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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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勇者の根幹

前後編です。
光輝編をまとめて読みたい方はご注意ください。
「いやぁ~、すまんの。シリアスが続いた反動で、ちょぉ~と妾のパトスが漏れ出てしまったのじゃ」
「「……ちょっと?」」

 ティオの行使する再生魔法の光が、鈴と龍太郎を包み込み通路を淡く照らしている中、ティオが笑いながら言った言葉に、二人はジト目でツッコミを入れた。

 普段見ないティオの高潔さと、王族と見紛う優雅さ、気品に、鈴も龍太郎も散々ドキドキさせられた反動で、ティオに向けられる眼差しは普段以上に冷たい。特に、龍太郎は、なんだか自分の中の純情な心を弄ばれたような気がして、八つ当たりと分かっていても瞳の温度を下げざるを得ない心境だった。

 何とも微妙な雰囲気が漂う中、二人を包んでいた癒しの光が消えると、その体には外傷の一つもなく万全となっていた。ティオが再生魔法を行使してから数秒しか経っていない。

「凄いのに……凄いんだけど……素直に称賛できない鈴がいる。でも、ありがとう、ティオさん」
「俺も、何でこんな変態がって思うんだけど……ありがとうな」
「どういたしましてじゃ。それと龍太郎よ。主に罵られても、妾は喜んだりせんぞ? ご主人様以外に尻尾を振ったりはせん。すまぬなぁ」

 龍太郎の額に青筋が浮かんだ。「これじゃあまるで、気を惹こうとして振られたみたいじゃねぇかっ」と内心で悪態を吐く。言葉にしないのは無限ループしそうだから。

 改めて、先程までの凛とした美しさと、あらゆる攻撃を都合よく転化してしまう変態性という真逆な二面性を平然と使い分けるティオに、言い知れぬ怒りと戦慄が湧き上がる。同時に、

「……やっぱ、南雲はすげぇわ」
「南雲君も、そんな称賛はいらないと思うけどね」

 龍太郎は何だかんだでティオの相手を全うしているハジメに、男としての、否、人間としての度量の深さを見て称賛の声を上げた。きっと鈴の言う通り、ハジメが聞けば甚だ不本意だと青筋を浮かべることだろう。

 そうやってナチュラルに発せられるティオの変態性に鈴と龍太郎が辟易していると、前方に行き止まりが見えてきた。次の部屋だ。

「ふむ、向こう側に複数の気配がするのぅ。どうやら、既に合流したメンバーがいるようじゃな」
「南雲ぉ、いてくれよぉ。そろそろ引き取ってもらわねぇと保たねぇよ」
「飼い主さんがいますように」

 ティオの言葉に鈴と龍太郎が祈るように呟いた。そして、さり気なく鈴が酷い。試練を終えてから言葉のストレートパンチを覚えたようだ。

 そうして、三人が氷壁に近づき溶けるように消えた壁の向こう側には……

「むぅいいいぃ、ユエのおたんこにゃすぅううう!!」
「……うるひゃい。むっちゅりしゅけべぇ」
「ああもうぉ。いい加減、二人共止めて下さいよぉ~~」

 倒れたユエの上に馬乗りとなって、そのほっぺをギュウウウウと引っ張る香織と、その香織に対して、同じく頬をムニィイイイイと摘まみ上げるユエ、そして、そんな二人をオロオロと仲裁しているシアの姿があった。

「何だこれ……」
「キャットファイト?」
「いつもの喧嘩じゃな。仲の良いことじゃ」

 唖然とする鈴と龍太郎。ティオは微笑ましげな表情だ。涙目でほっぺを引っ張たり、ぽふぽふと猫手で叩き合う姿を見れば、そういう表情になっても仕方ないだろう。単に、さっきまで大喧嘩していたせいで魔力が枯渇しており、それくらいしか出来ないだけなのだが。

「あれ? ティオさん? それにお二人も。無事に試練を攻略したんですね。よかったです。ほらほら、ユエさん、香織さん、ティオさん達が合流しましたよぉ! もうお終いですよぉ! ほら、ほっぺから手を離して、ポカポカしないで! あ、こら足蹴にしない! 大人しくして下さ……止めろって言ってんでしょうがぁ!!」

 いつまでも子供っぽい喧嘩を続けるユエと香織にシアがキレた。強化した拳骨を二人の脳天に打ち下ろし、ゴキンッ! と鳴ってはいけない音が響く。脳天を抑えながら蹲るユエと香織。「頭がぁ、頭がぁ~」と呻いている。

「う~む、この迷宮に来てから微妙にユエとシアの立場が逆転しておるような……ユエも少し大迷宮の影響を受けているのかのぅ? まぁ、見ている分には面白い」

 ティオが首を傾げながら呟いた推測は半分正解だ。遥か昔のことを色々と思い出し、つい弱気な発言が出てしまう程度にはユエも疲弊していた。むしろ、過去のトラウマが大きい分、この程度で済んでいる方がおかしいのだ。

 そして、弱った心から生じる無意識の甘え……それは、当然恋人であるハジメに向くのだが、ハジメに恋人認定されてから更に成長が著しいシアも、ただ手のかかる妹分というだけでなく頼りになる相棒のように感じ甘えがちになっているのである。つまり、シアの成長に合わせて、ユエとの距離も更に縮まったということだ。

「ふぅ、すみません、お待たせしました。新しい通路はあっちですから、先に進みましょう」
「……ホントに、しっかりしてきたのぅ」

 ユエと香織を両脇に抱えながら先を促すシアに、ティオは目を細めながら頷いた。

 再び通路を進む一行。合流できていないのは、ハジメ、雫、光輝の三人だ。次の部屋で全員と合流できることを祈りながら歩みを進めていく。

 そうして、辿り着いた行き止まりの氷壁の手前で、はたと立ち止まった。シアが難しい表情でウサミミをピコピコと動かし、直後、驚愕に目を見開いた。

「え……あ、あの二人も?」

 感覚の鋭いシアの突然の言動に、他のメンバーは何事かとシアを見る。ユエ、香織、ティオの三人はすぐさま集中して氷壁の向こうの部屋に感覚を伸ばした。結果、シアが何に驚いているのか理解し顔を見合わせる。

「こうしていても始まらん。直接、状況を確かめるしかあるまい」
「……ん。ハジメの敵なら、しばき倒す」
「えっと、ユエ? それはちょっと……」
「とにかく、行きましょう」

 剣呑に目を細めるユエに頬を引き攣らせながら、香織は、どうか自分達と同じ唯の喧嘩(・・・・)であって欲しいと祈らずにはいられなかった。

 だが、その祈りは届かなかった。

 氷壁を抜けた先、次の部屋では、殺意と憎悪の嵐が吹き荒れていたのだ。

 そう、ハジメと光輝が殺し合いをしていたのである。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 天之河光輝。

 一般家庭の一人息子として生まれた彼には、今でも心から尊敬し憧れている人物がいる。その人物とは、光輝の祖父だ。

 その祖父の名を天之河完治(かんじ)といい、業界では有名な敏腕弁護士だった。長期の休暇となれば家族揃って祖父の家に遊びに行くのが恒例行事だったのだが、完治の妻――祖母が早くに他界したこともあり、一人暮らしだった祖父は孫である光輝を大層可愛がった。

 年の割には背も曲がらず筋肉質で覇気に溢れており、だからといって恐いということもなく優しい人だった。そんな祖父を光輝もよく慕っており、所謂おじいちゃん子というやつだった。

 中でも光輝が一番好きだったのは完治の話す経験談だった。長年の弁護士としての仕事より得た経験を、絵本を読むが如く光輝に語って聞かせた。小さい光輝にも分かりやすいように、また、現実的なことを言えば守秘義務から相当アレンジは入っていたが、それでも弁が立つ祖父の話は人間ドラマに満ちていて光輝は幾度も心躍らせた。

 弱きを助け、強きを挫き、困っている人には迷わず手を差し伸べ、正しいことを為し、常に公平であれ……完治のお話は結局のところ、そういう教えを含んだものだ。理想と正義を体現したヒーロー物語。幼い子供に対するありふれたお話だ。

 それ故に、光輝にとっては祖父完治こそがヒーローだった。同年代の子供が、某仮面を付けたバイク乗りやインスタントラーメンが出来るより早く宇宙怪獣を打倒してしまう宇宙人に憧れるように、完治に憧れたのだ。身近にいたからこそ、その憧れは他の子供達より強かったと言えるだろう。“いつか自分も祖父のように”と。

 だが、当然のことながら、世の中というものは完治のお話のように正義と公平が悪と理不尽を切り裂き、理想の正しさを実現し続けられるようには出来ていない。弁護士という職業とて、正義と公平は掲げていても、その一番の使命は真実の追求や悪人の弾劾ではなく依頼人の利益を守ることだ。

 “敏腕”弁護士と呼ばれるのは、弁護士として技量に優れているというだけでなく、それだけ完治が清濁併せ持った現実的思考の出来る人間だったということでもあるのだ。世の中の薄汚れた部分も理想や正義を掲げるだけでは足りないことも知り尽くしているということなのだ。

 だが、それを光輝に教える前に完治は他界してしまった。小学校に入る前のことだ。急性の心筋梗塞だった。

 完治の死は光輝に大きな影響を残した。

 幼子には、まだまだ綺麗なものだけでいいという考えは、ごく普通のことであり完治を責められるものではない。いずれ、光輝が大きくなった時には、もっとままならない現実を含めた苦い経験談も話したりしたはずだ。

 憧れのヒーローの死は光輝にとって衝撃だった。大好きな祖父を想い、思い出に浸れば浸るほど完治というヒーロー像は美化されていき、幼い光輝の心の深い部分に“理想的な正しさ”が根付いてしまった。

 その正しさとは、子供の耳に心地いい祖父が教えた通りの正しさであり、同時に少数派や清濁の内、“濁”の部分を一切認めない正しさだ。もっと言えば、大多数の人が正しいと思うことが絶対的に正しいと思うようになったのだ。

 もっとも、それは別に特別なことではない。テレビや本の中のヒーローを見て、理想の正しさを掲げる子供などごまんといる。

 そして、そんな子供達は日々の生活を重ねていく上で、現実の壁に直面し多くの失敗を繰り返し、時に挫折し、諦めることを覚えて、割り切りと妥協の仕方を学び、上手く現実という名の荒波に乗る方法を自然と学んでいくのだ。

 憧れは憧れのままに、理想は理想のままに、宝箱にしまうようにして心の片隅に置いて現実を見るようになる。それが自然な流れだ。光輝もそうなるはずだった。そうなれば、何の問題もなかった。

 しかし、自然な流れに乗るには光輝は余りに非凡すぎたのだ。その高すぎるスペックが現実の壁を理想通りに乗り越えさせてしまった。失敗も挫折もなく、あらゆる局面を自らの力で押し通せてしまった。子供の理想が、まかり通せてしまったのだ。

 結果、光輝はいつしか、自分の正しさを疑うということをしなくなった。その危うさを、光輝の両親や雫を筆頭に親しい人間の幾人かが何度も注意していたのだが、光輝は笑いながら聞くだけで、真剣に受け止めることも、改めることもなかった。元々カリスマがあり、その行動原理は善意一色であるから、その一部の人間を除いて誰もが光輝を支持したことも原因の一つだろう。

 もちろん、何もかも上手くいったわけではない。光輝の意識しないところで数々の問題は起きていた。雫へのやっかみもその一つだ。

 だが、己の正しさを疑わない光輝はご都合解釈で自分の正しさを維持するようになった。それもまた、光輝を闇雲に慕う者達によって後押しされることでまかり通ってしまうので、やはり光輝は自分がご都合解釈していることに気が付くことはなかった。忠告はあっても、気が付こうとしなかったというのもあるが。

 そんな光輝の善意に溢れてはいるが歪でもある“理想の正しさ”は異世界で崩れ始める。平和な日本と異なり、殺意と憎悪、超常と非常識が蔓延る異世界では己のスペックやご都合解釈が通じなかったのだ。その最たる例が、オルクスの下層で相対した女の魔人族であり変心したハジメだった。

 光輝は初めて、現実の壁というものを目の当たりにしたのだ。手痛い失敗をし、光輝は己の中の“子供”を露呈させた。

 そして、

『奪われた。だろ?』
「違う! 奪われたなんて……」

 灰色の髪に黒い鎧を纏った虚像の光輝が、その赤黒い瞳を眇めながら嘲り、荒い息を吐きながら大量の汗を流す光輝が咄嗟に反論する。

「雫が言う通り、香織は最初から南雲のことが……だから、俺は……」
『誤魔化さなくていい。俺はお前だ。お前()のことは誰よりよく分かっているさ。雫に言われたことも納得したふりをしただけで、心の底では奪われたと思っている。未だに香織は自分と共にあるべきだと、そう思っている。小学生の頃からずっと一緒だったんだ。中学で出会ったか何か知らないけど、自分の方が長く一緒にいたのに、これからもずっと一緒だと信じていたのに、香織はヒーローである自分のヒロイン()なのに……』
「黙れっ。俺は、そんなこと考えてない! 勝手なことを言うなっ。大迷宮の魔物め! 俺は惑わされないぞ!」

 光輝は血走った眼で虚像を睨みつけると、力任せに光刃を飛ばした。幾筋もの光の斬撃が虚像目掛けて殺到する。

 しかし、虚像は全く同じ軌道で光刃を飛ばすと全て相殺してしまった。いや、それどころか、その内のいくつかはそのまま直進し光輝に襲いかかった。完全に力負けしている証だ。

『そう言っている割には動揺が酷いな。せっかく南雲が強化してくれた聖剣も、それじゃあ宝の持ち腐れだよ。それとも憎く妬ましい南雲だからこそ、まともに使いたくないってことかな?』
「そんなの関係ない! 俺は、南雲を憎んだりなんて……」
『ほらほら、そうやって直ぐに現実から目を背けるから……また俺が強化されてしまったじゃないか』

 虚像の光輝から特大の“天翔剣・震”が放たれた。明らかに先程までとは威力が違う。地面を抉り飛ばしながら迫る自分の得意技に、光輝は戦慄して咄嗟に横っ飛びで回避する。本能が相殺はできないと悟ったのだ。

『香織だけじゃなくて、ユエ達が南雲を慕っているのも気に食わないんだよな? あんなに可愛くて強くて魅力的な女の子達はヒーローである自分()と共にあるのが相応しいもんな? 簡単に人を切り捨てるような南雲なんかを慕うなんて認められないもんな?』
「いい加減にしろ! 彼女達は本気で南雲を……それは彼女達が決めることで……だからっ」
『南雲の強さも気に食わない。あの強さは、本来、自分のものであるべき、だよな? というよりも、南雲の全てが気に入らないんだよ』
「違うっ。確かに、南雲は自分勝手なところはあるけど、何度も助けられて……そんな奴を」
『嫌ってないって? 嘘はダメだ。助けられた時も、感謝より嫉妬を感じていたじゃないか。颯爽と駆けつけて誰かを救うのは自分の役目なのにって妬んでいたじゃないか』
「そんなわけあるか! そんな……」
『おいおい、一体、どれだけ俺を強化したら気が済むんだ?』

 己のヒーロー願望と、ハジメに対する憎悪にも近い嫉妬、そして香織への独占欲や他者の好意への欲求……それらを突き付けられて、しかし、光輝は自分でも半分以上、自分の言葉を信じて反論する。そうして、無意識に認めることを避けているが為に、虚像の光輝は際限なく強化されていった。

 虚像の光輝が黒い聖剣を天に掲げる。直後、そこから眩い光の奔流が噴き上がり天井付近で弾けると、幾条のも流星となって光輝を爆撃し始めた。

 それを“縮地”で避けながら反撃の機会を伺う光輝だったが、表情に貼り付いているのは明らかに焦燥の色だった。虚像の強さに冷たい汗が止まらない。

 宙から襲い来る光の流星群は、若干のホーミング機能と衝撃変換機能がハジメによって付けられているので厄介なことこの上ない。ギリギリまで引き付けてから一気に回避するも、少しでもタイミングが遅いと衝撃波の嵐に呑み込まれる。かと言って、相殺ばかりでは反撃に出られずジリ貧となってしまう。

 “ハジメが手を加えたせいで”……一瞬、そんな思いが胸中に過ぎったのを光輝は慌てて振り払う。それは手を貸してくれた者に対する“正しい”思いではないから。だから、直後には、そんな考えを持っていたことすら頭の奥底に封じ込めてしまう。

「翔け巡れ、“天翔剣・嵐”!!」

 光輝は、どうにか爆撃をくぐり抜け反撃に転じた。光の斬撃に風の刃が加わり、唯でさえ極めて見えづらい風の斬撃が光と魔力に紛れて更に捉えづらくなっている。見える斬撃は十だが、実際にはその三倍の数の斬撃が逃げ場を塞ぐように広がりがりながら放たれた。

『無駄だよ。集え、“天爪流雨・震”』

 対する虚像は涼しい顔だ。流星となって乱れ飛んでいた光弾を一瞬で黒い聖剣に集束させると一条の砲撃に変化させて解き放った。逃げる必要などない。正面から打ち破ってやろうということだ。

 その目論見は実現した。それも至極あっさりと。光輝の放った無数の刃は、ただ一条の閃光によって蹴散らされた。光の砲撃はそのまま光輝に進撃する。

「っ、阻め、“光鎧”!!」

 光輝の纏う聖なる鎧が輝き、前面に光のリングが無数に連なった障壁が出現した。直後、光の砲撃が直撃し強烈な閃光と衝撃を撒き散らす。“天爪流雨”は、本来、それほど威力の高くない技なのだが、ハジメの魔改造と強化された虚像の力が合わさり必殺技と称しても過言ではない威力を持つ技に昇華されていた。

 故に、

「ぐわぁ!?」

 光輝の障壁は打ち砕かれ、盛大に吹き飛ばされることになった。地面をゴロゴロと転がり、氷壁にぶつかってようやく動きを止める光輝。その額からツーと血が滴り落ちる。

『圧倒したいんだろ? 南雲をさ。あいつを跪かせて許しを請わせたいんだ。それから、香織を取り戻して、ユエ達に好意を向けられて、世界を救って、皆を連れて帰って、称賛を浴びて……』
「黙れぇええええっ!!」

 光輝は、心の深奥から引き釣り出される黒い感情を覚えながら、燃えるように熱い体を激情のまま前進させた。その身から膨大な量の魔力が光の奔流となって噴き出す。“限界突破”だ。

 使いどころとして相応しいとは言えないと光輝自身もわかっていたが、これ以上、虚像の言葉を聞いていられなかったのだ。正しくあるはずの自分が、抱くはずのない感情を抱いているなんて気が付きたくなかった。その一心だった。

 神速とも言うべき凄まじい速度で踏み込んだ光輝は、純白に輝く聖剣を力任せに振り下ろした。それを、いつの間にか赤黒い魔力でその身を覆った虚像の光輝が鼻で嗤いながらあっさりと受け止める。虚像もまた“限界突破”を使ったのだろう。

 純白に輝く聖剣と禍々しく赤黒いオーラを纏う漆黒の聖剣がぶつかりあった瞬間、凄絶な衝撃が駆け抜け、虚像の足元を中心にクレーターが出来上がった。

 受け止められたとわかった瞬間、光輝は、手首を返して横薙ぎの剣戟に切り替える。唐竹の一撃が、首刈りの一撃へと嘘のように変化した。しかし、その急激な閃光の如き一撃も、虚像の光輝は余裕で受け止める。

『人殺しは害悪じゃなかったのか?』
「お前は、人じゃない!」

 揶揄するような虚像の言葉に、光輝は、ギリッと歯噛みしながら更に剣を加速させた。光の尾を引きながら、ズララララッと無数の残像が生まれる。一本のはずの剣が何本にも見えるほど尋常でない剣速なのだ。

 円を描くように途切れる事なく振るわれ続ける鋭い剣戟の嵐は、流石、勇者と称賛すべきもの。この世界でも上から数えた方が早いだろう強さだ。

 だが、眼前の敵は、未だに余裕の表情を崩さず同じように残像を引き連れた剣戟で完璧に対応している。それどころか、隙を見ては反撃の一撃を繰り出し、かわしきれなかった光輝に浅い傷を作り出すほどだった。

「うおぉおおおおおおおおっ!!」
『どうしたんだ? そんなに殺意に塗れて……なぁ、ヒーロー?』

 雄叫びを上げながら持てる武技を尽くす光輝だったが、本人が認めずとも乱れに乱れた心では本来の実力には到底及ばない力しか発揮できない。それでは、当然、どんどん強化されていく己の虚像などに勝てる道理はなく“限界突破”のタイムリミットを思って焦燥が募る。

 そこに、虚像は更に光輝の精神を揺さぶる言葉をかけた。それは過去から持ち出した光輝の負の部分ではなく、未来に対する不安を煽る言葉だった。

『そんなことじゃ、また奪われるかもしれないな』
「っ、何を……」
『気が付いていないふりはやめよう。俺が気が付いているってことは、お前も気が付いているってことなんだからさ?』
「だからっ! 何のことだとっ」

 虚像の光輝は呆れたような馬鹿にするような眼差しを向けた。そして、あっさりと光輝が一番恐れていたことを口にする。

『雫が、誰を見ているのか……ってことさ』
「――ッ!!」

 光輝は全身の血が沸騰したかのような錯覚を覚えた。声にならない絶叫を上げて、その先を口にさせまいと自分をも巻き込みかねない衝撃波を至近距離から放つ。

 それをあっさり“縮地”で離脱回避した虚像が、光輝の必死さを嘲笑うかのように言葉を続けた。

『考えたくもないかな? 香織を奪われた上に、雫まで……』
「死ねぇええええ!!」
『おいおい、それは勇者のセリフじゃないぞ? それにどれだけ喚こうが、雫の心が南雲に傾いているのは事実。無理もないかな? 何度も助けられたわけだし、雫は意外に乙女チックだし?』
「ゼァアアアアアッ!!」

 絶叫上げる光輝。振るわれた聖剣が更に輝きを増すが、それ以上に黒い聖剣が禍々しい魔力の密度を上げていく。心の内で、雫の気持ちを全力で否定し現実を切って捨てようとしていることが際限なく虚像の力を上げているのだ。

 故に、全力ではあれど癇癪を起こしたのと変わらない無様な一撃は、あさっり正面から打ち返された。

「がぁっ!?」

 悲鳴を上げて、再び壁際まで吹き飛ばされる光輝。聖なる鎧の魔力集束機能で“限界突破”の持続時間は伸びているとは言え、我武者羅に消費すればその恩恵も無駄になってしまう。光輝に残された時間は、もう僅かだった。

『そうか。雫のことも否定するんだな』

 カツカツと足を立てながら歩み寄ってくる虚像の光輝が、頭を振りながら冷めた眼差しを送る。

 光輝は、衝撃に息を詰まらせながらも聖剣を杖代わりにどうにか起き上がりながら、血走った眼差しを返した。

「ち、違う。雫が南雲を……何て……そんなことあるはずが……」
『八つ当たりしたり、拗ねたり、本心からの笑顔を見せたり……気が付いているだろ?』
「そんなの……誰にだって……」
『ユエやシアと接する南雲を見て、不機嫌そうな顔になるのに?』
「……単に……場所を弁えないから……それが不快で」
『あいつにアプローチをする香織を見て、バツの悪そうな顔をするのは?』
「……雫も……本心では南雲とのことを……認めていないんだ」
『くっくっくっ、我ながら極まってるなぁ。そんなに信じたくないか?』

 聖剣で体を支えながら膝立ちする光輝の眼前に、虚像の光輝は嗤いながら聖剣を突きつける。射殺しそうな眼差しで睨む光輝を更にせせら笑う。

 そして、一瞬、「おや?」と驚いたような表情で何もない氷壁の方を向いた。“限界突破”状態で上がった“気配感知”が氷壁の向こうから近づいて来る慣れ親しんだ気配を捉えたのだ。光輝は、その余裕もなく気が付いていないようだが。

『これは、いいタイミングだ』
「余裕のつもりか!」

 光輝が、隙ありとばかりに跳ねるようにして聖剣を切り上げた。それを見もせず受け止めた虚像の光輝は鍔迫り合いしながらニンマリと嗤い、まるで死刑宣告のように言葉を下した。

『さぁ、現実がやって来るぞ?』
「何を言ってっ」

 直後、光輝達がいる部屋の氷壁の一部が溶け出し、新たな通路が出現した。驚いたように体をビクッと震わせた光輝は、眼前でニヤニヤと嗤う虚像に注意しながら、その視線を僅かに通路の方へと向ける。

 そして、その視線の先の光景を見て大きく目を見開いた。

「まだ、試練中か……」

 そこには雫を背負ったハジメがいた。光輝の視線が雫に引き寄せられる。正確には、ハジメの肩に甘えるように頬を預けながら安心しきったようにスヤスヤと眠る幸せそうな雫の顔に。

 光輝の中の何かが弾けた。



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回も、土曜日の18時に更新予定です。
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