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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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フロストタートル

「そんじゃ取り敢えず、逝ってこい。天之河」
「え?」

 ハジメとフロストタートル。互いに莫大なプレッシャーを放ち睨み合う姿から、いざ化け物同士の殺し合いが始まるのかと思っていた光輝は、いきなりくるりと振り返り、にこやかに自分を名指ししたハジメに間の抜けた表情と声で応答した。

「え? じゃねぇよ。さっさと突貫して、あの亀、粉砕してこいって言ってんだ」
「な、何で、俺?」

 思わず問い返した光輝に、ハジメは呆れたような眼差しを向ける。ちなみに、その間もドンナー&シュラークを持った両腕は別の生き物のように動き、一発の無駄もなく襲いかかって来る魔物達を撃ち抜いている。

「いや、あのな? お前等、ここに何しに来たんだよ。このまま俺達が一掃したらお前等が付いて来た意味ないだろうが」
「っ……ああ、そうだな。その通りだ!」
「天之河が一番火力あるんだから、他の三人がサポートしつつ、デカイの決めて魔石を破壊しろ。それまで、他の魔物共は俺達が引き受けてやる。腑抜けやがったら俺がさくっと殺っちまうからな?」

 挑発的に口の端を不敵に歪めるハジメに、光輝は瞳に決意の炎を宿して力強く頷いた。

「大丈夫だ。俺だってやれる! 絶対に倒して見せる! 龍太郎、雫、鈴! 行くぞ!」
「おお、ぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「援護するわ。背中の氷柱に気を付けて。きっと、何かあると思うから」
「防御は任せて! 全部、防いでみせるよ!」

 光輝の号令に威勢良く応える雫達。直後、銀色の閃光がフロストタートル目掛けて駆け抜け、その射線上の魔物達を一瞬で分解・殲滅してしまった。

「行って! 皆、無茶はしないでね!」
「香織、助かる!」

 香織が放った分解作用を持つ銀の砲撃により、光輝達とフロストタートルを一直線に結ぶ進撃ルートが出来上がった。光輝達が一言、礼を述べながらその道を駆け抜ける。

 直後、フロストタートルの赤黒い双眸がギラギラと輝き始めた。すると、光輝達の通った後の道を埋めていくように、魔物達が再生し始める。

「させるか! お前の相手は俺だ! “天翔剣・震”!!」

 足元に駆け寄ってくる光輝達など歯牙にもかけないと言わんばかりに、その視線をハジメに固定しているフロストタートルへ、光輝はパワーアップした十八番の技を放った。

 曲線を描く光の斬撃が、凄絶な衝撃波を撒き散らしながら砲撃のように飛び、不気味な輝きを見せるフロストタートルの眼に直撃する。斬撃が片目を切り裂き、その傷口を抉るように衝撃波が襲いかかる。

「クワァアアンッ!!」

 片目どころか、そのまま頭部の一部を粉砕されたフロストタートルは、光輝の目論見通り、怒りもあらわに咆哮を上げると、ギロリと片目で眼下を駆けてくる光輝達に射殺すような視線を向けた。

 そして、その口をガパッ! と開けると氷雪のブレスを吐き出した。

ゴォオオオオオオオオッ!!

 螺旋を描き、細かい氷片を紛らせた竜巻のような砲撃。呑み込まれれば、一瞬にして凍てつくか、寒さに耐えたとしても氷片に切り刻まれることになるだろう。

 だが、そんな未来は頼れる結界師が許さない。

「流れる水の如く、廻る風の如く――“聖絶・散”!!」

 詠唱をしてイメージと魔力を補強し、エネルギーを散らす性質を持った聖絶を展開する鈴。輝く障壁が全面に展開され、直後、衝撃と共に氷雪の砲撃が衝突した。ゴゥ!! と凄まじい衝撃を奔らせる砲撃だったが、波紋を広げる聖絶を前に、そのエネルギーを分散させられてしまい突破することは叶わない。

「魔石がある限り無限に再生できるなら時間は掛けられない。一撃で決める必要があるわ」
「俺の“神威”だな。最大威力で三十秒かかる」
「ならその間、光輝に手を出させなきゃいいんだな」

 鈴が障壁で防いでいる間に、雫が光輝に視線をやりながら言う。ハジメが最初に言った通り、フロストタートルの巨体を砕いて魔石を破壊するには相当な火力が必要であり、それには光輝が一番適していた。

 光輝もそれがわかっているようで切り札を口にしながら、発動時間を伝える。前は、最大威力で撃とうとすれば一分近くかかっていたのでかなり短縮されている。最大威力も数倍に跳ね上がっていることを考えれば、聖剣改の恩恵はかなりのものと言えるだろう。

「皆、砲撃が弱まって来たよ!」
「よし、砲撃が途切れた瞬間、散開するぞ。鈴は俺の傍にいてくれ」
「了解! 特大の期待してるね!」

 鈴の言葉とほぼ同時に、砲撃が終わりを告げた。周辺に舞い散る雪煙に視界が閉ざされる中、光輝の号令で雫達は一斉に散開した。

 雫は、地を這うような低い姿勢で一気に飛び出し、フロストタートルと下へ潜り込む。

「まずは一本! 断ち斬れ――“閃華”!!」

 鋭い詠唱と共に、黒の軌跡を宙に描く。標的はフロストタートルの六本ある足の一つ。透き通った極太の足に、重なるようにして斜めに空間のずれが生じた。そのまま、ズルリと滑るようにして両断された足が地に落ちる。

「“閃華”! “閃華”!!」

 雫は、そのまま止まることなく、まるで氷上を滑るように進み、片側にある足の二本目、三本目を断ち切っていく。そして、一瞬にしてフロストタートルの股下を滑り抜け、後方で残心した。

「クルァアア!?」

 チンッ! と小気味いい納刀音を響かせた瞬間、二本の足も斜めにずり落ち、フロストタートルの悲鳴と共に、その巨体が傾いだ。

 ズズゥン! と地響きを立ててバランスを崩すフロストタートル。直後、長く首を伸ばしたフロストタートルが背後に眼光と共に強烈な殺気を放った。

「っ!?」

 背筋が粟立った雫は、直感に従ってその場から飛び出す。その瞬間、雫が今の今までいた場所の地面からおびただしい数の氷柱が突き出してきた。

 平坦な地面が一瞬にして死をもたらす氷の華に埋め尽くされる。ランスのように鋭い先端の氷柱が、雫を追うようにして咲き乱れる。

「“空力”!」

 氷柱の展開速度に、逃げ場を失うと考えた雫は氷柱の華に呑み込まれる前に辛うじて宙へと離脱した。

 しかし、その時、絶妙なタイミングでフロストイーグルが三体、それぞれ別方向から雫に襲いかかった。

「っ、“閃…”」

 咄嗟に、“閃華”で以て撃墜しようとした雫だが、図っていたかのようなタイミングだったため、正直間に合いそうにない。しかも、発動できても撃墜できるのは一体のみ。二体のフロストイーグルの凶爪は避けきれないだろう。

 雫がダメージを覚悟したその瞬間――

 三条の紅い閃光が雫の周囲を駆け抜けた。

 それらの閃光は、狙い違わずフロストイーグルの胸部ど真ん中を撃ち抜き爆砕させる。周囲をキラキラと輝くフロストイーグルの残骸が舞散った。

 見覚えのある苛烈な攻撃に、雫は目を瞬かせてその元を辿る。そこには、かなり遠方で姿が埋もれるほど魔獣に囲まれつつも、クロスビットとメツェライを展開して周囲を寄せ付けないハジメが、雫の方を見ることもなくドンナーの銃口だけを向けている姿があった。

「あそこから、見もせずに精密射撃だなんて……」

 雫との射線上にはおびただしい数の魔物がいる。フロストイーグルも、雫との間には優に二十体以上いるのだ。いくらパワーアップしたおかげで貫通力が増し、炸裂弾が三度は衝撃波を展開できるといっても、間のフロストイーグルが邪魔すれば雫の元へは届かない。仮に届いたとしても、弾道は逸れてしまうだろう。

 ならば、どうやって雫の周囲に精密射撃をしたのか。

 答えは簡単だ。間の魔物に当(・・・・・・)てなければいい(・・・・・・・)

 つまりハジメは、飛び交う数十体のフロストイーグルの隙間を縫って弾丸を飛ばしたのだ。フロストイーグルの翼の下、股の間、首の下……そんな針の穴を通すような射撃を後ろ向きで、他の魔物を相手取りつつ、視認することもなく実行し、完璧に成功させた。絶技というのもおこがましい。まさに神業である。

「……ほんと、頼もしいわね」

 戦場ということも忘れて、思わず猛威を振るうハジメに見蕩れる雫。そんな彼女の意識を、幼馴染の雄叫びが引き戻した。

「調子に乗ってんじゃねぇ! “重墜”!!」

 フロストタートルが、宙に逃げた雫に追討ちを掛けようと更に瞳を輝かせていたところ、上空より落下してきた龍太郎が、アーティファクトの籠手に包まれた拳を、隕石の如き猛烈な勢いで、その頭部に叩きつけた。

 轟音と共に、籠手本来の能力である衝撃波と重力魔法によって加重された拳撃により、フロストタートルの頭部が爆ぜる。それにより、雫への氷柱による攻撃が中断された。己の上げた成果にニヤリと笑う龍太郎だったが、“してやった”と考えるには早計すぎた。

 頭部が粉砕された直後には、その根元に新たな頭部が出現していたのだ。

「ゲッ!? しまっ――」

 甲羅の奥から除く赤黒い眼光に、思わずそんな声を漏らす龍太郎。そんな彼に、次の瞬間、氷雪のブレスが襲いかかった。咄嗟に両腕をクロスさせながら“金剛”を発動しようとする。

 だがそこで、龍太郎の眼前に光り輝く六角形の障壁が滑り込んで来た。氷雪の砲撃は、その障壁に阻まれ凄絶な余波を撒き散らす。その絶大な威力故に、ビキビキッと障壁にヒビが入っていくが、次の瞬間には、全く同じ障壁が更に割って入り二重三重と重なっていく。

「鈴の“天絶”か?」

 龍太郎が驚いたように、上空で詠唱する光輝の前に陣取る小さな結界師に視線を向けた。

 その視線を受けた鈴が笑みを返す。

 龍太郎の予測は半分正解だ。

 “聖絶・界”――複数枚の障壁を同時に幾枚も出す中級防御魔法“天絶”の性質を“聖絶”に組み合わせた防御魔法である。元々、鈴には複合魔法の技能がなかったのだが、一対の鉄扇は、それぞれに登録された魔法を組み合わせることの出来る機能が備わっているので、両魔法の複合技が実現したのである。

 と、その時、正面からのブレスとその余波によって障壁の後ろから出ることの出来ない龍太郎に向かってフロストイーグルが強襲を仕掛けた。鈴が、少し焦ったように“聖絶・界”の障壁を回そうとする。

 だが、結局それは無用の心配だった。龍太郎の背後から強襲した五体のフロストイーグルは、龍太郎に到達する寸前で、真横から現れた強大な雷の龍に喰い殺されたからだ。

「うぉおおおっ!? び、びっくりするじゃねぇか!」

 背中を掠めるようにスパークを放ちながら通り過ぎた大迫力の“雷龍”に、思わず文句を垂れる龍太郎。

 それが聞こえたわけではないのだろうが、細くしなやかな指をタクトのように振るい七体の雷龍を操っていたユエが、チラリと龍太郎に視線を向けると、直後、クイッと顎をしゃくった。

 それは、自分達が魔物共を引き受けると言った以上、龍太郎達に危害が及ぶことなど有り得ないという自信と、一々反応してないで目標に集中しろ、というお叱りの意味が込められた仕草。脳筋の龍太郎でも、何となく察したらしい。

「ったく、南雲の女はどいつもこいつもとんでもねぇぜ。あの南雲が、あんないい女連中をこぞって惚れさせるなんて想像も出来なかったなっと!!」

 日本にいた頃は想像すら出来なかったハジメのモテっぷりに苦笑いを浮かべた龍太郎は、氷雪の砲撃が弱まったのを見て、“金剛”を発動しながら突貫を開始した。先程より、微妙にやる気に溢れているのはユエに意識を向けられたからだとは断じて言えない。

 実は、あの【オルクス大迷宮】で“蒼龍”を操りながら自分達を守ってくれたユエの余りの美貌と神々しさに、心奪われていた者の一人だった何てもっと言えない。一目惚れの直後に、ハジメとの間に桃色空間を作り出されて即行で失恋したなんて、たとえ親友の光輝にだって言えないことだ。

 まして、ハジメとの吐きそうなくらい甘い関係を何度も見せつけられて、もう気持ちの整理はついていたが、それでもユエに視線を向けられただけで、ちょっと嬉しくなってしまうなんてもっと言えないことである。

「俺も大概だな」

 自嘲する龍太郎の拳が、再度、フロストタートルの頭部を粉砕する。同時に、下方では雫が再生した足を再び切り落として、その巨体を傾かせた。

 当然、直ぐさま再生していくフロストタートルだったが、一時的に動きを止められたことに違いはなく、そして、それは戦闘が始まって、ちょうど三十秒後のことだった。

 それはつまり、

「雫! 龍太郎! 下がれ! 行くぞ、化け物! ――“神威”!!」

 そう、光輝の“神威”が、最大威力で発動するのに必要な時間。それを証明するように、聖剣は、螺旋を描いて集束する恒星の如き莫大な光を纏っていた。

 燦然と輝く光そのものと表現すべき聖剣をググッと突きの形で後方へ引き絞った光輝は、最後の詠唱と同時に、“空力”で踏みしめた空中の足場を粉砕する勢いで踏み込み、眼下のフロストタートルを討滅せんと光の剣を突き出した。

ドォオオオオオオオオッ!!

 大気がうねり、軋みを上げる。太陽がそのまま落ちて来たのではないかと錯覚しそうな光量が大広間を純白一色に染め上げた。

 フロストタートルが、その落ちてくる絶大な威力の光の砲撃に危機感を覚えたかのように、眼をクワッと見開きながら背中の甲羅を円錐上に変形させる。威力を分散させようというのだろう。

 直後、直径五メートルはありそうな、輝く螺旋の砲撃がフロストタートルの背中に着弾した。

「クワァアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!」

 空間全体を鳴動し、凄まじい衝撃音が響き渡る。同時に、どこか焦燥感の滲んだフロストタートルの絶叫が響き渡った。円錐状にした背中の装甲は、確かにその目論見通り“神威”の威力を分散させはしたが、焼け石に水といった様子。

 ただでさえフルパワーな挙句、そのスペックはハジメの魔改造で飛躍的に底上げされているのだ。その程度で凌げるほど、今の光輝の切り札は甘くない。光に呑み込まれて見えないが、その奔流の中では早くも円錐の先端は溶かされて丸くなり、周囲の甲羅を模した氷の装甲もジュワァアア!! と盛大に白煙を上げて消失していく。

「このまま消えてくれぇ!! 俺は、俺にはっ! 力が必要なんだぁああああ!!!」

 壮絶な光の奔流が荒れ狂う中、赤黒い眼を輝かせて周囲の氷を凄まじい勢いで吸収して再生し続けるフロストタートルに、光輝が必死の形相で雄叫びを上げる。持ち得る全魔力を費やした正真正銘最大の攻撃なのだ。耐え切られたら、それは光輝の全力が今尚、大迷宮の魔物には及ばない証となってしまう。

 ハジメとの再会から、少しずつ溜まりゆく黒くドロドロとした嫌なものを、これ以上溢れさせないために、自分が(・・・)正しいと思うこと(・・・・・・・・)を押し通せるように……何が何でも自分の力で(・・・・・)消滅させたかった。

「……光輝くん」

 傍らの鈴が光輝の表情を見て僅かに怯えたような表情になったが、光輝は当然それには気がつかなかった。

「おぉおおおおおおお!!!」
「クワァアアアアアアアン!!!」

 光輝とフロストタートルの絶叫がぶつかり合う。

 刹那、

ビキッ

 そんな音が、やけに明瞭に響いた。直後、フロストタートル全体に無数の亀裂が奔っていき、細かな氷片がパラパラと地面に散らばっていく。

 そして、

ドパァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 遂に、“神威”の光がフロストタートルの装甲を貫き、その巨体を背中から真っ二つに粉砕した。それだけに留まらず、周囲の地面ごと消滅させ再生の暇を与えず、螺旋を描く光がフロストタートルの前部と後部をも引き寄せて呑み込んでいく。

 それの光景はまるで、船体を真っ二つに折られて両端を天に向けながら沈んでいく豪華客船のようだった。

「クァアア……」

 フロストタートルの断末魔の声が響く。ガラガラと氷塊をばら撒きながら、引きずり込まれていく巨体。その眼から赤黒い輝きがフッと消えた。

 一拍後。フロストタートルの全てを呑み込んだ“神威”は、その光の奔流を徐々に小さくしていき、やがて虚空に溶け込むようにその姿を消していった。

「や、やった…はぁはぁ……倒した…俺が……」

 光輝が激しく肩で息をしながら、ふらつく。“空力”が効力を失って、その体が落下しそうになり、隣の鈴に支えられる。

「光輝くん、だいじょ……」

 鈴が光輝に肩を貸しながら、先程感じたものを奥底に封じ込めて心配そうに口を開きかけた、その時、

ボバッ!

 そんな音を立てて、一体のフロストイーグルが、その鋭い爪の生えた両足に何かを掴んでフロストタートルの残骸が散らばるクレーターから飛び出して来た。

「なっ、何で、まだ動いてっ」
「光輝くん、あれ見て!」

 光輝が疲労の滲む双眸を大きく見開いて驚愕をあらわにすると、鈴が張り詰めた声音で指を指した。その先には、フロストイーグルの爪に掴まれた赤黒い結晶体が……

「くそっ、破壊しきれなかったのかっ! だが、逃がしは…ぐっ」
「光輝くん!」

 歯噛みする光輝。全力を出したにもかかわらず、破壊したと思った魔石が残っていたのだから無理もない。フロストタートルは、光輝の“神威”に勝てないと判断した瞬間、足元に生み出したフロストイーグルの元へ魔石を動かしていたようだ。

 光輝が、今度こそ止めだと再び聖剣を振りかぶろうとするが、聖剣を持つ手が魔力枯渇からくる虚脱感で震えてしまい思うようにいかない。光輝の纏う聖なる鎧にはハジメによって“魔素吸収”効果も付加されているので、十数秒もあれば虚脱感を感じない程度には回復できるのだが……

 魔石を持つフロストイーグルは、既にその形をビキッベキッと音を立てて変え始めており魔石を取り込み始めている。どうやら、十数秒も猶予はないようだ。鈴が魔力枯渇にもかかわらず、攻撃を強行しようとする光輝を必死に押し留めるが、光輝はまるで意に介さず、憑かれたように呟きを繰り返した。

「俺だってやれる……俺がやるんだ……南雲なんかより、俺が……正しいのは……俺で……」

 意志は強烈でも、聖剣に集まる光は弱々しい。それを見て、光輝は“限界突破”を使おうと口を開きかけた。

「限界と……」
「光輝くんってば!」

 鈴が怒声を上げる。単なる魔力枯渇ならそう時間をかけずに元通りになれるが、“限界突破”を使った後の疲労は体の芯に残る深いものだ。回復魔法でも回復しづらい。もちろん再生魔法なら全快できるだろうが、それはハジメ達に大きな魔力消費を強いることになる。

 今のハジメ達ならそれくらいどうということもないだろうが、それでも必要もないのに(・・・・・・・)切っていい手札ではない。そう、今はそんな無理をする必要がある場面ではないのだ。戦っているのは光輝一人ではないのだから。

「刻め、“爪閃”! 砕け、“焦波”!!」

 空を駆けた雫がフロストイーグルの真横に一瞬で出現し、詠唱と共に抜刀した。黒刀の描く黒い軌跡に合わせて三条の剣線が奔る。“爪閃”による風の刃だ。それが魔石を内に取り込み変形し始めていたフロストイーグルを存分に切り刻んだ。

 そして、剥き出しになった魔石に対し、雫は抜刀の勢いそのままに体を回すと弐之太刀として片手に逆手で持った鞘を叩きつけた。その瞬間、濃紺色の魔力光が波紋を広げ魔石に強烈な衝撃波が襲いかかる。

 “焦波”――黒刀の鞘に付与された“衝撃変換”の能力だ。

 余すことなく衝撃を伝播された魔石は、ビキビキッと音を立てて亀裂を大きくしていき、遂に、

「ハッ!」

ゴバッ!!

 くるりと一回転した雫が繰り出したダメ押しの回し蹴りによって完全に粉砕されるに至った。キラキラと赤黒い結晶の細かな破片が地に落ちていく。

 同時に、この広い空間を満たしていたおびただしい数の魔物達が一斉にその姿を崩していった。部屋全体に、ガラガラと唯の氷塊となった魔物達の崩壊する音が響き渡る。

「……」

 その光景を呆然と眺める光輝。肩を支える鈴が不安そうに見つめているが、それにも気が付いていないようだ。

 と、そこへ豪快で上機嫌な声がかかった。

「はっはっはっはっ! やったなぁ、光輝! 俺達の勝ちだぜ!」
「え? あ、龍太郎……」
「おう、なに湿気た面してんだよ。勝ったんだからもっと喜べって! いやぁ、にしても、やっぱ光輝の“神威”はやべぇな。見ろよ。すげぇクレーターが出来てるぜ」

 光輝の背をバンバンッと叩きながらニカッと笑う親友の姿に、思い詰めたような表情だった光輝の表情も徐々に柔らかさを取り戻していった。逆に、龍太郎に叩かれて激しく揺れる光輝の体を支えていた鈴は盛大に翻弄されてあわあわしていたが。

「……そうだな。俺、いや、俺達が勝ったんだな。大迷宮の化け物に」
「おうよ! 今までやられっぱなしだったからな。スカッとしたぜ」
「ははっ、確かに、ちょっとスッキリしたな」
「だろ? こりゃあ南雲に追いつく日も近そうだぜ」
「……だといいけどな」

 肩を借りていた鈴に礼を言って、自力で立ちながら光輝が苦笑いを浮かべる。龍太郎の明るさに、鬱屈した心が少し晴れた。しかし、やはり、自分の切り札で仕留めきれなかったことは心残りのようで……

「雫……」
「? お疲れ様、光輝」

 光輝達の元へ跳んできた雫に、光輝は思わず鋭い視線を向けそうになり慌てて取り繕うことになってしまった。光輝の様子に若干の違和感を覚えた雫だったが、折角の戦勝に水を差すこともないかと考え微笑みと共に労いの言葉を送る。

「ああ、お疲れ様、雫。最後のフォローは見事だったよ」
「そう? それより光輝の“神威”の方が見事だったわ。強化された聖剣での全力は初めて見たけど……想像以上だったわね」
「だよね! だよね! すごい一撃だったよね!」
「ま、まぁ、あれくらいは、な……」

 自分の功績はあっさり流し、眼下のクレーターを見ながら光輝の“神威”を称賛する雫に、どこか必死感の漂う鈴が便乗してベタ褒めする。

 流石に、女の子二人から手放しで称賛されて照れ臭さを感じた光輝は、頬をポリポリと掻きながら言葉を濁した。

 そんな光輝達に下方から声がかかる。

「お~い、余韻に浸るのはいいが、そろそろ出発するぞぉ!」

 ハジメである。見れば、魔物の成れの果てと思われる氷塊の山の上で、千体近い魔物を相手取ったとは思えないほど涼しげな様子を晒しており、ドンナーで肩をトントンしながら、片手でとある場所を指さしていた。

 その先に視線を向ければ、いつの間にか、最初にフロストタートルが出現した氷壁に大きなアーチを描く穴が空いていた。どうやら奥に進むための通路が出現したようだ。

 光輝達は一つ頷き合うと、“空力”を解除してハジメ達のいる場所の傍らに降り立った。

「おめでとさん。どうやら問題なく大迷宮の魔物とも戦えるようだな」

 意外にも祝福の言葉を送ったハジメに、光輝達が珍獣でも見るような眼差しを向ける。そんな視線にイラっと来たのか、目を眇め始めたハジメに慌てて雫が答えた。

「ええ、ありがとう。アーティファクトのおかげね」
「まぁ、上手く使いこなせているようで何よりだ。元々、戦闘系天職を持っているくらいだから心配はしてなかったがな」
「そう? 南雲くんを見ていると天職が戦闘系かどうかなんて些細なことのように思えてくるけど。助けてくれた時の精密射撃……正直、背筋が震えたわ」
「……死ぬ気になれば、人間、意外と何でも出来るもんなんだよ」

 遠い目をするハジメに、壮絶な過去でも思い出しているのだろうと、同情半分、頼もしさ半分で小さく笑みを浮かべる雫。

「そう言えば、南雲。俺達に倒させて良かったのか?」

 雫とハジメの会話に苛立ちでも感じたのか光輝が話題を転換するようにハジメに質問をする。

「ん? それは、攻略認定を受けられなくなるんじゃないかってことか?」
「ああ」
「その点は大丈夫だと考えてる。迷宮のコンセプト的にな」
「それは、どういう……」

 首を傾げる光輝達を前に、ハジメは確認するようにティオへ視線を向けた。ティオは、我が意を得たりというように頷くと口を開いた。

「先の戦いじゃが……凍死しかねん寒さと無限に再生する魔物の群れ、そして要塞のような主級の魔物は確かに厄介じゃったがの。ただ強力な魔物と戦うだけなら、オルクスで経験できるじゃろ? コンセプトがかぶるとは思えんし、おそらくじゃが、ここから先こそが、この【氷雪洞窟】の本番となるのではいかの」
「俺もティオと同意見だ。ただ倒すだけなら大して難しくはないからな。それほど重要視される試練じゃないと踏んだ」
「一応、私達も皆、三桁以上は倒しましたしね」
「千体近い魔物を圧倒したんだから、不合格ってことはないと思うよ」
「……ん、問題ない」

 それぞれ問題ないと口にするハジメ一行。余裕綽々である。単に実力があるということだけでなく、大迷宮の探索・攻略というものに対して有する経験が光輝達とは段違いなのだ。

 そんな“差”を見せつけられた気がして、感心する鈴達を尻目に光輝の心に再び暗く嫌なものが湧き出した。が、それを表に出すことはなく、奥底に沈殿させたまま、納得顔を見せる。

 雫は、何となく光輝の様子に胸のざわつきを感じたが、ハジメ達が先を促したので取り敢えず保留として後を付いていった。

 再び、大きな氷壁で囲まれた通路を行く。

 三十分ほど歩いて、ようやく通路の先に光が見えた。長い通路から出たハジメ達を待ち受けていたのは……

 眼下に広がる、冗談のように広大な迷路だった。


いつも読んで下さりありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

ようやく、少しだけ龍太郎にも注目が……
そして、まさかの事実が発覚。
「無能の無双」での一文が、こんなところで布石になるとは……作者が一番驚いた。
龍太郎ェ……

次回も、土曜日の18時更新予定です。
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