挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

168/261

それぞれの結末

 鈴が恵里を追いかけて廃ビル群の向こう側へと消えていった後、雫と龍太郎は襲い来る屍獣兵達約六十人を相手に互角の戦いを繰り広げながら光輝と相対していた。

 龍太郎が己の肉体を変成させて魔物の特性を発揮する高等変成魔法“天魔転変”を発動して光輝に肉迫すれば、それを邪魔しようと、あるいは隙を突こうと迫る屍獣兵を雫が対応する。

 ハジメから与えられた黒刀の群れ――“意志示す刀群リビングソードズ”が戦場を縦横無尽に駆け回り、まるで一つの生き物のように連携して屍獣兵を阻み、または斬り捨てる。

「“二陣・閃華”! “五陣・飛爪”!」

 雫の号令が木霊する。それに合わせて二十本の刀群の内、四本が防御系固有魔法を所持した屍獣兵の大盾を空間ごと切り裂いた。そして、隊列を乱し、鋼鉄の盾を失った彼等に向かって、更に四本の黒刀が風の刃を飛ばす。

 絶妙なタイミングで飛翔した不可視の風刃は、そのまま大盾持ちの屍獣兵二人を容赦なく切り裂いた。防御力が高いため両断とまではいかなかったが、両腕が肩から切り飛ばされ、くるくると宙を舞う。

「“三陣・引天”! “四陣・閃華”!」

 更に、大盾持ちの屍獣兵を踏み台にして、龍太郎の背後を突こうと宙を疾駆した屍獣兵達に、四本の黒刀が濃紺色に輝いて強制的に引き寄せる。手に持った大剣や槍が宙を飛ぶ黒刀の刀身にガキンッと音を立てて吸着した。

 致命的な隙を晒した大剣使いと槍使いの屍獣兵が、直後に背後から放たれた空間の断裂に切り裂かれて唐竹に両断される。流石に、屍獣兵と言えども体を縦真っ二つされてしまえば戦闘不能にならざるを得ない。

 回復系固有魔法を持つ屍獣兵でも、部位欠損や完全に両断された肉体を癒すには時間がかかる。そして、そんな時間を雫が与えるわけがないので排除したのと同義というわけだ。

 そんな雫に屍獣兵が上下左右から同時攻撃を仕掛けた。赤黒い眼光が雫を射抜き、殺意が風に乗って肌を撫でる。

 されど、その程度で萎縮するような柔な精神を、雫は既に持ち合わせていない。特に、今は惚れた男の守り刀ともいうべき黒刀の群れが傍にあるのだから。

「“一陣・重閃”! 切り裂け、“飛爪・四連”!!」

 雫の四方で剣先を外に向けて周回する黒刀四本が、ともすれば優雅にすら見える挙動でくるりと回った。発動されたのは一時的に重力を断ち切る能力――“重閃”。

 結果、迫っていた屍獣兵達は突然重力の鎖から解き放たれて盛大にバランスを崩した。その決定的な隙を逃さず、雫の抜刀術が発動する。剣腕が霞む程の速度で刹那の内に繰り返された抜刀は四度。リンッと鈴の音が鳴る度に、不可視の斬撃が屍獣兵達の首を飛ばす。

 更に、その後ろから周囲に飛ばしていた黒刀が豪速で戻り、そのまま首のない屍獣兵達を背後からばらばらに寸断する。

 雫の“意志示す刀群”は、基本四本五陣で構成されており、陣名と技名を唱えることで、一つの部隊に同じ命令を下すことが出来る。また、二十本それぞれにも“一(しん)、二振”と名があり、一本一本に命令を下すことも出来る。発動する技の名前を唱えれば、黒刀達はそれぞれ雫の八重樫流を基本に、本人と遜色ない剣技を以てある程度自己判断で敵を襲う。

 “意志示す刀群”という名の通り、全ての黒刀と雫は変成魔法による意思疎通やイメージ共有が出来ているので、タイムラグなく雫の意思を示すが如く全ての黒刀を操れるのだ。

 と、その時、屍獣兵の強襲を退けた雫に怒声が飛んだ。

「雫! 避けろ!」
「ッ――」

 龍太郎からの警告。その内容を確認するよりも先に、雫は“空力”と“縮地”を発動してその場を一気に離脱する。

 その直後、一瞬前まで雫がいた場所を神威の閃光が轟音と共に通り過ぎていった。運悪く巻き込まれた屍獣兵が一人、塵も残さず消滅する。

「光輝。てめぇ、わざと射線を重ねやがって。やってくれるじゃねぇか」
「龍太郎の行動パターンは熟知しているからな。動きを誘導するのは容易いよ」
「うっせぇよ! それならなぁ、俺だってお前の動きは分かるんだよ!」

 龍太郎が、鬼の肉体を以て光輝へ急迫した。体長二メートルを軽く超える巨体が衝撃波を撒き散らしながら迫る光景は肝が冷えるほどの迫力がある。

「無駄だよ」

 しかし、対する光輝は表情一つ変えない。そして、詠唱も挙動もなく、背後の光竜を――具現化したまま神威の塊を操って盾を形成した。もっとも、神威そのもので出来ている以上、盾の形をとっているだけで本質は滅殺の攻撃力を秘めた破壊の光そのものだ。

「しゃらくせぇ! “重金剛”!」

 龍太郎は、怯まない。両腕をクロスさせて、変成した鬼の特性、“金剛”の多重展開をする。派生技である集中強化と同レベルの強度を誇る“金剛”が二重、三重と重なって鉄壁の守りを形成するのだ。

 一つの鉄塊と化した龍太郎は、そのまま神威の盾に突っ込んだ。

 そして、“重金剛”を吹き飛ばされながらも、多少の手傷を負っただけで見事に突破を成功させる。

「うん。龍太郎ならそうすると思ったよ」

 そこへ響くのは冷静な光輝の声音。

 神威の盾を突き抜けた瞬間の龍太郎へ絶妙なタイミングでのブレスが迫った。“金剛”が解けたばかりの龍太郎では、鬼の強靭な肉体があってもただでは済まない破壊の光が迫る。

 だが、神威の光に照らされながらも龍太郎は不敵な笑みを浮かべた。あたかも「そうすると思ったぜ?」とでも言うように。

「来たれ、深淵の狼王、“天魔転変”!」

 直後、神威のブレスが龍太郎のいた場所を呑み込んだ。

 同時に、光輝が聖剣を側面に回して防御の型をとり、そこへガキンッと硬質で強烈な衝撃音が響き渡った。

 光輝の眼前に鋭い爪の先が辛うじて止まっている。それを繰り出したのは、上半身を体毛に覆われた狼の頭部と五本の鋭い爪を生やした異形。御伽噺に出てくるワーウルフそのものだった。

 光輝は、無言で光竜に攻撃を振るわせる。だが、光竜の爪が龍太郎のいた場所を薙いだときには、既に反対側へと回っていた龍太郎の回し蹴りが光輝の肩口を襲っていた。その尋常ならざる速度に、光輝が瞠目しながら吹き飛ぶ。

 と、次の瞬間には、吹き飛ぶ光輝に追走した龍太郎が、その凶爪を振るった。

「くっ」

 凄まじい速度と攻撃威力に、光輝は思わず呻き声を上げる。それでも、聖剣で爪を弾きつつ、光竜に命じて無数の光弾を飛ばした。ガトリングガンのように掃射された神威の光が龍太郎にカウンターとなって襲いかかるが、龍太郎は、それらを残像を引き連れながら全てかわしてしまった。

 変成魔法“天魔転変”――モデルワーウルフ。鬼形態に比べパワーと耐久性は落ちるものの速度は比べ物にならないほど上昇する。

 光弾を潜り抜けた龍太郎は、そのまま光輝の懐に潜り込んで鋭く伸びた爪による斬撃を放った。

「こんなものっ」

 刹那、光輝が光竜の形を崩して、神威の光を爆発させた。光輝を中心にして光が一気に膨れ上がる。まるで恒星と化した光輝に、龍太郎は堪らず後方へと引いた。

 だが、避けきれずにその身をかなり焼かれてしまう。咄嗟に、両腕をクロスして急所を庇った龍太郎だったが、耐久力には向かない形態だ。盛大に体毛を炭化させて白煙を上げながら距離を取らされてしまった。

「龍太郎! 無事!?」
「応っ、ちぃとばっかし効いたけどなぁ。これくらいどうってことねぇ」

 屍獣兵を数体切り裂いて、駆け寄って来た雫が龍太郎の頭からハジメ特性回復液をぶっ掛ける。今度は異なる理由で白煙を上げながら、龍太郎は狼の眼差しで光輝を睨み据えた。

「それより、あの神威はやっぱり厄介だぜ。変幻自在すぎだろう。ここぞって時に攻めきれねぇ」
「なら、今度は二人掛りで行きましょう。龍太郎が光輝を押さえてくれていたおかげで、屍獣兵なら大方片付けたから」
「あいよ。鈴も気張ってるだろうからな。二人でやって勝てませんでした、とは言えねぇぜ」
「全くね。さっさと、あの馬鹿をぶちのめすわよ!」
「応っ!」

 光輝が再び光竜を形成し神威のブレスを放って来たのを確認して、雫と龍太郎は一気に散開する。

 それを見て、一度頭を振った光輝は決然とした表情で魔力を更に噴き上げた。

「そろそろ恵里が心配だ。二人には色々と驚かされたけど、手札はもう尽きただろう? 終わりにさせてもらうよ」

 光輝は更に小光竜、神威版天翔剣、神威版天落流雨を同時発動して戦場ごと二人を蹂躙しにかかった。

 今の光輝は、まるでレーザー砲を乱れ打ちする要塞のようだ。光輝を中心にして様々な形に造形された神威の光が周囲の廃ビルを根こそぎ倒壊させながら雫と龍太郎を覆い尽くすように迫る。

 だが、言い換えればそれは洗練さに欠けた大雑把な攻撃とも言える。だからこそ龍太郎は笑った。粘りを見せて焦れた光輝は、必ず大技に頼ると踏んでいたからだ。

 今このときが、対光輝用に用意した切り札の切りどころだ。

「来たれ、天衝の大樹っ、“天魔転変”ッ!!」

 数多の神威が迫る中、ワーウルフの体毛が抜け落ち、その体が変貌する。体の至るところが節くれ立ち、黒褐色へと肌が染まっていき、髪も深緑色へと変わった。その中で眼だけが赤黒い光を炯々と放っている。

 直後、龍太郎を小光竜と神威の流星群が襲った。龍太郎は避けることもなく、光輝に突進しながら光に呑み込まれていく。

「龍太郎、しばらく眠っていくれ」

 光輝が龍太郎を倒したと確信し、そう呟いた。防御特化の鬼形態ならともかく、“金剛”を発動したように見えなかった龍太郎では耐えられるわけがなかったからだ。

 だが、その考えは直ぐに否定されることになった。

「ざけんな。てめぇを叩き起こすまで寝てられるかよ」
「なっ!?」

 光の中から龍太郎が無傷で飛び出してきたのだ。

 そして、完全に意表を突かれて隙を晒した光輝に、肉迫した龍太郎の拳が突き刺さった。真っ直ぐ放たれた正拳突きが、鎧越しに光輝の腹部へと突き刺さる。的確に鳩尾を狙い打ったそれは、凄絶な衝撃を余すことなく光輝の肉体内部へと伝播し内臓を攪拌する。

「ごはっ!?」

 龍太郎の拳の破壊力ならよく知っている光輝だったが、それでも聖なる鎧や衝撃緩和を行ってなお、意識を持って行かれそうな凄まじい威力に一瞬頭が混乱する。堪らず吐き出した血は声を詰まらせた。

 変成魔法“天魔転変”――モデルトレント。奈落の九十層クラスにいる植物系の魔物だ。その特性は光の吸収と吸収した光のエネルギー変換だ。変換エネルギーは魔力でも体力でも、単純な膂力でも何にでも変換できる。

 そう、龍太郎は、このトレント形態で光輝の光属性魔法である神威の光を吸収し、それを膂力に変換したのである。

 衝撃が霧散することなく一点集中で放たれたため、吹き飛ばされずに拳に突き上げられた状態になった光輝に龍太郎が獰猛に笑う。

「よぉ、少しは眼ぇ覚めたかよ、親友」
「ぐっ、りゅうた――」
「おまけだ。いつまでも寝ぼけてんじゃねぇぞ!」
「ッ――ぐぁ!?」

 衝撃で咄嗟に動けなかった光輝の顔面に、龍太郎の巌のような拳が突き刺さった。ゴバッ! と顔面への攻撃としては鳴ってはならない音を響かせ、光輝が鼻血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。

 それでも、エヒトに強化された体は辛うじて光輝の意識を途切らせなかった。どうにか連動する光竜を操って体勢を立て直そうとする。

 刹那、不意に光輝の背中が粟立った。同時に“気配感知”が、自分の吹き飛ぶ方角に待ち構えている剣士の存在を知らせる。

 当然、神威の嵐と屍獣兵を凌いで回り込んでいたのは雫だ。抜刀姿勢のまま、魔力を凄まじい密度で凝縮している。黒刀の鞘が耐え切れないとでもいうようにギチギチと軋みをあげ、鯉口から濃紺色の魔力が溢れ出している。

 光輝は必死に制動をかけながら、体にかかる負担により呻き声にも似た声で雫の名を呼んだ。

「し、ずくっ」
「甘んじて受けなさい、この一撃」

 そうして、“無拍子”で姿を掻き消しながら踏み込んだ雫が「――“魄崩”」と小さく呟くと共に、その放たれた抜刀一閃が見事な真一文字を宙に描いて光輝を両断した。

「――ッ」

 体の中を斬撃が通り抜ける確かな感触に、声にならない悲鳴を上げながら光輝は間違いなく斬られたと思った。

 だが、雫が通り過ぎ残心するのを目にしながら、ようやく龍太郎に与えられた衝撃から逃れ、止まることが出来た光輝は思わず目を丸くした。そして、呆然とした様子で自分の体に手を這わせる。

 その手の先には斬られた後など微塵もなく、確かに繋がったままの無事な体があった。

「一体、何を……っ、何だ、魔力がっ」

 一瞬、斬られたのは気のせいで雫はやっぱり自分を斬ることが出来なかったのではないかと、都合の良い事を考えた光輝だったが、直後、雫の一閃は確かに届いていたのだと思い知らされることになった。

 光輝が背負っていた光竜がズルリッと斜めにずれたかと思うと一気に霧散してしまったのだ。それだけでなく、放っていた神威・天落流雨の流星も、神威・天翔剣の飛ぶ斬撃も、オールレンジ兵器のように飛び回っていた小光竜も全て霧散してしまった。

 わけのわからない状況に、光輝は混乱しつつも直ぐさま魔力を練り上げようとする。しかし、自身の内から無限に湧き上がってきていた魔力までもが、まるで穴の空いた容器から水が零れ落ちていくかのようにどんどん流出していってしまい、直ぐに魔力枯渇の状態となってしまった。

 そうすれば、当然の如く襲ってくる虚脱感。光輝は体をふらつかせて地面へと落ちていく。光竜を利用した飛翔も、アーティファクトの靴による“空力”も維持できなくなったのだ。

 それでもどうにか墜落死だけは避けて膝を突きながら着地する光輝の前に、雫と龍太郎が降り立った。

「し、ずく、何を、したんだ……」

 光輝が震える声で尋ねる。

「“魄崩”――魂魄魔法の生物の持つ非物質に干渉できるという力の根源を追求した能力よ。対象の魔力、体力、精神、そういった目に見えないものでも斬ることが出来る。斬りたいものだけを斬る……剣士が至るべき極地へ、ズルして進ませて貰ったのよ」

 雫の説明に光輝が目を大きく見開いた。「何だそれは」と言いたげな唖然とした表情だ。

 それも無理はないだろう。雫は光輝の体には影響を与えずに、身の内に溢れる魔力だけを斬り飛ばしたというのだから。確かに、障害物があろうとなかろうと斬りたいものだけを斬れるというのは剣術の極地と言えるだろう。

 雫は、黒刀のおかげであり剣士としてはズルみたいなものだと謙遜するが、実際には“魄崩”を発動しただけでは、そう簡単に斬る対象を選ぶことは出来ない。

 何せ、人体のあらゆる要素を透過して対象だけを斬るのだ。それだけ明確なイメージ補完と何より強靭な意志が必要になる。絶対に、他の一切を傷つけず、それだけを斬るのだという明確にして迷いのない意志が。

 それは言うほど簡単なことではなく、雫ほどの剣士でなければ出来ないことだ。少なくとも、同じ流派を学んだ光輝であっても、“魄崩”を十全に使うことは出来ないだろう。

「……でも、少し失敗したわ。今の一撃で、“縛魂”の呪縛も断ち切ろうと思っていたのだけど、魔力に守られて届かなかった。……まだ、都合の良い夢を見たままなのでしょう?」

 刀群を背後に従えながら、ジャキと音を鳴らして手に持つ黒刀を構え直す雫に、光輝は表情を歪める。

「しず、く。俺を、斬らなかった、のは……未だ、俺を想って、くれる心が……残っているから、だろう? 南雲の、洗脳も、完璧じゃない。……その証拠に、殺意を、感じなかった」
「光輝……」
「大丈夫、だ。龍太郎も、俺を殺そうとは、しなかった。二人とも俺が救って――」

 光輝の言葉が途切れた。雫が黒刀を抜き“魄崩”を放ったのだ。傍らで腕を組みながら眉間に皺を寄せていた龍太郎が、お疲れさんと言うように雫の肩を叩いた。

 雫もふぅと息を吐いて納刀する。恵里の“縛魂”を斬ったと確信したからだ。これで、恵里に植えつけられた矛盾だらけの認識は崩れるはずである。

「光輝。どう? これで洗脳は解けたはずよ。自分が何をしていたのか。今、何が起きているのか……分かっているわね?」
「……」
「まぁ、何だ。取り敢えず、ド反省しやがれ。後はさっさと南雲達を追って、クソ神をぶっ飛ばして、地上で戦ってる連中を助けて…………帰ろうぜ、光輝」
「……」

 雫と龍太郎が光輝に声をかけるが、光輝からの返事はない。四つん這い状態で倒れたまま顔すら上げない。その表情は髪に隠れて全く見えなかった。

 もっとも、返事はなくとも無言というわけではないようだ。雫と龍太郎の耳は、微かな音を捉えていた。言葉にもなっていない小さな声音。光輝が俯きながら何かをブツブツと呟いているのだ。

「光輝?」
「――――嘘だ、有り得ない。こんなのおかしい。絶対、間違ってる。だって俺は正しいんだ。ただ、洗脳されていただけなんだ。俺が敵だなんて……雫に……龍太郎に……なんてことを……こんなはずじゃなかったのに……ただ正しく在りたかっただけなのに……ヒーローになりたかっただけなんだ……じいちゃんみたいに……ただ、それだけで……どうしてこんなことに……全部奪われて……雫も香織もあいつが奪ったから……龍太郎もあいつの味方を……」
「お、おい。光輝!」
「そうだ……これは罠だ。卑劣な策略なんだ……あいつが仕組んだんだ……俺は嵌められただけ……俺は悪くない。俺は悪くないんだ。あいつが俺の大切なものを全部奪ったから。悪いのはあいつだ。あいつさえいなければ全部上手くいったんだ。なのに、香織も雫も龍太郎も鈴も、皆、あいつを……裏切りだ。俺は裏切られたんだ。俺はっ、裏切られたんだ! お前等に!」

 雫と龍太郎の呼び掛けも無視して呟いていた光輝は、ガバッと顔を上げると険しい表情をしている二人へ、憎悪を込めた眼差しで睨みつけた。

 否、その表情は、むしろ悲痛というべきか。罪悪感や自責の念、もう戻れないという不安、焦燥、絶望など襲い来る自分への(・・・・)負の感情が飽和して、自分でも、もうどうしたらいいのか分からないといった表情。恐慌状態だ。

 その姿は、まるで迷子の子供のよう。

 だが、保有する力は決して子供のそれではない。光輝の憎悪と悲痛さが多分に含まれた絶叫が響くと同時に、枯渇したはずの魔力が途轍もない勢いで噴き出した。轟々とうねりを上げて天を衝く魔力の螺旋。

 その輝きは、まるで……

「っ、光輝! 止めなさい! もう魔力は枯渇しているはずよ! それ以上は命に関わるわ!」
「ちくしょう! どうなってんだ! 何で魔力が溢れてんだよ! 無くなったんじゃなかったのかっ」
「無いはずよ! 光輝に供給されていた魔力のラインは一緒に断ち切ったもの。今だって、周囲の魔素を吸収して回復しているわけじゃないわ!」
「じゃあ何でだっ!」
「そんなのっ、無いなら他から持ってくるしかないじゃない! 大方、生命力とか魂とか、その辺から無理やり引き出しているんでしょ! いずれにしろ碌なものじゃない!」
「くそったれ! 光輝ぃ! 正気に戻りやがれぇ!」

 そう、まるでそれは光輝の命の輝きのようだった。

 雫は確かに、光輝の中の魔力と無限の魔力を実現する供給ラインを“魄崩”で断ち切った。それは間違いない。そして、“高速魔力回復”でも、これほど急激な魔素の吸収による回復は不可能だ。現に、光輝から噴き出す魔力の流れを見ても、周囲から取り込んでいる様子は微塵も見受けられない。

 無いはずの魔力があるというのなら、それには何らかの対価を支払って無理やりどこかから持ってきたのだと考えるのが妥当である。そして、通常では有り得ないそんな方法に安全性など期待する方がどうかしている。このまま放っておけば、確実に、光輝にとって看過できない代償があるはずである。

 凄まじい輝きとプレッシャーを放つ魔力の嵐を前に、足を踏ん張り、腕をかざしながら光輝に呼びかける雫と龍太郎。だが、光輝は狂乱したまま、聞く耳を持たない。憎悪と悲痛を表情に浮かべて眼前の現実を壊そうとするかのように、否、まるで自分自身を壊そうとしているかのように、命の輝きを強めていく。

「……なにもかもおしまいだ。どうして、こんなことになったんだろう。香織がいて、雫がいて、龍太郎がいて、恵里や鈴もいて、皆一緒に、困難を乗り越えて……そうなるはずだったのに」

 泣き笑いのような表情を晒す光輝の独白が、やけに明瞭に響く。

「こんなの俺が望んだことじゃない。全部、失ったって言うなら……何一つ取り戻せないと言うなら……いっそのこと全部、俺の手で!」

 魔力の奔流に当てられた周囲の地面やビルが塵となって消滅していく。今や、魔力の輝きは、神威の輝きとなっていた。同時に、その荒れ狂う光を徐々に集束させ形が作られていく。

「……おい、雫。神威は俺が抑える。光輝を頼むぜ」
「正気? あの神威、さっきまでのそれより遥かに危険よ。トレント形態でも吸収しきれないわ。……死ぬわよ」

 険しい表情で光の暴威に耐えながら龍太郎が呟いた言葉に、雫が更に眉をしかめた。だが、対する龍太郎は口元に不敵な笑みを浮かべる。

「へっ、死なねぇよ。あいつの手で殺されてなんてやるかよ。死ぬわけにはいかねぇから、俺は絶対に死なねぇ!」
「この脳筋。理屈も何もないわね。……でも、いいわ。今は理屈が必要なときじゃない。あの不貞腐れて自棄を起こしている馬鹿が泣いて謝るまで、ぶっ飛ばすわよ!」
「応よっ!」

 龍太郎が飛び出す。獰猛な笑みを浮かべて、必ず親友を引き戻すのだという決意を込めた拳を巌のように固く握り締めて。

 直後、光輝が絶叫と共に突き出した聖剣から光の奔流――螺旋を描く神威の砲撃が二人を強襲した。

 だが、龍太郎は怯まない。むしろ「上等だぁ!」と雄叫びを上げながら正面から迎え撃った。両腕をクロスさせて、大樹の魔物の特性を十全に発揮しながら前へと踏み込む。

 凄まじい衝撃音と共に神威の砲撃が龍太郎に直撃した。だが、龍太郎は消滅しない。吹き飛びもしない。激流を受け止め流れさえ変える巌の如く、激烈な嵐にもビクともせずにそびえ立つ大樹の如く、正面から滅びの光を受け止めたまま、一歩、また一歩と前進する。

 その揺らがぬ姿に、光輝が大きく目を見開いた。今放った神威は、今までで一番威力があると確信していたのだ。だというのに龍太郎は正面から受け止めた。まるで、光輝から逃げないとでも言うように、目を逸らさないとでも言うように。

 光の奔流の隙間から、真っ直ぐに自分を射抜く変貌した赤黒い親友の眼光に、知らず光輝の足が後退った。「絶対に、お前の元に行く。逃げんじゃねぇぞ!」と、その眼光は何よりも雄弁にそう物語っていた。

 そうして、強烈な親友の意志の力に半ば呆然としていた光輝はハッと我に返った。いつの間にか間近まで迫られていることに気がついたのだ。

「く、来るな! 来るんじゃない! それ以上、来たら、本当に殺すぞ! たとえ、龍太郎でも、本当に殺すぞ!」

 錯乱したように、今にも泣きそうな表情で叫ぶ光輝。顔色までよく分かる近さまで来た龍太郎の姿を見て更に心を乱されたようだ。

 そう、龍太郎は既に満身創痍だった。いくら光を吸収する特性を秘めていても限度というものがあり、実際、対応しきれない破壊の光に両腕はボロボロで、全身の至るところから血を噴き出している。

 だが、龍太郎は、やはり不敵な笑みを浮かべたまま。そして、また一歩、前進した。

「あ、あ、あぁああああああっ!」

 光輝は絶叫を上げる。もう、自分でも何をしているのか分からなかった。ただ、心の内でこんなはずじゃなかったと繰り返しながら、目の前の現実を否定するように力を振るう。

 完全に形作られた神威の塊は、神話に出てきそうな巨人だった。光の巨人は大きく腕を振りかぶり、拳を握り締める。そして、光輝の絶叫を糧にしたように光を爆発させると、そのまま眼下の龍太郎に向けて恒星の如き拳を振り下ろした。

ドォオオオオオオオオオオオオオッ!!!

 轟音が鳴り響く。龍太郎がいた場所を中心に地面が弾け飛び、放射状に全ての物が薙ぎ払われる。

「あ、ああ……」

 光輝が呻き声を上げた。呆然としながら思考の隅で確信する。自分は、今、親友をその手にかけたのだと。光輝の心が軋みを上げる。瞳は焦点を失い、意味のない思考がぐるぐると頭を巡る。

 そうして、光輝の精神が崩壊しそうになった、その時、

「よぉ、親友。なに、クソ情けねぇ面ぁ、晒してんだ?」
「え?」

 粉塵が吹き払われた。

 そこには龍太郎がいた。生きていた。それどころか、獰猛な笑みを浮かべながら、巨人の鉄槌を掲げた両腕で受け止めていた。黒褐色の節くれ立った樹のような体はあちこち亀裂が走っており、全身から血を噴き出してボロボロではあるが、その瞳に宿る力強さは些かの衰えもない。

「りゅ、龍太郎? そ、そんな、なんで、受け止められるはずが……」
「馬鹿……野郎。こんな、気合の一つも……入ってねぇ拳が……俺に効くかってんだ。……なぁ、光輝。お前じゃ、俺は……殺せねぇよ。なんでか……分かるかよ?」
「う、え?」
「それは、な。今の俺が……無敵だからだ。馬鹿野郎な親友をっ、連れ戻すと決めたときからっ……俺は無敵だっ。だからっ、お前は……俺を殺せねぇっ。お前を連れ戻すまでっ……俺は絶対に……殺されてなんてやらねぇッッ」
「ぅ、ぁ……な、なんで、そこまで……」

 壮絶な親友の言葉と姿に、光輝は思わず声を詰まらせる。

 そんな光輝に向かって、龍太郎は満身創痍なままニカッと笑って言葉を紡いだ。

「そんなの、決まってる、だろ? 道を間違えたってんなら……殴って、止めてやるのが……親友の……役目じゃねぇか」
「しん、ゆう、だから……」
「応よ。……だが、まぁ、今回は、その役目、あいつに譲るぜ。情けねぇが、俺の拳は……届きそうに……ねぇからな」
「え?」

 龍太郎の言葉に、一瞬呆ける光輝。その視線の先で、龍太郎が受け止める巨人の鉄槌の下を黒い影が走り抜けてきた。トレードマークのポニーテールをなびかせて、凛とした眼差しを真っ直ぐに向けるのは、幼馴染の女の子。

「――“魄崩”!」
「ッ――!?」

 不可視の斬撃が、光輝の中の魔力を再び切り裂いた。

 斜めにずれながら霧散していく神威の巨人。その下で、力尽きたように倒れ込む龍太郎。眼前で黒刀を振り抜いた姿のまま自分を見つめる黒曜石のような眼差し。それらを視界に収めながら、光輝は斬撃の衝撃に仰け反った。

 そして、雫の眼差しに、黒刀を振り抜いた後も攻撃の意志が消えていないことを見て取った光輝は、「あぁ、これが報いか……」と妙に静かな気持ちで幼馴染の女の子の刃を受け入れようとした。

 が、そこで声が響く。聞き慣れた凛とした声。

「歯ぁ食いしばりなさいっ! 大馬鹿者っ!」
「っ!? ぐぁっ!?」

 ドゴッ! と鈍く大きな音と同時に光輝の頬に強烈な衝撃が伝わった。頭の芯まで響く威力に、一瞬意識が飛ぶ。直ぐに戻った視界もチカチカと明滅していた。脳震盪を起こしたのか手足から自然と力が抜けていく。

 歪む視界に空が見えて、光輝は漠然と自分が倒れたのだと理解した。

 その直後、追撃の衝撃が反対側の頬に発生。首がもげそうな勢いで頭が弾かれる。と、思ったら、次の瞬間にはまた衝撃と共に反対側へと弾かれた。更に衝撃、衝撃、衝撃……光輝の頭が壊れた玩具のように右へ左へと高速でブレまくる。

「これは迷惑をかけられた私の分! これは厄介事を押し付けられた私の分! これはフォローを台無しにされた私の分! これは説教したのに適当に流された私の分! 他にも色々あるけど取り敢えず私の分! これもあれもそれもどれこれも私の分!」
「ぶっ! べっ! ぼっ! ばっ! ごっ! ひっ! ぎっ! げぇ! おぼっ! あべしっ! ぶべらっ!?」

 オラオラオラオラオラオラオラオラッ!! と聞こえてきそうな勢いで、ひたすら自分の分だと言いながら光輝の顔面を往復ビンタならぬ往復殴打する雫。キラキラと宙を舞う白い物体は、きっと光輝の歯だ。

「し、しずっ、まっ――」
「待たない! あんたが泣いて謝るまで殴るのを止めないわ! もうね、いい加減、堪忍袋の尾が切れたって話よ! いつまでも駄々を捏ねて! 思い通りにいかないからって不貞腐れて自棄を起こして! そのツケを周りに押し付けて! このクソ餓鬼っ。あんたの言い分はもう聞かない! 言って分からない馬鹿は、殴って教え込むわ! 覚悟しなさい!」

 雫の怒声が戦争跡地といった有様の廃都市に木霊する。仰向けに倒れた光輝の上に馬乗りになって左右の拳で情け容赦ない殴打を繰り返す。

「し、しずっ、ガハッ」
「こんなはずじゃなかった? そんなの当たり前でしょう! 思い通りになる人生なんてないわよ! 皆、歯を食いしばって、頭抱えて、“それでも”って頑張ってんのよ! 目の前の事実から逃げ出しておいて、戦おうともしないで、望んだ未来なんて手に入るわけないでしょう! あんたはね、結局、ただの甘ったれたガキよっ。都合の悪いことからは目を逸らして、言い訳ばかりに頭を回して、それも間に合わなくなったら他人のせいにして……」

 いつしか、雫の拳はその勢いを失っていき、代わりに力強く光輝の胸ぐらを掴み上げていた。

「何もかもおしまいですって? ふざけんじゃないわよっ。勝手に終わらせられると思ったら大間違いよ。楽に死なせてなんてやるものですかっ。いくら言っても分からないなら、無理矢理でも分からせてやるわ。首に縄をつけて、引き摺ってでも連れ帰ってやるわ。それから、馬鹿なことをする度にしこたま殴ってやる!」
「しず、く……」

 まだ御託を並べる気ならしゃべれなくなるまで殴ってやると、間近で煌く瞳が物語っていた。既に口からも鼻からも血を流して、まるでゴブリンのように腫れ上がった顔となって、酷い有様になっている光輝は、呻き声にも似た声音で口を開く。

「な、ぐもを、選んだんじゃ……」
「そうよ。私が好きなのはハジメよ。あんたじゃないわ。それが何?」
「……どうして……見限らないんだ……こんな俺を……酷いことしたのに……どうして……」

 ハジメを選んだはずなのに、沢山の人に迷惑をかけたのに、大切な親友と幼馴染に酷いことをしたのに、どうして自分を放っておかないのか、と困惑を隠せず見返す光輝に、雫はようやく憤怒の表情を消して困ったような笑みを浮かべた。

「決まっているでしょう。あんたが幼馴染だから。小さい時からずっと一緒で、私にとっては大切な家族も同然だから。家族は、家族を絶対に見捨てないわ。まぁ、こんなに手のかかる弟は勘弁して欲しいところだけどね」

 大切な家族も同然だから見捨てられない。どんな馬鹿をやらかしても、見捨てないから家族なのだ。そう、微笑みと共に告げられた光輝の中で、ストンと何かが落ちた。

 世界の為だとか、顔も知らない誰かの為だとか、自分は勇者だからとか、正しくなくてはならないだとか、今まで自分が拘っていたものが急に小さなことのように思えて。

 ただ、家族だからと、親友だからと、そう言って以前とは比べ物にならない程の力を身につけて、むしろ裏切ったのは自分の方なのに、こんな【神域】にまで自分を追いかけて来て、死ぬかも知れないのに笑って自分の暴走を受けて止めてくれて。

……小さな理由のはずなのに、何て大きく感じるのだろう。何て、力強く感じるのだろう。

 光輝の瞳からホロリホロリと涙が零れ落ちた。ようやく心底自覚した自分の情けなさと、そんな最低な自分でも最後まで命懸けで手を差し伸べてくれた幼馴染達に、言葉にならないぐちゃぐちゃの、されど決して嫌なもののない感情が湧き上がる。

「ご、めん。……本当に、ごめん……俺、こんな……ぁあ、俺は、なんてことを……」
「泣きながら謝ったわね。この大馬鹿者」

 幼馴染達への言葉にならない気持ちの後に、湧き上がって来たのは凄まじい罪悪感と自責の念。正しくあることに拘って来た光輝にとっては、自分のしたことは最低最悪の行為だ。それこそ、死を以て償うべきだと思うほど。

 だが、それは、身命を賭した幼馴染達の行為を無為にすることであり、そして、結局それは、

「逃げるんじゃないわよ、光輝。生きて、戦いなさい。それ以外の道なんて、私達が許さない」

 死は逃げである。辛くとも、居場所を失うとしても、誰にどれだけ罵倒されようとも、生き続けること。それこそが償いであり、光輝がしなければならない戦いだ。今まで散々逃げていた分、これからは生きて戦い続けなければならない。

 真っ直ぐ見つめてくる幼馴染の眼差しに、光輝は泣きながら唇を噛み締める。幼馴染達の想いを魂に刻むように。今までの自分との決別を決意するように。

「……しず、く。俺は……死んじゃいけないんだな。生きて、今度こそ、戦わなきゃいけないんだな。他の誰でもない、俺自身と」
「ええ、そうよ。だから、今は泣いて、それから立ち上がって頑張るのよ。間違ったら、また泣くまで殴ってやるわ」

 雫の物言いに、光輝は悔しいやら情けないやら、でも少し嬉しいやら、何とも言えない複雑そうな表情を浮かべる。そして、胸ぐらから手を離し脇に退いた雫に真っ赤に晴れた瞳を向けた。その瞳は、まるで憑き物が落ちたように澄んだ色をしている。

「……その、必要はない。俺は、変わるから。変わってみせるから。少なくとも、同い年の幼馴染に“弟”扱いされないくらいには」
「そう? まぁ、たとえそうなっても、男扱いはしないわよ?」
「うっ、予防線張るなよ。……そんなに南雲が好きなのか?」
「ええ、大好きよ。ベタ惚れよ。独占できないのは悔しいところだけど、仲良くシェアでもするわ。その辺の苦労は、彼なら軽く背負ってくれるでしょう」
「ボロボロの弟の前で惚気ないでくれよ……」

 光輝が苦笑いを浮かべる。その眼差しには悔しさが多分に含まれてはいたが、嫉妬で心を乱したような様子はなかった。心の内に、納得があったからだ。雫が、ハジメのどこに惹かれたのか。それこそ、自分とハジメの、あるいは雫や龍太郎との差であり、自分が敗北した理由だと、ようやく分かったから。

「……お前等、俺のこと忘れてね?」

 光輝が、今までの自分の余りに幼稚な在り方に悔しさと自責を感じつつ、贖罪と変わる決意をしていると、体を這いずって近寄って来た龍太郎が不機嫌そうな声を響かせた。

「あら、龍太郎。そんなにボロボロでよく動けたわね?」
「南雲のユンケ〇特性回復液を飲んだからな。辛うじて動ける」

 試験管型容器をヒラヒラしながら答える龍太郎に光輝は視線を向けた。真っ直ぐに、自分のせいで満身創痍となっている親友に。最後まで自分を“親友”だと叫び続けてくれた男に。

「龍太郎……すまなかった」

 頭は下げない。下げてしまえば、龍太郎から視線が外れてしまう。もう二度と、どんな事実からも、現実からも、目を逸らさないと決めたから。

 そんな光輝の眼差しを受けた龍太郎は、少しの間、静かな眼差しを返した。そして一拍の後、ニカッと笑うと一言だけ、

「おう」

 余計な言葉はいらないというように、それだけ返した。龍太郎らしい応えに、光輝は僅かに笑みを見せる。二人の間には、それだけで十分だった。

 と、その時、不意に声が響いた。

「なに、これ……」

 雫がバッと勢いよく身を翻し黒刀に手を添える。龍太郎もどうにか構えようとするが、ダメージが深すぎる上に、“天魔転変”も解けてしまっているので立ち上がることが出来ない。

 そして、同じく立ち上がれない光輝はその声の主の名を呼んだ。

「恵里……」

 満身創痍といった有様で、明滅する灰色の翼をはためかせながら宙に浮く恵里は、呆然とした様子で光輝達を見つめている。

 その後ろから鈴も追いついて来た。一瞬、恵里から視線を逸らして鈴と目を合わせる雫。互の無事を眼差しで喜び合い、そして、次の瞬間には緊張を孕んだ表情で恵里を見つめる。

 恵里は鈴のことにも気が付いていない様子で、ひび割れた声音を発した。

「ねぇ、何で、そんな温い雰囲気なの? ねぇ、光輝くん。そいつらは敵だよ? 光輝くんから大切なものを根こそぎ奪った憎い憎い敵に付いた裏切り者だよ? どうして仲良くおしゃべりしているのかな? 何でかな? ねぇ、何で?」

 カクカクと壊れたように首を傾げながら焦点を失った瞳を虚空に向けて話す恵里。四肢が砕かれてあらぬ方向に曲がっていることから、まるで出来の悪いマリオネットでも見ているかのようだ。

「恵里……すまない。俺はもう、雫とも、龍太郎とも、鈴とも、戦えない。戦わない。俺はずっと戦うべき相手を間違えていたんだ」
「……なにそれ?」

 恵里がコテンと首を傾げる。首の骨が折れているのではと錯覚してしまいそうな角度だ。恵里は、声音に狂気を乗せて虚空に向かって口を開いた。

「なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ? なにそれ?」
「え、恵里、聞いてくれっ。俺は、俺はなんにも分かっていない馬鹿野郎だけど、きっと恵里を傷つけたんだってことだけは、今なら分かるっ。だから、何を今更って思うかもしれないけどっ、もう一度、話をっ」

 壊れたように同じ言葉を繰り返す恵里。思わず再度呼びかけた光輝に、恵里の虚空を見つめていた瞳がグリンと光輝を捉えた。そして、しばらく能面のような無表情でジッと見つめる。

 空気が否応なく張り詰めていく。光輝は目を逸らさない。言葉は拙く、内心、どうすればいいのか、自分のことすらままならない状態では全然わからなかったが、それでもきちんと恵里を見なければと思ったのだ。

 だが、その光輝の、必死な様子で自分を真っ直ぐ見つめる眼差しが、逆に恵里の中の何かを納得させたらしい。

 恵里がふっと力を抜いた。そして、今までで一番人間らしい笑みをニッコリと浮かべた。それは、諦めと嘲笑、皮肉と呆れが綯交ぜになった不思議な笑顔で……

 そうして、一言、最後の言葉を世界に響かせた。

「うそつき」
「え?」

 光輝が問い返そうとする。

 が、何か言葉を発する前に、恵里の胸元から強烈な光が迸った。

「あ、あれはっ、恵里、あなたっ――」

 光の源が何であるかを看破した雫が、驚愕しながら声を張り上げる。

 恵里の胸元で強烈な光を発するそれ。かつて、【オルクス大迷宮】で追い詰められた光輝達を救おうと、メルド・ロギンスが使用した自爆用魔道具――“最後の忠誠”だ。

 だが、恵里が放つ光はあのときの比ではない。明らかに強化された力を放っている。アーティファクト級の力を秘めているのは明白だった。おそらく、屍獣兵として連れて行った騎士の中にいた幹部級の人物から奪った“最後の忠誠”を何らかの方法でアーティファクト級に強化したのだろう。

 その破壊力は計り知れない。そして、その発動速度も本来の“最後の忠誠”とは比べ物にならなかった。

 雫の声が途切れる。音すら消し去る爆発が光と共に周囲一体を蹂躙したからだ。

 光の奔流が全てを白く染め上げる。世界が消失したのかと錯覚するような静寂が全てを侵す。

 雫が、光輝が、龍太郎が、咄嗟に手をかざす。そして、そうやって手をかざせていることに、世界が白と静寂に染まったと認識できていることに気が付く。同時に、自分達に向かって長く伸びる影を見た。

 それは、自分達の頼れる守護者の影。今まで幾度も仲間を守り通していきた結界師の女の子。双鉄扇を盾のように構えて一歩も引かずに光の奔流の前に立ち塞がる。その背中には支えるように寄り添うイナバの影もある。

 声は届かない。だが、雫も、光輝も、龍太郎も一心に祈った。それしか出来ないから、せめて届けと、力になれと。

 鈴が小さく頷いた気がした。

 やがて、その姿も光に埋もれて見えなくなった。




 鈴は、不思議な空間にいた。

 雫達の声が聞こえたような気がして頷いた直後、気が付けばいた白い空間。光も衝撃もなく深々としている。

 そんな不可思議な場所には、鈴以外の存在が一人だけいた。

「恵里……」
「……鈴」

 一定の距離をおいて向かい合う二人。しばらく無言で見つめ合う。先に口を開いたのは恵里だった。

「変な場所だね。走馬灯……とはちょっと違うかな。臨死体験……も、死ぬのは確実だから違うね」
「なら、鈴も死ぬのかな。守りきれると思ったんだけど」
「さぁ? 出来れば道連れにしたいところだけど?」
「鈴は生きたいよ。雫にも、光輝くんにも、龍太郎くんにも……恵里にも生きていて欲しい」

 鈴の言葉に恵里は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。

「ふん。僕を容赦なく吹き飛ばしておいて、よく言うよ」
「あはは。だね」

 苦笑いを浮かべる鈴に、恵里は益々不機嫌になった。そして、その不機嫌さを隠そうともせず更に口を開く。

「何となく、この世界も長くはなさそうだから、今の内に言っておくよ。鈴ってマジキモイから」
「……へぇ。例えば?」
「そうだね。いつも、へらへら笑ってるところとか。陰口叩かれても、やっぱり笑ってるところとか。中身エロオヤジなところとか。殺し合いしているのに友達になりたいとかイタイこと言っちゃうところとか。他にも挙げればキリがないけど、一番キモイのは、その年で一人称が自分の名前なところ。いや、ホント、有り得ないよねぇ」

 鈴の額がビキビキッと青筋を浮かべる。そして、笑顔のまま反撃に出た。

「そっかぁ。でも、恵里も大概気持ち悪いよね?」
「はぁ?」
「いつも一歩引いてニコニコしちゃってさ。陰口叩かれても、やっぱり微笑むだけだし。中身はただの根暗だし。メガネで控え目で図書委員って、狙い過ぎだよね。って言うか、一人称については文句言われたくないんだけど。なに、“僕”って。僕っ娘メガネ図書委員とか盛り過ぎてイタイだけだし。しかも、『僕はヒロイン』って。ププッ、厨二は卒業しようよ」

 恵里の額にビキビキッと青筋が浮かぶ。そして、笑顔のまま反撃に出た。

「厨二? リアルで『お姉様~』とか言っちゃうイタイ奴には言われたくないなぁ。鈴って百合の気あるよね。何度か身の危険を感じたことあるし。有り得ないくらい変態だよね。マジキモイ」
「あはは、あんなの冗談の範疇でしょ? 初恋こじらせて、明後日の方向に突っ走っちゃった勘違い女に変態扱いはされたくないなぁ。有り得ないくらいイタイよね。マジキモイ」
「……」
「……」
「「ア゛ァ゛?」」

 どちらも花の女子高には見えないチンピラのような表情で言葉の暴力を振るい合う。それから少しの間、二人の間で目を覆いたくなるような罵詈雑言が飛び交った。

 そうして、息が続かなくなったのか二人して「はぁはぁ」と肩で息をし始めた頃、白い空間がおもむろにひび割れ始めた。

「ふん、やっとこの世界も終わるみたいだね」
「……」

 せいせいしたといった表情の恵里に、鈴は答えない。両手を膝について俯きながら顔を隠している。だが、その下に滴り落ちるものまでは隠せなかった。

「……なに、泣いてんの? ばっかみたい」
「う、るさい、よ。馬鹿って言う、方が、馬鹿なんだから……」

 嗚咽を堪えながら溢れ出る雫を乱暴に拭う鈴。本当に別れが近いことを察して、込み上げるものが抑えきれない。

「……さっきはああ言ったけど。多分、鈴達は死なないよ。逝くのは僕……私だけ」
「え、り?」

 突然変わった、否、戻った一人称に、鈴は流れ落ちる涙もそのままに顔を上げる。その視線の先で、そっぽを向いたままの恵里は殊更不機嫌そうな表情をしていた。

「鈴も何となく分かっているでしょ? なのに何で泣いてんの」
「そ、れは」
「……本当に馬鹿。こんな裏切り者で、最低のクズ女の何が惜しいんだか」

 白の世界が端の方から霧散していくのが分かる。

「土壇場で“一緒にいたい”だとか“守る”だなんて、狙っているのかと思ったよ」
「恵里、鈴は……」
「ほら、キモイから一人称変える」
「うっ、恵里……」

 崩壊が二人の間を隔てた。既に、二人の足元以外はほとんどが霧散してしまっている。そんな中、恵里の独白じみた言葉が響いた。

「……あの時、あの橋の上で出会ったのが鈴だったなら……どうなってたのかな? な~んて、うん、私が一番の馬鹿」
「恵里、すず――私は、恵里と親友で良かった! たとえ偽りでも、歪でも、楽しかった! 私はっ」

 足元が霧散する。二人の体も足元からサラサラと砂が風に吹かれるように消えていく。

 叫ぶ鈴に、そっぽを向いていた恵里が顔を向けた。その表情は無表情にも見えたが、どこかホッとしているような雰囲気を湛えていた。

 そして、中村恵里という少女の本当に最後の言葉が、かつて親友であった、もしかすると、今でもそうなのかもしれない谷口鈴という少女にだけ届けられた。

「……ばいばい。鈴と一緒にいるときは、ちょっとだけ、安らいだよ」
「――ッ」

 鈴の叫びは、消えていく世界に呑まれて音にならなかった。

 だけれど、鈴は恵里の最後の一瞬に見せた表情から、きっと届いたと、そう信じた。




 ホロリ、ホロリと想いが頬を撫でる。

 鈴の背後以外、一切が塵と化した廃都市。そこに嗚咽が響いていた。

 鈴が両手に持つ双鉄扇は、役目を終えたとでも言うようにボロボロと崩れて地に落ちる。鈴自身も満身創痍といった様子で座り込んでいたが、その後ろで完璧に守られた雫達は、心配の声を掛けられずにいた。

 鈴が体験した不可思議な現象を雫達は知らない。それでも、鈴の流す涙が大切な友を想ってのことだと察することは出来た。それだけ、その姿は痛ましくも神聖なものに見えたのだ。

 やがて、十分に泣いたと言うように、ゴシゴシと目元を拭った鈴は真っ赤に晴らした瞳をそのままに、ぐっと力を込めて立ち上がった。そして、元気よくターンを決めて雫達に振り返った。

「さぁ、雫、光輝くん、龍太郎くん。先へ進もう!」

 天真爛漫な笑顔。いつも見ていた、結界とは違う意味で仲間達を守っていたそれが、今は少し大人びて見える。日本にいた頃より、迷宮で皆を励ましていたときより、ずっと魅力的だ。

 効果抜群の元気の源に、自然、雫達も頬が緩んだ。光輝だけは、複雑な表情をしていたが。

 何があったのか、とは聞かない。それはきっと、鈴の心の中にある宝箱にでも仕舞われているだろうから。無理に開けるのは無粋というものだ。

「よっしゃ! あいつら追いかけて、色々手伝ってやるか!」
「って言っても、俺も龍太郎もまともに動けないけど……」
「それに、時計塔も倒壊したわよ? 空間を繋げる出入り口があるように見えないけど」

 雫が、時計塔があった場所に視線を向ける。そこには、波紋を打つ空間の揺らめきは見当たらなかった。

「あぁ、そう言えば、この空間の廃都市はここだけじゃないって話を聞いたような」
「なら、他の都市を探そう! かなりボロボロだけど、騙し騙し使えばまだしばらくはスカイボードも保つと思う。空からならきっと直ぐに見つかるよ!」
「それもそうね。取り敢えず、光輝と龍太郎は早く回復しなさい。お腹がタプタプになるまで回復薬を飲むのよ」

 光輝と龍太郎が、目の前に並べられていく回復ドリンクを嫌そうな目で見ながらも、どうにか流し込み、自前の回復力と合わせて体を治癒していった。

 そうしてしばらく休息をとった後、スカイボードを取り出して空へ飛び出す。光輝は龍太郎のスカイボードに相乗りだ。

 一番最初に空高く舞い上がった鈴は、くるりと後ろを振り返って少し寂しそうな表情で眼下の廃都市を見下ろした。しかし、それも一瞬。直ぐに力強さと元気に満ちた笑顔を浮かべると、声を張り上げた。

「さぁ、者共、私に(・・)続け!」
「もうっ、鈴ったら」
「ははっ、鈴はそうじゃなきゃな」
「鈴には敵わないな」

 そうして、鈴、雫、龍太郎、光輝の四人は、ハジメ達の後を追うべく他の廃都市を探しに異界の空を翔るのだった。




いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

い、胃が痛い……批判されるだろうなぁ。
あれだけ、光輝殺せのシュプレヒコールがされてたのに、生かしちゃいましたからね(汗
一応、どういう考えから光輝と恵里の結末がああなったのか、きっと感想欄でも問われると思うので、先に活動報告に載せておきますね。
納得できない方もいると思いますが、簡潔にいうと、こういう結末が作者にとって、書いていて一番楽しめるものだったということになると思います。

さて、活動報告にも載せますが、「ありふれた職業で世界最強」の第二巻の発売が10月ということで決まったようです。これも、皆様のおかげです。本当に、有難うございます。

そして、気が付けば、PVも一億を超えておりました。本当に、有難いことばかりです。
ここ最近の、始発出勤、終電帰りというストレスマッハな仕事状況も、「なろう」と読者の皆様のおかげで何とか乗り切れております(笑

次回は、一度、ハジメ達側に視点を戻そうと思います。
引き続き、楽しんでもらえれば嬉しいです。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ