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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第六章

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一つの希望


「“神罰之焔”」

 可憐な声で、しかし、残酷に響き渡った詠。

 直後、その魔法は殲滅の意思を乗せて発動された。

 蒼炎の宝珠が一瞬、ドクンッ! と脈動したかと思うと、次の瞬間、宝珠を中心に煌く蒼い光が内側から膨れ上がるように地下空間へと広がっていく。まるで凪いだ水面に落ちた一滴の水滴がもたらす波紋の如く。静かに、穏やかに、されど慈悲など微塵も宿さずに。

 その蒼の光に触れたゴキブリは僅かな抵抗も許されず、一瞬で灰も残さずに消滅していった。

 ボスゴキブリもまた“神罰之焔”と命名され魔法が呟かれた瞬間、脱兎の如く逃げ出したが、幾ばくも距離を取らないうちに急速に膨れ上がるようにして広がった蒼の光に捕まり悲鳴を上げることも出来ずにあっさりと消滅した。

 ボスゴキブリが消えたことで、遠くでシア達や光輝達が戦っていた小さなゴキブリと中型ゴキブリが統率を失ったように混乱し始めたが、そんなことは些細なことである。広がり続ける蒼い光は、そのままシア達も巻き込んでゴキブリ達を呑み込んだ。

 自分達に迫るゴキブリを一瞬で殲滅していく蒼炎に、光輝達が焦った表情になる。

 そう、焦ることが出来ていた。目の前の滅びを見ることが出来ていた。

 理由は明快。滅されたのはゴキブリ達だけで、光輝達もシア達も全くの無傷だったからだ。無傷なのはシア達だけではない。大樹や枝通路なども全くの無傷である。

 地下空間に余すことなく広がりゴキブリを蹂躙していく蒼い光、にもかかわらずゴキブリ以外には全く影響を及ぼさないという事実に、光輝達だけでなくシア達も驚いたような表情でハジメとユエに視線を向けた。

――神罰之焔

 炎系最上級魔法“蒼天”を重力魔法によって計十発分圧縮し、更に、魂魄魔法の“選定”によってユエが指定した魂を持つ者だけ、あるいは指定しなかった魂を持つ者だけを焼き滅ぼす殲滅魔法である。

 ユエに許されたものだけが生き残り、敵と定めたものだけを滅ぼす。

 それはまさに、御業というに相応しい。ユエという名の神が下す神罰の焔、というわけだ。

「とんでもない魔法だな。……流石、ユエだ」
「……んっ、もっと褒めて?」

 蒼炎の光が消えて静寂を取り戻した地下空間に、二人の声が響く。

 流石に、大魔法を放ったせいか疲れた様子のユエを、ハジメはスッとお姫様抱っこした。ハジメの首筋に腕を回したユエはリラックスした様子で全身から力を抜く。そして、そのままカプッ! とハジメの首に口付けを行い、レロレロ、チューチューとハジメの血を堪能した。

「そう言えば、ゲームは負けちまったな……」

 ユエが夢中でハジメの首筋に吸い付いている間、ハジメは片手でユエを抱き直し、もう片方の手で優しくその髪を撫でる。そして、ポツリと思い出したようにゲームの勝敗を述べた。

「……んっ、はぁぁ、んっ。そう、私の勝ち。ハジメは何でも言うこと聞く」

 ユエは、喘ぎつつ恍惚とした表情でハジメから顔を離すと、妖艶さ全開で舌舐りしながら瞳を輝かせた。

「といっても、ユエのお願いなら勝敗に関係なく聞くことになるから、あんまり意味なかったかな?」
「……ふふ。じゃあ、いつかのために取っておく」

 その言葉に、一体なにを要求されるのやらとハジメが困ったような表情をしていると、突如念話が響き渡った。それはもう大声で。

『いつまでイチャイチャしているんですかぁ!! さっさと戻って来て下さいぃ!』
『そうだよぉ! ユエばっかりズルい! 私だってハジメくんと……とにかく戻って来て!』

 シアと香織だ。ぷんすかしながら光輝達の傍らでブンブンと激しく手招きしている。ティオは肩を竦めているだけだ。どうやら心情を汲んで待っていてくれたらしい。光輝達は気まずげに視線を逸らし、雫と鈴は頬を赤らめている。遠目に、ハジメとユエのあれこれを見ていたようだ。

 そんな彼女達の反応からすると、みんな感情が元に戻っているようである。自力で戻れていたのか、それともボスゴキブリが死んだためかは分からないが。

 ハジメとユエは、顔を見合わせ軽くもう一度キスするとシア達のところへ戻った。

「最後に、さり気なくキスしてましたね……」
「うらやま……んっ、んっ。二人共無事で良かった。まぁ、途中で“愛しさしかないぃ”とか“私もぉ”とか、物凄く響いてたから無事だってわかってたけど……」
「全く、流石ご主人様とユエじゃな。戦闘中に二人っきりの世界に入るなどと……玩具のように翻弄されるあ奴が流石に不憫でならなかったのじゃ」

 三者三様に、されど全員呆れを含ませた言葉と表情でハジメとユエを出迎えるシア達。ハジメはユエを離さず片手で抱っこしたまま肩を竦める。特に気にしていないようだ。その神経の太さに光輝達もまた呆れた表情になる。

「……自力で戻れた?」
「ああ、途中で戻るには戻れたのですが……」
「う、う~ん。あれを自力で戻ったと言っていいのかな?」

 ユエの質問に、シアと香織は首を傾げる。それにティオが苦笑いしながら説明を加える。

「まぁ、自力で戻ったと言ってよいじゃろう。きっかけが、ご主人様とユエの告白合戦に対する嫉妬だったとしてもの? あの熱烈な愛の言葉は妾も女として羨ましかったのじゃ。気が付けばゴキブリなんぞ眼中になかった、というくらいにの。シアと香織も、そんなところじゃろ?」
「はいですぅ……」
「うん……」

 そういう事らしい。ハジメの視線が光輝達の方を向く。お前等はどうなんだ? と。

「「「……」」」
「あ~、どうなのかしら? 最後の方は普通にゴキブリを気持ち悪いと思っていたけれど……」

 どうやら自力で乗り切れた可能性があるのは、雫だけのようだ。やはり精神的な強度では雫が一段上なのだろう。光輝達は試練を乗り切れなかった可能性(一応、かなりの数のゴキブリを倒したが)が高いことと、最後までゴキブリを可愛い、愛おしいと思ってしまったことに二重でダメージを受けていた。

 その後、シア達がユエにさっきの魔法は何なのかと質問していると、突然、天井付近の大樹の一部が輝き始めた。光輝達のダメージを回復しつつそちらに注目していると、メキメキッと音を響かせながら大きな枝が新たに生え始める。

 その枝は、新たな通路となってどんどん長さを伸ばすと、遂にハジメ達がゴキブリに襲われた四本の枝通路が合流するポイントに五本目の枝通路として引っ付いた。上から伸びてきた枝通路なので、枝の節とも相まって天へと伸びる階段のようにも見える。

 ハジメ達は顔を見合わせると、休憩もそこそこに先へ進むことにした。

 ただし、ハジメはユエを抱っこしたまま。ユエが離れようとしなかったし、ハジメが離そうとしなかったのだから仕方がない。むくれたシアと香織が左右から、ティオが背後から抱きついたのは言うまでもない。光輝達が何とも言えない表情で後を付いていったのも言うまでもないことだ。

 五本目の枝通路を登りきると、そこにはいつものように洞が出来ていた。躊躇いなく進むと、案の定、光が溢れ出し転移陣が起動する。

 光が収まったあとハジメ達の目の前に広がっていたのは……庭園だった。

 空が非常に近く感じられる。

 空気はとても澄んでいて、学校の体育館程度の大きさのその場所にはチョロチョロと流れるいくつもの可愛らしい水路と芝生のような地面、あちこちから突き出すように伸びている比較的小さな樹々、小さな白亜の建物があった。

 そして一番奥には円形の水路で囲まれた小さな島と、その中央に一際大きな樹、その樹の枝が絡みついている石版があった。

 ティオがスタスタと歩いて庭園の淵に行き眼下を覗き込む。

「ご主人様よ。どうやらここは大樹の天辺付近みたいじゃぞ?」

 ティオの言葉に、他のメンバーも庭園の端から下を見やる。すると、眼下には広大な雲海と見紛う濃霧の海が広がっていた。

「おいおい、それはおかしいだろ。……俺達がフェルニルで樹海の上を飛んで来たときには大樹なんてなかった。濃霧があるところまでで目算しても、この庭園の高さは二百メートルはある。こんなでっかい樹を見逃すはずがないが……」

 そこまで言ってから、ハジメは自分の発言のおかしさに気がついた。そもそも、地上でみた大樹の大きさからして、樹海を覆う濃霧を越えて上部が上空に突き出しているのは当たり前のことだ。

 にもかかわらず、今の今まで、フェルニルから大樹を確認できなかったことを不思議にも(・・・・・)思わなかった(・・・・・・)

「……なるほど。隠蔽する魔法でも働いてるってことか」
「……ん。闇系統にそういう魔法はある……魂魄魔法ならもっと……あるいは空間をずらしてる?」

 ハジメの推論に、ユエが魔法の考察をする。闇系統なら認識阻害系の魔法もあるが規模がおかしい。魂魄魔法なら魂魄に干渉して意識させないようにすることもあるいは……と考えた。しかし、違和感すら覚えせないというのは今のユエでもまだ無理だ。

 ハジメ達は感心したような表情になる。用意されていた試練の数々は最低に嫌らしいものばかりだったが、そこはやはり解放者。ただの性悪ではないらしい。

「やっぱり、ここがゴールか」

 ハジメの呟きに光輝達がハッとした表情をする。口々に「ここが……」とか「やっと……」などと呟いている。それらを尻目にハジメは一番奥にある石版のもとへ歩いて行った。

 水路で囲まれた円状の小さな島に、ハジメ達が可愛らしいアーチを渡って降り立つ。途端、石版が輝き出し、水路に若草色の魔力が流れ込んだ。水路そのものが魔法陣となっているのだ。ホタルのような燐光がゆらゆらと立ち昇る。

 いつもと同じように記憶を精査されるような感覚と、直後の知識を無理やり刻み込まれる感覚。ハジメ達は慣れたものだが、一名ほどその衝撃と違和感に「うっ」と呻き声を上げている。

 ハジメが、流れ込んできた知識から読み取った新たな神代魔法を口にしようとしたその時、おもむろに目の前の石版に絡みついた樹がうねり始めた。

 何事かとハジメ達が身構える。そんなハジメ達を尻目に立ち昇る燐光に照らされた樹はぐねぐねと形を変えていき、やがて、その幹の真ん中に人の顔を作り始めた。ググッとせり出てきて、肩から上だけの女性とわかる容姿が出来上がっていく。

 そうして完全に人型が出来上がると、その女性は閉じていた目を開ける。そして、そっと口を開いた。

「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意とひどく辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します」

 どうやら樹を媒体にした記録のようだ。オスカーのような映像の代わりということだろう。どこかリリアーナのような王族に通じる気品と威厳があるように感じる。樹の幹から出来ているのではっきりとは分からないが、ストレートの髪を中分けにした美人に見える。

「しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えて来たあなた方ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今、起きている何か……全て把握しているはずね? それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心というものを知って欲しかったのよ。きっと、ここまでたどり着いたあなた達なら、心の強さというものも、逆に、弱さというものも理解したと思う。それが、この先の未来で、あなた達の力になることを切に願っているわ」

 神妙な顔でリューティリスの話を聞くシア達。しかし、ハジメは既に焦れてきたようだ。御託はいらないという表情である。一応、空気を読んで大人しく聞いているが。

「あなた達が、どんな目的の為に、私の魔法―― “昇華魔法”を得ようとしたのかは分からない。どう使おうとも、あなた達の自由だわ。でも。どうか力に溺れることだけはなく、そうなりそうな時は絆の標に縋りなさい」

 ハジメがキョロキョロし始めた。どう見ても攻略の証を探している。既に話は聞いていなさそうだ。その視線が石版にチラチラと注がれていることから、その内、勝手に取り出そうとするかも知れない。リューティリスは話を急いだ方がいいだろう。ただの記録なので無理だろうが。

「わたくしの与えた神代の魔法“昇華”は、全ての“力”を最低でも一段進化させる。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあるわ」

 ハジメの眼がクワっと見開かれた。ドンナーに掛かっていた手が元に戻り、どういうことだとリューティリスに視線が向けられる。昇華魔法の真価など与えられた知識の中にない。「先にそれを教えろや」と非難的な眼差しを向けている。

「昇華魔法は、文字通り全ての“力”を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法――“概念魔法”に」

 誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた。

 ハジメも大きく目を見開いて驚きをあらわにしている。その脳裏には、かつて【ライセン大迷宮】でミレディ・ライセンに言われたことが過ぎっていた。確か彼女は、望みを叶えたいのなら全ての神代魔法を手に入れろと言っていた。それは、このことを言っていたのだろう。

「概念魔法――そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得することは出来ないわ。なぜなら、概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出されるものだから」

 それが魔法陣による知識転写が出来なかった理由。

 ハジメは説明を聞いて眉をしかめる。“極限の意志”……何て、ふわっとした説明なんだ、と。

「わたくし達、解放者のメンバーでも七人掛りで何十年かけても、たった三つの概念魔法しか生み出すことが出来なかったわ。もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのだけれど……。その内の一つをあなた達に」

 リューティリスがそう言った直後、石版の中央がスライドし奥から懐中時計のようなものが出てきた。それを手に取るハジメ。表には半透明の蓋の中に同じ長さの針が一本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら攻略の証も兼ねているようだ。ハジメが、手中のそれをしげしげと見つめているとリューティリスが説明を再開した。

「名を“導越の羅針盤”――込められた概念は“望んだ場所を指し示す”よ」

 ハジメは、その言葉を聞いた瞬間、自分の心臓が跳ねる音を確かに聞いた。

 “望んだ場所を指し示す”。ならば、それなら……

「どこでも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれるわ。それが隠されたものでもあっても、あるいは――別の世界であっても」
「っ……」

 きっと、リューティリスの言っている“別の世界”とは神のいる世界のことだろう。極限の意志のみによって概念魔法が生み出されるというのなら、解放者達の意志など決まっている。それは当然、神を倒すことだ。

 ならば、この羅針盤は神のいる場所を探し出すために作り出されたのだろう。おそらく、オスカー辺りが概念魔法を生成魔法で付与した材料を使って、この羅針盤を作成したに違いない。

 だが、別の世界でも、その場所を示して導いてくれるというのなら――それは、故郷でも、日本でも可能なはずだ。

 故郷に帰るための一手が手に入った。……ハジメの胸中に、どうしようもない程の歓喜が湧き上がる。それを察したのか、傍らのユエが優しげな眼差しでハジメを見上げながらギュッと手を握り締めた。

「全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた達はどこにでも行ける。自由な意志のもと、あなた達の進む未来に幸多からんことを祈っているわ」

 伝えることは最低限伝えたということか、リューティリスはそれを最後の言葉に再び樹の中へと戻っていき、後には唯の石版に絡みついた樹だけが残った。

 余韻に浸っているような、あるいは、今起きた出来事を咀嚼しているかのような沈黙が場を満たす。そよそよと吹く風が起こす葉擦れの音だけが辺りに響いていた。

 やがて、その静寂を破ってハジメが感情を抑えたような抑揚のない声音でユエに尋ねる。

「ユエ、念の為に聞くが……昇華魔法を使えば……空間魔法で………………世界を越えられるか?」

 ハジメの背後で、光輝達のハッとする気配が広がった。

 ユエは、その言葉の重みを知っているがために即答は避けて、必死にその可能性を探る。刻み込まれた知識と、間違いなく現代において最高最強の魔法使いとしての知識をフル活用する。

 その結果、得た答えは……

「…………ごめんなさい」
「そうか……」

 そういうことだ。ただ昇華しただけの空間魔法で世界が越えられるなら、きっと解放者達も苦労しなかったに違いない。

 リューティリスは言った。三つの概念魔法を作ったと。一つは“導越の羅針盤”に付与した概念。ならば、後の二つは異なる神の世界に行く為の概念と打倒するための概念だろう。

 つまり、概念魔法の域に達しなければ世界を越えることは至難だということだ。

 ハジメの期待に応えられなかったせいか項垂れるユエに、ハジメは優しげな眼差しを向けると、そっとその美しい黄金の髪を指で梳いた。自肌に触れる感触に、ユエはくすぐったそうに首を竦めながら上目遣いでハジメを見つめる。

「なに、問題ないさ。あわよくばって思っただけだ。必要な神代魔法はあと一つ。それを手に入れればいいだけだからな。なんにせよ、ユエがそんな顔をする必要はねぇよ」

 帰れるかもしれないという思いに逸っていた心は既に落ち着きを取り戻したようで、ハジメは余裕のある表情で肩を竦める。そんなハジメの様子にユエも安心したのか、「……ん」といつものように返事をしてハジメに擦り寄った。

「ゴホンッ、ゴホンッ! ハジメさ~ん、ユエさ~ん、いいですか? どうやら、下に降りるショートカットの道も出現したみたいなので、そろそろイチャイチャから戻って下さ~い」

 シアの「はいはい、いつも通りいつも通り」と言わんばかりの投げやり気味な言葉にハジメとユエが振り返れば、確かに庭園の一角に魔法陣が出現していた。シアの予想通り、地上へ降りるためのショートカットだろう。

 ハジメが、少し拗ね気味のシアの機嫌を直すようにそのウサミミを撫でつつ、その魔法陣を確認していると光輝が声を掛けてきた。

「な、なぁ、南雲。さっきの話……その概念魔法が使えるようになれば……」
「ああ、帰れるだろうな。少なくとも、転移先はこの羅針盤が教えてくれるだろう」
「そう……か……」

 光輝が希望を見たような表情になる。それは、龍太郎や鈴、雫も同じだった。一様に、どこか泣きそうな表情で今にも爆発しそうな感情をグッと堪えている。おそらく、まだ完全に手に入ったわけではいことと、全ての神代魔法を手に入れられる可能性が高いのは今のところハジメしかいないために遠慮があるのだろう。

「あ、あの、南雲君は、その、帰るとき……えっと……」

 鈴が、どこか遠慮がちにハジメに何かを尋ねようとする。

 その先は言わなくても察することが出来た。ハジメの、クラスメイトへの無関心ぶりを思い出して不安になったのだろう。帰還方法を手に入れたあと、ハジメ達だけでさっさと帰ってしまうのではないかと。しかし、ストレートに聞くには完全な他力本願なため遠慮が出てしまうのだ。

 普段ズケズケとものを言って場をかき回すムードメイカーの癖に、こういう時に限って遠慮してしまうのは鈴のいいところなのか、それとも悪いところなのか……だが、自分達も当然に帰還させてもらえると根拠もなく信じる輩よりは万倍ましだ。少なくとも、ハジメは、そういう遠慮は嫌いではない。

「安心しろ。定員制限やらデメリットでもない限り、ついでに全員連れ帰ってやるよ」
「そ、そっか、えへへ。ありがとう、南雲君」
「それより、やけに自信なさげにそんなことを聞いて来るってことは……お前等、ダメだったな?」
「「「うっ!?」」」

 光輝、龍太郎、鈴の三人が胸を抑えて項垂れる。

 昇華魔法があれば、全ての能力のレベルを最低でも一段上げることが出来るのだ。もちろん、そこは神代魔法なので昇華させること自体に莫大な魔力は必要だし、言ってみれば副作用なしの限界突破みたいなものなので時間制限もあるだろうが……それでも、一般の【オルクス大迷宮】くらいは歯牙にもかけず攻略できるだろう。その下層にある本当の大迷宮も、いいところまでは普通に行けるはずだ。

 それでも自信なさげなのは、つまり、昇華魔法を得られなかったということだ。もっとも、それは予想できたことでもある。あれだけ試練で失敗続きだったのだ。攻略できたと考える方がどうかしている。

 だが、そんな項垂れる光輝達を心配そうな、また、どこか気まずげな様子でオロオロとフォローしようとしている人物が一人。

「八重樫……お前は攻略を認められたみたいだな」
「! ……えっと、ええ、使えるみたい」
「ほ、ほんとか雫!」
「マジかっ! やったじゃねぇか!」
「流石、シズシズ! 鈴の嫁!」

 これもまた予想できたことだ。戦闘はともかく、快楽地獄と理想世界の夢、そして感情反転は自力で乗り切ったのだ。戦闘能力は足りなくても、精神力は十分に神代魔法を得るに値するものだった。

 その事実を純粋に喜ぶ鈴、喜びつつも俺も欲しかった! と悔しがる龍太郎、そして笑顔で称賛しながら、どこか表情に陰を落とす光輝。

 雫は、そんな光輝を心配そうにチラチラと見ている。

「とにかく、一度フェアベルゲンに戻って、少しゆっくりしよう。ゴキブリの大群は軽くトラウマだ。精神ダメージがヤバイ……ユエに癒されたい」
「くふふ……いっぱいして上げる」
「わ、私も、膝枕とか! いろいろしますよぉ! 何ならその先も!」
「私だって、な、何でもするから! 何でもするから! 大切なことだから二度言うよ!」
「ふむ、ご主人様は疲れておるのじゃな。よかろう。妾を椅子替わりにしてくつろぐがいい。別に足場でもいいんじゃよ? 好きなだけ踏みつけてくれていいんじゃよ?」

 ハジメがユエを抱っこしながら転移陣へと歩いていくと、その左右と後ろを固めながらシア達が頑張ってアピールする。

 ハジメは小さく笑いながら、空いた片手でシアの手を包み込んだ。ビクッとしながらも嬉しそうに握り返すシア。何となく、シアが優先されているような気がして香織とティオが羨ましげな眼差しをシアに向ける。

 そんな甘い光景と、故郷に帰れる可能性が見えたという希望に、やはり明るい表情で追随する雫達。

 一人、無理をしているのが丸分かりの笑顔を浮かべる少年もいたが、何はともあれ、こうして七大迷宮の一つ【ハルツィナ樹海】の攻略は終わったのだった。



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回から、ほのぼのというか、日常というか、最後の迷宮攻略前の一休み的なお話を三話ほど入れようかと思っています。
攻略を終えて、少し変化する人間関係などもお伝えできればいいかなと。もしかしたら、少しではないかもしれませんが……
楽しみにしてくれると嬉しいです。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
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