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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅡ
227/547

ありふれたアフターⅡ リリアーナ編 新世界の神に、私はなる? 前編



☆ニート王女リリィ


 あの、リリアーナをヒキニートにすることが決定された【もう回数数えるのめんどくせぇよ南雲家家族会議】から二か月が経った。


 その間、ワーカーホリックな元王女様を救うべく、暇すぎて常にそわっそわしているリリアーナを、南雲の面々はあらゆる娯楽をもって慰めた。少しでも、仕事のこと忘れられますように、と。


 みんな、ド変態級仕事中毒者な家族を心から心配していたのだ。


 では、具体的にどんな娯楽を提供したのかというと、例えば、こんなことがあった。


 南雲家の中でも最初に動いたのはミュウ。彼女は手におもちゃを持ってリリアーナの部屋を訪れた。


「リリィお姉ちゃん、これで遊ぼう!」


 そんな風に元気いっぱいの様子でミュウが差し出してきたものに、リリアーナは首を傾げた。


「えっと、これはなんですか? ミュウちゃん」

「ラプターなの」


 そういう意味で聞いたのではない、と思いつつ、リリアーナが渡されたそれ――地球の戦闘機の一つであるF-22多用途戦術戦闘機、通称ラプターと言われるものの1/48模型に目を落とした。


 ミュウは、困惑しつつも受け取ったリリアーナに満足そうに頷くと、もう一つ同じような戦闘機の模型を取り出した。「フランカたんも捨てがたいけど、可変翼の魅力には勝てなかった。トム猫たん、君に決めた!」などと言いながら。


「さぁ、リリィお姉ちゃん。引き篭もってばっかりのヒキニートなリリィお姉ちゃん。ヒキニートを極めるべく、家に篭りながらお空をカッ飛ぼうなの!」

「あの、ミュウちゃん? あんまりヒキニートを連呼しないでほしいのですが……。一応、家族会議で決まったことで、治療みたいなものといいますか……」

「口を閉じたまえ、リリィ准尉。しばきたおされたいのか? なの」

「……最近、ますますハジメさんに似てきましたね、ミュウちゃん。特にその理不尽なところが」


 きっと、ステータスプレートに〝理不尽〟の項目があれば、ミュウのパラメーターは凄まじい勢いで伸びていることだろう。


 どうやら軍人になりきりしているらしいミュウは、いつの間に着替えたのかパイロットスーツのようなものを纏い、ちょび髭を装着し、ティアドロップタイプのサングラスをスチャ! とかけていた。


 そして、お揃いのサングラスやちょび髭と一緒にゲーム用ジョイスティックのようなものをリリアーナに渡す。ミュウにとって、軍人と言えばちょび髭なのだろうか……


「リリィ准尉。これはパパが作ってくれたドローンみたいな飛ぶおもちゃだ。コックピットスクリーンには遠透石が使われていて、このサングラスを通して視界を共有できる。操縦はこのジョイスティックで行う。分かったか? なの」

「あ、はい。いえ、分かりません。取り敢えず、准尉ってなんですか?」

「あ、ミュウは大尉で上だから、ちゃんと隊長と呼んでほしいの」

「いえ、そういうことではななくて……」


 ミュウは既に窓を開けて自分のF-14スーパートムキャットをスタンバイさせていた。王女でも、王女でなくても、スルーされる点は変わらないらしい。


「準備OK。デーモンズ隊、デーモン1 スーパートムキャット。出るぞっなの!」

「え、それ私も言うんですか? え、えっと、デーモン2、らぷたー? で、でます!」


 ギラリと輝いたミュウの瞳により、無言の要求を察したリリアーナはミュウに合わせてそう言った。滑走路はないが、重力制御でふわりと浮いたミュウ隊長の一番機と、リリィ准尉の二番機は、そのまま窓の外へと飛び立った。


 その後、サングラスを通して見えた大空の光景に、働けなくてもやもやしていたリリアーナの鬱屈した心は一時的とはいえ晴れるのだった。


 ミュウの気遣いと、素晴らしい遊びに誘ってくれたことを感謝しようと口を開きかけたリリアーナだったが、横目に見たミュウが、何故か、父親そっくりの不敵な笑みを浮かべているのを見て、猛烈に嫌な予感に襲われる。


 直後、「遂に来たな。いいだろう、遊んでやるの」という嫌な言葉を吐いたミュウを横目にしつつ、サングラスを通して見えた光景に、リリアーナは絶句することになる。


 なにせ、そこには自分達と並行飛行する〝本物の戦闘機〟がいたのだから。


 動揺もあらわにミュウを詰問したリリアーナだったが、ミュウが事も無げに答えたところによると、どうやら飛んでいた場所は自衛隊の基地の真上だったらしい。


 実は、前にも自衛隊基地に飛来し、そのときはケチャップとマヨネーズを詰めたミサイルをぶっぱしまくった前科があるのだとか。


 置かれていた車両や設備、叩き落とそうと屋外に出た自衛隊の皆さんをさんざんケチャップとマヨネーズでドロドロにして、それはもう怒り狂わせたらしい。それもあってか、既存のドローンにあるまじき性能を見せる小型戦闘機を相手に、「また、あのふざけたドローンが来やがった!」と、今回はついにスクランブルまでしてきたようだ。


 平行飛行するパイロットが、一応、コックピットから手を下にひらひらと動かし、着陸させるように促している。


「みゅ、みゅみゅみゅうちゃん! なにを考えてるんですか! これは流石に、やっていいことの限度を越えてますよ!」

「リリィお姉ちゃん。日本にはいい言葉があるの――ばれなければ犯罪じゃない」

「ハジメさーーんっ! レミアさーーんっ! ミュウちゃんがダメな方向にばく進してますよぉ! 教育方針の見直しをっ! というか早く止めてぇ!」

「ふっ、甘い。パパもママも、他のみんなも留守なの。ミュウに抜かりはない!」


 動揺するリリアーナを無視して、ミュウは「デモン1、エンゲージ!」などと言いながら、無駄に洗練された操縦で機体を操作。そして、ギョッとするパイロットのコックピットに向かってバルカンを放った。


 途端、ビチビチビチビチッと小さな弾丸が自衛隊機のキャノピーに命中する。当然、キャノピーは真っ赤に染まった。パイロットの血ではなく、ケチャップで。しかも、なにか特殊な成分でも含まれているのか、風圧で飛ばされることもなくべっちょりと粘着している。


 パイロットの動きが止まった。否、ゆっくりと動き出した。手を動かしている。再び、下へ降りろと――首をなぞって、親指が下に振り下ろされた。「地獄に落ちろ」という意味ですね、分かります。


 自衛隊機と壮絶なドッグファイトになったのは言うまでもない。


 半泣きで帰りましょうと訴えながらも、やたらと上手い操縦で自衛隊機から逃げ続けるリリアーナに、「ここで逃げたら、海の女が廃る!」とインメルマンターンやコブラなど次々と華麗な空中戦闘機動を見せるミュウは、自衛隊機との壮絶なケツの取り合いを止めなかった。当然、「海の女って……ここ、空です!」というツッコミもスルーされる。


 が、終わりは唐突に訪れた。


 突然、ミュウの後頭部が鷲掴みにされたからだ。


 ギギギッと油を差し忘れた機械のようにちょび髭サングラスのミュウが振り返れば、そこには半笑いのパパの姿が。


 その後、ドローンはあっという間に強制自爆させられ、「ああ!? ミュウのトム猫たん!」という悲鳴も虚しく、ミュウの〝お遊び〟は終わりを告げた。


 そして、主犯であるミュウは、ハジメから度が過ぎた遊びに対する罰として、おしり百叩きの刑に遭い、その日は夕食のときまでずっとすすり泣く声が南雲家に響いていた。


 最近、ミュウの言動がちょっと派手になりすぎな気がしていたリリアーナは、涙目で反省するミュウを見て、結果的に良かったのかな、と思うことにした。


 ……真っ赤に腫れたお尻を擦りながら、一瞬、ミュウの表情に恍惚の色が見えた気がしたが、きっと気のせいに違いない。気のせいでなければ、この世から黒竜が一体、消されることになってしまうだろうから。


 またあるときは、ユエやシアに誘われてちくちくと裁縫に精を出してみたりもした。


 ユエは奈落時代にハジメの衣服を仕立てていた経験があり、今や半ば趣味になりつつある。シアはもともと家事万能ウサギだったのでお手の物だ。彼女達に教えられ、リリアーナの裁縫技術はめきめきと上達した。


 そこに、最近、顔出しNGで謎のベールにつつまれた、新進気鋭のデザイナーとして名がしれてきたレミアの案が加わり、作った衣服や小物をネットで売り出してみたりもした。


 そうすれば意外に売れてしまい、いよいよ楽しくなってきたリリアーナは……


 ネット販売の販売路、宣伝路を確立し、更に会社を立ち上げるべく手続きを調べ出して――ハジメに拳骨を落とされた。


 無理もない。朝から晩まで、ネット販売の今後の展望を考えて目の下に隈を作り出したくらいなのだから。


 おそらく、ヒキニートさせられているという環境が、彼女に禁断症状を発露させたのだろう。どれだけ仕事に追われていても、それを表に出すようなことは一度もなかったのだから、顔色が変わっている時点でどれだけ仕事に飢えているんだという話だ。


 しまいには、夜中に、変な声が聞こえると怯えた様子でハジメの部屋のクローゼットから転がり出てきたミュウが、ハジメに泣きついたことがあった。


 ……なぜ、夜中にハジメの部屋のクローゼットに潜んでいたのかはこの際おいておく。


 ミュウの恰好が、十歳くらいの女の子にあるまじき、黒を基調としたアダルティーな下着姿だったことも、取り敢えずおいておこう。


 ついでに、ハジメとミュウの部屋のクローゼットの天井にいつの間にか穴が空いていて、子供くらいの大きさなら自由に出入りできるようになっていた、という事実も、おいておこう。


 表情を盛大に引き攣らせながらも、ミュウを布団で簀巻きにして丁寧に寝かしつけたハジメは、〝変な声の出所〟――リリアーナの部屋に入った。そうして確認してみれば、そこには魘されているリリアーナがいた。


 苦しそうに荒い息を吐き、呻き声を上げている。……「ふへっ」と、時々、変な笑い声をあげながら。表情はいつものドン引き顔だった。


 どうやら、夢の中でも、「も、もうっ、仕方ないですねぇ。いいですよ、やりますよ。私がやらなきゃ、誰がやるってね☆」みたいな感じで、嫌そうにしながら嬉しそうに仕事に追われているらしかった。


 夢でも現実でも、仕事から逃げられないお姫様。


 ハジメは一計を案じた。


 もともと、リリアーナは妄想癖があった。特に、恋愛関係についての。そして、この家にはその道の第一人者がいる。そう、人気少女漫画家である菫だ。


 そんな菫の作品を筆頭に、事務所に大量に保管されている少女漫画の蔵書を、リリアーナに与えまくったのだ。


 リリアーナは、その生来の真面目さと、ワーカーホリックという性質によって、地球に来てからというもの色々なことを学ぶので忙しく、漫画というものにはあまり触れていなかった。リリアーナにとって書物とは分厚い学問書などがメインであって、絵を主体としたものなど馴染みがなかったのだ。


 そんなわけで、最初は、なんとも慣れない感覚に苦笑いしつつ、せっかく用意してくれたものだからと目を通していったリリアーナだったが、


 その結果、


「むぐむぐっ、ごくっ……ぷはっ。あぁ、なにこのヘタレ。そこで見送ってどうするんですか。まったく、女心が分かっていない……。ん、次巻ですか。ええっと、続き続き……」


 どっぷりと、それはもうどっぷりと少女漫画の世界にはまった。


 ベッドに寝転びながら、すぐそばにコ○・コーラとポテチを常備し、それらを寝ころびながら口に運びつつ、やはり起き上がることなくずりずりと体を動かして積み上げられた次の漫画へと手を伸ばす、という上級者レベルに到達するほどに。


 おまけに、スカートがめくれあがっているのも気にした様子はなく、最近、なんだかむっちりしてきた太ももを惜しげもなく晒しており、更に、ポテチの油でテカテカしている指をちゅぱっと舐めて、その指をまくれたスカートで拭っている。


 既に、元王女としての雰囲気は微塵もない。


 真昼から自室に篭り、炭酸飲料とポテチを装備して、創作世界への飽くなき冒険を続ける存在。


 リリアーナ・S・B・ハイリヒ。


 彼女は今や、文句のつけようのない、それはもう立派なヒキニートになっていた!


「どうしてこうなった……」


 リリアーナの部屋の扉の傍に立ち、そんなリリアーナの様子を見ていたハジメが、頭が痛そうに片手で額を押さえる。


 確かに、少しは暇な時間を享受できるようになるだろうと少女漫画を大量に渡したのはハジメだ。だが、だからといって、ただの一か月で、何故あのド変態級の仕事中毒者が、こうも立派なヒキニートになれるのか。


 極端に過ぎる生き方をする元王女に、「中毒の反動が強かったのか?」と悩みつつ、ハジメは溜息を吐いた。


 そして、ハジメがすぐ後ろにいることにも気がつかず、うつ伏せのまま漫画にふけり、素足をパタパタさせるリリアーナへ近寄っていく。


 パンチラなんてレベルじゃない、既にパンモロしている元王女の傍らに立ち、ハジメは、もう一度溜息を吐くと、そのぷりっとしたお尻を鷲掴みにした。


「ひにゃっ!? なにごとですかぁ!?」


 パンツ丸出しのまま、お尻をびくんっと反応させる。それでも漫画を手放さず、また起き上がることもなく肩越しに振り返ったリリアーナは、「なんだ、ハジメさんですか」と納得したように微笑み、そのまま漫画の世界に戻った。


「いや、戻るな。こっちを見ろ、ケツ丸出し王女」

「ケ、ケツ丸出しおうじょ……酷い言い草ですよ」


 流石に、ハジメの呼び方に思うところがあったのか、リリアーナはもそもそと起き上がった。といっても、女の子座りに移行しただけで、スカートは捲れたままというだらしなさは変わらなかったが。


「それで何の御用ですか? やっぱり、私のお尻をもみに? うふふ、まだ陽も高いのに……旦那様の愛が強いです」


 そんなことを言って、もじもじしながら目を瞑り、リリアーナは「んっ」と唇を突き出した。ポテチの油でテカテカしている唇を。


 ハジメは、誇り高き王女の見る影もないリリアーナにがっくりと肩を落としつつ、「ある意味、思い通りにならないレベルで言えば、リリィが一番かもしれん」と内心で愚痴る。


 そして、キス待ちしているポテチ王女の唇を、ティッシュで優しく拭ってやった。


 唇に感じる感触に違和感を覚えたリリアーナは、ふきふきするハジメにキョトンとした表情を見せる。


「今のお前の姿を、王国の連中が見たらどう思うだろうなぁ」

「? 幸せに暮らしているんだなぁ、と思ってくれるのでは? 私、幸せですよ?」

「……ポテチとコーラもあるしな」

「いえ、別に、そういうわけでは……確かに、すっごく美味しいですけど。最強のコンボだと思いますけど。……食べますか?」


 リリアーナは、「もしかして、食べたいのかしらん?」と首を傾げつつ、ころんっと転がって枕元においてあったポテチの袋を取った。そして、再びころりと転がって元の位置に戻ると凄く自然な動きで女の子座りへと移行する。


 そして、差し出したポテチの袋の軽さと静かさに、「おや?」と目をしばたたかせて中身を確認。中身は既に空だった。


「えっと、確かまだあれが……」


 だんだん何とも言えない表情になっているハジメを尻目に、リリアーナは再びころころと転がってベッドの縁に移動した。そして、寝そべったまま手を伸ばしてベッドの下をがそごそと探る。


「あ、ありました。……はい、ハジメさん。お一つどうぞ」


 手慣れた様子で箱を上げ、ちょっと体で隠しながら袋からそれを取り出したリリアーナは、ハジメへそっと手を差し出した。途端、その揃えた指先からシャキン! と、ポ○キーが飛び出す。


 リリアーナはドヤ顔だ。CMを見て、真似をしたくなったらしい。ついでとばかりに、胸の前に添えたもう片方の手からもシャキンッとポッ○ーが飛び出す。それは自分で食べた。


「……」

「これ、美味しいですよねぇ」


 無言であ~んをされつつ、ハジメはにこにこと笑顔を浮かべるリリアーナに、いよいよ疲れたような表情を見せ始める。


「……で、俺の用件だが」

「あ、そうでした。どうしたんですか?」

「いや、どうしたもなにも、今日でちょうど二か月目だ。どんなもんかと思ってな」

「……あ、そういえば」


 完全に、ヒキニートの趣旨を忘れていたらしい。リリアーナは○ッキーを指先からシャキンシャキンしながら納得したように頷いた。……指先シャッキンは、きっと魔法を使っている。なんて魔法の無駄遣い。


 リリアーナはにこやかに笑うと、自分を見せびらかすように両手を広げた。


「見てください、ハジメさん。ハジメさんの作戦は大当たりですよ! 私、見事、仕事がなくても禁断症状がでない、それどころかもう二度と仕事なんてしないと心から思える普通の女の子になりました!」


 と、元気に宣言するリリアーナ。ハジメの口から「うぼぁ」と意味不明な呻き声が漏れ出す。


 本当に、なんて極端な生き方しかできない王女様なのだろう。いや、王族だからこそ、極端にしか生きられないのか……


「リリィ。覚えているか分からないが、これはあくまでワーカーホリックを治すリハビリであって、このまま一生、ごろごろしていていいというわけじゃないんだぞ?」

「え…………でも、ハジメさん。働いたら、負けですよね?」


 もう一度、ハジメは「うぼぁ」した。ダメだ、もうこの元王女はダメだ。たった二か月で、とことん残念王女になってしまった。


「いいか、リリィ。俺もオタクだし、根はインドア派だ。だから、働いたら負けという言葉は、頭ごなしに否定はできない。父さんも昔言っていたが、自分の金で引き込もれる奴は、ある意味勝ち組だ」

「ほら、やっぱり、働いたら負けなんですね!」

「おい、話を聞いてたか? 俺は、〝自分の金で〟と言ったんだぞ」

「え~と、でも、私はハジメさんのお嫁さんですし……つまり、ハジメさんのお金は私のお金――ひぎゃんっ!?」


 ジャイアンみたいなことを言い出したリリアーナに、鋼鉄のデコピンが炸裂した。「おでこがっ、おでこがぁっ」と、悲鳴を上げてのたうち回る。


 必然、再び捲れ上がってパンツ丸出し状態になっているリリアーナに、ハジメは青筋を浮かべながら「もう優しくするのはやめだ」と吐き捨てつつ、そのむっちり太ももを鷲掴みにする。


「ふわっ。な、なにをするんですか、ハジメさん。やっぱり、昼間から私によくじょ――」

「随分と、肉付きがよくなったな。むっちむちじゃないか」

「え? そ、そうですか?」

「ああ。二か月前よりもずっとな」


 ジト目をしながら、ハジメは、「ここも、それにここもなぁ」と、リリアーナのお尻や二の腕を摘まんでいく。


 ハジメの言いたいことを察して、リリアーナの乙女力がようやく反応し出した。サーッと顔色を青褪めさせていく。


 ハジメの指先が滑り、もっとも危険な場所へ伸びた。ハジメはジト目のまま、リリアーナが止めようとするのも無視して、そこを摘まむ。


――ぷにっ


「止めてぇーーっ!! お腹は摘まないでぇっ」

「おいおい、なんだこれは。このぷにっぷにのお腹はなんだ? んん?」

「ち、違うんです! これは、ちょっとあれがそれで、なんといいますか……」


 お腹を押さえて、ぐるぐると目を回しながら必死に言い訳を探すリリアーナだったが、散らばったお菓子の残骸と、山積みにされた炭酸飲料の亡骸が、彼女から全ての説得力を奪う。


 そんなリリアーナへ、ハジメは心を魔王にして止めを刺した。


「このままだと、もう一か月後には……メタボ王女リリアーナの完成だな」

「メ、メタボ王女」


 崩れ落ちるリリアーナ。ようやく、自分の現状に危機意識が芽生えたらしい。涙目のまま、ポッ○ーをぺいっした。更に、シーツの裏からハッ○ーターンを取り出してぺいっ。枕の下から大量のグミを取り出しぺいっ。ベッドの下に手を伸ばして、各種ポテチ、とんが○コーン、ぽた○た焼き、ドン○コス、箱買いのう○い棒、カントリー○ーム、チョ○パイetc……を取り出してぺいっ。最後に、ぴょんぴょんとジャンプすれば、服のいたるところから飴がぼたぼた。まとめてぺぇえええいっ。


 部屋の隅で、山を築くお菓子達。いったい、どれだけ溜め込んでいたのだろう。


「ハジメさん。どうやら私は、働かねばならない運命にあるようです」

「また極端な。どうして、〝程よく〟ってのができないんだ」

「私はリリアーナ。白か黒、ゼロか十しか選べない女!」

「いや、そんな宣言されてもな」


 なんだかやけっぱちになりつつあるリリアーナに、ハジメはどうしたものかと頬を掻く。


 と、そのとき、


「話は聞かせてもらったわ!」


 部屋のクローゼットがバンッと音を立てて開け放たれた。そこから、無駄に洗練された前回りで飛び出してきたのは、南雲家の母――菫だ。南雲家のクローゼットは、いったいどうなっているのだろう。そのうち、異世界にアクセスしそうで恐ろしい。


 菫をスルーして、ハジメがクローゼットの中を調べている間、菫はリリアーナに香ばしいポーズを取りながらビシッと指を差した。


「リリィちゃん! 私のもの(アシスタント)になりなさい。そうすれば、仕事の半分を、お前にやろう!」

「はい、喜んでぇ!」


 どこぞの魔王のような誘い文句に、どこぞの居酒屋店員のように速攻でお返事する元王女。


「なぁ、母さん。いったい、どこからクローゼットに入ったんだ? 穴は開いてないし、隠れていたんなら俺が気が付かないはずがないし……」


 首を傾げながら、ハジメが振り返る。そこには既に、誰もいなかった。


「なん……だと……」


 部屋を出ていく気配にも、まるで気が付かなかったハジメは愕然とする。


 最近、神出鬼没のスキルを身に着けたっぽい母親に、ハジメは戦慄を隠せない。実は、菫先生はリアルドラえ○んという噂が出版業界に流れていたりするのだが……


 それが、万が一に備えて、あるいは日常の便利道具としてハジメが作製し与えたアーティファクトを、ハジメの予想を超えて、菫が応用し活用しているせいだと知るのはもう少し先の話。


 母親が、自分よりもアーティファクトを使いこなしている事実を知って、ハジメが四つん這いになるのも、もう少し先の話だ。



~~~~~~~~~~~~~~~~



☆少女漫画家リリィ


「いやぁ~、助かったわ、リリィちゃん。手先は器用だし、即戦力になってくれるとは思っていたけど、予想以上よ」

「お役に立てて光栄です。私自身、漫画の創作活動に関われることが楽しくて……」


 ハジメにすら気が付かれずに、菫がリリアーナを事務所のアシスタントとして連れ去った日から一週間ほど。


 今まで働いてくれていたアシスタントが、急病や実家の事情などが重なって一気に数人抜けることになってしまったため、急遽、代わりのアシスタントが必要になった。


 もちろん、菫は大物漫画家であるから、そんな事態になっても、出版社が優秀なアシを用意してくれる。だが、最近どうも少女漫画にはまっているらしいリリアーナのことを知っていた菫は、いい機会だしリリアーナにお手伝いさせてみようと思ったのである。


 結果、もともと器用で集中力には並外れたものがあるリリアーナは、たった一週間程度でベテランのアシさんにも劣らないほどの技術を身に着け、十分以上の戦力となった。


 どうやら、漫画の創作活動というものが、リリアーナには合っていたようだ。神経を使う細かい作業で、大好きな菫が描いた原稿を台無しにするわけにはいかないという程よいプレッシャーもあり、締め切りという明確な刻限があって、作業量も中々の量がある。


 そして、何よりリリアーナにとって良かったのは、これが〝強いられた仕事〟ではないということだ。リリアーナの好きな仕事であり、菫のお手伝いという要素が強い。


 ある意味、リリアーナにとってどんぴしゃな仕事と言えるのだった。


「ふふ、リリィちゃん。今、すごくいい顔しているわよ? 目の下に隈はあるけど、健全に充実してるって感じ」

「はい。こんなにわくわくしながら仕事にのめり込んだのは初めてかもしれません」


 締め切り直前、どうにか原稿が間に合って、菫とリリアーナは、ミルクたっぷりのカフェオレを飲みながらのんびり話し合う。他のアシさん達も、口々にリリアーナの仕事振りを称えている。


 自分が先頭に立つわけではない。一緒に頑張って、仲間同士たたえ合う。それがリリアーナにとってはとても新鮮で、彼女に大きな充実感を与えていた。


「それでリリィちゃん。一応、お手伝いとして来てもらったわけだけど、どうする? もしよければ、正式に雇っちゃうけど」

「菫お義母さ――いえ、菫先生がよければ、是非」


 がっしりと握手を交わし合う二人。


 こうして、ワーカーホリックなバイトリーダーは、ヒキニートを経て、少女漫画家のアシスタントになるのだった。





 それから半年。


「はぁ、菫お義母様。やっぱり、ダメだったんですよ。もういいですから、ご自分のお仕事に戻ってください」

「なに言ってるの。まだ時間じゃないわ。諦めるのは早いわよ」

「うぅ、でも……」


 リリアーナが、がっくりとした様子で壁掛け時計に目をやる。刻限まであと少し。


 バランスのいい食事と、締め切り間際という修羅場や鉄火場での戦いですっかり余計な肉が落とされたリリアーナは、しかし、逆に、程よい肉付き――細身なのにどこかむっちりしたスタイルとなり、色気をぐっと増していた。年齢も、既に十七歳になったこともあり、女としての魅力がずっと増している。


 そんな大人の色気を身に着けだしたリリアーナが、めそっとしている様子は、なんだか訳もなくいろんな欲を抱かせるものだった。


「ほら、そんなめそっとしないの。リリィちゃんは、この菫大先生の愛弟子なんだから、もっと自信を持ちなさい」

「菫お義母様……そうですね。それに、ハジメさんだって、最後まで諦めない人です。私が諦めちゃダメですね」


 ぐっと小さな握り拳を作って諦めないアピールをする。


 さて、リリアーナが菫と一緒に何を待っているのかと言うと、それは電話だ。


 この半年、すっかり創作世界に心奪われたリリアーナは、その技術を大幅に向上させた。そして、妄想過多を爆発させて自分でもこっそり少女漫画を描いていたのだが、それを知った菫に、新人賞に応募しようと誘われたのである。


 今日は、その受賞の発表がされる日。入賞していれば、その旨が電話で伝えられる。刻限までに電話がなければ、すなわち落選したということだ。


 自分の心血を注いだ創作物を、他人に評価してもらう。初めての経験に、リリアーナの緊張は高まりに高まっていた。


 ジッと時計の針を見つめるリリアーナを見て、内心「最近、すっかりエッチな体に――じゃなくて大人っぽくなったリリィちゃんの緊張顔……たまんねぇ」とか思っていた菫が、思わずわきわきと手を伸ばした、そのとき、


――プルルルルルルルッ


「!?」

「すみませんっ、出来心です! ごめんなさい!」


 響き渡った着信音に、リリアーナはがばっと立ち上がった。何故か言い訳しながら謝罪する菫を置いておいて、スマホを手に取る。


 恐る恐る電話に出て、一拍、リリアーナの表情がぱぁっと輝いた。何度も「ありがとうございますっ」とお礼の言葉を述べて、まるで純正の日本人のようにペコペコと頭を下げる。


 そうして電話を切ったリリアーナは、結果を察してにこやかに笑う菫へと飛びついた。


「やりました、菫お義母様! 私、やりました!」

「ほら、言った通りでしょう? リリィちゃんなら大丈夫って。それで、どの賞を取れたの?」

「はい、大賞です! 一番です! 優勝です!」

「あらまぁ。もしかしたらとは思っていたけど、本当に取っちゃったのね。流石、リリィちゃん」


 どうやら、リリィの応募作品は大賞を取ったらしい。


 その後、新人賞を取ったリリアーナの作品は、爆発的な人気を得て売れに売れまくることになった。


 あの有名な少女漫画家の菫大先生の身内で、愛弟子でもあるということで話題性も高かったというのも要因の一つだろう。


 ちなみに、内容は、異世界に召喚された無才の少年が、逆境を跳ねのけて悪神を倒すまでの道程と、その過程で王国のお姫様と心通わせていくという、なんともありふれた恋愛系ファンタジーだったりする。


 途中、吸血鬼のお姫様や、ウサミミ少女、ドラゴンのお姉さんや、未亡人と娘、一緒に召喚されてしまった教師やクラスメイトの女の子が出てきて少年といい雰囲気になるのだが、少年の心は王女様に傾いていく、という、誰かさんの欲望丸出しの内容でもある。


 これを読んだ嫁~ズから、リリアーナが、しら~~~とした冷たい視線を頂戴したのは言うまでもない。


 もっとも、ありふれた内容でも、登場人物達の心情やストーリー展開、情景描写などが、まるで見て来たかのようにリアリティ溢れるものだったので、そこが読者に受けたらしい。


 さて、菫二世となって、漫画界に籍を置くことになったリリアーナだが、生き甲斐をみつけた彼女には、業界関係者が無視できない特徴があった。


 それは、生き甲斐を見つけたが故に取り戻した王族としての気品。そして、かつて、何百万という人々を魅了した人柄と美貌。加えて、最近、纏うようになってきた上品な色気だ。


 要するに、非常にメディア受けする容姿、人柄だったというわけだ。


 そんなわけで、一度、サイン会やらインタビューやらに出てしまえば、その人気は、漫画とは別に大爆発した。


 なにせ、元王女であるが故に、大勢の人前に出ることには慣れているし、どんな表情が、相手にどんな印象を与えるかも知り尽くしている。外務交渉や貴族相手の腹の探り合いに比べれば、大衆にウケる程度のこと、なんと容易いことか。


 世間では菫大先生の愛弟子として認知されているが故に、大切なお義母様の顔に泥を塗るわけにはいかない。また、自分の漫画が好きだと言ってくれるファンの人達の想いにも応えてあげたい。


 そんな風に思っていたリリアーナは、王女スキルを遠慮なくフルで発揮した。


 結果、リリアーナが少女漫画家として活動を始めてから一年。異例の速度でアニメ化が決まった現在、リリアーナは、


「みなさ~~ん! 今日は来てくれてありがとうございます! 祝☆アニメ化! 原作者にして主題歌を歌うことになりましたリリィで~~す! せいいっぱい歌うので、ゆっくりしていってね!」


――ワァアアアアアアアアアッ!!!!


 千人のファンが大歓声を上げる中(限定チケットのため、千人しか入れなかった)、アイドルみたいな可愛らしい服装でステージの上に立ち、ばちこんっとウインクを決めていた。


 元王女で、元バイトリーダーで、元ヒキニートな、人気少女漫画家は、今や、トップアイドルの座に手をかける存在になっていた。



いつも読んでいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


時系列の指摘があったので、時間でき次第修正していきます。

それまでは、いつも通り、しょうがない白米だと思ってスルーしていただけると助かります。


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― 新着の感想 ―
文中に“ありふれた”が出てくる
なんだか………某奇妙な運命譚の某手フェチ爆発魔並みかそれ以上だなぁリリィ。本編ではそんなケはなかったのに………
パラメーター図の頂点を渡り歩くことしか出来ないオンナw
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