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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリー

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ありふれたアフター 魔王の娘なので その1

 夜中、南雲家の一室には、カタカタというキーボードを叩く小さな音と、部屋を淡く照らすディスプレイの明かりが広がっていた。

 ノートPCを枕元に置いて、寝ころびながら肘をつき、小さな足をパタパタさせて夜更かししているのは、南雲家のお姫様――ミュウである。こちらの世界に来て既に五年。現在、十歳のミュウは、身長の小ささは相変わらずではあるが、少し“可愛い”の中に“美しい”という要素が入ってきたようにも見える。

 未だ、語尾に“~なの”がついてしまうのは本人の自覚する直したいところではあるが、こうして一人部屋を与えられるくらいに、しっかり者のお姉さん然としてきたのだ。

 もっとも、父親に似て、夜更かしやサブカルチャーに、つい時間を忘れてしまうところは、母親やお姉さん達の心配どころのようではあるが。

『ん~、そうすると、ナっちゃんもその式典に参加するの?』
『そうだよ。聖歌隊の一人として、賛美歌を歌うんだ』

 カタカタとキーボードを操作して、ミュウが質問すれば、ナっちゃん(本名、ナタリア)と呼ばれたチャットの相手はそう返事を送り返した。彼女は、自称ではあるがアメリカ在住のミュウと同じ十歳の女の子らしく、ほのぼの系のネットゲームでたまたま知り合って以来、ゲーム外でも時折、こうして連絡を取り合っているミュウの友達である。

 ちなみに、ミュウの言語能力は、ハジメお手製の“言語理解”が組み込まれたアーティファクト(ミュウ専用、音声認識有り、文字投影有り)により、全世界どころか古代語まで対応している。今も、実は普通に、英語でチャットをしている。

『聖歌隊、かぁ~。それはすごいの』
『そうかな? 聖歌隊に入っている子なんて、私の国には、結構いると思うけど』
『なら、ナっちゃんのお国には、いつ使徒が攻めてきても大丈夫そうなの。国民総出で、聖歌をぶちかましてやれば、九割は削れる。もはや、ただの木偶人形なの』
『ごめんなさい、ミュウ。時々、ミュウの言っていることが分からないよ……』

 もちろん、分からなくて当然である。

 さて、本日のお話によると、どうやら、ナタリアは、今度の日曜日に、政府関係者が集う少々大きな式典に出席する親(結構な高官らしい)に同行することになっているらしい。そこで、式典出席者の子供を含んだ聖歌隊による賛美歌の合唱が行われるようで、ナタリアもそれに参加するようだ。

 ただ、ナタリアからすれば、賛美歌を歌う以外では、特になにをすることもなく、式典終了後の立食パーティーでは、子供達だけで適当に“大人の話(長時間)”を待たねばならず、特に親しい友人がいるわけでもなければ、どこどこの家の子とは仲良くするなという親の指示もあり、窮屈さと憂鬱さを感じているらしい。

『あ~あ~、パーティーの席に、ミュウがいてくれればなぁ』
『他の子達と、この機会に友達になればいいでしょ?』
『やだよ。もし仲良くなっても、お父さんと敵対している家の子だったら、気まずくなるし……年長の子の中には、家から指示を受けてお話に来る人もいるんだよ? そんな子達と友達なんてイヤ』
『むぅ、まるで貴族様みたい』
『あはは、貴族みたいって。ミュウったらまるで、貴族を知ってるみたいだね。もしかして、イギリスの人?』
『いえ、ミュウは、海人族です』
『あははは、いつも聞くけど、それ、どこの人~~』
『海の女さ』
『あははは~』

 ミュウの物言いが面白かったのか、ディスプレイには笑いを表す言葉が羅列する。しばらくして落ち着いたらしいナタリアは、普段のスクールの友達とは明らかに雰囲気もノリも異なるこの異色の友達に、おねだりするように文章を書き込んだ。

『ねぇ、ミュウ。パーティーの間、こうしてお話できないかな?』

 式典は昼頃らしいので、時差を考えても十分話し相手を出来る。ただ、パーティーにまともに参加せず、隅っこでひたすらスマホを弄っている娘の構図というのは、果たしてナタリアの家族的に、そしてそれを見た周囲的にどうなのか……

 しかし、嗜めようにも、ナタリアの文章からは、割と本気で憂鬱な雰囲気が伝わってくる。

 そうすれば、ミュウの中に湧き上がるお姉さん魂!

『むぅ、しょうがない』
『え、いいの? 最近、ネットのやりすぎで怒られたって話していたけど……結構、遅い時間だよ?』
『大丈夫だ、問題ない。友達のためだから、きっと許してくれるの。だから、ナっちゃん、パーティーでは楽しみにしておいて。退屈はさせないの!』
『う、うん。なんだろう。嬉しいんだけど、何故か嫌な予感がする』

 ナタリアのその予感は、週末、見事に的中するのだった。




 アメリカのとある場所で、その日、とある式典が開かれていた。ナタリアの言っていた、政府関係者が多く集まるその式典にはマスコミ関係者も入っており、式典の様子を本日の夕方のニュースで流すべく撮影までなされている。

 当然、ナタリアが参加する子供達の讃美歌も、式典に花を添える一つして行われ、一生懸命歌う子供達の姿もまた、ニュースで流されるのだろう。

 一通りのプログラムを終えて、今は立食パーティーの時間だ。式典の場所は、とある高級ホテルのワンフロアを借りているので、出される料理も一流である。

 大人は大人で早速、小難しい話やらなんやらを繰り広げに行ってしまい、案の定、取り残されたナタリアは、壁の花&スマホの申し子になろうとしていた。

「あれ、ミュウはまだなのかな? もしかして、やっぱりお母さんかお姉さんの誰かに止められちゃったのかな?」

 いつも使っているチャットルームに、ミュウがログインしていないことを確認したナタリアは、残念そうに、そしてこれからパーティーが終わるまでの時間の憂鬱さに溜息を吐いた。

 と、そのとき、

「お嬢さん。溜息を吐くと、幸せが逃げてしまうそうですよ?」
「え?」

 突如かけられた言葉に、ナタリアはギョッとして視線を転じた。その、どこかのナンパ師のようなセリフを口にしたのは、意外なことに自分と同い年くらいの可愛らしい女の子だった。

 否、可愛らしい、という表現では、ちょっと力不足だと感じるほどの美少女だ。

 エメラルドブロンドのゆるふわな髪に、神秘的なほど済んだ翡翠の瞳。薄い桃色の唇と、夢見るような薔薇色の頬。ふんわりした翠を基調にしたドレスを纏うその姿は、まるで童話の中から抜け出してきた妖精のようだ。優しい面差しなのに、どこかチェシャキャットを彷彿とさせる悪戯な笑みを薄っすらと浮かべているのも、その想像に拍車をかける。

 しばし、呆然と、あるいは陶然と、そのエメラルドの妖精少女を見つめていたナタリアは、その少女が「ん~?」と不思議そうに自分を覗き込んできたことでハッと我を取り戻した。

「え、えっと、あなた、誰?」
「むぅ、それは酷い。ナっちゃんが寂しいというから、来てあげたのに」
「え、え? ナっちゃん? え?」

 世界広しといえど、自分をそんな愛称で呼ぶのは、日本に在住しているというあの可笑しな友人しかいない。

 しかし、しかしだ。家柄、年齢の割に聡いナタリアは、その可能性を即座に否定する。

 だってそうだろう。どこの世界に、パーティーで一人は寂しいという言葉だけで、日本から駆け付ける友人がいるというのか。しかも、この話が出た時点で、式典までは三日程度しかなかったのだ。即決即行で来なければ、とても間に合わないが、普通に考えてありえない。

 仮に、百歩譲って、彼女が来てくれたのだとしても、ここにどうやって入ってきたのか。ここは大物政治家が何人も集まっている場所で、当然、関係者以外の立ち入りは厳しくチェックされている。事前に登録されている招待客以外が入れるわけがない。

 そうすると、もう、可能性は一つしかなくて、実は彼女が、自分と同じ本日の式典に呼ばれている家の子で、自分にはずっと嘘をついていたというものだ。基本的にチャットか、ネトゲのアバターでしか話したことのない二人は、互いの顔を知らない。ならば、やはり目の前の女の子は、

「それは違うの。ミュウはミュウ本人だし、正真正銘、日本在住だよ?」
「っ、あ、あなた、やっぱりミュウ? でもどうやって……」

 ナタリアの思考を察したらしいミュウが、悪戯成功! とでもいいたげな様子で話した。それにビクッとしつつ混乱するナタリアに、ミュウはずいっと近寄って手を取った。そして、耳元に唇を近づけると、息を吹きかけるように、あるいは秘密を打ち明けるように、そっと囁いた。

「ミュウは魔王様の娘で、そのお嫁さん達の一番弟子だから……」
「……」
「友達のためなら、これくらい問題ないの」

 ミュウは、何故か顔を赤くしているナタリアを至近距離から見つめると、少し困ったように笑いながら、

「それとも、ここに来たのは迷惑だった?」

 と、聞いた。

 ナタリアの頭部が、残像が発生する、と思うほどの高速でブンブンと振られた。表情は、何より雄弁だ。

 こうして、細かいことはポイ捨てされ、なんだか強引に押し切られてしまったナタリアは、退屈で憂鬱なパーティーを友人と過ごすことになったのだった。

 ちなみに、ミュウがここに来たのは、羅針盤とクリスタルキーを使用したハジメにより送ってもらったからだ。

 こちらに来る場合、日本時間ではもう夜なので、事前に、ハジメ達に事情と行先は説明してある。娘の交友関係のグローバルさと腰の軽さに、ハジメパパは何とも言えない感じだったが、ユエ達はすっかりたくましく育ったミュウにほっこりしつつ、こころよく送り出した。ドレスを用意したのもユエ達だ、

 もっとも、まるで壁ドンする乙女ゲーのイケメン攻略対象者の如き言動で、そのお友達を赤面させていると知ったら……きっと南雲家緊急家族会議が開催されるに違いない。




「もう、本当にびっくりしたんだから!」
「退屈はさせない――ミュウは自分の言葉を守ります」
「あぁ、このノリ、間違いなくミュウだよ」

 キリッとした表情でそんなことをのたまうミュウに、ナタリアはがっくりとうなだれながら激しく納得した。まさに、目の前の見た目は妖精と見紛う美少女は、自分の友人であるミュウであると。

「細かいことは聞かないけど、本当によく来られたね」
「ん。ナタリアが寂しいなら、ミュウはたとえ異世界でも駆け付けるよ」
「っ、ありがとぅ、ミュウ。……なんとなく、ミュウは将来、すごくいけない人になる気がするよ」
「おかしい……最近、よく言われるの。ミュウは、お姉ちゃん達とパパを見習っているだけなのに」
「そのお姉ちゃん達とパパさん、いけない人って言われてない?」
「ハッ!?」

 そんな馬鹿な話をしつつも、ナタリアの心は弾んでいた。招待客のリストに載っていないはずのミュウの存在がばれれば、割と大変な騒ぎになりそうでドキドキものなのだが、それ以上に、会いたいと思っていた友人と思わず出会うことが出来てすごく嬉しいのだ。

 しかも、想像していた以上に、友人は可愛らしく、ユーモアがあって、なんとなく大人っぽさも感じる。まさに、自慢したくなるような友人だったのだ。

 自然、会話は弾み、二人は壁の花でありながら、どこよりも華やかに、純粋に、楽しげであった。

 が、その楽しい時間は、突如、壊されることになる。

 ガシャンという音と共に、一人の初老の男性がグラスをひっくり返しながら倒れたのだ。慌てて周囲の人が駆けつけ様子を見れば、どうやら眠っているらしいと分かった。きっと酒を飲みすぎたのだろうと、呆れを含んだ説明がなされている中、しかし、今度は別の場所で同じように人が倒れる。

 それを皮切りに、時間差はあれど次々とパーティー会場にいた人々が崩れ落ちるように倒れていった。

「な、なに? なにが起きて……ぁ、ぅ?」
「ナタリア?」

 困惑するナタリアだったが、途中で言葉を切った。ミュウが視線を向ければ、そこには、膝をついて今にも目蓋を閉じてしまいそうなナタリアの姿が。明らかに、不自然なほど急激な睡魔に襲われているようだった。

 倒れそうになるナタリアを、咄嗟に抱き留めたミュウは、自分にもその眠気がやってきたのを自覚する。

「これは……もしかしてお料理に? うぅ、ただのパーティーのはずだったのに……これもパパの娘だからなの?」

 割と、ハジメが聞いたらダメージが入りそうなことを呟きつつ、今にも意識を落としそうなナタリアに、「大丈夫」と声をかけてから、ミュウは“宝物庫”から魔法薬を取り出し服用した。それで、一瞬で眠気は飛ぶ。

 ナタリアにも服用させようかと思ったが、これから起きるであろう何かしらの出来事に、果たしてナタリアの精神が保つかどうか疑問だったため、ミュウは結局、そのままにすることにした。

 そして、ハジメにメールを出しておこうとして、電波が妨害されていることに気が付いた時点で、集団の足音が近寄ってくる音がミュウの耳に入った。

 ミュウは、「むぅ」と唸りつつ、周囲を見渡す。ほとんどの人が料理に仕込まれていたらしい睡眠薬を服用してしまい眠っているか、眠りかけている。否、警備の人間やウエイター達まで含まれているのを見れば、料理以外の方法も使っているのだろう。

 警戒厳重な政治家のパーティーで、殺傷することなく全員を昏倒させるなど、並の計画、組織力ではない。

「仕方ないの」

 ミュウは困ったようにナタリアを見ると、その場でナタリアに寄り添うように横になった。そして、分からない程度に薄めを開けつつ、眠ったふりをするのだった。




「起きて、ナっちゃん。ほら、起きて」
「んんっ」

 頬にあたるふにふにした優しい感触と、ゆるりと頭を撫でられる感触に、ナタリアは意識を半ば覚醒させた。うっすらと開いた目蓋の向こうには、逆さまに自分を覗き込むミュウの姿がある。

「ミュウ?」
「はい、ミュウです。おはよう、ナっちゃん」
「うん、おはよう。でも、どうして、ミュウが私の部屋にいるの?」
「ナっちゃん。このコンクリートと鉄扉に囲まれた場所を自分の部屋と本気で見間違えているなら、ミュウは一度、ナっちゃんの家族とOHANASHIしなきゃならないよ?」
「え? …………………っ!?」

 ようやく寝ぼけから回復したナタリアは、ガバッと起き上がり周囲へ視線を巡らせた。そうして、自分のいる場所が、確かにミュウの言う通り、殺風景なコンクリートと鉄扉の一室であることを確認する。

 同時に、自分とミュウ以外にも、十人近い同い年くらいの子供達が、既に目を覚ました状態で部屋の隅で縮こまっているのを見た。みんな、パーティー衣装であることからすれば、あの会場にいたのだろう。何人かは、同じ聖歌隊のメンバーで見知った顔だ。

 誰もが怯えた様子で座り込んでいる中、どうやら自分を膝枕していたらしいミュウに、ナタリアは視線を向け直す。

「みゅ、ミュウ。いったい、なにがどうなって……ここはどこ!? 私達、どうなったの!? お父さんは!?」

 パニックになりかけているナタリアに、ミュウはするりと間合いを詰めると、その頭を掻き抱くように抱き締めた。そして、ポンポンッと優しく背中を叩きながら、「大丈夫、大丈夫なの。ナっちゃんには、ミュウがついてるの」と、これまたとびっきり優しい声音で囁いた。

 そうすれば、ふにゃと力を抜いて、次第に落ち着きを取り戻していくナタリア。

 ナタリアが落ち着いたのを見計らって、ミュウは体を離すと、他の子供達にも視線を巡らせ、口を開いた。

「まず、ミュウ達はあの会場で、お料理に入っていた睡眠薬で眠らされて誘拐されたの。それから、車で四十分くらいのこの場所に連れて来られたんだよ。さらわれたのは会場にいた子供だけで、大人はその場に放置された」

 誘拐されたという言葉に、子供達が泣きそうになるが、その前に、ミュウは言葉を続ける。

「全員がこの部屋にいるわけじゃないけど、少なくとも、あの会場から連れて来られた子供は全員、この建物内にいるみたい。犯人の会話からすると、やっぱりいろいろと要求するみたい。ミュウ達は、そのための人質ということ。犯人は、結構大きな組織で、みんな銃で武装してた。助けが来るまでは、それなりに時間がかかりそうなの。取り敢えず、現状はこんなところ。なにか質問はある?」
「まず、ミュウがなんでそんなに分かっているのか聞きたいよ!」

 理路整然としたミュウの説明に、誰もが「ア、ハイ」みたいな顔になっている中、ナタリアが咆えた。それに対して、ミュウは端的に答える。

「ずっと起きていたからです!」
「睡眠薬は!?」
「解毒しました!」

 もはや、どうやって? などとは聞くまい。ナタリアは言葉を詰まらせながら、

「な、なんで、そんなに冷静なの?」

 と、当然の疑問をぶつける。すると、

「誘拐される経験は豊富なので」
「どんな人生送ってるの!?」
「砂漠を越えさせられたり、地下牢に閉じ込められたり、下水を流されたり、オークションにかけられたり、化け物シスターにさらわれたり……」
「やめてぇっ、それ以上、聞きたくないよぉ!」

 指折り、経験した誘拐事件でのあれこれを説明すれば、何故か、ナタリアが泣きながらミュウに抱き付いた。凄惨な人生を送ってきた薄幸の少女という印象を与えられてしまったのだろう。

「うぅ、でも、なら、どうしてここにいるの? ミュウなら、逃げられたんじゃないの?」
「みゅ?」

 ぐしぐしと目元を擦りながら、ミュウなら逃げられたんじゃないのかと疑問を呈するナタリア。他の子供達が二人のやり取りや、ミュウの話に注目している中、ミュウは「なにをいっているのかしらん?」といった様子で首を傾げながら答えた。

「ナっちゃんが連れていかれるのに、どうしてミュウが逃げるの?」
「ぅ」

 1+1=2であるのに、どうして3と答えるのか、とでも言いたげなミュウの返答に、ナタリアはもう何も言えない。ミュウが男前すぎて、乙女なナタリアちゃんは何も言えないのだ! 顔は熟れたリンゴである!

 それを誤魔化すように、ナタリアはこれからどうするのかを聞いた。

「取り敢えず、パパに連絡しておくの」

 そう言って、ドレスのスカートの下からスマホを取り出すミュウ。人質の男の子が、「あれ、スマホって全部没収されたんじゃ……」と呟いているが……女の子のスカートの中は神秘なのだ。きっと。

 まくれたスカートから覗くミュウの太ももに、男の子達が微妙に頬を染めて視線を逸らしている中(ミュウとナタリアのやり取りで、緊張と恐怖が和らいだらしい)、ミュウはハジメに連絡しようとして……

「!? やってもうた、なの……」

 いきなり四つん這いで項垂れてしまった。ミュウの手には、光のない真っ暗な画面を晒すスマホがある。

 実は、このスマホ、先に取られた通常のスマホと異なり、ハジメが作製した通信用アーティファクトだったりする。ミュウでも使えるよう、他のミュウ専用アーティファクトと同じく魔力内臓型なのだが、通常のスマホと何が違うかと言えば、異世界通信ができるという点なのだ。

 このスマホがあれば、少なくとも地球上では同じ端末を持つハジメ達と通信が出来ないなどということはあり得なくなるので、普通のスマホが取られても問題ないと思っていたミュウなのだが……

「充填、忘れてたの……」

 異世界通信はコストがかかる。年頃のミュウは、ついついお友達とのお喋りが弾んでしまい、よく内臓魔力を使いすぎだとハジメパパに怒られるのだが、今回もつい最近使いすぎてしまい、怒られるのを恐れて充填してもらうのを避けていたため、現在、スッカラカンなのだった。

「え、えっと、ミュウ?」

 四つん這いのまま落ち込むミュウに、ナタリアが何となく事情を察して半笑いの顔を向ける。それに気が付いたミュウは、ガバッと顔を上げると、視線を逸らしながら口を開いた。

「人は、過去ばかり気にしていてはダメなの。未来を見てこそなの。そうでしょう、ナタリアぁ!!」
「えぇ!? え、えっと……」
「これは失敗ではないの。この方法では成功しないという発見なの!」
「う、うん?」
「というわけで、パパに連絡するのはやめます」
「……」

 ミュウはいそいそとスマホをスカートの中(と見せかけて“宝物庫”へ)へ仕舞った。ナタリア達が何とも言えない表情でミュウを見つめる中、ミュウは、一人、腕を組んでうんうんと考え始める。

(ええと、パパとのお約束その1、正体を明かさない、アーティファクトを見せない。パパとお約束その2、必要なときは、必ず先に、パパかお姉ちゃん達の誰かに相談する。お約束その3、お約束その1とその2を守る時間がなくて、ミュウが必要だと思ったときは……)
「――“好きにしろ。後始末は、俺がしてやる”だったの。うん、今がそのときなの」

 パパとの大切なお約束を再度確認したミュウは、内心で「パパ、恰好良すぎなの。いつ思い出しても惚れ直しちゃうの」と呟きつつ、今後の方針を明確に定めた。

 取り敢えず、パーティー終了の時間はハジメに伝えてあるので、連絡がなくとも、いや、連絡がないからこそ、訝しんだハジメはパーティー会場へゲートを開いてミュウを迎えに来るはずだ。誘拐された時間と、パーティーで過ごした時間を合わせると、あと一時間もしない内に、ハジメは異変に気が付くはずである。

 そうなってしまえば、ハジメの手には“導越の羅針盤”があるので、瞬時にミュウの居所を探り当てるだろう。それで、この誘拐事件は解決だ。

 仮に、ハジメが気が付く前に何か状況に変化が起きた場合、ミュウは自重せず、与えられた力の全てを使って問題の解決に当たるのだ。あとの隠蔽などは世界で一番頼りになるパパに任せて、自分の命と友の命のため、戦うつもりである。

 そして、どこかにあるだろう自分のスマホを取り戻して、ハジメに連絡するのだ。それで、問題は全て解決する。

 己の定めた方針に、「よしっ、なの!」と、普段出ないように気を付けている口癖を全開にして気合いを入れるミュウ。そんなミュウの様子をジッと見つめていたナタリアや子供達は、振り返り、自分達に向かってにっこりと微笑むミュウに思わず息を呑む。

「そんなに心配しなくてもいいの。大丈夫だから」

 気休めでも、希望的観測でも、まして強がりでもない。そう確信させるだけの強さが、その言葉にはあった。自然、子供達の体から強張りが薄れ、表情に少し色が戻る。

 ミュウはそんな子供達の様子に一つ頷くと、「念の為、準備しておくの」と呟きつつ、子供達を部屋の隅に集めて、その周囲に小さな十字架を設置し始めた。

 もう、あまり意味はないかもしれないが、一応、再びスカートの下に手を入れて、いかにもそこから取り出しているように見せているものの、十字架の大きさと数が、明らかにスカートの中に収納できる範囲を超えている。摩訶不思議なその現象に、ナタリアは遠い目になり、ミュウの一挙手一投足を見つめていた他の子供達の目はキラキラと輝き出す。

「君は……誰なんだ?」

 ミュウの笑顔にポーとしていた一人の金髪の少年が、ポツリと零すように質問した。

 対するミュウは、十字架の設置作業を終えて満足気に頷きながら、自信満々に、盛大なドヤ顔で、それこそ己の誇りであると言うかのように宣言した。

「ミュウの名前はミュウ。神殺しの魔王様――その愛娘なの!」

 子供達がキョトンとしたのは言うまでもない。

 それから少し。

 たった数分で、今や、この捕われの部屋の中心はミュウになっていた。こんな状況でも動揺一つせず、にこやかなミュウのもとに子供達が集うのは当たり前のことだった。誰もがミュウの傍にいたいと身を寄せ合っている。

 それに何となく面白くない気持ちなのはナタリアだ。ミュウが、各々の自己紹介を求めて皆が答えたあと、ナタリアとは“マブダチなの!”と言ってくれなければ、場の空気も読まずむくれていたかも知れない。

(だいたい、あいつ、ちょっと近すぎないかな)

 ミュウの隣を陣取りながら、その逆サイドから熱心に話しかけている金髪の少年に、ナタリアは視線が鋭くなるのを止められない。

 それに気が付いているのかいないのか、金髪の少年は、時折、ナタリアの視線を気にしつつミュウとの会話を続けた。

「えっと、よく分からないけど……とにかく、ミュウちゃんのパパは、物凄く強くて、直ぐに僕達を見つけて、あいつらをやっつけてくれるってことだよね」

 金髪の少年――名をエミールという彼が尋ねた。ミュウの、いかにパパが凄いかという話を、瞳をキラキラさせて聞いていた子供達だったが、比較的冷静だったエミールは、話の中に現実的に考えると、それこそ魔法でも使わないとあり得ないことが混じっていたので、そんな感想になったのだ。

 ちなみに、部屋の中にいる子供達は全部で九人。いずれも、あのパーティーに出席していた政府関係者の子供だ。

「うん。パパなら、あんなやつら、瞬殺なの。お姉ちゃん達の誰か一人でも、グチャッとかドカーンとか、ザックリとか、ピチュンかな」
「そ、そうか。うん、そうか……」

 なんだか、やたらと生々しい擬音が聞こえた気がしたが、エミールは頑張ってスルーした。

「でも、それならなおさら、余計なことはしないほう良さそうだね。あと三十分もすれば、僕達の居場所を突き止めてもらえるなら、さ。ミュウちゃんも、寝たふりとかしてたみたいだけど、危ないことはしちゃだめだよ?」
「大丈夫だよ。ん~、エミールは優しいの」
「っ、そ、そんなことはない、けど……」

 こんな状況でも、自分を心配するエミールに、ミュウはにっこりと微笑む。そして、なにかを撃ち抜かれるエミール少年。「あ~、エミール赤くなってるぅ!」とか「エミール、お前、ミュウちゃんのこと好きなんだろう!」など、子供特有の囃し立てが巻き起こった。

 ナタリアの視線がどんどん鋭くなる。もはや、十歳の女の子なのか疑わしいレベルだ!

 そんな空気に、顔を真っ赤にしながら反論するエミールだったが、ムキになって否定すればするほど、ドツボにはまっていく。ナタリアの顔は般若に似通っていく。もはや、子供達を包んでいた最初の悲壮感はどこにもない。

 代わりに、エミール少年が悲壮感を味わうことになった。

「ごめんなさいなの。エミールの気持ちには、応えられません!」
「力強い否定をされた! な、なんで? いや、別に、ミュウちゃんのこと、す、好きとかじゃないけどさ。一応、聞いておこうというか、なんというか……」
「タイプじゃないの!」
「ド直球の理由を叩きつけられた! じゃ、じゃあ、どんなタイプが……いや、これも一応、というかなんというか、別に本当に聞きたいわけじゃ、な、ないけど……」
「パパが好きです!」
「鋭すぎる変化球きた! いや、あのね、ミュウちゃん。お父さんが好きなのはいいけど、結婚はできないし……それも、その、恋人とかの好きとは違うっていうか……」
「ァ゛ア゛?」
「ヒッ、可愛い顔してギャングみたいな威嚇された! いや、だって、お父さん、だよ?」
「血は繋がっていないので問題ない」
「まさかの展開! あ、あのね、ミュウちゃん。血は繋がっていなくても、お母さんの好きな人なんだよね? だったら、ミュウちゃんがお父さんをそんな風に思っていたら、お母さんが困るんじゃないかな?」
「ママは、隙あらば狙いなさい! って言ってるの!」
「まさかの援護! そんな……いったいどんなお家なんだ、ミュウちゃんの家は……」
「ママとパパと、おじいちゃんとおばあちゃんと、パパのお嫁さんが他に七人いる普通のお家です」
「ミュウちゃんのお父さんはどうかしてるよ!?」
「ァ゛ア゛!?」
「ヒッ、ごめんなさい! お願いだから、可愛い顔でマフィアのボスみたいな顔しないで!」

 エミールくんの初恋が滅多打ちにされていた。

 周りの子供達はケラケラと笑っている。ナタリアは、ミュウの腕に抱き着きながら「ざまぁ!!」の表情をしている。ナタリアのキャラが崩壊の危機だ。

 そんな中、やはりコイバナが女の子の大好物であるというのは世界共通らしく、ブロンド髪のミュウより少し年上っぽい女の子が瞳をキラキラさせながら尋ねる。

「ねぇねぇ、ミュウちゃん。それじゃあ、パパにはいつ告白するの?」
「ん~、告白? ん~」

 少し首を傾げたミュウは、「ん~」と考える素振りを見せたあと、スッと目を細めた。

「告白なら毎日してるよ。毎日、大好きって言ってるの」
「え~、それ伝わってないよ、絶対~」
「ううん。パパは鋭いから分かってる。でも、ミュウがまだ小さいから、そういう風に思ってくれないの……だから……」
「だから?」

 女の子達がドキワクと瞳を輝かせ、エミールが悲壮感に潰れそうになり、ナタリアが複雑な表情でミュウを見つめ、男の子達がそんなエミールへニヤニヤした表情を向ける中で、ミュウは……

「だから……そのうち、ミュウがパパを食べてやるの」

 そう言って、ペロリと舌舐めずりをした。薄らと赤く染まった頬と、熱に潤んだ瞳で「ふふ」と笑う。「え、十歳だよね?」とツッコミが入りそうなほど、それは、とあるエロ吸血姫を彷彿とさせるどこか艶めかしい姿だった。

 思わず、女の子達が「はわわっ」と動揺し、男の子達が魂を抜かれて呆然として、エミールとナタリアが完全に撃ち抜かれたように心臓を押さえるほどに。

 やはり、ミュウは、尋常ならざる姉達から、受け継ぐ必要のないものまでしっかりと受け継いでいるようだった。

 と、そのとき、ミュウのおかげで吹き飛んでいた恐怖の象徴が、扉の向こう側から足音となって響いて来た。ハッとした様子で子供達が壁際に身を寄せる。

「ミュ、ミュウ……」
「ん、大丈夫。ナっちゃんには指一本触れさせないから」
「うん、私、ミュウのこと信じてる」

 そうして、ギィと軋む音を立てて開かれた扉の向こう側から、顔を覆面で隠し、アサルトライフルらしきものを肩からかけた二人組の男が入って来た。

「おい、どれにするんだ?」
「どれも一緒だろう? あのガキ以外、一応、政府か軍関係者のガキ共だ。どれを殺っても効果は同じようなもんだろ。他の拠点にも、相当さらってあるからな。ここにいる分は、全部使ってもいいってよ」
「そうか。取り敢えず、二人だったな。一人は見せしめに直ぐ殺るんだろう?」

 どう聞いても、暗い未来しか連想できない会話を交わして、子供達の命などまるでないかのように振舞う二人に、子供達は体を震わせて身を縮める。そして、男の一人が、適当に目についた女の子――ミュウが背にかばうナタリアに手を伸ばした。が、その手を、小さな手が驚くほど強い力で掴んで止めた。

「……結局、タイムリミットになっちゃたの」
「邪魔だ、ガキ」

 覆面越しに、熱を感じさせない冷酷そうな視線がミュウを貫く。その男へ、ミュウは、無理だろうなぁという雰囲気を隠しもせず話しかけた。

「これは警告。このまま、ミュウ達にはなにもせず、すぐに解放した方がいい。おじさん達に、勝ち目はないの」
「………………ふっ」

 この状況で、十歳の女の子から言われるとは思いもしなかったセリフに、思わず言葉を詰まらせた覆面の男だったが、理解が追いついた瞬間、出てきたのは鼻から出る嗤い。目の前の小さな存在は、余りに現実というものを知らないのだろうと、嘲りが沸き上がったのだ。

 同時に、その瞳に嗜虐的な色が宿る。見れば、随分と綺麗な顔立ちの少女だ。このお綺麗で、現実を知らない少女に、圧倒的な暴力を味わせてやったら、どんな声で鳴くのだろう、と。

 そんな男の心情が、現実の理不尽(・・・・・・)を知っている(・・・・・・)ミュウには手に取るように分かる。故に、やっぱりもう言葉じゃだめかぁと内心で溜息を吐きつつ、覆面の男がミュウを殴りつけようとしたその瞬間、ニィッと口元を不敵に歪めて、

「敵は、殺ってやるの!」
「っ、な!?」

 いつの間にか手にしていた小さなミュウ用の拳銃をグイッと男の腹部に押し当てていた。

 なぜ、さらった子供が銃を持っているのか――訳の分からない事態に混乱しつつも、咄嗟に身を捻ろうとした男だが、

パンッ

 と、乾いた音が鳴り響くと同時に、凄まじい衝撃を腹に受けて、男は悲鳴を上げることも出来ずにもんどり打った。

「くそっ、このガキっ」
「……」

 もう一人の男が、アサルトライフルをミュウに向ける――が、それより早く、もう一方の手に同じ小さな拳銃を召喚したミュウは、姿勢も視線も変えぬまま脇の下を通して左後方にいた男の腹部に銃弾を放った。

 再び、パンッという乾いた音と共に男が小さなうめき声を上げながら崩れ落ちる。そして、信じられないといった表情をしつつ、それでもアサルトライフルの引き金を引こうとして、

「ぶっ飛びやがれなの!」

 いつの間にか踏み込んでいたミュウの手に、これまたいつの間にか握られていたコミカルなハンマー――頭頂部にミッ○ィーのような兎のキャラが取り付けられている赤と黄色に着色された――ピコピコハンマーのフルスイングで頭部をぶっ叩かれて吹き飛んだ。

 そのまま壁にベキョ! と激突し、力なく崩れ落ちる男を尻目に、ミュウはピコピコハンマーを肩に担ぎつつ、くるりと振り返り、どうにか立ち上がろうとしていた最初の男へ、

「ちょっ、ま――」
「待たないの!」

 ピコピコハンマーを全力でぶん投げた。十歳の少女が投げたとは思えない勢いで飛んだピコハンは、そのまま男の顔面に直撃。ピコンッ! というコミカルな音とお星さまのエフェクトを撒き散らしながら男を撃沈した。

 シア直伝の、戦槌技(ハンマーアーツ)と、ミュウ専用の戦槌“ぴっこぴこはんまぁ”だ。

「ミュウ……」
「す、すごい……」

 ナタリアが目を見開き、エミールが感嘆の呟きを漏らす。その表情と呟きは、その場にいる全員の心を代弁していた。なにせ、銃で武装した大人の男を、自分達とそう年の変わらない女の子が瞬殺したのだ。それも、やっぱり手品のように次から次へと武器を取り出して。

 しかし、ミュウの表情に達成感はない。むしろ、むむっと警戒心を更に上げたような険しい表情で扉の向こう側を見つめると、呆然としている子供達に指示を出した。

「ナっちゃん、みんな。絶対に、いいって言うまで、その十字架から外に出ちゃダメ。分かった?」
「え、ミュウ、せっかく倒したのに逃げないの?」
「うん、今の騒ぎを聞きつけて何人か向かって来てるの。脱出するにしても、今、出ていくのは危険だから」
「わ、分かった」

 ナタリアが他の子供を先導して、ミュウが布陣した十字架の奥へと身を寄せる。その間に、ミュウは、新たな武器を取り出した。今度は、なるべく音が鳴らないものを選んで。

 直後、部屋の中に三人の男が踏み込んでくる。そして、倒れる仲間二人を見てギョッとした後、ライフルの銃口を子供達へ向けつつ、何があったのか問いただそうとして、

ヒュンヒュンッ

 という風切り音を耳にし、同時に頭部に激しい衝撃を受けて意識を彼方へと飛ばしてしまった。

「なっ」
「このガキっ」

 驚愕と悪態の声が響く。直後、くるりと優雅すら感じさせる動きでドレスを翻したミュウは、その動きと手首の返しで手に持つ武器を敵に向けて放った。

 ヒュンッと空を切り裂く音を響かせて、一人の男の足首を粉砕すると同時に巻き付いたそれ。

――ミュウ専用 打黒鞭“これは武器です”

 ネーミングが主張なのは、きっと、この打鞭術の先生である変態の性質が、万が一にも愛娘に移らないようにというパパの配慮だろう。間違っても、武器以外の用途で使ってはいけないという娘への戒めなのだ。

 “これは武器です”は、足首を粉砕した男をそのまま隣の男にぶつけるとするりと離れて、今度は、体勢を崩している男の手首を強打した。それだけで、やはり手首の骨が砕け、男は悲鳴を上げながら銃を取り落す。そして、倒れた男がライフルを、手首を砕かれた男が腰からピストルを抜こうとして、ほぼ同時にしなった鞭の先端が両者の頭部を打ち据えて意識を奪い取った。

「むっ、まだ一人いるの!」
「っ、なんなんだ、お前っ」

 部屋に入ってきた三人を一瞬で昏倒させた少女に、部屋の外で待機していた最後の男が姿を見せながらライフルの引き金を引いた。ダダダダダッと激しい銃撃音が響く中、ミュウは打黒鞭を捨てると再び“ぴっこぴこはんまぁ”を取り出し、それをぶん投げた。

 射線上のミュウは、“ぴっこぴこはんまぁ”の影に隠れて銃弾には当たらない。そして、ミュウを逸れて後方へと――子供達の方へと流れた弾丸の群れは、

「きゃぁっ、って、えぇ!?」
「う、うそぉ……」

 思わず悲鳴を上げかけたナタリアやエミール達の眼前で、波紋を打ちながら空中に縫いとめられて停止していた。

――ミュウ専用 結界アーティファクト“触るな、この変態!”

 あの布陣した十字架は、それらを起点に発動する結界展開用のアーティファクトだったのである。ミュウは、銃弾が万が一にでも子供達に当たらないように、部屋の中に簡易の安全地帯を作っておいたのだ。ネーミングに、作製者がどんな事態を想定していたのかがあらわれている。

 そして、子供達への凶弾を完璧に防いだミュウ本人は……

「寝てろなの」
「ぁあ!?」

 “ぴっこぴこはんまぁ”を投げて、一瞬、相手の視界を塞いだ瞬間、地を這うような踏み込みにより一瞬で相手の背後に回り込み、その手にした小太刀二刀を以て回転しながら相手の両足の腱を切断していた。と同時に、踏ん張り切れず崩れ落ちてきた男の頭部を柄頭の二連撃で打ち抜いて白目を剥かせた。

――ミュウ専用 双刀“むぅらまさ・こてつぅ”

 ミュウのイメージに反応して、高速振動・斬撃飛ばし・衝撃発生を発動できる上に、持っているだけで知覚能力と身体能力を引き上げてくれる、まさに“ようとう”というに相応しい小太刀二刀である。

 ちなみに、ミュウの双刀術は、香織の双大剣術をベースに、雫の八重樫流が組み込まれたものだ。特に、最後の回転斬撃からの柄頭での連撃は、八重樫流の奥義一歩手前の技だったりする。

「取り敢えず、急場は凌いだけど、すぐにやって来るだろうから、みんな脱出の準備をして」

 くるりと小太刀を回し、そのまま手品のようにどこかへやってしまったミュウに、子供達は遂に歓声を上げて飛び出した。口々に、「ミュウちゃんすごい!」「格好いい!」「つよーい!」と称賛の言葉を贈る。

「ミュウ! 大丈夫? 怪我はない?」
「ミュウちゃん! 大丈夫!?」
「ナっちゃん、エミール。ミュウは大丈夫なの。それより、すぐに次の敵が来るだろうから、今のうちにもっと戦いやすい場所に移動するの。こんな行き止まりの密室だと、爆弾投げ込まれたら危ないの」

 大の男をばったばったとなぎ倒したのに、特に誇るでもなく冷静に次の指示を出すミュウに、ナタリアもエミールも「ふぁい」と何とも間抜けな、陶然とするような声を上げる。

 ミュウは、そんな彼等を尻目に、ナタリアにとっては悲鳴を上げたくなる、男の子達にとってはなんとも嬉し恥ずかし行動に出た。なんと、いきなりドレスを消してしまったのだ。

「ふわっ」
「ちょっ、ごらぁ、あんたたちぃ、見るなっ」

 ドレスは“宝物庫”に収納されただけなのだが、そんなことは知らない彼等からすれば、いきなりミュウが下着姿になったようなもの。しかも、脱いだミュウは、ちょっと十歳の女の子には相応しくないのでは? と言いたくなるアダルトな雰囲気の漂う薄い翠色のベビィドールを纏っていたのだ。

 抜けるような白い肌が惜しげもなく晒されているのだが、真剣な表情のミュウに羞恥の色はない。かつて、剣と魔法の世界で冒険していたミュウにとって、この程度のこと、まして戦闘中とあれば、気にする方がどうかしているのだ。

 そして、この戦場において、ミュウがドレスをしまった理由は一つ。

 直後、ミュウの体を淡い光が包んだかと思うと、次の瞬間、ミュウは新しい出で立ちに変化していた。

 ユエが着ていたものによく似ているドレスシャツに、シアが着用していたものに似ている白いホットパンツ。白いニーソと絶対領域の足、可愛らしいフリル付きのショートブーツ。腰には雫がしていたようなガンベルトが二重に交差するように巻き付けられている。

 その腰のガンベルトには後ろに小型化した“ぴっこぴこはんまぁ”が取り付けられており、弾丸を収納するような無数のホルスターには色とりどりの宝石が収められていた。そして、両足の太ももの両サイドにはガンホルスターと“どんなぁー・しゅらーくぅ”があり、背中には交差するように“むぅらまさ・こてつぅ”が取り付けられている。

 これぞ、ミュウの完全戦闘態勢! 一瞬で変身し、衣装チェンジと武装チェンジをするその姿は、どこぞの魔法少女のよう!

 事実、子供達は総じて、「ミュウちゃんは、魔法使いだったんだ……」と憧れの眼差しを向けている。

 と、そのとき、ミュウの耳に、怒声と大勢の走る足音が響いてきた。どうやら、もう相手側の戦力の小出しや、様子見は期待できないらしい。自分達が襲撃ないし反撃を受けていると明確に理解した上で、“戦力”を差し向けてきたようだ。

 おそらく、ハジメが気が付くタイムリミットまで、あと三、四十分かそこらだろう。それまで時間稼ぎか籠城ができるか、と問われると、やはり何度考え直しても微妙なところ。

 なにより、やられっぱなしで常に守勢。専守防衛なんて教えは――受けていない! 

「お前達は敵なの。敵はメッコメコしてやるの!」

 ジャコッと、愛しいパパから贈られた愛銃を両手に、ニィッと不敵に笑うミュウ。

 今、魔王の娘が、動き出した。


いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

なんかもう、やりたい放題ですね……
だが、反省も後悔もない。あぁ、書いていて楽しいです。
細かい点は、「まぁ、白米だしな」といういつもの皆さんの寛容さでスルーしてくださると嬉しいです。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
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