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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

154/271

魔王の招待

最終章開始
 優に数百体はいるだろう。視界一面を覆う、おびただしい数の魔物とノイント。そして、それらをまるで従えているかのようなフリード・バグアーと中村恵里。

 余裕のあらわれか軽口を叩く二人。驚愕により咄嗟に言葉が出ない様子の光輝達を尻目に、ハジメは剣呑に目を細める。既に殺意の弦は千切れる寸前まで引かれており、後は必殺の矢が解き放たれるだけという状態だ。

 そんなハジメの尋常でないプレッシャーを肌で感じているはずなのに、なお、余裕を崩さないフリード達。理由は一つだろう。今の香織と寸分変わらない容姿を引っ提げた“真の神の使徒”に囲まれているからだ。

 ハジメは内心で、「やっぱりいやがったか。ゴキブリみたいな奴だな」と悪態を吐いていたが、女の勘なのか同じ容姿の香織がピクリと反応したので大人しく思考を殲滅方法の模索へと戻す。

 以前は、ノイント一体と死闘を繰り広げたハジメだが、現在は、昇華魔法により肉体や所持する兵器のスペックが底上げされているので、一対一なら“限界突破”を使うまでもなく仕留められるはずであるし、多数を相手取ったとしても負ける気はしなかった。

 ハジメが、傍らのユエ達に一瞬の目配せを行い、いざ、先手必勝と殺意を解き放とうとしたとき、その機先を制するように、フリードが再び口を開いた。

「逸るな。今は、貴様等と殺し合いに耽るつもりはない。地に這い蹲らせ、許しを乞わせたいのは山々だがな」
「へぇ、じゃあ、何をしに来たんだ? 駄々を捏ねるしか能のない神に絶望でもして、自殺しに来たのかと思ったんだが?」

 揶揄するような口調のハジメに、フリードの眉がピクリと反応する。

 ハジメの言う、“能無しの神”とは、もちろん、エヒト神のことだ。ノイントがいる時点で、以前のハジメの推測――エヒトにとっては種族の区別なく、どちらの神でもあり、どちらも玩具である。そして、魔人族の崇める神は、エヒト本人の騙りか、あるいは眷属に違いない――は大正解だったようである。

 その事実を、フリードがどこまで理解しているのか……

「……挑発には乗らん。これも全ては我が主が私にお与え下さった(めい)。私はただ、それを遂行するのみだ」
「そうかい。で? 忠犬フリードは、どんなご褒美(命令)を貰ったんだ?」
「……寛容なる我が主は、貴様等の厚顔無恥な言動にも目を瞑り、居城へと招いて下さっている。我等は、その迎えだ。あの御方に拝謁できるなど有り得ない幸運。感動に打ち震えるがいい」
「はぁ?」

 なにを考えているのか、今までになく静かな様子のフリード。殊更無表情になりながら、抑揚のない声音で告げられたフリードの言葉に、ハジメは思わず気の抜けた声を漏らしてしまった。色んな意味でツッコミどころが満載である。傍らのユエ達も、フリードへ訝しそうな眼差しを向けている。

「エヒトやら、アルヴやらは神なんだろ? なんで城にいるんだよ」

 取り敢えず、一番、疑問に思ったことをハジメが尋ねた。それに対して、フリードは淡々とした口調で、しかし、さもそれが極めて栄誉なことであると示すように、舞台の上に立つ俳優の如く両腕を広げながら問いに答えた。

「アルヴ様は確かに神――エヒト様の眷属であらせられるが……同時に、我等魔人族の王――魔王様でもあるのだ。神界よりこの汚れた地上へ顕現なされ、長きに渡り、偉大なる目的のため我等魔人族を導いて下さっていたのだよ」

 どうやら魔王の正体は“アルヴ様”と呼ばれる神本人のようだ。それも、魔王イコールアルヴ様という真相は極一部の限られた者だけが知る秘匿事項らしい。フリードが隠しきれない喜悦を漏らしているのは、その極一部に自分が含まれているからだろう。口ぶりからすると、ごく最近知ったようだが……

「……偉大なる目的、ね。さて、魔人族はどこまで踊らされているんだろうな」
「なにか言ったか?」
「いや? 魔王様ご立派ご立派と褒めていたところだよ」
「……」

 ボソッと呟いたハジメに、耳聡く気がついたフリードが尋ねるが、肩を竦めて軽口を返されて、流石に苛立ったようにこめかみをピクリと痙攣させた。

 と、そこでハジメより更に軽い口調で、恵里が面倒そうに口を開いた。

「ちょっと、フリード。ペチャクチャ喋ってないで、さっさと済ませてよ。ボクは、早く光輝くんとあま~い時間を過ごしたいんだからさぁ」
「……分かっている」

 恵里のことを余り良くは思っていないのか、フリードは舌打ちをしながら気を取り直すように襟元を正した。そして、再び、何事かを口にしようとして、今度は、鈴の上げた必死な声に遮られることになった。

「恵里っ! 鈴はっ……恵里とっ、そのっ」
「ん? なぁに、鈴? 相変わらず能天気な……って感じでもないかな? なに? 恨み辛みでも吐きたいのかな? まぁ、喚きたければ好きに喚けばいいんじゃない? ボクにとってはどうでもいいことだけどぉ」
「ち、違うよっ。鈴はただ、恵里ともう一度話したくて!」

 嗤いながら鈴を見下し、犬を追い払うように手をシッシッと振る恵里に、鈴は言葉を詰まらせながら必死に話しかける。しかし、いきなり過ぎる望んだ相手との再会に上手く言葉が出て来ない。

 そんな鈴に、興味がないと示すように視線を外してしまった恵里に、ようやく我を取り戻した光輝が掠れる声で恵里の異様な姿について尋ねた。

「え、恵里……その姿は、どうしたんだ」

 光輝に話しかけられた恵里は、鈴の時と異なり満面の笑みを浮かべた。もっとも、どこか薄ら寒さを感じさせる歪な笑みであったが。

「光輝くん! どう? 素敵でしょう? 魔王様にねぇ、新しい力を貰ったんだよぉ。ボクは光輝くんと二人だけで甘く生きたいだけなのに、そんなささやかな願いすら邪魔するクソったれ共が多いからさ。大丈夫! 光輝くんを煩わせるゴミは、ぜぇ~んぶ、ボクがお掃除して上げるからねぇ! 二人でずぅ~とずぅぅぅぅぅ~と一緒に生きようねぇ~」
「え、恵里……」

 ケタケタと嗤いながら、熱に浮かされたような声音と表情を晒し、くるくると空中で回る恵里。その背中から生えた白でも黒でもない、薄汚れた印象を与える灰色の翼が、恵里の動きに連動してはためき、灰羽を撒き散らす。はらりはらりと舞い散る灰羽は、そのまま地面に落ちると一瞬で触れた部分を分解してしまった。

 紛れもなく、ノイントと同じ分解能力だ。

「まさか、香織みたいに……いえ、あれは恵里の体……能力だけ付与した?」

 静かに恵里を睨みつけていた雫が、眉間に皺を寄せながら考察する。

 だが、その回答が得られる前に、ジャキッ! と不吉な音が響き渡った。幾度となく聞いてきたハジメが相棒を構えた音だ。

「取り敢えず、皆殺しでOKだろ?」
「……ん。招きに応じる理由もない」
「ぶっ飛ばして終わりですぅ!」
「……流石に、こんなに同じ顔が揃うと、自分じゃないと分かっていても不気味だね」
「そも、招き方もなっとらんのじゃ。礼儀知らずには、ちと、お灸を据えてやらねばいかんのぅ」

 同時に、ユエ、シア、香織、ティオの四人も一斉に攻撃の意思を見せた。ユエとティオが、手を真っ直ぐに掲げ、シアがドリュッケンを肩に担ぎ、香織が銀翼をバサリと展開する。

 ハジメの殺意は当然、恵里にも向いている。耳障りな嗤い声と醜く歪んだ表情が癇に障ったのだ。鈴の願いは頭の片隅にあるので、少なくとも四肢くらいは木っ端微塵にしてやろうとドンナーの銃口を向けた。シュラークの方はフリードに向いている。

 だが、その引き金が引かれる寸前、まるで盾のように恵里とフリードの前に鏡のようなものが発生して割り込んだ。訝しむハジメ達の前で、それは一瞬ノイズを走らせると、グニャリと歪んで何処かの風景を映し出した。

 空間魔法の一つ。“仙鏡”――遠く離れた場所の光景を空間に投影する魔法だ。

 仙鏡に映し出されたのは、荘厳な柱が幾本も立ち、床にはレッドカーペットの敷かれた大きな広間だった。そこからカメラが視点を変えるように映像が動き出す。

 見え始めたのは、玉座が置かれている祭壇のような場所。やはり映っている場所は王城――それもおそらく魔王城の謁見の間なのだろう。高い天井に細部まで作り込まれた美麗な意匠や調度品の数々が魔王の威容を映像越しにも伝えてくる。映像は更に動き、その視点は玉座の脇へと移っていった。

 そうして見え始めたのは、鈍色の金属と輝く赤黒い魔力光で包まれた巨大な檻。当然、中には何かを捕えているわけで……

「……クソが」

 思わず、ハジメの口から汚い言葉が飛び出した。同様に、ユエ達も苦虫を百匹は噛み潰したような表情になっている。特に、動揺が酷いのは、やはり光輝達異世界召喚組だった。

「みんな……先生っ!」
「リリィまでっ」

 焦燥の滲む声音で香織と雫が叫ぶ。

 そう、二人の言葉通り、映像の中の檻に捕われていたのはハイリヒ王国にいるはずのクラスメイト達と愛子、そしてリリアーナ姫だったのだ。

 愛子とリリアーナは、大抵の生徒が膝を抱えて不安に表情を歪めている中で、力なく横たわっている生徒の幾人かを必死に介抱しているようだった。よく見れば、その倒れている生徒は永山のパーティーメンバーのようだ。他にも、玉井淳等愛ちゃん護衛隊のメンバーも永山達ほどではないが、苦痛に歪んだ表情で蹲っていた。

 ハジメは、咄嗟に“導越の羅針盤”を取り出し、愛子の居場所を探る。

「チッ、本物か……」
「ほぅ、随分と面白い物を持っているな、少年。探査用のアーティファクトにしては、随分と強力な力を感じるぞ? それで大切な仲間の所在は確かめられたか?」

 羅針盤は南大陸の一点を指し示している。それは、愛子が間違いなく魔人領の魔王城にいるということだ。偽物の映像でないことを確信したハジメが舌打ちを漏らすと、フリードは羅針盤に興味を持ちながら、ここに来て初めてあからさまに感情を発露させた。言葉に、たっぷりと優越感が乗せられたのだ。

 ハジメの態度から、香織達も映像が本物だと察したようで苦い表情となる。そして、こういうとき真っ先に吼えるのが光輝だ。光輝は憤りもあらわに声を張り上げた。

「卑怯だぞっ! 仲間を人質に取っておいてなにが招待だっ! 今すぐ、みんなを返せっ!」
「アハハッ、流石、光輝くん! 真っ直ぐで優しいねぇ~。ゴミ相手にもそんな真剣になっちゃって、惚れ直しちゃったよぉ」
「恵里、ふざけるなっ。こんなことをしたって何にもならない! みんなを返して、君も戻って来るんだ!」
「やぁ~ん、戻って来いとか言われちゃったよぉ。ボクを悶え殺す気だね?」
「恵里っ」
「くふふ、待っててねぇ。すぅ~ぐに、光輝くんをボクだけの光輝くんにしてあげるからねぇ~」

 光輝の叫びは、恵里に全く届いていなかった。一見、会話しているように見えて会話になっていない。恵里にとって“恵里の中の光輝”は確定しているのだ。己に都合のいい光輝だけが、彼女の光輝なのだ。その歪みは、あの裏切りの日より更に酷くなっているようだった。

 自分の言葉が届いていないと理解した光輝が歯噛みしながら、その視線をフリードに戻す。そして、更に言い募ろうとした瞬間、

ドパンッ! ドパンッ!

「ッ!?」

 聞き慣れた銃声がそれを遮った。二条の紅い閃光が真っ直ぐにフリードと恵里へ飛翔する。刹那の内にフリードの頭蓋と恵里の体の一部を爆砕したであろう閃光は、しかし、残像を引き連れて割り込んだ二体のノイントがかざした大剣によって止められてしまった。

 以前と異なり、一撃で大剣に大きく亀裂が入り、もう一発もあれば砕けそうではあるが止められたことに変わりはなく、鬱陶しそうに眉をしかめたハジメは、更に引き金を引こうとした。

「ダ、ダメ! 待って! お願い、待って、南雲君っ」

 それを邪魔したのは鈴だ。小さな体で体当たりするように真っ直ぐ伸びたハジメの腕に飛びつく。鈴の体重くらいではビクともしないハジメだが、必死な表情と声音で腕にぶら下がる鈴を見て一瞬、気が逸れる。

 その隙に、フリードが冷や汗を流しながらも辛うじて表情は変えずに口を開いた。

「……この狂人が。仲間の命が惜しくないのか」
「はっ、前に同じ状況でご自慢の仲間が吹き飛んだのを忘れたのか? 大人しくついて行ったところで、全員まとめて殺されるのがオチだろうが。なにせ、自称神とやらは、俺の苦しみながら死ぬ姿をご所望らしいからな」
「それなら、仲間を見捨てても己だけは生き残ると?」
「何度も言わせるな。あいつらは仲間でもなんでもない。それに……」

 不敵な笑みと獣のようにギラギラと輝く眼光がフリードに向けられる。思わず、白竜ウラノスの背で一歩後退ったフリードに、ハジメは、これぞこの世の常識だ、とでも言うように宣言した。

「お前等を皆殺しにしてから招かれても、問題はないだろう?」

 ついでに、魔王城への招待なら手土産の一つや二つは必要だと、首を掻っ切るジェスチャーをしながら嗤った。フリード達の首を手土産にするのだと誰もが理解する。光輝達が、こいつの発想の方が魔王だと戦慄の表情を浮かべた。

 フリードは、余りに不遜な物言いと、そんなハジメに対して僅かでも後退ってしまった自分への憤りから一瞬表情を歪めるものの、直ぐに取り繕うと、嘲るように唇の端を釣り上げた。

「威勢のいいことだ。これだけの使徒様を前にして正気とは思えんが……ここは、もう一枚、カードを切らせてもらおうか」
「あぁ?」

 訝しむハジメを尻目に、フリードは愛子達を映す映像の視点を切り替えた。どうやら、愛子達を捕えている檻の横に、もう一つ檻があったようだ。同じ作りではあるが、かなり小さなサイズであるそれは、人を一、二人捕えるためのもの。

 そして、そこに囚われている者達が映った瞬間、

――――

 世界から音が消えた。

 そう錯覚するほどに、常軌を逸した殺意が辺り一体を覆い尽くしたのだ。

 音が消えたと認識できた者は強者の部類だ。なにせ、殺意――あるいは既に鬼気とも言うべきおぞましい気配の奔流に対し生物的本能が精神を保護する為、フリード配下の魔物の大半は即座に意識をシャットダウンし地に落ちてしまっているほどなのだ。

 ハジメの腕に縋り付いていた鈴も意識が遠退くのを感じながら地面にへたり込み、唇の端を噛み切った痛みでどうにか意識を保つ。

「っ――っ――き、貴様、あの魚モドキ共がどうなっても、いいのかっ」

 フリードが、ともすれば止まってしまいそうな呼吸を意識して行いながら、歪めた表情で警告を口にした。既に、冷静さを装う余裕はない。

 “魚モドキ共”――フリードがそう呼び、ハジメの気配が激変した理由である二人の人影は……ミュウとレミアだった。

 檻の中央で、お互いの存在を確かめるようにギュッと抱きしめ合っている。不安そうな表情を隠しきれていないが、それでも涙を浮かべることなく気丈に辺りを観察していた。

 ハジメは、ミュウとレミアに万が一がないようにと、エリセンから旅立つ前に備えはしていた。二人の存在を隠す気配遮断系のアーティファクトや、敵が現れた場合にハジメへ警告が行くようにした感知系アーティファクト。時間稼ぎをする為の結界系アーティファクトを、それとなくエリセンの街中やミュウ達の家に設置しておいたのだ。伊達に六日間も過ごしていたわけではない。

 だが、それらの一切に引っかからず、ミュウとレミアは誘拐されてしまった。ハジメの非常識なアーティファクトの力とミュウとの絆、それをよく知っていなければ不可能なことであり、そもそも実行しようとは考えつかないことだ。

 つまり、そんな発想にいきつき、万全の体制で誘拐できたのはただ一人。

 ハジメの視線が、スっと流れ恵里を貫く。

「――ッ」

 ぬるりと精神の深奥まで侵食してきそうな気配が恵里の肌を這い回った。ゾゾッと身を震わせ、恵里は、急激に下がっていく体感温度に自然と呼吸を乱していく。

 ハジメは、そんな恵里を数瞬の間視線で射抜いた後、路傍の石にそうするように、スっと視線を外した。途端、金縛りから解放されたように空中でふらつく恵里。

 人外の鬼気を発生源であるにもかわらず、それが嘘のように、どこか眠たげですらある静かな瞳をしたハジメは、そのチグハグで異様な眼差しを再びフリードに向けた。そして、やはり静かな声音で口を開いた。

「……招待を受けてやろう」
「な、なに?」

 迸る鬼気はそのままに、ハジメの口から発せられた言葉にフリードが戸惑ったような表情になった。

「……招待を受けてやると言ったんだ。さっさと案内しろ」
「っ……ふん、最初からそう言えばいいのだ」

 繰り返された言葉と同時に、鬼気が徐々に収まっていく。フリードは呼吸を乱しつつも、余裕を取り戻した表情で嘲笑を浮かべた。そうして、気絶した灰竜の群れを変成魔法の一つで叩き起しながら、魔王城へのゲートを開くための呪文を詠唱し始めた。

 フリードの隣で同じように荒い息を吐きながら大量の汗を流している恵里や、体の硬直が解けてふらつく光輝達を尻目に、ユエが首を傾げながらハジメを見上げる。

「……いいの?」
「……ああ。クリスタルキーを使えば空間を繋げられるだろうが、タイムラグが大き過ぎる。それに、空間転移系の力を保有していることは向こうも承知のはずだ」
「なにか、対策をしてるかもってことですね」
「万が一があっては困るからのぅ。先生殿達と違って、ミュウとレミアでは、そのタイムラグを自力では稼げんからな」

 ティオの言う通り、やろうと思えばクリスタルキーと羅針盤を使って、ピンポイントで愛子達が捕われている魔王城へ転移することは出来る。

 だが、それには概念魔法であるが故に発動まではタイムラグがどうしても生じてしまい、ハジメ達が空間魔法を持っていることを知っている敵側が、そのタイムラグという隙を逃すとは思えなかった。

 それでも、愛子達だけなら、チート集団であるからその隙をスペックで耐えるか凌ぐくらいは出来たかもしれない。だからこそ、ハジメは殲滅戦を選んだわけだが、戦闘力皆無のミュウとレミア……それもご丁寧に別の檻に入れられているとなれば話は変わってくる。

 万が一を考えれば、強引な手は控えたいところだった。

「……さぁ、我等が主の元へ案内しよう。なに、粗相をしなければ、あの半端な生物共と今一度触れ合えることもあるだろう。あんな汚れた生き物のなにがいいのか理解に苦しむがな」

 フリードのゲートが完成し、繋がった空間の向こう側に大きなテラスと眼下の町並みが見えた。どうやら愛子達のいる場所である謁見の間に直接転移するのではなく、王城の上階にある外部分にゲートを開いたようだ。

 おそらく、王城の内部においては侵入を禁ずる結界でも敷いてあるのだろう。たとえ、味方であっても直接的な転移は出来ないようになっているに違いない。魔王城の防衛を考えれば当然の措置だ。

 フリードの嘲りの言葉を端から聞いていなかったようにスルーしてゲートへ歩みを進めようとしたハジメに、鼻白んだような表情になったフリードは、なにかに気がついたように口を開いた。

「そうだった。少年、転移の前に武装を解いてもらおうか」
「……」

 だた無言で静かな眼差しを返すハジメに、フリードは遂に優位に立った愉悦を隠しもせず、嘲笑を交えて言葉を繰り返す。

「聞こえなかったか? さっさと武装を解除しろと言ったのだ。あぁ、それと、この魔力封じの枷も付けてもらおうか」

 ジャラっと音を立て取り出した手錠のような枷は、かつて愛子や光輝達が付けられたものによく似ている。招待という建前を持ち出したくせに、扱いは完全に捕虜のそれだった。

 人質という強みがあるせいか、自分でもそれが分かっていて嗤うフリード。狂信者の気は以前から持っていたが、ここまで矮小な性格ではなかったように思える。度重なる敗北が、彼の性格を歪めてしまったのか。あるいは、王都侵攻の後に何かがあり狂信の度合いが深まってタガが外れてきているのか……

 いずれにしろ、ハジメの返答は決まっている。

「断る」
「……なんと言った?」
「二度も言わせるな。断ると言ったんだ」

 一瞬、ハジメのなんの気負いもないその言葉に、呆気にとられたような表情となったフリードだったが、次の瞬間には理解し難いものを見るような眼差しを向けた。

「……己の立場を理解できていないのか? 貴様等に拒否権などない。黙って従わねば、あの醜い母娘が――『調子に乗るな』っ……なんだと?」

 従わねばミュウとレミアを害するというありきたりなセリフを、途中で遮られて目を吊り上げるフリードへ、静かな声音が届く。

「ミュウとレミアを人質に取れば、俺の全てを封じたとでも思ったのか? 理解しろ。お前たちが切ったカードは、諸刃の剣だってことを」
「諸刃の剣……だと」

 ハジメからは先程の鬼気も殺気も出ていない。それどころ魔力の一滴すら出されておらず、当然“威圧”も使ってはいない。

 にもかかわらず、気が付けば白竜ウラノスが僅かに後退しており、その背に乗るフリードも自分の手が小刻みに震えていることに気がついた。いったい何故……そう疑問に思う間もなく、ハジメの言葉が紡がれる。

 相変わらず、静かなままの声音で怒りも憎しみも一切感じさせない、まるでノイントのような無機質な声音だが、敵味方を問わずその背筋が粟立つような響きを伴って。

「お前達が今生かされている理由もまた、ミュウとレミアのおかげということだ。……二人に傷の一筋でも付けてみろ。……子供、女、老人、生まれも貴賎も区別なく、魔人という種族を……絶滅させてやる」
「――っ」

 息を呑むフリード。周囲を百体の“真の神の使徒”に囲まれて、自身の主は現人神である以上、ハジメの言葉など不可能と断じてなんの問題もない戯言のはずだった。だが、抑揚のない声音に理解し難い異様な力を感じて、一瞬でも“出来るかもしれない”と考えてしまった。

「なにが目的で招待なんぞしようとしているのか知らないが、敵の本拠地に丸腰で乗り込むつもりはない。それではなにも出来ずに全て終わってしまうかもしれないからな。そんなことになるくらいなら、イチかバチか暴れた方がまだマシだ」
「……あの母娘を見捨てるというのか」
「見捨てないさ。ただ、ここで武器を失う方が、見捨てることに繋がると考えているだけだ」

 よく物語のワンシーンで人質を取られた主人公達が、言われるままに武装を手放したりするが、ハジメはそれを選ばない。一時の安全の為に、助ける側が無力化されるなど論外だと考える。それでは、結局、全員がやられるだけだと。

 故に、そういうとき、ハジメは人質が五体満足でなくなっても犯人の撃滅を選択する。生きてさえいれば癒すことも出来る。ならば、確実に犯人を殺す方が合理的だ、と。ハジメの中の理不尽には屈しないという強烈な観念がそうさせるのだ。

 もちろん、それは常識からすれば酷く外れた、ある意味、悪行とも言える選択だ。人質の解放には最大限の配慮と慎重さが求められるものなのだから。死んでさえいなければいいなどと普通は考えない。

 まして、それが自分にとって極めて大切な存在であるなら、理屈や信条を飛び越えて二の足を踏むのが普通だ。

「……貴様は、やはり狂っている」

 故に、フリードの抱いた感想はそういうものだった。自分が攻め手に回って優勢になっているときに、相手が拠点を放棄して逆に攻めて来る。しかも、その根幹にあるのが、どちらが先に相手を滅ぼせるか、というチキンレースのようなものなのだ。確かに、正気を疑っても仕方ないだろう。

 もっとも、この場合、ハジメの言葉には多分にはったりの要素が含まれていた。ハジメとてミュウに対し怪我を負って欲しいとは微塵も思っていない。出来れば無傷で取り返したい。だからこそ、武装の解除だけは可能な限り認められないのだ。

 故に、“下手に追い詰めすぎたらなにをするか分からない”という印象を持たせて、強引に手札を保有したままにしようとしているわけである。既にフリードの前では、その片鱗を見せているので、ハジメは押し切れる可能性は高いと考えていた。仮に、ダメだった場合の手も一応、考えてはあるが。

「なら、その狂人が、お前の前に、同族の女子供の肉塊を並べない内に、さっさとミュウのもとへ連れて行け」
「っ……」

 フリードは答えない。ハジメが折れないことを理解しているが、主の御前に武装したままの敵を連れて行くというのは、敬虔な下僕として許容しかねるのだ。

 実を言うと、魔王アルヴからは、人質を使って連れて来るようにと言われているだけで、武装や拘束云々については指示を受けていない。アルヴは、ハジメが武装していてもなんら気にしていないようだった。

 つまり、武装解除要請は常識に従ったフリードの独断なのだが、やはり素直に頷くのは躊躇われるようだ。

 そこへ、今の今まで一言も言葉を発しなかった“真の神の使徒”ノイントが割り込んだ。

「……フリード。不毛なことは止めなさい。あの御方は、このような些事を気にしません。むしろ良い余興とさえ思うでしょう。また、我等が控えている限り、万が一はありません。イレギュラーへの拘束は我等の存在そのもので足ります」
「むっ、しかし……」

 なお渋るフリードを尻目に、ノイントが、以前相対した時と全く同じ声音と表情でハジメに向き直った。

「私の名は“アハト”と申します。イレギュラー、あなたとノイントとの戦闘データは既に解析済みです。二度も、我等に勝てるなどとは思わないことです」

 故に、武装したければしていろ、と言外に伝えているようだ。よく見れば、アハトと名乗ったノイントと同じ容姿の“真の神の使徒”は、その瞳を僅かに揺らしているようだった。気のせいかもしれないが、ハジメにはそれが、敵愾心、あるいは憎悪に似た何かのように思えた。

 “二度も勝てると思うな”――その言葉には単なる人形としてではない、もっと強烈な感情が込められているのかもしれない。

 だが、そんなことは、ハジメにとってどうでもいいこと。なので、スっと視線を逸らして無機質な瞳をゲートの奥に向ける。さっさと案内しろと言っているのが明白だった。

 不遜な態度にフリードが顔をしかめるが、アハトからの催促もあって、仕方ないという風に頭を振ると、そのままゲートへ潜って行った。

 後から付いて行くハジメ達。

 その時、ハジメの手元が一瞬輝いたことに気が付いたのは傍らのユエだけだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ゲートで繋がれた先の巨大なテラスは学校の屋上くらいの大きさがあり、全員が足を踏み入れても余裕があった。と言っても、灰竜達や神の使徒の大半は空を飛んでいるからというのもあるが。

 灰竜達は、そのままどこかに飛び立ち、使徒も十名程残してどこかに行ってしまった。残りは、ハジメ達を取り囲むようにして待機している。

 背後でゲートが閉じると同時に、フリードが無言で顎をしゃくってついてくるように促した。ハジメもまた無言でついてく。

「光輝く~ん、あの化け物、恐かったよぉ~、ボクを慰めてぇ~」
「え、恵里っ、君はっ」

 歩き始めて直ぐ、恵里が光輝の腕を取り、抱きつきながらそんなふざけたことをのたまい始めた。自分達を裏切り、今またクラスメイト達を人質に取ったというのに、まるで悪びれた様子もなくニタニタと嗤いながら光輝に体を摺り寄せる。

 周りにいる雫達には目もくれない。鈴が声を掛けても完全無視だ。雫と龍太郎は、警戒心たっぷりの眼差しを恵里に向けているが、止めようとはしない。今、下手に揉めない方がいいという判断だろう。

 密着し、光輝の耳元に口を近づけ、息を吹きかけたり何事かを発情したような顔で囁いたりしている恵里の姿は見るに堪えないものではあったが、光輝自身も、クラスメイト達のことを考えて無理に振り解くことはしなかった。

 そうして、石造りの長い廊下を進み、幾度かの曲がり角と渡し廊下を通って辿り着いた場所には魔王城の謁見の間へ繋がる入口というに相応しい威容を湛えた巨大な扉があった。権威を示しているのか太陽に見立てたと思われる球体と、そこから光の柱が幾筋も降り注いでいる意匠が施されている。

 扉の前にいる魔人族に、フリードが視線で合図を送る。すると、その魔人族が扉の一部にスっと手をかざし、その直後、重厚そうな音を響かせて扉が左右に開いていった。

 扉の奥は、フリードが“仙鏡”で見せた光景が広がっており、レッドカーペットの先には祭壇のような場所と豪奢な玉座が見える。映像通りなら、玉座の脇、巨柱の後ろ側に檻が設置されているはずだ。

 逸る心を抑え、空の玉座の傍へと近づいていく。そうして見えた映像通りの光景。

 向こうからもハジメ達の姿が見えたのだろう。クラスメイト達が大きく目を見開き、肩を叩かれて気がついた愛子とリリアーナも驚いたように大きく息を呑んだ。

 僅かに、使徒に囲まれていることで表情を曇らせたが、ハジメがここに来て始めて唇の端を吊り上げて笑ったのを見て、感極まったように涙ぐみ始める。そして、明らかに特別な感情の伺える乙女な表情でハジメの名を呼ぼうとして……

「パパぁーー!!」
「あなた!!」

 ミュウとレミアの母娘に持って行かれた。そして、ミュウの“パパ”はともかく、レミアの“あなた”ってのはどういうことだぁ? という剣呑な視線をレミアとハジメに行き交わせる。

 そんな状況を弁えない? 二人を放置して、ハジメは優しげに目元を緩めた。

「ミュウ、レミア。すまない、巻き込んじまったな。待ってろ。直ぐに出してやる」
「パパ……ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、わるものに負けないで!」
「あらあら、ミュウったら……ハジメさん。私達は大丈夫ですから、どうかお気を付けて」

 不安を隠しきれない様子だったのに、ハジメが現れた途端、満面の笑みを浮かべて心底安堵した様子のミュウ。そんなミュウを見て、レミアも落ち着いた雰囲気で逆にハジメを気遣った。

 フリードが、勝手に騒ぐなと忠告しようと口を開きかけたそのとき、玉座の背後から声が響いた。

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるから分かるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 玉座の後ろの壁がスライドして開く。そこから出て来たのは金髪に紅眼の美丈夫だった。年の頃は初老といったところ。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。

 もっとも漂わせているのは色気だけではない。若々しい力強さと老練した重みも感じさせる。見る者を惹きつけて止まないカリスマがあった。十中八九、彼が魔王だろう。そして、神を名乗る“アルヴ様”とやらだ。

 穏やかに微笑みながら現れた魔王に、ハジメはスっと目を細める。そして口を開きかけて、フリードと同じく機先を制された。但し、それは視線の先の魔王にではなく、傍らの愕然とした声音によって。

「……う、そ……どう、して……」
「ユエ?」

 そう、ハジメの呼び掛けにも気がついた様子なく、酷く動揺したような、有り得ないものを見たような掠れた声を漏らしたのはユエだった。その瞳は大きく見開かれており、真っ直ぐ魔王を貫いている。

 ハジメは、明らかに尋常でない様子のユエに再度、声を掛けようとして妙な既視感に襲われた。ユエの金髪と紅眼。それは……

「やぁ、アレーティア(・・・・・・)。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい」

 ハジメの思考を遮って、魔王がユエに掛けた言葉は、とても初対面とは思えないほど親愛に満ちたものだった。そこで、ハジメも気が付く。魔王の容姿が、愛しい恋人のそれと、どこか通じるところがあることに。

 ハジメは、内心でまさかと呟く。その声に出さなかった推測は、ユエの一言で正しかったと証明された。

「……叔父、さま……」


いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

さて、最終章開始です。
いろいろ修正しつつ、最後まで頑張って書いていきますので、よろしくお願いします。
さりげなく、白竜の名前が出ました。すんごく適当なので、もっとこういう名前の方が……なんて意見がありましたら、遠慮なくどうぞ。しっくりくるのがあれば、使わせていただきます。
まぁ、どうでもいいよっという声も聞こえてきそうですが……

活動報告の方で、書影を公開しております。
ご興味があれば、覗いてみてください。

次回の更新も、土曜日の18時予定です。
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