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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅡ

224/261

ありふれたアフターⅡ 頑固王女リリィ

タイトルが予告と違う?
はい、きがついたら書きすぎていて、一話でバイトリーダーリリィまで辿り着けませんでした。
 カタカタカタカタッと、キーボードを叩く音が響く。その勢いは激しく、まるで打ち主の怒り、あるいは自棄でもあらわしているようで、木製で統一された執務室のシックな雰囲気をぶち壊しにしている。

「うぅ、今日もお仕事。明日もお仕事。明後日も、明々後日もその次もお仕事ッ! もう、王女じゃないのにぃ!」

 カタカタカタッという音が、遂にダダダダダダッというマシンガンのような音になった。今やキーボードを打つ指先には残像が発生している……ということはないが、それでもそう錯覚するほどの勢いだ。

 何故か涙目で、地球の現代機器を不本意ながらも使いこなしているのは、かつて異世界トータスはハイリヒ王国の王女であった美少女――リリアーナ・S・B・ハイリヒその人だ。

 異世界召喚が行われた当時、十四歳というまだまだ幼さを残す容貌であったリリアーナも、今や二十歳目前。六年という月日は、その間に体験した濃密な経験もあってか、彼女の美貌に更なる磨きをかけていた。

 流れる金糸の髪も、優しさと知性の光を湛えた瞳も、薔薇色の頬も、しっとり濡れる唇も、そして何をせずとも自然と滲み出る気品と風格も、男女を問わず人を虜にするには十分なもの。

 事実、愛しい人の誘いを受けて、この地球に移住してリリアーナは、既に多くの人間から絶大な人気を――否、正確には、崇拝を受けていた。

 それを示すのが、これだ。

 コンコンッと、ちょっと強めのノックが響き、リリアーナが返事をすると、一人の女性が入室してきた。

「失礼します、聖女様。午後からの会談に関する追加資料の件ですが……」
「出来てますっ! ええ、出来ていますとも! 朝の六時から対応してましたからね!」

 ビジネススーツを着た如何にもキャリアウーマンといった様子の女性に、ビシッと資料の原本を渡すリリアーナ。

 リリアーナの秘書である女性――サンドラ=ヴィンチェスターは、その怜悧な目元を少し見開くと、「流石は聖女様です」と、感心を湛えた声音で返しながら資料を受け取った。

 さて、このサンドラのリリアーナに対する呼称――〝聖女様〟

 そう、〝王女様〟ではなく、〝聖女様〟

 ここは地球であって、王族を名乗れる者など限られているわけであるから、当然、この世界におけるリリアーナは王女の肩書など捨てているわけだが、代わりのように付着している〝聖女様〟呼び。

 これこそ、朝の六時から涙目になりながら、ぶつぶつと愚痴を垂れ流しつつ、嵐のような打鍵技を披露していた理由だ。

「聖女様。いくつかの国からありました、本日の会談における〝ハイリヒ教〟の立ち位置等についての問い合わせに関してですが……」
「〝ハイリヒ教〟ではなく、〝ハイリヒ・ボランティア協会〟です! ……ごほんっ。取り敢えず、文書にて表明という形で回答します。これが原案。メディア対応部に回しておいてください。ある程度の校正は任せますが、くれぐれも、どこかの陣営に寄るような言葉を使わないよう最大限注意してください」
「承知しました。信徒数十万人のこれからがかかっていますからね。徹底させます。あと、イギリス国家保安局の局長様より連絡がありましたがそれについては」
「〝信徒〟ではなく、〝会員〟です。マグダネスさんに関しては浩介さんに丸投げしてください。あと、バチカンも何らかの接触を図って来ると思いますが、それも浩介さんに丸投げで。どちらの重鎮とも知らない仲ではないんですから、泣いても文句を言っても丸投げで。逃げようとしたら、魔王様にチクってやると言っておいてください」
「はい。あぁ、それと、会談相手である事務総長様ですが、既に到着なさっているそうです」
「うぐっ。は、早いご到着ですね。それだけ、猜疑も期待もあるということでしょうね。今回の会談で、私達の〝協会〟が、正式に〝国際的なボランティア団体〟と認められれば……変な誤解も解けて、私も誰かに仕事を丸投げ――ごほんっ、より多くの人達に助力の手を伸ばせます。なんとしても、怪しげな〝新興宗教〟という認識を払拭しませんと……」
「そうですね。そういう建前で連合を利用し、各宗教に浸透し、いずれ世界の全てに聖女様の崇高な教えを広め――」
「広めませんっ。私はどこの知略系魔王ですか! うちはあくまでボランティア団体であって、宗教組織ではありませんたらっ。というか、最近、スルーしがちですが〝聖女〟ではなく〝会長〟と呼びなさい!」
「はい、会長様(聖女様)
「おいこら。今、ルビつけたでしょ! ばればれなのよ! あ、ちょっと、その『大丈夫、全部わかってますよ』みたいな表情はなんですか! 全然、分かってないでしょう!」

 リリアーナのツッコミ交じりの声が響く中、サンドラは、今日も謙虚な聖女様に愛しさと敬意をたっぷりのせた眼差しを向けると、恭しく頭を下げて部屋を辞した。

 再び静寂が戻った執務室に、チクタクッと時計の音がやたら大きく響く。

 リリアーナは、ぽすっと力なく椅子に腰を落とすと、両手で頭を抱えながら項垂れた。

 そして、心からの一言。

「どうして、こうなったの……」

 さて、地球においては何の肩書もないただの少女であるはずのリリアーナが、僅か二年で信徒が数十万人に膨れ上がった新興宗教の教祖――〝聖女様〟に祭り上げられ、各国政府と他教からむちゃくちゃ警戒され、謀略や暗殺といった殺伐とした事件を乗り越え、国際連合公認のボランティア組織となるために連合の重鎮と会談を控え、そのあと、世界に向けて記者会見を開くという事態に陥った経緯とは、果たしてどういうものなのか……

 リリアーナは、朝食を食べ損ねて「くぅ~」と可愛らしい抗議の音を響かせる自分のお腹に手を当てつつ、窓の外へ遠い目を向けながら、この二年と数か月の出来事を回想し始めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 静謐さとうららかな日差しが差し込む執務室には、カリカリとペンを動かす音と、チッチッチッチッという鳥の鳴くような時計の音だけが響いていた。

 とても落ち着いた空間で、書類仕事をするには最適な場所だろう。

 だが、その部屋の主は、とても落ち着いた雰囲気とは言えない様子だった。ペンを動かす手が止まることはないのだが、その視線だけは、チラッチラッと何度も何度も時計に向けられ、書類の山を見ては溜息を吐き、その高さを図ってはがっくり……再びせっせと書類の山を崩しにかかって、そわそわ、がっくり……

「リリアーナ様……お気持は分かりますが、いくら時計を確認しても、時間は速く進んだりはしませんよ?」
「っ、べ、別に、私はなにも気にしてなんていませんよ?」
「いえ、誤魔化せてないですから。もう、そわっそわしてますから」

 リリアーナは、自身の専属侍女からの指摘に、「うっ」と唸った。

「今日は、愛しい旦那様がおこしになられる日ですものね。あの、〝光輝くん誘拐されすぎぃ事件〟から始まって、魔王様もいろいろと忙しく騒動に巻き込まれていたようですし、きちんと時間を取ってお会いになるのは実に五か月ぶりなのですから、今日くらい無理をして執務をしなくてもいいのではありませんか?」
「そういうわけにはいきません。あの人を口実に執務を怠っては、それこそこちらに残ると決めた意味がないではありませんか」

 専属侍女の提案を、しかし、リリアーナは苦笑いしながら却下した。

 神話決戦の後の一か月。リリアーナは祖国復興に忙殺されながらも、ハジメに対してはしっかりと猛アピールをしていた。そのかいあってか、紆余曲折を経て(主に正妻と)、同じく猛アピールしていた愛子と共にハジメに受け入れてもらうことができ、幸せな一時を送っていたのだが……

 リリアーナは王女だ。

 それも国王陛下が不在で、次期国王の弟ランデルはまだまだ未熟。母親であるルルアリアが頑張ってくれているものの、王都の消滅という事態の中では、やはり限界があり、決戦時に総司令として活躍し人心を集めたリリアーナによる戦後処理は必要不可欠だった。

 故に、リリアーナは葛藤しつつも、己の立場を捨てない決断をした。一度帰還したハジメ達が、再びトータスへの扉を開くことが出来るかは未知数だ。なので、あるいは今生の別れになる可能性もあった。

 それでも、リリアーナには、祖国を切り捨てることは出来なかったのだ。

 全て覚悟の上で、残ると告げたリリアーナ。そんな彼女の宣言に、しかし、ハジメはむしろ嬉しそうに笑ったのを、リリアーナははっきりと覚えている。もちろん、リリアーナと別れることに喜んだのではない。そんな理由だったら、リリアーナは覚悟もなにもなく、身投げしていたかもしれないが……

 とにかく、その決断が大きな理由の一つとなって、嫁~ズの仲間入りを果たせたのは間違いない。帰還直前の夜、覚悟を決めたリリアーナがいつも以上に燃えたのは言うまでもない。

「……姫様。戻ってきてください。そして、よだれを拭いてください。とても人様には見せられない顔になっていますよ」
「ハッ!?」

 ハジメと過ごした熱い夜を思い出し、完全にトリップしていたリリアーナは、専属侍女の呆れたような声音にはっと意識を現実へ戻した。そして、ハンカチを取り出すと、いそいそと唇の端に垂れていたそれを拭う。

「本当に、姫様とハジメ様は仲睦まじいですね。侍従達の間でも、未だに羨む声が止みません。かく言う私も、とても羨ましく思います」
「そ、それほどでも……」

 専属侍女の言葉に、リリアーナは頬を赤くして、照れ隠しに高速で書類を処理し出した。照れ隠しが書類高速処理というのは、流石、王国の才媛というところか。

「……姫様。今回の“開門”では、どうなされるのですか」
「どう、とは?」

 照れるリリアーナに微笑ましそうな眼差しを向けていた専属侍女が、一転して、真剣な表情で問う。

「ハジメ様が職人達に専用で残してくださったアーティファクトの助けもあって、王都は驚異的な速度で復興しております。この一年半ほどで、全体の七割は終えました。新王都の正式な復活宣言の式典の計画も、既に始まっております」
「……そうですね。確かに、帝国や獣人族の皆さんの協力もあって、各国の様式も取り入れた本当に新しい王都が出来上がりつつある。帝都の機能美や、フェアベルゲンの自然美、そしてハイリヒ王国の伝統美……それらが調和した素晴らしい都です」
「はい」
「狂った神の支配から脱却した、新しい時代に相応しい、象徴的な都になる。式典は、新しい時代への門出も含めて、盛大に祝わないといけないですね」

 リリアーナの視線が窓から外へと向けられる。その視線の先には、形作られていく美しい町並みがあり、耳を澄ませば、微かに、復興と営みの喧騒が聞えて来る。

 それに頬を緩め、目を細めるリリアーナ。寝る間も惜しんで励んできた甲斐があるというものだ。

「はい。帝国や獣人族との協定も、ほぼ定まったはずですし、なによりリリアーナ様の伴侶が、あの“女神の剣”……いえ、〝神殺しの魔王〟である限り、そうそう問題は起こりえません」
「……なにが言いたいのですか?」

 リリアーナが窓から視線を専属侍女へと戻す。その瞳には訝しさが宿っていた。専属侍女は敬愛する主に、優しさと労りと想いを込めて告げる。

「もう、十分ではありませんか?」
「十分……」
「はい。ランデル殿下の成長は著しく、優秀な臣下もついております。王国の復興も、他国との関係も、一区切りがつきました。もう、リリアーナ様が先陣を切らずとも、王国は進んでいけると愚行致します。ならば、リリアーナ様は、リリアーナ様の幸せを追いかけてもよいのではないでしょうか?」
「……」

 そうなのだろうか? と、リリアーナは再び窓の外の新しい王都を見つめながら自問した。細かな問題は、未だ山のようにある。それは、目の前にそびえ立つ書類の山が物語っている。

 それでも、確かに、リリアーナでなければならないという仕事が、最近、めっきり減ってきたのは事実だ。そして、余裕が出来れば、やはり思い出すのは愛しい人のこと。一人っきりの夜は、特に鮮明に思い出し、リリアーナの心を切なさで締め付けた。

「ハジメさん……」
「ふふ、それが答えではありませんか? リリアーナ様?」
「っ」

 思わず漏れ出た愛しい人を求める声。それを耳にした専属侍女が嬉しそうに、あるいは微笑ましいものを見たように、頬を緩めて朗らかに笑う。見透かされているようで、なんとなく気恥ずかしくなったリリアーナは、頬を染めてそっぽを向いた。

 そんなリリアーナの様子に、更にくすりっと笑い声をあげる専属侍女。きっと、この場に他のリリアーナ付きの使用人達がいれば、誰もが主の可愛らしい様子に、同じように笑みを浮かべたことだろう。

 誰もが、リリアーナには感謝と敬愛の念を、それはもう深く抱いているのだ。

 ただでさえ、その人柄から使用人達にも国民にも愛されていたリリアーナだ。そんな彼女が、かつて王都を襲った襲撃で、単身王宮を抜け出し助けを呼んできたことは、どこかの元気の出るドリンクみたいな名前の商人により知れ渡っている。

 加えて、襲撃により弱った王国を救うため、その身を帝国に捧げようとしたことも知られている。

 そして、あの神話決戦。

 王都の人々を帝国に避難させる中、貴女はどうするのかと不安を抱いた人々に、リリアーナは笑顔で言ってのけた。

――王都が戦場になるというのに、王女たる私が戦わなくて誰が戦うのです

 総司令となり、人類の存亡をかけた戦いで数十万の戦士達を指揮したリリアーナの姿は、生き残った兵士、冒険者、傭兵達により存分に伝えられている。

 もはやその人気は天を突き抜ける勢い。老若男女問わず、種族、職業にかかわらず。

 だからこそ、「もう十分です」という専属侍女の言葉は、確信をもって言える。それが、全国民の総意であると。

 再び、窓の外へ、復興していく都へ、視線を投げたリリアーナは、専属侍女の温かな視線を感じつつ、王族としての責任から解放されて、己の幸せを追って世界を越えていいものなのか確信を持てず、曖昧な表情を浮かべた。

 と、そのとき、リーンと風鈴のような音色が響いた。それは、王宮の一角に設けられた〝開門〟用の部屋からの合図。異世界間の扉が開いた証。

「っ。ハジメさん!」

 先程までの憂いはどこへやら。途端、ぱぁっと子供のように表情を輝かせたリリアーナは、専属侍女に「お出迎えに行ってきます!」と言って、返事も受け取らずにパタパタと勢いよく部屋を出て行った。

 専属侍女は静かに、勢いよく開けられた扉へ向かって一礼するのだった。




 ゲートから現れたハジメに、飛びついて喜びをあらわにしたリリアーナは、そのまま幼子のようにハジメの手を引いて自室へと案内した。

 道中、王宮の使用人や幾人かの貴族とすれ違ったが、その度に彼等は隠しようのない畏敬の念をハジメへと向けつつ、そんな彼の手を握って「はやくっ、はやくぅ」と言うかのようにぐいぐいっと引っ張るリリアーナに物凄く和んだ表情を向けていた。

 リリアーナは誰かとすれ違う度に律儀に挨拶をするのだが、そんな彼等の表情には気が付いていないようだ。きっと、時間が経って落ち着いたら熟れたリンゴのようになるのだろう。

 そんなリリアーナに困ったような笑みを浮かべつつ、可愛らしい連行をされたハジメは、リリアーナの自室で彼女手ずからの紅茶をいただく。

「それにしても、今日はお一人だったんですね。てっきり、ユエさん達も来て下さるかと思っていたのですが」

 リリアーナがクッキーのような茶菓子をテーブルに置きながら、首を傾げて尋ねた。ハジメは、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべて尋ね返す。

「なんだ? 二人っきりは嫌だったか?」
「そ、そんなわけ……ないじゃないですか」

 ちょっぴり頬を染めつつ、すとんっと腰を落としたリリアーナ。ハジメからの、ちょっとS気を滲ませた眼差しに、そわそわと落ち着きなく視線を彷徨わせる。そして、そんなリリアーナの様子を楽しんでいるかのようなハジメの雰囲気に耐え切れなくなって、話題を逸らした。

「それで、そちらはどうですか? 〝光輝くん誘拐されすぎぃ事件〟から随分と忙しそうでしたけど……」
「……その呼称、定着したのか」
「ええ、まぁ。なにせ、あの異世界召喚のあと、ハジメさんを巻き込んで更に召喚されたのでしょう? 光輝さんがハジメさんを巻き込んで三度目の召喚に涙目で巻き込まれた話は聞いてますし、既にこちらでも広まってますよ。龍太郎さん達が面白おかしく語っていたので」

 ハジメはリリアーナの言葉に半笑いを浮かべた。

 その言葉通り、このトータスで贖罪の旅をしていた光輝だが、旅の合間に王宮へ立ち寄った際、どこかの世界に召喚されてしまったのだ。

 そこで、光輝は自身の在り方と向き合いつつ、紆余曲折を経て世界を救ったりしたのだが……

 その際、幼馴染~ズと、嫁に懇願されたハジメは光輝の元へ助太刀に駆けつけていたところ、一連の騒動が解決し、さぁ家に帰ろうかといったところで、「次、お願いしまぁ~す」というかのように、光輝へ召喚が襲い掛かったのである。

 光輝は半泣きになりながら「もう嫌だぁあああああ~~~」と叫び、咄嗟に、近くにいたハジメにひしっとしがみついた。「ちょっ、おまっ」と慌てる魔王様だったが、時すでに遅し。

 幼馴染~ズと嫁~ズがぽかんっとする中、二人は仲良く三度目の異世界召喚をされたのだった。

 実をいうと、その世界でいろいろあったあと、四度目の召喚をされていたりする。お人好しな光輝ではあるが、流石に「世界を救ってほしい」と頼んできた女神様にぷっつんきたらしく、ハジメが見ている前で、

「馬鹿野郎っ。どうしてそこで諦めるんだ! がんばれっ、がんばれ! 女神様だろう! 貴女ならできるっ。自分でできる! 必ずできる! 貴女を信じる俺を信じろ! 諦めたら、そこで世界終了だぞ!」

 と、勢い任せで「自分でなんとかしてください」と訴えたという、ある意味驚異的なことをしていたりする。思わずハジメが感心してしまうほど、それは迫真の訴えだった。

 結果、現在、光輝の両隣りには、火花を散らし合う三度目の世界の女王陛下と四度目の世界の現界した女神様がいたりする。

閑話休題

 少し遠い目をして回想していたハジメは、不思議そうな眼差しで自分を見つめるリリアーナに気が付いて咳払いをしたあと、話を戻した。

「まぁ、なんとか落ち着いた感じだな。今は大学生しながら事業の拡大を図っているところだ。とは言っても、地球は地球で物騒な連中や頭のネジがダース単位で外れた奴らがいるから、それなりに忙しいんだけどな」
「そうですか。そういえば、浩介さんが、そういう事件の解決に奔走しているって聞きましたよ。何人か、こちらで過ごすことになる女性を紹介されましたし」
「……地球の知識を得て、ハウリアの連中はますます斜め上に疾走しているからなぁ。もう、あいつらのことを考えるのは疲れたよ」

 魔王すら疲弊させる首刈ウサギ達のヒャッハー人生。彼等はいったい、どこへ向かっているのか。某サイドテールの白衣っ娘が、未だに頑張っているのはある意味驚嘆に値する。そして、最近、ウサミミカチューシャがマイブームの某捜査官は、誤って外すのを忘れ、そのまま普通に仕事場へ行った時点で、完全に手遅れだろう。

 再び遠い目になりかけたハジメを引き戻すため、リリアーナは少々慌てて口を開いた。

「それにしても大学生ですか……なんというか、今更、ハジメさん達が何を学ぶのだろう、という気がしないでもないのですが」
「まぁ、確かにな。だが、世の中の大学生は割と適当なもんだぞ? 俺達も特に本気で何かを学びたいと思って受験したわけじゃない。どうせ長い生だ。大学生というのを経験しておくのも悪くないだろうと思った程度だしな」
「そ、そういうものですか。大学というのは、そちらの世界での最高学府と聞いていたので、学問に本気の方の集いなのだと思っていました」
「もちろん、本気の連中もいるだろうし、それが正しい在り方だろうけどな。これが親の金なら別だが、学費も生活費も全て自分で稼いだ金だ。道楽だろうがなんだろうが、それは個人の自由だろう。学生生活を楽しむために行って何が悪い、ってな」

 そう言って肩を竦めるハジメ。大学生というものを経験しておきたいというのは本当であるし、専攻した考古学や民俗学に興味があって学んでいるのも事実。

 もっとも、理由の大半は〝女子大生のユエを見たい〟というどうしようもないものだったりする。二十歳くらいの姿になったユエと、並んで講義を受ける経験に、ハジメはとても満足していた。もちろん、口にはしないが。

 ちなみに、いつもの如く、嫁~ズの美貌とハーレム状態に、某大学は未だに混乱と混沌の真っただ中にあったりする。

「学生生活を楽しむ……ですか」

 リリアーナがポツリと零した。特に大きな感情が乗っているわけではなかったが、それでも、言外に含まれる小さな羨望は隠し切れていない。

 王女であるが故に、リリアーナは学生などという身分とは無縁だ。普通の女の子のように、学生生活の中での青春など本の中でしか知らない。憧れがあったし、夢想したりもした。

 あるいは、我が儘をしていれば、ハジメ達と高校生活をおくれたかもしれない。王国を捨て、王女の身分を捨て、なにもかも振り切ってしまえば、そんな夢想も現実になったのかもしれない。

 そこまで考えて、しかし、リリアーナは「なにを馬鹿な」と自嘲するような笑みを浮かべて頭を振った。民を見捨てて男と夢想に走るなど、そんな女は自分ではない。

――私はリリアーナ・S・B・ハイリヒ ハイリヒ王国ただ一人の王女

 普通の女の子に憧れる。だが、そのために王女であることを捨てれば、リリアーナの輝く魂は死ぬのだ。責務から逃げ出し、民を見捨てた自分を、他の誰よりもリリアーナ自身が許さない。そんなことをすれば、きっと、リリアーナは一生、自分を軽蔑し続けるだろう。

 自分で自分の性格を「難儀なものだ」と思っていると、不意に小さな笑い声が耳に届いた。きょとんとしながら視線を上げれば、そこには口元に笑みを浮かべるハジメが、頬杖を突きながらリリアーナをジッと見つめている。その眼差しは、口元の笑みに反して酷く優しい。

「え、えっと、なんでしょう?」

 なんとなくハジメの目を見ていられず、少し逸らして尋ねる。心臓がトクトクと早鐘を打った。

「いや、なんでもない。相変わらず、誇り高いことだ、と思っただけだ」

 ハジメの言いたいことが分からず、こてんっと首を傾げるリリアーナに、ハジメはますます優しげな笑みを浮かべつつ、本日やって来た本題を口にし出した。

「俺の方はまぁ、これくらいにして……王国の方はどうだ? 一応、到着してすぐに偵察機を飛ばして様子を見させてもらった限りだと、復興はかなり進んでいるように見えるが」
「そう、ですね。先程も侍女と話をしていましたが、既に新王都完成を祝した式典の計画もされ始めていますし、帝国や獣人族の方々、新生聖教教会とも深刻な問題は耳にしていません。あと半年もせず、復興宣言できるでしょう。もちろん、新王都は〝他国・他種族に開かれた都〟がコンセプトですから、小さな問題なら山積みですけどね」

 急激な話題転換に戸惑いつつも、そう答えて苦笑いするリリアーナ。「そういえば、目を通さなければならない書類の山を放置してきてしまいました」と茶目っ気たっぷりに舌を出して言う。

 が、そんなリリアーナの冗談じみた言動に対し、ハジメは目を細めると特に笑い返すこともなく、静かに尋ねた。

「それは、リリィでなければ――リリアーナ・S・B・ハイリヒ王女でなければ、解決しえないことか?」
「え?」

 ハジメの問いに、リリアーナは言葉を詰まらせる。先程の専属侍女との会話でも同じような内容だった。

「リリアーナ王女がいなければ、この国は先へ進めないか? 今ここを離れることは、〝王族の責務〟を放棄することになるか? 世界を渡ることは、お前の誇りを傷つけるか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。いったい、なんの話を……」

 怒涛の問いかけに、リリアーナは訳が分からないというように手をわたわたと振って制止をかける。

 ……もちろん、本当は分かっている。ハジメが何を言わんとしているか。胸の高鳴りは止まるところを知らない。顔は自覚できるほどに熱をもっている。

 だが、正直戸惑いもある。生まれた時から王女なのだ。それはアイデンティティといっても過言ではない。己の幸せが別のところにあると分かっていても、決断は簡単ではない。

 そんなリリアーナの困惑を見透かしているように、ハジメは「難しく考え過ぎだ」と苦笑いしながら言葉を重ねた。

「別に、王女であることを捨てろなんて言わないさ。これは、ただの優先順位の問題だ。王族としての役目を少し他の奴に任せて、もう少し自分のために生きる――そろそろ、そうしてみないか? ということだ」
「わ、私は……」

 いいのだろうか? 再び首をもたげるそんな疑問。

 未だに、己のために(・・・・・)国から離れることに抵抗感と罪悪感を覚えてしまう難儀なお姫様に、ハジメは関心半分呆れ半分の表情となった。

 そして、とうとう痺れを切らしたように頭をガリガリと掻く。

「まったく……本当に頑固なお姫様だな」
「ハジメさん?」

 ハジメが、どういうつもりであんな問いかけをしてくれたのか理解しているリリアーナは、そんなハジメの様子に、「もしや愛想を尽かされてしまったのかしらん?」と不安そうな眼差しを向ける。

 その眼差しにも、ハジメは呆れたような眼差しを返しながら、

「いい加減、ちょっとくらい我が儘言わないと……さらっちまうぞ?」
「へぇ!?」

 そんなことを言った。

 素っ頓狂な声を上げてガタリッと椅子を鳴らすリリアーナに、ハジメはニヤリと笑って「魔王が姫をさらう……何もおかしなことじゃないだろう?」なんて追撃もする。

 当然、リリアーナは爆発でもするのではないか疑ってしまうほど顔を、否、肌の見える場所は全て真っ赤に染め上げた。

 口をぱくぱくとしながら絶句するリリアーナに、ハジメは肩を竦める。そして、このままでは埒が明かないと、おもむろに〝宝物庫Ⅱ〟から占いに使うような水晶玉を取り出しテーブルに置いた。

「自分のために生きていいのか、そんなに疑わしいなら、いっそ直接聞いてしまおう」
「な、なにをする気ですか?」

 魔王がアーティファクトを取り出した――その事実に、リリアーナは嫌な予感をビンビンに感じて頬を引き攣らせる。一転して警戒心丸出しの王女様に、魔王は実にいい笑顔のままそれを起動した。

 そして、淡く輝き出した水晶玉に向かってすぅと息を吸い込むと、

「ちゅ~~~~も~~~~~くっ!!」

 どでかい声でそんなことを叫んだ。刹那、窓の外から『ちゅ~~~~も~~~~~くっ!!』と全く同じ声、言葉が響いて来る。

 窓の外にぎょっと顔を向けながら、リリアーナが「え? えぇ!?」と混乱する中、今日も絶好調な魔王様は、同じように水晶の中に映っている混乱したように周囲をキョロキョロと見回す新王都の人々へ問答無用に声を張り上げた。

「突然だが――魔王だ!」
「確かに突然すぎです!」

 リリアーナ、心からのツッコミ。水晶から、幾人もの住民が同じようなツッコミを入れる声が室内に響いた。

 どうやら、このアーティファクト、映像と声を繋ぐ機能を持っているらしい。先程、到着間際に新王都へ偵察機を放ったと言っていたから、きっと無数に飛ばしたそれとリンクして双方向で声を届けているのだろう。

 リリアーナのツッコミをさらりと無視して、ハジメは王都中へと声を届ける。

「新王都の住民よ、お前達に問う。――リリアーナ王女は、まだ必要か?」
「ハ、ハジメさん!?」

 水晶の中で王都の人々が戸惑いの表情を見せている。拡声され響き渡る言葉に、屋内にいた人々も外へ出て周囲の人々と顔を見合わせている。ハジメは彼等に、アーティファクトで王都中に話しかけていること、その場で答えればハジメの耳に届くことを伝えた。

 ハジメが何をしようとしているのか察したリリアーナは、余計にあわあわしている。

「今俺は、リリアーナを口説いている。さっさと俺の世界について来いと。だが、状況は芳しくない。どうやらこの王女様、お前達が心配で心配でたまらないらしい。――どうしてくれる。このままだと振られてしまうだろうが。魔王なのに」
「ほんと~~に、なにを言っているのですかぁあああっ」

 王都中の人間に「てめぇらのせいでふられそうだろうが、この野郎」と八つ当たりする魔王様に、リリアーナが羞恥心やらなんやらで涙目になりつつ絶叫した。椅子を蹴倒し、ハジメの頭をポカポカと叩いてやめさせようとする。

 頭をかっくんかっくんと揺らしながら、しかし、魔王様は止まらない。

「故に、今一度、問う。お前達に、この世界に、リリアーナ王女はまだ必要か? お前達は、彼女が心配して身動きが取れないような、よちよち歩きのヒヨッ子か?」

 再び投げかけられたその問いに、人々は顔を見合わせた。

 そして、困惑したような表情のまま、建築現場の親方らしい厳ついおっさんが、

「いや、必要もなにも……リリアーナ様、まだ王宮にいたんですかい?」

 なんてことを言った。

 水晶から響いた言葉に、「へ?」と何とも奇妙な声を上げるリリアーナ。彼女が呆けている間にも、新王都の人々は隣の人間と世間話をするような乗りで言葉を届け始める。

「あらやだ。私ったらてっきり、王女様はとっくに向こうの世界で幸せに暮らしていらっしゃるものとばかり」
「あれ、おかしいな。俺は、もう魔王陛下との間に子供もできたって聞いたんだが……」

 食材店で軒先の主婦がそう言えば、首を捻った店主がそう返す。

「確か、他の奥方様は、とっくにあちらの世界で暮らしていらっしゃるんだろう? もしかして、俺等の王女様、はぶられてる?」
「え、リリアーナ様、ぼっちなの?」
「いや、待て。奥方様達はみんな仲が良かったはずだ。なのに、未だにこっちにいるってことは……もしかして、姑と馬が合わなかったんじゃ……」
「王女様、いじめられてるの?」

 新しい正門の前で、王国の兵士達が言い合えば、近くにいた冒険者の男女が同情するような表情で天を仰ぐ。

 リリアーナの頬がピクピクと引き攣り始めた。まさか、自分が必死に日々の仕事を片付けていた間、当の民は、自分がとっくに出奔しているものと思っていたとは夢に思わなかった。しかも、未だに王宮にいることで、なにやら変な誤解が広がり始めている!

「ちょっ、ちょっとみなさ~~んっ! 私ははぶられてもいなければ、ぼっちでもありませんよぉ! 菫お義母様様とだって仲良しさんです! あ、あと、こ、子供だなんて……まだ、いませんよぉ。私はちゃ~~んと仕事をしていただけです!」

 思わず大声で弁解したリリアーナだったが、その声は無駄に高性能なアーティファクトが完璧に拾って王都の隅々までお届けしている。

 敬愛する王女様の情けない感じのする弁解に、人々は三度顔を見合わせ、そして示し合わせたように笑い合った。

 そこには馬鹿にするような感情は一切なく、どこまでも温かさがあふれていた。

 最初に声を拾った建築現場の親方が汚れた顔をくしゃりとしながら言葉を贈る。

「それなら、魔王陛下の問いに対する答えは、一つだ」

 親方が周囲を睥睨すれば、そこには彼の部下が何十人といて同じような表情している。そして、声を揃えて、

「「「「「「俺達は、もう、王女様を必要としていない!」」」」」」

 先程の主婦や店主、周囲の人々が、

「「「「「私達は、もう大丈夫です!」」」」」

 兵士が、冒険者が、傭兵達が、

「「「「「俺達をヒヨッ子扱いしないでください!!」」」」」

 次々と映像を変えては、そんな人々の声を届けて来る水晶に、リリアーナは目をくぎ付けにされる。

 王都中の人々が、今や王宮に向かって声を張り上げていた。

 仕事中の者達は手を止めて、屋内にいた者達は外に出て、大人も子供も関係なく、「いつまで仕事してるんだ」とか「王女様は心配しすぎ」とか「仕事ばっかりじゃあ、魔王陛下に愛想尽かされますよ」とか、割とリリアーナの心にぐさりと来るようなことを平気で言ってくる。

 だが、一様に、彼の表情は温かくて、だからこそ愛すべき王女リリアーナの民の心は余すことなく伝わった。

 すなわち、

――御託はいらない。いいからさっさと、幸せを追いかけろ

 と。

 リリアーナの心からあふれ出た愛しく温かいものは、そのまま雫となって頬を伝う。えっぐえっぐと声を漏らし、何度も声を詰まらせながら必死の言葉を紡ぐ。

「み、み゛なざん! あり、がとうぅ!!」

 お返しに紡がれた言葉は、波紋となって新王都へと広がった。その感謝の言葉が伝わったかは、「それはこっちのセリフだ」と言いたげな王都民達の表情が何より雄弁に物語っている。

 ぽろぽろと感涙を流すリリアーナの、国を背負い続けた小さな肩を抱いて、ハジメはアーティファクトに締め括りの言葉を流す。

「お前達、助かったぞ。頑固なお姫様も、ようやく折れた。さっそくだが、このまま、リリアーナはもらっていくことにする。」
「え? えぇ? ハジメさん!?」

 ふわりと浮き上がった体に目を白黒させるリリアーナは、自分がお姫様抱っこされていることに気が付いて一瞬で赤面する。

 恥ずかし嬉しくて、ハジメの胸元で小さくなるリリアーナを尻目に、ハジメは水晶を手に取って、ふと思いついたように動きを止めた。

「ああ、そうだ。新王都の住民達に言っておく。リリアーナは、結局のところ王女であることを止められない、優しさと誠意と愛情を持った女だ。故に、これからも、お前達の様子を見にふらりと帰って来ることだろう。そのとき、リリアーナを悲しませるような体たらくを見せていたら……俺の有する百八の嫌がらせが降り注ぐと思え」
「ちょっとなにを言ってるのですか!」

 魔王とは、理不尽なもの。それ、ここに極まれり。

 魔王の厄災宣言に、リリアーナは引き攣り顔でツッコミを入れ、新王都の人々も一斉に引き攣り顔となった。そして、人々は各々心に誓う。「真面目に、全力で生きよう」と。

 人々が半ば脅迫的に己の人生に全力になった日。

 その日に、王国と民へその身を捧げ続けた王女様は、魔王にお姫様抱っこで別の世界へとさらわれたのだった。

 ……ちなみに、リリアーナの私物については、〝開門〟部屋の前で専属侍女が大きなカバンに詰めて準備万端にスタンバイしてくれていたおかげで問題なかったりする。

 さっと差し出されたリリアーナのカバンを、「いい仕事だ」と褒めながら当然のように受け取ったハジメと、「感謝の極み」と言いながら当然のように傅いた専属侍女を見て、リリアーナが「私より主従っぽい! っていうか、絶対、裏で図ってましたね!」と叫んだのは言うまでもない。


 
次話、7時頃に更新します。
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