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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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初めての大喧嘩

 大迷路の光り輝く出口の門に踏み込み、一直線の通路を抜けた香織は他の者達と同じく、大きな空間の中央にある円柱形の巨大な氷柱から現れた虚像の自分と死闘を繰り広げていた。

 大迷路を進む中で聞こえていた囁き声にすら、まるで少しずつ底なし沼にでも引きずり込まれているような気持ちになっていた香織だ。

 それをもう一人の自分に、深奥にある汚い部分や醜い部分を容赦なく曝け出されながら戦わなくてはならない。元々、ユエに対して嫉妬心や劣等感を覚えていた香織であるから、負の感情なら自覚せざるを得ないほどたっぷりと持っている。故に、虚像の放つ言葉はナイフより鋭く、ハジメの弾丸よりも正確に、香織の弱い部分を切り裂き、抉り抜いてきた。

 戦闘が始まって三十分ほど。肉体的にはそれほどでもないが、既に、香織の心は満身創痍だった。心を形あるものとして現出できたなら、きっと血を大量に流してボロボロになっていると思えるほど、ジクジクと痛み、軋みを上げていた。

 だが、それでも、香織は決して膝を屈したりはしなかった。劣等感や焦燥感、そして嫉妬する心ならば、【メルジーネ海底遺跡】で既に陥り、散々苛まれ吹っ切ったこと。もちろん、完全に割り切れたわけではないし、心の問題であるからユエ達に対して何も感じなくなったわけではない。

 むしろ、シアがハジメに受け入れられた時は激しく嫉妬したし、内心は荒れ狂っていた。思わず、素敵な笑顔と共にハジメに詰め寄ってしまう程度には。

 だが、それも直ぐに祝福する気持ちが湧き上がったのも事実だ。もう、ただ焦燥感や劣等感、嫉妬に囚われて自分を卑下したり、無理をするようなことはなかった。それどころか、ユエ以外の女もハジメが受け入れることはあるのだと証明されて喜べたくらいだ。

 自分は成長している。誰かを羨むよりも、願いを叶える為に己を高めることが出来ている。だから、目の前の自分に負けるわけにはいかない。

「やぁああああああっ!!」
『っ、また速度が上がったね』

 香織は放たれる言葉の矢で傷つく度に、少しずつ、少しずつ己の力を上げていった。それはノイントの性能を一つ一つ紐解くように身に付けていっている証拠だ。

 同時に、灰色のノイント姿をとっている虚像の香織は、少しずつ弱体化しているのを感じていた。

 己の汚い部分を突きつけられ、傷つき、苦悩しながら、それでもそれを受け入れ、呑み込み、己の力に変えていく。それはとても王道で、確かで、素晴らしい成長だった。

 既に香織の双大剣術は、ハジメと戦った時のノイントと大差がないレベルまで昇華されている。また、無限に魔力供給を受ける為の機関はないが、昇華魔法によってノイントの肉体的スペックを引き上げることで擬似的に“限界突破”のような状態を作り出すことにも成功していた。

 今、二人の香織は互いに残像を引き連れながら流麗にして神速の剣戟を繰り広げている。この試練は香織にとって、苦悩と痛みに見合った成長をもたらしたようだ。

「私は、負けない! ユエにもシアにも負けないくらいいい女になって、ハジメくんに振り向いて貰うんだから! 守りたい人達を守って、皆と一緒に日本へ帰るんだから!」
『……もう、どんな言葉も貴女()を折ることは出来ないみたいだね。……いいよ。全力で来て! (貴女)の弱さを断ち切って!』

 戦いはいよいよ佳境だ。鍔迫り合いとなり、双大剣の発する銀の光に照らされながら至近距離で見つめ合う二人の瞳は対照的だ。香織の瞳は決意と意志の炎で燃え盛っており、虚像の瞳は凪いだ水面の如く静かである。

 ちなみに、香織の宣言にティオが含まれていないのは無意識だ。

 そうして、二人が、鍔迫り合いを解いた次の瞬間には決着となることを直感で悟りながら互いに双大剣を弾こうとした、その時、

ズドォオオオオオオオッ!!!

 凄まじい爆音が響き渡った。

「ふぇ!?」
『な、なんなの!?』

 突然の出来事に鍔迫り合いのまま唖然とする二人。彼女達は、その視線の先で障壁に包まれたまま爆炎から飛び出してくるユエと、ウサミミを靡かせて飛び出して来たシアに驚愕もあらわに目を見開いた。

 更に、

「さぁ、ユエさん! フルボッコにされたくなかったら、さっさとごめんなさいして下さい!!」

 ユエに向かってドリュッケンを突き付けながら宣戦布告するシアを見て、口をあんぐりと開けて間抜け面を晒すのだった。

 今の今まで、何とも王道らしい展開で成長し、いよいよクライマックスといったところだったのに、いきなり他の物語とクロスしたようなものなので仕方ないと言えば仕方ないだろう。

 香織と虚像は、やはり鍔迫り合いしたまま顔を見合わせる。そして、何か通じ合ったのか頷き合うと、香織が意を決したように対峙するユエとシアに声をかけた。

「あ、あのユエ? シア? 一体、何をして――」
「……シア。私は万が一の時のことを考えて」
「うるせぇですぅ! 私の大好きなユエさんは、そんな腑抜けたこと言いません! ハジメさんが惚れた“特別”は諦めたりしません! 何が“万が一”ですかっ。そんな万が一になんて“ぶっ殺してやる”くらい言えなくてどうするんですかっ。この腰抜け! 万年おチビ! 貧乳でも巨乳でもない半端乳!」
「っ……言ってはならぬことを。シア、調子に乗りすぎ」

 香織はまるっと無視された。ユエとシアは視線すら向けてくれない。香織の目の端がキラリと光った。虚像の香織が同情するように肩をポンポンと叩く。

 一方、ヒートアップして収拾がつかなくなったのかシアが暴言を吐き始めた。それほど、自分の未来をないものとして扱ったユエの言葉が腹に据え兼ねたのだろう。

 流石に、ユエとしてもシアにそこまで言われれば思うところはある。

 しかし、信じていた記憶が違っているかもしれず、封印される前、最も信頼していた男は実はやむを得ず自分を封印したのかもしれず、その理由が得体の知れないものである以上、万が一に備えて言葉を残しておきたいという気持ちは捨てられなかった。

 どうして、その気持ちを分かってくれないのかと、最高の信頼を寄せるシアだからこそ伝えたというのにどうして否定するのかと、ユエはもどかしい気持ちになった。

 もっとも、シアから吐かれた暴言によって、その辺の複雑な機微は一気に吹き飛んだが。

 ユエの額にビキリと青筋が浮く。

 しかも、シアは宣戦布告のために胸を張っているせいで二つのメロンを強調してしまっている。プルンップルンッと、まるでユエを挑発するように揺れているのだ。

 自分の発言の是非はともかく、ちょ~と看過しがたい暴言だった。それを示すようにユエの頭上に暗雲が立ち込め始める。それは、ユエの十八番である“雷龍”の住処だ。ゴロゴロッと雷鳴の轟く音が響いている。

「……撤回するなら今のうち、この残念ウサギ」
「それは私のセリフですよ、この万年チビ」

 お互いの額に怒りマークがくっきりと浮き出る。

 そして、

「あ、あの二人とも? ちょっと落ち着こう? 何があったのかは知らな――」
「……黒焦げウサギにして、格の違いを教えて上げる」
「ハッ、腰抜けの微乳おチビなんて目じゃないです! 今日こそ下克上ですぅ!!」

 ユエの掲げる暗雲から“雷龍”が咆哮を上げながらシアに飛びかかった。対するシアも、雄叫びを上げながらドリュッケンを振りかぶって踏み込んでいった。

「……ぐすっ、私って、やっぱりダメな子なのかな……」
『あ、あれ!? 何だか私の力が上がってる!? だ、ダメよ貴女! 気をしっかり!』
「……やっぱり、私、ダメなんだ」
『あ、いや、そうじゃなくて、貴女はダメじゃないから! ね? あの二人もちょっとヒートアップし過ぎて周りが見えてないだけだから!』

 何故か負の感情で構成されたはずの虚像の香織が、完璧に無視されて泣きべそを掻き始めた香織を慰めていた。流石に、自分の本体の蔑ろにされっぷりに同情せずにはいられなかったようだ。

 そんな二人を尻目に、ユエとシアの初めての大喧嘩は激化の一途を辿っていた。

「ド反省しろやぁですぅ! この万年発情女ぁ!!」
「っ、……無駄乳垂らして発情してるのはお前の方。この痴女ウサギ!」
「はんっ、羨ましいですかぁ? 半端乳さぁん?」
「……お漏らしウサギめっ。また失禁させてやる」
「っ、一体、いつの話を持ち出してるんですかっ! 陰険ですぅ! この『四捨五入的に考えたら、もう貧乳なんじゃない? むしろ、まな板でいいんじゃない?』女ぁ!」
「……長い! というか、勝手に私の胸ランクを下げるなっ。……私は貧乳じゃない! ちゃんとある! この垂れ乳ウサギ!」
「た、垂れてないですぅ! ツンツンでプルンプルンですぅ! ハジメさんも大喜びですぅ!」

 訂正しよう。激化というより、幼稚化の一途を辿っていた。

「……ハジメは駄肉になんて興味ない。お尻の方が好きだから! 特に、お尻から太ももにかけてのラインが大好物! 私が一番だって言ってくれた!」
「な、なら、私がおっぱいマスターにするだけですぅ! この前だって、ユエさんには到底できない、おっぱいで“ピー”したり“ピー”して“ピー”したんですからぁ! 凄く喜んでくれましたぁ! 夜の戦いでも下克上間近ですね!」

 さり気なくハジメの性癖が暴露される。今、この場にハジメがいればダメージを受けていたのは彼の方だっただろう。

「……ハジメの夜戦能力は私が育てた。シアの戦闘能力も私が育てた。私は全てを知っている! 師匠に勝てる弟子などいないことを教えてあげる!」
「上等ですぅ! 弟子は師匠を超えるもの! 夜戦でも戦闘でも超えてやります! 今日、ここで!」

 シアがドリュッケンに魔力を纏わせて“雷龍”を殴りつける。一瞬、形を崩した“雷龍”だったが、直ぐに再構成されるとその顎門を開いてシアを呑み込もうとした。

 しかし、その時には既にシアは爆発的な踏み込みで“雷龍”の下を掻い潜り、ユエに肉薄していた。

 それを空間魔法による空間遮断型障壁によって受け止めるユエ。更に、空間振動による衝撃波を発生させシアを吹き飛ばそうとした。しかし、シアは昇華魔法によって身体能力を倍化させ何と生身で耐えてしまった。

 昇華魔法は、あらゆるものを一段上のレベルに進化させる魔法だ。当然、魔力量に依存するので行使している間だけの効果であるし、神代魔法なので消費魔力も半端ではない。

 しかし、それでも凄まじい効果を上げることは明白であり、これを使ったシアの身体能力は強化なしのハジメを超える。生半可な攻撃などその身一つで振り払えてしまうのだ。

「甘いですよぉ! この程度では、もう私は止まらないぃいいい!!」
「……このバグキャラめっ! さっさと沈め!」

 爆音が轟き、氷壁や地面が抉れ、氷片が飛び散る。爆炎が空間を舐め尽くし、雷が空気を灼き焦がす。衝撃波が奔り、炸裂音が鼓膜を叩き、魔力の波紋が幾重にも広がった。

 刻一刻と激しさを増す超高等戦闘は同時に二人の本気度を示しているかのようだった。ただ、比例して罵り言葉がどんどん幼稚になっていっているのが何とも言えない。

「ユエさんの……えっと、え~と、ばぁ~か、ばぁ~か!!」
「……シアの……シアの……あほぉ~!!」

 どうやら、罵りボキャブラリーが尽きたようだ。

 そんな二人の言葉は幼稚、されど戦闘は致死性というわけのわからない大喧嘩を、本来、この部屋の主人公であるはずの香織二人は、部屋の隅で体育座りをしながら虚ろな眼差しで観戦していた。

 お互い気持ちも盛り上がり、いざ、香織が試練をクリアするというところで、いきなり始まった戦闘……なのにその内容が、「馬鹿」だの「アホ」だのという本当に馬鹿で阿呆な罵り合いなのだ。瞳が虚ろになるのも仕方ないだろう。

『……私、逝ってくるよ』
「っ……まさか、止めに逝く気!? ダメだよ、死んじゃうよ!」

 二人して膝を抱えていると、虚像の香織がおもむろに立ち上がった。そして、戦場に踏み込むことを伝える。その表情は負の感情で構成されたとは思えないほど透き通ったものだった。まるで、己の死期を悟ったかのような……

『ここは、私達の試練の為の部屋。部外者が荒らしていい場所じゃあないんだよ。だから、私は逝く。(貴女)貴女()の為に』
「……貴女」

 二人の間に芽生える意味のわからない友情を超えた何か……余りの状況に、二人とも頭のネジが緩んでいるのかもしれない。

「……帰って来て。必ず、無事に。私、待っているから!」
『ふふ、そんなことを言われちゃったら、帰って来ないわけにはいかないね』

 手を取り合う二人。まるで、戦場に赴く恋人と涙ながらに誓いを立て合う映画のワンシーンのようだ。色んな意味で精神的に限界なのかもしれない。

 虚像の香織は名残惜しげに香織から手を離すと、くるりと踵を返して二人のバグキャラを決然とした表情で睨みつけた。

そして、

『白崎香織・試練の虚像、逝きますっ!!』
「どうか、どうか無事で!」

 反則級の大魔法とバグった身体能力がもたらす破壊の嵐の中へと一気に踏み込んだ。

 直後、

「「邪魔!!」」
『きゃぁああああああああっ!!!?』

 速攻で宙を舞うことになった。描く放物線が美しい。

「わ、貴女ぁ(私ぃ)!!」
『くぅう、だ、大丈夫だよ! まだ、まだやれる! 必ず、止めてみせる!』

 雷撃と衝撃波をその身に浴びて、どこか煤けた虚像の香織は、空中で灰翼をはためかせながら体勢を立て直すと勇者のように心を滾らせた。一体、何が彼女をそうまでさせるのか……十中八九、状況に酔っているのだろう。元が香織だから。

 虚像の香織は、ユエとシアをキッ! と睨みつけると、天地に轟けと言わんばかりに声を張り上げた。

『二人共、いい加減にして! ここは私達の場所だよ! 試練の邪魔をしないで!』

 しかし、

ズドォオオン!!
バキッ! ゴガァアン!!

 その勇ましい声は、全て戦闘の騒音に呑まれて消えた。ユエとシアも、虚像の香織には視線すら向けない。お互いのことしか見えておらず、完全に眼中にないといった様子だった。

 虚像の香織の額に青筋が浮かぶ。自分の部屋に勝手に入ってきて自分の部屋のように好き勝手に振舞う友人を見た時のようなイラっと感が全身を駆け抜けた。

『こ、このっ、なら実力行使だよ! 文句は受け付けないからね!』

 灰翼がはためき、虚像の香織は姿を二重三重にぶれさせながら神速でユエとシアに突進した。狙うのは双大剣による一撃。もちろん刃を向けずに剣の腹で殴打して気絶させようという意図だ。

 まずは、ユエの“禍天”により地面に叩きつけられたシアが標的だ。素早く背後に回って後頭部へ一撃をお見舞いする。

『もらった! お仕置き一閃っ!』
「あぁ? うざってぇですぅ!!」

 しかし、完璧に決まったかと思われた背後からの一撃は、ハジメそっくりな声音を漏らしながら振り向いたシアにあっさり受け止められてしまった。それも片手真剣白羽取りで。

 おかしいのは、剣の腹を向けて振り抜いたのに、シアは刃の部分を(・・・・・)を指先で摘むようにして白羽取りをしていることだ。それはつまり、神速で振り降ろされた大剣の一撃を正面から受け止めるのではなく、真横から摘みとったということである。

『えっ!? う、うそっ!?』

 動揺する虚像の香織にシアは舌打ちを一つすると、グイっと大剣を引っ張った。そして、たたら踏みながら近づいた虚像の香織の襟首を掴むと

『はぅうううっ!!』

 一気に放り投げた。

 優しく放物線を描くような投げ方でも、危ないからと戦場から離脱させる目的でもなく、砲弾のように凄まじい勢い、かつ、水平軌道で。一直線にユエに向かって。

 つまり、ユエに対する人間砲弾に使われたのである。

 虚像の香織の悲鳴が木霊する中、飛んできた彼女に対するユエはと言うと、

「喰らい尽くせ、雷龍」

 正面から雷龍に襲わせた。激しくスパークする“雷龍”の顎門が、「ヘイ! カモン!」とでも言うように大きく開いて待ち構えている。

『ひぃ!?』

 悲鳴を上げつつ、虚像の香織は己を灰色の翼で包み込んだ。そして灰色の魔力を纏わせ分解能力を最大限に発揮する。

 ボバッ! と、そんな音を立てて“雷龍”を霧散させる虚像の香織。

 その後ろからシアが隠れるようにして追撃して来ている。どうやら、最初からこの展開を予想して虚像の香織を投げたらしい。言ってみれば、即席の盾といったところか。中々鬼畜な所業である。

 一方、まんまと“雷龍”を突破されたユエは、“禍天”の衛星を使って前面に超重力空間を生成した。

 結果、

『へぅうううう!?』

 飛んできた虚像の香織は、強制的に地面に吸い寄せられズザザザザーと顔面スライディングすることになった。

 何という悲惨な光景か。この場に雫がいたのなら、例え虚像と分かっていても怒髪天を衝いていたに違いない。

 そんな地面にうつ伏せで倒れる虚像の香織は「うぅ、うぅ」と小さく呻きながら、どうにか起き上がろうともがく。そして、頑張ってどうにか顔を上げた瞬間、

『むぎゅうっ!?』

 その頭を追撃して来ていたシアに踏みつけられた。再び地面とキスすることになった虚像の香織。不憫すぎる。

 そんな虚像の香織を尻目にシアのドリュッケンが何倍にも加重されて振り下ろされた。地面が弾け飛び、ついでに虚像の香織も弾け飛ぶ。氷片と一緒にはらはらと飛ぶ光るものは……発生源が彼女の目元である以上そっとしておくべきだろう。

 だが、そんなことはお構いなしに、ユエとシアの戦いは佳境に入った。二人共、衣服がボロボロであられもない姿になっている。

 ユエは“自動再生”で、シアは超人化した身体能力と再生魔法によって無傷ではあるが、相当魔力を消費しており肩で息をしていた。魔晶石から魔力を補充しないのは、二人の意地なのだろう。

「ユエさんの……」
「シアの……」

 ユエは、特大の“雷龍”を作り出し、天に腕を掲げた。シアは、巨大な剣玉を取り出し、魔力を纏わせながらドリュッケンで打ち上げた。互いに尋常でないプレッシャーを放っている。

 そして、その中間には灰色の翼をはためかせふらふらと飛ぶ虚像の香織が……目が焦点を失っている。衝撃から未だ回復しきっていないのかもしれない。

「逃げてぇーー!! 貴女ぁ(私ぃ)、早く逃げてぇーー!!」
『ふぇ?』

 香織が両手をメガホン替わりにして大声で警告の声を張り上げる。だが、やはり意識が朦朧としているようで虚像の香織の反応は鈍い。

 直後、

「「わからずやっ!!」」

 雷撃の轟音と閃光、紅い剣玉の放つ衝撃波が、それぞれの使い手の中間で衝突し凄絶な破壊をもたらした。

『――ッ!?』

 声にならない哀れな被害者の悲鳴が上がる。空中でもみくちゃにされながら白煙を棚引かせて香織のもとへ弾き飛ばされて来た。

 地面に数回バウンドし、ゴロゴロと転がって香織のもとへ帰還を果たした虚像の香織。その姿は見るも無残な状態だった。プスプスと白煙を上げているのが、むしろ愛嬌を感じさせるほどに。

「な、なんて酷い……」
『ごめんね、貴女()。チートとバグには勝てなかったよ』

 力なく横たわるもう一人の自分を抱き寄せ、涙に瞳を曇らせる香織。そんな香織に虚像の香織は淡く微笑む。

「ううん。貴女は頑張ってくれた。それだけで十分だよ」
『……貴女()

 何だかいい雰囲気の二人だが、一応、同一人物である。感情の核と大迷宮の意思が介在しているか否かという違いはあれど。

 そんな寄り添い合う二人の頭上に、追い打ちを掛けるように脅威が出現する。ビキリッと嫌な音を立てて崩壊し始めた巨大な氷の塊。そう、中央の巨大氷柱が、戦闘の余波で根元からへし折れて周囲の天井をも崩壊させながら落下して来ようとしているのだ。香織達のいる方へ。

『逃げて! 私はいいから!』
「そんな! ダメだよ! このままになんて!」

 やはりドラマっぽい何かを展開する二人の香織。身動き取れない虚像の香織は、本体である香織を押しのけ逃がそうとする。

 それを、悲痛な表情で拒絶する香織。普通に、香織が虚像を抱えて移動すればいいだけなのだが、そんな野暮には揃って気がつかない。

 崩壊はもう目前。天井も氷柱も無数にヒビが入り、次の瞬間には……

『早く!』
「うぅ、うん、わかった、ごめんね? えい!」

 急かす虚像の胸に大剣が突き立った。香織の可愛らしい声音と共に。

『……え? 何で?』

 当然、突き刺したのは香織であり、気まずそうな表情をして目を逸らしている。思わず素で尋ねる虚像に、香織は目を泳がせながら答えた。

「だ、だって、私以外が原因で死んじゃったら試練の攻略が認められないかもしれないし……それなら、殺られる前に殺っちゃおうかなって」

 実に正論である。今までの三文芝居じみたやり取りは何だったのかと問い詰めたいところだが。

 思い返すと「無事に帰って来て欲しい」と言ったのも、「逃げてぇ!」と叫んだのも、「置いていけない!」と反論したのも、全て「私が倒す為」という心の声を前提とすると、ある意味、最初から香織はまともだったとも言えるかもしれない、という点は、きっと手足の先から消えていく虚像の前では言わぬが華というやつだろう。

『ふふ、強かになったね、私。自分の成長が嬉しいよ。……でも、こんな終わり方はあんまりだと思うぅ』

 見れば、崩壊寸前だった氷柱や天井は、迷宮の再生機能であっさり元通りになっていた。今までもそうだったのだから当たり前である。

 最後の決意まで、結局、空回りだった虚像の香織はホロリと涙を零しながら、ガクッと頭を落として跡形もなく霧散していった。

「……勝利って虚しいよね」

 ここに誰かがいれば、きっと「お前が言うな」とツッコミを入れたことだろう。香織も相当、ハジメ一味に毒されているようだった。

 一方、互いに極大の攻撃を放ち合ったユエとシアはというと、

「はぁはぁ……けほっ」
「ぜぇぜぇ……」

 冷たい氷の地面の上で、二人して仲良く大の字になりながら荒い息を吐いていた。完全に魔力枯渇の状態である。

「悲しいこと、言わないで下さいよ」
「……」
「不安があるなら、一緒にぶっ飛ばしましょうよ」
「……」
「どんな存在だって、どんな状況だって、私達は負けない。一緒なら何だって出来る。私は、そう信じています」

 荒い呼吸を繰り返しながら滔々と語りかけるシアの言葉を、同じく倒れたまま荒い息を吐くユエは黙ったまま静かに聞いている。

「そう信じさせてくれたのはユエさんとハジメさんでしょう? それを今更っ、絶対に認めません。未来の何かを恐れて諦めを口にするようなユエさんは、私、絶対に認めません」

 未来を垣間見ることの出来るシアだからこそ、何があっても決して諦めない最愛の人の“特別”だと認めているからこそ、ユエの発言は絶対に認められない。発言だけでなく、そんな在り方も決して認められはしない。

 ユエの中の何がそう言わせたのかわからないが、“万が一”が起こる可能性があるのなら、決意すべきは“託すこと”ではなく“巻き込むこと”だ。仲間を、家族を、友人を、そして愛すべき恋人を巻き込んででも、共にある未来を掴みとろうとする決意。

 自己犠牲の精神などハジメの寄り添う者には不要の概念だ。そんなもので未来を閉ざすくらいなら共に喰らいついて共に果てた方が万倍マシである。

 もちろん、果てる可能性など微塵も考えたりはしないが。ハジメなら、そんなことを考える暇があったなら、少しでも眼前の理不尽を殺す方法を探るだろう。命が尽きる、コンマ一秒まで殺意を滾らせるはずだ。

 そして、そんなことは誰よりもユエが知っているはずなのである。

「そんなふざけたお願いなんて、絶対に聞いてやるもんですかっ、ぐすっ、ひっく」
「シア……」

 いつの間にか、シアはポロポロと涙を零していた。自分がいないことを前提に話すユエのことが腹立たしくて、そんな未来を想像してしまったことが悲しくて……

 癇癪を起こした子供のように始めた喧嘩で勝利して、ユエを守れるくらい強くなったと証明すれば、ユエの弱気も吹き飛ばせると思ったのに、やっぱりユエは強くて勝ちきれなくて、そんな自分が不甲斐なくて悔しくて……

 色んな感情が混じりに混じって飽和して、自分でも整理のつかない感情が涙となって溢れ出た。

 そんなシアを、倒れながら視線だけ動かして見ていたユエは魔晶石から魔力を取り出して回復すると、ゆっくりと起き上がった。そして、四つん這いのままシアに近寄っていく。

「……シア、ごめんなさい」
「ユエ゛ざん?」

 涙とか鼻水とかで大変なことになっているシアの顔を、ユエは上から覗き込みながらそっと撫でた。眼差しも撫でる手付きも、とびっきり優しい。シアは涙で歪む視界を通して、ジッとユエを見つめ返した。

「……シアの言う通り。過去がどうであろうと、私が何であろうと、そんなの関係ない。私はこれからも先もずっとハジメやシアと一緒にいたい。だから、それを邪魔するものは何であれぶっ飛ばす。それだけのことだった」
「ひっぐ、そ、そうですよぉ」
「……ん。仮に、私に何かあったとしても必ずハジメやシアが何とかしてくれる。心配することなんて何もなかった」
「当たり前じゃないですかぁ、うぅ」
「……ん。ごめんなさい。酷いお願いをした。許してくれる?」
「許して上げますぅ! だから、もう二度と、あんな悲しいお願いはしないで下さいよぉ! 約束ですからね!」
「……ん、約束」

 ユエはシアの顔を丁寧に拭いてあげながら抱き起こした。シアは、そのまま、ギュッとユエに抱きつく。ユエもまたギュゥウウと抱き締め返した。

 静かな時間が流れる。心なし肌を撫でる空気まで優しくなったようだ。

 人生初の、友人との大喧嘩をやらかしたユエとシアは、川原で殴り合いをして夕日を前に友情を育む不良の如く互いの絆をより強固なものにしたようである。

 そこへ、低く震える声が響いた。

「……よかったね。何が何やら全くわけが分からないけど、何かよかったね」
「「?」」

 キョトンとして、その声の方へ視線を向けたユエとシア。二人の視線の先には頬をピクつかせながら、いい笑顔を浮かべる香織の姿があった。もっとも、お約束通り眼だけは全く笑っていなかったが。

「うふふ、キョトンとしちゃって。私なんて眼中になかったんだね。散々暴れた挙句、私の試練を滅茶苦茶にして危うく台無しにするところだったけど、気にしてもいないんだよね。むしろ、あれ? いたの? みたいな感じなんだよね。うふふ」

 怪しげな笑い声を上げる香織に、ユエとシアは抱き合ったまま顔を見合わせた。そして、同時に思い出す。そう言えば、戦っている最中に何か吹き飛ばしたり、踏みつけたり、爆発させたような……と。

 そして、ここが香織のいる大部屋だと理解し、二人同時に「やっちまった?」みたいな表情になった。

「あ~、え~と、香織さん? 取り敢えず落ち着きましょう?」
「あはは、面白いこというね、シアったら。私、こんなに落ち着いているじゃない」
「……香織、その……試練は?」
「ん~? 一応、倒したよ。この手で」

 その言葉にホッと胸をなで下ろすユエとシア。流石に、喧嘩に巻き込んで試練をクリアできなくさせたというのは、ここまでの苦労を思うと申し訳無さ過ぎる。

 しかし、次ぐ香織の言葉にビシッと凍りついた。

「そう、この手で倒したよ。……二人にボロボロにされて、死に体の状態だったのを」
「「……」」
「これ、クリアになっているよね? ほとんど二人にやられた後だから無効です、とか言われないよね? そこのところどう思うかな? かな?」

 ダラダラと冷や汗を流すユエとシア。座り込んで抱き合う二人の傍にやって来てニコニコと笑いながらしゃがむ香織。揃えた膝に顎を乗せて愛嬌のある仕草をしているが、目が単色なので普通に恐い。

 と、その時、ユエがぷいっとそっぽを向きながら火に油を注いでしまった。

「……なら、回復させてから仕切り直せばよかったのに」
「……ユエ?」
「……私は悪くない。さくっと殺っちゃった香織のせい」
「はわわわ、はわわわ。ユ、ユエさん、それはちょっと……あの、香織さん、本当にすみま――」
「ふふっ、ユエったら面白いね。散々引っ掻き回しおいて、そんなこと言うなんて……ねぇ、ちょっと私とも友情を育もうよ」

 立ち上がり一歩下がった香織が笑顔のまま額に青筋を浮かべて双大剣を抜いた。

 それを見たユエもスっと立ち上がると不敵な笑みを口元に浮かべながら豪然と返した。

「……構わない。私が上で香織が下、そういう友情を育んで上げる」
「うふふふふふっ、ぶっ飛んで!」
「……だが断る!」

 そうして、再生が終わったばかりの大部屋に再び轟音と閃光が駆け抜けた。

「ふぇえええん、ユエさ~ん! 香織さ~ん! 私が言うのも何ですけどぉ、止めて下さぁ~い!!」

 今度は、シアが仲裁に奔走する。

 出現した新たな通路が、何だかとても虚しい感じだった。
いつも読んでくださり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回の更新も、土曜日の18時予定です。
+注意+
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