挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から

210/266

いっそ、ひと思いにやってください……

短いです。書き直すか、書き足す可能性大です。

「さて、それでは守護者よ。貴様に選択のチャンスをやろう」

 エミリーとヴァネッサの、渾身の一撃(深淵付き)が決まったあと、マグダネス局長達の傍で監視の目を光らせていた卿は、そんなことを言った。

 武装した男達が死屍累々と転がり、死と闘争の喧騒が過ぎ去った静かな夜に、その声音はよく響いた。少し離れた場所にいるエミリーやヴァネッサ、そして、グラント夫妻もハッとして視線を転じる。

 敵の全滅と、卿の監視(・・)という行為に、僅かに意識が緩んでいた特殊部隊の隊員達も、再び張りつめた空気を纏い始める。

「選択?」

 マグダネス局長が、血の滲む腕を押さえながら、隣の捜査官に支えられて立ち上がる。飛び散った血が頬を汚し、彼女を凄惨に彩っているが、顔をしかめることもなく真っ直ぐに、冷徹な眼差しを卿へと返した。

「そう、選択だ。この場で全滅するか。第二の選択肢を取るか」
「戯言を……私の、いえ、保安局の意志は既に伝えたわ。殺したければ殺しなさい。私という駒が失われようと、この国のシステムに影響はない」

 覚悟は出来ている。感情の乗らない冷たい眼差しが、卿の提案を戯言と切り捨てる。

 だが、卿は“提案”をしたわけではない。

「確かに、お前の死は、この国の決定に大した影響を与えないだろう。だが、生きているお前の影響力は強大だろう? その影響力、国家保安のために使うべきではないか?」
「? どういう……っ、そういうこと。随分な脅迫ね」

そう、それは“提案”という建前を取っただけの、“最後通告”。

 マグダネス局長が死んだとしても、【ベルセルク】の魅力を知ったこの国の上層部が一切の手を引くということはあり得ないだろう。マグダネス局長の後釜が任務を続行するか、あるいは他の機関に移されるだけだ。

 だが、生ける伝説とも言えるこの女傑が、その地位と影響力の全てを使って、【ベルセルク】不要論、あるいは危険論を訴えたとしたら、どうだろうか。自らを国家の犬に過ぎないというマグダネス局長だが、果たして、上層部は彼女の具申を無視できるだろうか。

 卿の予想からして、まず無視という選択はないだろう。

 国を相手に、後始末の手段が乏しい卿としては、マグダネス局長を抱き込み、【ベルセルク】事案を破棄させる方法が、もっとも現実的な手段と言えた。

 もちろん、卿には、この国の上層部から【ベルセルク】に関する一切を忘れさせる手段がある。かの魔王に依頼するのだ。そうすれば、一切合切、全ての事にケリがつくだろう。

 だが、卿はそれを選ばない。卿の矜持が、自ら首を突っ込んだ事柄にもかかわらず、その解決を丸投げするようなことを許さないのだ。なにより、彼を友人だと思っているからこそ、都合のいい存在としての扱いなど出来るはずがなかった。そんなことをすれば、もう、卿は、かの魔王を友人だと、胸を張って言えなくなってしまう。

 故に、卿としては、マグダネス局長自身に、【ベルセルク事件】の終息を行わせるのが最良なのだった。

 そして、その選択が行われない場合は、マグダネス局長なき新たな保安局、否、その背後であるこの国そのものとの戦争となるわけで、

「脅迫とは異なことを。これは宣言だ。そちらがあくまで戦いを望むなら、俺は、この身が塵芥になるまで戦おう。さぁ、守護者よ。その怜悧な頭で想像するがいい。この深淵卿を止めるに、果たして、どれだけの犠牲が必要か」
「……」

 マグダネス局長は無言。言葉を紡ぐこともなく、僅かに周囲へと視線を巡らせる。そこにあるのは、武装した男達の成れの果て。対して、目の前の男は衣服の乱れ一つなし。

 理解の範疇を越えた超常の技を用いる彼の前では、保安局の特殊部隊すら歯牙にもかけられなかった。その言動もまた理解の埒外だったが。

 もっとも、マグダネス局長の思考の中では、勝率がゼロというわけでもなかった。どれだけ非常識な強さを持っていようと、相手が個である限り、組織の前ではじり貧だ。彼女の頭の中では、“組織としての力”を用いた場合の卿殺害のルートが、既に幾つも浮かび上がっていた。

 だが、

「はぁ……」

 深い溜息が吐き出された。マグダネス局長の傍らに控える捜査官が目を瞬かせる様子から、何とも珍しい様子なのかもしれない。

 だが、マグダネス局長の内心を知れば、きっと、そのいっきに疲れが押し寄せたような深い溜息も、仕方のないと同情すら寄せたことだろう。

(魔王の右腕……それに、“帰還者”、ね)

 そう、卿は、宣言していたのだ。自分は、“魔王の右腕だ”と。それはつまり、目の前にいる非常識の塊をして、配下にすぎない(・・・・・・・)ということだ。その魔王という存在が、果たして卿より強力な存在なのか、それはマグダネス局長には分からない。

 だが、ここで、何故か自然と、大した情報ではない(・・・・・・・・・)と思い込んでいた事柄――“帰還者”というワードが浮かび上がると、芋づる式に、戦慄すべき可能性が湧き出してくる。

 一時期、世間を騒がせた帰還者事件。当然、英国の情報部も無視はしなかった。帰還者と呼ばれる少年少女自身というよりも、彼等にオカルト的な匂いを嗅ぎつけた不穏分子の監視と対応という意味合いが大きかったが、英国は確かに【帰還者事件】に注目していたのだ。

 だが、あるときを境に、加熱していたメディアや不穏な動きを見せていた要注意組織が、忽然と動きを見せなくなった。まるで潮が引くようにあっさりと。

(そう、不自然なほどに自然に、あの事件は終息した。そして、私も、情報局も、それを不自然とは感じなかった!)

 卿の存在と、眼前へと置かれた僅かなキーワードが、マグダネス局長の目を覚まさせる。

――超常の力を振るう彼は、帰還者である
――帰還者は、約三十人はいる。
――少なくとも、彼が自らより上と仰ぐ存在がいる。
――自国どころか、ほぼ世界の全てにおいて、帰還者に対する認識が弱い。
――認識が弱いことに、不自然さを抱けない

 なんだこの状況はと、マグダネス局長は思う。一個人を相手に、なんて前提は、余りに楽観的な推測だ。

「一つ、聞かせてちょうだい。あなた達(・・・・)の中で、あなたはどの程度のものなのかしら?」

 聞いたところで、余り意味はないと思いつつも、マグダネス局長は尋ねずにはいられなかった。一度は世界中の注目を集めていながら、その世界の全てから隠れおおせている“彼等”のことを、その一部でも、知りたかった。

 卿は、マグダネス局長の質問に「ふむ」と顎を撫でながら少し考える素振りを見せると、オーバーリアクション気味に肩を竦めて答える。

「仲間内では、トップクラスであると自負しているよ。しかし……」
「しかし?」

 もったいつけるような卿に、しかし、マグダネス局長は苛立ちを見せることもなく静かに尋ね返す。そんな彼女へ、卿は、胸を張って、自慢するように、言った。

「我等の魔王と、その奥方達と比べれば、足元にも及ばない。一対一で、全身全霊、持てる手札の全てを出し切っても……傷一つつけるので精一杯だろう」
「……そう」

 特殊部隊の隊員達が僅かにざわめく。自分達を半壊に追いやった相手をして、掠り傷しか負わせられない相手が、まだバックに控えているというのだ。それも、複数人。しかも、奥方達(・・・)だ。奥方達だっ! 隊員達のトリガーにかかる指先が震える! なんてうらやま――恐ろしい!

「もっとも、お前達では、そもそも戦いになることすらないかもしれないがな」

 追撃のように補足された内容に、マグダネス局長は確信する。やはり、認識すら誘導されている、と。その確信は、再び、深い溜息となってマグダネス局長の口から漏れ出した。

 そして、心の天秤に問いかけて苦笑いを浮かべる。

「確かに、【ベルセルク】を兵器転用するメリット程度では、割に合わないようね。ちなみに、交渉の余地はあるのかしら?」
「ない」
「あなたの敬愛する魔王様とやらに、お伺いを立てなくていいのかしら?」
「無論」

 にべもない。三度、マグダネス局長が溜息を吐いた。

「【ベルセルク】の効力と有用性は、既に上層部には周知されているわ。私が反対論を唱えたとて、本件が終息するとは断言できない。理論武装は得意な方ではあるけれど、あなたの存在を抜きにするなら、確実とは言えないわね」
「暗に、俺と、俺の背後にある情報を晒せと言っているのか? 学べよ、守護者。この世には、知るべきでないことがある。……つか、あいつ等のこと教えたら俺もあんたらもマジヤバイから。特に、嫁~ズに手を出したらマジ終わるから。この国終了しちゃうから。知っちゃったら、絶対に馬鹿する奴が出て、この国が地図から消えちゃうか――ごほんっ。とにかく、我等のことを教えるつもりはない」
「……」

 なにやら素が出たっぽいアビスゲート卿。黒装束とサングラス越しでも分かる一瞬のガクブル。マグダネス局長他、隊員達は慄然とする。この非常識な存在が、思わず素に戻っちゃうくらいビビるなんて、どんな存在なんだ!? と。

「んんっ、そ、それで、返答はいかに?」

 気を取り直すように、わざとらしく咳払いをした卿が、再度、選択を迫った。マグダネス局長の頭は、今、この瞬間も目まぐるしく国にとっての最善解を模索していたが、彼女は自分でも既に答えが出ていることを自覚していた。

 国家保安こそが、シャロン=マグダネスの全て。

 ならば、それを追求した道の先に、未知の、それも国家転覆の可能性すらある強力無比な組織との戦争があるなど、本末転倒もいいところだ。少なくとも、現時点を持って情報力と戦力では圧倒されているのだから。

 長い沈黙が訪れた。マグダネス局長の冷徹な視線が、真っ直ぐに卿を貫く。

 卿もまた、真っ直ぐにマグダネス局長を見つめ返した。腕をクロスさせながら。

 どれくらいの時が経ったのか。いつしか、エミリーとヴァネッサが卿の傍に寄り添い、隊員達がマグダネス局長と卿を緊張した眼差しで交互に見始めた頃、遂に、運命を決する言葉が紡がれた。

「…………いいわ。【ベルセルク】は制御不能。特効薬の精製は不可能。このままでは環境適応により空気感染の可能性が高く、その場合の被害は甚大。……こんなところでどうかしら? もちろん、味付けはもっとしっかりとするけれど」
「素晴らしい。アルツハイマー病と戦うエミリーの国で、上層部全員が同じ症状になるなど洒落にもなっていない。貴殿の英断に敬意を」
「光栄でもなんでもないけれど、あなたが理性的であったことは不幸中の幸いだと思うわ。……正直、言動はいかがなものかと思うけれど」

 最後にボソッと呟かれた局長さんの言葉。きっと、負け惜しみ半分、本音半分だろう。

 卿は聞こえなかった振りをしながら、その視線を傍らのエミリーへと向けた。大切な人を死に追いやった原因の一つをぶっ飛ばして、多少は紛れたであろう気持ちも、やはり、その元凶たるマグダネス局長に対しては些かの衰えもない憎悪の炎を向けている。

「エミリー。聞いた通り、この事件を終息させる一手を手に入れた。だが、この方法が、君にとって本意でないことは理解しているつもりだ」
「……うん」

 エミリーが、卿の袖をギュッと掴んだ。きつく引き結ばれた唇は今にも噛み切られてしまいそうだ。その姿が、何よりも雄弁に、「こんな奴等、みんな死んじゃえばいいのに!」という彼女の内心をあらわしている。

 そんなエミリーへ、卿は問いかける。

「力になると言ったのは俺だ。だから、エミリーが復讐を望むなら、彼等に刃を抜こう。エミリーは、どうしたい」

 この期に及んでの卿の言葉に、話がついたのだと安堵の吐息を漏らしていた隊員達の表情が強張る。マグダネス局長だけは、まるで裁定を待つ罪人の如く、静かな眼差しをエミリーへと注いでいる。

 エミリーの、卿の袖を掴む手の力が更に強くなった。俯き、大きな感情を堪えるように小さく震える姿は、いっそ痛々しいとも言える。だが、そんなエミリーから発せられた最初の言葉は、その場の誰もがハッとするほど強く、凛とした響きを持っていた。

「舐めないで」

 顔を上げたエミリーの眼差しが、卿の肩口から真っ直ぐに向けられる。互いの吐息がかかりそうな距離で、エミリーはその瞳に、憎悪以外の輝く光を宿す。

「先に話をつけてから、私にそんな質問をするなんて、私を試してるの? もう一度、言うわ。舐めないで、こうすけ。私は、病に苦しむ誰かの力になりたくて、一人でも多くの人を生かしたくて、この道を進むと決めたの。そんな私が、あなたの掴み取ってくれた最良の道を踏み躙るなんてするわけない!」

 少女の声が響き渡る。その意思が、波紋のように広がる。それはきっと、マグダネス局長が見せた、国家保安の意志にすら負けないほどのもの。

「それに、自分のために、誰かに人殺しを委ねるような厚顔無恥を、私は持ち合わせていないわ。ずっと、ずっと助けてくれたヴァネッサにも、関係なんてないのに、力になるって言ってくれたこうすけにも、そんな酷いお願いなんて、絶対にしない!」

 キッと釣り上がったキャットアイ。胸を焦がす憎悪を抱きながら、しかし、彼女は道を違えなかった。それは紛れもなく、この直ぐに小っちゃくなる、怖がりで、意地っ張りで、だけどとても真っ直ぐなこの女の子の、紛れもない強さだろう。

 卿の口元に薄っすらと笑みが浮かぶ。先程まで浮かべていたような不敵なものとは異なる、どこか淡い、優しい笑み。自然、卿の手がエミリーの頭に伸びた。ポンポンッと軽い感触が、エミリーに伝わる。

「エミリー。やっぱり君は、いい女だな」
「…………………………ぼぇ!?」

 数瞬の硬直。ついで、何を言われたのか理解し完熟トマトへ。付け合わせは奇怪な驚愕の声。そして、自分がちょっと背伸びすれば唇が触れそうなほど至近距離まで顔を近づけていることと、卿の腕をギュッと掴んでいることに気が付いて、あわわ、はわわとしながらヨタヨタと後退った。

 そして、何故かサムズアップしているヴァネッサと、何ともいえない表情を浮かべているマグダネス局長や隊員達、そして、妙に生暖かい眼差しを送って来る家族に気が付いて……「み、みないでぇ!」と言いながら小っちゃくなった。しゃがみ込み、両手で頭を抱え、羞恥にぷるぷる震える姿は、まさに小動物。

 そんなエミリーに微笑ましそうな笑みを浮かべた卿は、その視線をマグダネス局長へと戻す。

「そういうことだ。この国の安全のためにも、どうか守護者殿。死にもの狂いで国を説得してくれ。努力評価はない。結果が全てだ。たとえどのような形でも、この子や周りの人間を傷つけるようなことになれば――深淵が全てを呑み込むと知れ」
「……承知よ」

 最後の一言に込められた尋常ならざる殺気とプレッシャーに、マグダネス局長は静かに頷いた。そして、後始末として、この場に人員を派遣することと、キンバリーの背後にいる組織について、話し合いの場を設けたいとの申し出を行った。

 確かに、転がる死体を放置することは出来ないし、エミリーを完全に救うには、キンバリーの背後の組織のことは知る必要がある。なので、卿は、その申し出を受けつつ、一つ、彼等に事実を伝える。

 それは、死体袋の数は、キンバリーの仲間の分だけでいいというもの。そう、実は、特殊部隊の隊員達は、皆、手足の腱を斬られたり、内臓に酷いダメージを受けていたり、重傷ではあるものの、誰一人として致命傷は喰らっておらず、死んでいなかったのである。

 最初から、この事態の終息方法の一つとして、保安局を抱き込む方法を考えていた卿は、後腐れをなるべく残さないよう、彼等を生かしておいたのだ。もっとも、その事実は、仲間の生存という歓喜と同時に、それだけ手加減されてなお半壊させられたという恐怖で、隊員達の精神を凹ませたのだが……卿にとっては些細なことだ。

 さて、一応の、保安局との協力関係を築き、ひと段落が済んだこのとき。

 卿は、否、浩介は聞いた。サーという音を。己の体内から。どうやら、血の気が引く音というのは、リアルに聞こえるものらしい。

 浩介の手が、小さく震えながら、ゆっくりとサングラスに伸びる。そして、カタカタとサングラスを揺らしながら、これまたゆっくりと外していった。

 中から現れたのは、これ以上ないほど引き攣った表情。

 マグダネス局長の指示を受けて、人員派遣の連絡を取っている捜査官以外の全員が、先程までの異様な雰囲気が消えて、淡い月明りでも分かるほど青い表情をした浩介に注目する。

 浩介は、無言で、しかし、誰が見ても分かるほど死に切った瞳で、さっと踵を返すと、ふらふら、よたよたと歩き出し、やがて建物の壁と階段の隙間に身を寄せて小っちゃくなった。まるでエミリーちゃんのように。

 何事かと目を丸くしている人達の前で、浩介は膝に顔を埋めると小さく、しかし、はっきりと呟いた。

「誰か、いっそひと思いにやってください……」

 倉庫街の中心で、介錯を願う。

 無双の代償はあまりに大きかったようだ。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

本当は、浩介に戻ったときの絡みをもっと書きたかったのに、時間がぁ~。
4月の仕事はマジやべぇ。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ