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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

166/261

滅びた都市で

「映画に出てくる世紀末の町みたいだよ……」
「本当にな。バイ〇ハザードとかで見た光景だぜ……」

 ザリッザリッと砂利を踏む音を響かせながら、そんなことを呟いたのは鈴と龍太郎だった。油断なく周囲に視線を巡らせているが、その顔に困惑が張り付いている。

「ちょっと、龍太郎。やめなさいよ。本当にゾンビとか出てきたらどうするのよ」

 雫が嫌そうな顔でそう返した。そして、同じように、困惑を表情に浮かべながら周囲に視線を巡らせる。その雫達の目には、荒廃した都市そのものの光景が広がっていた。

 極彩色の空間から出た先は、整備された道路に高層建築が乱立する地球の近代都市のような場所だった。ただし、鈴や龍太郎の言葉通り、もう人が住まなくなって何百年も、あるいは何千年も経ったかのように、どこもかしこも朽ち果てて荒廃しきっていたが。

 今にも崩れ落ちそうなビルもあれば、隣の建物に寄りかかって辛うじて立っているものもある。窓ガラスがはまっていたと思われる場所は全て破損し、その残骸が散らばっていた。地面は、アスファルトのようにざらついた硬質な物質が敷き詰められているのだが、無数に亀裂が入り、隆起している場所や逆に陥没してしまっている場所もある。

 建物壁や地面に散乱する看板などに薄らと残る文字が地球のものでないことや道路につきものの信号が一切見当たらないこと、更にビルの材質が鉄筋コンクリートでないことから、辛うじて地球の都市ではないことが分かる。

「大方、昔、潰した都市でも丸ごと持って来たんだろう。潰した記念にとか、クソ野郎のやりそうなことだ。建築技術一つにも今のこの世界にはない魔法が使われていた形跡があるし、散々発展させてから、トランプタワーでも崩すみたいに滅ぼしたんだろう」
「……悪趣味にもほどがあるのぅ」
「最低ですね……」

 地球でも、文献も残らない古代の都市は現代技術よりも優れていた、などと言うロマン溢れた話がある。この世界でも、神代には、科学の代わりに魔法を使って現代の地球に近いレベルまで発展した国があったのかもしれない。

 そして、そんな人々が積み上げてきたものを、あのエヒトルジュエは、嗤いながら踏み躙ったに違いない。哄笑を上げるエヒトルジュエの姿が目に浮かんで、全員、凄まじく嫌そうな顔になった。

 荒廃して見るも無残な状態になっているとはいえ、現代地球の都市部に近い町並みに、若干の郷愁と、エヒトを放っておけば地球もこうなるのだと見せつけられた気がして、ハジメ達はより気が引き締しまる思いだった。

 やがて、羅針盤に従い幾つ目かの交差点を通過した頃、ビルの谷間からロンドンのビッグベンそっくりな時計塔が視界に入った。どうやら、その時計塔に次の空間へ行くための入口があるらしい。

 ハジメは、羅針盤を懐に仕舞いながら、巨大な交差点の中央で時計塔に向かって進路を取った。

 が、直後、スっと目を細めて、踏み出しかけた足を戻した。その剣呑な眼差しに、シア以外のメンバーも敵がいるのだと察して身構える。シアだけは、既に敵の居場所を突き止めているようで、その視線が周囲のビルの一部に一瞬だけ固定されては次々と移動していく。その視線の先に、なにかがいるのだろう。

「ハジメさん。囲まれてますけど、どうします?」

 シアが、ヴィレドリュッケンで肩をトントンしながら尋ねた。

 それに対する、ハジメの回答は……

「ん? もちろん、檻に入っている獲物がいるなら、檻ごと粉砕するのが常識だろう? 全員、跳ぶ準備しろ」
「「「え?」」」

 またしても気勢を削がれて呆けた声を上げた雫、鈴、龍太郎の前で、ハジメは“宝物庫Ⅱ”から大型の兵器を取り出した。巨大な十字架の形をしており、片側の側面に翼のような突起物が三枚付いている。

――新ロケット&ミサイルランチャー アグニ・オルカン

 それが二機。全長三メートルはある翼付きの十字架を両腕に抱えるハジメの姿は、まるで強化外骨格に纏っているかのような迫力がある。

「さて。取り敢えず、面倒だから根こそぎ消し飛べよ」

 アグニ・オルカンを両脇に挟んで固定したハジメは、悪魔的な笑みを浮かべながら何の躊躇いもなく引き金を引いた。周囲の建築物の奥がにわかに騒がしくなるが、時既に遅し。

 カシュカシュカシュと音をさせて翼の表面の小さな金属板がスライドすると、その中には無数のペンシルミサイルが搭載されていて、それが一斉に飛び出した。

 その数は、優に三百発を超えている。ペンシルミサイルの群れは、オレンジの火線を引きながら、まるでそこに敵がいると分かっているかのように廃墟の窓や入口をするりと通り抜けると中へと飛び込んでいく。

 更には、バシュウウウウという気の抜けるような音と共に、十字架の先端の六連砲口から僅か数秒で六十発もの大型ミサイルが廃都市の中心に解き放たれ、それぞれ標的を蹂躙すべく四方八方へと散開していった。

 直後、凄絶な爆音と絶大な衝撃・爆炎が廃墟の町の中心を蹂躙した。

 ゴゴゴッという鳴動音と共に、ただでさえギリギリのところで立っていた廃墟群が一斉に崩壊を始める。

「ちょっ、ま、不味いわよ。全部、こっちに側に倒れ込んで来てるわ!」
「だから、跳べと言ったろ」
「冷静に言わないでよ、この一人軍隊!」

 ペンシルミサイルの猛撃から辛うじて生き残ったらしい廃墟に潜んでいた人影達が、五体不満足になりながらも、崩壊する廃墟から退避すべく窓から飛び出そうとしている。それを、アグニ・オルカンの全く容赦ない追加の爆撃によって丁重にお帰り頂く(中に吹き飛ばす)ハジメに、雫がツッコミを入れながら靴の“空力”を発動させて上空へと飛び出した。

 上空から崩壊したビルの欠片が豪雨のように降り注ぎ、傾く廃墟群によって徐々に空が狭まる中、鈴と龍太郎も慌てて飛び出す。

 そして、どうにか崩壊に巻き込まれるのを回避すると、少し離れた廃ビルの屋上に着地した。

「……鈴ね、テレビのニュースで見たことあるよ。紛争地域の空爆の映像。こんな感じだったなぁ」
「戦いって虚しいよな。……町ごと爆撃されるとか誰も思わないよな。もう、技と経験とか関係ないもんなぁ」
「二人とも、遠い目をしないで……気持ちは分かるから」

 粉塵が盛大に舞い上がり、廃都市が一瞬で紛争地域のようになった光景を見て鈴と龍太郎が遠い目をする。雫が、二人の肩を叩きながら、「強さって何だろう?」と心中で思っていると、ガチャという不吉の象徴のような音が響いた。

 雫がギギギと音が鳴りそうな様子で顔を向けると、そこには二機の再装填を済ませたアグニ・オルカンを構えたハジメの姿が……

「「「まさかの追い討ち!?」」」
「やるなら肉片も残すな。古事記にも載っている日本の文化だ」

 そんな殺伐とした文化はない! とツッコミを入れそうになった鈴達だったが、口を開くよりも早く引き金が引かれた。再び空を舞う大小のミサイル群。倒壊した廃墟の残骸が散乱する交差点に、死の雨が降り注ぐ。

「やることないですねぇ」
「ご主人様も、見た目は平然としておるが相当フラストレーションが溜まっておるじゃうろうしのぅ。仕方なかろう。出番が来るまで温かく見守ろうではないか」

 爆炎と粉塵を巻き上がる中、ハッーハッハッハと哄笑を上げながら、廃都市と、おそらく数百単位で潜んでいた敵に致命傷の贈り物を続けるハジメに、優しげな眼差しを送るシアとティオ。そんな二人を見て、轟音に指で耳栓しながら雫は、あのレベルに辿り着かないといけないのかと前途の多難さに溜息を吐いた。

「どうして、こんな人を好きになっちゃったのかしらん?」と、実はかつてのシアと同じことを考えていたりすると、不意に、ハジメがぐりんと振り返り、アグニ・オルカンの銃口を味方に向けた。

 そして、ギョッとする雫達を前に、やはり躊躇いというものを微塵も感じさせずに引き金を引いた。即座に飛びすミサイル群に、鈴が「ひぃ!」と情けない悲鳴を上げる。

 だが、当然、ミサイルは味方を狙ったものではなく、不規則な軌道を描きながら華麗に鈴達を回避してその後ろへと流れていった。

 そして、五百メートル程離れた場所の廃ビルに次々と爆炎を撒き散らした。まさに空襲である。

 一体、何を攻撃しているんだろう? と鈴達が心臓に悪い攻撃方法に冷や汗を流しながら考えていると、直後、その廃ビルから天に向かって純白の光が噴き上がった。

「あれって、もしかしてっ」
「な、南雲っ! 止めてくれ! 光輝は俺達に任せるって言ったじゃねぇか!」

 鈴と龍太郎がハジメを振り返りながら叫ぶ。そう、天へと登る光の柱は、紛れもなく光輝の魔力だった。おそらく、突然の空襲に魔力を解放して防御したのだろう。光輝と恵里については雫達に一任するという約束だったはずなので、二人はハジメに焦燥を浮かべた表情を向ける。

「だから撃ったんだ。あいつら、どうやら逃げだそうとしたみたいだからな。直撃させずに周囲を囲むように爆破してやったから大丈夫だろ。あくまで足止めだ」

 周囲の高層ビルが冗談のように倒壊していく光景を見ながら、“足止め”と言い張るハジメ。まるで、刃を向けながら「峰打ちだ」と言っているふざけた奴にしか見えなかった。

 しかし、実際、光輝の魔力は爆炎の中から天を衝いたまま全く減じていないので確かに直撃はさせていないのだろう。そうとは分かっていても、やは鈴も龍太郎も表情が引き攣るのは止められない。

「どうやら、あの時計塔に向かって逃げ出していたみたいだな。やっぱり、あそこから別の空間にいけるようだ。何でこんな場所にいたのか知らないが……まぁ、存分に語り合えよ」
「う、うん」
「おう……」

 鈴と龍太郎が頷くと同時にハジメは一気に時計塔へと飛び出した。それに続くシア達。“空力”と“縮地”を利用した移動は、瞬く間に五百メートルの距離をゼロにした。

 爆炎と衝撃の壁に四方を囲まれ逃げ場をなくしていた光輝と恵里も、逃げようとすれば再びミサイルの標的にされると察したのか廃ビルの屋上から動こうとはしていなかった。

 その廃ビルにハジメ達が降り立つ。

「あぁ~あ、見つかっちゃった。わざわざ、エヒトのコレクションである空間の一つに隠れてたのに、何でよりによってここに来ちゃうかなぁ~。空間的には【神門】から一番遠い場所なのにぃ」
「恵里。どちらにしろ、俺は南雲から皆を解放しなきゃならなかったんだ。向こうから来てくれたなら、むしろ僥倖だろう?」

 微妙に噛み合っていない会話を、まるで恋人同士のようにべったりと寄り添い合いながら交わす光輝と恵里。

 恵里は、心底ハジメ達と関わり合いになりたくなかったようだが、光輝の意識上ではハジメに洗脳された仲間を助け出さなければならないという思いが消えていないようで、逃げ出そうとした行動と矛盾している。その瞳が濁っているようにも見えることから、もはや矛盾を矛盾と感じることもないほどに“縛魂”によって洗脳されてしまっているのだろう。

 相変わらず目に痛い輝きを放つ聖剣と聖なる鎧を装備した光輝の視線が、ハジメを捉える。憎悪、嫉妬、憤怒――そんな負の感情を煮詰めたようなドロリした眼差し。

 そして、そんな光輝の肩に頬を擦りつけながら、無意識なのか否か、まるでかつての母親のように、べったりとしなだれかかり甘ったるい猫撫で声を発する恵里。その格好は、胸元や背中が大きく開き、下も深いスリットの入った衣装で、光輝に合わせたように純白だった。言外に、自分こそが光輝のヒロインなのだと主張しているかのようだ。

「南雲。お前も一応はクラスメイトだ。本来なら俺が救ってやらなきゃならないんだろうけど……お前はやり過ぎた。クラスメイトを殺し、洗脳までして……俺は、たとえこの手を汚すことになっても、お前を倒す。そして、皆をお前の魔の手から救い出してみせる!」
「やぁ~ん。光輝くん、格好良いぃ~」

 恍惚の表情で縋り付く恵里に、微笑みを向けてから聖剣を構え直す光輝。

「……ハジメ。行ってちょうだい。ここは私達が」
「いいのか? あいつら、妙なことになってるぞ?」

 雫が黒刀をギリッと音が鳴りそうなほどきつく握り締めながらハジメに先へ進むよう促す。ハジメは、眼帯の奥の魔眼を眇めながら確認した。それは、光輝の言動のことではなく、今までの比ではないほどに充溢した力のことを指していた。

「わかってるわ。でも、大丈夫よ。あなたのアーティファクトが一緒だもの。それに、あなたにはユエを助け出すっていう目的があるでしょう? この大馬鹿者は私達がどうにかするべきことよ」
「……まぁ、そうだな」

 肩を竦めて雫に同意したハジメは、雫のハジメに対する呼び方や信頼感の漂う会話に目を吊り上げて、凄まじい眼光を向けてくる光輝を尻目に、シアとティオに視線で先を促した。

 ハジメ達が、自分を無視して先へ進もうとしていることを察した光輝が、少し前では考えられない濃密な殺気をハジメに放った。魔力も更にうねりを上げて噴き上がる。

「逃げる気かっ! 卑怯者めっ! やはり、汚いお前は俺がたお――ッ」

 そうして斬撃を飛ばそうと聖剣を振りかぶった瞬間、衝撃と共に吹き飛ばされた。引っ付いていた恵里も、いつの間にか間近に展開されていた極小のシールドの爆発により強制的に距離を取らされた。

 光輝が一瞬前までいた場所には、拳を突き出した状態で残心する龍太郎の姿があった。

「くっ、龍太郎。やっぱり、お前も、南雲に洗脳されて……」
「なに言ってんだ。今のは、むしろお前を助けたんだぜ? 南雲に殺気を向けるとか……親友をミンチにさせるわけにはいかねぇからな」
「なにを言って……」
「わかんねぇだろうな。今のお前には。滅茶苦茶ダセェもんな。だからよぉ、いっちょこの親友様が、死ぬほどぶっ叩いて目ぇ覚まさしてやらぁ!」

 龍太郎が咆える。見るも無惨な光輝の状態に、怒りを募らせる。それは、現実を見ようとしない親友と、そんな有様になるまで何もしてやれなかった無力な自分に対しての激烈な怒りだ。

 その強烈な怒りを巌のように握り締めた拳に込めて、龍太郎は光輝に向かって飛びかかった。

「あぁ~ん、もうっ、光輝くんと引き離すなんて酷いじゃない。それがし・ん・ゆ・う・のすること? ねぇ、すずぅ?」
「……親友だと思っていたから、今、ここにいるんだよ。南雲くん達には手を出させないから、そんなに怯えなくていいよ。ね、恵里?」
「……へぇ、言うようになったねぇ」

 鈴の静かな眼差しと言葉に、恵里はスっと表情を消した。それは、天真爛漫を絵に描いたような女の子であり、御しやすく取るに足りない相手という印象が崩れて、もっと大きな存在感を感じたから。そして、内心ではハジメとの想定外の遭遇に頭をフル回転させていたことを見抜かれたからだ。

 鈴は、恵里の変化を見て口元に笑みを浮かべる。恵里が、遂に自分を無視できなくなったのだと理解したのだ。

「南雲くん。シズシズの言う通り、ここは鈴達に任せて、ね?」

 腰に下げた双鉄扇を抜き両手に構えながら鈴が言う。

「……半端だけはするなよ。後で俺が殺し直すとかメンドイからな」
「うん。わかってる。どんな形でも、きちんと結果は出すから。南雲くん達も、気を付けてね」

 ハジメは肩を竦めると一度、雫に視線を向けた。雫も、少し微笑んで頷く。

「また、後で」
「ああ。後でな」

 軽い挨拶。されど、必ず再会しようという決意を込めた言葉。信頼の眼差しは確かに交差した。

 ハジメは、今度こそ、その身を転じる。振り返ることはなく、シアとティオを伴って時計塔へと駆け出した。その背中に、「待てっ」と光輝の叫ぶ声が聞こえたが、直後に響いた龍太郎の雄叫びと、その拳が奏でた轟音にかき消されて、直ぐに聞こえなくなった。

 そして、ハジメ達は、羅針盤の導きのままに、時計塔の波紋を打つ文字盤から別の空間へと消えていった。

「あらら~、本当に行っちゃった。意地を張らずに助けてぇ~って言えば良かったのに。はっきり言って、あの化け物がいないなら何の問題もないよぉ?」

 ニタニタと嗤いながら、恵里は相対する鈴と雫に視線を向けた。

「それはどうかしらね。確かに、今のあなた達からは尋常でない気配を感じるわ。でも、私達だって、以前のままというわけではないのよ?」
「あははっ、コワイコワイ。特に、雫は油断ならないからねぇ~。それじゃあ、僕も心強ぉ~い仲間を呼んじゃおうかなぁ!」

 恵里がパチンと指を鳴らした。直後、ゴバッと轟音を立てて周囲の倒壊した建物の残骸が爆ぜた。そして、噴き上がる粉塵と飛び散る瓦礫の中から無数の人影が跳躍し、鈴と雫を囲む。

「傀儡兵……南雲くんに潰されたんじゃ……」
「ふふふっ、言ったでしょう。化け物がいないなら問題ないって。こいつらはねぇ、特別性の体になってるから、流石にミサイルの直撃は無理だけど、建物の崩壊に巻き込まれたくらいじゃ壊れないんだよぉ」

 更に、

「どわぁああああっ!?」

 そんな豪快な悲鳴を上げながら雫と鈴に向かって龍太郎が吹き飛ばされてきた。

「――“光輪”」

 咄嗟に、鈴が鉄扇を一振りして光のリングが連なって出来た網を展開し龍太郎を受け止める。

「やべぇやべぇ。鈴、助かったぜ」
「どういたしまして、光輝くんはどう?」
「ダメだなぁ、ありゃ。自分の立場も、なにをしているのかも、なんにも分かっちゃいねぇ。矛盾を指摘されても全部“洗脳”で片付けやがる。拳骨の一発や二発じゃ足りなさそうだ」

 頭を掻きながら龍太郎が溜息を吐くように報告した。雫が、周囲の傀儡兵と、ちょうど恵里の隣に着地した光輝に視線を向けながら質問を重ねる。

「強さはどうだった?」
「間違いなく、なんかされてやがるな。“限界突破”みたいな光を纏っていやがるだろ? 実際、強くなってやがるんだが、“限界突破”みてぇに疲れる様子が微塵もねぇ」
「そう……まぁ、前途多難は最初から覚悟の上ね」

 小声で情報を確認し合う三人に、光輝は、光に包まれながら悲しげな表情を見せて口を開いた。

「雫、鈴、龍太郎。降伏してくれないか? 俺はお前等と戦いたくないんだ。洗脳されていて、俺の言っていることは戯言にしか聞こえないのかもしれないけど、俺は、皆を救いたいんだ。南雲の呪縛から解放したんだ!」
「光輝くん、可哀想ぉ~。幼馴染達に裏切られてぇ、それでも健気に助けようなんてぇ」
「恵里……いいんだ。俺のことは。皆が、無事ならそれで。悪の権化である南雲さえ倒せば……」
「大丈夫だよぉ! 僕はぁ、僕だけはぁ、光輝くんの味方だからねぇ~」
「ありがとう。恵里。昔から、恵里には支えられてばかりだな……」

 見つめ合う光輝と恵里。光輝の瞳は空虚感を増し、恵里の歪んだ笑みは亀裂を深めていく。

「な? 会話が通じる段階じゃあねぇだろ?」
「……はぁ、確かに、ね。そうすると、あの馬鹿を元に戻すには、恵里の“縛魂”からの解放と……」
「その上で、光輝くんを完膚無きまでに叩きのめして現実を教えて上げる必要があるってことだね。……取り敢えず、恵里は鈴が担当するよ。光輝くんの突破力に、恵里の闇系魔法のサポートは最悪だから」

 三人は互いに頷き合う。そんな雫達を見て、光輝は悲しげに頭を降った。

「やっぱりダメか……わかった。なら、たとえ恨まれることになっても、まずは三人を無力化しよう。そして南雲を倒して洗脳を解く!」

 光輝は一人でヒートアップし、ジャキと音を立てて聖剣を大上段に構えた。途端、その身から尋常でない魔力が噴き上がった。“覇潰”よりも尚強力なプレッシャーが大気をチリチリと焦がす。

「チッ、なんか知らねぇが、やばそうだなっ!」

 龍太郎が、光輝の技を止めるべく再度突進しようとした。が、その瞬間、周囲の傀儡兵が一斉に三人へと襲いかかった。

「あははははっ、させないよぉ? ヒーローを支える健気なヒロインちゃんを忘れないでねぇ!」

 恵里が哄笑を上げながら、いつの間にか手に持っていたアーティファクトと思しき西洋剣を指揮棒のように振るっている。細身の赤いラインが入った両刃の剣で、灰色の魔力光を纏っていた。

「悪の女幹部にしか見えないよ、恵里。自覚がないなら、鈴が鏡を貸して上げる」

 鈴はそう言い返しながら双鉄扇を優雅に振るった。扇が開かれ、緩やかな風が吹くと共に、夕焼けのような柔らかな魔力光が広がる。

「聖域をここに、“聖絶”」

 直後、鈴達三人を包む光の障壁が展開された。そこへ、次々と傀儡兵の攻撃――いずれもアーティファクトと思われる魔力を纏った剣が叩きつけられる。ガキンッと硬質な音を立てて、聖なる輝きを持つ結界が無数の剣戟を完璧に阻んだ。

 更に、

「呑み込め、“聖絶・爆”」

 パチンッと音を立てて双鉄扇が閉じられた瞬間、障壁が極悪な破壊力を以て爆破された。凄まじい衝撃と砕かれた障壁の破片が、組み付いていた傀儡兵達を纏めて吹き飛ばす。

「ナイスだぜ、鈴!」

 龍太郎が飛び出した。その鋭い眼光は真っ直ぐに光輝を射抜いている。

「油断しないでね! “聖絶・界”」

 鈴が、龍太郎の進路に合わせて聖絶の輝きを持つ幾枚もの障壁を三角系のトンネルを作るように並べて援護した。傀儡兵程度の攻撃力では、鈴の聖絶を破れないのは実証済み。

 龍太郎は、その中を猛然と突き進んだ。光輝が発動しようとしている何らかの術は、大気を鳴動させる程に強力なようだ。だが、鈴の守りがあれば、発動前に潰せる。龍太郎は確信した。

 だが、

「舐めすぎぃ~」

 そんな人の神経を逆撫でするような声音と同時に、一人の傀儡兵が大きく跳躍して躍り出てきた。その傀儡兵は、大上段に構えた大剣を障壁の通路目掛けて一気に振り下ろす。

パァアアアアン!!

「んなっ!?」

 破砕音が響く。何と、その傀儡兵の一撃は鈴の障壁に直撃した瞬間、赤黒い波紋を広げて凄絶な衝撃を撒き散らし、そのまま障壁を紙屑のように粉砕してしまった。

 驚愕の声を上げながら、進路上に振り落とされた大剣を、身を捻りながら辛うじてかわす龍太郎に完璧なタイミングで別の傀儡兵からの剣戟が迫る。

 横薙ぎの一撃。それも首筋と横腹を狙った挟撃。龍太郎は、体勢を崩しながらも両手の籠手で弾き返そうとする。

 だが、この二人の傀儡兵も普通ではなかった。振るわれた剣が幻のように揺らめき、龍太郎が認識していた軌道とは別の軌道を辿って本当の剣が迫ってきたのだ。

「――ッ」

 声にならない悲鳴を上げつつ、籠手の防御が間に合わないと悟った龍太郎は、刹那の間に、金剛の部分強化で剣が当たる場所だけ強化した。

 ガキンッと金属同士がぶつかるような音を立てて傀儡兵の二撃が龍太郎の金剛に阻まれる。だが、いつの間にか正面に現れていた三人目の傀儡兵が、真っ赤に赤熱化した大槍を情け容赦なく、龍太郎の心臓目掛けて突き出した。

 龍太郎は、咄嗟に両腕をクロスさせて受ける覚悟を決める。真っ直ぐ突き込まれてくる灼熱の槍は、龍太郎の籠手に直撃した。凄まじい衝撃が龍太郎を襲うが、相棒たる籠手はどうにか貫通されずに、槍の一撃を耐えている。ハジメの魔改造が施されていなければ、両腕ごと貫かれていたかもしれない。

 だが、燃える大槍の真骨頂は触れた相手を燃やすだけではなかった。一瞬、脈打ったかと思うと、次の瞬間、轟音と共に大爆発を起こしたのだ。

「つぁああああっ!?」

 今度こそ悲鳴を上げて来た道を強制的に戻らされた龍太郎は、受身を取りながら直ぐ様立ち上がろうとする。

 その瞬間、更に二人の傀儡兵がバスタードソードを突き立てた。龍太郎に、ではなく、少し離れた場所の地面に。

 直後、ビキビキビキッと音を立てて、剣を突き立てた場所が一瞬にして凍てついてしまった。その凍結は、まるで蛇が這うように龍太郎の足元へと一瞬で伸び、受身から膝立ちになった瞬間の龍太郎を完璧なタイミングで襲った。

 それにより足元を凍てつかされ拘束された龍太郎へ、追い討ちの四人が飛びかかる。いずれもその手に持つ大剣を、先程の大槍使いと同じく赤熱化させており、このまま直撃を浴びれば、いかに頑丈な龍太郎とて無事では済まないだろう。

 そんな絶対絶命の龍太郎の背後では、やはり、今までの傀儡兵では有り得ない特異な能力を行使してくることに押され気味の雫がいた。雫は、龍太郎の窮状を見て助けに行こうとするが、それを屋上の床部分を操って即席の拘束具を作り出した傀儡兵によって足止めされてしまう。

 それどころか、足元を拘束された雫に対して、龍太郎と同じく四人の傀儡兵が飛びかかった。二人は紫電を纏った槍を、二人は灰色の砂煙を纏わせた剣を振りかぶっている。いずれも喰らえば碌なことにならないのは明白だ。

 雫が、傀儡兵の予想外の力に焦燥を浮かべつつ、新たな手札を切ろうとした。

「まずは一番厄介な雫、君からだよ。――“邪纏”」
「うっ、あ?」

 しかし、それは恵里によって防がれる。黒い明滅する球体が突然眼前に現れ、それが視界に入った瞬間、雫の体が一切動かなくなったのだ。

 闇系魔法“邪纏”――脳から体へ発せられる命令を阻害する魔法だ。

 これにより手札を切り損ねた雫は、致命的な隙を晒すことになった。恵里はニタリと粘着質な笑みを浮かべる。

 光輝には“縛魂”により、たとえ致命傷を食らわせても復活できると認識させてある。なので、“雫達を助ける”という認識の光輝が、雫達が傷つくのを邪魔することはないし、自身も躊躇いなく力を振るう。後で生き返らせることが出来るのだから躊躇う必要がないのだ。

 もちろん、復活など出来るはずがないし、そもそも恵里がさせるわけない。“縛魂”して傀儡兵に加えるくらいはするだろうが、まともに生かすつもりはなかった。

 従って、まずは一人とほくそ笑んだわけだが、

「舞い散れ、“聖絶・桜花”」

 その瞬間、輝く無数の欠片が、まるで桜吹雪の如く戦場を駆け巡った。小さな無数の輝きは、ザァアアアアーーと音を立てながら宙を舞い。雫と龍太郎を中心に螺旋を描きながら旋風を巻き起こす。

 そして、二人を襲った傀儡兵の攻撃を、凝縮するように集まった欠片で柔らかく受け止めて、全ての衝撃を霧散させてしまった。それだけでなく、光の花吹雪が、攻撃直後で死に体を晒す傀儡兵達に、濁流が小魚を呑み込むが如く襲い掛かった。

 光の花吹雪が通り過ぎた後には、見るも無残な姿になった傀儡兵達がいた。全身を切り刻まれ、四肢は原型を止めておらず。何より頭部が爆ぜたようにズタボロになっている。

 “聖絶・桜花”――文字通り、聖絶という強力な障壁を桜の花びらの如く細かな破片にし、触れれば切れる、集めれば柔能く剛を制す防壁となる、そんな攻防一体の障壁となす魔法だ。

 鈴が、まるで日本舞踊のように双鉄扇を振るえば、それに合わせて光の桜花達が流れるように動く。

「ふぅ。助かったわ、鈴」
「おう、サンキュな。つぅか、なんなんだ、あの傀儡共」
「どういたしまして。……まるで魔物の固有魔法みたいだね。詠唱も魔法陣も見当たらないよ」

 鈴が稼いだ時間で体勢を立て直した雫と龍太郎が、鈴の傍に集まる。その眼は険しそうに細められ、周囲を取り囲む傀儡兵に油断なく巡らされていた。

 と、その時、遂に光輝の術が完成してしまったようで、天を衝く純白の魔力がビデオの巻き戻しのように光輝の背後へ集束し始めた。その尋常でない魔力は、ゆらりゆらりと揺れながら徐々に形を作っていく。

「……最後だ。後で生き返らせることが出来るとはいえ、出来れば雫達を傷付けたくない」

 光輝が静かな声音を雫達に向ける。

 その光輝が発する魔力の塊は、やがて翼のようなものを広げ、太く強靭な尾を伸ばし、鎌首をもたげて鋭い牙を打ち鳴らし、その凶爪でビルの床を刻んだ。

 瞠目する雫達に、光輝は言葉を続ける。

「“神威・千変万化”――砲撃の形でしか発動できない神威を常時発動状態にして操り続けることが出来る技だよ。このドラゴンは、存在そのものが最大威力の神威と同等の破壊力を秘めいているんだ。それに、【神域】にいる限り、俺の魔力が尽きることはないから、時間稼ぎも無駄だよ。……分かるだろう? 今の俺は南雲よりも強い。皆では絶対に俺には勝てない。だから……降伏してくれ」

 神威そのもので形作られた光の竜が咆哮を上げる。同時に、その口から砲撃が放たれ、一キロメートル程離れた場所に立っていた高層ビルを一撃で消滅させた。確かに、最大威力の“神威”をノータイムで放てる上に、力の減衰が見られないので無尽蔵の魔力が供給されているようだ。

「ちなみにぃ、周りの傀儡兵ちゃん達はねぇ、魔石を組み込んだ、魔物と人間のハイブリッドなんだよぉ? 生前の連携や技量をそのままに、魔物並のスペックと固有魔法を持っているんだぁ。そうだねぇ、差し詰め、“屍獣兵”ってところかなぁ」

 そう言って、言外に、圧倒的な戦力差があるのだと嫌らしい笑みを浮かべながら伝える恵里。その背中から灰色の翼がバサリと展開される。恵里自身が、使徒を彷彿とさせる力を持っているのだと伝えて、絶望に誘う。

 更に周囲では、回復の固有魔法が使える屍獣兵がいるようで、先程、鈴に吹き飛ばされたり、刻まれた屍獣兵も傷を癒して立ち上がっており、それ以外にも念の為待機させていたらしい補充の屍獣兵が続々と集まってきた。

 最初に、アグニ・オルカンの爆撃で潰された数百人の屍獣兵を除いても、まだ百五十人近い戦力があるようだ。

 絶大な破壊力を秘めた神威を自由自在に操り、しかも時間制限もなく、自身も“覇潰”状態を常時維持できる光輝。そして、おそらく使徒に近い能力と闇系魔法に、百五十人の屍獣兵の群れを十全に操れる恵里。

 確かに、中々の難局と言えるだろう。普通のクラスメイト達なら絶望に膝を屈したかもしれない。

 だが、ここにいるのは、大迷宮に挑んでは己の弱さを突きつけられ、無力を思い知らされた者達だ。己と向き合い、汚い部分や恥ずべき部分を呑み込んで一歩を踏み出した者達だ。

 そして、どんな状況でも、誰が相手でも、ただの一歩も引かない、かの少年を間近で見てきた者達だ。

 だから、

「ハジメよりも強い? 勘違いも甚だしいわね。彼は、彼こそが“世界最強”よ?」
「全くだよ。大体、鈴達を舐めすぎじゃないかな? そんなの“強さ”の内にも入らないよ」
「千変だか、屍獣兵だか知らねぇが……ハッ、全く足りねぇよ」

 たかが、この程度のこと、難局の内にも入らない。

 光輝の眉がピクリと反応する。恵里の表情が嘲笑を浮かべたものから冷ややかなものに変わった。

 対して、雫は抜刀術の構えを、鈴は双鉄扇を舞踊のように、龍太郎は空手の構えをとった。その瞳には、緊張も悲愴さもない。ただ静かに、やるべきことをやる、そういう意志を湛えていた。

「なんか、すごいムカつくぅ」
「洗脳の影響は深いか……仕方ない。俺が目を覚ませて上げるよ」

 その言葉を合図に、第二ラウンドのゴングが鳴った。




いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字も有難うございます。

今年のコミケも、かなりエキサイトしているようですね。
戦場へ向かった戦士のみなさん、どうかお体に気をつけて……とはいいません。
限界突破して、走り抜けてください! 応援してます!

追伸
ニコ動の「日本の夏、コミケの夏」っていう動画知ってますか?
白米は、あれが好きです。
名作になんてことしてくれんだwwって感じで。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
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