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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

169/261

神域の世界

今回は諸事情により閑話的な話です。進まなくてすみません。
久々に一万字いってない……
「いったい、いくつの空間があるんでしょうね」
「ふぅむ。敵が大したことないのは幸いじゃが……ご主人様よ。ユエまで後、どれくらいじゃ?」

 ヴィレドリュッケンで襲いかかって来た魔物を彼方へと吹き飛ばしたシアが残心しながら呟くと、魔力を抑えながらも螺旋運動と圧縮によって威力を上げたブレスで、同じく魔物を彼方へと吹き飛ばしたティオが振り返りながらハジメに尋ねた。

「最初の空間を起点に比較すると……五分の四くらいの場所までは来たな。次か、その次の空間ってところだろう」
「もうすぐですねっと!」

 ハジメが羅針盤を発動しながらそう答えると、ちょうど背後から魔物が襲いかかって来た。それを、凄まじい踏み込みでハジメとの間に割り込み、フルスイングで吹き飛ばしながら、シアが嬉しそうな表情を浮かべる。一応、比較すれば、【オルクス大迷宮】の奈落における中階層レベルはある魔物なのだが、今のシアには全く物足りない相手のようだ。ハジメもまた、気にした様子すらない。

 シアもティオも、突入前の夜に、空が白むまでアワークリスタルによって引き伸ばされた時間の中鍛錬を続けていたので、変成魔法等を用いたものなど、新たな力を身に付けるほど力を上げていたのだ。付け焼刃感はあるものの、十分に切り札となる手札をも所持していたりする。

 もっとも、それもハジメのチートメイトという怪しさ溢れるとんでも食料のおかげという面がかなり強いのだが……ポンポンが痛くならないことを祈るばかりだ。ここには、トイレなどないのだから、女性陣は大変なことになってしまう。

 現在、ハジメ達は 大海原のド真ん中にいた。見渡す限り島一つない海という空間だ。そこを、修復したスカイボードで羅針盤を頼りに進んでいるのである。時折、海から海系の魔物飛び出して来たり、空から鳥系の魔物が飛来したりするが、特に問題なく対処している。

 とは言え、目印も何もない場所なので、もし羅針盤がなかったら、どれだけ彷徨うことになったか……時間のない中、そんな事態になるなど想像するだけでゾッとしてしまう。

 シアの言葉でも分かる通り、ハジメ達はここに来るまでの間にも、幾つかの世界を通過して来た。雫達と別れて廃都市の時計塔を抜けた後は、大地と空が反転した空間や、白いブロックが無数に浮遊する空間、【神山】もかくやという大きな山だけがそびえる空間、無数の本棚が乱立する巨大な図書館のような空間を踏破してきたのだ。

 いずれも羅針盤のおかげで迷うことなく次の空間の出入り口を発見できので、雫達と別れてからそれほど時間が経っているわけではない。それでも、ユエを想うと、どうしても気持ちは逸るので、無数の空間というのはハジメ達にとって鬱陶しいことこの上なかった。

 果たして出入り口などあるのかと、そう疑いたくなるほど見通しの良い大海原の空間をひたすら真っ直ぐ進むこと数分。スカイボードのおかげで相当な距離を瞬く間に走破したハジメ達は、不意に顔を上げた。

「暗雲?」

 ハジメが目を細めながら呟く。その言葉は、別にこの先の道のりを指して比喩表現したわけではない。実際に、快晴だったはずの空が、まるでビデオの早送りでもしているかのように急速に暗雲で覆われ始めているのだ。更には、凪の状態だった海も強風によって荒れ始めている。いきなり大嵐が発生したようだ。

 明らかな異常事態にスっと目を細めたハジメは、その視線を下に向けた。

「……でかいのがいるみたいだな」
「うわぁ、これはまた……今まで見た魔物の中で一番のサイズですねぇ」
「ううむ、今までの魔物とは一線を画す力を感じるのぅ」

 合わせて眼下を見渡したシアとティオが、嫌そうな表情を歪めた。

 その視線の先では、海に巨大な渦が出来始めていた。明らかに、自然のものではない。海流によって出来たものではないのだ。それは生き物の挙動によって副作用的に出来た渦。

 いつの間にか眼下の海全体を覆うほどにとぐろを巻いてうねる――巨大な蛇がいた。

 荒れる海の水面に映る影を見れば、全長は三百メートル以上あるのではないだろうか。胴回り一つとっても簡単には目測できないほどの太さがある。全身を金属質の鱗で覆われていて、背中にも硬質な輝きを持つ背びれが付いており、まるで刃のようにギラついている。

 と、そのとき、

キシャァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 凄まじい咆哮が轟き、空間をビリビリと震わせた。物理的な衝撃すら伴っているそれは、激しくハジメ達の体を叩き、更には精神に得体の知れない波を伝播させる。おそらく、恐慌を引き起こさせるような効果が含まれた咆哮だったのだろう。

 普通なら、衝撃波で肉体ごと意識を闇の彼方へ吹き飛ばされるか、辛うじて肉体と意識を保てても精神を掻き乱されて萎縮し、餌食になるのを震えながら待つしかなくなるところだ。

 しかし、ここにいるのは誰一人として、そんな可愛げのある者ではない。

「うるせぇな。取り敢えず喰らっとけ」

 ハジメは鬱陶しそうな表情でアグニ・オルカンを取り出すと、一斉射撃を開始した。更には、“宝物庫Ⅱ”から無造作にバスケットボール大の金属球――特大の爆弾を取り出しドボドボと海に落としていく。

 一拍後。水面の下が一瞬光ったかと思うと、くぐもった爆音と同時に天を衝くような水柱が無数に噴き上った。

グゥオオオオオオオオッ!!

 海の怪物から絶叫が上がる。それは悲鳴ではない。純粋な怒りの咆哮だ。矮小な存在の生意気な態度に憤っているのだろう。

 それを示すが如く、水中に赤黒い光が奔った。強烈な殺意を感じさせるそれは眼光だ。憤怒の咆哮が未だ大気を震わせる中、海面を山のように盛り上げながら、それが姿を現す。

 海面から五十メートル以上も飛び出し鎌首をもたげる竜のような頭部。大きさは、鱗の一枚一枚が人間の子供ほどもあると言えば、その巨大さが伝わるだろう。そこに、赤黒い光を放つ一対の眼と、ズラリと並んだ二重の鋭い牙、両サイドにヒレのようなものが付いている。ヒレは、胴体と同じく金属質の輝きと刃の鋭さを持っていて、触れるだけでスッパリと両断されてしまいそうだ。

 尋常でないプレッシャー。そこに存在するだけで空が暗雲に包まれ、海は世界の終わりでも訪れたように大きく荒れる。鋼鉄よりも尚硬そうな無数の鱗に包まれた大蛇、否、海龍の姿は、さながら地球の伝承にあるリヴァイアサンのよう。

「敢えて区別するなら“神獣”と言ったところかの」
「確かに、メルジーネ海底遺跡で戦った“悪食”以上のプレッシャーを感じますね。太古の怪物より上なら、妥当な表現です」

 ティオの表現に、シアが同意する。だが、“神獣”と称する割には、余裕の表情だ。声音にも特に緊張の色は見られない。冷静に呼称を話し合える時点で、神獣リヴァイアサンのプレッシャーを意に介していないと示しているようなものだ。

 それが伝わったのだろうか。神獣が再び咆哮を上げた。自分の威が通じないなど有り得ないとでも言うように、最初の咆哮よりも更に強力になっている。

 だが、それは少々無防備が過ぎるというものだろう。

「だから、うるせぇよ」

 ハジメは、改良されたシュラーゲンを取り出した。

 否、もはやそれは“アンチマテリアルライフル”の領域を、フォルム・スペックの両面において遥かに凌駕している。真っ直ぐに四メートル以上伸びたバレルは、口径が大幅に増えており、どう見ても砲塔というべきサイズ。合わせて、全体的に二回り以上は大きくなっている。

――電磁加速式大口径狙撃砲レールキャノン シュラーゲンA・(アハト・)(アハト)

 素敵なロマン兵器をお求めか。よかろう、ならば88mmだ! ハジメの魂が宿ったレールキャノンである。

 脇構えで照準を固定したハジメは、レールキャノンに紅いスパークを奔らせる。直後、大口を開ける神獣に向かって躊躇いなく引き金を引いた。今までとは比べ物にならないほど超速でチャージされた貫通特化の砲撃は、凄まじい轟音と爆炎を上げながら飛び出し、紅い閃光の尾を引いて神獣の口内に飛び込んだ。

 そして、ドバッ! と音を立てながら神獣の後頭部の鱗を内側から砕いて飛び出し、更に、上空の曇天をも吹き飛ばして異界の彼方へと消えていった。

ガァアアアアアアアアアアッ!!

 再び上がった咆哮は、明らかに悲鳴だ。衝撃に仰け反り、大口を開けたまま血を撒き散らす。

 それを鼻で笑いながら、ハジメは影を走らせた。速度が早すぎるのと暗雲のせいで周囲が薄暗いため見え難く、神獣もダメージを受けたことに対する動揺からか、その影を見逃して口内への侵入を許してしまう。

 それを吐き出すため、そして、傷を与えられたことに対する激烈な怒りから、神獣は、その顎門から凄まじい熱量の火炎を吐き出した。

 ハジメは無言のまま、クロスビットを取り出す。直後、クロスビットの作り出す四点結界に火炎が直撃し、その表面を灼熱の炎で舐め尽くした。が、使徒の分解攻撃でもないかぎり、クロスビットの結界が、そう易々と破られるわけもなく、中のハジメは涼しい顔だ。

 神獣は、己の火炎が止められたことに一瞬瞠目したものの、神獣の意地だとでもいうかのように更に熱量と勢いを上げて、ハジメを焼き殺しにかかった。流石は神獣というべきか、その熱量は尋常ではないようで、直接触れているわけでもないのに海面が蒸発して白煙を上げ始めている。火炎の影響もあるのか、一度は吹き飛ばされた暗雲も急速に復活し始めた。

 が、その直後、

「先を急いでいるっていうのに、空気を読みやがれですぅ!!」

 黒の雲海を突き抜けて淡青色の塊が流星のように落下して来た。ウサミミが風に煽られて激しく荒ぶっている。シアだ。

 ハジメが火炎を防いだ直後に、スカイボードを“宝物庫Ⅱ”に仕舞って一気に上空へと飛んだシアは、暗雲すら突き抜けて、快晴の空を舞い、そのまま反転。“空力”による連続の踏み込みで隕石の如く目標目掛けて落下してきたのである。

 シアを中心に空気の壁が出現する。それを一瞬で振り切って音速の世界に突入したシアは、その勢いを僅かにも減じさせることなく、重力石で重さを二十トンにまで高めたヴィレドリュッケンを大上段に構えた。

 そして、大口を開けて火炎を吐くことに夢中になっていた神獣の頭部に遠慮容赦の一切ない凄絶な一撃を叩き込んだ。

 轟音。粉砕音。そして悲鳴。

 強制的に口を閉じさせられた神獣は、口の隙間から火炎をチロチロと噴き出しながら、同じようにくぐもった悲鳴を隙間から漏らす。その金属の鱗で覆われていた頭部は、ガラスを砕いたかのように粉砕され、赤黒い肉が見えている。

 シアの一撃が相当効いたのだろう。神獣の威容には相応しくないふらつきを見せる。脳震盪でも起こしているのかもしれない。

 だが、それで手が緩められるわけもなく、

「ご主人様の錬成でも良かったと思うがのぅ」

 そんなことを呟きながら、上空で竜の翼をはためかせながら漂うティオが、両手を顎門のように合わせて黒色の魔力を集束した。そして、それを一気に解放する。竜のブレス、圧縮貫通仕様だ。

 螺旋を描いて細く槍の如く撃ち下ろされた一撃は、狙い違わずシアが粉砕した場所に着弾し、そのまま神獣の頭部を貫いた。

 黒の槍が、頭を突き抜けて口内に入り、そのまま喉元を内側から突き破って海へと突き刺さる。

 致命傷。誰が見てもそう思えたが、古の怪物をも凌駕する神獣を殺しきるにはまだ足りないらしい。

グァアアン!!

 神獣は即死せず、少し甲高い声を上げたかと思うと、海水がその体を這うようにせり上がってきた。そして、破壊された場所を覆うと、まるで浸透するように海水が傷口に呑み込まれ、直後、傷口が盛り上がってビデオの逆再生のように修復していく。

「うへぇ、もしかして、海水がある限りいくらでも再生できるとか、そういう感じですか?」
「だとすると、殺しきるのは手間じゃのぅ。魔石を破壊できれば一番なんじゃが……ご主人様よ、そこのところはどうじゃ?」

 ティオが、ハジメの傍らに降り立ちながら尋ねる。

 ハジメは、妙にギラついた眼差しで神獣を見ながら首を振った。

「いや、魔石は見当たらない。あの巨体だから見逃している可能性もあるが……比例して魔石もでかくなるだろうから、これだけ探して見つからないということは最初からないんだろう。悪食と同じく全体的に赤黒く染まって見える」
「むぅ、厄介じゃの。負ける気はせんが、時間を喰うのは避けたい……」
「どうします? ハジメさん」

 かつて相対した魔物の始祖とも考えられる太古の怪物と同種の化け物と聞いて、シアとティオは眉根を寄せた。

 だが、対するハジメは、軽く肩を竦める。

「こういう、海の巨大生物は、体内に入って内側から攻撃するってのがセオリーだろ?」
「あっ、さっきの……」

 シアが何かに気がついたように声を上げた。

 その瞬間、その声を掻き消すように頭部を修復中だった神獣が絶叫を上げる。

ァアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 紛れもない悲鳴。まるで激痛に苦しむように激しく全身をのたうっている。

 その様子を見て、ティオも得心が言ったように頷きながらハジメに尋ねた。

「ちなみにご主人様よ。コースは何じゃ?」
「内側からタールによる蒲焼。爆発物と猛毒を添えて」
「おぉう……それはまた、ちと同情してしまうのぅ」

 ハジメの回答に、ティオが可哀想なものを見るような眼差しを神獣に送った。

 当の神獣は、咆哮を上げながら未だ激しくのたうち回っている。

 それも仕方のないことだ。何せ、体内に送り込まれたクロスビットから、ゲートを通じて大量のタールと爆発物、おまけに奈落産最強の毒物を撒き散らされた挙句、一斉に火をかけられたのだ。こうなっては硬い鱗も関係ない。

 神獣が海水を飲み始めた。体内に海水を入れて傷を癒そうというのだろう。だが、それは悪手である。

 それを証明するように、神獣が海水を飲み込んだ直後、盛大な爆音と共に胴体の一部が内側から弾けとんだ。口からも爆炎が噴き上がる。神獣から困惑に満ちた悲鳴が上がった。

「摂氏三千度の炎に大量の水なんて……水蒸気爆発を起こすに決まっているだろ。って、獣がそんなこと知るわけないか」
「そりゃあ、あんな生き物の体内を燃やしたことのある人なんてハジメさんくらいでしょう。絶対、初体験ですよ」
「嫌な、初体験じゃなぁ。……嫌、むしろ素敵な初体験かの?」
「お前の業はどんどん深くなっていくな。いつか、俺の手に負えないような要求をされそうで怖ぇよ」

 ティオの戯言に、ハジメは嫌そうな表情になる。そして、えへえへと何故か照れているティオをスルーして神獣に視線を戻す。

 回復するどころか更にダメージを負うといことに、どこか絶望的な雰囲気を漂わせる神獣は、それでも強大な怪物であるという矜持があるのか、大量の血を吐き出しながらハジメに殺意に激った眼光を向けた。

 それを受けたハジメは……何故かじゅるりと舌舐りをした。

 神獣がビクッと震える。

 そんな神獣に獰猛な笑みを浮かべながら、ハジメはポツリと呟いた。

「喰いたいな……」
「「え?」」

 小さな呟きだったのに、吹き荒れる豪風や大荒れの海を物ともせず、何故か明瞭に響いたその言葉に、シアとティオが勢いよくハジメの方を向いた。

 神獣も、激痛にのたうっていたはずなのに、その動きをピタリと止めてハジメを凝視している。

 ハジメは、先程から向けていた妙にギラついた瞳を真っ直ぐに神獣へと向けながら、更に呟いた。

「いい感じに力の漲った肉だ。これなら、俺の糧にもなるだろう」

 そして、再度、舌舐りする。

 それでようやく神獣も気がついた。

 眼前の敵が、己に向けていたギラつく眼差しは、敵愾心とか殺意とか、そういう分かりやすいものではなく……食欲だったのだと。

 ゾワリと、生まれてこの方、感じたことのない悪寒が全身を駆け巡った。知らず、神獣にあるまじき“後退”を行う。食物連鎖の頂点に立つ存在が決して向けられることのない眼差し――捕食者からのそれに言い様のない恐怖心が身を侵す。

 出来ない――などとは思わなかった。現に、今、こうして追い詰められているのは自分の方なのだ。神獣は確信した。このまま戦えば、自分は確実に……喰われる、と。

 そう、理解した途端、神獣は自分でも驚くほど俊敏に身を翻した。燃え盛る体内の熱も、蝕む毒の痛みも、海水に触れて起こる爆発の衝撃も、全てを無視して、ひたすら逃亡の為に全力を注ぐ。

 最強レベルの魔物としては有り得ない潔さで逃亡を図った神獣に、さしものハジメも一瞬、呆けてしまった。それほどまでに、見事な逃亡だったのだ。ピュ~と効果音が付きそうなほどに。

「っ、てめぇ。待て、肉ぅ! 神獣のくせに逃げてんじゃねぇぞ!」

ピギャァーーー!!

 ハジメが慌てて神獣の体内にあるクロスビットを使って足止めしようとすると、神獣は、少し情けない感じの咆哮を上げて、その長い体を一瞬だけ収縮させ、一体、どこから取り込んだのか大量の海水を盛大に吐き出した。

 当然、盛大に爆発が起こり、体のあちこちを内側から爆破されたものの、どうにかクロスビットを吐き出すことに成功する。そして、そのまま海水を操って幾本もの水上竜巻を作り出すと、それをハジメに向かって走らせながら一目散に海の底へと潜っていく。

「てめぇ、の、肉、を、喰わせ、ろぉ~」

 四方八方から迫る水上竜巻を魔力の衝撃変換で吹き飛ばしながら、怨嗟にも似た声音で神獣の肉を求めるハジメ。

 海面の下から一瞬だけ振り返った神獣は、己の肉を求める小さな生き物のその血走った眼と視線が合ってしまい、それに絶大な恐怖心を抱きながら「見てはいけないものを見てしまった」とでも言うように慌てて視線を逸らした。

 そして、

ピィイイイイイイ~~~~!!

 と、情けないを通り越して哀れを誘う泣きの入った声を響かせながら、深海の闇の中へ姿を消していった。何となく、「もう、家から出ないぃ~」と言っているように思うのは気のせいだろうか。

「ちくしょう! あのレベルの魔物が即座に逃亡とか有り得ないだろう! 土壇場でパワーアップのチャンスだったってぇのに!」

 神獣が消えたせいか、暗雲が霧散していき、荒れた海が再び凪を取り戻しつつある中、空中で地団駄を踏むハジメ。

 そこへ、呆れたような眼差しを向けるシアとティオが寄って来た。

「ご主人様は、既に神獣ですら捕食対象なのじゃな」
「今まで、あんな眼で見られたことないでしょうから、耐性なかったんでしょうね。最後の鳴き声とか、ちょっと哀れでした。トラウマになって引き籠もりにでもなるんじゃないですかね」
「チッ、根性のない蛇だ」

 神獣もまさか、根性を問われることになるとは夢にも思わなかったに違いない。

 ハジメが、不機嫌そうに戻ってきたクロスビットを仕舞って、進路を取ろうと再び羅針盤を取り出した。

 すると、ちょうどそのとき、ハジメ達の視線の先で、数キロメートルほど離れた場所の空間がぐにゃりと揺らめき始めた。そして、数瞬後には、溶けるように消えた空間の隔たりの奥に大きな島が出現した。

「……どうやら、あの島の中心に次の空間への入口があるようだな」
「神獣を退けたから、出現したんでしょうか?」
「その可能性が高いのぅ。まさか、あんな感じで退けられるとは誰も思わんじゃろうが」

 トラウマを刻まれたであろう神獣が消えていった場所に同情の視線を送り、ハジメの先導に従ってシアとティオもその場を離れた。

 島は、かなりの大きさがあるようだった。全体が数十メートル級の高い樹々に覆われており、海岸線以外は陸地が全く見えない。次の世界への入口は、その森林の中心にあるようだった。

 そして、シアのウサミミが、その中心部分を筆頭に多数の強力な魔物が蔓延っていることを捉えていた。

 神獣程ではないが、いずれも強力な魔物だ。負けることはないが、数が多いので神獣と同様に相手をしていては時間がかかりそうである。

 シアは、視線で「どうしますか?」とハジメに尋ねた。

 ハジメは、“宝物庫Ⅱ”から、再びシュラーゲンAAを取り出すと、スカイボードの上で膝立ちの姿勢となり狙撃体勢に入る。スコープには熱源感知によって樹々を透過し生き物だけが映っている。

「あぁ、もしかしてハジメさん……」
「ちょっと待ってろ。直ぐに片付ける。知覚外からの雷速精密砲撃だ。対応できないだろう。邪魔そうな奴だけ先にド頭吹き飛ばしてやる」

 シアが、引き攣った表情でハジメに確認を取ると、全く予想通りの答えが返ってきた。

 直後、凄まじい轟音が鳴り響き、紅の閃光が一瞬で空を駆け抜けた。

 その一条の閃光は、深い森の奥でのっそのっそと歩いていたジャイアントコングのような巨大なゴリラに一切気がつかせることなく、即頭部からその頭を吹き飛ばし、脳髄を周囲に撒き散らさせた。ついでとばかりに、着弾した地面が周囲の樹々ごと吹き飛び、大きなクレーターが出来上がる。

 更に、連続して響く轟音。十キロメートル以上の遠方から、認識不可能な速度で飛来する死の光に、空間の出入り口があると思われる周辺をうろついていた巨大な魔物達が次々と頭部を四散させていく。鬱蒼としていた森は一瞬で穴だらけの戦場跡地となった。

「きっと、神獣を倒した後に、追加で強力な魔物がわんさか! さぁ、大変! みたいな感じなんでしょうね。本来は」
「まぁ、迷宮ではないから試練というわけではないじゃろうが……障害であることには違いなさそうじゃしの」

 半笑いしながら、ここに来るまで、今のようにハジメが正攻法でない方法であっさり障害を排除していくので、自分達は、ほとんと活躍していないことを思い出すシアとティオ。

 二人して、ユエを取り戻す際は、思いっきり暴れてやろうと共感たっぷりの視線を交わし合った。

 だが、その意気込みは、ユエの元に辿り着く前に発揮されることになる。

 島の魔物を一方的に虐殺した後、森の中心にあった石像から次の空間に転移したハジメ達は、いくつもの巨大な島が浮遊している天空の世界に飛び出した。

 直径が数十メートル程度の島もあれば、数キロ規模の島もある。どういう原理か、浮遊島から途切れることのない川の水が流れ落ち続けている。高さ故に、途中で滝からただの霧に変わって、白い霧が周囲を漂っている光景は中々に幻想的だ。

 浮遊島の上は、どこも緑に溢れているようで、草原もあれば、森林もある。ただの岩の塊といった様子の浮島は一つもなかった。

 眼下の広がる雲海。目線の高さに棚引き、あるいは上空を漂う綿菓子のような雲。今にも甘い香りが漂ってきそうだ。

 太陽はないのに燦々と光が降り注ぎ、雲の隙間を縫って光の柱――俗に言う“天使の梯子”がいくつも出来ている。

 数多の浮遊島と溢れる白雲、そして降り注ぐ光芒。

 とても荘厳で神秘的。何も知らず、ここが天上の世界だと言われれば無条件に信じてしまいそうである。

 ハジメ達は、ほんの少しの間、その光景に目を奪われた後、頭を振って先へと進んだ。目的地は、数ある浮遊島の中でも一際大きな浮遊島。羅針盤はそこを指し示している。

 スカイボードを飛ばし、瞬く間に距離を詰めた。同時に、その浮遊島に強烈な気配を捉える。

 目を細め警戒を強めたハジメ達の前に、そいつは現れた。

「やはり来たか。南雲ハジメ。神に逆らいし愚か者よ」

 使徒のような銀の翼と髪を風にそよがせた魔物使いの魔人族――フリード・バグアーだ。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
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