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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

155/279

嘘か真か 前編

短いです(約7000字)
後半の修正が間に合わなかったので、前後編に分けました。
もっとも、一週間も待たせるのは、あれなので明日には更新します。
まとめて読みたい方は、明日の18時にお願いします。
「……叔父、さま……」

 ユエの掠れた声音が響く。その瞳は普段になく大きく見開かれ、小さくたおやかな手は内心の動揺をあらわすが如く小刻みに震えている。

 ハジメの呼び掛けに気がつかないという、いつもなら有り得ない有様が、その動揺の深さを示していた。

 そんなユエの様子を見て驚愕をあらわにするハジメ達を尻目に、金髪紅眼の魔王は殊更優しく微笑みながら再度、聞き慣れない名でユエに呼びかけた。

「そうだ、私だよ。アレーティア。驚いているようだね。……無理もない。だが、そんな姿も懐かしく愛らしい。三百年前から変わっていないね」

 微笑む魔王。ユエは、そこに叔父を見て取ったのか一歩後退る。そして、震える唇でなにかを言おうとして、その機先を制するように使徒アハトが口を開いた。

「アルヴ様?」

 能面のような表情で、しかし、疑問の呼びかけとわかる抑揚で魔王の名を呼ぶアハト。その様子からすると、まるでユエに対する魔王の態度が予想外の事態であるように見える。それは、使徒だけでなく、フリードも同様らしく僅かに訝しむ表情になっていた。

 そんな呼びかけに対して、魔王は薄らと微笑むと、おもむろにその手をかざした。……アハト達、神の使徒へと。

 次の瞬間、ユエに似た金色の魔力光が閃光手榴弾の如く爆ぜ、一瞬、光で全てを塗り潰した。その光が、逆再生でもしているかのようにディンリードの手に吸い込まれて消えた後には、まるで電源が切れた機械のように崩れ落ちている使徒達の姿があった。

 更には、ついでとばかりに、フリードや恵里も倒れ伏している。傍らの光輝は、いきなりの事態に呆然としているのか、微動だにせず硬直したまま恵里を見つめている。

 突然の出来事に唖然とするユエ達の前で魔王は如何にも緊張の瞬間を乗り切ったと言わんばかりに「ふぅ」と息を吐き、次いで、突き出していた手を頭上に掲げるとパチンッと指を鳴らしてなんらかの術を発動させた。

 ハジメの魔眼石に映るのはドーム状に広がる金色の障壁。但し、その用途は通常の障壁とは些か趣を異にしているようだ。

「盗聴と監視を誤魔化すための結界だよ。私が用意した別の声と光景を見せるというものだ。これで、外にいる使徒達は、ここで起きていることには気がつかないだろう」
「……なんのつもりだ」

 まるで使徒と敵対している者であるような言動に、ハジメがスっと目を細めながら問い質した。

「南雲ハジメ君、といったね。君の警戒心はもっともだ。だから、回りくどいのは無しにして、単刀直入に言おう。私、ガーランド魔王国の現魔王にして、元吸血鬼の国アヴァタール王国の宰相――ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールは……神に反逆する者だ」

 魔王としての威厳を以て発せられた言葉が、広大な謁見の間に凛と響く。その言葉は、その場にいる者達へ本気で言っていると思わせるだけの力を持っていた。

 ハジメを除くメンバー達が驚愕の事実に息を呑む。まさか、人間族と敵対していた魔人族の王が、神への反逆者だったなど夢にも思わなかったのだ。当然の反応だろう。

 そんな中、辛うじて我に返った鈴が、「恵里っ」と叫びつつ駆け寄ろうとするが、それを光輝が手で制した。俯せに倒れている恵里の首筋に手を当てて脈を図りつつ、心配ないというように微笑みながら頷く。どうやら、恵里は気を失っているだけのようだ。ホッと胸を撫で下ろす鈴に、ディンリードは「不安にさせてすまない」と謝罪を口にした。

 ついでに、使徒については機能の停止を、フリード達は生体機能の停止――言い換えれば、仮死状態にしたという。

 “魔王の謝罪”も相まって、一連の出来事に誰もが絶句する中、ハジメが視線を周囲に巡らせつつ、ディンリードの真意を追及しようとした。と、そのとき、不意に叫ぶような声音が響いた。必死に、なにかを否定しようとしているような声音だ。

「うそ……そんなはずはないっ。ディン叔父様は普通の吸血鬼だった! 確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ! 叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」
「アレーティア……。動揺しているのだね。それも……当然か。必要なことだったとは言え、私は君に酷いことをしてしまった。そんな相手がいきなり目の前に現れれば、動揺しない方がおかしい」
「私をアレーティアと呼ぶなっ! 叔父様の振りをするなっ!」

 ハジメですら見たことがないほど興奮した様子のユエに、ディンリードは悲しげに微笑む。そんな態度すら気に障るのか、ユエは殺意を滾らせて手を突き出した。その身から莫大な魔力が噴き上がる。

 【氷雪洞窟】で記憶の違いの可能性を受け入れたものの、それでも目の前の男は、ユエを三百年の長きに渡って暗闇の底へと閉じ込めた相手なのだ。絶大な信頼を寄せていた自分を裏切った相手なのだ。そう簡単に割り切れるわけがない。

 まして、死んでいるはずのその相手が、突然、目の前に現れ、三百年前と変わらない様子で親しげに、愛しげに話しかけてくるのだ。流石のユエも冷静さを保つことが出来なかった。その心は、台風の直撃を受けた海の如く荒れ狂っている。

 自分でもわけの分からない衝動のまま、ユエは雷龍を放った。にわかに動き出した現状に、他のメンバーにも緊張が走る。

 しかし、ディンリードは、微笑を浮かべたまま。余裕ともいえる態度で、再び、指をパチンッと鳴らした。その瞬間、玉座が置かれている祭壇の淵に沿って光の壁が立ち上った。雷鳴の咆哮を上げながらディンリードに肉薄した雷龍は、その障壁に激突したものの、余程強固な障壁なのか突破することは敵わない。

 雷光が迸る中、障壁の向こう側からディンリードが優しい声音で語りかける。

「アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール。歴代でもっとも美しく聡明な女王、私の最愛の姪よ。私は確かに、君の叔父だよ。覚えているかな。私が、強力な魔物使いだったことを」
「なにをっ」
「今の君ならわかるはずだ。当時の私がどうしてあれほど強力な使い手だったのか」
「……っ、神代魔法……変成魔法」

 まるで、昔、ユエの勉強を見て上げていたときのように、「よく出来ました」と微笑むディンリード。既視感が襲っているのか、ユエは表情を歪める。

「その通りだ。更に言うなら、私は生成魔法も修得していた。生憎、才能に乏しく宝の持ち腐れだったけれどね。代わりに変成魔法については頗る付きで才能があったと自負しているよ。相応の努力もした。その結果、単に魔物を作り出すだけでなく、己の肉体に対しても強化を施すことが出来るようになった。寿命が延びたのはそういうわけだよ」

 実は雷龍に紛れてさり気なくレールガンを放っていたハジメが、簡単には障壁を突破できないと理解し、ユエの肩に手を置く。精神の乱れから普段とは比べるべくもなく効率も収束率も悪い雷龍では無駄に魔力を消費するだけだ。

 ユエは、肩に置かれた温かな感触にハッと我を取り戻し、剣呑な眼差しでディンリードをひと睨みしてから雷龍を霧散させた。幾分取り戻した冷静さを以て、それでも語気が荒くなるのは隠せず追及する。

「……あの白竜使いの魔人族は、お前をアルヴという名の神だって。何百年も魔人族を率いて来たって!」

 少なくともユエが幽閉されるまでの二十数年は吸血鬼の王国アヴァタールで宰相をしていたことと、フリードの発言との矛盾を叩きつけた。

 それでも、ディンリードの余裕は崩れない。当然の指摘だとでも言うように、悠然と答える。

「フリードの言っていたことは間違ってはいない。アルヴとは確かに私であり、同時に私ではないとも言える」

 禅問答のようなことを言うディンリードにユエの眼差しが険しくなる。ディンリードは、それに苦笑いしながら言葉を続けた。

「アルヴという存在は、神代においてエヒト神の眷属神だった。部下のようなものだね。アルヴは最初、エヒト神に対し忠誠を誓ってその手足となっていたのだけれど、ある日、疑問を抱いた。エヒト神の行う非道をこのまま見逃していいのかとね。その疑問を幾百年、幾千年を過ごす内に大きくなり、やがて彼は反逆の意思を抱くようになった」

 コツコツと靴音を鳴らしながら玉座の周りを歩くディンリード。その落ち着いた声音は、決して大きくはないのに何故かよく響き、されど全く不快感を覚えさせない。

「だが、主神であるエヒト神に敵うはずもない。故に、アルヴは一つの策を練った。それが、エヒトの駒として地上に降り人々の戦争を激化させ、混乱に陥れる魔王役を担う――という建前の元、地上にて対抗できる手段と戦力を探すというものだ」

 一度言葉を切ったディンリードは、自分の手をグッグッと開閉し、その感触を確かめるような仕草をしながら続ける。

「だが、肉体を持たない神が地上で十全に活動するには器となる肉体が必要になる。アルヴもまた、己の器となる者を探しては、その者に魂を宿らせた。本来、他人の体に魂を宿らせることは、本人の拒絶が強ければ神といえども容易ではないのだが……神として存在を示せば、拒否する者などいない。自分が消えるわけでもないのだから、むしろ名誉なことだろう」
「……そうして、ディンリードもアルヴに選ばれた?」
「アルヴは狂喜したようだよ。ただの適性者なら、エヒトの眷属神とだけ伝えるところだけれど、私は真実を知っていた。本当の、反逆の同志になり得たのだ。使徒の目がある中、内側から真意を聞かせてくれたよ。今も、私の中にはアルヴがいて、様々な面で助けて貰っている。一つの体に二つの魂。それが、アルヴであってアルヴでないという言葉の意味だよ」

 玉座に手を掛けながらユエ達の理解が及んでいるから確かめるように一拍おくディンリードに、ユエは難しい顔をしながら尋ねる。

「……いつから」
「君が王位につく少し前だね。同時に、真実を知っていてもどうすることも出来なかった私にも、できることがあると分かった。使命だと思ったよ」
「……使命」
「そう、神を打倒するという使命だ。エヒト神や使徒達に真意を掴ませないようにするには大変だったけれどね。おかげで、本意でないことも幾度となくさせられたよ」

 他に聞きたいことは? と微笑むディンリードに、教師役をしていた頃の思い出を呼び起こされ、ユエの心が揺らぐ。話し方も雰囲気も自分の記憶にある叔父のような気がして、もしかしたらその言葉通りに、生きていたのではないかと思い始めた。

 そして、そうであったのなら、ユエには聞きたいこと、否、聞かずにはいられないことがある。

「……どうして祖国を裏切ったの。どうして、私を……」
「済まなかった」
「っ……謝罪を聞きたいわけじゃないっ! 理由をっ」

 沈痛な表情で謝罪の言葉を口にするディンリードにユエが叫ぶ。傍らのハジメが、肩に置いた手に力を込めて落ち着かせる。他のメンバーも、ユエの過去に関わることなのだと口を挟まずに真剣な表情をディンリードに向けていた。

「アレーティア。君は天才だった。魔法の分野において、他の追随を許さないほどに。神代魔法の使い手であった私ですら敵わないほどに。その強さは目立ち過ぎたんだ。だから目を付けられた。君の傍らにいる南雲ハジメのように」
「……イレギュラー」
「そうだよ。アレーティア、君は覚えているのではないかな? 当時、既にアヴァタールの上層部はエヒト神を信仰する勢力に染められつつあった。それは、君の両親も、だ。その片鱗を端々に感じていたはずだ」
「……覚えてる。叔父様と父上はよく私の教育方針で口論してた。……私の教師役には叔父様が付いていた。だから、私は信仰とはほとんど関わらずに育った」

 コクリと頷くユエに、ディンリードも頷き返す。

「真実を知っていたからね。解放者の言葉が真実かどうか確かめる術はなかったけれど、まだ幼い君に無条件に信仰させるのは危険だと考えた。君を守りたかったのだ。だが、そうやって信仰から遠ざけたことが徒となった」
「……思った通りに動かない駒は邪魔?」
「そういうことだ。君に対する暗殺の企みが本格的になった。君の不死性とて絶対ではない。特に、神が相手では尚更……神代魔法を修得していても、神の意思から君を守り切る自信はなかった。それに、アルヴを体に宿し使命に目覚めた私は、君という切り札の一つを失うわけにはいかなかった。だから、暗殺が成される前に、死んだことにして君を隠したんだ。いつか反逆の狼煙を上げることができるその時まで」
「……」

 叔父は裏切ってはいなかった。むしろ自分を守ろうとしていた。たとえ、戦力としての意識があったのだとしても、死なせたくないという思いがあったのだという言葉は、ユエの記憶の断片と一致する。

 今や、ユエの表情は行き場を失った感情を持て余しているような、あるいは迷子が浮かべる不安そうなものになっていた。

 不安定な気持ちをあらわしているように力なく震える声音が、最後の疑問を投げかける。

「……人質は? 貴方が本当にディン叔父様なら……私を裏切っていなかったというのなら、どうして」

 俯くユエからの、非難混じりの言葉にディンリードは苦笑いしながら「そうだった」と呟く。そして、再び、指をパチンッと鳴らした。途端、檻を覆っていた輝きがスっと溶けるように消えて行き、檻自体の鍵も音を立てて開いた。

 囚われていたクラスメイト達やミュウ達が、キョトンと鍵の外れた扉を見つめる。

「こうでもしないと会うことすらしてもらえないと思ってね。それに、いざというときのために彼等を保護するという目的もあった。怪我に関しては許して欲しい。迎えに行ったのが使徒だったことと、彼女達の手前癒して上げることが出来なくてね。一応、死なせないようにと命じてはいたんだ。これからアレーティア共々、仲間になるかもしれないのだしね」
「……なか、ま?」

 ディンリード曰く、そういう理由らしい。反論らしい反論が尽きてしまったのか、ユエはディンリードの言葉を、疑問を含めて繰り返した。その声音に力は既になく、されど荒れ狂う心は更に波を高くしていた。一度に大量の、それもユエにとって無視し得ない重要な情報を与えられたせいで整理がつかないのだ。

 ユエを見守るシア達も、どうしたものかと困惑を隠せずにいる。檻に囚われていた者達も、場の雰囲気を感じて動けずにいた。

 そんな中、ユエの内心を見透かすように目を細めたディンリードが、微笑みを浮かべながら祭壇から降りて来た。ゆったりと歩いていく先はユエのもとだ。

「アレーティア。どうか信じて欲しい。私は、今も昔も、君を愛している。再び(まみ)えるこの日をどれだけ待ち侘びたか。この三百年、君を忘れた日はなかったよ」
「……おじ、さま……」
「そうだ。君のディン叔父様だよ。私の可愛いアレーティア。時は来た。どうか、君の力を貸しておくれ。全てを終わらせるために」
「……力を、貸す?」
「共に神を打倒しよう。かつて外敵と背中合わせで戦ったように。エヒト神は既に、この時代を終わらせようとしている。本当に戦わねばならないときまで君を隠しているつもりだったが……僥倖だ。君は昔より遥かに強くなり、そしてこれだけの神代魔法の使い手も揃っている。きっとエヒト神にも届くはずだ」
「……わ、私は……」

 ディンリードの言葉に動揺するユエ。そんなユエを包み込もうとでもいうのか、そっと両腕を広げるディンリード。

 その姿が再び脳裏に幼少時代の記憶を呼び起こさせる。幼いユエが魔法や座学でなにかしらの結果を残したとき、“ディン叔父様”は、それを為したユエ自身よりも嬉しそうに微笑みながら必ず両腕を広げて迎えてくれた。そして、抱きつくユエに「よく頑張ったね」と褒めながら頭を撫でてくれたのだ。

 生きていた、そして裏切っていなかった大切な身内の抱擁。実の父よりも、父として慕っていたのだ。ユエの瞳が揺れる。

 ディンリードの微笑みは益々深まり、ユエを迎えるための言葉を紡ごうとした。

「さぁ、共に行こう。アレーティ――」

 刹那、

ドパンッ!!

 そんな聞き慣れた乾いた音が響いた。同時に、弾かれたように仰け反ったディンリードが、そのまま後ろに倒れ込んだ。

 誰一人、なにが起きたのかを把握できず、目を点にして倒れたディンリードを見つめる。彼はピクリとも動かない。広い謁見の間に静寂が満ちた。

 そんな中、ガキリと撃鉄を起こすような、いや、そのまんま撃鉄を起こした音が静寂を壊す。ビクリと体を震わせるその場の者達が一斉に視線を音源へと転じる。

 そこには半ば予想していた光景が広がっていた。

 すなわち、

「ドカスが。挽き肉にしてやろうか」

 白煙吹き上げるドンナーを構え、チンピラの如き悪態を吐きながら、額に青筋を浮かべたハジメの姿である。

いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字も有難うございます。

前書きにも書きましたが、ちょっと後半の修正が間に合わず、元々一話分だったのを前後編に分けました。明日の18時には後編も更新します。

PS
アニメイト版の書影を活動報告の方へ載せました。
よろしければ覗いてみてください。

次回の更新は、明日の18時です。
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