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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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ラビリンス

 眼下に広がる大迷宮の中の大迷路。

 それが、現在、ハジメ達が通路の出口から見渡している光景だった。

 壁で区切られ上が吹き抜けとなっている、アスレッチクパークなどでよく見る迷路そのままだが、その規模は冗談のようだ。見える先だけでも確実に一キロはあり、そこから先は雪煙で見えなくなっているのだが、横幅が確実に十キロメートルはあるので、おそらく奥行もそれくらいあるのだろう。

 ハジメ達のいる通路の出口から階下に繋がる階段があり、その先にアーチ状の入口が設けられていた。そこから入り、迷路を踏破するのが第二の試練のようだ。

「なんだよ。こんな馬鹿でかい迷路を通れってか? うざってぇなぁ」
「龍太郎。しょうがないだろう。これも試練だ」
「だがよぉ」

 細かいことは大っ嫌いな龍太郎が、眼下の迷路を見やりながら心底面倒そうに表情を歪めた。苦笑いする光輝が宥めるが龍太郎は不満顔だ。

 と、その時、龍太郎が何かを思いついたようでニヤリと口元を歪めた。

「ああ、いいこと思いついたぜ。折角、上が開けてんだ。だったら、そこを跳んでいきゃあいいじゃねぇか!」

 俺、冴えてる! と言わんばかりにそんなことをのたまうと、龍太郎は“空力”を使って飛び出し行ってしまった。

「ば、馬鹿っ! 戻って来なさい!」
「りゅ、龍太郎くん!」

 雫と鈴が浅慮極まりない龍太郎の行動に焦りを浮かべた表情で制止の声を掛ける。光輝も咄嗟に引きとめようと手を伸ばしたのだが龍太郎の方が一歩早かった。

 どうやら、龍太郎は先の快勝により少し調子に乗ってしまっているようだ。唯でさえ脳筋で浅慮なのに拍車が掛かってしまっている。どんな時でもポジティブでアクティブなところは龍太郎の長所でもあるが、行き過ぎる嫌いがあるので短所としての割合の方が大きい。そして、その短所は大迷宮において致命的である。

 腕を組み、観察するような眼差しで龍太郎の無謀を見つめるハジメの前で、龍太郎は遂に大迷路の境界線上空に入った。

 その瞬間、

ヴォン!!

「ぬわっ!?」

 空気がたわむような音が響いたかと思うと、実際に龍太郎の周囲の空間が揺らめき、直後、その姿が掻き消えてしまった。

「龍太郎っ!?」
「ああ、もうっ! あの馬鹿っ!」
「ふぇ!? どうしよう! 南雲くん、龍太郎くんがっ!」

 焦燥をあらわにする光輝達。鈴が泣きそうな顔で背後に佇むハジメに救援を請う。

 そのハジメはと言うと魔眼石のもたらす情報に集中しており、鈴の呼び掛けを聞いている様子はなかった。まるっと無視である。

 ハジメの魔眼石は空間がたわんだ瞬間、確かに魔力の作用を見て取った。同時に、視界の隅に魔力反応を捉え、そちらに視線を転じる。その先では、いつの間にか天井から六角柱の氷塊がせり出ていた。

 そこへ、先程の空間がたわむような現象が発生し、直後、その六角氷柱の中に龍太郎が現れた。

「あそこだな」
「え?」
「なに?」
「どこだ!」

 ハジメの呟きに光輝達が反応し、その視線の先を辿る。そして、絶句した。何せ消えた幼馴染が、いきなり標本のようになっているのだから。

 一方、当の龍太郎は意外にも、氷中にもかかわらず意識があるようで必死の形相になっている。いきなり視界が暗転したと思ったら、“石の中”ならぬ“氷の中”なのだ。“金剛”を発動しながら頑張って脱出しようとしているようだが、僅かにも身動きが取れないようで息も苦しそうである。

 しかも、ダメ押しとばかりに、周囲の天井から鋭い切っ先を持った氷柱が無数に生えてきた。

「や、やばい……」
「このパターンだと、絶対……」
「あわわ、今、障壁をっ」

 当然、その氷柱が誰を狙って出現したのか瞬時に察したので、光輝達の顔面蒼白になる。鈴があわてて障壁を展開しようとするが、天井の高さも五百メートル近くあるので、直接、狙った座標に障壁を展開するのは難しい。なので、“聖絶・界”のように作り出した障壁を飛ばすのが一番なのだが、それだと間に合うかどうか……

「う~ん、放っておいても窒息で死にそうなもんだが……何で、氷柱で穿つ必要があるんだ?」
「冷静に分析してないで手を貸してくれないかしら!?」

 首を傾げるハジメに雫が半泣きでツッコミを入れる。

 ハジメとしては、おそらく氷柱は龍太郎が万が一脱出した場合の保険であり、直ぐに攻撃に出ることはないんじゃないか? という推測を語ったつもりなのだが、仲間のピンチに雫達は気が気でないらしい。

 ハジメは雫のツッコミに肩を竦めるとユエと香織に視線を向けた。それだけで、二人ともハジメの意図を察したらしく、小さく頷く。いや、術の発動速度を考えれば、ユエに至っては視線を向けられる前にハジメが何を求めるか察していたようだ。

「“界穿”」
「もう、龍太郎くんの悪癖は、いつまで経っても治らないんだから……」

 香織の眼前に開いた空間転移のためのゲート。その出口となる対の光の膜は、龍太郎を包む六角氷柱の手前に展開されている。

 香織は苦笑いしつつ銀翼を展開すると、そのゲートに銀の羽を大量に飛ばした。

 空間を飛び越えて、龍太郎の周囲に舞い散る銀の羽は、そのまま六角氷柱に張り付くと、僅かな抵抗も許さず瞬時に分解していった。

 獲物を逃がされると判断したのか、周囲の天井から生えてきた無数の氷柱が、遂に龍太郎目掛けて射出される。

 しかし、既に銀羽に包まれ繭のようになっている柱は、それ自体が分解作用を持った絶対の防壁でもある。故に、ガトリング掃射のように放たれた氷柱の群れは着弾と同時に氷片すら残さず塵となって風と共に流されていった。

「香織。お仕置きついでに、あの馬鹿の股間も分解してやれ」

 攻防一体である香織の銀羽により保護された龍太郎を見て光輝達がホッと息を吐く中で、ハジメが戦慄の言葉を吐いた。特に光輝は、「何て恐ろしいことをっ」といった表情で口をパクパクしている。

「こ、こかんって……そ、そんなのするわけないでしょ! ハ、ハジメくんのエッチ!」

 違う意味で狼狽する香織に、ユエが冷ややかな眼差しでツッコミと罵声を浴びせる。

「……股間を分解することのどこがエッチか。香織、股間に反応しすぎ。このムッツリめ」
「ち、違うよ、ユエ! 分解するには銀羽で股間に触れなきゃいけないんだよ? それって私に、間接的にでも龍太郎くんの股間に触れと言ってるのと同じじゃない! エッチでしょ!」
「……何を言っても、股間に過剰反応して顔を赤くしていることに変わりはない。ド変態め」
「ユエは私を変態にしたいだけでしょ! わ、私、股間に興味なんてないもん!」
「……ほぅ。ハジメの股間も?」
「!? そ、それは、何て言うか……その、ちょ、ちょっとは、その……」
「……ん。やはり変態。この股間マイスターめ」
「酷い! その呼び名はいくら何でも、酷すぎるよ! ハジメくん! 私、本当に股間に過剰な興味を持っているわけじゃないからね! ホントだよ!」
「あ~、うん。わかったから、話を振った俺も悪かったから。二人とも、まず股間を連呼するのを止めてくれ。見ろ、天之河が物凄く居た堪れない表情になってるだろうが。谷口は顔から火を噴いてるし。八重樫なんか大人になってしまった娘を見送る母のような顔になってるぞ」

 呆れ顔のハジメに言われて香織が光輝達に視線を向ければ、確かにハジメの言った通りの彼等がいた。光輝は「あの清純な香織が……」と、どこか現実逃避するように顔を背けて視線を彷徨わせており、鈴は顔を真っ赤にしながら「大人、大人……」と呟いている。

 そして、雫に至ってはどこか寂しそうな、だが、娘の成長を喜ぶような慈しみ表情で香織を見つめていた。

 香織は戦慄する。このままでは、幼馴染達にまで自分が股間に過剰な関心を抱く変態だと思われかねない! と。慌てて弁解しようと一歩進み出たその時、

「ぎゃぁあああああああっ!! いてぇえええええ!!」

 頭上から悲鳴が降って来た。聞き覚えのある、というか龍太郎の叫び声だ。ギョッとして皆が頭上を見上げれば、既に氷柱の掃射はなくなっており、代わりに銀に輝く繭だけが見て取れた。

 その様子から龍太郎が何に悲鳴を上げているのか察したハジメ達。バッ! と音が出そうな勢いで香織に視線を向ける。

「え? あっ! りゅ、龍太郎くん、ごめんなさぁーーい!!」

 香織が大慌てで銀羽の繭を解いた。

 中から白目を剥いた龍太郎がボロボロになって現れる。六角氷柱はとっくの昔に分解されており、弁解に忙しかった香織は、うっかり能力の解除を忘れて中身である龍太郎まで分解しそうになっていたのだ。

 力なく自由落下を始めた龍太郎を、鈴が光の網で受け止め自分達の場所まで連れてくる。衣服がボロボロで見たくもない筋骨隆々の男のセミヌードみたいになっていた。盛大に目を背ける面々。

 「天之河、お前親友だろう……」と、同じく視線を逸らしている光輝にハジメがツッコミじみた眼差しを送るが、光輝は視線を泳がせてわざとらしく周囲の警戒にあたり始めた。

 龍太郎の股間は無事ではあるが、股間まわりの衣服は無事ではなかったようで、たとえ親友でも目を背けるのは仕方ないと言えば仕方ないかもしれない。

 白目を向いて、ボロボロになって、股間を晒した十七歳の異世界でのとある日。間違いなく龍太郎の黒歴史確定である。

 香織が、「ん~~!!」と思いっきり目を瞑って顔を背けながら、精一杯手を伸ばして再生魔法を掛ける。

「……香織、酷い子。自分でボロボロにしておいて」
「ユエが意地悪するからでしょ!」
「……ん。責任転嫁も甚だしい。さぁ、責任とって。ちゃんと見ながら治癒して」
「や、やだよ! 何か見えたもん! ハジメくん以外は嫌だもん!」
「……治癒師の風上にも置けない。さぁ、見て。その目にハジメ以外のを焼き付けて」
「やぁあああ! 止めてよぉ! 押さないでぇ! 無理やり目を開けさせないでよぉ!」

 香織をグイグイと龍太郎の元に押しながら、絶妙な加減の風魔法で香織の目を開けさせようとするユエ。ピンポイントで、決して傷つけることなく、しかし、確かな威力を持った風魔法。まさに、天才の名に相応しい絶技である。

「……ユエさんと香織さんって、何だかんだで仲いいですよね」
「まぁ、大抵はユエが香織を弄る感じじゃが……確かによくじゃれておるの」
「あれも一応、友情の形なんじゃないか? ケンカ友達とかそんな感じの……」

 香織とユエの子供じみたやり取りに、小さく笑みを零しながら言葉を交わすハジメ達。シアに向ける慈愛に満ちた雰囲気とはまた異なり、どこかウキウキしたような楽しげな雰囲気を放つユエに、特にハジメが物凄く微笑ましげな表情になっている。

 香織を弄る時は、どこか子供っぽくなるユエ。ある意味、シアよりも“友達”らしいやり取りが多い。お姉さんなユエももちろん堪らないが、子供っぽいユエも普段とのギャップから正直堪らないと感じるハジメだった。ユエなら何でもいい、とも言えるが……

 一方、唯でさえ黒歴史を刻んだというのに、幼馴染には思いっきり拒否られ、一目惚れの相手には罰ゲームのように扱われる龍太郎。

「……十分な罰になったわね」
「むごいよ……」
「龍太郎……すまん。俺は無力だ」

 未だ白目を剥く龍太郎に、光輝達は同情するような表情になった。……相変わらず視線を背けられているが。

 その五分後。意識と衣服を取り戻し、無思慮・無謀を行ったことへの謝罪をした龍太郎に、妙に生暖かい視線が向けられた。

 変な雰囲気に首を傾げる龍太郎。彼の尊厳を守る為、適当に誤魔化す光輝だったが、それでは戒めにならない(建前)とハジメがニヤッと笑いながら暴露したため、龍太郎は普段の快活さが嘘のように暗雲を背負った。

 滅茶苦茶暗い龍太郎を必死に宥める光輝を尻目に、ハジメ達は、階段を下りて迷路入口のアーチのところへやって来た。

「ユエ、念の為に聞いておくけど、上空の強制転移は何とか出来るか?」
「……難しい。私の展開速度より早いから。それに連続してやると消費が無視できないレベル」
「まぁ、そうだよな。と、なると、正攻法で迷路に挑まなきゃならないわけだが……」

 ハジメは、おもむろにシュラーゲンを取り出すと、キィイイイイイ!! と音をさせながらチャージし、目を見開く光輝達を尻目に迷路外縁部の氷壁に向かって引き金を引いた。

 迷路を形作る氷壁は、上から見た感じだと均一に二メートルほど。シュラーゲンやオルカンによって砕けない厚さではない。

 案の定、紅いスパークと共に放たれた閃光は外縁部の氷壁を穿ち穴を空けることに成功した。だが、その穴は、瞬く間に周囲の氷が寄り集まり修復されてしまった。フロスト系の魔物よりも尚早い再生速度だ。

「……どうやら壁を壊して一直線にゴールへ向かうという手も無理なようだな」

 迷路からの反撃を警戒しながら、そう呟くハジメ。迷路の迷路たる所以を無視しようとする点は、余り龍太郎と変わっていない。若干、呆れたような視線が向けられるが、ハジメは気にせず手元に羅針盤を取り出した。

「あとは、迷路内でもこいつが正常に機能してくれるかだな……」

 ハジメは、そう言って迷路の入口であるアーチ状の門を躊躇いなく潜った。光輝達の間に緊張が奔ったが、ハジメは特に何事もなく手元の羅針盤を注視している。

 入口の通路は、さっそく左右へ続く道と正面に続く逆T字路になっているのだが、羅針盤は薄らと輝くと、その針をくるりと回して右の通路を指し示した。

「ふむ、どうやらこの迷路は問題なくいけそうじゃの?」
「ああ。こいつのおかげで迷路が迷路じゃなくなっちまった」

 ハジメに続いてアーチを潜って来たティオの確認にハジメが苦笑する。もっと早くに手に入れることが出来ていれば、【ライセン大迷宮】であれほど苦労しなかったのに、と思わずにはいられなかったのだ。

「うぅ、これがあればミレディさんなんて目じゃなかったのに」
「……ん。仕方ない。多分、わざとハルツィナに預けてた」

 不貞腐れたようにアヒル口を作るシアと、簡単に迷宮を攻略されないように四つ以上の大迷宮攻略が前提となるハルツィナに羅針盤を預けたのだろうと推測しつつも、シア同様、不満そうなユエ。どうやらハジメの思いは、ユエとシアも共有しているようだ。

 そんな二人の肩を慰めるようにポンポンと叩くハジメ。三人揃って顔を見合わせ苦笑いだ。

 冒険の思い出を共有できないことに少し残念そうな表情の香織とティオ、そしてもう一人を尻目に、ハジメの先導で一行は大迷路を進み始めた。

 横幅と同じだけ奥行があるとすれば、十キロメートル四方の迷路ということになる。いくら道に迷うことがないと言ってもそれなりに時間がかかるだろう。普通なら、極寒の中をひたすら手探りで探索していかなければならないのだ。凄まじい精神力が必要である。

「中々、圧迫感があるわね」
「うん。それに、今までの壁より鈴達の姿がよく映るから、ほんとにミラーハウスみたいだよ」

 雫が、高さ十メートルはありそうな迷路の氷壁を見上げながら呟くと、隣の鈴が不安そうに周囲の氷壁に映る自分達の姿を見ながら返した。

「さっき壁から魔物が出てきたばかりだからね。……それも狙いなのかな?」
「ありうるの。唯でさえ広大な迷路の中、いつ魔物が出るかわからない状況で彷徨い続けるのは中々厳しいものがあるじゃろう」
「……ん、でも問題ない」
「ですね。私達にはハジメさんの魔眼石や感知能力がありますから。もちろん私のウサミミも敵の奇襲を聞き逃したりはしませんよ!」

 殊更、シアが明るく自信に満ちた様子で自分の胸をトンと叩いた。反らされて強調されたメロンが、叩かれたことでプルルン! と派手に自己主張する。雫達の士気を弱めないという気遣いからの行動だが、危うく光輝達が元気になってしまうところだ。サッと逸らされた視線がそれを証明している。

 ちなみに、ハジメはガン見である。シアに対する気持ちを自覚し認めてから、シアのそういう仕草にきっちり反応するのだ。

「……ハジメくん?」
「ごほんっ! え~と、次は左だな」

 スっと細めた眼でハジメを射抜く香織。咳払いで誤魔化しつつ、ハジメは、わざとらしく羅針盤に視線を落とす。

 そんなハジメに、シアは頬を染めながら両腕で自分の胸を隠しつつ、イヤンイヤンと身をくねらせた。

「も、もうぉ、ハジメさんったら。また、私のお胸を弄ぶ気なんですね? 許してと懇願する私に意地悪な笑みを浮かべながら、あんなことや、あの凄いのをまたやる気なんですね? で、でも今はダメですよ! 今やられたら、私、また気絶しちゃいますぅ! 攻略どころでは無くなってしまいますぅ!」

 突然のシアの告白に、メンバー全員がハジメに対し「一体、何やったんだ!?」と戦慄と羞恥と一部嫉妬の混じった視線を向ける。ハジメは知らぬ存ぜぬを貫いて、真っ直ぐ前を見つめたままだ。黙秘権を行使するつもりらしい。

「……ハジメ。シアにあれをやったの? 初めての相手に……ハジメのケダモノ」
「俺がケダモノなら、ユエは猛獣使いだな。いつも普通に耐えて反撃してくるくせに」

 ハジメとユエの会話に、「だから“あれ”って何なんだ!?」とメンバーが身悶えする。特異な経験を積んできたとは言え、ここにいるのは思春期真っ盛りの少年少女達だ。身近に過激な大人の世界が転がっていたりすると反応せずにはいられない。まして、それが身近な同い年の人間とあれば尚更だ。

 全員が挙動不審となって、詳しく“あれ”の内容を聞くべきか否か迷っていると、突如、ハジメが立ち止まった。

 そして、視認も難しい速度でドンナーを後ろ向きに抜き撃ちする。

ドパンッ!!

 激発の轟音と同時に放たれた弾丸は、顔を真っ赤にしてあわあわしていた鈴の頭上を通り抜け、壁から音もなく生えてきた鋭い爪を持った腕を粉砕した。

「――っ!?」

 小さな身長が幸いして? 頭部の髪を数本持っていかれただけで危機を脱した鈴だったが、その威力の絶大さを知る紅い閃光が直ぐ頭上を通過したことに声にならない悲鳴を上げる。

「来るぞ。左右の壁だ」

 そんな鈴をさらっと無視して警告を告げるハジメに、誰もが先程までの浮ついた様子を一瞬で霧散させて戦闘態勢に入った。

 直後、周囲の壁から、鋭い爪と一本角を持った筋骨隆々な見た目の氷の彫像が出現し始めた。見た目は強化版ブルタールモドキ、日本で言うなら鬼といったところか。

「「「「「グォオオオオオッ!!」」」」」

 左右から五体ずつ。咆哮を上げて襲いかかるフロストオーガ。自然と、光輝達は右側を、ハジメ達は左側を迎撃すべく別れた。

 雫と光輝の斬撃がフロストオーガを両断し、龍太郎の拳撃が胸元から粉砕する。残りの二体は鈴が結界で足止めだ。

 今度は、魔石だけ別のところにあって無限に再生するということもないようで、両断された場所や粉砕された胸元から赤黒い結晶体が姿を現した。すかさず、光輝達は止めの一撃を放つ。

 形を崩すフロストオーガ三体の姿を視界に収め、鈴は“聖絶”を爆破し二体のフロストオーガにダメージを与えながら雫達の方へ吹き飛ばした。

 死に体で吹き飛んでくるフロストオーガに光輝と龍太郎が止めを刺す。

 中々に鮮やかな一戦だった。

 警戒心を残しつつ、笑みを浮かべ合う光輝達。そこに、可愛らしい声音でありながら裂帛の気合を感じる雄叫びが響いた。

「うりゃぁあああああ!!」

 ギョッとして振り返った光輝達が見たのは、シアの上下百八十度開脚され天を衝く美脚だった。その上へと目を向ければ、上空を縦五列に並びながら宙を泳ぐフロストオーガ達の姿が……

 フロストオーガ達も必死にもがいているのだが、空中で移動する術を持っていないようで、自然と重力に引かれて落ちてくる。

 シアは、掲げた足を流麗さすら感じさせる仕草でくるりと回転しながら下ろすと同時に、その遠心力を利用してドリュッケンを振るう。そうすれば、完璧なタイミングで落ちてきたフロストオーガが吸い込まれるように打ち据えられ、壁へと爆砕しながら吹き飛ばされた。

 シアの回転は止まらない。一瞬の停滞もなく、一体を吹き飛ばした勢いそのまま回転すると、次に落ちてきたフロストオーガを同じように吹き飛ばし、それを繰り返していく。それはまさに変則的なだるま落としようで、戦闘というより遊びのようだ。

 折り重なるように壁に激突しては粉砕されていくフロストオーガ達。全く同じ場所に吹き飛ばされるので、その度に氷壁が放射状に砕け散っていく。

「鈴ね。帰ったらウサギさんに優しくするんだ。絶対に怒らせないように、優しくするんだ……」
「鈴……気持ちはわかるわ」

 文字通り、纏めて粉砕されたフロストオーガを見て鈴がふるふると震えながら、そんなことを呟く。帰郷しても、あの愛らしい地球産のウサギ達には恐怖心を抱かないで欲しいものだ。

「強さは大したことないな。注意すべきは氷壁の何処から現れるかわからない奇襲性くらいだが……まぁ、注意すれば大丈夫だろう」

 軽くそう言うハジメにユエ達は頷くが、雫達は半笑いだ。だが、連携すれば強敵という程でもなかったので、特に異論は唱えない。

 その後、突然、氷の槍が突き出すトラップや、氷壁そのものが倒れてくるトラップなど様々な迷宮らしいトラップと、奇襲をかけてくる魔物共を突破し探索を続けること十二時間。

 体力的にはどうということもないのだが、気が抜けない上に変わり映えしない単調な景色に、光輝達は集中力が切れかかってきたようだ。

「もう、結構歩いたと思うのだけど……南雲くん、距離的にはどうかしら?」

 未だ平気そうなハジメ達に困った表情をしつつ、疲労を滲ませる声音で雫が尋ねる。

「う~ん、迷路だから直線距離はあてにならないだろ? 一応、入口から二キロくらいは来たみたいだが」
「そう……」
「まぁ、適当な場所があれば少し休憩しよう」
「ふふ、ありがとう」

 雫達の様子を見て、肩を竦めながらそう言うハジメに雫が頬を綻ばせる。そんな雫をジーとハジメに侍るハーレムズの女性陣が見ていたりするのだが、切れかかった集中力を、もうひと踏ん張りだと言い聞かせて気合を入れ直した雫は気が付いていなかった。

 それからしばらく歩くと、一行は通路の先に大きな両開きの扉がある突き当たりに出くわした。羅針盤は、その扉の先を示している。

「これはまた壮観な扉じゃのぉ」
「……ん、綺麗」

 近くまでより見上げた巨大な扉は、氷だけで作られているとは思えないほど荘厳で美麗だった。茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られており、四つほど大きな円形の穴が空いている。

 ハジメは、取り敢えず、その扉の前に立ち渾身の力を込めて押してみた。しかし、案の定、両開きの扉はびくともしない。

「はぁ。セオリー通りなら、この不自然に空いている窪みに何かをはめれば扉は開くってことなんだろうな。全く、面倒な……」

 思わず眉をしかめるハジメ。他のメンバーも嫌そうな顔をしている。既に、迷路を歩き始めて十五時間は経とうとしているのだ。光輝達も疲労の溜まった苦しそうな顔色である。

「……ハジメ。取り敢えず」
「そうだな。一旦、休憩にしよう」

 ハジメの言葉に、光輝達がホッとしたような表情になった。そのまま崩れ落ちるように座り込み、大きく息を吐いた。やはり精神的疲労がかなり溜まっているようだ。

「お前ら、壁際は止めとけ。奇襲されるかもしれないからな。休むなら部屋の中央に来い」

 のろのろと動き出す光輝達を尻目に、ハジメは直径五十メートルはある円形の部屋の中央に佇むと、“宝物庫”を光らせて大きな天幕を取り出した。奇襲に備えて壁はないが、下は床暖房な上に、支柱それぞれを結ぶように結界と冷気を遮断する機能が施されているので、実質、室内にいるのとは変わらないという優れものだ。

 いきなり現れた十畳はある天幕に目を白黒させながら光輝達が中に入る。

「……これコタツよね」
「ふわぁ、絨毯がふわふっわだよ。しかもあったかい……」
「壁なんてないのに雪も風も入って来ない。結界か……室内と変わらないんだな」
「いやぁ、マジで快適じゃねぇか! 流石、南雲だなぁ。もの作りに隙がねぇ」

 雫が呆れたような表情で、既にコタツに入りぬくぬくしているハジメ達を見ている傍で、土足で入るなんて勿体無いとでも言うように、鈴が四つん這いで絨毯をもふもふしている。

 大迷宮内で靴を脱ぐなんて有り得ないので土足で入ることになるのだが、そこはマイスターハジメ。抜かりはない。部屋の絨毯からコタツの中まで全て“再生魔法”が組み込まれた鉱石の欠片が裏地に貼り付けられており、常時浄化してくれるのだ。それは絨毯に触れている対象にも及び、疲労回復や汚れの浄化機能まで付いている。

 まさに、癒しの空間そのものなのである。

 いそいそとコタツに入る雫達。鈴は既にトロンとした表情で腰から下だけコタツに入れ、うつ伏せに寝ている。防寒用アーティファクトのおかげで、それほど冷えているはずはないのだが、ずっと氷雪に囲まれていたせいで視覚的には寒い感じだったので、皆、嬉しそうである。

 そんな中、両サイドにユエとシアを侍らせたハジメが、クロスビットを取り出した。

 何事かと目を丸くするメンバーを尻目に、感応石の指輪を光らせながらクロスビットが天幕を出て通路の奥へ消えていく。

「素直に四つの鍵を探して歩き回る必要もないだろう。クロスビットに回収させて、俺達はのんびりしよう」
「……それってありなの?」
「使える手札を有効活用しているだけだ。問題ない」
「でも、場所はわかるのか?」
「クロスビットに、ゲートホールをセットしてある。こちらからゲートを開けば空間越しに羅針盤を使って目的地を割り出せる」

 ジト目の雫と疑問顔の光輝に、ハジメは澄まし顔で答える。傍らのユエが、少し首を傾げながら、そっとハジメの頬に手を這わせた。

「……疲れない?」
「この天幕は回復機能があるしな。クロスビット数機を操るくらいどうってことないさ」

 自分の頬を撫でるユエの手に自分のそれを重ねて優しく微笑むハジメ。ほわほわと二人の間にハートマークが漂う。

 と、その時、しゅるりと音を立ててウサミミがハジメの首筋に絡みついた。ハジメの肩に頬を寄せるシアが、「構って?」とでも言うように上目遣いで潤んだ瞳を向ける。

 ハジメは、それに応えるためシアの腰に腕を回しグッと引き寄せた。倍増するハートマーク。溢れ出す甘い空間。心なし室温が上がった気さえする。

 ジリジリと距離を詰める香織とティオを見ながら、鈴がポツリと呟いた。

「……一人者には癒されない空間になりそうだよ」

 激しく同意する光輝達だった。
いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回から、この大迷宮の本領が発揮されます。
更新はいつもどおり、土曜日の18時予定です。
+注意+
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