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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第六章

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例え姿が変わっても

ズドォオオオン!! ドォゴォオオン!! ゴォバァア!!

 樹海の中に地を揺らす程の轟音が幾度となく響き渡り、生息する生き物が半ば恐慌に陥ったかのように爆心地からの必死の逃亡を図っていた。

「オラァ!! 森ごと果てろやァ、ドカス共がァ!!」

 絶えず響き続ける轟音に混じって、そんなガラの悪い叫びが聞こえる。

 声の主はハジメだ。

 ついでに、轟音を撒き散らしながら現在進行形で樹海を爆撃しているのもハジメだ。額に青筋を浮かべ、両手にオルカンを持ってロケットやミサイルを乱発している。

「あ、あの、ハジメさん、もうそれくらいで……」
「そ、そうだよ、ハジメくん。きっとあの魔物も、もう死んじゃってると思うし……」

 狂乱とも取れる激しい怒りを隠しもせずに、既に数百発のロケットとミサイル及び、クロスビットによって上空から降らせたクラスター爆弾を前方の森に放ち続けているハジメに、オロオロしながらシアと香織が制止の声をかける。

 しかし……

「あ゛ぁ゛?」
「いえ、何でもないです」
「うん、邪魔してごめんなさい」

 血走った目で振り返ったハジメに、二人は即行で前言を撤回してすごすごと引き下がった。

「うぅ……怖いよぉ。シズシズぅ、止めてよぉ~」
「無茶言わないで、鈴。私だってまだ死にたくないわ。まぁ、彼が怒るのも無理はないと思うけど……」

 ガクブルしながら雫に抱きつく鈴をなだめながら、雫は深い溜息を吐いた。そして、チラリと傍らに目をやる。そこには、涙を流しながら両手で自分の目を抑えつつ、うずくまっている光輝の姿があった。

「目がぁ~、目がぁ~。ちくしょう、南雲の奴めぇ! いきなり、何すんだよぉ!」

 まるで何処かの大佐のような苦悶の声を上げる光輝。まんま、目潰しされた人の姿だった。そして、その言葉通り、光輝の目をチョキでプスッ! と突き刺して目潰ししたのはハジメである。

 では、なぜハジメは怒り狂って森を焼き払い、かつ、光輝の目を潰したのか……

 それは、ハジメ達一行が、蜂型の魔物と戦ってから三十分ほど樹海を探索した時のこと。とある魔物と邂逅したことが発端である。

 その魔物は猿型の魔物で群れをなして襲ってきた。樹々を足場に縦横無尽に飛び回って、あらゆる角度から飛んでくる攻撃は中々に厄介で、どこから手に入れたのか棍棒や剣なども装備していた。

 光輝、雫、鈴は、案の定、猿型の魔物のトリッキーな動きに翻弄され苦戦を強いられていたのだが、当然、それでもハジメの敵ではなかった。

 出来るだけ早くユエ達と合流したかったハジメは、ある程度、光輝達に敵を割り振りつつも自らの手でさくさくと片付けていった。仲間があっさり殺られていくことに危機感を覚えたらしい猿型の魔物は、この時点で最優先目標をハジメに変更。

 猿型というだけあって知能は高いのか、人質を取ろうと行動し始めた。しかし、ハジメにとっては、その程度の浅知恵などお見通しであり、むしろ人質を取ろうとする猿型の魔物の思考すら利用して瞬殺していった。

 その辺りで、猿型の魔物もどうあっても敵わない相手だと気が付いて撤退すれば良かったのだが……中途半端に知恵が回るものだから選択を誤ってしまった。そう、彼等にとって最悪の選択をしてしまったのだ。

 その主たる原因は猿型の魔物が持つ固有魔法――“擬態”である。あのハジメを怒らせた赤錆色スライムと同じだ。

 転移陣が読み取ったユエ達の情報も受け取って、はぐれた大迷宮挑戦者の仲間に成り済ますことが出来る。ただ、赤錆色スライムと異なるのは猿型の魔物達が先に述べたように知恵が回るという点だ。

 すなわち、どのような人物に擬態して、どのような行動をとれば相手が心を乱すか、という点を考えることが出来るのである。考えることが出来てしまったのである。

 結果、彼等は擬態した。最も危険な敵が、最も大切にしている者に。激しく動揺させるために最低の方法で。

 猿型の魔物達は、奥の茂みから擬態した同胞を引きずって来たのだ。その姿はユエだった。あられもない格好で傷だらけとなり、なされるがままに引きずられる姿。赤錆色スライムと同じく、転移陣によって読み取られた情報をもとにしているので見た目は本物と寸分違わない。

 当然、ハジメは赤錆色スライムの擬態すら感覚だけであっさり偽者だと見抜いたくらいであるから、猿型の魔物達が引きずって来たそれがユエでないことはわかりきっている。

 それでも、本物と寸分違わない以上はユエのほとんど裸とも言える悲惨な姿を見ているのと変わらないので、“縮地”で距離を詰めると、取り敢えずユエ(擬態)の方を振り返りそうになった光輝の目を潰した。

 この時点で既にハジメはキレかかっていたが、まだ十分に理性は効かせられていた。しかし、知能はあっても空気は読めない猿型の魔物達。ハジメの目の前でユエ(擬態)を殴りつけると下卑た笑みを浮かべ、更に擬態した魔物がハジメに目を向けながらユエの声で「……ハジメ、助けて」などと言ってしまったものだから大変だ。

 その瞬間、誰もが確かに耳にした。ブチッと何かが切れる音を。

 後は、現在、業火に包まれる樹海の一部を見れば、何があったか一目瞭然だろう。

 既に、四方五百メートルが完全な焼け野原となっている。よく見れば、人型の炭化した何かがあちこちに転がっている。他にも蜂型の魔物やアリ型の魔物らしき残骸もちらほら見られた。

 一瞬にして空爆にあったようなものであるから、空間転移でも出来ない限り逃れられた魔物はいないだろう。

 放っておけば、このまま樹海の全てを焼き払いながら進撃しそうなハジメ。光輝は未だ涙目。止められるのはシア達しかいない。

「ほら、二人共、諦めないで! シアと香織以外に誰が南雲くんを止められるというの!」
「「でも……」」
「でもじゃないわ。どうしてそこで諦めるの! 諦めたらそこで終わりよ! ほら、頑張れ! 頑張れ! 出来る、出来る! 恋する乙女は無敵よ!」

 どこかのコーチ達を思わせるセリフでシアと香織を鼓舞する雫。ぶっちゃけ、今のハジメに近寄りたくなかったので何とか二人に行かせようと雫も必死だったのである。

 そんな雫の内心など露知らず、シアと香織は互いに頷き合うとオルカンの再装填の隙を狙ってハジメに飛びかかった。それぞれ左右の腕に思いっきり抱きつく。二人の双丘がムニュウっと押し付けられた。

「ハジメさん! もう、これくらいにっ、これくらいにしときましょう!」
「そうだよ、ハジメくん! ユエ達が巻き込まれるかもしれないよ!」

 必死にぎゅううと抱きつくシアと香織を一瞥して、ハジメは不満そうに「あ゛ぁ゛?」と声を上げ表情を歪めた。

 その姿は、どう見ても頭にヤの付く自由な人にしか見えなかった。しかし、二人が「ね?ね?」と一生懸命、自分を宥める姿を見て何とか落ち着きを取り戻した。

「ふぅ~~~~~。わかった。取り敢えずこれくらいにしとく。ぶっ放して結構スッキリしたし」

 ハジメは肩からスッと力を抜くとクロスビットを呼び戻して、オルカンと共に“宝物庫”に仕舞い込んだ。どうやら本当に落ち着きを取り戻したようで、それを察してシアと香織もホッと息を吐いた。

「悪かったな、気を遣わせて」
「いえ、あいつらのやり方は私も頭に来ましたし。仕方ありませんよ」
「うん、ホント、最低だったね。……ある意味、流石大迷宮って感じだよ」

 落ち着きを取り戻したハジメが苦笑いを見せると、二人は頭を振りながら嫌悪感をあらわにしつつ頭を振った。同じ女として、やはり思うところがあったらしい。

 ほとんど荒野と化した樹海の一部を背景にハジメ達が話していると、雫が頬を引き攣らせながら歩み寄ってきた。

「南雲くん。落ち着いたのなら、そろそろ光輝を何とかしてあげて欲しいのだけど……」

 その言葉に、ハジメが「あ、そう言えば」と光輝の方へ振り向く。

 光輝は未だしくしくと涙を流していた。何とも哀れを誘う姿である。視線で香織に治癒を促すと、香織は心得たと直ぐに回復魔法を発動した。

「うっ、この感じ。回復魔法か? あ、光が見える……」

 光輝が目の痛みから解放されて嬉しそうに視線を彷徨わせた。そして、痛みの元凶であるハジメを見つけるとギュイン! と目を吊り上げて抗議の声を張り上げた。

 雫が事情を説明するも、他にもやりようはあっただろうと不満顔である。

「あのなぁ、天之河。手加減が下手だったのは悪かったが、自分の恋人のあられもない姿を他の男に見られるか否かの瀬戸際だったんだ。男なら……目を潰すだろ?」
「なに、『常識だろ?』みたいな口調で同意を求めているんだ。危うく失明するかと思ったぞ。大体、偽物だって分かっていたんだろ? 本物ならともかく、偽者のためにあの痛みを味わったかと思うと……すごく腹が立つんだが」
「馬鹿だなぁ。お前の視力と例え偽物でもユエの半裸……路傍の石と最高級の宝石を天秤にかける奴がいるか?」
「俺の目は路傍の石かっ!」

 ハジメの物言いに憤りをあらわにする光輝だったが、ハジメは柳に風と受け流し既に意識は探索へと向けていた。

 相手にされていないことに、更にウガァーと怒り出す光輝。それを雫と鈴がなだめすかす。ある意味、身近な女の子の世話になるという点では共通していた。嫌な共通点である。

 と、その時、不意にハジメの“気配感知”が真っ直ぐ接近してくる生物の気配を捉えた。小走りくらいの速度で一体だけ向かってくる。

 気配の感じからして、それほど強敵というわけではなさそうだ。その為、ハジメは訝しそうな表情で背後の樹海を振り返った。

 シアも気がついていたようで首を傾げながら樹海の奥を見つめている。

 二人の態度に何かが迫っているのだと察して光輝達も身構えた。空気が張り詰めていく中、ガサガサと音を立てて樹々の合間から現れたのは一匹のいわゆるゴブリンに酷似した生き物だった。暗緑色の肌に醜く歪んだ顔、身長百四十センチメートル程の小柄な体格でぼろ布を肩から巻きつけている。

 そのゴブリンは、ハジメ達の姿を見つけると「グギャ!」と一瞬どこか弾んだ声で鳴いたが、直後、自分の声にハッとしたように動きを止めた。そして、その場に佇みジッとハジメを見る。顔の造形のせいで、まるで殺意を滾らせ睨んでいるようにも見えた。

 実際、光輝にはそう見えたのだろう。

 碌に戦果を挙げられていないことからくる焦燥感と少しでも活躍したいという思いから、半ば無意識でゴブリンへと急迫した。瞬く間に距離を詰めて光を纏わせた聖剣を大上段に振りかぶる。

 しかし、今まさにその命を刈られそうになっているゴブリンはというと、一瞬、光輝に視線を向けたものの直ぐに視線を戻し、回避行動も防御行動も取らず無防備に佇んだままだった。

 一瞬、そのことを訝しむ光輝だったが、大迷宮の魔物であることに変わりはなく油断は出来ないと全力で聖剣を振り下ろした。

 光を纏う聖剣の輝きが、奇妙なゴブリンを両断しようとしたその瞬間、

「何してくれてんだ、ボケェ!」
「んなっぶべらっ!?」

 一瞬で追いついたハジメがローリングソバットで光輝を吹き飛ばした。奇怪な悲鳴を上げて、ダンプカーに轢かれでもしたかのように樹海の奥へと消える光輝。余程の力で吹き飛んだようで、光輝が突っ込んだ場所からベキベキッ! と樹々の折れる音が響いた。

 魔物を前にして、目潰しに続いてローリングソバットを味方に放つという行動に唖然としていた雫達。流石に看過できなかったようで、怒り気味に目を吊り上げてハジメのもとへ駆け寄って来た。

「ちょっと、南雲くん! 今のは何!? いくらなんでも滅茶苦茶よっ。光輝はただ魔物を倒そうとしただけじゃない!」
「そうだよ! っていうか、光輝くん大丈夫かな。直ぐに探しに行かないと」

 雫と鈴がハジメに非難の眼差しを向ける。シアと香織も、ハジメの行動の理由が分からず困惑した表情だ。

 しかし、ハジメは雫達の声が聞こえていないのか、全く反応せず一心不乱に眼前のゴブリンを見つめている。

 その視線で、ハジメがローリングソバットで光輝を蹴り飛ばすという衝撃展開に吹き飛んでいたゴブリンの存在を思い出し雫達が身構えた。

 と、樹海の奥から腕をさすりながら光輝が現れた。どうやら無事だったようだ。しかし、全身から怒気を発しており、今にもハジメに飛びかかりそうな雰囲気である。

「……南雲。どういうつもりだ。なぜ邪魔をしたんだ? さっきとは状況が違う。下手な言い訳は許さない。魔物を庇うなんて正気を疑う――」
「魔物じゃない」
「何だって?」

 光輝の怒気にも反応せず、ただそれだけポツリと呟いたハジメは問い返す光輝を無視して、未だ佇んだままのゴブリンの前にそっと跪いた。その行動に全員が驚愕し、益々ハジメの正気を疑う。シアだけは何かに気がついたのか「まさか……」と呟いている。

 ハジメは、視線の高さを合わせ真っ直ぐゴブリンを見つめるとフッと目元を和らげ、驚愕すべき言葉を繰り出した。

「……ユエだよな?」
「グギャ!」
「「「……は?」」」

 ポカンと口を開けて呆ける光輝達を尻目に、ハジメは躊躇うことなくゴブリンの手を取ると、もう一度「ユエ…」と呟いた。ゴブリンもまた、どこか嬉しそうに「グギャ」と鳴く。

「えっと、ハジメさん。まさかと思いますがユエさんなんですか。その、私には魔物に見えるのですが……」
「わ、私も魔物に見えるよ。本当にユエなの?」

 疑問の声を上げて目の前のゴブリンを見るシアと香織。そんな二人を、ゴブリンはチラリと見たあと何かを訴えるように「グギャ、グゴゴ、ギャアギャ」とハジメに向けて鳴き始めた。そして、やはりまともに喋れないことに悄然と肩を落とす。

 しかし、そこはハジメ。ユエをこよなく愛する彼の前に不可能はない。

「ん? ん~、転移したあと気が付けばその姿に変えられていたって?」
「! グギャ! ……グゴゴ」
「ふむ、肉体そのものが変質したってところか……」
「グギャ……ギャギャ、グギ」
「装備品も失ったのか。……ああ、俺の残したマーキングを追って来たんだな?」
「ググッ……ゴガゴガ」
「なるほど、爆音が響く場所にハジメありってか? まぁ、間違ってないか……」
「……ギュウウ、ゴゴ」
「そうか、魔法も使えないと……でも、これ以上変質するような感覚もないか」
「ギギギ、ガギ」
「まぁ、大丈夫だろう。これもおそらく試練の一つだろうしな。不可避のスタート地点に立った時点でゲームオーバーとか試練の意味がない」
「……ギュウウ?」
「ああ、あと、ティオと坂上もいないんだ。おそらくユエと同じだろう。何の魔物かまでは分からないが……まぁ、そう心配するなよ、ユエ。いつも通り何とかするさ」
「……グギャ!」

 普通に会話が成立していた。

「「「「「……」」」」」

 思わず無言になる光輝達。そんな彼等に、ハジメは恋人と再会できた喜びを隠そうともせず笑みを浮かべながら振り返った。

「そういうことだ。じゃあ、取り敢えず再生魔法かけてみよう」
「「「「「いやいやいやいや、待て待て待て待て」」」」」
「あ? どうした?」

 綺麗にハモリならツッコミを入れる光輝達に不思議そうな表情をするハジメ。一同は、そんなハジメに更にツッコミを入れたくなる。というか、実際に我慢できずツッコミを入れた。

「おかしいでしょ? おかしいわよね? どうして意思疎通が出来ているの? それもごく自然に!」
「いや、何でも何も……ユエだって喋ってるだろ?」
「鈴にはグギャ! としか聞こえないよ! 何語なの!? 何で理解できるの!?」
「いや、そこはフィーリングで……目と目でも会話は出来るし」
「そう言えば普段から見つめ合ってますよね。……あれが、まさかこんな時に役立つなんて……お二人の通じ合い方が天元突破してますぅ」
「いや、恋人なら普通だろ」
「普通じゃないからね? 明らかに普通じゃないから。……どうしよう。“特別”の座がとても遠くに感じるよ」
「っていうか南雲。どうやって気がついたんだ。俺を蹴り飛ばしたってことは最初から分かっていたんだろ?」
「どうやってって、お前。そりゃあ、単純な話……」

 数々のツッコミを、さも常識を語るように返していくハジメに皆が疲れた表情になっていく。そして、最後に光輝がした質問に対してはゴブリン姿のユエを優しく見つめて、いつものように頬に手を這わせながら、

「姿形が変わったくらいで、俺がユエを見失うわけない。それだけのことだ」
「「「「「……そうですか」」」」」
「……グギャ!!」

 砂糖を吐きそうな表情で投げやり気味な返事をする光輝達と嬉しげに鳴くユエ(ゴブリンVer)。

「そんな事ことより、香織。再生魔法を頼む」
「あ、うん、了解。……それじゃ、いくよユエ。“絶象”!」

 少し遠い目をしていた香織はハジメの呼びかけで正気を取り戻し、ユエ(ゴブリンVer)に向けて再生魔法を行使した。言うまでもなく、再生魔法は神代の魔法でありその効果は絶大だ。ハジメ達も再生魔法を使えば元に戻ると考えていたのだが……

「……グギャ?」
「あれっ? 何で!? も、もう一度、“絶象”!」

 ユエの姿は元に戻らなかった。

 再生魔法が発動していないわけではない。銀色の魔力光がユエに降り注ぎ、香織の魔力はガリガリと削られている。それでもユエの姿が戻る気配はなかった。

「どうして……」
「グギャ……」

 呆然とする香織と悄然と肩を落とすユエ(ゴブリンVer)。他のメンバーも一様に心配そうな表情になっている。そんな中、ハジメは腕を組みながらこめかみをトントンと叩き、今の現象を考え込んでいた。

 難しい表情をするハジメに、ユエ(ゴブリンVer)はその服の裾を掴みながら、どこか不安そうにハジメを見上げた。彼女としても、まさか再生魔法を使って戻れないとは思わなかったのだろう。

 そんなユエ(ゴブリンVer)に、ハジメは思考の渦から帰還して力強い笑みを向ける。

「大丈夫だ、ユエ。さっきも言ったが、トラップにはまったわけでもないのに、スタート地点でゲームオーバーなんて有り得ない。必ず元に戻る方法があるはずだ。再生魔法が効かなかったのは、おそらくその変質が同じ神代魔法によるものだからじゃないかと思う。他にも特殊な方法が使われているんだろう。挑戦者が再生魔法を持っているのは自明の理。あっさり治されちゃ試練の意味がないからな。いずれにしろ、先に進めば元に戻る方法がわかるはずだ」
「……グギャ」
「ああ、心配するな。あと、忘れてたけど、ユエ。これ持ってみ?」
「……ギギ?」

 ハジメの推測に、ユエ(ゴブリンVer)だけでなく他のメンバーも納得の表情をする中、ハジメがユエ(ゴブリンVer)に宝石の付いたイヤリングを渡す。姿を変えられ魔法も使えない身ではあるが、魔力を通すくらいのことは出来るため、それが何かを察したユエはさっそく受け取ったアーティファクト――“念話石”を発動した。

『……ハジメ? ハジメ、聞こえる?』

 すると、まるでティオが竜化している時のように空間そのものに可憐な声が響いた。ほんの僅かな間しか離れていなかったのに随分と懐かしく感じる愛しい声に、ハジメの表情が嬉しげに緩む。

 今まで目の前のゴブリンがユエだと言われても、どこか半信半疑だった光輝達も、ユエの声が聞こえたことで改めて目の前の存在がユエの変わり果てた姿なのだと実感したようだ。

「ああ、聞こえるぞ、ユエ。姿は変えられちまったが……無事でよかった」
『……んっ。ハジメなら気が付いてくれると思ってた』
「当然だろ。ずっと見てきたんだから分かるに決まってる」
『……ん。でも嬉しかった。大好き』
「……よせよ。恥ずいだろ?」
『……ふふ』

 目の前にいるのは見た目完全にゴブリンなのだが、周囲に満ちる空気はどこまでも甘やかで桃色だった。姿が変わっても“二人の世界”は変わらず作り出せるらしい。他のメンバーの目が死んだ魚のようになっている。

「ウォッホンッ! そろそろいいかな? ユエ、無事で良かったよ」
『ん……香織も』
「ユエさん……絶対、ぜぇ~たい! 元に戻して見せますからね! その為なら、私、何だってしちゃいますからいっぱい頼って下さい!」
『……シア、ありがとう。今は戦力になれないから頼りにしてる』

 何とか精神の均衡を取り戻したシアと香織が口々にユエと言葉を交わす。

「ユエさん、その、さっきは済まなかった。君だと気が付かなくて……危うく傷つけるところだった」
『……気にしないで。仕方ないこと。それに信じてたから傷つくとは思わなかった』
「えっ、それって俺が……」
『……勇者が(笑)でも、必ずハジメが守ってくれるって』
「……そうですか」

 ユエのさり気ない一撃がクリーンヒットする。光輝はすごすごと引き下がると乾いた笑い声を上げた。雫と鈴が励ます。

「それじゃあ、早くユエを元に戻す為にもティオと坂上を見つけて、さっさと攻略を進めるぞ」

 ハジメの号令により荒野と化した樹海の一部を背後に、一行は再び樹海の奥へと歩みを進めた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……ハジメさん、今度は私にもわかりますよ。あれがティオさんだって」
「私もわかるよ。どうみてもティオだよ」
『……むしろ、ティオ以外にあんなのがいたら大変』
「満場一致で、あれがティオだな」

 どこか汚物を見るような目を前方に向けているハジメ達。

 ユエと合流してから更に三十分後の現在、彼等の目の前にはゴブリンの集団がいた。その集団は寄ってたかって一匹のゴブリンに殴る蹴るの暴行を加えている。

 しかし、そこには相手を殺傷しようという意図はなく、どこかイジメじみた雰囲気が漂っており、事実ゴブリンの集団に囲まれて暴行を受けながら蹲っているそのゴブリンには目立った傷はないようだった。

 それだけなら、仲間内の序列とかその辺の事情で弱いゴブリンが虐められているだけかと思うのが自然なのだが……

「恍惚としてる……わよね? どう見ても……」
「ただでさえ顔がゴブリンなのに……あれは放送禁止レベルだよ」
「南雲……お前はあんな人まで……懐の広さでは勝てる気がしない」
「よせ、天之河。俺があの変態を許容しているみたいな言い方は心外だ。……諦めているだけなんだ……」

 ドン引きしながら呟く雫達の言う通り、その暴行を受けているゴブリンは恍惚の表情を浮かべていたのである。その姿はとある変態を彷彿とさせた。というか、どう見ても一人しか居なかった。

「ティオ……お前って奴は……。お前等、あいつはもう手遅れだ。残念だが諦めよう」

 ハジメは哀しげな表情で頭を振ると、そっと踵を返した。ユエ達が何の躊躇いもなく追随する。いつもなら「仲間を見捨てるのかっ!」とか言って突っかかってくる光輝ですら、どうしたものかと視線を彷徨わせている。

「グ? ギャギャ!」

 と、その時、ゴブリンの一体がハジメ達の存在に気がついたようで声を上げた。

 それにより、暴行を受けていたゴブリン(ティオ)もハジメ達の存在に気がついたようだ。ガバッと頭を上げると大きく目を見開き、ハジメに向かって今まで暴行を受けていたとは思えない素早さで突進して来た。

 地面をカサカサと這うように高速移動するゴブリン(ティオ)に、同じゴブリン達が思わずドン引きして後退りしている。実は、意気揚々と虐めをしていた彼等だったが、流石に途中から「あれ? 何かコイツおかしくね?」と感じていたようで、それが今、確信に変わったようだ。

「グギャギャギャ!!」

 そうこうしている内に、ゴブリン(ティオ)はルパ○ダイブのような姿勢で飛び上がると一直線にハジメの胸に飛び込もうとする。ゴブリン語で何を言っているかは分からないが、見た感じ、きっと「ご主人様よぉ~、会いたかったのじゃ~!」とかそんな感じだろう。

 当然、ハジメの対応はと言うと、

「寄るな、このド変態がっ!」

メキョ!

 罵りと義手を用いたアッパーカットである。

 何だが鳴ってはいけない音を響かせながら、ゴブリン(ティオ)は四回転半の芸術的なバク宙を決めつつ傍の茂みにドシャ! と墜落した。

『……死んだ?』

 ユエ(ゴブリンVer)が茂みを覗き込みながら、そこで倒れ伏すゴブリン(ティオ)の体を木の枝でツンツンと突く。

 するとビクンッビクンッ! と体を痙攣させつつゴブリン(ティオ)が意識を取り戻しガバッと起き上がった。体はゴブリンなのに耐久力は竜並なのかもしれない。あるいは変態補正か……

「ギャギャギャ! ゴゴ、グゲ! グギャ!」

 ゴブリン(ティオ)は何か興奮したように鳴き喚きながら両手で自分の頬をはさみ、まるでイヤンイヤンするように身を捩らせている。そして、熱っぽい瞳でハジメをチラ見し始めた。

 思わず、ドンナーを抜きかけるハジメ。必死にシアが宥める。香織が代わりにゴブリン(ティオ)へ念話石を手渡した。

『む、念話石じゃな。……どうじゃ、ご主人様よ、聞こえるかの? 再会して初めての言動が罵倒と拳だった我が愛しのご主人様よ』
「チッ。体は変わってもしぶとさは変わらねぇのか。そのまま果てればいいものを……」
『っ!? あぁ、愛しいご主人様よ。その容赦の無さ、たまらんよぉ。ハァハァ。やはり、妾はご主人様でなければだめじゃ。さぁ、ご主人様の愛する下僕が帰って来たぞ。醜く成り下がった妾を存分に攻め立てるがいい!!』

 どうやら、ゴブリンに変わってしまったことすら快感に変換できるらしい。確かに、ハジメの言う通り既に手遅れだった。

 大の字に寝転がり「煮るなり焼くなり好きにせよ!」と妙に期待のこもった眼差しを向けているティオを無視して、取り敢えず未だ固まっているゴブリン達を瞬殺するハジメ。そして、無言のまま探索を再開した。

 他のメンバーも相手にしないことにしたらしく、視線を向けないようにしてハジメに追随する。

『ほ、放置プレイかの? 全く、ご主人様は仕方ないのぉ~。って、本当に置いていく気かえ!? 待って欲しいのじゃ~、さっきの一撃で視界がまだ揺れておるのじゃ~』

 ティオの声が虚しく樹海に木霊する。しかし、やはり歩みを止める者は誰もいなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~~


 鞭のようにしなり不規則な軌道を描いて襲い来る巨大な枝。刃物のように舞い散り飛び交う葉。砲弾のように撃ち込まれる木の実。突如地面から鋭い切先を向けて飛び出してくる槍のような根。一つ一つが致死の攻撃。

 それは、かつてハジメが【オルクス大迷宮】のとある階層で戦った木の魔物に酷似していた。いわゆるトレントと呼ばれる魔物だ。もっとも、ハジメが相対したトレントに比べれば大きさが段違いであり、目の前で大暴れしているそれは直径十メートル高さ三十メートルはありそうな巨木である。

 そんな巨大トレントと相対するのは光輝、雫、鈴、そしてオーガのような生き物だ。

『ぐらぁああ!』

 そんな、実際のオーガと変わらない雄叫びを上げながら、岩のような拳を振るい襲い来る枝を迎撃しているのは龍太郎である。

 ここに至る道中、他のオーガと死闘を繰り広げているオーガを発見したのだが、そのオーガがやたら洗練された武術――ぶっちゃけ空手の動きをしていたのである。龍太郎であることは一目瞭然だった。

 もっとも、ユエやティオと同じくステータスは下がっているので、あと少し発見するのが遅れていたら龍太郎は死んでいたかもしれない。そこまで戦う前に逃げろよというツッコミは一度火のついた脳筋には通じなかった。

 そして、遂に最後のメンバーである龍太郎と合流し、周囲の樹々と比べ明らかにサイズの異なる巨木が鎮座している場所に辿り着いたのだが……その巨木が「この先に通りたければ我を倒していけ!」とでも言うように暴れ始めたのだ。それが、眼前のトレントである。

 今のところ成果が特にない光輝達が「こいつは俺達で倒す!」と飛び出し、まぁいいかとハジメ達は見物することにしたのだ。ちなみに、香織は回復要員として参加している。

「ぐぅううっ。攻撃が重い!」

 それだけで丸太のような太さの枝が風を切り裂きながら迫り、光輝が聖剣でその一撃を受け止める。しかし、あまりの攻撃の重さに食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れた。その表情には全く余裕がない。

 雫は手裏剣のように飛んでくる葉刃を捌くので手一杯だ。鈴も強力な障壁を張って、どうにか攻撃をしのぎ光輝が一撃を決める隙を作ろうと必死である。

「くっ、ダメね。香織がいるから継戦能力は心配ないけれど……」

 黒刀の“爪閃”をフル活用し、次々と枝葉を切り裂きながら雫が押しきれないことに歯噛みした。

 大迷宮に入ってからというもの、今の雫達では返り討ちにあうというかつてのハジメの言葉が身に染みる。ハジメ達がいなければ雫達はとっくに全滅しているところだ。【オルクス大迷宮】で磨いてきた自信が粉微塵になりそうである。

 雫は少し悩んだあと光輝に向かって叫んだ。

「光輝! “神威”を使って!」
「なっ、ダメだ。詠唱が長すぎる!」
「大丈夫よ! 私達が必ず守るから! 信じて!」

 光輝は雫の提案にどうしたものかと悩んだ。

 目の前のトレントモドキは明らかに魔人族が引き連れていた魔物よりも強い。たった一体だけで攻撃方法もパターン的な上、香織による驚異的なバックアップがあるので何とか戦えているが、一瞬でも気を逸らせば即座に命を狩られかねない。そんな中、無防備を晒すのは並みの神経で出来ることではない。

 しかし、圧倒的な攻撃力不足に全くトレントモドキへ攻撃が届いていないことも確かであり、このままではいずれ何も出来ないまま敗北するのは目に見えていた。

 それに……

 光輝はハジメとユエが再会した時のことを思い出す。姿が変わっても何ら変わることのない信頼関係。ハジメは一瞬で恋人の正体を見抜いたし、ユエも光輝に殺されかけながら動揺一つ見せなかった。正直、そんな風に信頼し合う二人に、そんな関係を築けていることに、嫉妬しなかったといえば嘘になる。

 故に、光輝は決断した。自分達にだって信頼関係はある。それは決してハジメ達に負けるものではないのだと、そう証明する為に。

「わかった。後を頼む!」
「ええ、任せなさい。龍太郎、鈴! 固まって!」
「了解だよ!」
『応よ!』

 光輝がその場で聖剣を頭上に掲げたまま微動だにしなくなった。口元だけは詠唱のためにブツブツと動いているが、意識は“神威”の発動に全て注がれているため無防備といっていい状態だ。

 その隙をトレントモドキが逃すはずもなく、左右から木の枝が、頭上から竜巻のように迫る葉刃が、木の実の砲弾が正面から、木の根が地面を隆起させながら下方から襲い来る。

「ここは聖域なりて、神敵を通さず! “聖絶”!」

 それを見越していた鈴が輝く障壁を張る。今まで何度も自分達の窮地を救ってきた十八番の障壁は、多大な衝撃にヒビを入れられながらも初撃の集中砲火を何とか凌ぎ切った。

「つぅうう!」

 連続して放たれるトレントモドキの攻撃に“聖絶”のヒビは大きくなり、やがて耐え切れず粉砕される。鈴の呻き声が響く中、急迫する攻撃を雫と龍太郎(オーガVer)が必死に捌いた。

「っぁああ!」
『おぉおお!!』”

 それでも、怒涛の攻撃に無傷でとはいかず、一瞬にして傷だらけとなる。悲鳴とも雄叫びともつかない声を上げながら持てる技の全てで迎撃する。捌ききれなかった攻撃によって傷ついた二人の体から血飛沫が噴き出し宙に舞うが、それでも、ただの一撃も後ろへは通さない。

「“回天”」

 戦場に響くその一言で、雫達の傷は一瞬で癒えた。香織の回復魔法だ。

 “回天”は複数人用の中級回復魔法だが、その効果は既に軽く上級レベルだ。ほとんど時間の巻き戻しかと思う速度で傷が癒えていく。ノイントの体になってから香織の回復魔法は神懸かっていた。再生魔法も回復に使えるが、神代魔法は魔力消費が半端ないレベルなので通常の魔法の方が使い勝手は断然いいのだ。

 鈴が再び障壁を張り数秒を稼いで、また破壊され、再び張り直すまで雫と龍太郎が体を張る。傷ついた体は香織が即座に癒し、また鈴が障壁を張る。それを繰り返すこと三度。

 遂に、光輝から膨大な魔力が迸り掲げる聖剣に収束していった。太陽にように燦然と輝く聖剣をグッと握り直し光輝は大きく息を吸う。

 そして、

「――――みんな、行くぞ! “神威ッ”!!」

 自身の切り札たる最大の魔法を解き放った。光の奔流が射線上の地面を削り飛ばしながら爆進する。葉刃を吹き飛ばし、木の枝を消滅させ、木の実の砲撃を真正面から呑み込み、そして、トレントモドキに直撃した。

 轟音と共に光が爆ぜ、周囲を白に染め上げる。

「やったか!」

 光輝が会心の笑みを浮かべて叫ぶ。後方に控えて、ちょっとしたお菓子を頬張りながら観戦していたハジメが、思わず「あ、フラグ立てやがった……」と呟く。

 そのフラグはきっちり回収された。

 光が収まり粉塵が晴れた先には……無傷のトレントモドキの姿。

「うそ、だろ……」

 光輝の呆然とした声が虚しく虚空に響く。呆けているのは光輝だけではなかった。雫達もまた、光輝の切り札が通じなかったことに激しく動揺していた。

 トレントモドキは、そんな光輝達目掛けて殺意を滾らせると再び怒涛の攻撃を繰り出した。



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次回も、土曜日の18時に更新する予定です。
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