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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第七章

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氷雪洞窟

 七大迷宮の一つ【氷雪洞窟】、そこはまるで、ミラーハウスのようだった。

 大迷宮らしく中の通路はかなりの広さがあり、横に十人並んでもまだ余裕がありそうなほどだ。

 しかし、全ての壁がクリスタルのように透明度の高い氷で出来ており、そこに反射する人影によって実際の人数より多くの人がいるように錯覚してしまう。結果、その広さに反して、どうにも手狭に感じてしまうという不思議な内部構造だった。

 そして、不思議と言えばもう一つ。この洞窟、常に雪が舞っているのである。洞窟であるから当然、空から降ってくるわけではないのだが、洞窟内を吹き抜ける風に乗って横殴りに吹雪いており、しかも入口から吹き込んで来たわけではなく洞窟の奥から吹いて来るのだ。

 更に、この雪、ただの雪というわけではないようで、

「いっ、あ~、またやっちまった」
「龍太郎、結界の範囲から出るなって」

 雪の一片が龍太郎の頬にピタリと張り付き、その部分を赤く腫れ上がらせた。そう、この雪、どうやらドライアイスのように極めて低い温度で出来ているようで、触れると即座に凍傷を起こしてしまうのだ。

 前方から吹き付ける風に乗って降りかかるので、鈴が前方に障壁を張って散らしているのだが、周囲の氷の壁に映る自分達の姿に気を取られて、うっかり防御範囲から出てしまったメンバーが何度か凍傷を起こしては回復魔法で治療するという事態が起こっていた。

「氷で出来た洞窟に、凍傷を起こす雪……氷雪洞窟とは的を射たネーミングね。このアーティファクトがなかったらと思うとゾッとするわね」
「飲み水もままならないもんね」

 雫がポケットから防寒用アーティファクトの小石を取り出しながら呟く傍らで、同意しながら香織が効果範囲の外に魔法で水を飛ばす。すると、放たれた拳大の水球は、壁に着弾する前に空中でビキビキッと音を立てて瞬く間に凍てつき、そのまま地面に氷塊となって落ちてしまった。水筒に入れた水も、通常なら洞窟に入った瞬間、氷となって用をなさなくなるだろう。

「確かにのぅ。その辺の氷を削って溶かせば水自体は確保できるが、どうもこの空間では炎系の魔法行使が阻害されるようじゃし……飲み水のために一々上級レベルの魔法を消費するのは痛いのぅ」
「……でも、私達には関係ない」

 ティオが苦笑いしながら香織に答えると、ユエが肩を竦めながら胸元のペンダントと指輪を振った。

 ティオの言う通り、この氷雪洞窟は炎系魔法の効果を著しく弱めてしまうようで、初級魔法でも上級レベルの消費を余儀なくされてしまうのだ。氷雪地帯でありがちな、雪を溶かして水を確保という方法も多大な苦労が伴うのである。

 しかし、それはハジメ達には当てはまらない。普段は食料にしろ飲料水にしろ“宝物庫”の中にしまわれているので気温の影響を受けないし、防寒用アーティファクトが体から一定範囲の気温を常に快適温度に保つので、取り出した瞬間、飲料水が凍るということもないからである。

「役に立って何よりだ。ああは成りたくないからな……」

 ユエ達の会話に相槌を打ちながら、ハジメが前方の一点に視線を向けた。

 ユエ達が、その視線の先を辿る。そこには、眠るよう目を閉じたまま氷の壁の中に埋まっている男の姿があった。まるで、疲れて壁に背を預けながら座り込み、そのまま凍てついてしまったかのようだ。外傷一つ見受けられないので、寒さのせいで意識が飛び、そのまま……ということだろう。

「……ハジメさん。何だか、あの死体……おかしくないですか?」
「ん? ……そういえば、随分綺麗に壁の中に埋まっているな」
「はい。まるで座り込んでいた場所まで氷の壁がせり出てきたか、座ったままの状態で壁の中に取り込まれたみたいな……」

 シアが不審そうに目を細めながら首を傾げた。確かに、死体は胡座をかいた状態のまま氷壁の中に埋まっており、まるで標本のようになっている。この状態になるには、シアの言う通り、男が死んだ場所にまで氷壁が出てくるか、逆に、男の方が壁の中に入らねばならないだろう。

「……魔力の反応は氷壁にも死体にも見えない。まぁ、念の為、殺って……いや、壊しておくか」

 魔眼石で確認しても特に異常は見られないため放っておいても良かったのだが、逆に何もしない理由もないので、ハジメはドンナーを抜くと死体に向けて引き金を引いた。

ドパンッ! ドパンッ!

 今までより、更に強く鮮やかになったスパークと共に、二条の紅い閃光が、何もないかのようにあっさりと氷壁を貫いて奥の男の額と心臓の部分を撃ち抜く。昇華魔法により作り直され、スペックが底上げされているのだ。

 死者に鞭打つような行為に光輝が眉をしかめるが、一々文句を言う不毛さを学んだようで開き掛けた口を再び閉じた。

 数秒、様子を見るが死体にも氷壁にも反応はない。やはり杞憂だったかとハジメはドンナーをホルスターにしまうと先を促した。

 ……ハジメ達が、洞窟の奥へと消えてしばらくの後、

ビキビキッ

「ごぁ、がぁ、グギィ……」

 そんな氷のひび割れるような音と呻き声が密かに木霊する。

 背後で起きている異常事態には気がつかず、ハジメ達は黙々と迷宮を踏破する。

 幾つも枝分かれした迷路のような氷雪洞窟だったが、羅針盤のおかげで深奥への道に迷うことはなく、ハジメ達は順調に道程をクリアしていった。道中、結構な数の氷壁に閉じ込められた死体やトラップなどもあったが魔物の襲撃はなく、羅針盤によれば既に全体の三分の一は進んだようだった。

「ん? ……またか」

 ハジメが、通路の先で再び氷壁に埋め込まれたような死体を発見した。浅黒い肌に尖った耳――魔人族の男だ。それが三人固まって、やはり眠るように目を閉じている。

「……これで五十人。ほとんど魔人族」
「だな。おそらくだが、フリードが攻略したことで挑む人数も増えたんじゃないか?」

 ポツリと呟いたユエの言葉にハジメが推測混じりで答える。死体の衣装が明らかに一昔前とわかるものと、王都襲撃時に見た魔人族の軍服とに分かれていたのだ。私服の防寒着を着ている者は個人で挑んだ者なのだろう。見かけたのは十人ほど。あとは皆、軍服を来た魔人族だった。

「ふむ。攻略情報があれば行けると踏んだのじゃろうが……やはり、そう簡単にはいかなかったようじゃのう。他のルートのことも考えると、どれだけの者が挑んだのやら」
「でも、国を挙げて挑んだのなら、そのフリードっていう人以外にも攻略できた人がいる可能性はあるよね。もしそうなら、魔物の軍団が再編されるのも時間の問題かも……」

 心配そうな表情を見せる香織。王都に残してきたクラスメイトとリリアーナ達のことを想っているのだろう。

「大丈夫よ、香織。少なくとも直ぐに攻められることはないと思うわ。内通者の可能性は徹底的に潰したし、大結界も完全に修復されているもの。大結界を警備する兵士達も、一度内側から破られているせいで高い危機意識を持っている。それに向こうは、あのレーザー兵器が損壊していることを知らない。戦力が揃っても安易には動かないはずよ」
「雫ちゃん……うん、そうだね」

 雫の客観的で的確な予測に、香織は幾分、安心したように微笑んだ。ハジメと共に地球へ帰還するということは、すなわち、リリアーナ達を見捨てるということでもあるのだ。この世界でずっと続いている今更な争いではあるが、その背後にいる者の存在や個人的な感情を考慮すると何とも心に痛い。

 そこへ、光輝が会話に入った。

「……安心してくれ、香織。力を手に入れて狂った神を倒し、人間も魔人も皆、俺が救って見せる。ここに残ってリリアーナ達も俺が守る。全ての神代魔法を手に入れれば、いずれ自力で帰れるからな。俺は、誰も見捨てない」
「光輝くん……」

 実に勇者らしい言葉だ。だが、その言葉とは裏腹に、光輝の視線は香織ではなくハジメに向けられており、まるで当てつけるかのような響きが含まれていた。その為、香織は光輝の言葉に、むしろ不安を滲ませることしか出来なかった。

 以前は、ご都合解釈と思い込みの激しさはあれど、心底、善意から出ていたであろう言葉。しかし、今はどこか負の感情が含まれているような気さえする。嫉妬、疑念、焦燥、苛立ち、もどかしさ等、色々な感情が入り混じって飽和しているような、それを必死に抑えているような、そんな不安定さを感じるのだ。

 そんな光輝の視線に気がついたのか、先を歩くハジメが肩越しに光輝を見る。どこか責めるような眼差しを受けて、しかし、ハジメは肩を竦めるだけでスルーした。そんなハジメの態度にキリリと眉を釣り上げる光輝だったが、ここまでの旅で双方の意思が平行線しか辿らないことを十分に理解していたので言葉にはしなかった。

 不穏な雰囲気を発する二人(実際には光輝一人)に、視線を彷徨わせる雫達を尻目に、ハジメは再び前方を向きながら口を開いた。

「まぁ、知らない仲でもないしな。頼まれたのなら、帰る前に姫さんへ贈り物くらいはしてやるさ。ヒュベリオンとか、大陸間弾道ミサイルとか、高速軌道型戦車とか、慣性と重力を無視した戦闘機とか……」
「ちょっ、な、南雲くん? 女性への贈り物にしては物騒すぎないかしら? この世界のパワーバランスが崩壊するわよ」
「知ったことじゃないなぁ。まぁ、一応、使用者制限はかけてやるさ。王族と王族が許可した奴だけ使えるみたいにな。なんなら王都を要塞化でもするか。ノイントレベルが来ても撃退できるレベルで」

 ポンポンと物騒な発言が飛び出て目を白黒させる雫。その傍らで、光輝はどこか暗い目でハジメを見つめ、香織はどこか嬉しそうな表情だ。

 ハジメとしては“寂しい生き方”はしないよう心掛けているが、それでもズルズルと引き摺られるように、この世界の問題に立ち向かうつもりはなかった。ユエ達は言うまでもなく、ミュウとレミア以外では、この世界の何者もハジメの心の天秤には乗らないのだ。

 リリアーナは知らない仲ではないから、帰還前に求められたら力を与える位のことはするつもりだが、それ以上はない。帰還した後、この世界がどうなろうと知ったことではない。故郷でユエ達と暮らすことと天秤に掛けられるようなことなどありはしないのだ。

 そのことに後ろめたさや罪悪感など覚えはしない。大切でもないものの為に、身命を賭すなど有り得ない。まして、自分の大切な者達を失う可能性を分かっているなら尚更だ。

 ユエ達が出来る限り最高の笑顔でいられるように手は尽くすつもりだが、どこかで線引きをしなければ、広い範囲に手を伸ばせてしまう強さを持つハジメは、際限なく戦いに身を投じなければならなくなる。故に、非情と言われようとも、何を優先し、何を切り捨てるのかを決めるのだ。

 それが分かっている為に、ハジメに寄り添うユエ達は、あれもこれもとハジメに求めたりはしない。シアが、身内のことでそうしたように。香織が、幼馴染達から離れたように。

 なので、リリアーナに対する物騒極まりない贈り物というのは、ハジメが流されないためのギリギリの心配りとも言えた。

「八重樫達も、魔人領から帰った後、どうするのかきちんと決めておけよ。この世界に残るか、俺らと共に帰るか。待ったはなしだからな」
「……ええ。わかってるわ」
「うん。決めるのは恵里と話してからだけど……」
「俺は光輝に付き合うぜ」

 ハジメの言葉に雫達は三者三様で頷いた。

 少し微妙な雰囲気が流れる中、ハジメ達は通路を進み大きな四辻に出た。どの通路も同じ大きさで高さも横幅も十メートルくらいある。

 ハジメが再び手元の羅針盤で方角を確かめたようと立ち止まった時、不意にシアのウサミミが反応した。

「ハジメさん……何か来ます」
「魔物か? ようやく出て来たな。どこからだ?」
「……四方向、全部からです」
「なに? 後ろからもか?」

 シアの警告に全員が戦闘態勢をとりつつも、自分達が通って来た道からも魔物が来ると聞いて緊張に顔を強ばらせる。それは、ハジメをして魔物の気配を掴み損ねたということを意味していたからだ。

 大きな四辻のど真ん中で、四方向に背中合わせになるハジメ達。数秒後、通路の暗がりの向こう側から呻き声のようなものが聞こえ始めた。

ヴァア゛ア゛ア゛ア”

 何とも怖気を誘うような声だ。獣の唸り声に聞こえなくもないが、それよりもずっと不気味さと不快さを感じさせる。通路の暗がりも、更に深く影を落としたかのようだ。ゴクリと誰かが生唾を飲み込んだ音が、やけに明瞭に響いた。

 そして、それは現れた。

 暗闇からぬるりと染み出るように姿を見せたのは人。黒を基調とした軍服を纏い、特徴的な耳が見える。だが、その肌だけは本来の色を失い青白くなっており、更に全身にびっしりと霜を貼り付けたような状態だった。

「こいつら……まさか氷壁の死体か?」

 ハジメの呟きに応えるように、全身を凍てつかせた魔人族が次々と通路の奥から溢れ出す。

「……魔人族以外もいる。さっき見た奴」
「生きて……いたわけじゃないよね。まるでゾンビみたい」

 ユエが通って来た通路から現れた凍てついた魔人族や冒険者らしき者達を見て、ハジメの推測を裏付ける。香織は、一瞬、冷凍保存でもされていたのかと考えたが、瞳を赤黒い色で爛々と輝かせ、だらりと下げた両腕を揺らしながら呻き声を上げ続ける彼等を見て、直ぐにその考えを改めた。香織の言う通り、その様相は凍てついたゾンビのようだ。

 四辻それぞれから溢れ出すフロストゾンビは、既にその数を三桁に突入させている。ハジメは四方を囲まれ緊張感をあらわにしている光輝達を尻目に、ふんと鼻を鳴した。

「何にせよ、やることは変わらない。……元人だろうが何だろうが、立ちはだかるなら皆殺しだ」

 ハジメのその言葉が合図となったのか、直後、緩慢な動きだったフロストゾンビ達は、いきなり猛然と駆け出した。

ヴァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

 洞窟内に不快極まりない呻き声が幾重に木霊する。こちらを喰らおうとでも言うのか、大口を開けて歯を剥き出しにして突進してくる様子は、まんまバイオハザードである。氷化粧のおかげで腐肉は見ずに済んでいるが、醜悪なことに変わりはない。

「や、やぁ、来ないでぇ! “聖絶・爆”!!」

 リアルバイオに、若干パニクった鈴がバリアバーストを放つ。通路から出てくる前に、通路全体に展開された障壁へ体当たりするようにぶつかったフロストゾンビ達は、次の瞬間、盛大な爆音と共に吹き飛び粉微塵となった。

 細かい破片となってカランカラン、コロコロと爆散した肉片が転がる。不思議なことに体の中まで凍てついていたようで、まるで液体窒素を浴びた挙句粉砕されたターミネーターのようだ。

 それとほぼ同時に、他のメンバーも攻撃を放つ。ハジメのドンナー・シュラークが火を噴き、ユエとティオの風が駆け抜け、香織の銀羽が飛び、雫と光輝の斬撃が宙に軌跡を描き、龍太郎の拳から衝撃が放たれる。

 絶大な破壊力を秘めたそれらの攻撃は、突進してくるフロストゾンビ達に正面から衝突し、碌な回避行動も取らなかった彼等を先と同じく粉砕した。盛大な音を立ててカラコロと転がる血肉の結晶。

「随分と脆いな……」

 怪訝そうに呟くハジメだったが、次の瞬間には、その目をスっと細めた。

「うそ、再生してる?」

 香織が思わずといった様子で呟いた。その言葉通り、撒き散らされた肉体の破片が勝手に動いて集まると、瞬く間に元の姿を取り戻したのだ。しかも、香織の銀羽によって分解されたはずのフロストゾンビまで、周囲の氷壁を取り込んで寸分違わず再生している。

「……ハジメ、魔石は?」
「……ないな。薄らと魔力を纏っているのはわかるが、魔石は見当たらない」
「えぇ~! それって、まさかメルジーネの時の悪食みたいな太古の魔物ってことですか!?」

 険しい表情のハジメに、シアが心底嫌そうな表情で、かつての強敵を思い出した。滅しても滅しても無限に再生し、核となる魔石もなく、最終的にハジメの機転で海ごと燃やすという強引な方法で辛くも勝利を得た悪魔のような相手だ。

「あんなのが何匹もいてたまるか。何か仕掛けがあるんだろう」

 ハジメは引き続き銃撃しながら、片手に羅針盤を取り出した。探し物は魔石。自分の魔眼石でも見つけられない隠蔽が施されているのかもしれないと考えたのだ。

「あぁ? 近くにないだと?」

 結果、羅針盤は魔石の存在を指し示した。しかし、それはフロストゾンビ達の体内ではなく、現在位置から五百メートル以上離れた場所に、だ。どういうことだと片眉を吊り上げたハジメにユエが視線を向ける。

「……ハジメ?」
「……どうやら、こいつらを動かしている魔石は、ここから離れた場所にあるらしい。あるいは、その魔物の固有魔法なのかもな。遠隔操作でもしてるのかもしれない」
「ふむ。とにかく、その魔石をどうにかしなければ、延々と戦い続けなければならんというわけか」
「なら、行くしかありませんね!」

 ハジメの推測に全員が決然とした表情をする。先陣を倒している間にも、後から後から湧き出てきたフロストゾンビで既に四辻はぎっしり埋まってしまっている。おそらく、目に見えない範囲にも無数にいることだろう。それらを強行突破しなければならないのだ。

「俺が先陣を切る。全員、遅れるなよ!」

 号令と共にハジメが飛び出した。その手には“宝物庫”から取り出したオルカンが握られている。メンバーからの応答を背後から受けつつ、ハジメは巨大な長方形型のミサイル・ロケットランチャーを四辻の一角に向け、その暴威を解き放った。

バシュウウウウウッ!!

 オレンジの尾を引きながら無数の弾頭が飛ぶ。そして、

ドゴォオオオオオン!!!!

 凄まじい轟音を響かせながら進路上のフロストゾンビを爆砕した。その隙に、一気に通路を駆け抜ける。

 後に続くユエ達が、通路の端に吹き飛ばされながらも直ぐに再生を始めたフロストゾンビに追撃をかけた。炎系や水系は使えないが、二系統の属性が使えないくらいで手を失うようなやわな存在ではない。オルカンの爆撃によってバラバラにされたフロストゾンビ達は、再生しきる前に再び粉砕されて壁際のゴミと化した。

 連続して発射されるロケット弾は、フロストゾンビの尽くを粉砕し、ハジメ達の歩みを止めさせない。が、通り過ぎた後に再生した大量のフロストゾンビ達が後方から呻き声を上げながら迫ってくる姿は、中々に恐怖心を煽るものだった。ユエとティオ以外の女性陣の表情は総じて引き攣っている。

「ふぇええ~、リアルバイオハザードはやだよぉ~」
「す、鈴、気をしっかり! 腐敗してないだけマシな絵面よ! ほら、よく見れば愛嬌がないことも……」
「微塵もないよっ! 愛嬌なんてっ! うわぁああん! 来ないでぇ、“聖絶・爆ぅ爆ぅ爆ぅうううう”!!」
「鈴ちゃん! 乱心しないでぇ! 魔力が保たないよっ! きゃぁ、腕投げて来たぁ! しかも、腕だけ動いてるぅうう!! カサカサ這って来てるぅううう!!」
「ひぃいいい! 香織さん、ちゃんと狙って下さいぃいい!! 今、飛んできた腕にシッポ触られたじゃないですかぁ!!」

 女三人寄れば姦しいというが、ゾンビパニック中に四人も集まれば実に騒がしかった。まるで日本で有名な某ホラーハウスに挑んでしまったかのようだ。わーきゃー言いながら通路をドタバタと駆け抜ける。

「う~む、若いのぅ。ただの魔物にああまで騒げるとは……」

 後方から迫るゾンビに掛かりきりな香織達を肩越しに見ながら、ティオがしみじみとした様子でそんなことを口にする。そんなティオに、ユエは呆れたような眼差しを向けた。

「……ティオ、ババくさい」
「ふぉ!? ひ、酷い言い草じゃ。まぁ、実際、年上じゃから、ついつい微笑ましく思ってしまうことはあるが……ユエもあるじゃろう?」
「……ない。私は永遠の一七歳」
「あれ? ユエって確か二十歳越えてから幽閉されたんじゃ……」

 言外に、幽閉されていた三百年を除いたとしてもサバ読んでない? と聞いてしまったハジメに、ユエの名状しがたい眼差しが突き刺さる。溢れでるフロストゾンビを歯牙にも掛けず爆炎に包むハジメだったが、危機感が背筋を駆け抜けたため一瞬で折れた。

「……ユエは永遠の十七歳、間違いない」
「……ん。ハジメと同い年」
「尻に敷かれておるな……」

 今度はティオが呆れ顔になる。後方では女性陣が姦しく騒ぎ、前方でハジメが尻に敷かれている。光輝と龍太郎は顔を見合わせた。そして、不死身のゾンビに追われているという状況にもかかわらず、何だか妙に気を抜かれるのだった。

 ダダダダダダッ! とハジメ達の駆ける音が響き、その後ろからズドドドドドッ! とフロストゾンビ達が地響きを立てながら追いかける。爆音と泣きの入った悲鳴を響かせながら進むこと五分。

 ハジメ達は、遂に大きな空間に出た。ドーム状になっており、東京ドームと同じくらいと言えば、その大きさが分かるだろう。

 ハジメが手元の羅針盤をチェックしたところ、フロストゾンビ達を動かしているはずの魔石の場所はこの部屋だと指し示されていた。正確には、ハジメ達が入ってきた入口と対面にある氷壁からだ。

「見つけたぞ。ここまでくれば俺にも見える」

 ハジメは、魔眼石に映った赤黒い拳大の塊をその氷壁の奥に捉え、獰猛に犬歯を剥いた。パワーアップしたドンナー・シュラークでも届かない可能性があるほど深い場所にある魔石を穿つべく、ハジメは“宝物庫”からシュラーゲンを取り出した。

 当然、シュラーゲンも昇華魔法により強化されており、そのスペックを大幅に上げている。今なら、かつて貫くこと敵わなかったミレディ・ゴーレムのアザンチウム製装甲でも難なく貫けるだろうというレベルだ。ただの氷ではないとはいえ、金属ですらない壁を貫けない道理などない。

バチバチバチバチッ!!

 激しく放電し鮮やかな紅を撒き散らす貫通特化のアンチマテリアルライフル。脇にはさみながら片手でシュラーゲンを構えたハジメが、いざ引き金を引こうとした、その瞬間、

「……ハジメ!」
「チッ! 新手か」

 ユエの警告と同時に、頭上から翼を広げた大鷲が強襲を仕掛けてきた。

 もっとも、ただの大鷲ではない。全てが透き通った氷で出来た大鷲――フロストイーグルだ。それが、天井の氷壁から次々と生み出されるように出現し、豪雨となって落下してきたのである。

 ハジメは、シュラーゲンはそのままにシュラークを抜くと一瞬で頭上に向かって発砲した。真っ直ぐ天へ向かって空を駆ける閃光は、フロストイーグルの胸元に着弾した瞬間、紅い波紋と共に衝撃を撒き散らして氷のボディを爆砕する。だが、それだけではまだ足りないと言わんばかりに突き抜けると、そのまま後方から迫っていたフロストイーグル二体をも衝撃波で粉砕してしまった。

 昇華された“衝撃変換”により、炸裂弾に複数回の衝撃を発生させることが出来るようになったのだ。ドンナー・シュラークの弾丸なら最大三回まで着弾の度に莫大な衝撃を撒き散らすことができる。

 氷の破片がキラキラと輝きながら降り注ぐ中、ハジメは動じた様子もなくシュラーゲンの引き金を引いた。頭上からの奇襲をものともせず、ピタリと照準された銃口は狙い違わず一直線に魔石へと紅い軌跡を走らせる。

 だが、

「なっ、かわしやがった……」

 何と、氷壁の中の魔石が突如動き出して、シュラーゲンの射線から外れたのである。

「どうやら、オアシスにおったバチュラムと同じようじゃな。だとすれば、周囲の氷の全ては相手の攻撃手段と見た方がいいじゃろう。皆、注意するのじゃ」

 いち早く、事態を理解したティオが天井から次々と降ってくるフロストイーグルと通路から広場に溢れ出てきたフロストゾンビに対応しているメンバーに忠告を発した。

 その忠告が正しいことは直ぐに証明された。

「グルァアアアアッ!!」

 周囲の氷壁から、今度は二足歩行の狼が大量に生み出されたのだ。フロストイーグルと同じく全身が氷で出来ており、その眼だけが赤黒い光を放っている。体長は二メートルほどで鋭い爪牙を持ち、獣らしい唸り声を上げていた。フロストワーウルフといったところだ。

 東京ドームと変わらない広さの空間が、直ぐに三種の魔物に埋め尽くされていく。空にはフロストイーグルが軽く三桁を越えて飛び交い、迎撃されて砕け散ったものも直ぐに再生して戦列に加わる。

 後方の入口からは三百体はいそうなフロストゾンビが、呻き声を上げながらもハジメ達を喰らわんと大口を開けて溢れ出てくる。

 周囲の壁からは、既に数えるのも馬鹿らしいほどのフロストワーウルフが出現し、ハジメ達への包囲を徐々に狭めてきていた。

 更に、

ビキビキッ! バキッ!!

 そんな音が響くと共に、魔石があった氷壁が凄まじい勢いでせり出した。周囲の氷を取り込みながら、一秒ごとにその体積を増やしていく。

 そして、

「クワァアアアアアアアアアアアアアアアン!!」

 いち早く形作られた顎門を開いて咆哮を上げると共に、凄まじい衝撃波を放った。

「“絶界”」

 咄嗟に、ユエが空間魔法による空間断絶型防御障壁を展開する。直後、不可視の障壁に激震が奔り波打つように空間が揺らめいた。

 その障壁の向こう側で、魔石を体内に抱えた魔物が姿を完全に現す。

 それは、かつて王都を襲撃した際にもいたアブソドと呼ばれた六足亀によく似た魔物だった。ただし、言わずもがな、その体は全て氷で構成されており、背中の甲羅には剣山の如き氷柱が突き立っていて、その体長は優に二十メートルを超えている。

「どうやら、野郎の装甲をぶち抜いて魔石を破壊するのが先か、魔物の群れに呑まれるのが先か、そういう試練らしいな」

 ハジメが、フロストタートルの威容を前にして鼻で笑いながら推測を語る。普通なら、極寒というのもおこがましい極低温の中で、長時間彷徨った後、これだけの群れと戦わねばならないことに絶望するところなのだろうが、生憎、ハジメ達に気温は関係なく火力も申し分ない状態だ。

 フロストタートルが放つ冷気とプレッシャー、そして取り囲まれた周囲の状況に光輝達が顔を青褪めさせている中、ハジメが自分を睥睨するフロストタートルに野獣のような眼光を返した。

 同時に、ハジメから大瀑布の水圧の如きプレッシャーが放たれる。先程のお返しと言わんばかりに紅い魔力の波動が物理的な衝撃となって駆け抜け、周囲の魔物をそれだけで打ち砕いた。心なし、フロストタートルがたじろいだように見えたのは気のせいではないだろう。

 ハジメが一歩を踏み出す。

 フロストタートルが、人間如きに怯んだことを否定するように再度咆哮を上げた。同時に、周囲の魔物が一斉に動き出す。

 七大迷宮【氷雪洞窟】――その最初の試練がここに始まった。




いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
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