ、しかし爆発もせず、空母艦船内に侵入したそれは、言わば繭だ。中に超小型の蜘蛛型ゴーレムを大量に詰め込み、敵の体内で生まれ出るという仕様の。

 今回は巨大戦艦だったからまだいいが、もし、これが大型生物だったとしたら……。

 ちなみに、蜘蛛以外にもいろんなものが詰め込めます。お好きな虫さんを貴方の元へ☆

『お、おそろしい……というか、えげつないもんを作りおったなっ。鳥肌が立ったのじゃ!』
「いや、お前今、肌ねぇだろ。全部竜麟じゃん。まぁ、とにかく、アラクネ共を通して艦内を錬成しまくって、あそこだけ強制パージさせてやったんだよ」
『さらりと流された……ごほんっ。ふ、ふむ、あそこは……ふふ、そうか。流石、ご主人様。普段は極悪非道で冷酷無比の鬼畜ドS野郎じゃが、こういうときに見せる優しさが堪らん。妾、惚れ直したのじゃ!』
「ありがとよ。褒められている気がしないから、あとで鬼畜なお仕置きしてやるよ」

 ティオの言葉にこめかみをぴくぴくさせつつ、ハジメはクロス・ヴェルトの結界でパージした部分――囚われ、燃料扱いされていた竜達を保管していたあの場所――を、丸ごと覆った。

 空母艦がどうにか体勢を取り戻そうとしている中、母艦を守るつもりなのか増援の空戦機四十機ほどが無謀にもハジメ達へと突進してくる。

 ティオが再びドッグファイトを繰り広げようと翼を一打ちするが、ハジメが制止をかける。

「そろそろ、〝自分達が負けるはずがない〟〝この手で行けばきっと勝てる〟なんて幻想(希望)を抱いて足掻かれるのも見苦しくなってきた。一気に叩き潰す。心ごとな」
『ふむ、確かにの。最大威力のブレスで、まとめて薙ぎ払ってもよいが?』
「少しは俺にも手を出させろ。このままじゃ、俺はただお前の上に乗っているだけっていう微妙な奴になるだろうが」

 なんとも子供じみた物言いに、ティオはくすりと笑い声を上げる。そうこうしている内にも迫って来た空戦機部隊。遠目に見ても彼等の形相は死にもの狂いだ。だが、どこか、ここを凌げばという希望を宿しているようにも見える。

「それが幻想だと言うんだ。誰を敵に回したか、魂に刻んでおけ」

 直後、出現したのは真紅の紋様で彩られた黒い十字架の群れだ。空中において、ハジメの背に整然と並ぶその数は二百。真紅の淡い光を纏いながら浮かぶ光景は純粋に異様で恐怖を煽り、空中にあってまるで墓地に紛れ込んでしまったかのように錯覚する。

 ハジメの目に、大きく目を見開くパイロット達の姿が見えた。彼等から目を離さず、ハジメの手が指揮棒のように優雅に振るわれ、真っ直ぐ突き出される。その指先は、指でっぽうの形へと。

 途端、二百の十字架はくるりと一回転し、その長い方の先端を正面へと向ける。

「物量で押し潰すとは、こういうことだ」

 一拍。轟音。

 二百機のクロス・ヴェルトから発射された電磁加速式バースト・ブレットが、毎分1500発の速度で容赦なく放たれる。それは既に空に現れた弾の壁。先程までの軍側がやっていた物量戦をそっくりそのまま返された形だ。

 実は、ハジメが本気を出せば更に三倍以上の数のクロス・ヴェルトと、何百体という死神(グリムリーパーズ)を召喚できると知ったら、彼等はどう思うのだろうか。

 最初の一撃で直撃を受けた空戦機がばらばらと雲海へ墜ちていく。運よく回避したものも、空中に真紅の波紋を広げて致命的な衝撃波を撒き散らすバースト・ブレットにより翼をもがれて墜落する。

 ただ一回の攻防。それだけで、空戦機は戦力を三割にまで削られてしまった。

『こんなの、もう戦闘じゃねぇっ。虐殺じゃねぇかっ』
『あれはいったいなんなんだっ。どこから取り出したんだっ』
『まだかっ。ネグラード砲は、まだ撃てないのかっ』

 阿鼻叫喚ともいえる様相を呈するパイロット達。が、そんな余裕(・・)は直ぐに消える。二百機の死を喚ぶ十字架が一斉に飛び出したからだ。およそ、航空力学を無視した鋭角かつ不規則な動きで、時には残像のようなものすら発生させながら次々と空戦機を撃墜していく。

 確かに、もはや戦闘ではなかった。

 そんな中、姿勢制御に成功した空母艦が、遂に主砲の砲塔をハジメ達へと照準する。集束している白銀の光は、しかし、先程の一撃とは少し異なるようだ。白銀の中に、まるでミルクに垂らしたコーヒーの如く、濁った黒が混じっているのである。よくよく見れば、白銀の部分も白に近いかもしれない。

 刹那、轟音と共に放たれる黒交じりに白光。威力は、むしろ先程の一撃より低く見えるが、ハジメの経験に裏打ちされた勘が、あれはもっとおぞましいものだと訴える。

 そんな未知の、おそらく彼等の切り札であろう主砲を前に、ハジメは無言で〝宝物庫Ⅱ〟を輝かせた。

 陽はほとんど沈み、夜の黒が世界を覆う中、白光に照らされるハジメの傍らに、それは現れた。

「正面からぶち抜く」

 そうして放たれたのは極光だ。まるで、まだ夜には早いと否定するが如く、燦々と輝く光の色は、まさにこの世を照らす陽の色。

――太陽光集束レーザー 〝バルス・ヒュベリオン〟

 チャージ済みバルス・ヒュベリオンの水平撃ち。それが光の正体。極限まで集束・圧縮された太陽光のエネルギーは、夜の世界を瞬く間に駆逐する。

 空母艦主砲の白光と、バルス・ヒュベリオンの極光が正面から衝突した。

 威力は拮抗し、衝突点からはこの世のものとは思えないほど幻想的な、光の乱れ咲きという現象が発生する。

『……個人で、戦艦の主砲と拮抗するというのか……』

 念話により漏れ聞こえた呆けた呟きは、きっと艦長のものだろう。ハジメは、それを鼻で嗤うと、敢えて念話で返した。

『拮抗? いつまで幻想を抱いているんだ? この程度じゃあ、まるで足りねぇよ』

 ハジメは解放のキーワードを口にした。

「――〝第二圧縮炉〟解放」

 バルス・ヒュベリオンは、内部に太陽光を集束し圧縮する専用の〝宝物庫〟が搭載されているわけだが、誰も、これが一つだなどとは言っていない。フルチャージした〝専用宝物庫〟――〝圧縮炉〟が複数搭載されていても何らおかしくないのだ。

 その第二のエネルギーが解放されればどうなるか。

 答えは簡単だ。

 拮抗状態など、容易く崩れる。

 呑み込まれ、消滅し、徐々に押し戻されていく空母艦の主砲。

『っ。攻撃だっ。あの男を攻撃しろ! 弾速重視! 残っている空戦部隊も、背後から奴を――』

 その命令は、最後まで言い切ることはできなかった。

『――〝第三圧縮炉〟解放』

 死神の、死刑宣告とはこのことか。

 まるで激流に呑まれるが如く、空母艦の主砲は、極大化した太陽光レーザーに、抵抗らしい抵抗も見せられずに呑み込まれた。直進したヒュベリオンの光は、そのまま前部甲板の上三分の一ごと三連主砲を呑み込み、遥か彼方の空へと突き進む。

 咄嗟の判断だったのか。それとも偶然か。それは分からないが、直撃の寸前で空母艦が急下降したことが、空のタイタニックになる運命を回避したようだ。

 ただし、被害が甚大である点に変わりはない。前部も後部も、まるで何かに食いちぎられでもしたかのように、ごっそりと損失しているのだ。傾き、火災と黒煙、そして小さな誘爆で見るも無残な姿になり、それでも辛うじて空中に止まっているといった有様である。

 空母艦は、高度を下げながらも白銀の光を噴き出して反転し始めた。

「やっと逃げ出す気になったか」
『最後の攻撃にどんな効果があったのか知らんが、正真正銘の切り札だったんじゃろ。それを、正面から叩き潰され、危うく撃墜されるとことだったんじゃ。これで逃げ出さんかったら、それはそれで狂人の域じゃぞ』

 クロス・ヴェルトに追われつつも、死にもの狂いで逃げていた空戦機パイロット達も、慌てて空母艦を追い駆けていく。

 戦いは終わった。巨大な戦力を誇る軍の巨大空母艦を、たった二人で撤退に追いやった。

 その事実に、溢れ出る感情を押えながら、空賊の少女と小竜が飛空艦ごと近づいてくる。

「ぴぃっ。ぴぃいいっ」
「あ、あのっ。き、騎士さまっ。真竜様っ。この度は、あぶないところを――」

 と、声をかけようとして、

「――〝第四圧縮炉〟解放」
「え?」
「ぴ?」

 極光が、満身創痍の有様で逃げる空母艦の後部を吹き飛ばした。少女の言葉と共に。

 更に、

「コバエは……十機程度か。なら、これで十分だな」

 そう言ってハジメが取り出したのは対物狙撃砲シュラーゲンA・A。スコープ越しに必死に逃げる空戦機達を捉えたハジメは、一呼吸ごとに引き金を引く。夜空に美しい真紅のラインを引いた砲弾は、一発の狂いもなくランダム回避を行う空戦機を撃墜していった。

「……ひぅ」
「……ぴぃ」

 何の感慨もなさそうに、淡々と逃げ惑うパイロット達を血祭に上げていくハジメの横顔に、少女は小竜と抱き合いながらガクブルと震え、ペタンと女の子座りでへたり込んだ。お付きの金髪コンビも同じように青褪めた表情で落とされていく敵を見つめている。生き残りのパイロットだけは、感心したように「ひゅ~」と口笛を吹いていた。

『ご主人様よ。あの空母艦、意外にしぶとい。まだ飛んでおるぞ。追い駆けるかの?』
「いや、その必要はない。ちょっとした嫌がらせの後に、撃墜すっから」

 全ての空戦機を撃ち落とし終えたハジメは、肩にシュラーゲンを担ぎながらニヤァと嗤った。どこからか「竜騎士さま……じゃない?」とか、「あ、悪魔だ……」とか、「は、早く逃げぇ」とか聞こえて来るが、邪悪な笑みを浮かべているハジメには些細なことだ。

 そんなハジメを見て、ティオは一言。

『ふむ。魔王様からは逃げられない、というわけじゃな』

 魔王という言葉に、少女達が更にビクッとしたのは言うまでもない。




 一方その頃、空母艦では……

「奴等は!? 奴等は追って来ているか!?」
「い、いえ! 対象、動いていません! 見逃してもらえたんだ!」
「口を慎めっ。見逃してもらえたんじゃない! 我々の戦略的撤退が成功したのだっ。次に同じことを言ったら、背信と見なすぞ!」
「も、申し訳ありません」

 荒れに荒れていた。誰もが、喉が干上がっているかのように生唾を飲み込みながら、今にも落とされるのではと恐怖に顔を強張らせている。

 それは艦長も同じで、口では「戦略的撤退の成功」などと言っているが、その顔は悪い病気にでもかかったかのようにピクピクと痙攣してしまっている。

「本国に、本国に早く知らせねば。艦隊をもって挑めば、今度こそは……。おい、本国との通信可能域に入るまで、どれくらいだ?」
「距離は、およそ1500です。ですが、推力が低下し、補給のきかない現状では、二日はかかるかと」
「チッ。あいつら、どうやって補給室を丸ごと抉り出したんだ……いや、そもそも、なぜ正確な位置を知っていたんだ? …………内通者、か?」

 極限の状態に疑心暗鬼が浸蝕してくる。

 と、そのとき、艦橋に通信が入った。

『こちら発着艦指揮所! ヒッグスが空戦機を出そうとしています! 武装していて、制止しようとした整備兵が多数死傷しました! 誰か、応援に寄こしてください! あいつ、正気じゃない!』

 突然の報告に、艦橋が騒然とする。艦長はマイクを引っ手繰るようにして掴むと、空戦機の発着指揮所への通信ボタンを押した。

『なにが起きている!? ヒッグスの目的は!? なぜ、この状況で空戦機を出そうとする!?』
『分かりませんっ。言っていることが支離滅裂で……本当にわけが分からないんです! あいつが来る、早く逃げないと〝魔王〟が来る。あいつはもう、ここにいる!って叫んでいて、こちらの言葉にも耳を貸しません!』
『なにを馬鹿な。くそっ、こんなときに狂った馬鹿に関わっている時間はない。発砲を許可する。言って分からないようなら、構わん撃ちころ――』

 艦長が、何か猛烈に嫌な予感を覚えつつも指示を出そうとしたそのとき。

 それは聞こえた。

――おれ、まおうさん。いま、甲板にいるよ

「!?」

 不意に気配を感じて、バッと背後を振り返った艦長。しかし、そこには通路に続く扉しか見えず、誰もいない。幻聴だったか、と視線を戻した彼は、直後、自覚なく生唾を飲み込んだ。

「か、艦長。い、いま……」

 操舵手の一人が青褪めた表情で振り返っていた。否、彼だけではない。艦橋内の全ての部下が、自分と同じように背後を振り返っていたのだ。

「な、なにを見ている! 己の職務を全うしろ! 今は少しでも早く――」

 幻聴だ。部下達が全員振り返っていたのは偶然だ。そう自分に言い聞かせながら、背筋を虫が這っているかのような感覚を怒声で掻き消す。掻き消そうと、する。

――おれ、まおうさん。いま、中央通路にいるよ

「だ、誰だっ」
「か、艦長ぉっ」

 もはや誤魔化せない。響いた声と、背後に感じた気配に、艦長はまたも背後を振り返るが、やはり誰もいない。ぎこちない動きで視線を戻せば、そこにはやはり青褪めた部下達の姿。

――おれ、まおうさん。いま、エレベーターの前にいるよ

「ち、近づいて、来ている?」
「艦長っ。だ、第一エレベーターっ。動いています!」
「誰が乗っている!? 映像は!?」
「誰も乗っていません! 乗っていないんです! なんで動くんだよぉ」

 艦橋周辺設備の遠隔操作を担当する部下が、半泣きでモニターを見つめている。そこには、この艦橋に続くエレベーター内部の様子が映っていた。が、確かに動いている、上がってきているエレベーターの内部には、誰も乗っていなかった。

 エレベーターが止まり、扉が開いた。艦橋に続く通路の監視カメラには、誰も映ってはいない。ただ、エレベーターが勝手に動き、この階で止まって、扉が開き、まるで人一人が降りたようなタイミングで再び閉まっただけだ。

――おれ、まおうさん。いま、最初の部屋の前にいるよ

 最初の部屋――第一防撃室。空母艦に乗り込まれた際、艦橋への襲撃を食い止めるため、エレベーターや階段から艦橋までは、間に三つの部屋がある。遮蔽物が多く、頑丈で、侵入者を迎撃しやすい作りになっているのだ。

「第一防撃室っ。扉の前に侵入者だっ。射殺を許可する!」

 通信を使い、第一防撃室で警備をしている兵士達に指示を出す。

 が、応えが返って来ない。

――おれ、まおうさん。今、二番目の部屋の前にいるよ

 ぞっと、背筋に怖気が奔った。視線で、モニタリングしている部下に問うが、彼は正気を失いかけているような、焦点の合わない瞳で首を振るだけで言葉を出さない。

――おれ、まおうさん。今、三番目の部屋の前にいるよ

 あっさりと、第二防撃室まで突破された。否、突破などと称していいのか。まるで、扉など存在しないとでもいうかのように、警備兵など最初からいなかったとでもいうかのように、するりするりと侵入していくる〝何か〟

――おれ、まおうさん。今、艦橋の前にいるよ

 艦橋内は静まり返っている。いつの間にか、各部署から嵐のように届いていた被害報告や指示を仰ぐ通信が、息を潜めるようにして静まり返っている。聞こえるのは、微かな息遣いと、この巨体を浮かせるため懸命に働いている動力炉の唸り声のみ。

 艦長は、そっと、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。衣擦れの音すら煩わしく感じる静寂の中で、ともすればカチカチとなってしまいそうな歯をグッと噛み締めて、ゆっくりと銃口を扉へと向ける。

「く、来るならこい。扉を開けた瞬間、撃ち殺して――」
「おれ、まおうさん。いま、お前の後ろにいるよ」

 響く声じゃない。肉声だった。すぐ耳元で、密着しているかのような距離で聞こえたのは。

 正気など、保ってはいられなかった。「ァァアアアアアアッ」という悲鳴は、果たして誰のものだったのか。パンッという乾いた音が鳴ったとき、最初に倒れたのは操舵手の男。

 彼の胸を撃ち抜いたのは艦長の拳銃だった。理性を飛ばし、恐慌状態となった艦長が振り返りざまに発砲したのだ。後は、坂道を転がる石の如く。全員が全員、直ぐ耳元で囁かれたのだ。恐慌状態のまま、発砲と素手による殴り合いで、艦橋は修羅場に陥った。

 それは、全ての部署でも起きていることだった。誰もが、近づいて来る何かに、精神の均衡を崩した。恐怖に心砕かれ、逃げ隠れした者ほど生き残った。が、そんな彼等は常に、感じるのだ。どこにいても、なにをしていても、背後にうっすらと何者かの気配を。

 発狂しなかった者は、全体の二割にも及ばなかった。




「という状況だな。今は」
『取り敢えず、説明プリーズ』

 ハジメによる、遠くに逃げた空母艦の現状を聞いて、黒竜姿のまま器用にも表情を引き攣らせているティオが、努めて明るい口調で尋ねた。そうしなければ、話を聞いているだけで夢に見そうだったのだ。

「ほら、さっき侵入させたアラクネ共がいただろ? あれでな、俺流嫌がらせ百八式の内の一つを使ったんだよ」

――魔王流(他称)嫌がらせ百八式 〝おれ、まおうさん。いま、お前の後ろにいるよ〟

 某都市伝説〝メ○ーさんの電話〟の、超小型生体ゴーレムを使った魔王様バージョンだ。念話によって強制的に〝徐々に近づいてくる〟を体験させつつ、魂魄魔法によって恐怖感を増大させる。しかも、近づいて来ると見せかけて、実は最初から対象の襟元辺りに潜んでいるゴーレムが、〝気配操作〟により〝常に後ろに誰かがいる気配がする〟を演出するのだ。そして、仕上げは当然、ハジメの肉声を録音した〝お前の後ろにいるよ〟である。

 素敵に発狂間違いなしの、素晴らしき嫌がらせ技の一つである。〝いないいないまおう!〟が突発的な嫌がらせなら、こちらは徐々に効いて来る嫌がらせなのだ!

『……発想が恐ろし過ぎるのじゃ。というか、日本のホラーとか都市伝説は反則じゃと思う。この前、ミュウが興味本位でネット検索して、丸一日、布団から出て来んかったじゃろ』
「日本のホラーは、こうねちっこいというか、じっとりしているというか……海外にはない独特の雰囲気があるからなぁ。まぁ、取り敢えず、それはいいとして、ポチッとな」

 苦笑いしつつ肩を竦めたハジメは、おもむろにスイッチのようなものを取り出すと、躊躇いなくそのスイッチを押し込んだ。

『……一応、聞くが、今、何をしたんじゃ?』
「うん? そりゃあ、俺のアラクネを持っていかれたんじゃ困るから、艦内の要所に張り付けて――爆破した」

 ちなみに、小指の先ほどのアラクネ(生体ゴーレム)ちゃんで、だいたいC4爆弾10kgくらいの威力になる。それが、数としてはだいたい二百体くらい。

 動力炉はもちろん、艦橋内やその他重要施設を重点的に狙って、表面からではなく機械の内部に錬成で侵入した上でドカンッだ。

 〝おれ、まおうさん。いま、お前の後ろにいるよ〟で、素敵に大混乱している彼等には対応できないだろう。

 動力を失い、艦橋を失い、補給もできず、乗組員はだいたい発狂☆中。間違いなく墜ちるだろう。

 これで墜落せずに本国に帰れたら、それはそれで称賛ものだ。

 いかにも、「最後に爆破――ロマンだな」と言いながら、実にすっきりした表情をしているハジメを見て、ティオのみならず、ガクブルと震え続ける少女と小竜、お付きの金髪コンビ、そして流石に表情が引き攣っているパイロットさんは、

『「「「「鬼かっ」」」」』
「ぴぃっ」

 声を揃えて、見事なツッコミを入れた。

 この場に、クラスメイト達がいたなら、きっとこう返しただろう。

――魔王だよ

 と。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

今回の話、実はただドッグファイトが書きたかっただけだったりします。
ドラゴンがドッグファイトにおける空中戦闘機動とか使ったら……超ロマンじゃないですか?
ちなみに、白米はそんなに戦闘機については詳しくないです。
参考元は全てアオ騎士から。いや、ほんと面白くてドはまりしてます。特に22話が超好き。

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