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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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感情の矛先

「ああ、もうっ! いい加減にして下さいぃいいいい!!」

 大迷路の東よりにある小部屋くらいの開けた空間に、シアの怒声とギチギチと骨の軋むような音が響いた。

 音の出処は、シアに腕ひしぎ十字固めを受けているハジメの腕である。

「何をするんだシア。腕が折れそうじゃないか」
「平然とした顔で何を言っているんですか! って言うか、ユエさんも挑発するのは止めて下さい!」
「……ん。私を求めて、でも迷宮内だから我慢するハジメ……可愛い」
「時と場所を弁えて下さいよぉ!」

 激しくツッコミを入れるシア。その間も、ハジメへの十字固めはビクともせず完璧に決まっている。シアの成長が著しい証拠だ。喜ばしいことである。

 もっとも、さりげなくユエを抱き寄せようするハジメに関節技で諌めるシアにとっては全く喜ばしくない事態だろうが。

 ハジメ達は、現在、大迷路の分岐点近くにあった小部屋で小休止中である。

 それは、囁き声により異常に精神力をすり減らした光輝達を休ませる必要があったからなのだが、逆に囁かれれば囁かれるほど、何故か愛情パラメーターがうなぎ登りとなる意味不明な二人にとっては愛情を確かめ合うチャンスでもあり……「大迷宮内でイチャつき過ぎだろうが、ゴラァ!」とシアが必死に食い止めているところなのである。

「落ち着け、シア。大迷宮だぞ? 本当に羽目を外すわけないだろう?」
「……今、普通にキスしようとしてませんでした?」
「あれはユエの補給だ」

 キリッとした表情でシアにTPOくらい弁えていると断言するハジメだったが、その隣で、ユエがペロリと唇を舐めながら目を細めている姿を見れば、何とも疑わしい。

「補給が必要なほど消費したようには見えませんでしたけどねぇ」

 それに対して、普段にない辛辣なツッコミを入れつつ、固めた腕を更にビキビキと引き伸ばすシア。

「容赦ないな……」
「こ、恋人ですからね。ダメなところはきっちり言わせて貰います!」
「シア……いい子」

 ちょっと頬を染めつつ、恋人故に諌めるべきはしっかり諌めるというシアに、ハジメとユエは「ほぅ」と感心の声を上げた。そんなシアに免じて? ハジメとユエはしずしずと座り直す。

 今まではハジメとユエの二人に付いていくという雰囲気だったシアだが、ハジメに恋人認定されてからは二人と対等であるという自覚が芽生えてきたようだ。前を行く二人に後ろから抱きつくような接し方ではなく、横に並んで、時には前に出て二人の手を取り引っ張るような、そんな“より近しい接し方”である。

「ふむ、確かに恋人らしいのぅ」
「……うん。そうだね」

 ティオがほっこりしながら呟きを漏らすと、傍らの香織が苦笑い混じりに同意した。その瞳には羨望が含まれている。

「……」
「シズシズ? どうかした?」
「え? いえ、何でもないわよ? それより鈴は大丈夫?」

 そんな中、気が付けばハジメ達のやり取りをボーと眺めている雫に、鈴が気遣わしいげに声を掛けた。鈴も、囁き声により心に針でも突き立てられているような痛みを覚えており、それほど余裕があるわけではないのだが、懊悩する雫を見ていられなかったのだ。

 普段、自分の悩みは上手く隠して後回しにし、他人のことばかり気にかける雫であるから、あからさまに顔に出ていることで目立ったのだろう。

 しかし、やはりと言うべきか、雫は鈴に呼び掛けられると直ぐに微笑み返し、逆に鈴の心配を始めてしまった。確かに、鈴も余り顔色は良くないのだが……はっきりしない抽象的な言葉で心の深奥を嬲られるような感覚に憔悴しているのは雫も同じはずである。

 鈴は困ったような笑みを浮かべながら、これ以上、大切な友人が自分を後回しにしないように、ただ「大丈夫」と答えるしかなかった。

「おい、光輝……」
「何だ、龍太郎」
「あ、いや、別に何でもねぇ。さっさとこんな気持ち悪ぃ場所、脱出してぇなぁって」
「……そうだな」

 一方で、一番危うい雰囲気なのが光輝だった。口数は異様に少なく、時折、心配そうに声を掛ける雫や龍太郎、鈴にも必要最小限の返事しか返さない。

 そして、その眼差しは、刻一刻と強くなっていくようだ。負の感情を色濃くして。

 その眼が向けられる先はハジメである。本人は視線を外しているつもりなのかもしれないが、実際にはバレバレだった。時折り、その矛先が香織にも向いていることから、何となく囁き声から何を連想しているのかは分かるというものだ。

「さて、どうじゃ? みな、多少はマシになったかの?」

 休憩を始めて既に一時間。その間、メンバーに対して魂魄魔法により精神の安定化を図っていたティオが首を傾げながら声を掛ける。

「ええ。ありがとうティオ。頭の中がクリアになった気がするわ」
「うん。体も少し軽くなったかも……」

 囁き声は、あくまで唯の声であり、雫達を苛む精神的負荷は自分で連想して内に溜め込んでしまったものだ。なので、魂魄魔法でも、本人が悩むこと、気にすることを止めなければ、それほど効果は発揮されない。あくまで、気分をリフレッシュする程度のものだ。

 それでも、休憩前の雫達に比べれば随分と顔色が良くなっているので、魔力の消費量を考えても悪くない選択だったようだ。

 ただ、そう上手くいかない者もいるようで……

「ああ。ありがとう、ティオさん。楽になったよ」

 光輝は薄らと微笑んで礼を述べるものの、その言葉とは裏腹に声音には重さが含まれている。表情にも、どことなく影が差しているようだ。

「なに礼には及ばんよ。それより、さっさとこの迷路から出てしまわんとな。ご主人様よ。あと、どれくらいじゃ?」
「う~ん、そうだな。直線なら後一キロもない。ここじゃあ、休むのもままならないだろうし、後は一気に行くべきだな」

 そう言って、羅針盤を片手に立ち上がるハジメ。合わせてユエ達も立ち上がる。先程までのふざけた雰囲気は微塵もない。本当に、空気をリフレッシュするための冗談だったのだろう。きっと、おそらく、多分……

 雫達は、やや腰が重そうだ。迷路に入ってから既に三十時間を超えており、その間一睡もしていないのだ。魔法や魔法薬によって回復はしているが、囁き声と相まって精神的に疲労が溜まっているのだろう。

 ミラーハウスのような通路をひたすら進み続ける。相変わらず、飽きもせずハジメ達の耳には自分の声で、抽象的な、されど必ず何かを連想させる不快な声が響いていた。散発的に襲い来るフロストオーガや嫌がらせのようなトラップが、集中力低下のため地味に危険度を増している。

「くそっ」

 今、またフロストオーガに奇襲をかけられ、それをハジメにフォローされて倒した光輝が、悪態を吐くと共に氷壁に拳を打ち付けた。

――また、こうなったな?
――だから奪われるんだ
――力さえあれば

 その間も囁きは止まない。光輝のフラストレーションは溜まっていく一方だ。

 と、その時、ふと見上げた正面の氷壁に映る自分の姿に、光輝は違和感を覚えた。何がおかしいというわけでもない。映っているのは見慣れた自分の顔だ。無表情で自分を見つめ返しているだけ。だが、妙に引っかかる。

「……なんだ?」

 思わずそう呟いた光輝。そして、その違和感の正体に気が付き背筋を粟立てた。

 そう、氷壁に映る自分の顔は微動だにせず(・・・・・・)無表情なのだ。苛つきに寄せた眉根も、歯噛みする口元もない。呟いた際、動いたはずの唇もそのまま……

 硬直し目を見開く光輝の前で、氷壁に映る光輝は……スっと口元を割いた。

「うわぁあああっ!?」
「こ、光輝!? どうしたの!?」
「大丈夫か、光輝!」

 突然、奇声を上げて氷壁から飛び退いた光輝に雫と龍太郎が慌てて呼びかけた。ハジメ達も何事かと振り返って目を丸くする。

 背筋を伝う冷たい汗を感じながら、緊張で呼吸を乱す光輝は、それでも染み付いた動きで聖剣を真っ直ぐ氷壁に映る自分に向けて構えた。氷壁の中の光輝も同じように聖剣を構えている。表情も、肩で息をする様子も同じ。先程の強烈な違和感はもう感じない。

「光輝?」

 気遣わしいげな表情の雫が傍に寄って、未だ荒い呼吸を繰り返したまま構えを解かない光輝の肩に手を置く。一瞬、ビクッとなったものの、それで少し緊張が解けたのか光輝が口を開いた。

「……壁に、壁に映った俺が笑ったんだ。俺は笑ってないのに……まるで別の誰かみたいに……」
「見間違いじゃないのね?」

 雫は、光輝の言葉に息を呑むと真剣な表情で氷壁に映る光輝と自分に視線を向ける。

 だが、当の光輝は、逆にバッと音がしそうな勢いで雫の方に顔を向けた。その表情には苛つきが見て取れる。

「……信じてくれないのか?」
「え? いえ、別に疑ってないわよ?」

 どうやら光輝は、雫の一言が自分への疑いだと思ったようだ。もちろん、雫にそんな意図はなく、あくまで確認の為であり、実際、雫の視線は警戒心と共に氷壁に向いていた。なので、光輝の言葉に思わず「何を言っているのかしら?」と訝しむような表情となった。

 それがまた光輝の神経を逆撫でするようで、光輝らしくない嫌味が口から漏れる。

「……南雲だったら、すんなり信じるんだろう?」
「光輝? 本当に何を言っているのよ? 疑ってないって言っているでしょう?」

 雫は、そんな嫌味に一瞬ムッとしたように眉根を寄せたものの、直ぐに心配そうな表情になった。

 そんな自分を気遣う雫に少し気持ちが盛り返した光輝だったが、直後、雫は何かを囁かれたようで一瞬ビクッと体を震わせると、チラリとハジメに視線を向けた。それはほんの一瞬のことで直ぐに逸らされたのだが、光輝に黒い感情を湧き上がらせるには十分だったようだ。

「今のところ動く気配はないが……なるべく注意しておこう」

 氷壁に映る自分達を魔眼石も使って丹念に観察していたハジメが、やがて溜息を吐きながら、そう号令をかけた。光輝と雫のやり取りはスルーである。

 少しハラハラした様子で二人を見ていた他のメンバーも、何事もなかったかのようなハジメの言葉に頷いて歩みを再開した。

 その後、特に氷壁に映る自分が異なる行動を取るという怪奇現象もなく、一行は遂に、通路の先に巨大な空間を発見した。部屋の奥には、先に見た封印の扉によく似ている意匠の凝らされた巨大な門が見えた。封印の扉のように何かをはめ込むような窪みは見えないので、また宝珠を集めるという面倒極まりないことはしなくてよさそうではある。羅針盤を確認してもゴールで間違いはなさそうだ。

「ふぅ、ようやく着いたようだな。あの門がゴールだ。だが……」
「ん……見るからに怪しい」
「ですねぇ。大きい空間に出たら大抵は襲われますもんねぇ」

 ハジメは、いい加減迷路にも飽きていたのでゴールが見えたことによりホッと息を吐きながらも、魔眼石や感知系能力をフルに使って索敵を行う。経験則上、ゴール手前の大きな空間で何もなかったためしがないのだ。それに、ユエ達も激しく同意し、警戒感をあらわにする。

「……相変わらず、反応はねぇのな。まぁ、行くしかないか」

 やはり魔力反応は何も感知できなかったらしいハジメが、眉をしかめながら先陣を切った。ユエ達も後に続く。

 そして、部屋の中央まで歩を進めたとき、案の定、それは起こった。

「あ? ……太陽?」

 突如、頭上より降り注いだ光に、見上げたハジメが称した言葉。ユエ達が頭上を見上げれば、そこにあるのは確かに“太陽”というべきものだった。

 雪煙に覆われた迷宮の上空で、輝きを増していく一点の光。迷宮内ということを考えれば本物であるはずがないが、確かに感じる熱が“太陽”だと錯覚させるのである。

「……ハジメ。周りが」

 視線を険しくして擬似太陽を見上げていたハジメに、ユエが注意を促した。それに従って視線を周囲に巡らせたハジメの目に異常事態が映る。

 何と、周囲の全てが煌めいているのだ。天空から空を覆う雪煙を貫いて差し込む陽の光が空気中の細氷に反射しているのだろう。いわゆる、ダイヤモンドダストというやつだ。

 だが、自然界のダイヤモンドダストに比べると些か様子がおかしい。というのも、煌きが明らかに強すぎるのである。まるで宙に浮く無数のランプの如く、一部の氷片が強く輝き、しかも刻一刻とその光を強くしていく。

「……ダイヤモンドダストと称するには少々危険な香りがするな。全員、防御を固めろっ!」

 ハジメの目には、それらの光輝く氷片が、まるでエネルギーを溜め込む砲台のように見えた。クロスビットという空飛ぶ砲台を使用しているハジメだからこその発想だろう。背筋が粟立つような危機感に導かれて、呆然としているメンバーに声を張り上げる。

 それは結果的に正しかったようだ。

 反射的に一塊になり、ユエと鈴が“聖絶”を展開したその瞬間――閃光が駆け巡った。

「っ、まるでレーザー兵器だなっ」

 ハジメの言う通り、部屋の宙に浮かぶ幾百の輝く氷片は、溜め込んだ光をレーザーの如き熱線として解放したのだ。

 特に、ハジメ達だけを狙ったわけではないようで、部屋の中を純白の細い光が縦横無尽に奔り、氷壁や地面にその軌跡を描いていく。ユエと鈴が張った“聖絶”にも、ビッーー! と音を立てて傷を付けながら通り過ぎていった。

 氷片から放たれる閃光の軌跡は完全にランダムのようで、宙に浮く氷片が回転したり移動したりするのに合わせて、無秩序に光の軌跡を奔らせた。氷壁や地面に、あっという間に幾条もの傷ができ、その度に新たな氷片が撒き散らされる。

 更に、まるで天空の擬似太陽に落とされているかのように上空を覆っていた雪煙がハジメ達のいる広間に降りてきた。このままでは、数秒もしない内に【ハルツィナ樹海】並に視界を閉ざされてしまうだろう。

「チッ、煙に包まれるのは面倒だ。一気に駆け抜けるぞ」
「ん……鈴、合わせて」
「は、はい、お姉様!」

 ハジメの指示で、ユエが鈴に声を掛けつつタイミングを図った。熱線が逸れる瞬間を待つ。そして、全ての熱線が外れた瞬間を狙って、“聖絶”を変形させ盾状にし、周囲に展開させてシールドビットのようにした。

「行くぞ!」

 ハジメの号令と共に一斉に駆け出す。その間も、熱線は容赦なく盾状の“聖絶”を襲い、みるみると障壁の輝きを削り取っていくが、その度にユエと鈴が修復してしまうので、出口である門までの百メートル程度なら何の問題もなく通り抜けられるかと思われた。

 しかし、やはりと言うべきか。そう甘くはなかったようである。

ズドンッ!!

 地響きを立てながら上空から迫る雪煙から、大型自動車くらいの大きさの氷塊が複数落ちて来たのだ。かなりの重量があるようで、落ちた衝撃により地面が砕けてクレーターが出来ている。向こう側が透けて見えるほど透明度の高い氷塊で、いわゆる純氷というやつなのかもしれない。胸元には、わかりやすく赤黒い結晶が見えていた。

「チッ、本命か」

 ハジメが舌打ちをする。それに呼応でもしたかのように、直後、氷塊は一気に形を変えて体長五メートル程の人型となった。片手にハルバードを持ち、もう片手にはタワーシールドを持っている。その数は全部で九体。ちょうどハジメ達と同じ数だ。ゴーレムのようにずんぐりしていて、横列となって出口を塞いでいる。

「蹴散らすぞ」

 ハジメの号令に頷き、一気に突破するため一斉に攻撃態勢に入った。

 ハジメがドンナー・シュラークによる先制攻撃を仕掛ける。連続した発砲音と同時に大威力の弾丸が敵の心臓を穿たんと迫る。

 しかし、フロストゴーレムの構えたタワーシールドは思いのほか頑丈だったようで、レールガンの連撃により粉微塵に粉砕されながらも辛うじて本体を守りきった。スペックの上がっているドンナー・シュラークの攻撃に耐え切る……どうやら、耐久力は今まででの魔物の中で一番らしい。

「だが、問題ない」
「その通りですぅ!」
「蹴散らしてくれるのじゃ!」

 直ぐさまガンスピンさせてリロードしたハジメの呟きに、シアとティオが応えつつ、炸裂スラッグ弾とブレスを放った。同時に、防御に専念しているユエと鈴以外のメンバーも、その技を解放する。

 光輝が“天翔剣・震”を、香織が“分解の砲撃”を、雫が飛ぶ斬撃を、龍太郎が衝撃波を――味方に向けて。

「っ!?」
「え?」

 光輝の放った輝く斬撃と衝撃は、真っ直ぐとハジメに突き進んだ。ちょうど斜め後ろにいた光輝の位置からすると、狙ったフロストゴーレムの射線上にハジメがいただけと言うように見えなくもない。

 だが、最初からその位置取りだったことと、当の本人が自分のしたことを理解できないといった唖然とした表情をしていることが、何より雄弁に不測の事態であることを物語っていた。

 それと同時に、香織の分解能力を持った銀の砲撃はユエに、雫の斬撃はシアに、龍太郎の衝撃波は光輝と同じくハジメに急迫する。

 ハジメは息を詰めながらも、咄嗟にその場を飛び退いて光輝の攻撃を回避しつつ、紅い魔力の衝撃を龍太郎の衝撃波にぶつけて相殺することで難を逃れた。ユエも、“禍天”の衛星により銀の砲撃の軌道を捻じ曲げることで回避し、シアは回転しながらドリュッケンによって雫の斬撃を打ち払った。

「……何のつもりだ?」
「……香織、いい度胸」
「し、雫さん? 私、何か気に障ることでも?」

 地響きを立てながら迫るフロストゴーレムと既に頭上数メートルの位置まで降りてきている雪煙。のんびりしている暇はないのだが、流石に光輝達の冗談では済まない奇行を放置するわけにはいかず、攻撃を受けたハジメ達は、その視線をまさかの襲撃者達に向ける。

 自分の行動に呆然としていた光輝達は、我を取り戻すと同時に激しく動揺を示した。

「ち、違う! 俺は、そんなつもりなくて……気がついたら……ホントなんだっ!」
「あ、ああ、そうだぜ! 南雲を攻撃するつもりなんてなかったんだっ! 信じてくれ!」
「そ、そうなの! 本当に気がついたらユエに……何で私……あんな……」
「ごめんなさい、シア! でも、自分でもわけが分からないのよ。敵を斬るつもりだったのに……」

 必死に弁明する光輝達。どうやら、ほとんど無意識の内に体が勝手に動いて標的を変更してしまったらしい。眉をしかめるハジメに、ブレスを放ってフロストゴーレム達を牽制しながらティオが瞬時に組み立てた推測を語った。

「ご主人様よ。奴等を攻撃する直前、囁き声が聞こえた気がするんじゃが……あるいは」
「チッ、あれは意識誘導みたいなものだったってことか?」
「それだけかはわからんがの。ご主人様やユエ、シア、妾が余り影響を受けていないことと符合するのではないか?」
「……厄介。無意識領域に干渉されるのは解除が難しい」

 魔法で洗脳でもされたのなら、再生魔法でも香織の状態異常回復でもかければ事足りる。しかし、あくまで単純な意識誘導、それも無意識への干渉となると流石のユエでも手が出しづらい。どちらかと言えば、魔法的な要素よりも医学的な要素の方が強いからだ。

「こうなったら全員死ぬ一歩手前までド突き回して……」

 一気に面倒そうな表情になったハジメが、剣呑に目を細めながら光輝、龍太郎、雫、香織と順繰りに視線を巡らせつつ、物騒なことを言い始めた。叩いて直す昔のテレビではないのだから、それは勘弁してくれと一歩後退る光輝達。頬に冷や汗が流れている。

 そんなことをしている内に、とうとう上空を覆っていた雪煙が地上に降りて来てしまった。

「もうっ、結局、どうするの!」

 前方には通せんぼするフロストゴーレムの群れ。既に隣合う者すら見えにくくなってきた視界。同士討ちしかねない味方。

 思わず立ち往生してしまったハジメ達に、必死な形相でレーザー攻撃を防いでいる鈴が声を荒らげた。

 刻一刻と雪煙によって視界が閉ざされていく中で、仲間の姿が消える刹那に、ハジメが声を張り上げる。

「全員、遠慮せず襲って来たゴーレムをぶち壊せ!」

 意識誘導も雪煙も大迷宮が用意した試練だ。ならば、例え一寸先は粉雪となっても、味方の方へ攻撃を誘導される可能性は大いになる。いや、むしろ、そうでなければ試練として成立しないので、十中八九、互の姿が見えない中、攻撃だけは正確に仲間を狙うことになるだろう。

 だからこそ、ハジメはその言葉を放った。狙われたのはハジメ、ユエ、シアだ。ならば、光輝達のフレンドリーファイアくらい、どうとでもできる、と。

「ま、俺達以外に誘導されたら……ご愁傷様ってことで」

 ユエ達の気配を感知できなくなり、視界一面真っ白となった中でハジメはボソリと呟いた。大迷宮に挑むと自分で決めておいて、おんぶに抱っこでは話にならない。この程度の事態は自分でどうにかすべきだということだ。ここに来るまでにも、やりすぎなくらいフォローはしたのだから。

 と、その時、雪煙のベールを切り裂いて幾条ものレーザーが撫でるように迫って来た。雪煙の中でも減衰することはないようで、寸前まで視認できないことから更に厄介さを増している。

 しかし、ハジメは足を一歩引き、首を傾げ、僅かに体をずらすだけで全て回避した。“瞬光”発動状態のハジメにとって、例え自身のレールガンの弾丸であっても三十センチメートル先に捉えれば余裕で回避できる。まして、超高熱を発しているレーザーなど、“熱源感知”で捉えやすいので何の問題もなかった。

 ハジメがレーザーを回避した直後、

 ゴゥ!! と、そんな豪風と共に振り下ろされた透明に近い氷のハルバード。それも、スっと片足を下げて半身になることであっさり回避する。襲撃者はもちろん、フロストゴーレムだ。

 フロストゴーレムは、避けたハジメに叩きつけて地面を割ったハルバードを力任せに横薙ぎにすることで追撃をかけた。再び唸る豪風。地面の氷が爆発したように砕け散り、振り抜かれた先へ氷片が吹き飛んだ。

 だが、そこにハジメの姿は既にない。フロストゴーレム自身もハジメの姿を見失ったのか一瞬、硬直してしまう。

「見た目通り、トロイ奴だ」

 そんな周囲の気温より冷めた声音が、フロストゴーレムの斜め後ろから響いた。

 ギョッとしたように振り返ったフロストゴーレムの視線の先――自身が振り抜いたハルバードの先にハジメの姿はあった。いつの間にかシュラーゲンを構えたまま、穂先に乗った状態でピタリと心臓(魔石)部分に銃口を向けている。弾けるスパークが、無色透明なフロストゴーレムのボディを紅く照らした。

 フロストゴーレムは、咄嗟にハルバードを振り回してハジメを振り落とそうとしたが、既にチェックメイトはかけられている。

 故に、

ドゥッ!!

 そんな音と共に、フロストゴーレムは上半身ごと魔石を吹き飛ばされて木っ端微塵となった。

 崩壊するフロストゴーレムから飛び退いたハジメ。そこに、雪煙を吹き飛ばしながら輝く斬撃が飛んできた。遅れて、別方向からも衝撃が飛んでくる。

「おっと。やっぱり、この雪煙の中でも狙えるんだな」

 予想通りだと苦笑いしながらレーザーと一緒に回避していると、ハジメの眼前の雪煙が渦を巻き始めた。今度は何事かと目を細めるハジメ。

 その渦は竜巻のように螺旋を描いて一直線に伸びていく。竜巻の目のように、螺旋の中心は氷片一つなく、レーザーも通って来ないようだ。そして、その先は、ゴールの扉となっていた。

「……ゴーレムは一人一体ってところか。意識誘導とレーザーの嵐。それらを掻い潜って倒せってことなんだろうな。さて、天之河達はクリアできるかな?」

 あっさり試練をクリアしたハジメは、斬撃と衝撃が飛んできた方向にチラリと視線を向けた後、肩を竦めて雪煙のトンネルをゴールに向けて悠然と歩み始めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「っ、またっ」

 思わず漏れ出る悪態を意識する暇もなく、豪風と共に肉薄する無色透明のハルバードを必死に回避する雫。

 明後日の方向へ斬撃を飛ばしてしまい(・・・・・・・)、体勢が崩れた隙を突かれた為、十全な回避が出来ない。チリッと音を立てて、前髪の毛先を数本引きちぎりながら通り過ぎていく凶刃に冷や汗が吹き出る。

 背中から倒れ込みながら、その勢いを利用してどうにか立ち上がり、雫は、ずっと止まっていた息を盛大に吐いた。その呼吸を読んだかのように、今度は無数の熱線が四方八方から両断せんと迫り来る。

「くっ」

 触れれば即死の棒高跳びをするが如く、背中と頭上に高熱を感じながら背面飛びで熱線を回避する。

 間一髪、曲芸じみた動きで死線を通り抜けた雫に、息つく暇もなく壁が迫った。それは、周囲を縦横無尽に奔るレーザーを意にも介さず突進してきたフロストゴーレムのタワーシールドだ。厚さ三十センチはある透明な氷の盾は、至近で見れば壁そのもの。

 着地とほぼ同時に繰り出された盾による体当たりは、既に回避不能。そして、その威力はフロストゴーレムの質量故に絶大。

「ぐぅうううううっ!!」

 咄嗟に、自ら後ろに飛ぶことでどうにか衝突した瞬間の衝撃を和らげる雫だったが、やはり全身を襲う衝撃に意図せず苦悶の声が漏れてしまった。

 それでも、追撃させてなるものかと、吹き飛びながらも意地で黒刀を抜刀する。

「切り裂け、“飛爪”!!」

 しかし、飛び出した不可視の刃は、雫の目論見とは裏腹に大きく右側へ逸れていった。当然だろう。無意識に体が動き、振られた腕は明後日の方向に向いているのだから。その先には、きっと他の誰かがいるはずだ。

 また、味方を攻撃してしまったのかと歯噛みしながら地面に叩きつけられた雫は、息を詰まらせながらも必死に立ち上がる。そして、やはりこの戦いで遠距離技は使うべきでないと決断する。

 ハジメは遠慮なく使えと言っていたが、それ以前に目論見の外れた技後の隙は大きすぎる。使えない技の使用はコンマ数秒が生死を分ける戦場では致命的だ。

 それに、確かにハジメ達なら攻撃が飛んできても自分達であっさり対処できるのだろうが、味方を攻撃しているという事実は精神的なダメージとして自分に返ってくる。

 迷惑をかけているということもそうであるし、何より、その攻撃が何を表しているのか……

――本当は妬ましい

 それを意識せずにはいられないから。

「ごふっ、う、うるさいっ!」

 咳き込むと僅かに血が吐き出された。内臓を傷つけたらしい。長期戦は危険だと自分に言い聞かせながら手で血を拭う雫の耳に、再び、囁き声が響いた。思わず、苛立ちもあらわに怒声を上げる。

――どうして私ばかり

「うるさいって言ってるでしょう!」

 地響きを立てながら迫るフロストゴーレム。バックステップで距離を稼ぎながらも、波立つ心は収まらず、一瞬、気が削がれた瞬間に、狙っていたかのようにレーザーが奔り抜けた。それは、雫の肩を浅く切り裂く。

 痛みで我に返った雫の視界の端で、下方からすくい上げるように熱線が迫ってきているのが見えた。正面から点による攻撃ならまだしも、横薙ぎの線の攻撃だ。このままでは、雫は胴体から真っ二つにされてしまう。

 肩への衝撃でバランスを崩してしまい回避は出来ず、雫は咄嗟に黒刀を熱線と体の間に入れた。黒刀の刀身では、例え雫の細く引き締まったウエストでも到底カバーはしきれない。致命傷だけでも防げれば! と祈るような気持ちの雫だったが、そこは流石、ハジメのアーティファクトだった。

 雫自身、意図したわけではないのだが、微妙に角度をつけてかざされた黒刀の刀身は光を吸い込むような漆黒であるにもかかわらず、切れ味追求のため極限まで磨き抜かれていたために何とレーザーを反射したのである。

「へ?」

 思わぬ方法で窮地を抜け出した雫は、思わず、そんな間抜けな声を漏らした。

 そこへ、フロストゴーレムがハルバードを振りかざしながら突進する。雫は、ハッとしながら気を引き締め直すと、タワーシールド側という死角に自ら踏み込むことで回避しつつ、すれ違い様に最強の斬撃を放った。

「断ち斬れ、“閃華”!!」

 交差法で放たれた空間の断裂は、見事、フロストゴーレムの盾を、それを持つ腕ごと両断する。

 通り過ぎて残心する雫に、再び、レーザーが殺到した。だが、もう雫に焦りはない。

「集え、“引天”!」

 頭上に真っ直ぐ掲げた黒刀の刀身に、レーザーが軌道を捻じ曲げられて、あるいは途中で不自然な曲線を描いて引き寄せられる。そして、その刀身に当たった瞬間、見事に反射されて、腕を再生しながらちょうど振り返ったところのフロストゴーレムに殺到した。

 流石に集束されたレーザーを正面から受けることに無視は出来なかったようで、フロストゴーレムは失ったタワーシールドの代わりにハルバードをかざして、二回りは太くなったレーザーの脅威から逃れようとする。

 だが、そんなことは雫が許さない。レーザーを反射し続けながらも黒刀を水平に構え直し、黒刀の鞘を真っ直ぐ突き出す。そして、集束レーザーに身動きの取れないフロストゴーレムに向かって一気に踏み込んだ。

「砕け、“焦波”!!」

 鞘の突きは、濃紺色の波紋を広げながら、次の瞬間、凄まじい衝撃を生み出した。ヒットした場所は、ハルバードの防御をすり抜けて穿たれた胸部。

 ビシリッ! と透明な氷に大きなヒビが入った。

「飛べ、“離天”! 崩せ、“重閃”!!」

 間髪入れず、集束されたレーザーを一気に弾き飛ばすと、雫は黒刀の一閃でフロストゴーレムの足元を薙いだ。

 “重閃”――重力の楔そのものを断ち切り、ほんの数秒ではあるが無重力状態を作り出す能力だ。

 その狙い通り、鞘が突き刺さったままのフロストゴーレムはふわりとその巨体を浮かせる。

「――!?」
「っぁああ!!」

 完全に予想外の事態にフロストゴーレムが手足をばたつかせながら声にならない悲鳴を上げる中、雫は気合の声を上げながら、鞘を支点にしてフロストゴーレムを持ち上げるとそのまま反対側の地面へと一気に叩きつけた。

 細身の少女が体長五メートルの巨体を振り回す姿は冗談のようだ。“重閃”の重力断ちは斬った座標でのみ有効なので、反対側に持ち上げられた後は重さを取り戻し自由落下する。

 故に、フロストゴーレムは、それなりの衝撃を以て背中から叩きつけられた挙句、刺さったままの鞘を更に深くめり込ませることになった。その(こじり)(鞘の先端部分)が魔石に到達するほどに。

「終わりよ、“焦波”!!」

 肩で息をしながらもチェックメイトの宣言をした雫は、最後の衝撃を敵に与えた。

 バリンッと音を立てて魔石が砕かれ、フロストゴーレムが形を崩していく。

「はぁはぁ……一人だと、まだまだ…ね」

 鞘を付いて体を支えながら、自嘲気味な笑みを浮かべる雫。大迷宮の魔物を厳しい条件下で倒すことが出来たので、そう卑下する程でもないのだが……

 眼前に出来上がっていく雪煙のトンネルの向こうに、既にハジメ、ユエ、シア、ティオ、香織がいるのを見てしまうと……何とも言えない。

 雫は、心配そうにこちらを見て駆けつけようとしている香織とボロボロの自分を見比べて苦笑いしつつ黒刀を納刀する。チンッと小気味いい音が、まるで神前での柏手のように、少しばかり暗雲を払ってくれた。

「……一人……というわけでもなかったかしら?」

 自分の手に握られる黒刀を見て、そう独りごちる雫。窮地を脱することが出来たのは、間違いなく、最近やたらと心をざわめかせてくれる彼からの贈り物のおかげだ。

 何となく、ほんと~に何となく雫は黒刀に口付けをした。あくまで相棒への感謝をあらわしたくて。断じて、黒刀の向こうに誰かを幻視したわけではない。断じて!

 それでも、自分の行動に恥ずかしくなったのか、雫は頬を薄らと染めると、足早にトンネル内を歩き始めた。駆けてくる親友に、顔の火照りがバレませんように、と願いながら。



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