挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から

217/279

キレる深淵卿


 非常灯のみが薄く照らす通路を、浩介達は駆けていた。

 追うべきヴァイスと白衣の男の姿は見えなかったが、先導する浩介の足取りに迷いはない。ケイシスのデータにもなかった地下施設の迷路のように入り組んだ通路を、ジッと地面を注視しながら進んでいく。

 天職“暗殺者”の技能[+追跡]により、逃走するヴァイス達の足取りと気配を追っているのだ。常人には捉えられない霞よりもあやふやな痕跡を見逃さず、的確に獲物を追うその姿に、うっとりしているヴァネッサはともかく、アレンなどはもう何度目かも分からない引き攣り顔だ。

「「ォオオオオオオオッ」」
「構うな。走れ!」

 廊下の曲がり角からベルセルクが現れる。正面に陣取った二体のベルセルクが地響きを立てながら突進する。思わず足を止めて迎撃態勢を取ろうとしたアレンとヴァネッサだったが、むしろ加速しながら声を張り上げた浩介に反射的に従う。

 浩介は、グッと足に力を込めると音もなく加速し、そのまま壁際に寄って行く。サイドから通り抜ける気なのかと追随するエミリー達だったが、そうでないことは直ぐに証明された。

 浩介は壁に足をつけると横向きになりながら壁を走り、天井まで登って逆さまになると、そのまま天井を走り出したのだ。――技能“影舞”。浩介の十八番だ。

「ハッ」

 浩介は天上を疾走すると、飛びかかろうとして標的の位置があり得ない場所になったことにより、一瞬の停滞を見せたベルセルク二体の間に躍り込んだ。

 逆さまのまま、風が渦を巻くように回転し小太刀を一閃。蒼穹の光芒はベルセルク達の首筋を優しく撫で、遠慮なく溶断する。ついでとばかりに指貫グローブから衝撃破も飛ばして、ベルセルク達を壁際へと吹き飛ばした。

 スタッと着地し、何事もなかったように先導を再開する浩介。

 飛沫もなく、進路妨害にもならず、狂戦士の躯は虚しく壁際で痙攣する。

 ここに来るまでの間にも、おそらくヴァイスが仕込んだのであろう妨害用のベルセルクやベルセルク・ビーストが間断なく襲ってきたが、いずれも散発的だったということもあり、浩介の足を止めるには至らなかった。

 やがて、浩介達は鉄製の扉がある突き当りへと行き当たった。通路の幅はそれなりに広いのだが、その通路には大きな箱や機材など乱雑に置かれており、複数人で通ろうと思えば一列になる必要がある。

「ヴァネッサっ」
「了解」

 浩介が呼べば、我が意を得たりと瞬時に動く。ヴァネッサは隣のエミリーを抱えると、大きな機材の陰に身を隠した。ついでにアレンもスルリと身を隠す。

 刹那。

 ダダダダダダダダダッと轟音が響き渡った。フルオート状態のマシンガンが火を噴き、おびただしい数の弾丸が通路に積まれた荷物を蹴散らしていく。浩介は飛来した弾丸をするりとかわしながら、苦無を一本、投擲した。

「コウスケさん。あなたのヴァネッサは、刀で弾丸を斬りまくる、というのを所望します」

 銃撃にさらされながら、自分の欲望に忠実なヴァネッサさん。胸元に掻き抱かれたエミリーが、小さくなりながらもペチペチッとツッコミの平手打ちをする。

「いや、射線から外れるだけならともかく、フルオート射撃の弾丸を正確無比に斬って捨てるなんて芸当、俺には無理だからな?」

 そう言った浩介に、ヴァネッサは「え……」と目を丸くした。どうやらヴァネッサの中で、浩介に出来ないことはない、ということになっているらしい。

 そんな「またまたぁ、そんなこと言って、本当は?」と言いたげな眼差しを向けて来るヴァネッサに、浩介は苦笑いを浮かべる。

「フルオートの弾丸を全部斬り飛ばすなんてマネが出来るのは、魔王か、魔王の嫁の剣士様くらいだよ。俺は、せこく、不意打ち上等でいくさ」

 肩を竦めた浩介は、次の瞬間、姿を消した。代わりに、今の今まで浩介がいた場所に現れたのは一本の苦無。それは、浩介が先程、投擲したものだ。

 当然、その苦無がここにあるということは、

「ぐぁっ!?」
「くそっ。いつのま――」
「がふっ!?」

 浩介は敵陣の中にいる。

 苦無の有する能力の一つ。空間の入れ替えだ。適当に壁に突き刺さった苦無の代わりに、突然、出現した浩介にあわてふためくヴァイスの部下達。即座に銃口を向けるが、そのときには既に泣き別れだ。首と体が。

 溶断の一撃は、彼等に非現実的な死を与える。ベルセルクに変化する暇もなく、壊れた玩具のように胴体と頭を転がして、死出の旅へと足を進める。

 それでも、ベルセルクのように最終的に干からびて、原型を留めないほどに崩れ去るのと異なり、人の死体が転がる空間は、人死に慣れていないエミリーの顔色を青褪めさせ、吐き気を呼び起こすのに十分な要素だった。

「エミリー。今は前だけを――」
「へ、平気よ、こうすけ。行きましょう!」

 青褪めた引き攣り顔だが、エミリーは力強い声で浩介の言葉を止める。そして、何となく分かったのか、目の前の頑丈そうな鉄製の扉を見つめた。

「こうすけ。この先に……」
「分かるのか。ああ、そうだよ。この扉の向こう側にいる。焦ってるみたいだけど、まだ逃げ出してはいない。間に合ったみたいだ」
「そう……」

 エミリーは一つ、深く、深く深呼吸をした。そして、少しだけ目を閉じる。そうすれば、目蓋の裏に巡るのは走馬燈のような光景。ダウン教室で過ごした日々。世話焼きなヘドリックやリシーの笑顔、ロドとデニスの挨拶代わりな喧嘩、ジェシカの悪戯な笑み。サムとマイロの陽気で楽しいジョークの応酬。

 エミリーが愛した兄と姉達。今はもういない、二度とは会えない、大切な家族。

 静かに、エミリーは目を開いた。

「こうすけ、お願い」
「おう」

 言葉は少なく、しかし、応えは強く。浩介の小太刀が、蒼穹を引き連れて鉄扉へと突き刺さった。まるでバターにナイフを突き刺したが如く、ぬるりと抵抗なく貫通した小太刀は、その超高熱で突き刺した場所を中心に周囲を瞬く間に融解させていく。

 どろり、どろりと溶け落ちていく赤熱化した鉄扉から、少しずつ向こう側の景色が見え始める。

 鉄扉の向こう側は、どうやら地下駐車場になっているようだ。幾台かの乗用車と貨物車、あとはフォークリフトなどの特殊車両が置かれている。

 そのうちの一台、中型のピックアップトラックの傍に、二人の姿があった。荷物を積み込んでいたようで荷台の傍にいるが、どうやら融解する鉄扉に唖然としているらしい。棒立ちのまま、微動だにしていない。

 どろり、どろりと、扉が消えていく。エミリーと彼を隔てる鉄の扉が、消えていく。

 膝上が見え始めた。一人は先程見たヴァイスのものだが、もう一人のスラックスはとても見覚えがある。いつも、リシーやジェシカに、地味すぎると言われていた焦げ茶色のそれ。きっと近くで見れば、右膝のところに小さなほつれが見つかることだろう。

 ベルトが見え始めた。最近、少し痩せたといって穴をずらしたベルトだ。外出することが多かったから、きちんと食事はとっているのかと、皆で心配していたのだ。

 ネクタイが見えた。明るめの紺色に、シャープなストライプが入ったネクタイ。何を隠そう、彼の誕生日にエミリーが贈ったものだ。お小遣いとにらめっこしながら、リシーやジェシカにも手伝ってもらって選んだもの。

「あぁ……」

 思わず、声が漏れ出た。それは、最後の瞬間まで捨てきれずにいた――“もしかしたら違うかもしれない”という、自分でも嗤ってしまうような儚い希望が叩きのめされたが故のもの。

 浩介が腕を一振り。鉄の扉は跡形もなく吹き飛んだ。

 遮るものは、もはや何もない。

 急速に冷えつつも、未だ赤々と周囲を照らす鉄扉の残骸が飛び散る間を、エミリーはゆっくりと進み出た。右隣に神秘を操る極東の守護者を、左隣に必要なら祖国にすら立ち向かえる勇敢な守護者を、背後に必要悪を象徴する存在しないはずの守護者を、引き連れて。

 翻る白衣。それはエミリーの誇り。自身の積み上げたものと、彼がくれた居場所を誇る証。今はそれが、とても重く、とても虚しい。

 頭を抱えながら「早すぎるぜ、化け物め」と悪態を吐くヴァイスの隣で、未だ呆然と立ち竦む彼に、エミリーは今にも泣きそうな、しかし、絶対に泣かないと決意を漲らせた表情で口を開いた。

「どうして、ですか……先生」

 質問の意味が、分からないはずがない。

 エミリーの第一声は、彼の、エミリーの父親代わりにして恩師――レジナルド・ダウン教授に我を取り戻させた。

「エミリー……」
「どうしてなんですか、先生」

 自分の名を呼ぶ、二度とは聞けないと思っていた声に、否応なくエミリーの心が震えた。それを無理やり抑えつけているせいか、繰り返された言葉に抑揚はない。

「……エミリー、私は――」

 ダウンは再び言葉を詰まらせた。辛そうに、あるいは何かを堪えるように、グッと唇を噛み締めている。見守る浩介とヴァネッサ。

 沈黙が場を支配する中、不意に、ヴァイスがチラリと腕時計を見た。その瞬間、ずっとヴァイスから視線を外していなかったアレンが反応する。

 浩介と一瞬の目配せ。それは、エミリーが対話をするにせよ、ヴァイスだけは先に取り押さえるという合図。敵を野放しにしておく理由もないので、浩介も視線で同意する。

 そうして、浩介とアレンが飛び出そうとする寸前、

「おおっと、動かないでくれよ。嬢ちゃんの愛しのパパさんが穴だらけになっちまうぜ」

 それを察したヴァイスが素早い動きでダウンの首に腕を回して羽交い締めにし、盾にするようにその背後へ隠れながら、脇腹に銃口を突きつけた。

 銃口を逸らさないまま、エミリーの対話を邪魔したヴァイスに、ヴァネッサが訝しむような眼差しを向ける。

「なんのつもりです?」
「いや、なに。娘も同然の子を前にしたら、流石に脅されていても(・・・・・・・)馬鹿をやらかすんじゃないかと思ってな?」
「脅す? ……ダウン教授は、あなたに脅されてここにいるとでも?」
「ん~~、脅すってのはちょいと語弊があったな。あれだ、強めのご協力願いに渋々応じてもらったってやつだよ」

 どうやら、ダウンがここにいるのは本意ではないと言いたいらしい。ゴリッと強く押し付けられた銃口の感触に、ダウンが顔をしかめる。ヴァイスはニヤニヤと嗤いながら、エミリーに向けて顎をしゃくった。

「天才の嬢ちゃん。お前さんのパパ代わりは、実に健気だねぇ。嬢ちゃんには手を出さないという条件で他人の靴も舐めるんだ。その献身ぶりに俺もうるっと来てねぇ、見逃してやろうと思ったんだが、嬢ちゃんが自分から来たんなら話は別だ」
「ま、待て、話が違う。エミリーには手を――」

 饒舌に語るヴァイスに、ダウンが慌てた様子を見せた。それだけを見れば、まるで、本当にエミリーを盾に脅されて、否応なく従っていたかのようだ。

 ヴァイスは、エミリーの動揺を嘲笑ってやろうかというように、下卑た眼差しを送って――

「先生、答えてください。なぜ、こんなことをしたんですか?」
「……」

 微塵も動揺せず、真っ直ぐに、変わらない眼差しと、溢れ出そうになる感情を必死に押し殺した表情を向けるエミリーが、そこにいた。ここに来てまだそんな茶番を見せるダウンに、むしろ何かを汚されたような表情を滲ませて、されど、そんな茶番に付き合う気はないとはっきり分かるほど強い意思が見て取れる。

 そんなエミリーの様子に、浩介とアレンは思わず小さな笑みを浮かべる。ヴァネッサもまた、気遣うような眼差しをしつつも、“強さ”を見せるエミリーに誇らしげな表情をした。

「んだよ、少しは動揺してくれるかと思ったんだがな。ま、そこまで期待はしてなかったし、本命はこっちだからいいけどよ」

 あっさりダウンから離れたヴァイスは肩を竦めると、ピックアップトラックの荷台に乗っていた大きな箱のカバーを一気に取り払った。

「っ、あなたっ」
「おおっ、これには動揺してくれたか。念の為に持ってきておいてよかったぜ」

 鬼の形相でヴァイスを睨むエミリー。それは浩介達も例外ではない。特殊な透明のケースに入れられていたのは、まだ五歳にも満たない程度の子供達だったのだ。酷く怯えているようで、三人の子供達は狭いのケースの隅に身を寄せ合い、ガタガタと震えながら身を縮めている。

 ヴァイスは手元のスマートフォンに指を押し当てながら下卑た笑みを深める。

「そっちのアメコミ野郎も、エージェント共も、一ミリだって動くんじゃねぇぞ? 弾みで指が滑ったら、このガキ共が晴れて怪物デビューを果たしちまうぜ?」

 浩介の能力を知っているが故に、ヴァイスは軽薄な言動を取りつつも、ただの一瞬も浩介から視線を外さない。この状態では、おそらく浩介の気配が消えた途端、躊躇いなく指を滑らせ子供達に服用させたベルセルクの起爆スイッチを起動させるだろう。

 ……なので、浩介はいつも通り、普通に消えることにする。

「外道め。あなたは生きていること事態が罪です」

 意を汲んだヴァネッサが時間稼ぎに相手を罵る。ヴァイスは、圧倒的優位な状況での相手からの罵倒に、むしろ心地良さそうな表情で肩を竦めた。もちろん、浩介から視線は外さずに……外さずに……

「あんたら政府の犬は、もう少し罵倒のバリエーションを増やした方がいいな。言われ慣れ過ぎて、最近、萎えてきた。まぁ、それはいい。ほれ、取り敢えず、物騒なもんは床にポイッしな」

 浩介から視線を外さな……外さ……外れた。

 ヴァイスの視線がするりと会話しているヴァネッサへと流れた。ごく自然に、何の疑問もなく、当たり前のように。ゆっくりと銃を下ろすヴァネッサ(・・・・・)とアレンに(・・・・・)満足そうな笑みを浮かべる。

「技能を使わない方が、有利なときもある……別に、泣いてないぜ?」
「なっ、ぐわっ!?」

 いつもシクシク、あなたの傍に普通にいる浩介さん、参上。ヴァイスがビクッとなるのを無視して、その手首を抑えてスマートフォンを落とさせ、膝カックンで組み伏せる。

「ぐっ、ちくしょうがっ。このアメコミ野郎! なんでてめぇみたいなのが出てくんだよ!」
「気持ちは分からないでもないけど、ちょっと黙ってろ。今は、エミリーの時間だ」

 関節を決めている腕への力をグッと増してやるよ、ヴァイスは「んぎっ」と小さな苦悶の声を漏らして口を閉じた。

 隣で突然現れた浩介に後退るダウンに、エミリーの視線が突き刺さる。

 だが、ようやくヴァイスの茶番劇が終わり、対話が出来るだろうと思われた直後、

ゴウンッゴウンッゴウンッ

 と、地の底から響く怪しげな音が浩介達の鼓膜を叩いた。何かの機械が作動している音だ。それもかなり大きな。浩介達が訝しそうにフロアの床へ視線を這わせる。

 そして、その視線の先に、床の亀裂を捉えた。否、亀裂ではなく、円状の線に中央を真っ二つに走る縦の線。

「エレベーター、ですか?」

 ヴァネッサの呟き。その通り、この地下駐車場兼貨物置場の下には、更に地下空間が存在したのだ。円状のエレベーターの直径は七、八メートルくらいある。大型の機材や物資の運搬を想定した大きなエレベーターだ。

 それが上がってきている。猛烈に嫌な予感が沸き上がって来た浩介達の耳に、今度はくぐもった笑い声が響いて来た。

「くっ、くくっ、ふはっ。やっと来やがった。エレベーターまで誘導すんのにえらく手間取ったが、ギリギリセーフだぜ。時間稼ぎをあっさり突破されて追いつかれたときはどうなるかと思ったが、茶番を繰り広げた甲斐もあったってもんだ」

 浩介により床へと押さえつけられながらそんなことを言うヴァイス。その言葉の意味を詰問しようとして、その前に、エレベーターの扉が開く。左右に分かれ、床にぽっかりとした穴を広げ――

 刹那、無数の何かが飛び出してきた。

「ッ、伏せろっ」

 浩介が叫びながら一瞬でエミリーの前に陣取る。そして、強襲してくるそれらを小太刀の一閃で薙ぎ払った。ヴァネッサとアレンも素早く身を伏せて、どうにか初撃を回避することに成功する。

 浩介が迎撃し切断したそれが、びちゃと生々しい音をさせて床に落ちた。ビチビチッと痙攣するように跳ねるそれ、そして先端を失いしゅるりとエレベーターの下に引っ込んだそれ。

「しょ、触手?」
「みたいだな。あいつら、いったい、何を呼び出しやがった」

 エミリーが青褪めながら口にしたそれは、確かに、触手だった。肌色の、まるで人間の腸にも見える肉感の触手。それが幾本も、同時に飛び出してきたのだ。

「おっさんっ。プランBだ! どうにか合流地点まで行け!」
「っ、わ、分かった!」

 浩介が離れた瞬間、ヴァイスは跳ねるように身を起こして横っ飛びし、同じように襲撃してきたそれらを辛うじて回避した。そして、開きっぱなしだったピックアップトラックの運転席の扉からアタッシュケースを取り出すと同時に、エンジンを始動させる。

 だが、トラックには乗車せず、アタッシュケースをひっつかんだまま猛然と走り出した。

 一方、ダウンの方も、地下から何が来るのか知っていたようで、エレベーターの扉が開きかけた瞬間に車の下に転がり込み、そのまま反対側に出て身を隠していたので無事だった。そして、ヴァイスと同じように肩掛けカバンと長方形のケースを手に取り、ヴァイスとは反対側の扉へ向かって走り出した。

 当然、浩介達はヴァイスを止めようと苦無や銃口を向けるが、寸前で大量の触手が飛び出して邪魔をする。

 その上、

「あ、こうすけっ。あの子達がっ」
「あの野郎っ。最初からこれが狙いかっ」

 まるでエンジン音に反応したように、触手がピックアップトラックを襲い出したのだ。人間の子供の腕程度の太さのくせに、トラック一台を苦も無く一瞬で横転させる。当然、投げ出されたのは子供達が入れられたケースだ。ケースの中でもみくちゃになる子供達が悲鳴を上げる。

 その悲鳴を反応した触手がケースに絡みついた。頑丈なケースのようで、ひしゃげたり貫かれたりはしていないが、エレベーターに向かって引きずられていく。

「ヴァネッサッ、アレンッ。エミリーを!」
「承知です!」
「ああ、もうっ。完全に領分違いですよぉ」

 浩介の指示に従ってエミリーを守るように傍へより、そのままエレベーターから距離を取るようにエミリーを連れて引き下がっていく。飛び込んでくる触手を、大半は浩介が斬り飛ばしているとはいえ、銃弾で的確に吹き飛ばしている二人の技量は流石の一言だ。

 一瞬なら任せても大丈夫だと判断した浩介が、子供達を助けようとする。

 しかし、

「そう簡単にはいかないってねぇ!」
「おまっ、このクソ野郎!」

 扉の向こう側から、ヴァイスがマシンガンを連射してきた。エミリーを狙って。流石に、銃弾で銃弾を撃ち落とすなんて真似は、某魔王にしかできない芸当だ。ヴァネッサにもアレンにも不可能。

 故に、浩介は苦無による結界の展開で凌がざるを得ない。それは、僅かな時間とはいえ足止めされることに他ならず、

「よぉ、アメコミ野郎! ヒーローならヒーローらしく、可哀想ぉなちびっ子達を見捨てるんじぇねぇぞぉ」

 嫌らしく嗤うヴァイスの言葉が響いた次の瞬間――それは飛び出して来た。

 達人が突き出した槍の如く、無数に伸びた触手が天井や壁に突き刺さる。そして、伸縮と反動を利用して、地の底から現れたのは、一言で言えば肉の塊だった。

 ミンチにした肉を、適当に捏ね合わせて一塊にし、そこから適当に触手を生やしまくったような奇怪にして悍ましい、生理的嫌悪感を掻き立てる姿。

 ぶよぶよと蠢き、濁流のように這いあがって来たそれは、肉と体液の飛沫を撒き散らしながらもっとも手近な獲物に覆いかぶさった。――そう、子供達が入れられているケースに。

「そのケースは頑丈だからな、その実験体の成れの果てに呑まれても、少しくらいなら持つだろう。せいぜい気張って助けてやれよぉ。俺等には構わずな?」

 実験体の成れの果て――その言葉通り、肉塊はベルセルクの実験過程で生み出された産物だった。醜い肉塊と成り果てた原因はただ一つ、ベルセルクの効能限界を知るためになされた悪魔のような所業故。

 ベルセルクは肉体的限界を超えるまで強制的に細胞を超活性させ再生を繰り返す。ならば、ベルセルクを与え続けると同時に、健康で若い肉体を与え続ければどうなるのか? 再生に巻き込む形で、元になった肉体と別の肉体と融合させる。それを繰り返す。

 そうして生まれた、もはや生物としての原型すら止めていない最悪の怪物――ベルセルク・キメラ。融合させられた元の生物がなんだったのかなど、もはや分かりはしない。

 地下最奥の実験室から、適当な被検体を使ってエレベーターまで誘導するのには時間が必要だった。だが、ベルセルク・キメラでなければ、超常を操る存在の足止め出来ないと考えたヴァイスの、正真正銘の切り札だった。あの茶番も会話も、ベルセルク・キメラを誘導するための時間稼ぎだったのだ。

 ヴァイスは捨て台詞を吐くと同時に、さっさと扉の向こうへと消えてしまった。ベルセルク・キメラは、子供達のケースを取り込んだあと、間断なく浩介達を狙って嵐のような触手攻撃を続けている。

 それらの全てを防ぎつつ、ギリッと歯を鳴らした浩介の背に、エミリーの震える声が届いた。

「こうすけ、あの子達が……どうしよう! 助けないと!」
「……」

 応えはない。いつもなら、直ぐに自信に溢れた言葉を返してくれるはずの浩介が、即答しない。嫌な予感が膨れ上がる。もしや、浩介をもってしても、もう助けられないのか。ヴァイスに言いようにやられて、終わってしまうのか……

「こうす――ッ」

 エミリーが、泣きそうな顔でそっと浩介の横顔を覗き見た、瞬間、思わず言葉を呑み込んだ。

 いつも飄々としているか、困ったように笑っている浩介。時折見せる真剣な顔、決意の宿る顔、想いを馳せるような顔、その全てを見て来たエミリーだったが、その顔は知らない。

 何もない、“無”の表情など。

 正直、ゾッとした。真っ直ぐにベルセルク・キメラを見つめる感情の宿らない瞳も、ストンと感情の抜け落ちた表情も、まるで浩介らしくない。

「何となく、分かるよ。元の姿なんて分からなくても、何となく分かる。……怖かったよな。痛かったよな。こんな場所に連れられて、そんな有様になって……」

 抑揚に欠ける言葉。そこで、エミリーだけでなく、ヴァネッサもアレンも気が付いた。

 浩介は、“キレている”のだと。エミリーを追い詰める保安局に見せた怒りなんてレベルじゃない。あのときは、取返しがついた。グラント家は健在で既に助けており、マグダネス局長達にも信念があり、研究棟での出来事は事故としての側面も強かった。

 だから、怒っていても、全てではなかった。だが、今は違う。浩介の目の前にあるのは外道の所業。悪意と欲望の権化。分かるのだ。詳細は知らずとも、目の前の肉塊が、なにを材料に作られたのか。分かるのだ。そのとき、誰が泣き叫んでいたのか。

 だから、浩介が抱くものは――憤怒。

「アレン」
「は、はいっ」

 いきなり呼びかけられたアレンがビクンッと反応する。静かに、しかし、確実に浸蝕してくる恐怖に冷や汗を流すアレンに、浩介は抑揚に欠けたままの声音で命じた。

「“あれ”を追え。足止めをしておけ。俺があの子達を助けて、追いつくまで」
「イ、イエスッサーッ!!」

 浩介が小太刀を地面に突き刺して、地を走る炎の道を作る。ヴァイスが出て行った扉まで一直線の、炎の壁に守られた通路をアレンは駆け出した。

「エミリー」
「ひゃ、ひゃいっ」
「教授を追え。ヴァネッサ」
「はい、コウスケさん」
「エミリーを守れ」
「承知です」

 炎が奔る。ダウンが出て行った扉へと。躊躇うようなエミリーの手を、ヴァネッサが掴んで引っ張る。それでも、子供達のことも、そして浩介のことも心配そうなエミリーが振り返ると、浩介はサングラスをかけながら口を開いた。

「安心しろ、エミリー。子供達は助ける。この哀れな怪物は滅する。“あれ”は生まれたことを後悔させる。ダウンだけはエミリーに任せるが、それ以外の奴等も逃がしはしない。だから、行け」
「う、うん、分かった。……こうすけ、あの子達を、お願い!」
「ああ、任せろ」

 ヴァネッサに連れられ、エミリーは走り出した。炎の壁を本能的に忌避していたベルセルク・キメラは、それでも大きく天井へと迂回しながら獲物を捉えようと触手を伸ばすが、その尽くを、苦無の結界で弾き寄せ付けない。

 エミリー達がそれぞれの目標を追って部屋から姿を消した。それを感知し、浩介は、否、深淵卿は、香ばしいポーズを取ることもなく静かに宣言する。

「この憤怒は、きっと弄ばれたお前達のもの。代わりに、俺が無念を晴らそう。だから、どうか安らかに、眠れ」

 憤怒に駆られた深淵卿の、救済の為の戦いが始まった。


いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

さて、前回、クライマックスだと言いましたが……クライマックスの一歩手前でしたね。
一応、テンプレ通り、“黒幕は父親”という香ばしい展開を出せて白米はニヨニヨしてますが、
本当なら一気更新で終わらせたかった。
全ては、現実と会社が悪いんです。ごめんなさい。
来週は連休を貰えたので、最後まで行けると思います。
楽しみにしていただければ嬉しいです。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ