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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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子供の代償

 純白の輝きが大瀑布となって頭上から降り注いだ。

 それが、スヤスヤと気持ち良さそうに眠っている雫を背負ったハジメが氷壁を抜けた先で見た光景だった。

 正体はわかっている。なので、ただ魔物か何かと勘違いしただけなら、「八重樫バリア!」をしてやれば死ぬ気で止まるだろうと思っていたのだが、一瞬見た相手の眼がどうにも正気の色を宿しているようには見えなかったので、仕方なく“縮地”でその場を飛び退き回避を行った。

 直後、今の今までハジメがいた場所を凶悪な斬撃が駆け抜けていき、轟音と共に氷の地面と壁に深い亀裂を作り上げた。瞬く間に修復されていくものの、その破壊痕を見れば冗談抜きで相手が殺すつもりで攻撃したのだとわかる。もっとも、その前に殺意や込められた魔力量から自明の理ではあったが。

 ハジメは、少し離れた場所でニヤニヤと嗤っている虚像にチラリと視線を向けてから、背中の雫を背負い直して凶行の犯人にスっと細めた眼を向けた。

 ちなみに、その轟音にも負けず、雫は一瞬むずかっただけで睡眠を続行した。余程疲れていたのか、それともこのくらいの危険では反応しないほど安心しきっているのか、ただ単に図太いという可能性もあるが……

「……で? 何のつもりだ、天之河」

 そう、ハジメの言葉通り、強襲の犯人は光輝だった。虚像の方ではない。紛うこと無き本人である。

 その光輝は、地面をかち割り半ばまで埋もれたままの聖剣を握り締めながら、何かをブツブツと呟いている。前髪が垂れて目元が隠れているので表情はよくわからないが、明らかに尋常な様子ではない。

「……が…だ。……で、う……ら」
「あ? 聞こえねぇよ。取り敢えず、相手は俺達じゃなくて、あっち……」
「……俺達?」

 よく聞き取れない呟きに、ハジメは眉をしかめながら虚像に視線を向ける。今度は間違えずに敵を討てよと言外に伝えながら。

 しかし、その言葉の一部に光輝が過剰な反応を示す。前髪の隙間から炯々と光る瞳が覗き、刺さったままの聖剣が強引に引き抜かれた。

「まるで自分と雫がワンセットみたいな言い方だな? えぇ? なに、自分のものみたいな言い方をしているんだ? ふざけてるのか?」
「……お前は何を言ってんだ? 阿呆なこと言ってないで、さっさと終わらせろよ」

 聖剣を引きずりながら、血走った眼差しを向ける光輝。その言葉の意味不明さに、ハジメは嫌な予感を覚えながら試練のクリアを促す。

 しかし、やはり今の光輝にはハジメの言葉が通じていないようだ。

「……あぁ、終わらせるよ。お前なんかに一々言われなくても、全て終わらせてやるさ!」

 そう絶叫するや否や、光輝は瞳孔の開ききった狂気を感じさせる眼差しでハジメに向かって突進した。“爆縮地”で姿を霞ませながら一気に肉薄し、莫大な魔力を込めた光の斬撃を放つ。

「チッ、堕されたのか。馬鹿野郎が」
「黙れ! お前が死ねば全て元に戻るんだっ! ささっと死ねぇえええ!!」

 ハジメは、光輝の奇行の原因を察した。己の虚像に相当追い詰められた果てなのだろうと。そして、自分の背に体を預ける雫を肩越しに見て、「止めは俺か……」とタイミングの悪さに顔をしかめながら小さく呟く。

 光輝は、そんなハジメの呟きなど完全に無視すると、ただ我武者羅に殺意と憎悪を滾らせて最大威力の聖剣を振るった。明らかにハジメを殺すつもりのようだ。雫を背負っているにもかかわらず、加減なく攻撃してくる光輝に正気はないとハジメは断定した。

「ん、んむぅ、な~にぃ? もう少し寝かせ……」
「アホか! この状況でよく寝ぼけられるな! 今すぐ起きねぇと人間砲弾にするぞ!」

 駄々っ子のようにむずかる寝ぼけ顔の雫に、激しくイラっと来た表情でハジメが怒鳴った。一秒で覚醒しなければ本気で光輝に投げつけるつもりで。

 ハジメの怒声と直後に放たれた光の砲撃による轟音と閃光で、ようやく覚醒した雫は驚愕に目を見張った。ハジメがクロスビットによる結界を張っているので、攻撃は届いていないのだが、その眼前の光景で、ようやく戦闘中だと気が付いたのだ。すごすごと背中から降りる。

「爆睡し過ぎだろう。図太い奴だなぁ」
「ず、図太くなんてないわよ。ただ、南雲くんの背中が気持ちよゴニョゴニョ……」
「まぁ、八重樫のことはどうでもいいんだ。それより、あれ。何とかしてくれ」
「ど、どうでもいいって……っていうかこの状況、何がどうなって……え?」

 ハジメの呆れた表情と言葉に若干ショックを受けて涙目になる雫だったが、閃光が収まったあと、その攻撃を放ったと思われる相手の姿を見て呆けた声を漏らし棒立ちとなってしまった。

 無理もないだろう。明らかに殺傷性の高い攻撃を放った相手が慣れ親しんだ幼馴染だったのだから。

「どうやら、堕ちたようだぞ? 俺こそ諸悪の根源って感じだな」
「そんな……」

 視線の先には虚像の光輝。面白そうな眼差しをハジメ達に送っている。

 大体の事情を察した雫は瞳に力を入れると、濁った瞳で自分達を見つめている光輝に声を張り上げた。

「光輝! ダメよ! もう一人の自分に負けてはダメ! 正気に戻って、自分に打ち勝って!」

 光輝を見る雫の眼差しは心配の色一色に染まっていた。色々と問題はあっても、善意に溢れる人のいい幼馴染なのだ。小さい頃から家族ぐるみの付き合いをしてきたのだ。大切な家族も同然なのだ。それが、今まで見たことのない殺意と憎悪に歪んだ表情になっている。とても見ていられなかった。祈るように両手を合わせて、必死に光輝の心を奮い立たせようとした。

 しかし、そんな雫に、光輝はにっこりと笑いかけるととんでもないことを口にしだした。

「……大丈夫さ。雫のことは必ず助け出してみせるよ」
「光輝? 何を言って……」
「南雲に洗脳されてしまったんだろ? 大丈夫。南雲を倒せば解けるはずだ。……南雲、元クラスメイトでも俺の大切な幼馴染を傷付けてただで済むと思うな。お前を倒して、香織や他の女の子達にかけられた洗脳も全て解いてやる! そして、彼女達と共に、俺は世界を救う!!」

 意味不明な光輝の宣言に雫は二の句が継げない。

 今の光輝は、言うなれば、以前、香織がハジメ達と旅立った夜に雫と話さなかった場合の光輝と言えるだろう。あの夜、雫の言葉に含まれた重さに光輝は暴走を防がれた。

 直ぐには考え方を変えられなかったし、ハジメに対して思うところは多々あった。だから、度々突っかかってしまっていたわけだが、それでも、雫の言葉があったから完全な決別もなければ香織のことも口を出さなくなった。

 しかし、それは言い換えれば雫が傍にいたから、だとも言える。

 光輝の価値観や思考は多分に“子供らしさ”が含まれている。幼少の時に根付いた“理想の正しさ”を現実の壁に阻まれることなく持ち続け、そのままこの歳まで来てしまったのだから当然と言えば当然だ。

 そんな子供な光輝にとって、独占欲を向ける最後の幼馴染の女の子が奪われれば、これも当然の如く“癇癪”を起こすに決まっているのだ。

 もっとも、勇者たる力を持つ光輝の癇癪は洒落にならないわけだが……

 しかも、自分の非を認めたがらない“子供っぽさ”を持つ光輝は、己の虚像に散々現実を突き付けられ追い詰められた。ヒーローたる自分には相応しくない感情が心の内に溢れているのだと刃物で切りつけるように刻まれた。

 必死に否定して、必死に目を逸らして、ギリギリのところで踏ん張っていたら、最後の砦である雫が何でもないはずの男に対して明らかに見せてはいけない幸せそうな表情で身を預けていたのだ。鈍感な光輝でも、それが何を意味するのか察することが出来る。そして察することが出来たからこそ砦は崩れ去り、光輝の悪癖は追い詰められた心と相まって最悪の形で現出してしまった。

 すなわち、南雲ハジメは幼馴染や複数の女の子を洗脳し世界を救おうとする自分を邪魔する諸悪の根源である、と思い込むという形で。手加減なしのご都合解釈である。

「光輝! しっかりしなさい! 何を吹き込まれたのか知らないけれど、惑わされないで!」
「雫……」
「聞いて、光輝。自分の嫌な部分と向き合うのは本当に辛いことよ。私も危うく死ぬところだったから良くわかるわ。でも、受け入れて乗り越えないと先へは進めない。強くなって沢山の人を救いたいなら、ここで都合のいい思い込みに縋ってはダメ。貴方の敵は貴方自身。あそこでニヤついてるもう一人の光輝よ! 目を覚ましなさい!」

 雫の必死の説得が広い空間に木霊する。虚像は現状を楽しんでいるようで静観するつもりのようだ。

 そして、雫の一心からの言葉を向けられた光輝はというと、雫ににっこりと微笑みを向けた。それは、日本にいた時によくしていた、多くの女の子達を魅了した微笑み。しかし、今は、どこか歪さを感じてしまう。

「ありがとう、雫。雫は、いつもそうやって俺の為に真剣になってくれるよな」
「光輝……」

 目を覚ましたのかと雫の表情に喜色が浮かぶ。

 だが、

「本当に嬉しいよ。洗脳されているのに、それでも俺を想ってくれているんだから」
「……光輝?」
「大丈夫。あの俺と同じ顔をした魔物は倒すし、南雲からも救い出す。もう、好きでもない男の傍に寄り添う必要はないんだ。雫がいるべき場所に帰してみせるからな」
「……」

 光輝の言葉に雫の表情が抜け落ちた。雫が静かに問い返す。

「……私がいるべき場所? それは何処のことを言っているのかしら?」
「そうか。……それもわからなくってしまったんだな。可哀想に。南雲は本当に許せないな」
「光輝。答えて」
「あぁ、それはもちろん、俺の隣だよ。今までずっとそうだったし、これからもそうだ」

 雫は大きく溜息を吐いた。

「……光輝。あの夜のことを覚えているかしら? 香織が旅立った日、橋の上で話したこと」
「ああ、もちろん覚えているさ。正しさを疑えってやつだろう? 大丈夫。最初から南雲は危険な奴だと思っていたけど、雫の言葉があったから、今まで散々南雲を見てきてやったんだ。でも、やっぱり最低な裏切り者以外の何者でもなかったよ」
「光輝、いい加減に……」
「問答は無用だ。洗脳された雫にはわからないだろうけど、これが“正しい”ことなんだよ」

 光輝は更に言い募ろうとした雫の言葉を問答無用に切り捨てた。全ては“洗脳されている”という都合のいい解釈のもとに、自分にとって一番望ましい未来を手に入れる為に。

 同時に、そのヘドロのように濁った瞳をハジメに向けて腰を落とす。雫と話している間、意図的に弱められていた“限界突破”の輝きが息を吹き返すように燦然たる輝きを取り戻す。

「光輝っ。止めて!」

 雫が、焦燥を滲ませた声音で制止の声を張り上げるが……当然、光輝は止まらなかった。

 光の尾を引きながら猛烈な勢いで突進する。その瞳には既に雫は一切映っておらず、ただただ憎き敵であるハジメのみを捉えていた。

 強烈な殺意を向けられて、今まで我関せずとそっぽを向いていたハジメの視線が光輝に戻された。その眼がスっと細められる。ハジメが本気の殺意を向けられて、相手をただで済ませるとは到底思えず雫の顔から血の気が引いた。このままで幼馴染が殺されてしまう! と。

「っ、私が止めないとっ」

 “限界突破”発動状態の光輝の突進力の前では雫など木の葉の如くである。だが、それでも放っておくことなど出来るはずもなく、雫は咄嗟にハジメとの間に割って入って光輝を止めようとした。

 しかし、

「八重樫、右だ」
「え? ッ!?」

 突然聞こえたハジメの警告とほぼ同時に、赤黒い魔力を纏った虚像の光輝が雫に襲いかかった。横槍を入れるという言葉通り、真横から凄まじい勢いでタックルを仕掛けたのだ。

 雫は咄嗟に黒刀をかざし衝撃に備えた。同時に、赤黒い砲弾と見紛う勢いで迫る虚像の光輝がニヤリと嫌らしく嗤うのがわかった。

 と、虚像の光輝が雫に接触する直前、スっと両者の間に割り込む影が……

 それは、虚像の光輝とは似て非なる魔力を纏った十字架。どこまで鮮やかな紅の輝きを宿すクロスビットだった。“金剛”を発動して即席の盾となったのである。

 直後、クロスビットの盾を間に挟んで、雫は虚像の光輝にさらわれるようにハジメと光輝の間から消えていった。赤黒い魔力の残滓が、睨み合う二人の間に棚引く雲のように漂う。

『雫の相手は俺がしておくよ。お前は、憎い敵と思う存分戦うといいさ』
「くっ、このっ。離れなさい! こんなことしている場合じゃ……」
『まぁまぁ、俺と雫の仲じゃないか。二人で踊りながら余興を楽しもう。自滅させるより、欲望に狂う方があいつ()の試練に相応しそうだ』
「勝手なことをっ」

 どうやら虚像の光輝は、光輝の試練に龍太郎と同じような己の欲望に勝つという要素を取り入れることにしたようだ。ハジメとの戦いを経て、現実を受け止め正気に戻れるか否か……ということだろう。ハジメとしては勝手に試験官扱いをされていい迷惑である。

「いいのか? お前の大事な幼馴染が襲われているが?」
「……あれは俺でもある。殺しはしない。多少の怪我はお前のような男にあっさり洗脳されてしまったことへの戒めになるだろう」
「……さっき、あれは魔物だと言ってなかったか?」
「俺の感情をコピーして擬態した魔物だろう? なら、魔物でも雫を殺すようなことはしない」
「滅茶苦茶じゃねぇか」

 ご都合解釈ここに極まれり。自分とは関係のない魔物だと断じて起きながら、自分をコピーしたものだから雫に危険はないという。本当に滅茶苦茶だ。

 おそらく、光輝は内心で虚像が自分の負の感情から構成されていることを理解しているのだろう。だから、負の感情の矛先が向かない雫の安全も無意識レベルで理解している。

 だが、それを認めることは、すなわち虚像に言われたことが事実であると認めることになってしまう。だから、雫のこと以外では戯言だと切って捨てるために、自分の虚像ではなく魔物だと断じるのだ。筋すら通っていない強引すぎるロジックだが光輝の中では真実となっているらしい。

 虚像の光輝と雫が激しい剣戟を繰り広げているのを尻目に光輝の殺気が膨れ上がる。

「覚悟しろ。これ以上、お前の好き勝手にはさせない。雫も香織も、ユエ達も、みんな解放してもらう!」

 その宣言と同時に、光輝は溜めた力を解放するように爆発的な突進を行った。正面から、迷いのない唐竹の一撃を繰り出す。

 ゴゥ! と風を切る凄まじい音と共に光そのもので構成されているかのような聖剣の凄絶な一撃がハジメを襲う。しかし、そんな致死の一撃を前に、ハジメは一歩も動かずスっと腕をかかげただけだった。

 その手にはドンナーが握られており、ガキンッ! という金属同士がぶつかる音と火花を撒き散らして、光輝の渾身の一撃はあっさり受け止められてしまった。それも、ドンナーの銃口によって。

「なっ!?」

 驚愕して思わず声を漏らす光輝に、ハジメは冷め切った眼差しを向けながら口を開いた。

「真性の馬鹿に馬鹿と罵るほど無意味なことはない。……だが、これだけは言わせてもらおうか。……てめぇ、誰の許可得て俺の女を呼び捨てにしてんだ? あぁ?」
「ッ!?」

 直後、溢れ出す殺意の奔流。大瀑布の水圧の如きプレッシャー。人と呼ぶには強大すぎるし、おぞましすぎる圧倒的な“力”の気配。至近距離から化け物の本気の威圧を叩きつけられて光輝の体が意図せず硬直する。

ドパンッ!

 ドンナーの引き金が引かれ電磁加速された弾丸が銃口を塞ぐ聖剣を、邪魔だと罵るように弾き飛ばした。凄まじい衝撃に耐え切れず、手からすっぽ抜けた聖剣がくるくると宙を舞う。

 そして、片手だけ強制万歳させられた光輝に、下方より黒い影――ハジメ必殺のヤクザキックが繰り出された。

「ガハッ!?」

 凄まじい衝撃音を響かせて光輝の腹に叩き込まれたヤクザキックは、そのまま光輝の体をくの字に折り曲げながら宙に浮かせる。ハジメは、間髪入れずにその場でくるりと回転すると、遠心力をたっぷり乗せた後ろ回し蹴りを追加で叩き込んだ。

 再び響く衝撃音。同時に、光輝の体が大型トラックにでも轢かれたように猛烈な勢いで吹き飛んでいく。砲弾の如く地面と水平に飛んだ光輝は、そのまま背中から氷壁に叩きつけられた。一体、どれほどの衝撃だったのか。背後の氷壁が放射状に大きく粉砕される。

 光輝は、そのまま地面に落ち、四つん這い状態で咳き込んだ。ピチャピチャと口から血が吐き出される。

 “限界突破”を行わず、武器すら使っていないただの蹴りで、国宝級アーティファクトの鎧を着た光輝の内臓にダメージを与えた。その事実に光輝は苦しげに呻きながら歯噛みした。

 だが、悔しがる暇などハジメが与えるはずもなく、

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ!

 連続した発砲音が轟き、蹲る光輝に紅い閃光が襲いかかった。ハジメの殺気を感じ取ったのか、引き金が引かれるとほぼ同時に横っ飛びで回避した光輝だったが、その回避方向すら読まれていたようで飛んだ瞬間に三発目の弾丸に肩を撃ち抜かれた。

 更に、先に回避したはずの弾丸の一発は紅い魔力を纏わせただけの電磁加速させていない通常弾だったようで、砕けた背後の氷壁に跳弾すると背後から光輝を襲い、防具の隙間を通って膝関節を撃ち抜いた。

「ぐぁ……こ、来い、聖剣っ」

 地面をゴロゴロと転がり、肩と足から血を流しながら倒れ込んだ光輝は、少し離れた場所に落ちていた聖剣に手を伸ばした。光輝の呼び声に応えて飛んでくる聖剣。

 しかし、それが光輝の手元に納まることはなかった。寸前で、ハジメが踏みつけて止めてしまったからだ。聖剣が主のもとへ戻ろうと暴れるが、そんな抵抗など無意味だと言わんばかりにハジメの踏みつける足は微動だにしない。

「無様なもんだ。新しい能力を上手く使えばまだマシな戦いが出来ただろうに」

 ハジメが冷め切った声音で呟いた。特に光輝に聞かせるつもりのない独り言だったが、光輝にはバッチリ聞こえていたらしい。憎々しげに歪められた表情で射殺さんばかりにハジメを睨んでいる。

 そんな光輝の額に向けてドンナーが突き付けられた。依然、ハジメの殺気は収められていない。常人ならそれだけで心臓を止めそうなほど凄絶な濃度を保っている。誰が見ても、止めを刺す気に見えるだろう。

 と、そこへ必死な声音が響いた。

「南雲くん! お願い、止めて! 光輝は、私が説得するからっ」

 雫だ。虚像の光輝と斬り結びながら、焦燥に塗れた表情でハジメに光輝の助命を願う。だが、それは致命的な隙となり、また、雫の願う展開は虚像の望むところでもなかった。

 故に、

『雫は少し退場していようか?』
「あぐぅ!?」

 虚像の放った衝撃波が雫を強襲した。雫はそのまま全身を打たれ、意識と一緒に壁際まで吹き飛んでいき、地を滑りながら力なく横たわった。

 寸前でクロスビットが間に入って盾となったために直撃は免れたようだが、唯でさえ防御力が低い上に、単純な出力では勇者故に強大で、更に、光輝が散々己の負の感情を拒否した為に本人より遥かに強化されていたことから、ただの余波であっても十分に有効打となったようだ。単純な斬撃と異なり、脳震盪を誘発するような衝撃波であるから、回復措置をとらなければしばらく目を覚まさないだろう。

 虚像の光輝は上手く気絶した雫に満足気な笑みを浮かべると、くるりと踵を返してハジメと向き合った。そして、ごく自然な動きで黒い聖剣を突き出すと強烈な光の砲撃を放った。

 螺旋を描いて迫る閃光は、確実に光輝をも巻き込むコースだ。諸共に葬るつもりなのか……取り敢えず、ハジメはその場を離脱した。光輝を放置して。

「うわぁああ!!」

 思わず悲鳴を上げて防御姿勢を取る光輝だったが、直撃寸前で光の砲撃はクイッと曲がるとハジメを追尾し始めた。

 ハジメは魔眼石で砲撃の核を見つけ出し、あっさりピンポイント射撃を成功させ霧散させた。しかし、虚像の目論見通り光輝から距離を取らせることには成功している。

 虚像は光輝の傍に歩み寄ると、倒れたままの光輝の耳元に何事かを囁いた。三日月のように口元を裂いて嗤いながら、おそらく甘言であろう言葉を吹き込む姿は、まるで悪魔のようだ。それが、もう一人の自分などと光輝は決して認めないだろうが。

 やがて、光輝は血走った眼差しをハジメと虚像の交互に向けて、やむを得ないといった様子で頷いた。

 直後、虚像の姿が霞のように薄れていき代わりに赤黒い光の粒子が渦巻き始めた。

『さぁ、お前()。ヒーロータイムだ。悪者からヒロイン達を助け出そうじゃないか!』
「うるさいっ。お前の指図は受けない。今だけ使ってやるだけだ! 南雲を倒したあとは、お前の番だということを忘れるなっ」

 その言葉と同時に、赤黒い粒子は光輝の身の内へと入っていき光輝の体が脈動を始める。ドクンッドクンッと鼓動の音が部屋に木霊し始め光輝が纏っていた純白の光に赤黒い色が血管のように混じり始めた。

 ゆっくりと起き上がる光輝。見れば、肩や足の傷口も治って来ているようだ。光輝の持つ派生技能“治癒力向上”が爆発的に能力を向上させているようである。

ドパンッ! ドパンッ!

 そこへ、問答無用の銃撃。ヒーローと相対する悪役のように、空気を読んで変身シーンを待ってやるような親切心をハジメは持ち合わせていないのだ。ついでとばかりに手榴弾もいくつか投げ込んでおく。

 紅い閃光に肩や足を穿たれてグラリグラリと揺れる光輝。更に、コロコロと転がってきた手榴弾が爆炎を上げ、その中に呑み込まれる。

「無駄だよ」

 だが、爆炎の中から出てきたのはズタボロとなった光輝ではなく、そんな言葉だった。どこか愉悦を含んだような、歓喜に震えるような、そんな声音だ。どうやら大したダメージもなかったようで、純白に赤黒い色を交えた魔力を噴き上げ爆炎を吹き飛ばした。

 そこには、片目を赤黒く染めオッドアイとなった光輝の姿があった。先程受けた銃撃の痕も既にほとんど治癒できているらしい。外見の変化は瞳だけでなく、本来の茶髪には白いメッシュが入っており、聖なる鎧には赤黒い血管のようなものが幾筋も入っている。更に、その手には、白と黒、二振り聖剣が握られていた。

「融合でもしたか?」
「不本意ではあるけど、な。お前を倒す為なら甘んじて受け入れよう。もっとも、あとでこいつも倒すけれど」
「なにいい子ぶってんだ? ただ誘惑に負けただけだろうが」
「好きに囀るといいさ。何を言ったところで、もう俺には勝てない。この湧き上がる力があれば俺は全てを取り戻せる!」
「そんなだから失ったんだってことに、どうして気がつかねぇかな」
「御託はいらない。覚悟しろ、南雲っ!! “覇潰”!!」

 光輝から更に数倍の規模で魔力が噴き上がった。全ステータスを五倍に引き上げる“限界突破”の最終派生“覇潰”――虚像の自分を取り込んだ光輝の力はトータルで言えば一万に届くかというほど。文字通り化け物レベルの上昇率だ。

 光輝が双聖剣を構えた。刹那、その姿がぶれた。

「はぁっ!!」

 気合の声が聞こえたのはハジメの背後。一瞬で回り込んだのだ。二振りの聖剣が白と赤黒い色の魔力を引きながら十文字をハジメに刻もうとする。

 ハジメは振り向いてすらいない。

()った!)

 光輝がそう確信した瞬間、聞き慣れた炸裂音が響いた。同時に、双聖剣が凄まじい衝撃と共に弾かれ、ガラ空きとなった胴体に紅い閃光が突き刺さった。飛躍的に向上した鎧の防御力と“物理耐性”及びその派生“衝撃緩和”によって致命傷にはなり得なかったが、一般人がヘビー級ボクサーの本気のボディブローを受けたかのような衝撃が光輝を襲い盛大に後方へ吹き飛ばされる。

 反応できていなかったはずなのに何故? と息を詰まらせつつも空中で姿勢を整え着地した光輝。その視線の先には、手首の返しで銃口だけが後ろを向いたドンナーの姿があった。

 それで、ハジメは反応できなかったのではなく、振り向く必要すらなかったのだろうと察した光輝の表情が屈辱に歪む。足に力を入れて、腹の痛みを無視すると雄叫びと共に双聖剣を振り下ろした。

「“天翔剣・嵐”!!」

 そうして放たれたのは、広範囲に拡散する幾百の斬撃。見える光の刃だけで百はあり、その影に潜むようにして三百近い風の刃が追随している。既に殲滅魔法レベルだ。

 だが、そんな幾百の斬撃の嵐を、ハジメはゆらりゆらりと木の葉が風にそよぐように揺れながらかわし、かわしきれないものは打ち払い、あるいは逸らしていく。それどころか、避けながらスっと自然な動作でドンナーを光輝に向けると刃の嵐の隙間を縫って反撃まで行った。

 冗談のように隙間を抜けてきた弾丸は、光輝の足元に刺さると盛大に衝撃波を撒き散らし、光輝を足元からひっくり返す。

 そして、ハジメは自身も刃の嵐をくぐり抜けると光輝と同等、いや、それ以上の速さで肉薄し、まるでサッカーボールのように光輝を蹴り上げた。

「ぐぁ!?」

 呻き声を上げながら空中に投げ出された光輝に、ドンナー&シュラークを向ける。咄嗟に“空力”で宙を蹴り付け射線から逃れようとする光輝だったが、二丁のリボルバーの銃口は光輝から微妙にずれて未来位置を狙っていた。意図せず、光輝の表情が引き攣る。

 光輝とハジメの感覚が引き伸ばされたようにスローになった。色褪せた世界の中で、ハジメは引き金を引く寸前、視界の端に雫の姿を捉える。必死になって光輝を説得しようとしていた姿やハジメに助命を嘆願する姿が脳裏を過る。同時に、同じ幼馴染である香織の姿も思い浮かんだ。

 ハジメは、「チッ」と小さく舌打ちをして、微妙に銃口を逸らすと霞むような速度で引き金を連続して引いた。

ドパァアアン!!

 僅かに間延びした一発の銃声は、同時撃ちが行われた証。逆再生された流星の如く、空を切り裂いた紅い閃光は、空中の光輝を滅多打ちにした。子供が繰る無様なマリオネットのように、ガクンガクンと体を揺らしながら放物線を描く光輝。

 血飛沫を撒き散らしながら少し離れた場所にドシャ! と生々しい音を響かせて落下した。傍から見れば何発もの銃弾に穿たれた死体に見えたかもしれない。だが、そうでないことは、直後に光輝が動き出したことで否定された。双聖剣を支えに直ぐに起き上がる。

 肩、両腕、両足から血を噴き出し、口元からも血が滴り落ちているが、それも瞬く間に治っていった。血走った瞳が狂気の色を添えられて、更に凶悪な様相になっている。既に、人々の夢と希望が詰まった勇者の面影はない。

「手加減のつもりか? 俺を馬鹿にしてるのか?」

 撃ち抜かれた場所はいずれも急所を外れている。相手を無力化しようという意図が透けて見える攻撃だ。故に、自分は殺すつもりなのに、まるで相手にされていないかのような気になって光輝の中のドス黒い部分が更に湧き上がってきた。

 ハジメは、ドンナーで肩をトントンしながら何でもないようにあっさりと答える。

「まぁ、ここまで堕ちてると面倒いし殺す方がいいんだが……そうすると、八重樫や香織に泣かれそうだからな。適当にボコッて、後は幼馴染ィズに任せるさ」
「っ、ふざけるなっ! そんな余裕、直ぐになくしてやる!」

 再び、光輝が双聖剣を振りかぶりながら肉薄してきた。その顔には憎しみと嫉妬の色が張り付いている。

 ハジメが、まるで自分よりも二人のことを考えているかのようで強烈な不快感が胸中を満たしたのだ。

 激しい剣戟がハジメを襲うが、その全てを焦った様子もなく冷めた表情で捌いていくハジメに、益々黒い感情を滾らせた光輝が堪えきれないといった様子で喚きだした。

「お前がっ、お前みたいな奴がっ、わかったような口を効くな! 雫と香織のことを本当にわかっているのは俺だっ。二人のことを誰よりも大切にしているのは俺だっ。俺こそが二人と共にあるべきなんだっ。お前なんかじゃない! 絶対に、お前みたいな奴なんかじゃ!」
「……まるで駄々を捏ねるガキだな」

 光輝が振り回す双聖剣を掻い潜り、ハジメのドンナー&シュラークがゼロ距離からその体を貫いた。しかし、今の光輝は、そんなことでは止まらないらしい。体に穴が空いても、文字通り限界を超えた力で治癒してしまい、ダメージを無視して我武者羅に突っ込んでくる。

 その姿は、ハジメの言葉通り思い通りにならない現状に駄々を捏ねる子供の姿そのものだった。

 光輝の負の感情に呼応するように、とっくに超えている肉体の限界を更に無理やり引き上げてスペックが上がっていく。おそらく、とり憑いた虚像が強化されるのに合わせて光輝本人も強化されているのだろう。

 既にスペック的に見れば、ハジメをして“限界突破”を発動しなければ厳しいレベル。繰り出される剣戟の嵐は、かつて戦った神の使徒“ノイント”を彷彿とさせる速度と威力を有し、それでもなお足りないと言わんばかりに力は上昇していく。

「ぉおおおおおおっ」
「……」

 光輝の口から裂帛の気合が迸った。対するハジメは……無言。光輝のスペックがノイントに勝らずとも劣らずと言えるほど上昇していても、かつてノイントと交わした気迫の雄叫びが飛び出すことはなかった。そして、“限界突破”に踏み切ることも、やはりない。

 届いていないのだ。光輝の攻撃は。どれだけ速さを増そうと、どれだけ力が上がっても、ハジメには掠りもしていない。

 理由は単純。使い手の精神が未熟な上に、濁っているから。逆上して冷静さを欠き、ただ相手を叩き潰して愉悦に浸りたいだけの攻撃。そんなものでは、きっと、誰にも、どんな場所にも――届きはしない。

 と、その時、光輝の背後で氷壁の一部が溶け出し通路の出入り口が開いた。光輝の剣戟を捌き、雄叫びと罵詈雑言を受け流しながらハジメが視線を向けると、そこからユエ達全メンバーが出てきた。

 ハジメと光輝の戦いを見て、目を見開きながら呆然と立ち止まっている。しかし、光輝はそんな彼女達に気がついた様子もなく、ただひたすらハジメを滅殺すべく殺意と憎悪を撒き散らした。

「お前さえ、お前さえいなければ、全部上手くいってたんだ! 香織も雫もずっと俺のものだった! この世界で勇者として世界を救えていた! それを、全部お前が滅茶苦茶にしたんだ!」
「……」
「人殺しのくせにっ。簡単に見捨てるくせにっ。そんな最低なお前が、人から好かれるはずがないんだ!」
「……だから、洗脳したって?」
「そうだろう! それ以外に何がある! 香織も雫も、ユエもシアもティオも、みんな洗脳して弄んでいるんだっ。どうせ龍太郎や鈴だって洗脳するんだろう!? そうはせない。 俺が勇者なんだ。みんなお前の手から救い出して、全部、全部取り戻す! お前はもう要らないんだよっ!!」

 その絶叫はユエ達にも聞こえていたのだろう。ユエとシアの目がスっと細くなり、ティオが不快そうに眉根を寄せた。対照的に、香織はショックを受けたように口元を両手で覆っている。幼馴染の余りに勝手で滅茶苦茶な言い分に言葉もないのだろう。それは、龍太郎と鈴も同じようで、呆然と光輝を見つめたまま硬直してしまっている。

 ハジメは、本当に面倒な奴だと内心で溜息を吐きながら、呆然としているユエ達に“念話”を飛ばした。

『お前らも無事だったようだな』
『……ん。平気。それより、その馬鹿はなに?』
『そうですよ。何か随分なこと言ってますけど』

 ユエとシアから怒りを感じさせる声音が返された。最愛の人を悪しざまに罵られた挙句、不要だと言い捨てられたのだ。加えて、呼び捨てにされたのも何気に気に食わないことだった。

 ハジメは、そんな二人に小さく笑みをこぼした。

『簡単に説明すると、自分の虚像に負けてご都合解釈全開で俺に八つ当たり中ってところだ。虚像を取り込んで力の底上げをしてやがる。自分を取り戻せれば試練クリアなんだろうが……無理だな。八重樫ですら、説得しようとして結局あの様だ』

 ハジメが光輝に膝蹴りをぶち込み怯ませながらチラリと視線を雫の方へ向ける。ハジメに注目していたユエ達も釣られてそちらに視線を向けて倒れている雫を発見した。

『雫ちゃん!』
『直撃は防いでおいた。大事はないはずだが、一応見てやってくれ、香織』
『も、もちろんだよ! 任せて!』

 硬直していた香織も、雫の姿を見て我を取り戻したようで慌てたように雫のもとへ駆け寄っていった。

 その動きで、光輝もようやくユエ達の存在に気がついたようだ。ハジメから距離をとりながら、そちらに視線を向けて目を丸くし、次いでニッコリと微笑みを向けた。

「みんな、来てたんだな。少し待っていてくれ。今、こいつを倒してみんなを解放してみせるから」

 光輝の言葉に、ユエとシア、ティオは不快を通り越して憐れむかのような眼差しを向けた。代わりに龍太郎と鈴が我を取り戻して必死に声を張り上げた。

「なに言ってんだよ、光輝! どうしちまったんだ! 正気に戻れよ!」
「光輝くん、しっかりして! 倒さなきゃならないのは南雲君じゃなくて、自分自身だよ!」

 二人の心からの叫びに、光輝は嬉しそうにするどころか憤怒の表情になった。その矛先は案の定、ハジメである。

「……南雲。まさか、既に龍太郎と鈴まで洗脳してるなんて。どこまで腐っているんだ。どこまで俺から奪えば気が済むんだ! あぁ、そうか。今、わかったよ。恵里のことも……お前の仕業なんだな? あんな風に豹変するなんておかしいと思っていたんだ。でも、お前が洗脳したんだとすれば全ての辻褄が合う」
「合わねぇよ、ド阿呆」
「今更、言い訳は見苦しいぞ。必ず罪を償わせてやる」
「お前の阿呆さ加減も十分大罪だと思うが……」

 光輝が雄叫びを上げて双聖剣をかかげた。激しく渦巻く魔力の奔流。余波だけで周囲の地面が吹き飛び天井が消滅していく。膨大な魔力にものを言わせて“神威”を放つつもりのようだ。

「待ってやるわけないだろう?」

 呆れた表情で、ハジメは“宝物庫”からボーラを取り出すとそれを光輝に投げつけた。チャージ中だったため回避が遅れて見事に絡みつかれ、両手をかかげたまま空間に固定される光輝。

「くっ、卑怯な。だが、これくらいっ」

 空気を読まない悪役は卑怯者らしい。光輝はハジメを罵りながら魔力を更に上げてボーラの拘束を逃れようとする。だが、ノイントでもない限り数秒で脱することなど出来ようはずもなく、その隙にハジメの方がチャージを完了してしまった。

 そう、ハジメの手にはいつの間にかシュラーゲンに似たフォルムのライフル銃が握られていたのだ。シュラーゲンと異なるのはその口径だ。バスケットボールがすっぽりはいりそうな大きな発射口が空いている。

 その巨大な発射口には燦然と輝く紅い魔力の塊が集束していた。

 魔力砲“グレンツェン”――純粋魔力砲撃用アーティファクトだ。【メルジーネ海底遺跡】での経験から、純粋な魔力攻撃が有効となる場合もあるのだと学んで作ったものの、今まで使う機会もなく御蔵入りしていたものだ。

 “魔力操作”の派生“魔力放射”“魔力圧縮”“遠隔操作”の他、“高速魔力回復”とその派生“魔素吸収”が基本として組み込まれたこの魔力砲は、ハジメの魔力だけでなく外界の魔力も高速で集束し、重力魔法と合わせて超圧縮することができる。圧縮された魔力が多ければ多いほど対象が吹き飛ばされる魔力量も多くなる。

 そして、今、集束された魔力量はステータスの数値に換算するなら優に一万を超える量。いくら常軌を逸した強化をしたとはいえ、光輝は散々力任せに魔力を消費し続けたのだ。結果はわかりきったものである。

「自分の言葉は否定しても、せめて八重樫の言葉だけは受け止めるべきだったな」

 ハジメは、そう言って集束された魔力量に目を剥き焦燥を浮かべる光輝に向かって、グレンツェンの引き金を引いた。

「お前がっ、お前さえいなければっ。俺がっ――」

 光輝の憎悪の篭った絶叫が響く。

 次の瞬間、シュラーゲンに似た紅い閃光が螺旋を描く砲撃となって光輝に直進し、その姿を余さず呑み込んだ。

 香織と治癒されて目を覚ました雫、そして龍太郎と鈴が息を呑む音が響いた。轟音も破壊も起こらない静かな砲撃は広い空間を鮮やかな紅に染め上げ、氷壁をガーネットのように煌めかせる。ある意味、幻想的とも言える光景だ。

 やがて極太だった閃光は細くなっていき、宙に溶け込むように霧散していった。その後には、やはり破壊痕など一切なく、無傷の光輝が現れた。ボーラによる拘束は既に解けている。

カランッ! カランッ!

 硬質な音が響いた。光輝が二振りの聖剣を落とした音だ。同時に、黒い聖剣の方が揺らめきながら消えてしまった。見れば、光輝の瞳も赤黒かった片目が元に戻り、髪も元の色を取り戻していた。聖なる鎧も赤黒い筋が消えている。完全に元に戻ったようだ。

「ち、力が消えて……うっ、まだ、まだだ……俺は、全部、取り戻して……」

 ハジメの魔力砲撃は光輝の内に巣食う虚像の要素をも吹き飛ばしたのだろう。姿が元に戻ったのに合わせて魔力が湧き上がることもなくなったようだ。今は、枯渇寸前の微々たる魔力しか感じない。

 光輝は今にも飛びそうな意識を必死につなぎ止めながら、うわ言のように同じ言葉を繰り返した。そして、ふらつきつつも聖剣を拾おうとする。

 そこへ、グレンツェンを“宝物庫”にしまったハジメが歩み寄り、その胸倉を掴んで持ち上げた。「離せ!」と怒声を上げたい光輝だったが、締めつけが強すぎて呻き声しか出ない。

 ハジメの剣呑な眼差しを見て、光輝が殺されるのではと飛び出そうとした龍太郎達だったが、それをティオが押し止める。大丈夫だとでも言うように微笑を浮かべて。

 ハジメは光輝を締め上げながら、その視線を寄り添い合う雫と香織に向けた。雫も香織も悲痛そうな、懇願するような眼差しを向けている。そんな二人にハジメは溜息を吐くと、如何にも「しょうがねぇなぁ」といった雰囲気で肩を竦めた。二人の表情がふわっと柔らかくなる。

 光輝に向き直ったハジメは、皆が見守る中、静かな、されどよく響く声音で言葉を投げつけた。

「もう一辺、人生やり直して来い。大馬鹿野郎」

 直後、ハジメの右手――生身の拳が光輝の顔面を捉えた。ただ純粋に握り締めただけの拳によるストレート。

 ゴガッ! と音を響かせて、そのまま地面に叩きつけられた光輝は、あっさり意識を飛ばして白目を向いた。

 駆け寄ってくる香織や雫、他のメンバー達。

 ハジメは倒れた光輝を見ながら、「万が一ノイントが沢山いた場合に備えて肉壁を増やしておこう作戦✩」なんてものを立てたバチが当たったのだろうかと、頬をポリポリと掻きながら面倒そうに溜息を吐くのだった。

いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

光輝退場を願っていた皆さんには申し訳ないですが、彼にはまだ役割があるので続投です。もやもやさせて、ホントすみません。

次回の投稿も、土曜日の18時更新予定です。
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