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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第六章

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亜人族運搬中

 轟々と風が唸り、直下の地面が一瞬で後方へと流れていく。

 帝国から解放された亜人族達は、自分達が今体験していることが本当に現実なのか、それを確かめる為に何度も自分の頬をつねってはその痛みに涙目になっていた。そして、夢から覚めないなぁ~と妙に落ち着いた気持ちで、再び、非現実的な光景を眺めるのだった。現実逃避ともいうが。

 彼等は、現在、ハジメが飛ばす飛空艇“フェルニル”の下部に取り付けられた超大型の“籠”に搭乗し、一時の空の旅を体験しているのである。

 フェルニルは、流石に、数千人に及ぶ亜人族達を搭乗させられる程の規模ではないので、急遽、外付けの巨大な籠を取り付けたのである。イメージとしては、飛行船のゴンドラのようなものだ。

 実は、ゲートホールがハウリア族の隠れ里やフェアベルゲンに設置してあり、ゲートを開けば一瞬で樹海まで行けるのだが、演出のために敢えて空の旅を選んだのである。その方が、解放された亜人族達へ向けられる帝都からの目にもインパクトがあるからだ。

 言ってみれば、“亜人族解放は神の意思である”という広場での言葉に対するダメ押しというやつである。空を飛ぶ巨大な物体に導かれて故郷に帰るという光景には、帝都の人々もさぞかし度肝を抜かれたに違いない。

 もっとも、その代償として、フェルニルを起動させているハジメは結構な負担を強いられていた。紅い魔力を迸らせつつ、ブリッジにあるベンチシートで、どこか気怠そうにふんぞり返っているのは、決して傲慢を体現しているわけではない。

 流石に、数千人もの人を乗せた状態で飛行させるのは、その重量故に消費魔力も半端なかったのである。

 但し、ガリガリと魔力を削られながらも、せっかくだから魔力運用の訓練にしようと魔力操作に意識を割いていたりするので、気怠そうなのは魔力の消費だけが原因ではなかったが。

 傍目には、だらけ切っているようにしか見えないが、どんな時でも鍛錬を欠かさない努力の人なのである。本当に、そうは見えないけれども……

 そんなハジメの傍にはユエ、シア、香織の三人が侍っていた。休日に公園のベンチで我が子が遊ぶ姿を眺めながらだらけるお父さんのような姿のハジメだが、その右腕にユエを、左腕にシアを腕枕しつつ、シートの背越しに身を乗り出した香織に髪をいじられていたりする。

 本当に真面目に訓練中なのだが……ハーレム野郎にしか見えないと言われれば反論は出来そうにない光景だった。

「おいおい、皇帝を前に随分な態度だなぁ、え?」
「……南雲くん、私が言うのもなんだけど……もう少し自重してもいいと思うわよ?」
「うらやま……ではなくて。そうです。ふしだらですよ」

 効率的な魔力の運用訓練に集中しつつも、無意識にユエとシアの髪を撫でているハジメに声が掛けられた。

 フェアベルゲンにて長老衆に宣誓するために同乗したヘルシャー帝国皇帝ガハルドと、同じ人間族の王族にしてハイリヒ王国の王女としてその宣誓を見届けるために同乗したリリアーナ、そして、お馴染みの雫である。もちろん、この場には、光輝、龍太郎、鈴もいる。

 更にもう一人、ついさっきまでガハルドに頼まれて艦内を案内していたティオもいるのだが、彼女は、帰って来るなりユエ達を見て「妾も~」とハジメにル○ンダイブを決行し、その気持ち悪さから反射的に出たハジメの足技で首を絞められ、そのまま落とされているので問題ない。白目を向いて僅かに痙攣しているが問題ないのだ。

「あ~、艦内探検は終わったのか?」
「おう、とんでもないな。なぜ、こんな金属の塊が飛ぶのかさっぱりわからん。だが、最高に面白いな! おい、南雲ハジメ。俺用に一機用意してくれ。言い値を払うぞ」

 対面のベンチシートにドガッと座り、キラキラと好奇心で輝く瞳をハジメに向けるガハルド。雫達もシートに座る。

 ちなみに、雫とリリアーナはハジメ側に座った。ガハルド側が嫌だったようだが、それにも気がつかないほど、ガハルドの瞳は少年のように輝いている。余程、この飛空艇が気に入ったらしい。

「金なんかいらねぇての。諦めろ。乗るのは今回限りだろうからな。せいぜい今の内に堪能しとけ」
「そういうなよ。な? 一機だけ、小さいのでいいんだ」
「俺に何のメリットもないだろうが」
「ぬぐぅ、金がダメなら女だ! 娘の一人にちょうどいい年の奴がいる。ちょっと気位は高いが見た目は上玉だぞ。お前のハーレムに加えてやるから、な? いいだろう?」

 どうやらガハルドは、ハジメのことを無類の女好きと思っているらしい。状況的に全く否定できないのが悲しいところだ。

 しかし、そんな女を押し付けられても困るので鼻で笑って却下しようとしたハジメだったが、それより早く女性陣が反応する。

「「「「「ダメ(ですぅ)(じゃ)!!」」」」」
「……そういうことだ」
「チッ、見せつけやがって……ん? リリアーナ姫、今、お前さんも反応してなかったか?」

 ガハルドがやさぐれたように舌打ちし、そして不意に気がついたようにリリアーナへ視線を向けた。それに釣られて他のメンバーもリリアーナに目を向ける。

「へ? い、いやですわ。聞き間違いではないですか?」
「……クックック。そう言えば、パーティーでもバイアスそっちのけで南雲ハジメと嬉しそうに踊っていたなぁ。おいおい、南雲ハジメ。お前、ちょっと手が早すぎやしないか? 流石の俺も呆れちまうぞ」
「にゃにゃにゃにゃにを言っているのですか! わ、私と南雲さんは断じてそんな関係ではっ! そ、そうですよね? ね? 南雲さん!」
「あ? あ~、天地がひっくり返っても有り得ねぇよ」
「……そこまで言わなくても……」

 ハジメのはっきりした物言いに、動揺しまくりのリリアーナのテンションが一気に下降した。どこか不貞腐れたようにそっぽを向く。その態度からして、リリアーナが満更でもないというのは丸分かりだ……

 というより、パーティーでのダンスを見ていた者からすればリリアーナの内心など一目瞭然である。それはハジメも同様のはずで、それでも本人を前にしてばっさりぶった切った容赦の無さに、リリアーナへは同情の視線が、ハジメにはジト目が向けられた。

「……なんで俺がそんな目を向けられにゃならないんだ。大体、姫さんは人妻みたいなもんだろうが。婚約者は首チョンパされているが、それでも皇族との婚姻ってのが無くなったわけじゃない。なら、結局、他の皇族があてがわれるんだろう?」
「あ~、それなのですが……」

 言葉を詰まらせるリリアーナに代わって苦虫を百匹くらい噛み潰したような表情のガハルドが答えた。

「正直、一族は今、それどころじゃねぇんだよ。何せ、外せば死ぬ呪いの首飾りを一生付けてなきゃいけないなんて、とんでもない事態への対処で一杯一杯だからな」

 そう言うガハルドの首には、確かに紅い宝石のついたネックレスが付けられている

「あの誓約の内容から言って、皇族以外の誰かが約定に背いても、皇族が“法に則って裁く”限り、命は繋がるんだろうが、言ってみれば、国民に命握られているのと変わらねぇからな。取締体制の抜本的な改革と確実に執行される厳罰の体制、それに帝都以外の町にいる奴隷解放の手続きと法の周知徹底……誰も彼も必死なんだよ」

 ガハルドはシートの背もたれに深々と背を預けながら、「参った!」とでも言うようにガシガシと頭を掻いた。

「いつ死ぬかわからない夫に王国の姫を嫁がせるわけにはいかないと言われれば、全く反論できねぇ。しかも、亜人族の奴隷解放で帝国の労働力はガタ落ちだ。あちこち大騒ぎだよ。その辺の対応と鎮圧にも人手を割かなきゃならんから、正直、帝国が王国に(・・・・・・)援助を頼みたいって状況だ」
「なるほどな。つまり姫さんの輿入れは白紙撤回ってことか」
「まぁ、そういうことだ。状況が落ち着いて、皇族の命の安全性が一応でも確認されれば、その時改めて、今度は、こちらからランデル殿下……今は陛下か……に、娘を嫁がせるという形がベターだろう」

 ガハルドの説明に、その場の全員が「へぇ~」と納得の表情を見せる。

 ちなみに、実は、皇族の一人が、「そんな馬鹿な話があるか! 俺は首飾りを外すぞ!」と喚き、本当に首飾りを外してしまい、その後、突然発狂して暴れまわったあげく、糸が切れたように絶命したという事実があり、これが皇族を必死にさせている原因だったりする。

「よかったじゃないか! リリィ!」
「ホントね。自由恋愛……というのは無理かもしれないけど、取り敢えず、時間はできたわ」
「うんうん。リリィ、よかったね」

 光輝を筆頭に、メンバーがリリアーナに温かな眼差しを向ける。リリアーナは、目の前に嫁ぎ先の親がいるのに遠慮なく“結婚が白紙になってよかった”と喜ぶ友人達に苦笑いだ。珍しく、ガハルドも苦笑いしている。

「つーわけで、南雲ハジメ。今なら、リリアーナ姫はフリーだぞ? 欲しけりゃ、皇帝の権力をフル活用して協力してやる」
「なっ!? 陛下! 何を言っているのですか! わ、私はそんな……」

 ニヤリと笑ってそんな事を言うガハルド。再び、リリアーナが動揺する。

 しかし、ハジメは話の内容はサラリとスルーして、呆れたような表情をガハルドに向けた。リリアーナの態度に対してもスルーである。

「で、見返りに飛空艇よこせってか? 何度もいうがメリットが何もないだろうが……むしろデメリットか?」
「どういう意味ですか!? 南雲さん!」
「おいおい、一国の王女様だぞ? 男なら手に入れたいと思うのが普通だろうが」
「ちょっと、お二人共、聞いていますか? 私の話、聞いていますか!」
「あんたと一緒にするなよ。俺には女をコレクションにする趣味はねぇよ。王女なんて肩書き、むしろ面倒なだけだろうが」
「はいはいはい、聞いてないんですよね。私の話なんか誰も聞いてないんですよね。……ぐすっ……王女って何なのかしら……」
「リリィ……大丈夫よ……うぅ、王女なのに何て哀れな」
「リ、リリィ! 俺はちゃんと聞いてるから! 元気出せ!」

 リリアーナを完全スルーして話をするハジメとガハルドに、リリアーナは遂に投げやりな態度でシートにのの字を書き始めた。その瞳の端には煌く何かが溜まっている。それを雫や光輝が必死に慰めていた。

 そんなリリアーナ達を尻目に、ハジメは、未だ「うぬぬぬ」と唸りながら、ハジメと交渉しようとしているガハルドに溜息を吐いた。

「今のところ、俺が欲しいものなんてないから諦めろよ。その内、もしかしたら、あんたにも交渉材料が見つかるかも知れないが……その時まで気長に待つことだな」
「ぬぅうう、本当に欲しいものはないのか? して欲しいことも? 正直に言えよ。人間、いつだって何かを欲しているものだ。何もいらないなんて奴は、人間をやめているか何か企んでいる奴だと相場が決まっている。……あっ、そう言えばお前、化け物だったか」
「喧嘩売ってんのか、あんた? ……まぁ、その言い分は理解できる。だが……」

 ハジメはそう言うと、両サイドにいるユエとシアをグッと抱き寄せた。

「俺がホントに欲しいものは既に腕の中にある。“ずっと手放さないためには”ってことに頭が一杯で、“もっと”何て考える余裕はない。きっと、一生な」

 だから、交渉は無駄だと言外に伝えるハジメ。ユエは嬉しそうに体を摺り寄せ、シアは、自分もユエと同じくらい力強く抱き寄せられたことに大きく目を見開きつつも、次の瞬間にはウサミミとウサシッポをわっさわっさと動かしながら思いっきりハジメに抱きついた。

 ハジメの胸元で、ユエとシアの目が合い、二人して「くふふ」と幸せそうに微笑み合う。

「あ~、あ~、そうかいそうかい。チッ、口の中が甘ったるくて仕方ねぇ。甲板で景色でも堪能してくるか……」

 ガハルドは、うざったそうな表情をして立ち上がると、さっさとブリッジを出て行ってしまった。それに苦笑いするハジメ。見れば対面の座席で、光輝や龍太郎がどうしたものかと目を泳がせている。鈴は「ほわ~」と変な声を上げていた。

 そして、ハジメの背後と足元からも声が上がる。

「うぅ~、ユエとシアだけずるいよ! ね、ねぇ、ハジメくん。“腕の中”っていうのは比喩的な表現だよね? ユエとシア限定って意味じゃないよね? ね?」
「ご、ご主人様よ。素晴らしい足技を頂いた直後ではあるが、妾も抱き締めてくれんか?“腕の中”がいいのじゃ……」

 香織が背後からハジメに抱きつき、必死な感じで自分の存在をアピールする。ティオは体を起こし、顎をハジメの膝に乗せておねだりを始めた。

 そんな二人に反応したのはユエ。

 少し体を起こすと、チラリと香織とティオを見やり……

「……残念でした」
「ど、どういう意味っ!?」
「むぅ、今のは聞き捨てならんぞ、ユエ!」

 無表情のユエに「きぃいい!」とハンカチでも噛んでいそうな雰囲気で憤る香織とティオ。ユエは少し首を傾げて何かを考えている素振りを見せると、おもむろに自分とシアを指差した。

 そして、

「……勝者」

 次いで、香織とティオを指差し、

「……敗者」

 と、やはり無表情で言ってのけた。そして、そのままハジメの胸元に頬を摺り寄せる。その瞬間、ブリッジに“ブチッ”と何かが切れる音が響いた。

「フ、フフフ……ユエったらおかしいね? わけのわからないことをいきなり……きっと、どこか悪いんだね?」
「そうじゃな。きっと、そうに違いない。ならば妾達が直してやらねばな」
「直すと言えば、簡単な方法があるね」
「うむうむ、壊れたものは……」
「「叩いて直す!(のじゃ!)」」

 ゆらりと立ち上がって、微笑みを浮かべながらユエを見下ろす香織とティオ。

 凄まじい怒気? 闘気? みたいな何かが溢れ出している。そのプレッシャーに光輝と龍太郎と鈴が対面で身を寄せ合ってガクブルしていた。光輝が小声で「あ、あれが香織なのか?」と呟いている。

 二人の圧力をぶつけられたユエは、再び、のそりと顔を上げると無表情を崩して口元に小さな笑みを浮かべた。

「……やめて。本気でやったら二人が私に勝てるわけないでしょ?」

 お前はどこのコーディ○ーターだとツッコミたくなるようなセリフだ。そして、激しくイラっとさせる素晴らしいセリフだった。

「「上等だよ!(じゃ!)」」

 案の定、更にヒートアップする香織とティオ。ユエも、ゆっくりと立ち上がった。

「ちょっ、ちょっと、三人とも! いきなり喧嘩なんて……ていうか、南雲くん! 止めなさいよ!」

 雫が、アセアセ、オロオロとしながら頑張って仲裁しようとする。そして、早々に自分には無理! と諦めて、ある意味元凶ともいえるハジメに助けを求めた。

 そのハジメはというと……

「無理。だるい……」

 大分、魔力を削られているようで思いっきりだれていた。動く気はないようだ。

 元々、小さな喧嘩は日常茶飯事、というよりちょっとした彼女達なりのコミュニケーションみたいなものなので、ハジメは気にしていないようだった。

「あ、貴方って人は~」

 しかし、まだその辺の機微に疎い雫は、頬をピクピクさせる。

 と、その雫に般若さんからお声が掛かった。

「雫ちゃん! 前衛お願いね!」
「あれ? いつの間にか巻き込まれてる!?」

 ごく自然に、雫の参戦が決まっていた。

「さぁ、お姫様よ、共に参ろうぞ! 結界の名手じゃろう? そっちの鈴と一緒に防御は任せたぞ!」
「えっ? 私もですか!? なぜ!?」
「さり気なく、鈴も入ってる!?」

 ティオが竜族の膂力でリリアーナと鈴の首根っこを掴み引きずって行く。「おうじょ……おうじょなの……」というリリアーナの呟きが何とも虚しい。

「……シア、前衛は任せる」
「は、はいですぅ! 何人もユエさんの元には行かせませんよぉ!」

 気合十分。シアはユエの前衛を務めるようだ。ハジメの元から立ち上がり、腕をグルグルと回す。

「……ハジメ、待ってて。ちょっとボコってくる」
「お~う、ほどほどになぁ~」
「……勝ったらギュ~して?」
「いつでもいいぞ~」
「……んっ」

 そうして、女性陣は甲板に向けて戦意十分な雰囲気(一部を除く)で出ていった。甲板は十分とは言えないがそれなりの広さがある。きっと、よい戦闘訓練になるだろう。香織がノイントの体を十全に使うにはとにかく動いて慣らすことが必要だ。【ハルツィナ樹海】の大迷宮にどのような試練があるかわからないので、少しでも訓練しておくのはいいことだろう。

 ユエ達に、その辺の意識があったのかは不明だが……

 しばらくすると、何やら轟音やら爆音が聞こえ始めた。ビクッとする光輝達。本当に放っておいて大丈夫だろうかと心配そうな表情になる。

「戯れてんな~」

 しかし、ハジメの感想はそれだけらしい。

「……なんていうか、南雲って……」
「やっぱり、とんでもねぇな……」

 男だけとなったブリッジで、だれているハジメを見ながら、光輝と龍太郎が呆れ半分関心半分の眼差しを向けていた。あれだけの女性陣の騒動にまるで動じず、自然体というのが男として少し感じ入るものがあったらしい。

 その後、亜人族達をビクビクさせつつ散々暴れまわったユエ達の戦いが終わる頃、ようやく前方に樹海が見え始めた。なにやら最初の方で皇帝の悲鳴が聞こえたような気がするが……きっと気のせいに違いない。

 地味に皇帝陛下の安否が気になりつつ、一行は樹海に降り立つ準備に入るのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 太陽が顔を隠し、夜の帳が降りた。

 樹海奥地のフェアベルゲンは人々が作り出した淡い橙色の灯りで照らされている。普通なら、いくら復興に忙しいとはいえ、とっくに食後の一家団欒を楽しんでいる時間であり、静謐な空気が流れているところだ。

 しかし、現在のフェアベルゲンは、まるで昼夜が逆転したかのような喧騒に包まれていた。右に左にと忙しそうに人々が走り回っている。フェアベルゲンの外の集落からも人が集まって来ているようで、人の整理・誘導に兵士達も駆り出されているようだ。

 そんな喧騒を、夜風と共に開けっ放しの窓から取り入れつつ、フェアベルゲンの長老が一人、森人族のアルフレリック・ハイピストは何とも言えない微妙な表情で手元の書類を処理していた。

 内容は、数千人規模の同胞の受け入れ体制に関する報告書、申請書などの類である。他の長老達も手分けして作業している。

「ふぅ……カムよ。本当に同胞達は帰って来るのか?」
「……まだ、そんなことを言っているのか。確認しようのないことをいつまでも言ってないで、さっさと受け入れ体制を整えろ」

 アルフレリックがポツリと話かけると、まるで部屋の中に突然現れたかのように人の気配が発生した。アルフレリックの傍には、気配を殺したカム・ハウリアが控えていたのだ。

 カム達ハウリア族は、ハジメ達に先んじて亜人族の解放を伝えるためにゲートで帰って来ていたのである。そして、念話石を利用して、急遽整えなくてはならなくなった受け入れ体制を効率的に行うために、通信員の役割を買って出ているのである。

「わかっている。ただな、やはりにわかには信じ難いのだよ。あの帝国が同胞を解放するなど……」
「それもあと数時間以内に証明される。まぁ、気持ちはわかるがな。……我等とて、ボスがいなければ、まさかここまでの成果を挙げられるなど夢にも思わなかった」
「ボス……資格者――南雲ハジメか。その話が本当なら、我が娘だけでなく、同胞全てを救い出してくれた恩人ということになる。報いる方法が思い浮かばんな……」
「ボスは、そんなもの期待していないだろう。それより、さっさと手を動かせ。また、報告が上がってきたぞ」

 念話石に触れながら報告を聞くカムを、アルフレリックはチラリと一瞥する。カムは、念話石で何かを話しているようで視線は虚空に向いているが、その姿には一分の隙もない。それどころか、控えていた時の気配の無さが嘘のように強烈な覇気を纏っていた。

 かつては自分達の前で一族処刑の決定に諦観の表情をしていたというのに……とても同一人物だとは思えなかった。元の温厚そうな雰囲気は微塵もなく、触れればそれだけで刻まれそうな鋭利さを感じる。

 実際、その鋭利さは既に示されていた。

 というのも、戻ってきたカムが長老衆に事の次第と、解放された奴隷の受け入れ体制を整えるように伝えたところ、アルフレリックを含め誰もその言葉を信じなかったのだが、その際、カムの不遜な言動を不快に感じた長老の一人が、カムに侮蔑の言葉を投げつけ、更に強制的に跪かせようとしたのだ。

 例え、以前に熊人族を返り討ちにしていようと、魔物や帝国の襲撃からフェアベルゲンを助けたとしても、長年の兎人族に対する価値観は中々覆るものではないのだろう。

 しかし、その凝り固まった価値観故の行動は、苛烈な殺意で返された。その長老の部下の一人がカムに触れようとした瞬間、一体どこに潜んでいたのか、一斉にハウリア族が出現し、全ての長老の首に刃を突きつけたのである。

 当然、カムに触れようとした男もいつの間にか無数の刃を突きつけられて、指一本動かせない状況だった。充満する殺意が、下手な言動をとれば、本気で牙を剥くことを疑わせず、アルフレリックの執り成しでどうにかその場は収まったのである。

 一瞬で、フェアベルゲン最高権力の長老会議を占拠し、かつ、彼等をして冷や汗を流させた激烈な殺意に、ひとまず信じてみようという事になったのである。というか、そうせざるを得なかったのである。首筋の刃とハウリア達の顔がヤバかったので。

「お祖父様、炊き出しの用意が整いましたわ。これが消費後の備蓄量です」

 回想によって冷や汗を流していたアルフレリックに鈴の鳴るような可憐な声が掛けられた。

「む、アルテナか。ご苦労だった。しかし、お前も帰って来てまだ間がないのだ。余り無理をするな」
「わたくしなら平気ですわ。同胞達が帰って来るというのに、ジッとなんてしていられません」

 気遣うアルフレリックに、アルテナは毅然とした態度をとる。しかし、報告書をアルフレリックに渡した後、妙にそわそわとし出した。訝しむアルフレリックだったが、孫娘の視線がチラチラとカムに向いていることに気が付き、何となく彼女が何を気にしているのか察する。

「彼のことが気になるなら、カムに聞いてみればどうだ?」
「! い、いえ、わたくしは別に南雲様のことなんて……」
「私は、一言も少年のこととは言っていないが?」
「お祖父様! そんな、揚げ足を取るような意地悪をなさらないで下さいませ!」

 見るからに動揺している孫娘にアルフレリックは微笑ましいものを見るような眼差しを向けつつ、よもや本気ではあるまいな? と懸念を抱く。

 アルテナは、その人柄、容姿、生まれから非常に縁談も多いのだが、今のところ全て突っぱねており、本人としては嫁ぐことより、祖父の後を継いで国のために仕事がしたいらしい。なので、今までそう浮いた話もなかったのだが……

 アルフレリックの中で爺バカの面がむくりと起き上がってくる。

「ふむ、少年は、確かにお前の恩人ではあるが、お前が特別だったわけではないのだぞ? というか、直接助けたのはハウリア族であろう? あまり意識するのはどうかと思うが……お前の相手としても難義な相手だぞ」
「だからっ、そういうのではありませんわ! もうっ! 南雲様が同胞を連れて来て下さっていると聞いて、少し気になっただけです。ええ、それだけです!」

 ぷいっとそっぽを向いて、部屋を出て行こうとするアルテナに、アルフレリックはこっそり溜息を吐いた。

 と、その時、意外にもカムが今まさに出て行こうとしていたアルテナに声を掛けた。

「アルテナ嬢」
「え、えっと、はい、カムさん。なんでしょう?」

 どこか面白がるような笑みを浮かべるカムに、アルテナが少し警戒したように返事をする。そんな身構えたアルテナに、カムがにこやかに告げる。

「ボスは、一見多くの女性を侍らしているように見えるが、その実、かなり一途な方だ。そして、あの方の“特別”は既に埋まっており、かつ、不動。その座に近づくことなら可能だろうが、相当、大きな信頼を育まなくてはならないだろう」
「は、はぁ……えっと」

 戸惑うアルテナに、カムはニヤリと不敵に笑う。

「ちなみに、ボスの特別を除けば、その座に一番近いのは……我が娘シアだ。何せ、帝国に牙向く我等への助力を決意した理由が、“シアの笑顔を曇らせないため”だからな」
「! そ、そうなのですか?」
「そうだ。ボスはな、シアの為なら平気で国を相手取れるのだよ。そう、シアの為なら、な。フフフ」
「!」

 言外に、「お前では娘に勝てんよ!」と言われていることを、アルテナは敏感に察した。

 実は、アルテナの年齢はシアと同じ十六歳だったりする。なので、同い年の女の子と比べられた挙句、勝負にならないと言われては……ムッと来るのも仕方ないだろう。

「シアさんというのは……あの淡い青みがかった白髪の方ですわよね。お言葉ですが、わたくし、あの方に劣っているとは思いません。確かに過ごした時間が違うという意味では差はあるのでしょうが……わたくしとて、同じくらい時間があれば……」
「いやいや、うちのシアは特別な存在だからなぁ、やはり、アルテナ嬢の為にも無駄なことは止めるべきだと、忠告させてもらおう。不毛なことをしていると適齢期を逃してしまうぞ?」
「大きなお世話です!」
「はぁ~。カム、私の孫を虐めるのはそれくらいしてくれんか……」

 ぷりぷりと怒るアルテナに、ニヤつくカム。二人を見て、アルフレリックが盛大に溜息を吐く。

 カムが、アルテナに挑発まがいのことをしているのは、ちょっとしたお節介だったりする。

 もちろん、アルテナに対するものではなく、シアに対しての、だ。樹海から出て行った頃のシアとハジメの関係は、言ってみればシアの押し掛けだった。それが、この間の様子を見る限り、相当、親密な関係になっているようだとカムは感じたのだ。あと一押しで、一気に一線を越えるに違いない! と。

 その一押し、言い換えれば起爆剤にアルテナが使えはしないかと企んだのである。シアが聞けば、「巨大なお世話ですぅ!」と怒りそうだ。

 アルテナが内心で対抗心を燃え上がらせているのを感じほくそ笑むカム。少女の淡い恋心を躊躇いなく利用するその姿は……何とも悪魔的であった。

 と、その時、にわかに外が騒がしくなった。今までの忙しさからくる喧騒ではなく、不測の事態に緊迫するような騒がしさだ。怒号まで聞こえ始めている。

「何事だ!」

 アルフレリックがガタッと席から立ち上がり、窓に歩み寄った。そして騒ぎの原因を目の当たりにする。

「光の……柱……だと?」

 その言葉通り、昼間の陽光が木々の間からこぼれ落ちてくるように、いや、それとは比べ物にならないくらい強い光が天より木々を通り抜けてフェアベルゲンの広場を照らしていたのである。

 意味不明の事態に、目を見開くアルフレリックに、落ち着いた声音が届いた。

「案ずるな、アルフレリック。ボスのご到着だ」

 そう、フェアベルゲンの広場を真昼のように照らす光の正体は、樹海の上空に到着した飛空艇“フェルニル”のサーチライトだったのである。



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

第六章開始です。
ハルツィナ樹海編ですが、まぁ唯の攻略編です。
帝国編ほどドキドキ感はないんじゃないかなぁ。
だって、ネタがね、ホントにもうネタがね……
楽しんで貰えればいいんですが

更新は土曜日の18時予定です。
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