挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

229/261

ありふれたアフターⅡ 神隠し

遅れてすみません。
ティオ編です。
「そういえば、ご主人様よ。戻って来る途中で、奇妙なものを見たのじゃが」

 長閑な田園風景が広がる庭先から、ティオがそんな言葉を投げた。

 軒先で涅槃像のように寝転がり、温かな日差しと、ゆるりと吹く優しい風と、小さな虫の鳴き声と、そして、簀巻きにされて庭の木に吊るされている美女の息づかいを感じながら、のんびりしていたハジメは胡乱な眼差しと共に意識を向けた。

「鏡でも見たのか?」
「くふぅ!? なんという秀逸な返し。ご主人様に愛され過ぎて辛い……」

 罪人のように吊るされていながら、ティオは頬を染めてうねうね、くねくねと身を捩った。

「はぁ。たまには普通に反省してくれてもいいんだぞ? せっかく爺ちゃん達の家に来たってのに、いきなりぶっ飛んだ自己紹介はするわ、商店街に都市伝説を生み出すわ……」
「そうは言うが、ご主人様よ。家族だからこそ、嘘偽りない事実を伝えるのは当然じゃろう? 妾、お二人には誤魔化しの言葉を吐きたくなかったのじゃ」
「言葉だけは立派なのな。だが、その誤魔化さない言葉が、爺ちゃんと婆ちゃんを昇天させかけたことを忘れるなよ」

 その言葉通り、ティオはハジメの祖父母との対面を果たしていた。もちろん、ユエ達も一緒だ。

 現在、南雲家はハジメの父である愁の実家へ帰省中なのである。

 愁は遅くに出来た子であったので、二人は既にかなり高齢だ。共にもうすぐ九十代に入ろうかという年齢。故に、失踪事件から帰還したハジメのもとへ、菫の両親のように自ら駆けつけるというのが難しかった。

 結局、愁や菫、そしてハジメ自身の説得もあって、息子一家が帰省してくるこの日を待つことになったのだ。

 可愛い孫が無事な姿で会いに来たことに、二人はとても喜んだ。

 もっとも、その背後に見目麗しい美女・美少女が幾人もいて、全員が「嫁です」と自己紹介した瞬間、二人の涙交じりの笑顔は完全に固まった。それはもう、ビシリッと音が響いてきそうなほどに。

 更に、ミュウが礼儀正しく挨拶をしたあと、「パパの娘です!」と元気に自分の立場を説明すれば、二人は仲好くよろめいた。

 なにせ、ミュウの見た目はどう見ても五歳程度。つまり、家の孫は、中学に入り立ての頃か、もしかしたら小学生のときに、よそ様の娘さんを孕ませた……

 お爺ちゃんとお婆ちゃんの心理的衝撃は計り知れない!

 そこへ、ミュウから更なる追撃! 南雲家のお姫様はお年寄りにも容赦しない!

「でも、お嫁さんでもあります! いつかパパを押し倒してできちゃった婚する予定なので!」

 でぇ~でぇ~でぇ~と語尾が木霊した。

 お婆ちゃんが倒れた。お爺ちゃんが意外なほど俊敏な動きでお婆ちゃんを支える。しかし、ガクガクと震える足腰が、年齢のせいだけではない深いダメージを示している!

 ついでにハジメの口から「うぼぉぁ」という意味不明な声が漏れた。きっと娘の成長に歓喜(戦慄)したのだろう。「こいつ、外堀を埋めようとしてやがる!」と。

 そこへ、「ここで存在主張しなければ、竜人が廃る!」と、何故かやる気を出したのがティオだ。

 どうにか意識を繋ぎとめていたお婆ちゃんと、そんなお婆ちゃんを必死に支えるお爺ちゃんへ、「()の奴隷です」とぶっ飛んだ自己紹介の言葉をドヤ顔で放ったのである。

 お婆ちゃんは白目を剥いた。お爺ちゃんは口から魂を吐き出した。……それでも、お婆ちゃんを支える手は離さなかったが。

 この辺りでぷっつん来たハジメは、取り敢えず、ティオを簀巻きにし、ミサイルに縛り付けて山の向こうへぶっ飛ばした。

 紅いフレアを噴射して、綺麗な放物線を描きながら飛んでいく竜人は、きっと地元の多くの人に目撃されたことだろう。「あいるぅ、びぃ、ばぁ~~~~くっ!!」という嬉しそうな叫びを耳にしながら。

 ついでに、ミュウにはお尻ペンペンの刑が、教唆犯であるレミアには正座プラス重りの刑が待っていた。もちろん、レミアについては、限界が来た後に足ツンツンの刑である。

 二人共、一応、しっかり反省したようではあった。表面上は。

 もっとも、しびれる足をツンツンされて、レミアが「あなたぁ、もう許してくださいぃ。あぁんっ」などと、ちょっと艶めかしい悲鳴を上げたりしたものだから、どうにか復活したお爺ちゃんとお婆ちゃんは、再び崩れ落ちた。

 加えて、「ハー坊が帰って来たって?」と、ご近所のジジババがおすそ分けがてら挨拶に来てくれたのだが……

 彼等は、目撃したわけだ。四つん這いで嬌声(?)を上げる外人美女と、彼女を責め立てる“ハー坊”の姿を。

 無言で踵を返したのは言うまでもない。昔からハジメを知るご近所さん達の、今後のハジメに対する接し方が気になるところである。

 その後、どうにかユエ達の存在を説明し、お爺ちゃんお婆ちゃんから一応の納得……思考の放棄、あるいは現実逃避を獲得したハジメ達。

 途中、香織の父親からの電話や、ティオが簀巻きにされたままミサイルを引き摺りつつ芋虫のように這って戻って来たことで、それを暗がりで目撃したお爺ちゃんの魂が抜けかけたが、ユエの魂魄魔法で事なきを得た。

 孫の変わりように、そして嫁~ズのぶっ飛びぶりに、終始頬を引き攣らせ気味だった二人も、夕食を囲む頃には大分和やかな会話ができるようになっていた。

 そうして、なんだかんだで、孫の嫁となる娘達との出会いが気になる様子の二人に、ユエやシア、ミュウは、いかに救われたのかを熱弁した。

 度肝を抜かれるような話ではあったが、それでも可愛い孫が人助けをして、その結果として共にいたいと思える人を連れて来たのだと理解し、お爺ちゃんとお婆ちゃんは、今度こそ嬉しそうに微笑んだ。

 もちろん、そこまで聞けば当然、気になるのは最後の一人、ティオとの馴れ初めである。穏やかな表情でお婆ちゃんは尋ねた。

 焦るハジメ。遠い目をするシア。そして、苦笑い気味に肩を竦めるユエ。話題を逸らそうと口を開きかけたハジメを、菫がおうどんの鞭で妨害する。

 その隙に、得意げな、何も恥じることはないと言いたげな表情で、ティオは言った。

「うむ。よくぞ聞いてくれました、御祖母殿。初めてご主人様と出会ったとき、それは妾にとって人生と価値観が変わった瞬間だったのです。なにせ、あれほどに、ボッコボコになるまで殴られたのは初めてだったのですから!」
「え……」
「ええ、ええ。今でも鮮明に思い出せます。あのギラギラと光る凶悪な眼差し。体の芯まで響くような衝撃。血反吐を吐き、鳴き声を上げる妾に、しかしご主人様は一切容赦せず殴る蹴るの暴行を続けたのです!」

 自分の体を抱き締め、真っ赤に頬を染めてくねくねと身を捩らせながら、大切な思い出を語る駄竜。

 お爺ちゃんは咳き込み、鼻からうどんをぶっぱした。お婆ちゃんの手からお箸がカランッと音を立てて落ちる。

 ハジメは迫り来るおうどんの鞭を天かすの指弾で弾いて器に戻しつつ、ティオを止めようと口を開きかける。そこへ、親父様からの油揚げダイレクトアタック! 

 大きなお揚げがハジメの口元へマスクのように張り付き、まるでクロロホルムを染み込ませたハンカチで意識を奪わんとするドラマの悪役の如く、親父様は息子を羽交い締めにして口元を押さえつける! 

 青筋を浮かべたハジメが、「もがっ」と抗議の声を上げて愁を引き剥がそうとするが、そこへお母様が参戦。どこからか取り出した見た目はボーラな〝場所を選ばずどこでも物干し☆〟という名の空間固定型物干し紐を取り出し、夫ごと息子を拘束する!

 一時的とはいえ、神の使徒すら封じる物干し紐の拘束を受けたハジメは、嫁の暴挙を止めきれない!

「そしてあの、妾に生涯忘れ得ぬ感動を与えた一撃……」

 お爺ちゃんとお婆ちゃんは顔を見合わせ、仲良く箸を置き直し、微笑みと共にティオを見つめた。それは、世界の終わりを前に、覚悟を決めた者の表情……

「そう、ご主人様は、満身創痍の妾のお尻に、固くて太い金属の巨杭を突き刺したのです!」
「「うぼぉぁ」」

 お爺ちゃんとお婆ちゃんが天に召されていく――ユエの魂魄魔法! いい笑顔で天に昇って行ったお爺ちゃんとお婆ちゃんが引き戻された! 流石、正妻。ファインプレーである。

 もちろん、ハジメはキレた。いったい、なんど家の爺ちゃんと婆ちゃんを天に召しかけたら気が済むんだ? と。

 ティオの寝床は決まった。庭の木だ。ただし、乗ることも、寄りかかることも許されない。だが問題はない。いつも通り、蓑虫になるだけである。

 ちなみに、一晩経った現在、昼前のひととき、他の家族は町へとお出かけしている。ティオの作り出した都市伝説の記憶を和らげつつ、祖父母おすすめのお店でお昼を取るためだ。

 ユエの魂魄魔法が大活躍である。当然、阿鼻叫喚にならぬよう、ティオはお留守番。一応、原因を作ったハジメも、ティオが這いずって追いかけて来ないよう監視も兼ねてお留守番だ。

 今頃、ユエは祖父母とのコミュニケーションを重ねて、精神の回復と相互理解を深めていることだろう。ついでに、旦那と嫁仲間の名誉も回復してくれているに違いない。流石、正妻。流石、正妻っ。

「で、もうすぐ昼だが、一晩中吊るされていた気分はどんなもんだ?」
「そうやって、なんだかんだ言いつつ、妾が見える位置で見守ってくれるご主人様の愛に、そろそろ下着が限界を訴えておる」
「……ダメだな。最近、吊るしても普通に熟睡するし……一度、アドゥルさんに相談するか」

 ぼそりと、最近ますます自重のなくなってきた変態に、ハジメはがっくりと項垂れながら、その変態の祖父を思い浮かべた。はっちゃけた人間の多いハジメの知り合いの中でも、数少ない尊敬できる“大人”だ。

 そんなハジメの呟きに気がついた様子もなく、ティオは脱線しまくった話題の軌道修正に入った。

「それより、奇妙なもののことじゃよ、ご主人様」
「ん? この世にお前以上に奇妙な存在はないと思うが……で? なにを見たんだ?」

 さりげない罵倒にティオはぷら~んと垂らしていた足の先をキュッとする。口元からも「んふ」と奇妙な声が漏れ出した。

「う、うむ。ご主人様に飛ばされ、山の中腹に着弾したあと、妾は、取り敢えず林道に出るべく坂道を転がり落ちることにしたのじゃ」
「発想が大胆だな。流石、タフネスが売りの黒竜」

 ちなみに、そのときの、転がり落ちながらも、時折、宙がえりや独楽のような高速ひねりをする姿を見た者がいれば、きっと「あっ、リアルローリ○ガール!」と叫んだに違いない。凄惨な落ち方でありながら、どこか芸術性を感じさせる転落だったのだ。

「で、じゃ。途中でバランスを誤ってな、太い木に顔面強打して止まってしまったのじゃ」
「普通なら死んでるな」
「なに、あれくらい、ご主人様の攻めの方が遥かに甘美じゃ。安心してたもう」
「なんの安心だ。俺が木に嫉妬したみたいな感じで言うなよ」

 ハジメのツッコミをスルーして、ティオは思い出すように視線を虚空へ放ちながら続きを話す。風が吹いて、蓑虫のティオがぷらぷらと揺れる。

「さて、再び転がり落ちようとした妾じゃが、そのとき不意に圧迫感を覚えたのじゃよ。まるで、真綿で全身を押し包まれながら、引き寄せられるような、そんな感覚じゃった」
「? 感じたのか? 見たんじゃなくて?」
「いや、その後じゃよ。気になってな、引き寄せられる方へ少し行ってみたのじゃ。斜面や木々で上手い具合に隠れておったが、そこには小さな洞があった。木の根と岩でできた、人ひとりがようやっと入れるくらいの小さな洞じゃ。あれは、妾のように斜面ダイブでもして降りてこん限り、そうそう人目にはつかんじゃろうな」
「へぇ。まぁ、この辺りはまだまだ自然がたっぷりの田舎だからなぁ。そういう場所が山中にあっても不思議じゃないが……それだけじゃないんだろう?」

 ティオは「うむ」と頷いた。

 石垣の向こうから、ひょこっと子供が顔を出した。近所の子だろう。会話が聞こえて、好奇心から覗いたのかもしれない。当然、目撃するのは吊るされている美女と、それを縁側で寝そべりながら眺めている男の姿。

 子供は、静かに顔を引っ込めた。見てはいけないものを見てしまった。幼い頃の不思議体験。

「あれは霧じゃろうか。白い靄のようなものが、ふわりと洞から出てきてな、しかし、まるで洞が呼吸でもしているかのように引っ込んだのじゃ。風の流れが原因かもしれんが、それでもあのように局所的に霧が発生するというのも奇妙な話。妙な圧迫感といい、不思議な話じゃろう?」
「確かに、な。そんな現象、聞いたこともない。洞から出てきた白い霧……気になるな」
「じゃろう?」
「で、結局、正体は確かめなかったのか?」

 ハジメの質問に、ティオはドヤ顔で言った。

「確かめようとした直後、足を滑らせて転がり落ちたからの!」
「ああ、うん、そうか」

 再びロー○ンガールになったらしい。

 ティオは、期待に瞳を輝かせる。

「どうじゃ、ご主人様よ。しばらくは皆も帰ってこまい。ちょっとばかし、二人で冒険といかんか?」
「冒険か……」

 いつもの変態的な恍惚とした笑みではない。純粋に、ハジメとちょっと不思議なお出かけをしたいと思っていることがよく分かる朗らかな微笑みを向けるティオ。ハジメは、そんなティオを見ながら僅かに考える素振りを見せると、

「そうだな。このまま家で涅槃像してももしゃぁないし。吊るされているお前を見るのも飽きてきたし、ちょっくら小さな冒険としゃれ込むか」
「う、うむ! ……つ、吊るしたのはご主人様なのに……飽きたとは……このご主人様めっ。ハァハァ」

 なにやらボソボソと呟きながら荒い息を吐くティオだったが、ハジメは普通に流した。そして、涅槃像からの片腕四回転捻りという無駄に洗練された無駄な技を披露しつつ庭へ降り立った。この着地までの間に、しっかりと靴を履き、ジャケットまで羽織っている。

 ハジメはティオに近づくと、彼女を縛り上げているロープを解き、家の戸締りをしに踵を返す。

 そこへティオから声がかかった。

「ご主人様よ。妾の履物を取って来てくれんか?」

 ハジメが振り返り、ティオの足元を見やる。白く滑らかな素足が、もじもじとしている。そういえば、室内で縛り上げてそのまま吊るしたんだった――と思い出したハジメはにっこりと微笑みながら返答した。

「必要か?」
「!?」

 ティオさんは、びっくんびっくんした。

 これから山へ冒険に行こうというのに、「お前如きに靴なんて上等なものが必要なのか?」と問われたのだ。変態ドラゴン的にはクリティカルヒットだった。

 ……もっとも、本当にクリティカルだったのは、なんだかんだ言って最後には取って来た靴を、ハジメ自らティオに履かせてあげたことだろう。

 恭しく、壊れ物を扱うように、そっと――なんて扱いをされたティオは、普段の変態な笑みを引っ込めて、ごく普通の女性のように、はにかむのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「この上か?」
「うむ。ほれ見るのじゃ。あそこに妾が滑り落ちた跡があるじゃろう? 間違いない」

 ティオが指差した場所へチラリと視線を向けると、そこには真っ直ぐに抉れたような跡があった。まるで、顔面から着地し、そのままスライディングしたかのような跡だ。

 ハジメは何事もなかったように視線を戻した。そこには鬱蒼と茂る木々や雑草と共に、かなりの急勾配が広がっている。場所によってはほとんど崖と称しても過言ではない斜面だ。

「こんな場所じゃあ、人目もないな。ティオ、先導を頼む」
「承知じゃ。ささっとゆくぞ、ご主人様。鈍っておらんか、妾がこの竜眼にて見定めてくれる」
「上等だ。お前こそ、足滑らせて滑落なんて無様、見せてくれるなよ」

 軽口一つ。ニヤリと不敵に笑ったティオは、刹那、服の裾を翻して一気に駆け出した。

 トンッと、実に軽い音を響かせて、次の瞬間には遥か上にいる。

 一拍遅れて、ハジメも飛び出した。

 トットットッと軽い音だけを残し、二人は木の根、僅かに突出した岩、あるいは木の枝から枝へ軽業師のように飛び上がっていく。

 チラリと追って来るハジメを見たティオは、「ふふっ」と楽しげな笑い声を零すと、更に速度を上げた。それに、少し困ったように笑いつつ、ハジメも速度を上げてついて行く。

 傍から見れば、もはや猛スピードで山を登る影にしか見えないだろう。もし、この場に目撃者がいたのなら、この山には天狗が住んでいると、新たな都市伝説が生まれていたに違いない。

 現代の天狗となって、時には少しコースを外れて、時には無意味に木登りしながら、遊び心たっぷりに斜面を駆け上がることしばらく。

「むぅ? おかしいのぅ」
「なにがだ?」

 大きな跳躍からスタッと着地し、立ち止まったティオが首を傾げた。

 ハジメが同じように首を傾げれば、ティオは黙ったままちょいちょいとハジメを引き寄せる。それにより、ほんの少し立ち位置が変わった。

 訝しむハジメだったが、ティオが指差した場所を見て思わず「おぉ」と声を漏らす。

「こりゃあ、天然の迷彩……いや、どちらかというとトリックアートというべきか?」
「見事なものじゃろう? ほんの少し立ち位置が変わるだけで、ただの斜面にしか見えん。この角度、この立ち位置だからこそ、洞があると気がつける」

 その言葉通り、ティオのすぐ傍にいて、かつ注意して洞がないか周囲を観察していたハジメだったが、ティオに導かれた場所に立つまで、そこに洞があると気がつけなかったのだ。

 その原因は、まさにトリックアートというべきもの。特定の立ち位置でなければ、周囲の景色や絶妙な斜面の盛り上がりなどで洞の存在が見えないのだ。

 感心しつつ、ハジメはティオに再度尋ねた。

「で、なにがおかしいんだ?」
「いや、ご主人様よ。そもそも斜面を転がり落ちておった妾が、この場所に気がついた理由はなんじゃった?」
「ああ。妙な圧迫感と誘引力、だったか? ……特に何も感じないな。霧も発生してないようだし」
「そうじゃ。妾も今は何も感じん。はて、もしや妾の勘違いだったか……」

 うぅむと首を捻るティオ。ハジメは洞へと近づき中を覗き込む。どうやらかなり奥まで続いているようだ。

 それを確かめて、ハジメは振り返った。

「竜人の感覚を、そう簡単に勘違いと切って捨てるわけにはいかないな。それに、せっかく冒険に来たんだ。なら、踏み込みもせず、確かめもせず帰るなんて出来ないだろう?」

 冒険へと誘うハジメの言葉に、ティオは「しかり」と頷くと楽しそうに肩を揺らした。

「ここは大迷宮も魔物もいない世界じゃというのに、なんだかわくわくしてきたの」
「冒険ってのは危険を求めるものじゃない。未知を求めるものだ。そういう意味では、大迷宮の攻略は冒険とは言えなかったな。ある意味、これが初の冒険かもしれないぞ?」
「妾とご主人様で、初めての冒険か? ふふっ、これはユエ達に嫉妬されてしまうやもしれんのぅ」

 今度こそ楽しそうに笑い声を上げたティオに合わせて、ハジメも快活に笑う。

「それじゃあ行くか。異世界の竜人」
「うむ、ゆこう。神殺しの魔王殿」

 ふざけつつも意気揚々と、二人は洞へと身を捻じ込んだ。

 ……

 ……

 ……

「……ご主人様よ。おしりがつっかえてしもうた。中から引っ張ってたもう」
「し、しまらねぇ」

 ちょっと格好をつけて、いざ踏み込んだというのに、むっちむちの竜人さんのお尻は、見事に入口でつっかえていた。

 後ろ向きに、はしごを降りるように身を捻じ込んだのだが、豊満なティオのお尻はむぎゅうううと形を変えるだけで中々入ってくれないようだ。

 仕方なく、溜息を吐きながら、ハジメはティオの足を掴んでぐいっと引っ張る。お尻がむぎゅぅううっとする。まだ入らない。

「こんのっ」
「あぁっ。あんまり乱暴にされると、妾のお尻がっ」

 ちょっと嬉しそうな悲鳴が木霊する。ハジメは、更に力を入れた。魅惑のお尻が抵抗するようにふるふると震える。まだまだ入る気配はない。

 ハジメは「ふぅ」と一息入れると、「はよぉ引っ張っておくれ」というかのように足をパタパタしているティオへ提案した。

「……ティオ。どうやっても入りそうにない。仕方ないから、下半身を引きちぎってから、上半身を入れるってことでいいか?」
「いきなりスプラッタ!? いいわけなかろう! 痛いのが好きな妾でも、それは限度を超えておるよ!」

 魔王みたいに残虐な提案をしてきたハジメに、ティオは戦慄を隠せない。ハジメは「冗談だ」と言いながら、ティオの太ももに手を置いた。

「取り敢えず、このままじゃ入りそうにないから……脱がすぞ?」
「なんじゃと? どうやって……あぁ、宝物庫の中に仕舞うんじゃな。よしきた、ばっちこい!」

 本日、ティオのファッションはパンツルックである。なので、それを“宝物庫Ⅱ”の中へ転移収納してしまえば、その分スペースが空くというわけだ。

 ハジメの指に嵌った“宝物庫Ⅱ”が一瞬紅色に輝く。そうすれば、次の瞬間、ティオはパンツ丸出しの痴女へと成り果てた。

「す、すーすーするのじゃ……」

 ちょっと恥ずかしそうに、足をパタパタさせるティオ。ハジメは目の前のむっちりした太ももを腕に抱えつつ、再度引っ張った。

 しかし、ティオの大きなお尻は、意外にしぶとかった。

「あだっ、あだだだっ。ご、ご主人様よ! お尻の皮がずるむけになってしまうのじゃ!」
「ったく、どこまで強情な尻なんだ」

 悪態を吐くハジメは、強引に引っ張ったせいで下着が食い込み、Tバックみたいになってしまっている震えるお尻を睨みつける。

 そして、仕方なく、下着も宝物庫にしまった。

「……ご主人様よ。もしや妾、最後の砦も失っておらんか?」
「仕方ないだろ。邪魔だったんだ」

 洞の入口から、モロ出しの下半身をぶら下げる女が、そこにはいた。今でも、彼女を姫と慕う竜人の里の者達が見たら、きっと幽体離脱くらいしてしまうに違いない。

 ハジメは、どこか哀愁が漂うぷりっぷりのお尻と、つっかえている岩の境に、“宝物庫Ⅱ”から取り出した細い棒のようなものを差し込んだ。

「むぅ? なにやら冷たいものが妾のお尻に……」
「機械工作用のオイルを流し込んでる。これで滑りをよくして抜き出そう」

 抜けない指輪に洗剤を垂らして抜き出そうというのと同じ発想だ。溢れるオイルがお尻と岩の隙間から垂れて、ティオの太ももに流れていく。その度に、ティオはびくっと震えつつ、堪えるような声を漏らした。

 たっぷりとオイルを注入したあと、ハジメは意を決してティオの足を引っ張った。

「おぉ!? 滑っておる! いけそうじゃぞ、ご主人様!」
「よし、もう少しだ。頑張れ、下半身モロ出しドラゴン!」
「はぅあ!? こんなときでも罵倒を忘れぬとは……この愛しいご主人様め!」

 なんだか妙に盛り上がる二人。

 直後、ぬぽんっと変な音を立てて、ティオのわがままなお尻は岩の間を滑り抜けた。

 そして、

「…………ご主人様よ。少々言いにくいんじゃが」
「みなまで言うな。分かってるよ」

 ティオさんは、お胸もわがままだったのだ。

 上着がまくれ上がり、背中まで丸見え状態で、しかし、今度は巨大な双丘が引っかかった。取り敢えず、ハジメはティオの背中から抱き付く形で引っ張ってみるが……

「ご主人様に抱き締められるのは幸せなのじゃが、む、胸が千切れてしまいそうじゃ……」
「はぁ。また同じ方法でいくか」
「優しくしてたもう」

 そうしてティオは――全裸になった。

 洞の下で、ペタンと座り込み、うっすらと頬を染めている。お尻とお胸は、オイルのせいでぬるぬるだ。

「冒険に出る前に裸に剥かれ、ぬるぬるになってしもうた誇り高き竜人族の姫……ご主人様、正直なところ、どう思う?」
「哀れだと思う」

 いつものように喜ばず、ティオは哀愁を漂わせて「そうじゃな」と半笑いで同意した。

 ハジメは無言でタオルを渡した。

 それで体を拭きながら、ティオは自分の“宝物庫”から竜人族の伝統衣装――和洋折衷の着物を取り出し手早く着込む。

「……のぅ、ご主人様。よくよく考えたら、つっかえていたのは岩じゃろ?」
「ん? そうだな」
「なら、錬成すればよかったのでは?」
「……」

 ハジメが停止した。ティオも停止した。薄暗い洞の中で、ハジメとティオは見つめ合う。

「さぁ、ティオ。この先に未知が待っている! 俺達の冒険はこれからだっ」
「お、おう! そうじゃな! これからじゃ!」

 取り敢えず、ノリで乗り切ることにしたらしい。

 妙なテンションで、二人は洞の奥へと歩き出した。

 しばらく歩いていると、洞の中は、意外なことに洞窟という様相を呈し始めた。奥に行けばいくほど、どんどん広くなっていったのだ。

「なんだか、懐かしいな」
「オルクスのことかの?」

 ハジメがぽつりと呟き、ティオが察して尋ねる。

「ああ。緑光石の明かりはないが、やっぱり、俺にとって洞窟といえばオルクスなんだよなぁ」
「それはそうじゃろうな。今のご主人様の始まりの場所であり、そして――大切な出会いの場所でもある」

 どこか優しさを含んだ声音でハジメに同調するティオ。ハジメはライトで周囲を照らして歩きながら、横目にティオを見やった。

「その出会いがご主人様を繋ぎとめ、シアとの(えにし)を紡ぎ、妾へと繋がった。おそらく、道程にある何か一つでもなかったなら、妾はここにはおらんかったじゃろう」
「いきなり、しんみりするような話をするなよ。たらればを語るなんて珍しい。無意味な仮定だろう?」
「そうじゃな。確かに、無意味じゃ。じゃが、そんな風に振り返ってしまうほど、妾は今の奇跡のような時間を幸せに思うのじゃよ。ときには、しんみりするのも悪くなかろう」

 そういうと、なんとも形容し難い、されど決して嫌なもののない微笑みを浮かべるティオ。一瞬ではあったが、ハジメはそんなティオの微笑みに、確かに目を奪われた。

「お? なんじゃ、ご主人様よ。妾に惚れ直したかの? もしや、ユエ越えの可能性が……」
「ねぇよ」

 ハジメの即答がクリティカルヒット。駄竜さんから甘い声が漏れ出す。「いつもさっきみたいに笑ってりゃあ、どこからどう見ても立派な竜人族の姫なのになぁ」と、ハジメは瞳に残念さを乗せてティオを見つめた。

「というか、お前、ユエ越えなんて狙ってるのか?」
「今更じゃなぁ。狙っておらん女なぞ、一人もおらんぞ。もちろん、そんな殺伐としたものではなく、楽しみながら追い付き追い越せという、嫁同士の真剣な戯れみたいなものじゃが」
「……そういうのは、香織くらいかと思ってたよ」
「ふふ、まだまだじゃな。みな、互いのことをこれ以上ないほど好いておるが、それはそれ。これはこれ、じゃ。女であるからには、やはり、“一番”と言われたいものじゃし、惚れた男との“唯一”を欲するもの。ユエもよく言っておるじゃろ? 『いつでも、どこでも、何度でも、受けて立つ』とな」
「なるほど」

 自分は“まだまだ”らしいと、ハジメは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。ティオは、普段はただの変態なくせに、時折こうして含蓄のある言葉やハジメに“気づき”を与えるような言葉をさらりと放つ。本来の彼女はとても思慮深く、そこが、彼女の魅力の一つでもあるのだ。

 ハジメが、微笑むティオに何か言葉をかけたくなって口を開きかける。

 が、その寸前、

「あ?」
「む?」

 ハジメとティオが、同時に周囲へ視線を巡らせた。警戒心が鋭くなった瞳に宿る。

 いつの間にか、本当にいつの間にか、ハジメとティオの周囲には霧が出現していたのだ。極めて薄い霧ではある。しかし、こうも突然に、それもこんな洞窟の奥に発生するのは明らかに不自然だ。

 なにより、霧が異常事態であることは、いま感じているものが証明している。

「なるほど。確かに、妙な圧迫感だし、洞窟の奥への誘引力も感じるな」
「どうやら、妾の勘違いではなかったらしい。さて、ご主人様の魔眼石はどうじゃ? よもや魔法とは思わんが、この世界の神秘の一端かの?」
「魔眼石には何の反応もない。だが、これがただの自然現象とは思えないな。どうやら、本当にレアな事象を発見してしまったらしいぞ」

 そう言って話し合っている間にも、圧迫感と誘引力は強くなっていく。まるで二人を逃がさぬよう拘束力を強めながら、引き摺り込もうとしているかのようだ。

 ハジメは、“宝物庫Ⅱ”から手の平大の偵察機を一機取り出すと、それを洞窟の奥に向かって飛ばしてみた。

 すいすいと奥へ進んでいく偵察機は、ハジメと視界を共有しているので奥の様子が分かる。

 そうして、少し進んだ先で、

「っ。おいおい、マジかよ」
「ご主人様、どうしたのじゃ?」

 ハジメが少し乾いた笑みを浮かべる。どうやら予想外の事態に、ハジメをして驚きを隠せなかったらしい。

 ティオが疑問に、ハジメは視線を洞窟の奥から逸らさないまま答えた。

「偵察機が呑まれた」
「呑まれた? どういう意味じゃ?」
「そのまんまだよ。この先の空間は、行けば行くほど霧の濃度が高くなる。共有した視界が真っ白になって周囲の何も見えなくなった。その直後に、偵察機とのリンクが切れた」
「それは……」

 息を呑むティオ。ハジメのアーティファクトの強力さはよく理解している。ただの偵察機といえど、そう簡単に主との接続が切れるなどあり得ない。

 驚くティオに、ハジメは更なる衝撃の言葉を告げる。

「それだけじゃない。偵察機を失う寸前に、一瞬だが……雲海が見えた」
「雲海、じゃと? ちょっと待つのじゃ、ご主人様。空が見えたのではなく、“雲海”が見えたのじゃな? それはつまり――」
「ああ、見上げたわけでも、洞窟の向こうの景色を見たわけでもないってことだ。ははっ、俺達は洞窟の中にいたんじゃなかったか?」

 ハジメとティオは顔を見合わせた。

 と、そのとき、

「んお!?」
「これは!?」

 霧が動き出した。否、そう錯覚するほどの圧迫感と誘引力が発生すると同時に、ハジメとティオの周囲の霧が一気に濃度を増したのだ。

「あぁ、こりゃまずいぞ、ティオ。たぶんだが、この洞窟は“天然のゲート”だ。このままだと俺達はどこぞの異世界に放り出されるんじゃないか?」
「なるほど。“神隠し”の正体は、もしかするとこういう場所、あるいは現象なのかもしれんなぁ」

 ハジメとティオは推測を口にしながらも、出口に向かって踵を返そうとする。

 が、どうやら神隠しは、そう簡単に逃れる得るものではないらしい。

「あ、ダメだこりゃ」
「うむ、感覚で分かるの。――捕まったのじゃ」

 その言葉を最後に、ハジメとティオの姿は異常なほど白い霧に包まれた。

 そして、数分後、ようやく霧が晴れたとき、そこには既に二人の姿はなかった。




 まとわりつくような霧が晴れた直後のハジメとティオは、

「おぉ、本当に大空だったよ」
「洞窟に潜って空から落ちるとは、これいかに」

 腕を組んで考える素振りを見せたまま、絶賛、知らない世界の大空をフリーフォールしているのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

ティオ編です。
どこまで続くか、どんな終わりになるか、プロットがないので、白米にもわかりません。
流石にリリィ編ほど暴走することはないと思いますが……

次話の投稿も、土曜日の18時の予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ