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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

157/279

奪われたものは

「ユエっ!」
「ユエさん!」

 ハジメとシアが、思わず焦燥に駆られた声音で叫んだ。正体不明の、明らかにユエを狙っている、嫌な予感しかしない光の柱に呑まれたのだ。焦らないわけがない。

 燦然と輝く半透明の光の柱の中で、体を硬直させていたユエがようやく拘束を解かれたように動き出した。

 事実、ユエは一瞬の拘束を受けていたのだ。原因は、恵里が放った闇黒色の明滅する球体――“堕識”。闇系魔法の一つで、相手の意識を数瞬の間だけ飛ばしたり、応用技として、脳から発せられる命令を明滅する間だけ阻害したりするというものだ。

 今回使われたのは応用技の方。それも、恵里の天職“降霊術師”の性質が闇系魔法よりであることと、強化された肉体故にスペックが爆発的に上がっていることも合わさって、以前とは比べ物にならないほど強化されている。

 このために、ユエは、体を神経伝達の阻害によって一時的に拘束され、回避行動が遅れた挙句、魔法の行使も妨げられたのである。

 ユエは、降り注ぐ光の柱から脱出しようと柱の境界に手を触れた。返ってきたのは硬質な感触。感覚的に、ちょっとやそっとでは傷一つ付きそうにない。囚われたと理解したユエは、空間魔法を発動し、空間ごと光の柱を割断しようと試みた。

「っ」

 しかし、驚いたことに、確かに発動した空間の断裂は、光の柱の境界部分だけ効果を及ぼすことができず、亀裂一つ与えることができなかった。それどころか、降り注ぐ光は、益々輝きを増し、荘厳さと不気味さを増していく。

 ユエは、光の柱の破壊を諦め、ゲートを開こうとする。が、それすらも光の柱は許してはくれないらしい。ユエが、僅かに焦燥を浮かべた視線の先では、歪みかけては直ぐに何事もなく元に戻る空間があった。ゲートが、発動しかけては、何らかの原因で強制的にキャンセルさせられているのだ。

「チッ。ミュウ、レミア、ここを動くなよ」
「はいなの!」
「あなた……」

 ユエの窮状を見て取ったハジメは、クロスビットによる結界をミュウとレミアの周囲に張り、光の柱を破壊せんと飛び出す。

「ふふ、させるわけがなかろう?」

 アルヴが、ハジメの険しい表情を見て愉悦に表情を歪めながらパチンッと指を鳴らした。その瞬間、謁見の間におびただし数の魔物と使徒、そして魔人族や人間族が出現した。先程、使徒達が現れたのと同じ、ゆらめく空間から滲み出るように。

 人種は一人の例外もなく虚ろな瞳をしているが、その身が放つプレッシャーは魔物にも引けを取らない。おそらく恵里の傀儡兵――それも相当強化された者達だろう。

 ユエの救援に向かおうとしたハジメに、使徒が一斉に飛びかかった。

「邪魔だ、木偶共がっ!」

 怒声を上げて、紅い魔力を噴き上げるハジメ。“限界突破”だ。しかも、以前、ノイントと戦ったときとは比べ物にならないほど戦い方が洗練されており、昇華魔法によってスペックが飛躍的に向上したレールガンが使徒達を的確に穿っていく。

 相手を分析しているのは使徒達だけではない。ハジメもまた一日足りとて研鑽を怠ってはいないのだ。何度も対使徒戦のイメージトレーニングをして能力を向上させてきたのである。

 それでも、相手は使徒だ。逸脱したスペックを持つ、正真正銘の神兵なのだ。そう易々と突破されたりはしない。数の有利も利用してハジメをユエのもとへ近づけさせない。

 他のメンバーも同じような状況だった。

 シアは愛子達を守るのに精一杯で、ティオ、雫、龍太郎、鈴も使徒や魔物、傀儡兵に囲まれて身を守るので精一杯だ。

「っ、光輝くん、正気に戻って! “万天”!」

 そして、光輝に襲われている香織も、同時に襲い来る使徒の攻撃を凌ぎながら、光輝が何か魔法を掛けられているのだと判断し状態異常回復の魔法を掛けたのだが……

ギィイイン!!

 その結果は、聖剣の一撃だった。再び鍔迫り合いになる。香織は動揺の声を上げた。

「どうしてっ!」
「正気に戻るのは君の方だよ、香織。いつまでこんなことを続けるんだ?」
「何を言ってっ」
「ディンリードさんの話は聞いただろう? 彼はこの世界を救おうとしているのに、そんな立派な人を南雲は……許せないよ」

 訳の分からないことをのたまう光輝に、香織は困惑の表情を浮かべる。そして、闇系魔法で意識に干渉して、雫達の戦闘を嫌らしく、しかし、的確に妨害する恵里と不意に眼が合った。途端、ニヤァーと邪悪に嗤う恵里。

「っ、恵里、あなたがっ」
「くふふ、違うよぉ~、ボクはちょ~と意識を誘導しただけ。都合のいい話だけを光輝くんの中に根付かせただけよぉ? あとは光輝くん自身がそう信じただけだも~ん」

 どうやら、光輝は最初のディンリードの戯言部分だけを信じるように洗脳されたらしい。元々の思い込みの強さとご都合解釈の悪癖、そして度重なった精神への負担が容易に恵里の洗脳を許したのだ。

「“縛魂“するんじゃなかったのっ」

 香織が自分と恵里の会話など耳に入っていないかのように、そして何故か自分ばかり狙ってくる光輝に疑問を抱きながら、どうしてこの機会に光輝を殺して念願の“縛魂”をしないのかと疑問を飛ばした。

 それに対する恵里の返答は、

「してるよぉ?」
「え?」

 香織は意味が分からず呆けた声を出してしまった。思わず出来てしまった隙を突かれて使徒の猛攻を受ける。どうにか回避と受け流しで致命傷を避けるものの、体にいくつもの浅傷を作られてしまった。それを瞬時に治癒しながら、疑問顔を恵里に向ける香織。

 そんな香織の様子が心底楽しいらしく、ケラケラと嗤いながら恵里が答える。

「ボクだって遊んでいたわけじゃないんだよぉ? より良い光輝くんを手に入れるために努力を怠らない“いい女“なのさぁ~」
「それはっ、どういうっ」
「“縛魂”はねぇ、改良して残留思念だけじゃなく、生きている者の思念にも直接作用できるようになったんだよぉ! 言ってみれば、生霊を隷属させるようなものだねぇ。生きながらにして、自分でも違和感を抱かずに隷属しちゃうのぉ! 意識誘導してぇ、光輝くんにとっての正しさを植え付けてぇ、それを支えてあげる健気なヒロインにボクはなるんだぁ!」

 恵里の話を聞いて、香織の表情に戦慄が走った。恵里が、魔王城に到着してからやけにベッタリと光輝に張り付いていたのは、おそらく、この進化した“縛魂”を掛けるためだったのだ。恐るべきは、呪文の詠唱が詠唱と分からないところ。その者にとって納得し易い言葉がそのまま思念を縛る詠唱となるのだ。

 しかも、誘導を終えた後は、魔法の使用を止めても効果が切れない。何せ、自分で考えて決断したと本人が信じ込むのだ。それは時間が経てば経つほど、本人にとって真実となる。光輝のような人間には効果抜群の術だ。

 実際、今の光輝は、恵里やディンリード達こそが世界を救う為に奔走する正義の味方に見えているのだろう。それを邪魔したハジメは悪で、そんなハジメを慕う者達は皆、洗脳でもされてしまった被害者というわけだ。

 香織ばかり狙うのは、恵里に言われたからだろう。使徒の力で暴れられるのを嫌った恵里が、香織なら問答無用にすぐさま光輝を殺しにかかることはないだろうと推測し、使徒と連携して足止めするよう光輝に指示したのだ。光輝は、無意識レベルでそれが“正しい”と判断する。どんな理屈を付けてでも。

 つまり、光輝は生きながらにして恵里の傀儡兵と化してしまったわけだ。殺されさえしなければ恵里の術中に落ちることはないという考えは甘かった。光輝は既に恵里の手中に堕ちていたらしい。

 この先、どんな事実や言葉を並べても、恵里の悪魔の甘言一つで容易に操られることだろう。しかも、それを自分で決断した“正しいこと”だと信じるので、戦闘能力が落ちることはない。奇しくも、ハジメの指摘した光輝の弱点――意志の弱さによる土壇場での迷いというものが解消されてしまった。

 香織が、そんな光輝と使徒の相手に苦慮している内に、他のメンバーも相当苦境に陥っていた。

 そんな中、ただ一人、数十人もの使徒を五体不満足にして吹き飛ばし、魔物の臓物を撒き散らし、傀儡兵を木っ端微塵にしてジリジリと進撃しているのはハジメだった。

 今、この瞬間にも使徒達の連携を読み取り、新種の魔物の弱点を分析し、傀儡兵の行動パターンを理解しつつあるのだ。

「っ、止まりなさいっ。イレギュラー!」

 使徒の一人が、双大剣をクロスさせながら残像を幾重に生み出して急迫する。以前は互角だったというのに、複数の使徒が同時に仕掛けておいて、完全に機能停止に追い込まれる者は少ないとはいえ一方的に吹き飛ばされ、進撃を止められないという事実に、本人も意図せず声が荒ぶる。

 そして、ハジメのサイドへと回り込み、荒ぶる声音のまま大剣の暴虐を叩きつけようとして、

「邪魔だっ」

 まるで、最初からそこに出現することが分かっていたかのようにハジメの義手が伸び、顔面を鷲掴みされた。思わず息を呑む使徒を、ハジメは、怒声とともに“豪腕”を以て前方へと投げつける。

 ついでとばかりに、手離す瞬間、掌から弾丸を放って頭部を粉砕することも忘れない。美しい造形の顔半分を吹き飛ばされた使徒が砲弾の如く空を滑り、迫っていた使徒や魔物を巻き込んで雪崩を打つ。

 強制的に作り出した一瞬の道を、ハジメもまた残像を引き連れながら突破する。

「っぁああああああっ!!」

 雄叫びを上げ、一秒、一手、生き延びる度に戦闘能力を向上させていくハジメに、余裕の態度を崩して渋い表情となったアルヴとフリードが、ハジメに攻撃の意思を見せた。当然、使徒達も、それに合わせて強襲を仕掛ける。

『させんぞっ』

 直後、謁見の間に影が差した。それは、竜化したティオの巨体だった。変成魔法を使ったのか、いつもより一回りサイズが大きい。色合いもより深い黒となった気がする。

 いくら謁見の間が広いとはいえ、このような限定された空間で竜化などしてもいい的にしかならない。それはティオ自身も分かっているはずで、それにもかかわらず竜化したのは、その身を以てハジメの盾となるためだ。

 ハジメとアルヴ達の間に陣取り、その竜鱗によって城壁となす。

「小賢しい」
「ふん、以前の返礼とさせて貰おうか」

 アルヴとフリードが容赦なく攻撃魔法を放った。周囲の使徒達も、容赦など一切なく分解の能力でティオを殺しにかかる。

 昇華魔法と変成魔法、そして“痛覚変換”を最大効率で発動させ、竜鱗硬化の技能を極限まで高めた挙句、風の障壁を幾重にも展開して威力の分散を図るが……相手が悪すぎた。ティオの美しい黒鱗は、みるみるうちに削り取られていく。

『ぐぅ、ぅうう……』
「ティオっ。無茶するな!」

 衝撃音と共にティオ自慢の竜鱗が欠片となって飛び散り、あるいはごっそりと抉られていく様を見て、ハジメが堪らず叫んだ。

 ブレスと尻尾、周囲へ展開した無数の風刃で反撃しながら、ティオが長い首を回して縦に割れた黄金の瞳を、燃え盛るような決意を宿したそれを、ハジメに向ける。

『今、無茶をせんでいつするのじゃ! さっさと行かんかっ』
「ティオ……」
『あの光は尋常ではない! 早く助けよっ。……安心せい。ご主人様に抱いて貰えるまで、妾は絶対に死なん!』
「……ったく、ありがとよ。任せた」
『うむ、任されたっ』

 ハジメは、もう振り返らず、ユエとの間に立ち塞がる敵の殺戮に意識を集中した。アルヴやフリードによる背後からの攻撃は無視する。頼りになる女が、任せろというのだ。気にする必要など微塵もない。

 そうして数人の使徒を粉砕したハジメは、遂に光の柱へと辿り着いた。

「ユエっ!!」
「――ッ!!」

 人混みから飛び出して来たハジメに、捕われのユエが口を開くが声は届かない。ユエは肩で息をしており、あらゆる魔法を試した後なのだということが分かる。それでも破れない光の柱は、ティオの言う通り尋常ではない。

 光の中のユエは、手で胸元をギュッと握り締めながら、表情に焦燥と苦痛を浮かべており、降り注ぐ豪雨のような光の奔流によって、何かしらの悪影響を受けているようだった。時折、なにかを振り切ろうとしているかのように頭を振る姿も、ハジメに焦燥を抱かせる。

「ぶち壊してやるっ」

 ハジメは、“宝物庫”からパイルバンカーを取り出し光の柱に当てた。背後から襲って来る使徒達にはクロスビットによる掃射によって時間を稼ぐ。

 パイルバンカーの発する特徴のあるチャージ音に焦れながら、やはり昇華魔法でスペックの上がった最大威力の攻撃に期待して、チャージの完了と同時に引き金を引いた。

ゴガァアアアアアアアン!!!

 凄まじい衝撃音が響き渡り、漆黒の巨杭が光の柱を貫通した。

 ユエの魔法ですら傷一つつかなかった光の柱が、何故、あっさりと貫通を許したのか……その疑問を抱く暇もなく、その貫通痕を中心にビキビキと亀裂が奔っていく光の柱に、ハジメは義手の振動粉砕を発動させながら渾身の拳撃を裂帛の気合と共に放った。

「らぁっ!!」

 “豪腕”と“衝撃変換”も合わせて発動された絶大な威力を秘めた拳は、真っ直ぐに光の柱に突き刺さり、パァアアンと破砕音を響かせながら粉微塵に砕いた。地上へと降り注いでいた光は氾濫したように荒れ狂い、光の粒子を撒き散らしながら、一時的にハジメとユエの姿を隠してしまう。

「っ、ユエ!」

 纏わりつく不気味な光の粒子を振り払い、ユエがいた場所に向かって手を伸ばすハジメ。光の柱を破壊して尚、ハジメが焦ったようにユエへ呼び掛けるのは、光の柱が崩壊する寸前に目の合ったユエの表情が悲痛に歪んでいたからだ。嫌な予感が全身を駆け巡る。

「ユエっ」
「……ここにいる」

 何度目かの呼び掛けに、ようやくユエが応えた。伸ばした腕の先に柔らかな感触が伝わる。ユエの手だ。直後、光の粒子の狭間からユエが姿を見せた。ハジメの胸元へ飛び込んでくる。

「よかった。ユエ、なんともないか?」
「……ふふ、平気だ。むしろ、実に清々しい気分だ」
「あ? ユエ? お前――ッ」

 自分の胸元に顔を埋めたまま、どこか楽しげな声音で答えたユエに、ハジメは目を細めた。そして、再会したというのに止まらない嫌な予感が、悪寒と嫌悪に変わった瞬間、一気に距離を取ろうとした。

 が、それは少し遅かったようだ。

「ガハッ……てめぇ……」
「ふふふふ、本当にいい気分だよ、イレギュラー。現界したのは一体、いつぶりだろうか……」

 ハジメは距離を取れなかった。ユエの声音、ユエの姿、されどユエではないと確信させる、どこか怖気を震うような雰囲気を纏う“何者か”によって――腹を貫かれたからだ。

 凶器は、ユエの細腕。それが、手刀の形になって真っ直ぐに突き出され、背中まで完全に貫通していた。ふだんはたおやかなユエの小さな手が、凄惨な赤に彩られて濡れそぼっている。

 その直後、乱舞していた光の粒子が逆巻くようにして頭上へと消えていく。いつの間にか動きを止めていた使徒達に、訝しみながらも警戒の眼差しを向けていたシア達が、ハッとしたようにハジメとユエの方へ視線を向けた。そして、理解し難い光景にポカンと口を空けて呆ける。

 ハジメは、咄嗟に魔力の放出と“衝撃変換”でユエを吹き飛ばそうとした。今のユエが明らかに普通の状態でなく、自分に対して攻撃の意思を見せている以上、とにかく、距離を取るべきだと判断したのだ。

 しかし、それもまた敵わなかった。

「エヒトの名において命ずる――“動くな“」
「ッ!?」

 ハジメが驚愕に目を見開く。理由は二つ。ユエの口から飛び出した“名”と、その命令に己の体がなす術なく従ってしまったこと。まるで、体中の神経を遮断された挙句、標本のように固定されてしまったかのようだ。

 そんなハジメに、ユエの姿をした、その言葉通りなら“創世神エヒト”は、艶然と微笑んだ。その笑みに、ハジメは既視感を覚える。ユエの微笑みではない、もっと前に見た……そう、この世界に召喚されたときに【神山】は聖教教会本部、その大聖堂で見たエヒトの肖像画、そこに描かれていた微笑みだ。

 エヒトは、動けず脂汗を流すハジメの腹部から腕を引き戻した。途端、ハジメの腹部からブシュッと盛大に血が噴き出す。その飛沫を浴びながら凄惨な赤に彩られたエヒトは、手に滴る血にゆるりと舌を這わせる。

「ほぅ、これが吸血鬼の感じる甘美さというものか。悪くない。お前を絶望の果てに殺そうと思っていたのだが……なんなら、家畜として飼ってやろうか? うん?」
「ふぅ、ふぅ、ッッアアアアアアッ!!」

 にこやかに微笑みながら悪意に満ちた言葉を吐き出すエヒトの前で、正体不明の術に拘束されていたハジメが絶叫を上げた。穴の空いた腹部からおびただしい量の血が噴き出すが、気にした様子もなく力を込めていく。“限界突破”の輝きも更に増していく。

 そして、バキンッとなにかが壊れるような音が響くと同時に、体の自由を取り戻したハジメが一気に後方へと飛び退いた。同時に、ドンナーがエヒトに向かって咆哮を上げた。

 物理的ダメージは、ユエなら再生力で問題ない。とにかく、今は、相手を制圧することが必要だった。

 だが、その弾丸は……

「っ」

 悠然と佇むエヒトの手前の空間でピタリと止まり、触れることすら敵わなかった。

「これはこれは、私の“神言”を自力で解くとは。流石、イレギュラーといったところか。――“天灼”」

 直後、ハジメの周囲に十二個の雷球が浮かび雷で出来た壁を形成した。そして、刹那の内に凄絶な雷撃の柱をハジメに奔らせた。

 それは、かつて奈落の底で最後の試練であるヒュドラに痛恨のダメージを与えた雷系最上級魔法だ。だが、その威力は桁違い。生じた雷球の数も、展開速度も、そして本命の雷撃も。“瞬光”状態のハジメが雷球の結界から逃れられなかった時点で、その異様さが分かるというものだ。

 謁見の間に凄絶な雷光が迸り、その場の者達の視界を真っ白に染め上げ、鼓膜を轟音で埋め尽くした。

「ハジメさんっ」
「ハジメくん!」
「ご主人様っ」

 シア、香織、竜化を解いたティオの悲鳴が轟音の中に木霊する。

 駆けつける自分達を何故か邪魔しない使徒達を疑問に思う余裕もなく、激しくスパークする雷光の余波に、顔をかばうように腕をかざしながら足踏みするシア達。

 やがて、絶大な威力の雷撃が収まり、白煙の上がる中心から現れたのは、同じく全身から白煙を上げるハジメだった。どうやら、“金剛”の防御を突破されて直撃を受けたようだ。

 見れば、ハジメの周囲に展開していたはずのクロスビットが全て地面にめり込んでいる。クロスビットによる結界を張ろうとして、その前に叩き落とされたのだろう。状態から見て、おそらく重力魔法でもかけられたようだ。

 しかし、ハジメとて“限界突破”を発動しているのだ。全身に火傷を負いながらも意識は飛ばさず、ギリギリと歯を食いしばりながらユエにとり憑いたエヒトを睨みつけた。

「耐えるだろうな。イレギュラー、お前ならば。だが、電撃をそれだけ浴びれば鈍ることは避けられまい? ――“四方の震天”――“螺旋描く禍天”」

 ハジメの本能が全力で警鐘を鳴らす。反射的に飛び退こうとして、周囲全ての空間がグニャリと歪む光景に、既に逃げ場がないことを悟った。内心で盛大に悪態を吐きつつ、再度、“金剛”を最大展開すると同時に大盾を取り出した。

 直後、空間を爆砕する衝撃波が四方からハジメを襲い、同時に頭上からハリケーンのように渦巻く重力の砲撃が墜落した。

「っぁ、ぁああああああっ」

 大盾が冗談のように粉砕され、展開した“金剛”があっさり貫かれる、絶大な衝撃を伝える途轍もない神代魔法の嵐。明らかに、今のユエを軽く超える力の行使だ。

「止めやがれですぅ!」
「ハジメくんとユエから離れてっ」
「ユエの身でご主人様を打つとは……万死に値するのじゃ!」

 ユエの言動と、アルヴとディンリードの関係から大体の事情を察したシア達がエヒトを取り押さえようと一斉に飛びかかった。

 しかし、そんなシア達に、放たれたのは言葉一つ。

「エヒトの名において命ずる――“平伏せ”」
「あうっ」
「きゃあっ」
「ぬぉ!?」

 それだけでシア、香織、ティオの三人は、上から巨大な力に押し潰されたかのように地面へ叩き付けられ身動きが取れなくなった。それは致命の隙だ。

「――“喰らい尽くす変生の獣”」

 その言葉と共に、シア達の周囲の床が盛り上がり瞬く間に石造りの狼のようになった。そして、その鋭い爪で倒れ伏すシア達の背中を突き刺しながら押さえつける。シア達から苦悶の声が上がるが、石の大狼は煩わしそうに顎門を開き、黙れと命ずるように首筋へ鋭い牙を当てた。

 香織が分解能力で全てを吹き飛ばそうとする。しかし、それが発動するよりも早く、

「エヒトの名において命ずる――“機能を停止せよ”」
「ぁ――」

 エヒトの命令により、香織の瞳から光が消えた。まるで唯の人形になってしまったかのように。言葉から判断すれば、使徒の肉体を活動停止状態にしたようだ。創造主の特権というやつかもしれない。

 シア、香織、ティオが完全に抑えられた同時に、ハジメを襲っていた魔法の嵐がようやく終息する。ハジメは、僅かな間佇んでいたが、直ぐにゴパッと口から滝のように吐血し、糸の切れたマリオネットの如く膝を折った。

 ハジメやシア達の有り様に、雫達も名を叫びながら駆けつけようとする。

 だが、やはり、その前に、

「――“捻れる界の聖痕”」

 膝を折ったものの、両手を地面につけようとしない意地を見せるハジメの頭上で、グニャリと歪んだ空間が十字架の形をとった。空間の歪みそのもので形作られたそれは、まるで極めて透明度の高いガラス細工のようだ。それを、エヒトは視線だけで誘導しハジメの背中に落とした。

「ガハッ」

 強烈な圧迫に、更に吐血するハジメは、そのまま為す術なく押し潰される。ハジメの背中からは墓標のように空間が歪んで作られた十字架が突き立った。それはそのまま空間に固定されハジメを地面に縫い付ける。

 エヒトは、そのまま流れるように雫、龍太郎、鈴へ指を向け言葉を紡いだ。

「――“捕える悪夢の顕現”」
「っ、あ」
「ひっ」
「う、あ」

 それだけで雫達は顔面蒼白となりながら転倒してしまった。そして、まるで自分の首が繋がっていることを確かめるように首筋を撫でたり、足があるのを見て震える手で感触を確かめたりし始める。だが、感覚がないようで青褪めた顔は元に戻らない。立ち上がることも出来そうになかった。

 使徒や魔物、傀儡兵の群れ相手にも戦えていたメンバーが、ユエに憑依したエヒト一人にあっさりと全滅させられてしまった。その結果に、地面に這い蹲らされているシア達が驚愕と同時に歯噛みする。

「ふむ。まぁ、こんなものだろう。我が現界すれば全ては塵芥と同じということだ。もっとも、この優秀な肉体がなければ、力の行使などままならんかっただろうがな。聞いているか? イレギュラー」
「ぐっ……」

 コツコツと足音を響かせながら地面に磔にされているハジメに、エヒトが悠然と話しかけた。ハジメは、クロスビットを操作しようとするが途轍もない重力が掛かっているようで地面にめり込んだままピクリともしない。

 どうにか首を曲げて視線を向けてみれば、いつの間にかミュウとレミアを守っていたクロスビットも同じような状態だった。ミュウが「パパ」と呟きながら、泣きそうな表情でハジメを見つめている。

 愛子達が、ハジメ達を助けようというのか一歩踏み出そうとするが、それは使徒達によって為す術もなく止められてしまう。

 ハジメは、“宝物庫”から爆発物の類を取り出して諸共に吹き飛ばしてやろうとした。“金剛”の“集中強化”で急所だけ守れば助かるかもしれないし、神水さえ飲めれば復活できる。

 だが、その意図を読んだかのように、ハジメが“宝物庫”を起動しようとしたその瞬間、エヒトが、どこか優雅さすら感じさせる所作でパチンと指を鳴らした。

 すると、ハジメの指に嵌っていた“宝物庫”の指輪がフッと消えて、次の瞬間にはエヒトの掌へと転移してしまった。ハジメの“宝物庫”だけではない。その掌には、他にいくつかの指輪が置かれている。シア達に作った“宝物庫”だ。ゲートも作らず、ピンポイントで、複数同時に、空間転移させたらしい。

 それだけでなく、直後には、エヒトの周囲にドンナー・シュラークやドリュッケン、黒刀など、ハジメが手掛けたアーティファクトの数々が転移してクルクルと回りながら浮かんだ。

「よいアーティファクトだ。この中に収められているアーティファクトの数々も、中々に興味深かった。イレギュラーの世界は、それなりに愉快な場所のようだ。ふふ、この世界での戯れにも飽いていたところ。魂だけの存在では、異世界への転移は難行であったが……我の器も手に入れたことであるし、今度は異世界で遊んでみようか」

 クツクツとユエでは絶対しないような邪悪な笑みを浮かべて“宝物庫”を弄ぶエヒトは、おもむろに手を握り締めた。そして、僅かに掌中から光を漏らしたあと開かれた手の中からは、砂のように砕け散った“宝物庫”の慣れの果てが現れた。そのまま、ゆらりと手を傾ければ、光の残滓を纏う砂状の残骸が、サラサラと零れ落ちていく。

 まるで絶望を見せつけるかのようにハジメの眼前に散らばる“宝物庫”の欠片。それは、纏う光に呑み込まれていくように、遂には塵すら残さず消えていく。

 収納されていたものは飛び出して来ない。なんらかの方法で纏めて消滅させられたのだろう。目を見開くジメの眼前で、更に、ドンナー・シュラークを始め、他の武器も粉微塵になった後、光に呑まれて消滅していった。

「おっと、忘れるところであった」

 絶対に忘れていなかったと確信できる笑みを浮かべながら、エヒトの視線がハジメの義手に向く。そして、他のアーティファクトにそうしたように魔力を放ちながらパチンッと指を鳴らした。

 それだけで、ハジメの義手がゴバッと音を立てて崩壊する。ハジメの義手は、魔力による擬似的な神経が通っており触感も温度も感知できる。当然、痛みも、だ。調整は出来るとはいえ、いきなり左腕を粉砕され激痛に苛まれたハジメは怒り混じりの咆哮を上げた。

「くそったれがぁああああ!!」
「よく足掻くものだな。もう中身がぐちゃぐちゃであろうに。お前を器とするのも良かったかもしれんな。三百年前に失ったはずの我が器が、生存していたことに心が逸ってしまったか……いや、魔法の才が比較にならんか」

 紅い魔力がうねりを上げ、空間魔法の拘束すらギチギチと軋ませる中、しかし、エヒトは特に気にした様子もなくユエ(自身)の体をじっくりと観察しながら思案顔をする。ハジメの足掻きなど取るに足りないと思っているようだ。

 それを見たハジメは……直後、その紅い魔力を脈動させた。ドクンッドクンッと波打ち、“限界突破”の魔力が更に際限なく上昇していく。直後、噴火したかのように紅の魔力が噴き上がった。螺旋を描きながら天を衝く紅い魔力の奔流――“限界突破”の最終派生“覇潰”だ。

 今まで、ハジメが強すぎて“限界突破”で倒せなかった敵がいなかったため目覚めなかったそれが、創世神の圧倒的な力を前にして、遂に開花したのだ。我が物顔でユエの体を使うエヒトに、溜まりに溜まった怒りが導火線に火を点けたとも言えるかもしれない。

 少し離れた場所でエヒトの降臨に恍惚の表情を浮かべながら涙していたアルヴが、ハッと我に返り戦慄の表情を浮かべた。それは、ハジメの発する力の奔流が、ディンリードという優秀な男に憑依して現界した、神格を持つ自分に匹敵していたからだ。自分の力はエヒトには遠く及ばないとは言え、驚愕せずにはいられない。

「我が主!」
「よい、アルヴヘイト。所詮、羽虫の足掻きだ。エヒトルジュエ(・・・・)の名において命ずる――“鎮まれ”」

 先程と名が違う。いや、更に付け足された。その効果は、ハジメに対し絶大な力を以て作用した。それこそ、先程の“動くな”という命令よりも遥かに。

 うねりを上げていた魔力光が徐々にその輝きを収めていく。まるで、ハジメ自身がエヒトの命令に従ったように、自分の意思で“覇潰”を解除しようとしているのだ。

「ぁああああっ!!」

 ハジメが再度絶叫を上げた。紅い魔力が、主の中のせめぎ合いを表すように明滅を繰り返す。それを見て、エヒトは、ユエの顔を邪悪に歪めた。心底、面白い余興を見たとでもいうように。あるいは、必死の足掻きを嗤うように。

「ほぅ、まさか我が真名を用いた“神言”にすら抗うとはな。……中々、楽しませてくれる。仲間は倒れ、最愛の恋人は奪われ、頼みのアーティファクトも潰えた。これでもまだ、絶望が足りないというか」
「……当たり、前だ。てめぇは……殺すっ。ユエは……取り戻すっ。……それで終わりだっ」
「クックックッ、そうかそうか。ならば、そろそろ仕上げと行こうか。一思いに殲滅しなかった理由を披露できて我も嬉しい限りだ」

 血反吐を吐きながら殺意を溢れさせるハジメに、エヒトは満面の笑みを浮かべた。そして、敢えて、ユエが作り上げたオリジナル魔法を発動する。

「――“五天龍”……中々に気品のある魔法だ。我は気に入ったぞ」

 ユエを中心に、五体の魔龍が出現した。だが、その威容はユエが行使していたときのそれを遥かに越える。存在の密度が桁違いなのだ。今の五天龍ならば、あの大型のアブソドであっても一体一撃で消滅させることが可能だろう。

 五属性の魔龍は鎌首をもたげ、その眼光をそれぞれの標的に向ける。ミュウとレミア、愛子やリリアーナ達、雫達、シア達、そしてハジメだ。

 何をする気なのかは明白。ハジメの目の前で、シア達を魔龍達に喰らわせようというのだ。ハジメの全てを、最愛の恋人の魔法を以て目の前で奪い、絶望の果てに苦しむハジメを存分に楽しんで、そして止めを刺そうというのだ。

「ユエッ! 目を覚ませ!」
「ふふ、遂に恋人頼りか? 無駄なこと。これは既に我のものだ。それとも時間稼ぎか? 今こうしている間も、お前への戒めは解けてきているからな。全く、大したものだ。……だが、所詮は矮小な人間よ」
「ユエッ! 俺の声が聞こえるはずだっ。ユエッ!」

 ハジメの殺意に当てられて近場にいた魔物の数体が意識を喪失し倒れるが、エヒトは心地よいそよ風でも受けたように目を細めると、愉悦と共に、身動き取れない者達へ、ユエ自身が研鑽を積んできた魔法の牙を剥こうとした。

 見せつけるように掲げられたたおやかな指が、命脈を断つように振り下ろされようとした――その時、

「ッ!? 何だ……魔力が……体が……まさかっ、有り得んっ」

 突然、エヒトが大きく目を見開き、その身を震わせた。まるで体の自由が効かないとでもいうようにふらつき、魔力の制御もままならい様子で五天龍が明滅する。動揺するアルヴとフリード。シア達も絶体絶命の窮地において、エヒトが苦しみ出したことに瞠目する。

 そこへ、声が響いた。

――させない

 念話のように謁見の間に響いたそれは、苛立たしげに悪態を吐くエヒトと同じ声音。されど、ハジメ達からすれば、ずっと可憐で愛らしい声音だ。

「ユエっ!」
「ユエさん!」

 ハジメとシアが声に喜色を乗せて叫ぶ。香織達も口々にユエの名を叫んだ。

 ハジメが、既に致死量に近い出血をしているにもかかわらず活力を取り戻したかのように肉体と魔力を唸らせる。背中の十字架がビキビキと亀裂を浮かべ始めた。シア達も気合いの雄叫びを上げて立ち上がろうとする。

 しかし、

「くっ、図に乗るな、人如きが。エヒトルジュエの名において命ずる! ――“苦しめ”!」

 脂汗を流しながらも、エヒトは真名による強力な“神言”を放った。それにより、体全体に凄まじい激痛が奔り、シア達は苦悶に満ちた表情を晒し、悲鳴を上げて身悶えする。

 唯一、痛みに強いハジメだけが、表情を歪めながらも声一つ上げずに耐えていたが、それでも直ぐに拘束を破れるという状態ではなくなってしまった。

「……アルヴヘイト。我は一度、【神域】へ戻る。お前の騙りで揺らいだ精神の隙を突いたつもりだったが……やはり開心(・・)している場合に比べれば、万全とはいかなかったようだ。我を相手に、信じられんことだが抵抗している。調整が必要だ」
「わ、我が主。申し訳ございません……」

 アルヴの最初の語らいは、エヒトの憑依を確実にするためのものだった。体と精神の関係は非常に密接なもので、たとえ神であろうと完全に乗っ取るのは難しい。それは、【神域】でなければ十全に力を発揮し得ないという制限故なのだが……とにかく、そのためにユエの心を一瞬でも開かせるために、ディンリードとの思い出を利用したのだ。

 だが、その目論見はハジメによって妨げられてしまった。アルヴヘイトは、せめてユエの精神を揺さぶり憑依しやすくしようと、あの遺言らしき言葉を放ったわけであるが……既に精神を立て直していたユエ相手では、やはり完全憑依とはいかなかったのである。

 恐縮するアルヴヘイトに、エヒトは軽く手を振って答えた。

「よい。三、四日もあれば掌握できよう。この場は任せる。フリード、恵里、共に来るがいい。お前達の望み、我が叶えてやろう」
「はっ、主の御心のままに」
「はいはぁ~い。光輝くんと二人っきりの世界をくれるんでしょ? なら、なんでもしちゃいますよぉ~と」

 苦しみに悶えるハジメ達を尻目に、エヒトはどうにかユエの意識を抑え込んだようで、アルヴ達に指示を出すと手を頭上に掲げた。

 すると、その手から先程降り注いだのと似た光の粒子が今度は舞い上がり、謁見の間の天井の一部を円状に消し去って、直接外へと続く吹き抜けを作り出した。

 光の粒子はそのまま天へと登って行き、魔王城の上空で波紋を作りながら巨大な円形のゲートを作り出した。天地を繋ぐ光の粒子で出来た強大な門――まさに神話のような光景だ。おそらく、エヒトの言う【神域】という場所へ行くための門なのだろう。

 エヒトは、掲げた腕を下ろすとふわりと浮き上がり、天井付近からハジメ達を睥睨した。

「イレギュラー諸君。我は、ここで失礼させてもらおう。可愛らしい抵抗をしている魂に、身の程というものを分からせてやらねばならんのでね。それと、三日後にはこの世界に花を咲かせようと思う。人で作る真っ赤な花で世界を埋め尽くす。最後の遊戯だ。その後は、是非、異世界で遊んでみようと思っている。もっとも、この場で死ぬお前達には関係のないことだがね」

 どうやらエヒトは、本気でこの世界を終わらせて、新天地として地球を選ぶ気のようだ。そして、そのタイムリミットが三日。ユエの肉体を掌握するのに必要な時間。

「ま、てっ、ユエを、返せ……」

 地の底から響くような声でハジメがユエに手を伸ばす。いつの間にか、十字架を破壊し、“神言”の影響すら跳ね飛ばして起き上がっている。足元には文字通り血の海が出来ており、まるで体中の血液が全て流れ落ちてしまったかのようだ。

 ハジメが、紅い魔力を纏いながら飛び出そうとする。だが、それを使徒達が背後から強襲して組み伏せてしまった。更に、アルヴがなにかしらの術を行使してハジメの体を硬直させる。組み付いた使徒は分解の能力で、纏った魔力や衣服等に仕込まれた錬成の魔法陣を全て霧散させてしまった。

 それでも、出血多量で霞む意識を殺意と憎悪で繋ぎ留め、なお足掻き、ハジメはユエへと手を伸ばす。

 完璧に組み伏せて、既にいつ死んでもおかしくない状態なのに、少しずつ前へと進んでいくハジメに、使徒達がどこか畏れを抱いたかのように瞳を揺らした。

 それを一瞥したエヒトは口元を歪めて鼻で嗤った。そして、そのまま天に輝くゲートへと上って行った。

 フリードと恵里、そして光輝も続く。恵里は再び光輝にしがみつきながら耳元に囁いており、光輝は納得顔で頷いていた。また、光輝にとって都合のいい“正しさ”を植え付けているのだろう。敵であるはずのエヒトを前にして騒ぐことすらせず、それどころか決意したような眼差しを雫達へと向けているのがいい証拠だ。

 鈴が、何かを言おうと口を開きかけるが苦痛がそれを邪魔して声にならない。恵里もまた、既に誰のことも見ていなかった。

 フリードと恵里、光輝に続いて、使徒、魔物、傀儡兵も浮かび上がり、その半数程が天へと上っていく。魔王城の外でもおびただしい数の使徒や魔物、そして魔人族達が天に輝くゲートを目指していく。

 吹き抜けの天井から見えるエヒトは、最後にゲートの前で彼等を迎え入れるように手を広げた。かつて見た大聖堂の肖像画のように。全ては自分のものだとでもいうように。

 魔人族の大歓声が上がる。きっと、随分前から、この時を知らされていたに違いない。地を離れ、神によって天へと迎え入れられるという至上の瞬間を。

 エヒトは、そんな彼等に艶然と微笑むと、そのまま溶けるように光の中へと消えていった。

「ユエェエエエエエエエエエッ!!!」

 ハジメの絶叫が虚しく木霊する。

 伸ばした手には、何も掴めない。

 そこに、いつもの温かく愛しい感触は……

 もう、なかった。



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またまたオーバーラップ様からお達しがありましたので、活動報告に特典イラストをアップしました。ご興味があれば、是非、覗いてみてください。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
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