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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

176/261

ありふれた職業の本領

 五天龍の咆哮が空間を震わせた。

 半魔法体でありながら、魔物と化した天龍達は、術者の制御を離れて自立的に獲物を狙う。放たれるプレッシャーは、かつてユエが行使した天龍を遥かに越えている。その身を構成する五属性の魔法も、進化というに相応しい凶悪さを持っているだろうことは明白だ。

「私のいた世界は魔法を基礎とした世界だった。自慢ではないが、その発展具合は相当だったと記憶している。アーティファクトの類も溢れていて、人が自由に空を飛び、遠方と連絡を取り、移動は転移で、寿命さえも魔法医療によって数百年単位で延命が可能だった。魔法やそれに連なる技術によって豊かな世界だったと言える」

 パシィ! と軽い音を響かせて、雷龍が姿を消した。否、その巨体を一筋の雷に変えて、雷速移動したのだ。次の瞬間、現れたのはハジメの側面。

(速い……が、雷速程度ならっ)

 雷鳴の咆哮を上げながらガパリと開かれた顎門が急速に周囲の一切を引き寄せる。光星すら呑み込まれ消滅していく中、同じく引き寄せられそうになったハジメは咄嗟に幾つもの重力手榴弾を虚空に取り出した。

 あっさり吸い寄せられる重力手榴弾を、ちょうど雷龍の口内に入った瞬間に撃ち抜き超重力場を発生させる。

 あらゆるものを呑み込みながら迫っていた雷龍は、突如発生した下方への圧力に押し潰され“空力”で宙に留まるハジメの下を通過した。

「だが、発展し過ぎた世界が末期を迎えるというのは自然なこと。我の世界も、その例に漏れなかった。といっても、資源が尽きたとか、価値観、あるいは経済的、政治的な思想の相違から発生した終末戦争だとか、そういうことが原因ではない。もっと、どうしようもない理由だ。分かるかね? イレギュラー」
「っ」

 エヒトルジュエの問いかけに、しかし、ハジメは答えない。答える余裕がない。

 雷龍を凌いだ後には、真後ろに回り込んでいた蒼龍が莫大な熱量と共に肉迫して来たからだ。

 眼前には流星群。下方には雷龍、左右には嵐龍と氷龍がいる。かわせば間違いなく、その直後を狙われて看過し難いダメージを負うことになるだろう。

 故に、ハジメは可変式円月輪“オレステス”を虚空に取り出した。

 即座にカシュンと音を立てて三分割されワイヤーで形作られた円形ゲートが出現する。そこへ蒼龍は正面から突っ込み、直後、右サイドから迫っていた氷龍の頭上から飛び出した。もう一つ可変式円月輪を“気配遮断”させながら飛ばしておいたのだ。

 突然現れた天敵でもある蒼龍に衝突されて氷龍が苦痛の咆哮を上げる。そして、そのまま蒼龍を転移させたオレステスを睨むと氷雪を吐き出した。それによって、オレステスが液体窒素でもぶっ掛けられたようにビキビキッと一瞬で凍てつき、直後、光星に被弾してあっさり砕け散ってしまった。

 氷龍の咆哮もオレステスの粉砕音もものともせず、スルリとエヒトルジュエの声が届く。

「理に至ってしまったのだよ。世界に満ちる情報そのものに、物質に、生命に、星に、時に、境界に、干渉できるようにまで魔法技術が発展してしまった。そして、研究者とはいつの時代も好奇心を抑えられないものだ。世界に広がった理への干渉技術は玩具のように弄り回され……世界を壊す原因となった。我等の世界は、魔法を扱う者達の好奇心に殺されたのだよ」

 ハジメがクロス・ヴェルトで光星を相殺する。更には、グリムリーパー達に命じてエヒトルジュエを狙わせる。大鷲型のグリムリーパーがエヒトルジュエの頭上からクラスター爆弾をばら撒いた。しかし、爆弾のスコールは輪後光から放たれた流星群によってあっさり粉砕され、キラキラと粒子を振りまくだけ。ハジメの攻撃は、エヒトルジュエにまるで届いていなかった。

 エヒトルジュエの表情には煩わしいという表情すら浮かんではいない。

「理が崩れ、徐々に崩壊していく世界……まさに阿鼻叫喚の地獄絵図といった有様だった。もうどうすることも出来ない。星と共に人類は滅びる以外の道がなかった。一部の“到達者”以外はな」

 制御できる全てのオレステスを取り出し、五天龍に対応しようとするハジメだったが、話しながらエヒトルジュエはパチンッと指を鳴らした。

 直後、虚空から数百単位の雷神槍が降り注ぎ、全てのオレステスを塵も残さず焼滅させてしまった。しかも、ご丁寧に圧縮した雷を解放して蜘蛛の巣のように四方八方からハジメを襲う。“金剛”を強化しつつ、急いで離脱するハジメだったがノーダメージとはいかなかった。肉を焼かれ、僅かに神経を侵される。

 そこへ、石龍と雷龍が襲い来た。

「“到達者”――お前達の言う神代魔法、その真髄を個人で扱える者達のことだ。彼等は、彼等だけは助かる方法を見つけた。それすなわち、異世界への転移だ。ふふっ、笑えるだろう? 世界を壊した張本人達だけが滅びから逃れることが出来たというのだから」

 エヒトルジュエの皮肉を含んだ嗤い声が響く中、両端に鉱石が付けられたワイヤーが虚空を飛翔する。

 それが、迫っていた石龍と雷龍に空中でぐるりぐるりと幾重にも巻き付いた。直後、鉱石から猛烈な波紋が広がった。遥かに効果を増した拘束用アーティファクト“ボーラ”だ。

 鉱石に連動してワイヤー部分も直接空間に固定される発展型なので、半魔法体である天龍もしっかりと拘束している。

 二体の天龍が拘束を解こうと咆哮を上げながら大暴れする。

 ハジメはシュラーゲン・AAを再び取り出し、魔眼石が伝えるままに照準を合わせて引き金を引いた。

 スパークを迸らせ、咆哮を上げたシュラーゲン・AAは、そのまま雷龍の口内に飛び込み、雷をものともせず突き進んで中の魔石を破壊する。

 同時に、ドンナーから撃ち放たれた同軌道の弾丸六発がクロス・ヴェルトの集中砲火によって空けられた石龍の口内の穴を更に穿つ。一瞬で石化し脆いただの石になる弾丸だったが、それでも石龍の中を進撃し、最後の一発は石化することなく魔石を撃ち抜いた。

 最後の弾丸は、封印石コーティングの弾丸。シア達の武装や大盾などに惜しみなく使っていたので余り量はなく、使いどころを考えなければならない特殊弾だ。

 見事、二体の天龍を打倒したハジメだったが、その為に足を止めた代償は大きかった。

「そうして我を含めた“到達者”達はこの世界へとやって来た。当時は驚いたものだ。何せ、我等の世界とは比べるべくもないほどに原始的な世界だったのだから。特殊な力を持った強大な生物が蔓延り、人類は穴蔵のような自然の影に隠れながら細々と生活していたのだ」

 エヒトルジュエが、思い出すように遠い目をしながら片手間に手を振るう。

 途端、ハジメの足元が空間ごと固定されてしまった。話に集中している癖にハジメが足を止めた瞬間をしっかりと把握していたようで、メツェライ・デザストルを捕えた空間の固定化と同じくブロック状に圧縮された空間がハジメを完全に捕えた。

(やべぇっ)

 ハジメの表情に焦燥が浮かんだ。直ぐさま魔力を衝撃に変換して空間固定を破壊しようとする。

 が、その隙を逃すほど相手も甘くはない。

 動けないハジメに嵐龍が咆哮を上げながら襲い掛かった。顎門がハジメを呑み込んでバクンッと閉じられる。体内に内包する風刃と礫が容赦なくハジメを襲う。“金剛”を貫きハジメにダメージが通る。血飛沫が舞い散り、ゴキベキッと生々しい嫌な音が響いた。

 拷問にも等しい暴虐の嵐の中で、ハジメは裂帛の気合と共にシュラーゲン・AAの照準を合わせ体内から嵐龍を食い破る。

 自らが作り出した魔物が殺られたことなど気にもならない様子で、エヒトルジュエの語りは続く。

「そのような世界で、我等“到達者”は開拓を決意した。太古から生きる怪物共を駆逐し、原住民達に叡智を与えた。小さな村はやがて町となり都となって、いつしか国となった。その頃には我等は既に神として崇められていたな。理の秘技を使い信仰心を力に変換し、魂魄の強化・昇華を図りだしたのもこの頃だったか」

 破裂するように砕け散った嵐龍の中から飛び出したハジメだったが、その身は血塗れとなっており見るからに悲惨な状態だった。

 だが、息つく暇もなく氷龍が咆哮を上げる。

 ハジメは反対側から迫って来た蒼龍に有りっ丈の“ボーラ”を投げつけ、更にクロス・ヴェルトで牽制しつつ、グリムリーパー達に集中攻撃させ、開いた氷龍の顎門に向かってシュラーゲン・AAを向けた。途端、シュラーゲン・AAが先端から凄まじい勢いで凍てついていく。

「座標攻撃かっ」

 どうやら、対象座標の温度を直接下げることが出来るらしい。ユエの扱う氷龍にはなかった能力だ。

 既に引き金を引くことは出来ず、そのまま義手まで凍てつきそうな勢いである。しかも、エヒトルジュエの指揮によってタイミングよく流星群や光の使徒がハジメの左側面に殺到した。

 光の使徒だけは、グリムリーパー達の自爆攻撃とクロス・ヴェルトによってどうにか退けることに成功したものの、流星群の全てを相殺することはできず、ハジメは左腕に直撃を受けてしまった。

 義手の装甲がダメージ自体は軽微に抑えたものの、衝撃を受けて思わず手放してしまったシュラーゲン・AAは氷龍の顎門へと吸い込まれていく。そうすれば、当然、末路は決まっている。シュラーゲン・AAは、真っ白に凍てつき氷龍が顎門を閉じると同時に木っ端微塵にされてしまった。

「それから数千年、この世界はよく発展した。だが、反比例するように“到達者”達は一人、また一人と生きる気力を失い、死の理を超越していたにもかかわらず自らその命を終わらせていった。我には理解できなかったが……最後に延命を止めた者は“もう十分だ”と言っていたな。結局、残った“到達者”は我だけとなった」

 ハジメは、無数の手榴弾を周囲に投げると、すかさず撃ち抜いた。

 直後、爆炎が宙に発生し、氷龍とハジメの間に紅蓮の炎壁を作る。一瞬、氷龍の視界が遮られるが、そんなもの何の意味もないと言うように瞬く間に顎門へと呑み込んでしまった。

 だが、その爆炎が晴れた先には、巨大な兵器――ガトリングパイルバンカーを構えるハジメの姿が。

 次の瞬間、紅いスパークが迸り、毎秒二十発、重量の二十トンの巨杭が閃光となって放たれた。紅い壁と称すべき巨杭の弾幕が正面から氷龍へと殺到し、重力場による引き寄せと相まって狙い違わず、その大口へと突き刺さった。

 氷龍の氷結能力は、巨杭を瞬く間に凍てつかせていくものの、その威力故に抗しきれず、突進の勢いすら止められて穿たれていく。そして、巨杭の一発が体内の魔石に当たり見事破壊に成功した。断末魔の悲鳴を上げながら、氷龍はただの霜へと変わり霧散していく。

「最後の一人となり、どれだけの年月が経ったのか……千年か五千年か……もう覚えていないが、日々、我の元へ訪れては祈りと供物を捧げる人間達を見て、ある日、ふと思ったのだ。――壊してしまおうと」

 ハジメが、ガトリングパイルバンカーの砲塔を蒼龍に向ける。殺到してくる流星群と光の使徒はクロス・ヴェルトとグリムリーパーで全て弾き飛ばす。

 そうして、いくつものボーラを今にも燃やし尽くしそうな蒼龍に向かって引き金を引く――寸前、ハジメは不意に悪寒を感じてその場を飛び退いた。

 その行動は正しかったようだ。一瞬前までハジメがいた場所を何十本もの雷神槍が貫き、絶大な雷を撒き散らしたのである。

 間一髪。冷や汗を血と共に流しながら、ハジメはエヒトルジュエを横目に見た。エヒトルジュエは相変わらず遠い目を虚空に向けて過去の軌跡を語っている。そのくせ、攻撃だけはいたぶるように正確かつ絶妙だというのだから腹立たしいことこの上ない。

 ここまで弄ばれていることに、ハジメはエヒトが知覚していることを認識していながら歯噛みするような表情を見せた。同時に、まずは魔物と化している最後の天龍である蒼龍を屠るべくガトリングパイルバンカーを向け直そうとした。

 だが、やはり必殺のタイミングは逃してしまっていたらしい。

 全てのボーラを使って拘束していた蒼龍が凄まじい咆哮を上げた。その瞬間、紅い波紋が蒼炎に包まれる。一度引火した蒼炎は、そのままボーラのワイヤー部分を伝って全体を駆け巡りその全てを蒼き炎の内へ呑み込んだ。

 爆ぜる音が響き蒼い光芒が空間を照らす中、エヒトルジュエは恍惚とした表情を見せる。ユエの美貌であるからして凄まじいまでの色気を放っているが、ハジメとしては腸が煮え繰り返るだけだ。

「分かるだろう? 男が美しい女を汚したくなるように、新雪を踏み荒らしたくなるように、美しいもの、必死に積み上げられたものというのは、壊したときこそ真の美を放つ。そこで得られる快楽は何物にも代え難い。何千年と守って来た全てを蹂躙したときの快楽は何と甘美であったことか。民が上げる悲鳴、我に救いを求める絶叫……今でも、それだけははっきりと覚えている」

 塵すら残らず燃やし尽くされたボーラ。進撃を再開する憤怒に燃える蒼龍。

 正面からガトリングパイルバンカーの餌食にしてやろうとして、ハジメを中心に全方位の空間が震えた。

「――ッ」

 全方位空間爆砕。

 息を詰めながら空間が衝撃波を発生する前にハジメは包囲網から飛び出す。

 激震。

 直撃だけは避けたものの、その余波を食らってハジメの傷口から盛大に血飛沫が撒き散らされる。

「ぐぅ」

 思わず呻き声を上げ表情を歪めるハジメの視界の端に揺らめく蒼き炎。迫る灼熱に反して背筋には氷塊が滑り落ちる。

 “金剛”を強化しつつ“空力”で逃れようとするが、それを見越したように流星群が渦を巻くように乱舞してハジメの退路を防いでしまった。

「どれだけの時を生きたのか、それは忘れてしまっても、あの時の全てが崩壊する悦楽だけは忘れられなかった。故に、決めたのだ。この世界を我の玩具にしようと」

 エヒトルジュエの視線が遂に過去から帰って来た。

 乱舞する流星群をドンナーとクロス・ヴェルトで突破しようとしているハジメに向かって、指をパチンッと鳴らす。

 それは起爆の合図。

 渦を巻いてハジメに纏わりついていた全ての流星が一斉に爆発した。発生した衝撃波は、それこそハジメが使う手榴弾並。咄嗟に、ハジメはクロス・ヴェルトで結界を張って、更にはグリムリーパー達が主の危機にその身を盾にして少しでも衝撃を和らげようとする。

 爆炎と光華に呑み込まれたハジメを、蒼龍が大口を開けて丸ごと呑み込む。バクンッと閉じられた蒼炎の顎門。触れたもの全てを容赦なく灰燼に帰す最上級魔法の業火。普通に考えるなら、その炎に喰われて生存しているなど有り得ない。

 しかし、燃え盛る蒼龍の胴体――蒼き炎の中で輝く紅蓮がハジメの生存を示していた。ハジメの四方にはクロス・ヴェルトがある。各々を魔力の糸で繋ぎ空間遮断型の結界“四点結界”を張ったのだ。

 だが、その代償にクロス・ヴェルトの表面が刻一刻と融解していっている。ハジメが直接操作する七機においては、“金剛”は当然のこと、封印石コーティングまで施されているというのに、それでも耐え切れないらしい。分かっていたことだが、やはりユエの使っていた蒼龍より熱量は遥かに上のようだ。

「ぐっ、なめ、んなぁっ!!」

 蒼き天龍の腹の中、途切れがちな、されど強靭な意志の込められた声が響く。驚くべきことに、空間遮断型の結界を張っていながらハジメは少なくない炎に巻かれていた。

 どうやらこの蒼龍、神焔と同じ透過型の焔が紛れているらしかった。その焔に炙られ、脂汗を流しながらも前へと踏み込んだハジメは、オレステスを結界の内外に取り出してゲートを繋げる。その先は蒼龍の魔石だ。

 ドンナーが炸裂音と共に真紅の閃光を放ち、ゲートを通じて蒼の炎海を突き抜ける。狙い違わず、封印石コーティングの魔弾は蒼龍の魔石を撃ち抜いた。破裂するように木っ端微塵になる魔石と同時に蒼き炎も霧散していく。

「そう、全ては我の玩具なのだよ、イレギュラー」

 エヒトルジュエから、もう何度も聞いた不吉な音が響いてくる。指を鳴らす音だ。

 案の定、霧散しかけていた蒼炎が生き物のように蠢き、ハジメを包むクロス・ヴェルト四機の内部へスルリと侵入した。

 直後、

「がぁっ」

 ハジメの短い悲鳴と共に盛大な爆炎が上がった。クロス・ヴェルト四機が内部から爆破されたのだ。透過する神焔が内蔵していた炸裂弾に誘爆したのだろう。紅い波紋を伴った絶大かつ無数の衝撃波と飛び散る神焔が四方からハジメを嬲り尽くす。

 ハジメは咄嗟に手榴弾をばら撒いた。神水を服用する隙を強引に作る為だ。流石に、己のダメージが看過できないレベルだったのだ。

 だが、そこでぬるりと死の風が肌を撫でる。ハジメの本能が全力で警鐘を鳴らす。

 直後、手榴弾により周囲に咲き誇る紅蓮の壁を透過して吹き降ろすような風が吹いた。

 本能の命ずるまま咄嗟に身を捻ったハジメの直ぐ横をずれた空間(・・・・・)が横切っていく。

 同時に、神水を取り出した左手が空間に固定される。ハジメの回避行動の隙を突いた完璧なタイミング。それは次手も同じ。虚空から雷神槍が飛び出し、神水を撃ち落とした。

「しまっ――」

 思わず声を上げるが、時既に遅し。ハジメの手から神水が失われる。ついでに義手も貫かれて掌が溶解してしまっている。

 ハジメは、直ぐさま錬成で義手を修復しつつ、殺到する流星群を回避すべくその場を飛び退いた。

「くそっ、最後の神水だったってのにっ」

 悪態が漏れ出す。それを聞いてエヒトルジュエの口元が釣り上がった。

 そして、片手を掲げるとそのままスっと振り落としてハジメを指さした。途端、爆発的に光を膨れ上がらせた輪後光からミサイルのように光の尾を引いた光星が山なりに射出された。

 ハジメはガトリングパイルバンカーを取り出し、エヒトルジュエに向かって放ちながら真っ直ぐに突進する。

 上空から、夜天の星がそのまま落ちて来たかのように輝く星々が降り注ぐが、いつの間にか随分と数を減らしたグリムリーパー達がその身を盾にして、あるいは幾つものクロス・ヴェルトによって通路上の結界を張って、進撃の勢いを止めない。その間にも、まるでカウントダウンのように、ハジメ謹製の自律兵器達は爆散し、その破片を撒き散らしていく。

 だが、犠牲を強いたそんなハジメの意思を嘲笑うかのように……

「魔人や亜人とは、何だと思う?」

 そんな問いかけがハジメの直ぐ後ろから(・・・・・・)響いた。

 ゾッと背筋を震わせたハジメは義手の激発を利用して高速反転しつつ、確認もせずドンナーで背後へと発砲した。

 だが、そこには誰もおらず、代わりにガトリングパイルバンカーを持つ左手側に気配が発生する。ハジメが目を見開きながら視線を向けると同時に、そっとガトリングパイルバンカーに手が添えられた。

 そして、魔王城でされたのと同じように、ガトリングパイルバンカーはあっさりと塵へと返されていく。

 そこにいたのはエヒトルジュエ。三重の輪後光の内、一重目だけを背負い、ハジメの知覚すら越えて至近距離に姿を現したのだ。

(ゲートなしで転移……やっぱ、それくらいのことはしてくるか)

 ハジメは抱いていた懸念の一つが当たったことに、目元を剣呑に細めた。どうやら、虚空に突如出現する雷神槍やアーティファクトを転移させた魔法――“天在”は、術者自身の転移にも使えるらしい。そして、触れさえすればアーティファクトを塵にすることも可能のようだ。

 エヒトルジュエの姿が、またしてもフッと消える。

 同時に、背後に悪寒。

 義手の肘から背後に炸裂散弾を放つが、輪後光から放たれる光が防いでしまう。ハジメの反撃を意にも介さず振り下ろされたエヒトルジュエの腕。

 その軌跡に沿って光の剣がハジメを襲う。炸裂散弾を放った衝撃で反転したハジメは、バックステップで距離を取りかわそうとする。超速故に一瞬で十メートル以上の距離をとったが……

「ッッ!?」

 ハジメの肩から脇腹にかけて袈裟懸けに裂傷が刻まれた。剣の間合いは確かに外したはずなのに、と痛みに顔を歪めながら険しい眼差しをエヒトルジュエに送るハジメ。

「驚くことではない。これは“神剣”といって、伸縮自在、空間跳躍攻撃可能な魔法剣。お前の防御を貫いたのは“神焔”と同じく透過能力も持っているからだ」

 荒い息を吐きながら見るも無残な姿に成り果てているハジメに、エヒトルジュエは神剣に手を這わせながら説明をする。

 その余裕の表情は、ハジメを歯牙にもかけていないようだった。

 対するハジメはボロボロだ。金属繊維を織り込んだ鎧よりも防御力の高い黒コートはボロ雑巾のようになっており、その下の服は見るからに血を吸い込んで重く湿っている。破れた服の隙間から見える肌は真っ赤に染まっており、特に頭部から溢れ出す鮮血が白髪を血色に染め上げて見るからに痛々しい。頬を流れ落ちる血は、まるで血涙のようだ。

 物量戦をしている間は拮抗していた戦いも、エヒトが神代の魔法を連発すれば容易く崩れてしまった。ハジメの本領にして最大の特性である数々のアーティファクトも、そのほとんど破壊されてしまっている。

 残っているのはドンナー&シュラークと、クロス・ヴェルト、そしてグリムリーパー達……

「ふむ、少々、煩わしくなってきたな」

 エヒトが神剣を振るった。その手の先は残像すら見えない。本当に魔法剣を振るったのかさえ判然としない。だが、その結果は明白だ。五十機近くまで減らされていたクロス・ヴェルトとグリムリーパー達が、無残にも細切れにされて(・・・・・・・・)爆発四散(・・・・)してしまったのだ。

「……」

 残ったのは、ハジメが直接操作するクロス・ヴェルト三機のみ。魔王の軍勢は全滅し、死をあらわす十字架も地に落ちた。後は、各種手榴弾が主だったところ。おそらく、エヒトルジュエは、ハジメに絶望を与える為にわざわざ武器破壊を狙ってきたのだろう。

「まぁ、そんなことはいい。それより、魔人と亜人だ。あれは何だと思う?」

 数百機のアーティファクトを一瞬で細切れにしたことなど特に意識した様子も見せず、先程の質問を繰り返すエヒトルジュエ。どうやら、エヒトルジュエの語りは未だ終わっていないらしい。神剣を弄びながら、今にも崩れ落ちそうなハジメをニヤニヤと嫌らしく嗤い見つめている。

「……原住民……はぁはぁ……じゃないのか」

 訪れた二度目の間隙に、ハジメは少しでも回復を図るため問いかけに答える。

「いいや、違う。原住民は“人間”だけだ。魔人も、亜人も、我が作り出した魔法技術の落し子なのだよ」
「……合成でも、ぐっ、したってか?」
「ふふっ、理解が早いな。その通り。魔人や亜人は、我が魔物と人間をかけ合わせて作り出した合成生物だ。正真正銘、我が創造主ということだ」

 何故、そんなことを? そんなハジメの疑問を汲み取ったのか、エヒトルジュエの舌が滑らかに動く。

「信仰と秘技によって魂魄を昇華させようとも、どれだけ肉体を修復・改善しようとも、数千年の年月は我の肉体に限界をもたらした。当然、新たな肉体を探したが……神たるこの身を受け止めることの出来る肉体はなかった」
「無ければ、作ればいい……か?」
「本当に理解が早くて助かる。魔人は魔素と親和性の高さを、亜人は肉体的強度を、それぞれ重要視して原住生物と人間を組み合わせて作り出した。その二つを合わせて竜人なども作ってはみたが……出来損ないだったよ。最強種族が迫害される、そんな余興程度にしか使えない、な」

 いったい、その人体実験の過程でどれだけの犠牲が出たのか。ハジメをして過去の人々には同情せずにはいられなかった。まして、ティオ達の迫害理由が単なる八つ当たりだったというのだから、ハジメとしては殺意が更に強化される思いだ。

「その過程で、現在の魔物や使徒といったものも作り出すことになったのだが、何が原因なのか、結局、我の器と成り得るものは出来なかった。ある程度は耐えられても、直ぐに自壊してしまうのでなぁ」
「……神域は……器がない故か」
「ふふ。そうだ。魂魄のみでも生存し続けられ、かつ力が使える場所。そこで遊戯を楽しみながら待つことにしたのだ。極希にアルヴヘイトや“解放者”共のような“適性者”が生まれることがあったのでな」

 伝えられた真実からすると、ユエやシアのような“先祖返り”と呼ばれていた者は、正確には“適性者”と言うらしい。もっとも、過去の適正者である解放者達でもエヒトルジュエの器としては足りなかったのだろう

 ハジメの目がスっと細められる。

「そう、して……はぁはぁ、三百年前……遂に、見つけた、わけか」
「ああ。あの時は数百年ぶりに心が躍ったものだ。もっとも、その後、直ぐに隠されてしまったわけだが……せっかく我自ら“神子”の称号まで与えてやったというのに。激情に駆られて、つい吸血鬼の国を含めて幾つかの国を滅ぼしてしまったよ。後から再び神子が生まれる可能性を考えて、やってしまったと落ち込んだものだ」

 エヒトルジュエが神剣を切り払った。背負う輪後光と離れた場所に見える玉座の上の輪後光が燦然と輝き出す。

「改めて礼を言うぞ、イレギュラー。我の器を見つけ出し、ここまで我を楽しませたこと、真に大義であった。褒美に、最後は我の手で葬ってやろう」

 白金の魔力が全てを塗り潰す。

 ハジメもまた紅色の魔力を噴き上げながら、ドンナー&シュラークを構えてクロス・ヴェルト三機を背後に控えさせた。

 一拍。

 エヒトルジュエの姿が消えた。

 ハジメは、構えたドンナー&シュラークをそのまま発砲する。解き放たれた閃光は銃口の前に設置されていた最後のオレステスを通って背後に出現する。

 案の定、そこにはエヒトルジュエがいた。

 しかし、エヒトルジュエは特に焦ることもなくオレステスから飛び出して来た弾丸を、驚いたことに神剣で切り裂いてしまった。

 ユエは魔法に関して天才であったものの近接戦闘能力は並以下だったが、今の様子を見る限り、どうやらエヒトルジュエの憑依によって身体能力と戦闘技術まで冗談のように向上しているらしい。

 眉間に皺を寄せるハジメに透過する神剣が伸びてくる。防御不能の剣閃に、ハジメは大きく仰け反ることでどうにか回避した。同時に、クロス・ヴェルトでバースト・ブレットを乱れ撃ちにする。

 それを輪後光から放たれた光星が撃墜した。広がる衝撃の波紋がハジメとエヒトルジュエの間に咲き乱れる。

「驚くことではあるまい。手慰みに覚えた我自身の剣術だ。使徒が使う双大剣術も、元は我の剣技。我は魔法だけはないぞ?」
「チッ、だから何だってんだ」
「ふふっ。最初は距離をおいて、必死に足掻くお前から手足をもぐようにアーティファクトを奪った。次は接近戦、というだけのことだ。何をしようとお前に希望などないと、我手ずから教えてやろうというのだ。昔語りをされながら片手間に圧倒されるのはどんな気持ちだ? うん?」

 そう言ってエヒトルジュエが衝撃波そのものを切り裂いて突っ込んでくる。

 ハジメがドンナー&シュラークを連射した。弾丸はリビングブレット。それも封印石コーティングだ。

 だが、次の瞬間には、やはりエヒトルジュエの姿が消える。そして、刹那の内にハジメのサイドへと出現する。

 それを読んでいたハジメは義手の激発を利用して体を吹き飛ばす。直後、エヒトルジュエの周囲から先程放った弾丸が飛び出してきた。天在で転移されると分かっていたのでオレステスを飛ばしておいたのだ。

 転移の瞬間を狙った閃光の嵐。いくらエヒトルジュエと言えど、再度の転移をする前に穿たれるかと思われた。

 しかし、弾丸が着弾する瞬間、エヒトルジュエの神剣を持った腕先が消える。否、そう見えるほどの速さで動いたのだ。鞭のようにしならせて、まるで結界でも張ったかのように剣線を駆け巡らせる。

 その結果は一つ。バラバラにされた弾丸の残骸だ。リビングブレットの軌道修正すら間に合わない速度で振るわれたのである。ハジメの知覚能力をもってしても、僅かに光の筋が見えるだけだった。恐るべき速度だ。

「この短時間で我の動きを読むとは……センスというより経験から来る予想か。大したものだ。だが、我が“神速”の前にはまだまだ遅い」

 神速――香織が限定的に使ったあの魔法だ。エヒトルジュエの方が更に洗練されている。電磁加速された弾丸を一メートル以内に迫ってから十二発分も撃墜できるなど想像の埒外だ。先程の、一瞬で数百機のクロス・ヴェルトとグリムリーパー達を切り裂いたのも、時間短縮による剣戟だったからだろう。

「さて、あといくつのアーティファクトを持っている? それとも万策は尽きたか? そうでないなら、全てを出し切るがいい。その全てを潰して、お前の翳らぬ顔を絶望に染め上げてやろう!」

 エヒトルジュエが天在を行使する。

 刹那、出現したのはハジメの懐。

「くっ」

 呻く間に振るわれた剣閃は十。その全てを、ハジメはほとんど勘だけを頼りに回避する。だが、防御が出来ない以上完全とはいかず、体のあちこちを撫で斬りにされ、あるいは薄くスライスされた。

 義手の激発が強制的に、普通なら有り得ない角度でハジメの体を吹き飛ばす。独楽のように回転しながら必死に距離を取りつつ、ハジメは無作為に“宝物庫Ⅱ”から大量の手榴弾をばら撒いた。

 その幾つかを伸長した神剣が切り裂き、輪後光からの流星が破壊する。爆発することも許されなかった手榴弾は、キラキラと粒子を撒き散らしながら地面へと落ちていく。

 時間稼ぎにもならないと嫌らしく嗤いながら、エヒトルジュエが連続転移する。現れては消え、現れては消える。夢幻の如く。ハジメを中心に遍在でもしているかのようだ。

 そして距離に関係なく刃の届く神剣が、宙に幾重もの剣線を刻んだ。その度に、辛うじて致命傷は避けているものの確実に手傷が量産されていくハジメの体。ドンナー&シュラークとオレステス、クロス・ヴェルトのコンボで反撃もするが、神出鬼没の天在と神速の前に有効打はただの一つも与えられない。

 二重目、三重目の輪後光と、エヒトルジュエが背負う輪後光からの流星群は途切れることなく白い空間を白金に染め上げ、しかし、当然の如くエヒトルジュエ本人に対しては自ら避けて通りハジメにのみに殺到する。

 歯を食いしばりながら、ハジメが、時に銃撃で、時に手榴弾で、時にクロス・ヴェルトで、時にオレステスで、それら死の暴風を凌ぎつつどうにかエヒトルジュエの動きを捉えようとするが……

 及ばない。

 エヒトルジュエの目論見通り近接戦ですら圧倒されている。攻撃される度に血飛沫を上げながら徐々に追い詰められる様子は、まるで詰将棋だ。

「どうした? 切り札(神殺し)を使わんのか? 祈りながら使えば、あるいは幸運にもこの身に届くかもしれんぞ?」
「う、るせぇっ!」

 もはや、気概のみ。エヒトルジュエの挑発に返す言葉も語彙に乏しい。その瞳は、血を流し過ぎたせいか、それとも使い続けている限界突破のせいか、微妙に焦点がずれ始め虚ろになりつつある。

「ふむ。新たなアーティファクトを出す様子もなく、その身は壊れる寸前……潮時か」

 エヒトルジュエが指を鳴らす。放たれるのは虚空から飛来する雷神槍。

 標的は当然、満身創痍のハジメ。意識は今にも飛びそうで、体は崩れ落ちそうだ。それでも、直撃だけはどうにか避けるのだから呆れた生存本能である。

 だが、抵抗もそこまで。

 連続した雷神槍が最後のクロス・ヴェルトとオレステスを纏めて破壊し、ついでに内包する雷をハジメの間近で解放する。

「ぐぁああああああああああああっ」

 凄まじい衝撃と轟音、そして雷に撃たれて、ハジメは絶叫と白煙を上げながら地に落ちた。

 白亜の地面に叩きつけられ何度もバウンドしてうつ伏せに倒れたハジメから、ぬるりと血が流れる。切り刻まれ、幾度も打たれ、存分に焼かれた見るも無残な姿は、一見すると既に骸だ。生きていると判断する方が難しい。

 エヒトルジュエが正面に音もなく降り立つ。無様に地を舐めるハジメに、これで終わりかと、玩具を取り上げられた子供のような表情をしながら止めを刺すべく神剣を振り上げた。

 が、その視線の先でハジメの指がピクリと動く。

「ほぅ」

 思わず感嘆の声を漏らすエヒトルジュエ。その間にもハジメの体は動き、ボタボタと白亜の地面を自身の血で汚しながら体を起こしていく。

「神の格というものを骨身に刻まれて、それでもなお立ち上がるか」

 エヒトルジュエの言葉に、ハジメは途切れがちで今にも鼓動と共に止まってしまいそうな言葉を返す。

「何度でも、言って……やる。お前は……神なんかじゃ、ない。むしろ、今、戦って……いる地上の“人”よりも……弱い」
「何をもってそう言う。その満身創痍の姿で。お前の力など何一つ通じぬというのに」

 この期に及んで強がりかと、呆れた表情をするエヒトルジュエ。

「……確かに、その力は、脅威だ。……奈落を、出てから、ここまで死を……身近に、感じたことは……ない」
「ふん、わかって――」
「だが、それだけだ」

 ハジメがエヒトルジュエの言葉を遮る。焦点を失いつつあった瞳。しかし、間近で見れば分かる。揺れる瞳のずっと奥に、決して消えぬ炎が宿っていることを。それを示すように、少しずつハジメの言葉に力が込められていく。

「お前には、他者を……圧倒する意志がない。だから、どれだけ……強大な力を、見せられても、俺の心は……揺るがない。――お前はまるで怖くない」
「……負け惜しみか」

 挑発じみた言葉に、しかし、今度はハジメの方が遠い目をしながら語る。この世界で出会い、あるいは知った強き人々のことを。

「俺は、知っている。……最弱種族のくせに、想い一つで……人外魔境に踏み込める奴を」

 泣きべそを掻きながら、それでも“共に”と、ただそれだけの願いの為に必死に走り続けたウサミミ少女。

「目の前で……絶望を、突きつけられたのに……決して折れず、希望を信じ続けた奴を」

 想い一つで、誰が信じずとも唯一人、希望を捨てなかった。挙句、体を変えてまで寄り添うことを選んだ一途な少女。

「仲間の為……守る為……その身を盾に出来る奴を」

 いったい、何度助けられたことか。普段はふざけているくせに、いざという時は誰よりも体を張る、情に厚く聡明な彼女。

「死の間際でも……親友のことを一番に、想える奴を」

 きっと、仲間内では一番“女の子”。なのに、誰かの為にと武器を取り、幾度死に瀕しても最後に思うのはいつも親友のこと、誰かのこと。優しすぎるくらい優しい少女。

「世界が、変わっても……己の甘さを突きつけられても、己の矜持を捨てない奴を」

 迷い、怯え、苦悩し、傷ついて、それでも定めた自分を止めない。突き進むだけのハジメに、立ち止まって振り返ることを諭してくれた恩師。

「何の力もない幼子のくせに、馬鹿な父親を止めるため体を張れる子を」

 共に過ごした時間は一ヶ月にも満たない。まだたった四歳の幼子。なのに、傷ついた母親を気遣い、別れを告げる父を自ら迎えにいくと言ってのけ、挙句、暴走する父に一歩も引かず想いを伝えられる子。

 そして、

「……そして、体を乗っ取られても、今尚、戦い続けている奴を」

 信じている。そう、信じている。彼女の強さを。

 ハジメの眼差しが、死にかけの手も足も出ず圧倒された者の眼差しが、エヒトルジュエを貫く。

 その視線を向けられた本人は気がついていない。凪いだ水面のように静かでありながら、その深淵の如き瞳の奥の煌く炎に気圧されて、己が一歩後退ったことを。

「奈落の魔物ですら圧倒的な殺意と生存本能を叩きつけてくる。だが、お前には何もない。空っぽだ。きっと、お前が仲間と共に積み上げて来たものを壊した時から、お前は空っぽなんだ」

 ハジメが完全に立ち上がった。その手にはドンナー&シュラークが力強く握り締められている。

「お前の言葉は聞こえていた。要は、過去から何も学ばず、寂しさにも耐え切れず、けれど死ぬことも出来ない……ただの甘ったれたガキだってことだろ?」

 エヒトルジュエの最後の仲間が「もう十分だ」と言った意味は、きっと、この世界で導いた人々は、自分達の手が離れても、もう十分、豊かに生きていけると確信したからではないだろうか。

 壊してしまった故郷の世界を想い、これ以上、自分達のような理に触れてしまえる存在は不要だと、そして、この世界の営みを見て、もう思い残すことはないとそう思ったからではないだろうか。

 その想いに気がつかず、共感も出来ず、過去から何も学ばず、理に干渉できても死の恐怖に怯え、そして孤独に耐えられずに暴走した。結局、エヒトルジュエという存在は、どれだけの時を生きようと“幼稚”だったということだ。

「……ふっ、そうやって挑発し我の精神を揺さぶる魂胆か? 切り札を切り損なえば終わりだからな。涙ぐましい努力だ。だが、今のままでは到底、“神殺し”は当てられまい」

 だから、ハジメの言っている意味が分からない。遥か昔、仲間の言葉の意味が分からなかったのと同じく。

 ハジメが、スっと片足を引いて構えを取る。死にかけなのに、その身から覇気が溢れ出す。

「そうだな」

 静かな肯定の言葉。

 だが、直後……

「今のままならなぁっ!」

 ハジメから莫大な力が噴き上がった。今までの“覇潰”の比ではない。更に数倍に匹敵する力の奔流がハジメを中心に渦巻く。それはF5レベルの竜巻の如く。紅はより色を強めて深紅と成り、空間が悲鳴を上げるように鳴動する!

「なんだとっ」

 死にかけだとばかり思っていたハジメの、ここに来て膨れ上がった力の大きさにエヒトルジュエが初めて表情を崩した。それは紛れもない驚愕の表情。

 それを尻目にハジメが踏み込む。否、姿を掻き消した。

 出現するのはエヒトルジュエの懐。エヒトルジュエが瞠目する。

 ただ速いだけはではエヒトルジュエの知覚を超えられない。ハジメがいくら強化したところで、それは土台無理な話。だが、それでも戦う術はいくらでもある。ノータイムの空間転移が、神だけの技などと誰が決めたのか。

「はぁっ!!」
「ぬぅ!?」

 ハジメのドンナーを持つ手が、スっとハジメに向けて突き出されかけていたエヒトルジュエの腕を逸らす。同時に、シュラークから飛び出した弾丸が地面に跳弾して下方からエヒトルジュエの心臓を狙う。

 当然、天在をもって離脱するエヒトルジュエ。刹那、背後から吹きつける猛烈な殺気。

「っ!? 貴様、やはり、天在を!?」
「さぁ、どうだろうな?」

 銃声が二発分。しかし、エヒトを強襲した閃光は十二条。その半数を神剣で切り捨てるものの、続くハジメの曲芸じみた連撃までは対応できないと判断し、エヒトルジュエは更に空間転移で逃げ打つ。

 が、転移した先で、エヒトルジュエは見た。眼前に浮遊していた一発の弾丸がスッと消えたかと思うと、刹那、そこにハジメが出現したのを。そう、まるで弾丸とハジメの位置が入れ替わったかのように。

――特殊弾 エグズィス・ブレット

 空間・昇華複合錬成による特殊弾で、能力は起点と各弾丸の座標位置の交換だ。戦闘が始まってからこの瞬間まで、ばら撒かれた星の数ほどの弾丸。だが、その全てが敵を襲ったわけではなかった。うち幾つかはそのまま空間全体へと散らばっていき、ハジメが転移する座標となって浮遊していたのである。

 正面に出現したハジメを、エヒトルジュエは神剣をもって迎撃しようとする。

 しかし、

「むっ」

 空振りした。ハジメの僅か手前で刃が通り過ぎたのだ。更に、返す刀でハジメに斬撃を浴びせようとして――気が付けば、再び懐に潜り込まれていた。

 意識の間隙を突く。呼吸を読んでタイミングや間合いを外す。気配をわざと乱して実態を捉え難くする。体術を利用して遠近感覚を錯覚させる。相手の感覚が鋭敏であればあるほど、それを利用して認識を狂わせる。更に、

――幻想投影型アーティファクト “ノヴム・イドラ”

 使用者に重ねる形で、微妙に位置をずらした映像・気配・魔力等を纏わせ、同時に、相手の認識に干渉して偽装を真実と誤認させるアーティファクトだ。二重三重にぶれるハジメの姿や気配は、ハジメ自身の体術と合わさって夢幻の如き近接戦闘を実現する。

「貴様っ、ここにきて、まだ新たな手札を――」

 エヒトルジュエの波立った声音が遮られた。あれだけボロボロにされて、屈辱的な言葉を浴びて、死に寄り添われていながら、今この時まで手札を温存し続けたことに、さしもの神も予想を越えられたらしい。たとえ、心の内に策を秘めていたのだとしても、いつ死んでもおかしくない状況で、手札をさらさない胆力は、既に人の領域を越えている。

 僅かな戦慄に背筋を震わせたエヒトルジュエに、怒涛の攻撃が繰り出された。

「おぉおおおおおおっ!!」

 ハジメの雄叫びが響き渡り、同時に深紅の閃光が太陽フレアの如く撒き散らされる。

 神剣を繰り出し輪後光から流星群を飛ばすも、絶妙に狂わされた認識がハジメを捉えさせない。ハジメの攻撃も気が付けば当たりそうになっており、それはもう絶技を超えた神業――否、ハジメに相応しきは魔技というべきだろう。

 ここまでの戦闘で分析し体に叩き込んだ全てを駆使して神に牙を剥く!

 再び、エヒトルジュエが連続転移する。しかし、転移場所の癖を掴み始めているのか、コンマ数秒の内には肉迫する。座標交換の速度、判断力だけではない。刻一刻と上がり続ける素の速度も、既に、神速の域に入りつつある。

 それでも、エヒトルジュエの剣閃は防御不可能であるが故に、ハジメとの近接戦闘においては圧倒的なアドバンテージがある、はずだった。

ガキィンッ

「なっ!?」

 今度こそ、エヒトルジュエが響いた硬質な音と共に驚愕の声を漏らした。

 無理もない。ハジメ以外の一切を透過するはずの神剣がシュラークによって受け止められていたのだから。

 すかさず右のドンナーがエヒトルジュエを狙う。放たれた深紅の閃光を間一髪のところで転移して回避したエヒトルジュエは、やはり驚愕の表情を浮かべたまま。

「いったい、なにを――」
「錬成しただけさ」

 皆まで言わせず簡潔に答えるハジメ。

 神剣の透過能力を防いだのは、シュラークに行った錬成が原因だ。

――魂魄魔法無効化アーティファクト “デリスァノース”

 魂魄魔法によって目標以外を透過するなら、シュラークに“魂魄複製”で作り出した擬似魂魄を付与してやればいい。本来は、選定した魂魄に無意識レベルでの命令を強いる“神言”が、ミレディの対策アーティファクトだけで防げなかった場合を想定して作製された“囮”用のアーティファクトだが、神剣の目標を誤認させるには十分。

 そして、デリスァノースが施された囮は、なにもドンナー&シュラークのみではない。

 踏み込んだハジメに、エヒトルジュエが神剣を振るい、それをハジメがシュラークの銃口で受け止めた。同時に、

ドパンッ!!

 と、銃声が一発。飛び出した弾丸は、透過能力発動状態のはずの神剣を弾き飛ばした。そう、デリスァノースが付与されているのはシュラークだけではないのだ。弾丸もまた、透過能力を拒絶する!

「イレギュラーッ」
「しゃべり過ぎだ。三下」

 神剣を弾かれた衝撃で、強制的に片手万歳をさせられるという屈辱に顔を歪めるエヒトルジュエが、輪後光から流星を放つ。

 が、それを分かっていたようにクロス・ヴェルトとドンナーの弾幕で弾いたハジメは、ぬるりと間合いを詰め強烈な回し蹴りを放った。その一撃は、遂に、触れることも敵わなかった神の鳩尾に突き刺さる! “豪脚”と“衝撃変換”が施された蹴りは強烈極まりない。エヒトルジュエの体がくの字に折れ曲がり吹き飛んだ。

「くっ」

 それを追撃するハジメだったが、流石にそれまで許すつもりはないようでエヒトルジュエは天在で逃げ延びた。

 そう、逃げたのだ。神たる身に触れることを許さないという思いから回避していた今までとは異なる、純粋なる逃げ。もちろん、エヒトルジュエには自動再生がある。それでも逃げたのは、エヒトルジュエの内心が動揺に揺らいでいたから。本能的な行動だったのだ。

 それ故に、胸中に湧き上がった屈辱は大きい。それを示すようにエヒトルジュエの表情は盛大に歪む。

「おのれっ、新たなアーティファクトといい、その力といいっ。貴様、全力ではなかったのか!」
「おいおい、敵の言葉を信じるなんておめでたい奴だな。もちろん、嘘に決まっているだろう?」

 悪びれずそんなことを言うハジメと攻防を繰り広げながら、ふとエヒトルジュエは気がついた。ハジメの口調が苦しそうな気配もなく滑らかであることに。散々いたぶられた傷がもうほとんど治っていることに。

 何故、ハジメが回復しているのか。それは“覇潰”を発動して尚、力が底上げされた理由と同じ。

 遂に溶けたのだ。あらかじめ服用しておいた神水とチートメイトが込められたカプセルが、胃の中で。

 そんな理由を知らないエヒトルジュエであったが、その急激な治癒に神水以外は有り得ないと察し怒声を上げた。

「最後の神水というのも虚言かっ」
「神水と呼ぶに相応しい、とても美味しい水だったんだぞ?」

 あっけらかんと言うハジメに、近接戦闘にこだわらず距離を取っては空間爆砕や雷神槍なども放とうとするエヒトルジュエ。その表情は欺かれたことへの屈辱が上乗せされて滲み出ている。

 その不快さを助長するように、ハジメは常にぬるりと間合いを詰め離れようとしない。

 神剣とシュラークで鍔迫り合いをしながら、至近距離でエヒトルジュエが問う。

「何故、今になって」
「当然、確実を期すためだ。俺はお前の力を過小評価していない」

 たった一撃限りの“神殺し”。ユエの体を完全掌握したエヒトルジュエがどんな力を持っているのか分からない以上、確実にその一撃を与えるためにはまだ見ぬ手札を引き出す必要があった。エヒトルジュエが戯れでハジメにしようとしたことを、理由は異なれどハジメもまた行っていたのである。

 想像を上回るエヒトルジュエの強さに、ハジメをして死神の鎌を感じさせるほどだったが、どうにか大量のアーティファクトと苦痛を代償に、ある程度の戦闘力と手札の確認、そして、エヒトルジュエの“癖”を捉えることができるようになった。

 エヒトルジュエは驚愕から立ち直ると、打って変わって面白そうな表情になった。そして、自分を巻き込むことを厭わない大規模空間爆砕を瞬時に発動する。

 空間が軋み、吹き荒れていた流星群が弾け飛ぶ。その中に顔を歪めたハジメも含まれていた。出力の上がった“金剛”によって凌いだようだが、かなりダメージを負ったようだ。咳き込みながら盛大に吐血する。

 だが、直ぐに体勢を立て直しエヒトルジュエを探知する。エヒトルジュエは再び三重の輪後光を背負う場所に戻っていた。自らの攻撃でダメージを負ったようだが“自動再生”により直ぐに修復される。

「では、本当に過小評価していないか、真なる神の威をもって確かめてやろう!」

 直後、光が爆ぜた。そう錯覚する程、輪後光が凄まじい光を放っているのだ。そして、燦然と輝きながら輪後光がそれぞれ逆回転を始めた。

 その間にも放たれる今までの倍に比する光星を掻い潜りながら接近するハジメに、直後、輪後光から極太の閃光が放たれる。それは見るものが見れば、まるで光輝の放つ“神威”だと思うだろう。もっとも、その威力・規模共に桁違いだが。

「避けられはしないぞ、イレギュラー! お前が死ぬまで永遠に追い続ける滅びの光だ!」

 高らかに声を張り上げるエヒトルジュエに対し、ハジメは獰猛に犬歯を向いて答えた。

「なら、正面突破だ」

 殺意を研ぎ澄まして紅い閃光が真っ直ぐに奔る。

 同時に、有りっ丈の手榴弾をばら撒き、更に、封印石でコーティングされた巨大なチャージランスを前方に展開した。そのチャージランスは、機械音を響かせながら傘のように広がりつつ三段に伸長して高速回転を始める。

――対象霧散式突撃槍 “ロブ・レーゲンシルム”

 封印石と特殊な凹凸を表面に刻んだ高速回転する三段式突撃槍、もといドリルだ。

 触れた対象を掘削でもするように粉砕し、霧散させる突撃槍を前方に浮かべ、矛盾としながら、ハジメは空中に強烈な波紋を広げ、直後、凄まじい衝撃と共に “真なる神威”の砲撃に向かって突進した。

 封印石コーティングが瞬く間に砕かれていく中、ロブ・レーゲンシルムは神の威を強引に散らしながら、主たるハジメを標的の元へと誘う。ハジメは、 “金剛”“魔力放出”“衝撃変換”による爆発反応装甲をも利用して滅びの光海を突き進む!

「っぁあああああああああああっ!!」

 散らしきれなかった余波により、治ったばかりの傷口から血が噴き出し、内臓が、肉が、骨が悲鳴を上げる。纏う紅とは別の赤を撒き散らしながら、それでも絶叫を上げて進撃を止めない。ただの一瞬も立ち止まりはしない! 圧倒的奔流を圧倒し返す! 理不尽を更なる理不尽で押し潰す! 今までそうして来たように、全ての障碍を喰い破るっ!

「これを突破するというのかっ」

 エヒトルジュエが、己が放つ神威の中を突き進んで来るハジメを見てその強靭な意志と絶大な殺意を湛えた眼光に貫かれて――再び逃げを打った。

 天在でその場を離脱しようとする。ほとんど無意識の行動だった。

 だが、そんなことはハジメが許さない。

 周囲一体が爆音に包まれた。ハジメが放っていた手榴弾だ。それが爆発した場所を中心に、空間がぐにゃりぐにゃりと歪み、元に戻ろうとする副作用で衝撃波が吹き荒れる。

 空間を歪め衝撃波を発生させる空爆手榴弾。本来は、空間を利用した衝撃波で相手を攻撃するものだが、今、この場所では違う効果を発揮する。

 すなわち、空間の不安定化。

 精密にして繊細なゲートを使用しない直接転移の魔法“天在”を、この場所で使えばどうなるのか……

「――ッ。またもアーティファクトかっ」

 それはエヒトルジュエ自身がよく分かっているようだ。少なくとも、思わず発動を躊躇う程度には危険らしい。そして、次から次へと現れる新たなアーティファクトに、思わず悪態とも取れる言葉を吐き出した。

 その隙に、ハジメが遂に真なる神威を突破した。ロブ・レーゲンシルムは砕け散り、ハジメ自身もボロボロではあるが、そのおぞましいほどに鋭く輝く瞳が、すぐ間近でエヒトルジュエを射抜く。

 エヒトルジュエは咄嗟に逃亡から迎撃に切り替えた。もう片方の手にも神剣を出現させ神速をもって振るう。刹那の内に描かれた剣線は優に百を越える。本気も本気。エヒトルジュエ全力の剣戟だ。

 認識がずらされようが何だろうが、空間を埋め尽くす剣戟を放てば関係ない。故に、さしものハジメも反応できなかったようで、防御する暇もなく全ての剣閃がその体を通過した。何の手応えもなく。

 同時に、斬られはずのハジメがふわりと霧散し、その影からハジメが飛び出した。

「馬鹿なっ。認識をずらす程度の効果しか――」
「誰がそんなこと言ったよ?」

 エヒトルジュエが上げた驚愕の声に、ハジメがあっさりと答えた。幻影投射アーティファクト“ノヴム・イドラ”は、基本的に認識を狂わせる効果しか持たない。だが、それが能力の全てなどとは誰も言っていない。たとえ、瀬戸際においてすら、その効果しか見せていなくとも、だ。

 エヒトルジュエの視界の端に水晶のように透き通った浮遊する弾丸が映った

――幻想投影補助アーティファクト“ヴィズオン・ブレット”。

 “ノヴム・イドラ”と合わせて、弾丸を核にハジメの幻像を完全投影するアーティファクトだ。真なる神威を突破した瞬間、苛烈な迎撃が来ると予想していたハジメは、ヴィズオン・ブレットを前方に放ち、自身はエヒトの剣界から引き下がったのである。

 神剣を振り抜いた直後であり、更に驚愕で反応が遅れたエヒトルジュエに、ハジメは凄まじい踏み込みと共にシュラークを投げ捨てて義手の掌を向けた。直後、ギミックが作動し、五指が大きく伸びる。それはまるで巨大な骸骨の手。

 ハジメは、広がった機械の掌を、そのままエヒトルジュエに叩きつけた。そして、間髪入れず五指を曲げてその体を拘束し、体当たりしながら一気に輪後光を突き抜ける。

「ぁああああああああっ!!」

 雄叫びを上げて、義手のギミックであるスパイクを出してエヒトルジュエの体をアイアン・メイデンの如く突き刺し、更に掌中限定の空間固定を発動して完全に拘束する。

 エヒトルジュエは、咄嗟に魔法を使おうとするが、密着状態の義手から莫大な魔力放射――義手に転換した魔力砲“グレンツェン”による純粋魔力砲撃が行われ体内の魔力を掻き乱された為、瞬時に発動できない。更に、手首の返しだけで神剣を操ろうとするが、それも義手から飛び出したアンカーや鋼糸が巻きついて振動粉砕を発動したせいで敵わなかった。

「らぁっ!!」
「っ!?」

 そうして、コンマ数秒だが濃密な攻防の末、ハジメはエヒトルジュエを地面に叩きつけることに成功した。

 地面に組み伏せられたエヒトルジュエと馬乗り状態のハジメの視線が交差する。同時に、カチャという音と共にエヒトルジュエの心臓部分へ、五指の隙間から硬いものが押し付けられた。

 ドンナーの銃口だ。

「チェックだ。ヤケ酒の果てに生まれたらしい“神殺し”、存分に味わいな」
「まっ――」

 刹那、

ドパンッ

 銃声が一発。

 エヒトルジュエの体がビクンッと跳ねる。

 放たれたのは、当然、神の魂魄だけを選別して滅する神殺しの弾丸。解放者達の執念が宿った“神越の短剣”を圧縮し、手を加え、弾丸に加工し直したもの。

 遂に切り札の一つが、エヒトルジュエに突き立ったのだ。

 背後で輪後光がサラサラと風化するように形を崩していく。

 静寂が白き空間を満たす。

 閉じられたユエの瞼が長いまつ毛と共にふるふると震える。そして、ゆっくりと開いた瞳には、ボロボロな姿のハジメが映り……

「残念だったな。イレギュラー」
「ッ――」

 直後、ハジメの左腕が粉微塵に粉砕され、その体が血飛沫を上げながら吹き飛んだ。



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