挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から

205/261

ミスターKじゃないけど、力になるよ

ちょい遅れました。
すみません。
 キンバリーが、悲鳴と怒号と獣のような咆哮が飛び交う階下へと辿り着いたとき、そこには既に地獄絵図が顕現していた。

 女も男も関係なく、凶悪なまでに肥大化し、強化された怪物達が、本能のままに周囲の全てを蹂躙している。

 最初に、【ベルセルク】を浴びたのは数名だが、咆哮と共に撒き散らされた体液や、噛みつき行為、警備員の発砲による血液の飛散が、ネズミ算的に感染者を増やしていく。

 少量の【ベルセルク】なら、数日前に街中で暴れた青年のときのように、周囲に感染者を出すほどではなかっただろう。しかし、今回、最初に感染した者達は、原液の大量摂取をしている。間接的な感染は、それだけ【ベルセルク】の効能が下がっていくはずであるから、このまま感染爆発が起きるような心配はないだろう。

 しかし、それでも、三次感染、四次感染くらいは覚悟する必要がある。何より、最初に原液を摂取してしまった者達は、今、この瞬間もどこかに散らばって二次感染者を増産しているのだ。

 地獄は、今、始まったばかり。

「くそがっ。これじゃあ、マジでB級映画じゃねぇかよ」

 キンバリーは悪態を吐きながら、たった今、小柄な女生徒を腰から逆に(・・)圧し折った狂戦士へと銃口を向けた。刹那の内に、命を刈り取る弾丸が連続して発射される。

 ベルセルク化した元学生は、真っ二つに折られるという想像を絶する死に方をした女生徒を適当に放り投げると、その丸太のような腕で頭部を庇いながらキンバリーへと急迫する。

 キンバリーの弾丸は、正確にベルセルクの頭部へと飛翔したがために、その筋肉の鎧であっさりと塞き止められてしまった。肉が弾け、血が飛び散るが、それだけだ。傷口は直ぐに再生を始め、突進の勢いは僅かにも衰えない。

「九ミリじゃ豆鉄砲かよっ」

 咄嗟に、ヘッドスライディングの要領で前方へと飛び込んだキンバリーの頭上を、死と狂気の豪風が駆け抜ける。股下を抜けて回避したのだ。

 キンバリーは、滑りながら一瞬で仰向けに反転し、そのままベルセルクの後頭部に向けて引き金を引いた。連続した発砲音と共に、電灯が割れて薄暗くなっている廊下にマズルフラッシュが瞬く。

 同時に、ベルセルクの後頭部から頭皮と血肉が飛び散った。突進中に後頭部へ強烈な衝撃を喰らったベルセルクは、そのまま前のめりに倒れて廊下を滑る。

「頭部以外、弱点はないってのは聞いちゃいたが……想像以上に厄介だな」

 流れるようにマガジンを交換しながら立ち上がったキンバリーが、苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

 直後、

「ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」
「っ!? くそっ、感染していたか!?」

 キンバリーの背後で、先ほど真っ二つに圧し折られた女生徒が絶叫を上げながら起き上った。見れば、彼女の顔はかなり濡れている。おそらく、掴まったときに雄叫びと共に飛び散った唾液を大量に浴びたのだろう。

 完全な変貌を遂げる前に、キンバリーは止めを刺そうと銃口を向ける。が、その引き金が引かれる前に、背後から死の気配が吹き付けた。

「ッ!?」

 本能の命ずるまま、キンバリーが横っ飛びをすれば、刹那、振り下ろされる戦槌の一撃。そう見紛うほどの拳の一撃が、床に蜘蛛の巣状の亀裂を作る。

「仕留めそこなったかっ」

 そう、キンバリーを背後から強襲したのは、先程のベルセルク。実は、キンバリーの弾丸は、彼の頭蓋を貫くには角度が悪く、頭蓋の表面を滑って頭皮を削るに終わっていたのだ。

 そして、最悪なことに、機を逸したキンバリーの目の前で、二体目のベルセルクが変身を終える。

「やべぇ……」

 無意識に呟かれた言葉。キンバリーのこめかみを冷や汗が流れる。それほど広くはない廊下で、前後をベルセルクに挟まれた。その危機的状況に、キンバリーの頬がヒクヒクと引き攣る。

 と、そのとき、不意に激震が走った。凄まじい轟音と同時に、少し離れた場所の廊下の壁が吹き飛び、そこからベルセルクが飛び出して来たのだ。但し、ベルセルク自身が意図して粉砕したわけではないようだった。ベルセルクがもんどりうって飛び出し、無様にも転倒して反対側の廊下に頭を打ち付けていたからだ。

 まるで、突進の勢いを利用されて、そのまま壁に激突し飛び出してしまったかのよう。その推測が間違いでないことは、直後、その崩壊した壁から飛び出して来た白衣の男により証明された。

「ベルセルク相手にマタドールの真似事は、肝が冷えるよ」

 そんな軽口を叩きながら、起き上がろうとしたベルセルクの腕を蹴り払い、バランスを崩したところをゼロ距離射撃で頭部を穿って確実に仕留める。糸の切れた人形のように崩れ落ち、白煙を噴き上げながら枯れ果てていくベルセルク。白衣の男は、念入りなことに、背中から心臓位置へ弾丸を送り込んだ。

「ガァアアアアアッ!!」
「おっと。チキチキレースはもう勘弁だよ」

 キンバリーを狙っていたベルセルクの一体が、咆哮を上げながら白衣の男へ突進しようとした。直後、ふわりと宙を泳ぐ黒い物体。

「ちょっ、馬鹿野郎っ」

 キンバリーが慌てた様子で身を伏せた。刹那、薄暗い廊下に強烈な閃光が蹂躙した。白衣の男がフラッシュバンを使用したのだ。

 キンバリーが、ベルセルクのすぐ傍で無防備に蹲るという行為に冷や汗を流しつつ、必死に視覚を庇っていると、閃光が満たす廊下に銃声が四度轟いた。同時に、ドサッと重いものが倒れる音が二度響く。

(この状況で、狙い撃ちやがったのか!?)

 内心で戦慄の声を上げるキンバリーは、白衣の男の技量に冷や汗を掻きつつ、しかし、僅かに感じた気配を頼りに一気に飛び出した。

「うわっ、あぶなっ」
「チッ、外したかっ」

 閃光は既に沈静し、薄暗い廊下が戻って来た。ベルセルクが倒れ伏す中、交差するようにすれ違った二人が相対する。ベルセルクをあっさりと三体も屠った白衣の男が、そのままキンバリーの前を通って廊下の先へ行こうとしたところを、キンバリーが隠し持っていたナイフで強襲したのだ。

 もはや、捕えて何者なのか尋問することは、彼我の実力差から不可能と悟ったキンバリーは、このまま逃げられるくらいなら殺して死体から少しでも情報を探ってやろうと考えたのである。

 しかし、その殺意を乗せた攻撃は、あっさりとかわされた。思わず舌打ちするキンバリー。

 もっとも、流石に、フラッシュバンで多少なりとも目を焼かれ、未だ目を瞑ったままだったキンバリーが直観で攻撃してくるとは思わなかったのか、白衣の男は少々痛い情報を晒してしまったようだ。

「っ、……お前、その顔」
「……げっ、やっば!? あぁ、見てないことにしない?」

 やっぱり軽い口調の白衣の男。その顔は、キンバリーのナイフが掠った頬のところからベロリと剥がれていた。しかし、流血はない。剥がれた皮膚の下に、無傷の皮膚が覗いているのだ。

 明らかに、高度な技術を用いた変装用のマスクだった。程度の低い組織では用意できないレベルだ。

(待て、待てよ。たかだか大学の研究施設に盗み入るのに、このレベルの変装? 面割れを極度に警戒している? おまけにベルセルクの存在を把握していて、このタイミングで行動を起こし、俺が相手にならないレベルの手練れがいる組織?)

 キンバリーは、変装の事実を晒した失態に「オーマイ、ゴッドォ!」と大袈裟に頭をかかる白衣の男をマジマジと凝視した。そして、手持ちの情報を前提にして、その言動に感じる既視感……

「お前……まさか……」

 白衣の男の正体を察したキンバリーは目を丸くする。白衣の男は、そんなキンバリーの様子に、いよいよ焦りを見せた。小さく「ただでさえ大失態をやらかして、クビの危機なのにっ、これ以上はマジ勘弁!」と踵を返した。

「待てっ」
「待たない! もう収拾つかないし! 最初のベルセルクは全部片付けたから、あとはよろしく! 連帯責任ってこと!」
「ふざけっ――」

 追跡しようとしたキンバリーだったが、白衣の男はあっという間に廊下の奥へと消えてしまった。しかも、タイミングの悪いことにベルセルク数体が反対側の廊下から姿を現したため、足止めを余儀なくされる。

「くそったれにB級だぜ。あっちもこっちも、やりたい放題だな」

 苦み走った表情で、キンバリーは,咆哮と共に突進してきたベルセルクを横目に上階への階段を駆け上った。

 せめて、金のなる木というべき、ベルセルクの創造者である少女を確保するために。


~~~~~~~~~~~~~~


 一方、ベルセルク達が絶叫を上げ始めた頃、エミリー達は困惑と不安と焦燥に苛まれながら、部屋から出て様子を見に行くべきか否か、それとも、これがロド達の起こした陽動だと判断して研究棟を出るか、判断に迷っていた。

 少なくとも、先程のキンバリーの様子や、その後、彼が代わりの護衛として呼びつけた二人の護衛官が、エミリー達の護衛を放り出して慌てたようにどこかへ駆け出してしまった時点で、計画していた陽動ではないだろう。

「……みんな、脱出しよう」

 重苦しい空気の中、ダウン教授が決断する。ヘドリックが反射的に異議を出そうとするが、それが言葉になる前に、ダウン教授が言葉を重ねる。

「ロド達が起こしたにしては、どうにもおかしな雰囲気だ。別の何かが起きているのかもしれない。だけど、捜査官達の目が別のところへ向いているのは確かだ。機を逃すべきではないと思う」

 その言葉に、エミリーやヘドリック達は互いに顔を見合わせた。そして、不安を覚えながらも、ダウン教授の提案に頷く。

 そろりと部屋の扉を開けて、廊下に異常がないことを確認しエミリー達が外にでる。階下から激しい喧騒と衝撃音が響いてきて、エミリーは思わず身を竦めた。小さな怯えを見せるエミリーに、ヘドリックはいつもの優しい微笑みを見せながら、少し身を屈めてエミリーと視線を合わせる。

「大丈夫だよ、エミリー。僕達がついている。きっと、全部、上手くいくから」
「先輩……」

 不安そうではあるが、コクリと素直に頷くエミリーの頭を、ヘドリックは励ますようにクシャクシャと撫でる。

「ちょっとリック。エミリーの髪をくちゃくちゃにしないでよ。まったく、女の子の扱いってのが分かってないんだから」
「おいおい、リシー。ヘドリックに女心が分かっていたら、お前等とっくに結婚でき――」
「バカマイロッ、その口を閉じなさい!」

 へぶぅっと陽気な留学生マイロが、リシーのビンタを食らって半回転する。が、そのままくるりともう半回転して正面に戻り、ニマニマとした笑みをリシーへと向けた。リシーの額に青筋が浮かぶ。

 どんなときでも気のいい先輩――否、姉と兄達のやりとりにエミリーの不安も少しは拭われた。心の中で「ありがとう」とお礼を言いながら、言葉に代わりに力強い笑みをもって返す。

 エミリー達は、階段の前にやって来た。

「それじゃあ、ヘドリック、リシー、マイロ。研究資料や薬品の回収は頼んだよ。私とエミリーは一足先にここを離れる。集合場所で会おう」
「はい、先生」

 ダウン教授の指示に、決然とした表情で返事をするヘドリック。リシーやマイロも同じように頷く。

 そうして、ヘドリック達は上階へ、エミリーとダウン教授は階下へ、それぞれ進もうとしたそのとき、ズシンッ、ズシンッと、何か重いものを床に打ち付けるような音が階下から響いてきた。

「なんだ?」

 ヘドリックとマイロが、互いに顔を見合わせると、恐る恐るといった様子で階段の下を覗き込む。その間も、重い響きは、規則正しく振動を伝えながら徐々に大きくなっていく。

「な、なぁ、ヘドリック。俺さ、前に、映画で、こういうシーンを見たような気がするんだけど……」
「へ、へぇ? 奇遇だ、ね。ぼ、僕も覚えがあるよ」

 冷や汗が噴き出る感覚を味わいながら、階下から視線を外せない二人は、しかし、息を合わせたようにポツリと呟いた。

――ジュラッ○ックパーク

 と。

「冗談じゃなねぇ。なんで、だよ。なんで、こいつが……」
「は、はは。Tレックスと、どっちがマシ、かな……」

 マイロが、遂に姿を見せたそれ――ベルセルクに慄くように後じさり、同じく後じさりながらヘドリックが乾いた笑い声を上げる。

 直後、空気が破裂するような絶叫が上がった。

「ッ、逃げろっ」

 ヘドリックの喉が張り裂けんばかりの警告の声。マイロが弾かれたように我を取り戻し、同じように硬直していたエミリー達も踵を返して廊下を走り出した。

「反対側の階段から下に!」
「いや、エレベーターだ! 乗るんだ!」

 リシーが研究棟の端にある別の階段を口にする。対して、ヘドリックが途中にあるエレベーターの階数表示を見て咄嗟に方針変更を伝えた。

 エミリーが飛びつくようにエレベーターのボタンを押す。エレベーターは一つ上の階にある。ボタンを押すと一拍後には作動する音が響いた。数秒もすれば、エミリー達はエレベーターに乗れるだろう。だが、今はその数秒が、まるで永遠のように感じられる。

「早くっ、早くっ!!」

 エミリーが焦燥を浮かべながらボタンを連打する。

 咆哮が響き渡った。階段を上り、エミリー達のいるフロアに出て来たベルセルクが、その血走った眼にエミリー達の姿を映す。そして、再び絶叫。ただし、今度はフロアを揺るがす突進と共に。

 同時に、エレベーターの扉が開いた。雪崩れ込むように中へと入り、縋り付く勢いでボタンを押す。ゆっくりと締まり始める扉の、なんともどかしいことか。しかし、間に合った。

 扉が閉まりきる寸前、隙間からベルセルクの凶相が覗き、拳が迫ったが、扉は閉じ切った。その扉に、轟音と衝撃が走る。大きく凹んだ扉に、マイロとヘドリックが尻餅をつく。

 リシーは口元を手で覆って信じられないといった表情だ。そして、ダウン教授は、「ありえない。こんな……何が起きて……」と呆然としている。

 エレベーターの階数表示がゆっくりと階下へ向かう中、エミリーが焦燥を孕む声音で言葉を漏らす。

「警察に、警察に連絡しなきゃ。それから保安局にも。それから、それから、研究棟を封鎖して……でも、封鎖の方法が……」

 その声で、ハッと我を取り戻したヘドリック達。自分が呆然自失としている間にも、妹分はすべきことを必死に考えている。その事実が、彼らに幾分かの冷静さを呼び戻した。

「何があったのか分からないけど、ロド達が【H3-α4】――いや、【ベルセルク】をばら撒くとは思えない。とにかく、一度、外に出て警察とかに連絡を取ろう。武装した人員を送ってもらわないと……」
「……だな。どれくらいの【ベルセルク】が撒かれたのかは分からねぇけど、外に出たらとんでもないことになる」
「デニス達、無事かしら……。保安局の方は、きっとウォーレン捜査官が連絡してくれてると思うけど」

 必死に自分を落ち着かせながら話し合うヘドリック達。やがて、エレベーターが一階に到着した。扉が開き、少し離れた場所に清掃員の姿で武装した男達がいるのも見つける。おそらく、保安局の護衛官だろう。

 そう判断し、僅かな安堵を覚えながら、マイロが助けを求めるべくエレベーターから飛び出した。

「あんたら! 助けてくれ! 上にベル――」

 マイロの姿が消えた。

「え?」

 それは誰の呟きか。ヘドリックがふらふらと覚束ない足取りでエレベーターから出て、視線を右に向けた。

 分かっていたのだ。マイロが外に出た直後、大きな何かが横からマイロを掻っ攫ったことは。その何かが――ベルセルクであることは。

「あ、ぁ、あぁっ」

 ヘドリックの震える声が響く。その目は大きく見開かれ、腰が抜けたようにへたり込んだ。視線は逸れない。逸らすことができない。

 頭を叩き潰された友人の姿から、逸らすことができない。友人に馬乗りになりながら、狂ったように巌のような拳を叩きつけている怪物から、逸らすことができない。

 マイロの命を、あっさりと奪った狂戦士の咆哮が響き渡った。それはまるで勝利の雄叫び。

 護衛官達が発砲する。そこへ、更に二体目、三体目のベルセルクが現れる。

「先輩!」
「リックッ」

 恐慌に陥ったように銃を乱射する護衛官達。いくつかの弾丸が、エレベーターの近くを穿ち、それでも友人の無残な姿から目を逸らせず硬直したままのヘドリックに、エミリーとリシーが飛びついた。そして、そのまま二人がかりで引きずり、エレベーターの中へ引き込む。

「マイロが、マイロがっ」
「リックッ、しっかりして!」

 頭を抱えてパニックに陥りかけるヘドリックを、リシーが叱咤する。強烈な平手が、ヘドリックの頬へ飛んだ。頬に走る痛みと、目の前で今にも泣きそうなリシーの表情で、我を取り戻すヘドリック。

「今は……ダメよ。まだ、折れちゃダメ。生きること、助けを求めること、それから……私達の妹を守ること! 今は、それだけを考えて! お兄ちゃんでしょ!」
「リシー……ああ、そうだね。ごめん」

 立ち上がったヘドリックは、エレベーターの隅に佇む妹分へと視線を向けた。

(まるで、死人じゃないか。くそっ、リシーの言う通りだ。僕がしっかりしなくてどうするんだっ)

 色を失った表情のエミリーの姿は、確かに、まるで棺桶の中の人だ。ずっと、家族のように接してきたヘドリックには、エミリーを今にも押し潰そうとしている罪悪感が手に取るように分かる。

 自分の作った薬品が、多くの人を怪物に変えてしまった。そして、その怪物が、遂に、自分が兄と慕う一人を、殺めてしまった。それは、エミリー自身が殺したことと、何が違うのか……

 もちろん、ヘドリック達からすれば、それはお門違いもいいところだ。だが、きっと、「エミリーのせいじゃない」なんて言葉では、罪悪感に溺れるエミリーの心には届かないだろう。

 だから、

「エミリー、力を貸して欲しい」
「え?」

 ヘドリックはエミリーに嘆願する。

「ベルセルクを止められるのは、エミリーだけだ。僕達では、対抗薬はきっと作れない。全てを把握し、僕達には思いもつかない閃きを持つ君だけが、僕達が(・・・)生み出してしまった怪物を止められるんだ」
「先輩……」
「頼むよ、エミリー。僕達を、みんなを、助けてくれ。君の力を、貸してくれ」

 立ち止まっている暇はない。罪悪感に溺れている暇なんてない。エミリー=グラントの全力を振るってくれ。そう願うヘドリックに、エミリーは、その本当の意図に気が付く。

 エミリーの猫目が、更にキッと釣り上がった。よれた白衣の袖でゴシゴシと目元を拭い、バチンッと音が鳴るほど強く己の頬を叩く。そして、コクリと、ヘドリックに頷いて見せた。

 エミリーの眼差しに、眩しそうに目を細めたヘドリックは静かに頷き返し、そして一度、自分達の研究室の様子を見てみることを提案した。デニス達が戻っているかもしれないのと、ウォーレン捜査官が戻っている可能性を考えてだ。

 もちろん、先程のベルセルクが未だいる可能性はある。故に、いつでも直ぐにエレベーターの中へ避難できるよう警戒は怠らない。

 しかし、ヘドリック達がエレベーターから顔を覗かせ、その視界に収めたのは――悲劇だった。

「サ、ム?」
「あ、え、あ……うそ、でしょう?」

 狂戦士へと成り果てたサムの姿と、その彼に首を圧し折られて宙吊りにされているジェシカの姿。そして、その脇で血の海に沈むデニスと、壁にもたれながら座り込むロドの姿。――まるで、悪夢そのものだった。

 直後、いつでも逃げられるようにと、エミリーが手で押さえていたエレベーターに突然の衝撃が走った。ズシンッと、エレベーターの上から何かが落ちて来たのだ。衝撃で、エレベーターが嫌な音を立てながら下へと沈み込む。

 同時に、咆哮と衝撃がエレベーターの天井を叩いた。その度に、沈み込んでいくエレベーター。天井の外に、ベルセルクが侵入しているのは明らかだ。

「っ、エミリー! 先生! 早く外に!」

 ヘドリックとリシーが慌ててエミリーとダウン教授に手を差し伸べる。まるでギロチンのように狭くなっていく入口に、エミリーもダウン教授も死に狂いで這い出した。

 次の瞬間、遂に耐久限界を超えたエレベーターが悲鳴を上げながら階下へと落下していく。開きっぱなしのエレベーターの淵に、天井に乗っていたベルセルクが手を伸ばしてしがみついた。

 慌ててエレベーターの淵から離れるエミリー達だったが、それだけの騒ぎを起こして、かつてサムだったベルセルクが気が付かないはずもない。

 ジェシカを人形のように投げ捨て唸り声を上げるサム。そして、エレベーターから這い上がって来ているベルセルク。

 絶対絶命の状況において、突如、銃声が鳴り響いた。

「ちくしょぉおおおおおっ」

 そんな狂乱するような雄叫びと共に、サムへと引き金を引いているのは――ロドだった。立ち上がる力もないのか、壁にもたれて座り込んだ姿勢のまま、おそらく死亡した護衛官から拝借したのだろう拳銃の引き金を引いている。

 エミリー達に気を取られていたサムは、不意を打たれたようだ。ロドへと振り向きかけたその瞬間には、連発された弾丸の一発に側頭部を穿たれ倒れ込んだ。白煙を上げながら、急速に萎れていく。

 大切な仲間の、見るに堪えない姿に、ヘドリック達は言葉もなく、そして、それを成したロドは泣きながらもう一度「ちくしょう……」と呟いた。

「ロドお兄ちゃん!」
「ッ、ロド!」

 エミリーが飛び出す。力なく拳銃を取り落としたロドへと駆けていく。ヘドリック達も慌ててロドのもとへ駆け寄った。

 途中、ヘドリックが倒れているデニスの容態を見るが……こめかみに一発。既に事切れていた。そして、ゆっくりとだが干からびていく姿に、デニスが既に感染していたことを察する。

「……デニ、スは、自分で、やったんだ。サムの血を、浴びちまって……、途中で、銃を……拾って……だから、怪物になるのは、まっぴら御免だって……自分で」

 息も絶え絶えのロドの、虚ろな瞳がデニスに向けられる。どうやら、デニスは自分で始末をつけたらしい。いつも、会えば喧嘩ばかりのロドとデニスだったが、全くちっとも馬なんて合わなかったが、それでも“親友”だったのだ。ロドの胸中を巡る想いは、とても言葉では表現できないだろう。

「馬鹿デニスめ。……向こうに逝ったら……また……喧嘩だ。……たたき、のめして……やる」
「もういいっ、しゃべるな、ロド!」
「ロドお兄ちゃん! ダメ、ダメだから! 死んじゃダメ!」
「馬鹿ロド! しっかりしなさない!」

 縋り付くエミリー達。ロドはごふっと吐血しながら、苦笑いを見せた。その顔には死相が浮かんでいる。陥没した胸や、変色する腹部を見れば、内臓が致命的な被害を受けているのは明白だ。

 誰がどう見ても、ロドは、もう助からない。

 ロド本人も、それが分かっているのだろう。悟ったような静かな眼差しをしながら、震える手でエミリーの頭を撫でた。

「……ごめ、んなぁ、エミリー。俺達の、せいだ……俺達が、余計な……こと、しちまったから……ただ、なんとかしたくて……ほんと、ごめんなぁ」
「違うっ。ロドお兄ちゃんのせいじゃない! 私が、私がっ」

 ロドの手がするりと落ちた。

――ちゃぁんと、生きろよぉ

 それが、ロドの最後の言葉だった。

 呆然とするエミリー達。ついさっきまで、笑い合っていた大切な家族も同然の仲間が、今は、もういない。その事実を、現実を、受け入れられない。

 だが、現実はエミリー達の心情など慮ってはくれない。

 エレベーターから這い上がったベルセルクが、その姿を見せた。血走った眼光は、疑いの余地一切なく、エミリー達という獲物を捉えている。

 ヘドリックが立ち上がった。そして、デニスが未だ手に持っている拳銃をゆっくりと引き抜き、弾倉を確かめる。ヘドリックは、エミリー達を振り返らずに、言葉だけを届けた。

「僕が、なんとかあいつを引き付ける。その間に、逃げるんだ」

 何を言っているんだと、思わず声を張り上げそうになったエミリーとリシーだったが、ヘドリックは反論を許さなかった。

「行くんだっ。あとで必ず合流する!」

 そう言って、自らベルセルクへと突進する。エミリーが、「先輩っ」と叫んで飛び出そうとするが、それをダウン教授が羽交い締めにして止めた。暴れるエミリーだったが、「ヘドリックの想いを無駄にするのか!」と怒鳴られて力が抜ける。

「……行くわよ!」
「なっ、リシー姉!?」

 廊下の先で、ヘドリックが銃撃しながらスライディンの要領でベルセルクの脇を抜けた。そして、再度発砲して注意を引き付ける。ベルセルクが踵を返してヘドリックを標的に定める中、怪物を挟んで、ヘドリックとリシーの視線が交差する。

 それだけで、十分だった。

 リシーは、エミリーの手を掴むと踵を返した。ヘドリックを想っているはずのリシーの行動に、信じられないと言った表情をするエミリーだったが、リシーの唇から流れる血に、噛み締められた唇に、その想いを察して口を噤んだ。

 ヘドリックが廊下の向こうへ駆けていく姿を後ろに、エミリー達は駆け出す。

「非常階段を使おう。一階は危険だろうから、二階の部屋から、配管を使って下に降りよう」

 ダウン教授の言葉に、リシーは無言で頷き、エミリーの手を引く。

 非常階段の扉を開け、二階目指して駆け下りる。が、今や、研究棟はベルセルクの巣窟だ。そして、発達した聴覚は、壁越しでも獲物の存在を捉える。

「ガァアアアアアッ!!」
「きゃあっ」
「うわっ」

 咆哮と共に、非常階段の扉が吹き飛んだ。留め金ごと凶器となって飛んできた鉄製の扉は、運の悪いことに、リシー達を分断してしまう。ダウン教授は上階へと続く階段に尻餅をつき、リシーとエミリーは互いを庇い合ったせいで踊り場に倒れ込んだ。

 ベルセルクの眼光が、ダウン教授を捉える。

「く、来るなっ」

 ダウン教授は叫びながら立ち上がると、階段を上って上へと逃げていく。リシーとエミリーも死にもの狂いで立ち上がると、鉄製の扉が邪魔をして通れないために仕方なく階段を駆け下りた。

 ベルセルクは、獲物の多い方を選んだようだ。リシーとエミリーの方へ鉄槌を落とす。

「エミリーッ。止まっちゃダメよ!」
「リシー姉っ」

 どうにか拳の届く範囲から脱した二人は、衝撃でもつれ合いながらも直ぐに立て直した。しかし、ベルセルクはすぐそこまで迫っている。とても、二階まで逃げ切ることはできないだろう。

 リシーは、一瞬、決意に満ちた表情を晒した。それに気が付いたエミリーが嫌な予感に捕らわれる中、リシーはエミリーの手を引いて、すぐ下の階の扉を開いて駆け出す。ベルセルクが、再び鉄製の扉を破壊しながらエミリー達を追ってフロアへと入って来た。

 エミリーの手を引くリシーは、目的地があるかのように迷いなく走り続ける。

「リシー姉!」
「大丈夫だから! 絶対、守ってみせる!」

 背後から響く足音を振り払うように幾度かの曲がり角を曲がったリシーは、とある扉の前で立ち止まった。そして、緊張と恐怖で震える指を必死に抑えながら、扉の脇に備え付けられている暗証番号式の鍵の番号を押す。

 軽い機械音と共に扉が開いた。リシーはそこへエミリーを押し込む。てっきり、一緒にそこへ隠れるものと思っていたエミリーだったが、リシーが入って来ないことに顔を青褪めさせた。リシーの意図を察したのだ。

 そんなエミリーに、リシーは引き攣っているが優しい笑みを浮かべながら諭すように口を開いた。

「エミリー、ここに隠れてなさい。絶対に出て来ちゃダメよ」
「ま、待って、リシー姉っ。一緒に――」
「他の部屋より、ここの扉は頑丈だから、そう簡単には破られないはずよ。もうすぐ保安局の人達が来るはずだから、それまで頑張って耐えるのよ」
「それなら、リシー姉も早く!」
「ごめんね、あいつを引き付けないと。ここじゃ逃げ場がないから、万が一、あいつが気が付いたらお終いよ。だから、ね?」
「そんなの知らない! いいから早く入って!」

 必死にリシーの手を引っ張るエミリーだったが、にっこりとほほ笑んだリシーに突き飛ばされて尻餅をついてしまう。

「大丈夫。馬鹿リックと、先生を見つけて、一緒に戻って来るから。お姉ちゃんを信じなさい」
「リシー姉っ」

 エミリーが手を伸ばす。鉄の扉が、それを遮った。エミリーの小さな拳が、必死に鉄扉を叩くが、当然、ビクともしない。取り乱しつつも、中からでも扉は開けられることに思い当たったエミリーが開閉ボタンに手を伸ばすが、

「エミリーッ!」
「っ」

 扉越しに響いたリシーの怒声。思わず身を竦めるエミリーに、今度は優しい声音が届けられる。

「何があっても、絶対に諦めないで。エミリーなら、絶対に大丈夫だって、私は、私達は信じてるから」
「リシー姉……」

 鉄扉越しに聞こえる姉の言葉に、エミリーの開閉ボタンに伸びた手が力なく落ちた。止めどなく熱い雫が頬を伝う。

「大好きよ、エミリー。忘れないで。何があっても、あんたは私達の、自慢の妹よ」
「リシー姉っ」

 咆哮が響いた。リシーの気配が遠ざかっていく。一拍後、扉の前を重い足音が通り過ぎて行った。

 エミリーは、ふらふらと後退ると、へなへなと力なくへたり込んだ。そして、膝を抱えて顔を埋めると、両手で頭を抱えて小さくなった。

 大好きな姉の言いつけを守って、エミリーは待った。

 しかし、戻って来たのは、変わり果てたヘドリックだけ。

 エミリーの大切な人は、結局、誰一人として、戻っては来なかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~


(やべぇ……。ヘヴィだよ。むちゃくちゃヘヴィだよ。正直、重すぎて今すぐ逃げ出したい……)

 長い回想を話し終えて、再び膝を抱えて顔を埋め、小さくなったエミリーを見ながら、浩介は内心、溜息を吐いた。エミリーの境遇には、正直なところ同情せずにはいられない。履いていないことも忘れて、三角座りをしちゃっているエミリーの神秘な部分が見えそうになっているが、そんなところに意識を向ける余裕などないほど、浩介は聞いたことを後悔していた。

「私達が到着したときには、既に研究棟内に生きている者は、ほとんどいませんでした。弾薬が尽きて身を潜めていたキンバリーと合流し情報を共有した後、私達は手分けしてグラント博士を探し、私が保護しましたが……」
「あのイケメン野郎が裏切ったわけだ」
「はい。仲間と合流し、脱出しようと一階のエントランスに集まったときのことです。ベルセルクに囲まれ応戦し、どうにか退路を確保した直後、キンバリーと、保安局の護衛官と入れ替わっていたどこかの武装集団に銃撃されました」

 そのときの襲撃で、迎えに来た捜査官は全滅。ヴァネッサが、脇腹を負傷しながらも生きながらえたのは、咄嗟にヒューズが庇ったからだ。その代償に、彼も致命傷を負い、それでもヴァネッサとエミリーを逃がすために奮戦した。

 結果として、ヒューズの最後の足掻きによって、ヴァネッサとエミリーは逃亡に成功した。

 そこで、浩介が疑問を口にする。

「ん? そのあと、直ぐに保安局に連絡はしなかったのか?」

 浩介がカーチェイスを見たのは昼間だ。話からして、事件が起きたのは夜中。ならば半日以上、ヴァネッサ達は孤軍奮闘していたことになる。

「専用回線に繋げられる私のスマホは、奇襲の折に壊れてしまって……。グラント博士も、逃げているときにどこかにやってしまったようです」
「公衆電話を使えばいいだろ?」
「そうですね。私も、そうしようと思いました。しかし、その……恥ずかしながら、負傷した脇腹の応急手当をした後、気絶してしまいまして」

 どうやら、車の中で弾丸の摘出までしたために力尽きてしまったようだ。エミリーは一晩中、ヴァネッサの看病をしていたらしい。

 そして、翌朝、気絶から目覚めたヴァネッサが、ようやく本部へ連絡を取ったのだが、その直後、探知でもされたのかキンバリー達が襲撃をかけてきた。

 その後、間断なく追われて本部の人員と合流する暇もなく、またあらかじめ決められている合流地点はキンバリーも知っていることから利用できず、ひたすら逃げていたわけである。

「なるほどなぁ。……それで、これからどうするんだ? 保安局も、なんだかキナ臭いんだろ?」
「そうですね。しかし、私達だけではどうすることも出来ないというのも事実です。組織相手に、個人で立ち向かうなど、そんなのは映画の中だけです。……局長の、真意を探らなくてはなりません」

 状況的に、保安局が怪しいと言っても、まさか全てが真っ黒というわけではないだろう。キンバリーが匂わせた通り、もし保安局が襲撃の糸を引いているのなら、マグダネス局長は限りなく“黒”に近い。その場合は、ヴァネッサの頭にリストアップされた、信頼できそうな局員、または情報局などに助けを求めることになる。

 逆に、マグダネス局長が“白”ならば、もっとも直接的に救援を得ることができる。

 どちらにしろ、キンバリーの背後の組織を調べ、更に対抗するには、ヴァネッサも組織力を得る必要がある。そのために、何としても、マグダネス局長の立場について、白黒はっきりさせる必要があった。

「まずは、誰が敵かをはっきりさせ、味方を選別する必要があります。私は、そのために動くつもりですので、ミスターKには、その間、グラント博士の保護をお願いしたい」

 ヴァネッサの方針に、浩介は困り顔で頬を掻く。そして、何かを言おうと口を開きかけて、しかし、異議を唱える声に遮られた。

「保護なんて、私は求めてないわ」
「グラント博士?」

 驚いたように視線を転じるヴァネッサに、小さくなっていたエミリーがスッと顔を上げて視線を返した。その瞳に宿る、先程まで弱々しい雰囲気に反した暗い炎に、ヴァネッサは思わず息を呑む。

「あの薬は、【ベルセルク】は、この世にあっちゃいけないものよ。全て、何もかも、この世から消さないといけないの。生み出した私が、全て、消さないといけないのよ」
「それは……」
「保護されて、何もわからないまま、事態が終わるのを待つなんて絶対にいや。だから、ヴァネッサ。お願い、私を連れて行って。私は、自分の目で、誰が【ベルセルク】を撒き散らしたのか、今、何が起きているのか、それを確かめたいの」
「……申し訳ありませんが、グラント博士。貴女は――」
「足手まとい? そうでもないと思うわよ。【ベルセルク】は、偶然生まれた欠陥品。改良するにも、対抗薬を作るにも、私がいなければ話にならない。つまり、私は最高の盾よ?」

 エミリーの言い分に、ヴァネッサは頭を抱えた。確かに、エミリーの知識と能力を求める者にとって、エミリーの命は絶対的に守らねばならないものだ。言い換えれば、エミリーを盾にすれば、連中は引き金を引けない。

 孤立状態のヴァネッサが、組織相手に情報を探ろうというのなら、確かに、有用な手札と言えた。しかし、本来、エミリーを守るために戦っているのに、盾にするなど本末転倒もいいところだ。

 それに、戦いの場において絶対はない以上、“事故”は十分にあり得る。そうでなくても、連中が“生きてさえいればいい”と判断しない理由はないのだ。

 ヴァネッサ的に、ここから先の行動にエミリーを連れて歩くというのは許容できないことだった。しかし、だからと言って簡単に切って捨てられないのは、エミリーの瞳のせいだろう。無理に遠ざければ、一人で走り回る危うさが、今のエミリーにはあった。

 どう説得すればいいのか……思い悩むヴァネッサだったが、ヴァネッサが何かを言う前に、無茶を言うエミリーに声をかけたのは、遠慮がちな様子の浩介だった。

「あのさ……こういうのは、やっぱ、プロに任せた方がいいと思うよ? エミリーは研究者だろ? 研究者には研究者の戦いの場ってのがあるんじゃないか? ヴァネッサさんが味方を見つけて、【ベルセルク】を研究する場を設けてくれたら、そこからがエミリーの戦いだろう?」

 浩介的に、ヴァネッサが早々に組織的な味方を選別して、エミリーを手厚く保護してくれた方が吉だ。その時点で、浩介は必要なくなるのだから。そう思って、ヴァネッサを援護してみる浩介だったが、

「いや」

 一言で返されてしまった。エミリーは視線すら合わせない。

「いやって、子供の駄々かよ。分かってるんだろう? 盾だのなんだの言ってるけど、実際には足手まといだって。ヴァネッサさんが、エミリーを盾に出来るはずがないって。だからさ、ここは――」
「いやったらいやっ!」

 浩介の言葉に、今度はキッと猫目を釣り上げて、それこそ子供のように拒否を示すエミリー。その反論ですらないわがままそのものの言い様に、流石の浩介もイラッとした。

「マジで、駄々捏ねてる場合かよ。自分の立場ってのを、もうちょい弁えたらどうなんだ? 天才なんだろ? それくらい分かれよ」
「……」

 今までのへらっとした情けない雰囲気が薄れて、変わりに苛立ちの見える表情と声音で返されて、エミリーはビクリッと震える。しかし、その瞳に宿る炎は、些かの衰えも見せない。反論もないまま、僅かに涙の滲む瞳は、それでも反抗の意思を浩介に叩きつけた。

 浩介は、聞き分けのないエミリーにイライラする気持ちを抑えながら、言葉を重ねる。

「あのな……意地張って、それでヴァネッサさんがまた怪我をしたら――」
「意地を張ってっ、何が悪いのよ!」

 浩介の言葉を遮って、エミリーが爆発した。「おぉう」と奇妙な声を上げながら驚く浩介に迫り、その胸倉を掴む。

「分かってるわよ! ヴァネッサが一人で動いた方がいいってことくらい! 私がいたって役に立たないことくらい! 分かってるわよ! だけど、どうしようもないのよ! だって、だってっ」
「お、落ちつい――」

 エミリーの肩を掴み、落ち着かせようとする浩介だったが、直後、エミリーが叫んだ言葉に、まるで心臓を撃ち抜かれたような衝撃を味わった。

「みんな、死んじゃったのよ!」
「っ」

 涙を流して、感情を爆発させるエミリーは、浩介の様子にも気が付かずに叫ぶ。

「みんな、みんな死んじゃったのよ! 私を逃がすために! 私を生かすために! みんな死んだの! 死んだのよ……」

――死んだって言ったんだ! メルド団長もアランさんも他の皆も! 迷宮に潜ってた騎士は皆死んだ! 俺を逃がすために! 俺のせいで! 死んだんだ! 死んだんだよぉ!

 かつて、自分が上げた慟哭がよみがえる。

「託されたのよ。みんなに、託されたの。私が、止めなきゃいけないの。でないと、でないとみんなは……」

 託されたのだ。あのとき、浩介は、仲間に託された。騎士達に、託された。ただ一人、生かされて、逃げ延びて――

 結果的に、親友達は助かったけれど、エミリーは……

 項垂れて、浩介に縋り付きながら、すすり泣くエミリーを、浩介は見つめる。傍らで、エミリーを止めようと手を伸ばしていたヴァネッサが、浩介の横顔を見て、思わず息を呑んだ。なんと表現すべきか、ヴァネッサには分からない、不思議で、透明な表情。

 浩介は、そっと、エミリーの頭を撫でた。そして、ビクリとするエミリーに、静かに、されど、不思議の心の奥までスッと入り込むような声音で、言った。

「力になるよ」
「……え?」

 くしゃくしゃな顔のまま、そっと顔を上げたエミリーの、その頬に流れる涙を指で拭いながら、浩介は困ったように笑う。

「力になるよ。ミスターKじゃないけどね。でも、きっと、上手くいく」
「ミス、ターけ――」
「浩介だ。エミリー。俺は浩介だ」

 優しく拭われる頬の涙。まるで、兄や姉達のような温かさ。

 エミリーは、半ば呆然としながら、「こう、すけ?」と言われるままに、浩介の名を反芻する。

 傍らのヴァネッサすら目を丸くしている中、ニッと自信満々の笑みを見せた浩介は宣言した。

「大丈夫だよ、エミリー。なにせ俺は――」


――魔王様の右腕だぜ?


いつも読んで下さりありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

次回も、土曜日の18時に更新予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ