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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第五章

121/279

ハウリアVS皇帝 後編

 冗談のように、あっさり切り離され宙を飛んだ次期皇帝バイアスの首。

「……」
「あれが次期皇帝。お前の後釜か……見るに耐えん、聞くに耐えん、全く酷いものだ」
「……言ったはずだ。皆殺しにされても、誓約などしねぇ。怒り狂った帝国に押し潰されろ」
「息子が死んでもその態度か。まぁ、元より、貴様に子への愛情などないのだろうな。何せ、皇帝の座すら実力で決め、その為なら身内同士の殺し合いを推奨するくらいだ」

 カムの言う通り、帝国では皇帝の座をかけた身内での決闘が認められている。その決闘においてなら例え相手を殺しても罪には問われない。

 ガハルドには正妃の他にも側室が大勢おり、バイアスも正妃の息子というわけではなく側室の子ではあるが、決闘により実力を示したために皇太子となったのである。まさに、実力至上主義、強い者に従え! というわけである。

 そのせいか、ガハルドの表情に変化はない。元より、強いか弱いかが基準であり、息子娘に対して人並みの愛情は持っていないという噂があったりするのだが……特に感情を押し殺しているようには見えないので、本当なのかもしれない。むしろ、先程の側近の時の方が怒りをあらわにしたくらいだ。

 カムの言葉に鼻を鳴らすガハルド。

「わかってんなら無駄なことは止めるんだな」
「そう焦るな。どうしても誓約はしないか? これからも亜人を苦しめ続けるか? 我等ハウリア族を追い続けるか?」
「くどい」
「そうか……“デルタワン、こちらアルファワン、やれ”」

――アルファワン、こちらデルタワン。了解

 突然、ガハルドにとって意味のわからないことを言い出したカム。訝しそうな表情になるガハルドだったが、次の瞬間、腹の底に響くような大爆発の轟音が響き渡り、顔色を変える。

「っ。なんだ、今のは!」
「なに、大したことではない。奴隷の監視用兵舎を爆破しただけだ」
「爆破だと? まさか……」
「ふむ、中には何人いたか……取り敢えず数百単位の兵士が死んだ。ガハルド、お前のせいでな」
「貴様のやったことだろうが!」
「いいや、お前が殺ったのだ、ガハルド。お前の決断が兵士の命を奪った。そして……“デルタワン、こちらアルファワン、やれ”」

 再び、ガハルドのわからない言葉を呟くカムに、ガハルドは、咄嗟に制止の声をかける。この場にいて、遠隔地を爆破できるなど冗談にしてはタチが悪かった。

「おい! ハウリアっ」

 しかし、ガハルドの言葉も虚しく、二度目の轟音。帝城内ではない。帝都の何処かで大爆発が起きたのだ。

 感情を押し殺した声音でガハルドが尋ねる。

「……どこを爆破した?」
「治療院だ」
「なっ、てめぇ!」
「安心しろ。爆破したのは軍の治療院だ。死んだのは兵士と軍医達だけ……もっとも、一般の治療院、宿、娼館、住宅街、先の魔人族襲撃で住宅を失った者達の仮設住宅区にも仕掛けはしてあるが、リクエストはあるか?」
「一般人に手を出してんじゃねぇぞ! 堕ちるところまで堕ちたかハウリア!」
「……貴様等は、亜人というだけで迫害してきただろうに。立場が変わればその言い様か……“デルタ、やれ”」
「まてっ!」

 亜人族を帝国全体で迫害しておいて、今更関係のない一般人はないだろう? と若干、呆れ気味の声を出すカム。そして、容赦なく命令を下す。

 三度起きた爆音に、ガハルドは今度こそ、帝国の民が建物ごと爆破されたと思い込んで歯ぎしりをした。もっとも実際には、爆破されたのは帝城に続く跳ね橋だったりする。帝都で爆破事件が起きれば帝城に報告が来るのは必定なので、唯一の入城ルートを破壊しておいたのである。

 更に言えば、カムの言葉は半ばハッタリで、軍と関係のない場所に爆弾を仕掛けたりはしていない。この爆弾は、遠隔爆破しているわけではなく、帝都に潜入しているハウリア族の部隊が手動で爆破しなければならないので、そんなに多くの場所には元より設置できなかったのだ。

「貴様が誓約しないというのなら、仕方あるまい。帝都に仕掛けた全ての爆弾を発動させ、貴様等帝室とこの場の重鎮達への手向けとしてやろう。数千人規模の民が死出の旅に付き合うのだ。悪くない最後だろう?」

 言っていることが完全にテロリストである。一体誰に仕込まれたのか……会場の隅で一人の少年に視線が集まったが、本人はどこ吹く風である。

 容赦ない要求に、即断できず沈黙するガハルド。その頭の中は目まぐるしく状況の打開方法を探っているのだろうが、妙案は一向に出てこない。苦みばしった表情と流れる冷や汗が、追い詰められていることを如実に物語っていた。

 そして、そんな状態でもカムは全く容赦しない。返答が遅いと言わんばかりに命令を下す。

「“デルタへ、こちらアルファワン……や”」
「まてっ!」

 ガハルドが慌てて制止の声をかける。そして、苛立ちと悔しさを発散するように頭を数度地面に打ち付けると、吹っ切ったように顔を上げた

「かぁーー、ちくしょうが! わーたよっ! 俺の負けだ! 要求を呑む! だから、これ以上、無差別に爆破すんのは止めろ!」
「それは重畳。では誓約の言葉を」

 要求が通ったというのに、やはり淡々と返すカム。ガハルドは、もはや苦笑い気味だ。そして、肩の力を抜くと、会場にいる生き残り達に向かって語りかけた。

「はぁ、くそ、お前等、すまんな。今回ばかりはしてやられた。……帝国は強さこそが至上。こいつら兎人族ハウリアは、それを“帝城を落とす”ことで示した。民の命も握られている。故に、“ヘルシャーを代表してここに誓う! 全ての亜人奴隷を解放する! ハルツィナ樹海には一切干渉しない! 今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止する! これを破った者には帝国が厳罰に処す! その旨を帝国の新たな法として制定する!”文句がある奴は、俺の所に来い! 俺に勝てば、あとは好きにしろ!」

 亜人を今まで通り奴隷扱いしたければ、ヘルシャーの血を絶やせ! 受けて立つ! という宣言だ。本当に、実力至上主義を体現した男である。もちろん、この判断には、要求を呑んでも亜人と関わりがなくなるだけで帝国側に害はないという判断も含まれているのだろうが、やはり、直接の戦闘で負かされたというのが大きいようだ。

「ふむ、正しく発動したようだ」

 その言葉と共に、皇帝の一族達にスポットライトが降り注いだ。本来なら会場にいないはずのまだ幼い皇太孫もおり、一様に首から紅い石のついた首飾りをさげている。

「ヘルシャーの血を絶やしたくなければ、誓約は違えないことだ」
「わかっている」
「明日には誓約の内容を公表し、少なくとも帝都にいる奴隷は明日中に全て解放しろ」
「明日中だと? 一体、帝都にどれだけの奴隷がいると思って……」
「やれ」
「くそったれ! やりゃあいいんだろう、やりゃあ!」
「解放した奴隷は樹海へ向かわせる。ガハルド。貴様はフェアベルゲンまで同行しろ。そして、長老衆の眼前にて誓約を復唱しろ」
「一人でか? 普通に殺されるんじゃねぇのか?」
「我等が無事に送り返す。貴様が死んでは色々と面倒だろう?」
「はぁ~、わかったよ。お前等が脱獄したときから何となく嫌な予感はしてたんだ。それが、ここまでいいようにやられるとはな。…………なぁ、俺に、あるいは帝国に、何か恨みでもあったのかよ、南雲ハジメ」

 ガハルドが闇を見通すようにハジメのいる場所を睨む。

 しかし、ハジメからの返事はなかった。リリアーナの首根っこを猫のように掴んだまま、壁にもたれて欠伸などしていたりする。今は、ハウリア族が主役を張る舞台の開幕中だ。なので、“自分は唯の観客です”というスタンスを貫いているらしい。

 光がないため、その姿はガハルドに見えなかったが、少なくともハジメに答える気がないということは理解したようだ。ガハルドは盛大に舌打ちする。

「ガハルド、警告しておこう。確かに我等は、我等を変えてくれた恩人から助力を得た。しかし、その力は既に我等専用として掌握している。やろうと思えば、いつでも帝城内の情報を探れるし侵入もできる。寝首を掻くことなど容易い。法の網を掻い潜ろうものなら、御仁の力なくとも我等の刃が貴様等の首を刈ると思え」
「専用かよ。羨ましいこって。魔力のない亜人にどうやって大層なアーティファクトを使わせてんだか……」

 ガハルドが苦虫を噛み潰したような表情をするのも無理はない。なぜなら、亜人と他種族に格差をもたらしているのが戦闘における魔法行使の可能不可能である以上、その前提を崩しかねない亜人によるアーティファクトの使用という事態は由々しきことなのだ。

 しかし、だからといって止めさせる事など出来るはずもなく、せいぜい悪態を吐くことしか出来ない。「全く、何てことしてくれたんだ!」と、ガハルドはハジメに怒鳴りたい気分だった。

 万軍すら焼き払い、空を飛んで二ヶ月の距離を一日半で踏破するようなアーティファクトを創り出せる者から、専用として譲り受けたアーティファクトで武装しているなら、ハウリア族が何処にでも侵入して暗殺できるというのも凄まじく信憑性がある話だ。

 ちなみに、今回使われたのは“蜘蛛型偵察用ゴーレム”と“改良版念話石”“ゲートキー”である。

 “蜘蛛型偵察用ゴーレム”は、リリアーナを助けたあの蜘蛛のことだ。全長五センチメートル程で、遠隔操作により“錬成”や“糸”を利用して何処にでも入り込め、“遠透石”によって侵入場所の映像を“水晶ディスプレイ”に送ったり、魔眼石同様に魔法トラップを感知したりすることも出来る。また、その足には麻痺毒や睡眠毒、息子さん再起不能毒等が仕込まれている。

 ハジメは、帝城に入った後、この蜘蛛型ゴーレムを無数に撒き散らして各所に設置しまくったのである。帝城に入ってからのハジメの反応がどこか茫洋としたものだったのは、ゴーレムの操作に意識の大半を割いていたからだ。リリアーナを助けたのも設置ポイントに行く途中で見かけたという、偶然だったりする。

 そして、無数に設置された蜘蛛型監視カメラの映像は司令部に設置されたいくつもの水晶ディスプレイに映し出されて、ハウリア族のオペレーター達が各部隊に“改良版念話石”で通信し、的確で効率的な制圧を可能にしたのである。

 この“改良版念話石”こそ、ガハルドが歯噛みする亜人でも使えるアーティファクト一号だ。

 原理はこうだ。生成魔法により“高速魔力回復”が付与された魔力を溜め込む性質の鉱石を仕込んで自動回復機能付き魔力タンクを組み込み、“魔力放射”の付与によって常に貯めた魔力を放出させる。

 そして、発動用魔法陣を敢えて一部欠けた状態にし、スライド式のスイッチを動かすことで欠けた魔法陣が完全となって正しく魔法が発動する、というものだ。更に、ステータスプレートの血に反応する機能を盛り込んで、使用者の血にしか反応しないように出来ている。

 これにより、ハウリア達は、帝都外に設置した司令部や各部隊と綿密な連携を取ることができるようになったのである。

 なお、ゴーレムの操作までは流石に出来ないので、ハジメがいなければ蜘蛛型監視カメラの設置は自分達でやらなければならない。そのため、帝城侵入に際して、蜘蛛型ゴーレムに代わるハウリア族用の新たな隠しカメラも設置済みである。ゴーレムのような複雑さがいらないので、極めて目立たない仕様になっており、発見は困難だろう。

 また、同様の原理で鍵型アーティファクト“ゲートキー”も渡されており、鍵穴型アーティファクト“ゲートホール”もハジメが至るところに隠蔽しながら設置しておいたので、ハウリアはいつでもゲートを開いて帝城内に侵入できる。

 本当に、帝国側からしたら「何ということをしてくれたんだ!」という状態である。

 もっとも、魔法トラップに関しては、魔力の直接操作が出来なければ解除は容易ではないので、実際には、今回ほどスムーズに侵入・制圧は出来ないだろう。

 ハジメ達が、わざわざ光輝を利用して帝城に入ったのは、蜘蛛型偵察用ゴーレムの設置の他に、ゴーレムで発見した魔法トラップの解除という目的があったのだ。ハジメやシアは格別、気配を殺しやすくなる“気断石”を利用したユエやティオ、香織の活躍もあって、パーティー前には主だった魔法トラップは気づかれることなく解除済みだった。

 一応、魔法トラップを解除するためのアーティファクトも考案してあるのだが、今回は時間がなく、フェアグラス(ゴーグル型で魔法トラップを探査できる)をハウリアに配備した。なので、解除は無理でも、回避なら問題なかった。

「案ずるな、ガハルド。ハウリア族以外の亜人族にアーティファクトが渡ることはない。お前が誓約を宣誓したところで、調子に乗って帝国を攻めることなど有り得んよ。もしそうなったら、我等ハウリア族の刃はフェアベルゲンの愚か者に振るわれるだろう」

 その言葉に、ガハルドは、ハウリア族がフェアベルゲンとも独立して、ただひたすら亜人族(実際には兎人族だが)の不遇改善と戦争の回避を望んでいると察する。

「そうかい。よーくわかったよ。だから、いい加減解放しやがれ。明日中なんて無茶な要求してくれたんだ。直ぐにでも動かなきゃ間に合わねぇだろうが」
「……いいだろう。我等ハウリア族はいつでも貴様等を見ている。そのことをゆめゆめ忘れるな」

 その言葉を最後に、スポットライトが消え、会場を静寂が包み込んだ。気配感知がハウリアの撤退を知らせると同時に、ハジメに通信が入る。

――ボス。こちらアルファワン。全隊撤退します。数々のご助力、感謝のしようもありません
――シアのためだ。気にするな。それに、まだ全て終わったわけじゃない。気を抜くなよ。むしろ、これから先こそが本当の戦いだ。“皇帝一族を排しても”そんな阿呆がいないとも限らないからな
――心得てますよ、ボス。元より、戦い続ける覚悟は出来ています。この道が、新生ハウリア族が歩むと決めた道ですから

 覚悟と覇気に満ちたカムの言葉に、ハジメの口元が吊り上がる。そして、混じりけのない純粋な称賛を贈った。

――そうか。覚悟があるなら是非もない。全ハウリア族へ。見事だったぞ!

 自分達を導いた敬愛するボスの賛辞に、全ハウリア族のウサミミがピンッ! と毛を逆立てながら真っ直ぐ伸びた。噛み締めるような間が一拍。

 次の瞬間には、念話石を通して、盛大な雄叫びが上がった。

――オォオオオオオオオオオオオ!!!!

 それは勝利の雄叫び。数百年の間、苦汁を舐め続けた敗北者の中の敗北者が、初めて巨大な敵に一矢報いた歓喜の叫びだ。

 正直なところ、この先、樹海への不可侵・不干渉や亜人の奴隷化・迫害禁止がどこまで守られるかは微妙である。ハジメの言った通り、皇帝一族を排してでも亜人の奴隷化を望む者達は出てくるだろうし、ただでさえ抽象的な誓約の穴を見つけ出して帝国が亜人族を再び虐げる可能性は大いにある。

 だからこそ、ハウリア族の戦いはここからだというのが適切だ。

 少なくとも、誓約を課すことが出来たことで、今すぐ、帝国が樹海に攻め入ったり、ハウリア族を追ったりすることはない。この稼いだ時間で、ハウリア族は数と力を蓄えて、より高レベルの戦闘(暗殺)技能やゲリラ戦法を身に付ける必要がある。それこそ、帝国が誓約を克服して万全の態勢になっても、容易に手が出せない程に。

 そう、今回の作戦の要は、帝国のトップに首輪を付けて、ハウリア族が帝国に真の意味で対抗できる程に力を蓄える時間を稼ぐことが目的だったのだ。よって、確かに、今回の戦いは亜人族最弱の種族である兎人族ハウリアの紛れもない勝利なのである。

「くそっ、アイツ等、放置して行きやがったな。……誰か、光を……あぁ、そうだ誰もいねぇ……って、ゴラァ! 南雲ハジメ! てめぇ、いつまで知らんふりしてやがる! どうせ、無傷なんだろうが! この状況、何とかしやがれ!」

 ハジメが通信越しに聞こえてくるハウリア達の歓声に目を細め、同じく作戦の成功に涙ぐみながら飛びついてきたシアを抱き締めてモフモフしていると、暗闇の向こう(ハジメには夜目があるので、転がり回っているガハルドの姿が見えている)から、ガハルドの怒声が聞こえ始めた。

 ちなみに、シアが抱きついてきた瞬間に、掴まれていたリリアーナはポイッと脇に捨てられている。突然の襲撃と、婚約者の死亡という事態に呆然としていたリリアーナだったが、ハジメのあんまりな扱いに涙目で「おうじょ! なのにぃ……」と、毎度お馴染みの嘆きを呟きながら、恋人に捨てられた女の如く崩れ落ちた姿勢でめそめそしていた。

「へいへいっと……」

 ハジメは片手でシアを抱き締めながら、“宝物庫”から発光する鉱石を取り出し天井に飛ばした。光石は、天井付近で浮遊すると一気に夜闇を払い、昼間と変わらない明るさをパーティー会場にもたらした。

 全体が明らかになったパーティー会場は、まさに“凄惨”という言葉がぴったりな有様だった。至る所におびただしい量の血が飛び散り、無数の生首が転がっている。胴と頭がお別れしていない者でも無事な者は一人もおらず、全員が手足の腱を切られて痛みに呻きながら床に這いつくばっていた。

 貴族の令嬢方は、恐怖と痛みで失禁しているものも少なくない。明るくなって会場の惨状を見た瞬間、ショックで意識を失ったのは、ある意味僥倖だろう。

 辛うじて意識を保っていた気丈な一部の令嬢達も、視界の端に映ったシアのウサミミを見た瞬間、声にならない悲鳴を上げて白目を剥きながら気絶した。男でも少なくない者が失禁しながらシアに怯えた目を向けている。

 どうやら、ハウリア族の恐怖はしっかりと刻み込まれたようだ。

 そんな中、完全に無傷なハジメ達と勇者一行は、明らかに浮いていた。最後まで戦闘を行っていた者達は射殺しそうな程に憎しみの籠った眼で睨んできている。完全にグルだと思われているようだ。

「おい、こら、南雲ハジメ。いい加減、いちゃついてないで手を貸せよ。この状況で女、しかも兎人族の女を愛でるって、どんだけ図太い神経してんだよ」
「いや、ほら、シアはか弱いウサギだから、さっきの襲撃で怯えちまってんだよ。可哀想になぁ。ほんと恐ろしい奴等だった。俺も、身を守るので精一杯だったよ」

 そんな戯けた事を言いながら、わざとらしくブルブルと震えてみせるハジメ。

 ガハルドの額に青筋が浮かぶ。詠唱封じに口を裂かれたため話せない者達も、倒れたまま「視線だけで殺してやる!」と言わんばかりの凶悪な眼差しを向けている。光輝達は、神経が太すぎると戦慄にも似た眼差しを向けていた。

「いけしゃあしゃあと……とにかく、無傷であることに変わりねぇだろ。お前等に帝国に対する害意がないってんなら、治療するなり、人を呼ぶなりしてくれてもいいんじゃねぇか?」
「だがなぁ、あんたの部下達が、治療した瞬間に襲いかかってきそうな殺気を放っているんだが……その場合、そのまま殺っちゃっていいのか?」
「いいわけ無いだろ! おい、お前ら! そこの化け物には絶対手を出すなよ! 例え、クソ生意気で、確実にハウリア族とグルで、いい女ばっか侍らしてるいけすかねぇクソガキでも無駄死には許さねぇぞ!」

 生き残ったガハルドの部下達は自分達の主からの生き残れという命令に悔しそうに目元を歪める。ハジメは、イラっとして目元を歪める。

「ほれ、お前のことを殺したくても、実際に化け物の顎門に飛び込むような馬鹿は、ここにはいねぇ。俺がさせねぇ。そろそろ出血がヤバイ奴もいるんだ。頼むぜ、南雲ハジメ」
「まぁ、向かってこないなら別にいいけどな。……香織、頼む」
「うんっ、任せて……“聖典”!」

 詠唱なし。魔法陣なし。魔法名だけで即時発動した回復系最上級魔法の光り輝く波動が、パーティー会場全体に波紋する。そして、傷ついた者達を瞬く間に治癒していった。

「回復まで化け物クラスかよ。……やってられねぇな」

 ガハルドが香織の回復魔法の尋常でない技量に、どこか疲れた表情でぼやいた。みるみるうちに癒えていく体に、ガハルドの部下達も唖然としている。最上級魔法の即時発動など、一般的な認識では不可能事なのだから当然だろう。

 回復しても意識を閉ざしたままの令嬢方や腰を抜かしたままの貴族達を尻目に、戦闘可能な者は即時にガハルドの周囲に固まり、ハジメに向けて警戒心丸出しの険しい表情を向けた。

「だから、よせっての。殺気なんか叩きつけて反撃くらったらマジで全滅すんぞ」
「しかし、陛下! アイツ等は明らかに手引きを!」
「そうです! 皇太子殿下まで……放ってはおけません!」
「このままでは帝国の威信は地に落ちますぞ!」

 面倒そうに嗜めるガハルドに部下達が次々と言い募る。

 香織の規格外の回復魔法でその実力の一端を感じ取っていても、ハジメ自身の力を実際に目で見たわけではない。しかも、彼等の何人かは、以前、王国でガハルドと光輝の模擬戦を見ており、基準対象が微妙なので“あるいは”と考えてしまうのだ。

 その上で、ハウリアがもたらした被害は甚大だ。何せ、現皇帝とその一族に“呪い”をかけた上に、素行に問題は大ありだったとは言え、次期皇帝陛下の首を刎ね飛ばしたのだから。彼等も容易には引けない。

 息巻く部下達に、ガハルドが嘆息しつつ覇気を叩きつける。思わず呻き声を上げてふらつく彼等に、ガハルドは彼等以外の会場にいる者達にも向けて威厳に満ちた声を発した。

「ガタガタ騒ぐな! 言ったはずだぞ、お前等を無駄死にさせるつもりはないと。いいか、あの白髪眼帯の野郎は正真正銘の化け物だ。ただ一人で万軍を歯牙にもかけず滅ぼせる、そういう手合いだ。……強ぇんだよ、その影すら踏めない程な。奴に従えとは言わねぇが、力こそ至上と掲げる帝国人なら実力差に駄々を捏ねるような無様は晒すな!」

 ビリビリと震えるような怒声に、部下達も会場の貴族達もその身を強ばらせる。

「それはハウリア族に対しても同じだ。最弱のはずの奴等が力をつけて、帝国の本丸に挑みやがったんだ。いいようにしてやられたのは、それだけ俺達が弱く間抜けだったってだけの話だろう? このままで済ますつもりはねぇし、奴等もそうは思っていないだろうが……まずは認めろ。俺達は敗けたんだ。敗者は勝者に従う。それが帝国のルールだ! それでもまだ、文句があるなら俺に言え! 力で俺を屈服させ、従わせてみろ! 奴等がそうしたようにな!」

 ガハルドの怒声がパーティー会場に木霊する。腰を抜かしていた者達は視線すら向けられず、ガハルドの周囲の部下達は僅かに逡巡した後、ガハルドの前で頭を垂れた。自分達が早々にやられた中で、最後まで戦い抜いたのはガハルドなのだ。そのガハルドの言葉は、主であるという事以上に、重かった。

「うん、これにて一件落着だな」

 ハジメの満足気な言葉に、その場の全員が一斉にハジメを睨んだ。その眼差しは、言葉にする以上に雄弁に物語っていた。すなわち「お前が言うなっ! この疫病神!」だ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ハジメ達に対する敵対心を胸に秘めつつも、無駄死に確定の現実を前に手を出せず歯噛みする帝国の生き残り達が、ガハルドによって纏められ落ち着きを取り戻して少し。

 破壊された跳ね橋に手古摺ったものの何とか沈黙する帝城に乗り込んできた帝国兵達がパーティー会場に到着して再び色々騒動になりつつも、迅速に事態の収拾が図られた。

 生き残りの重鎮達が集められ、夜中にもかかわらず急遽開かれた緊急会議で誓約を果たすための段取りが決められた。途中、会場にいなかった重鎮の一人が誓約内容を聞いて何を馬鹿なと嗤ったのだが……

 その瞬間、会議室の明かりが数瞬消えて、再び明かりが戻った時には反対した男の部下の生首がテーブルに乗っているというホラーが発生。男は青褪めたままただ頷くしかなかった。他の重鎮達もパーティーの悪夢を思い出しガクブルと震える。その後の話は実に迅速に纏まったようだ。

 各所から被害報告を纏めつつ、亜人に対する法律を急ピッチで作成していく(草案はハウリア族の方で用意しておいた)。この時点で、ガハルドは、実はハウリア族が一般人には手を出していないことを知った。

 しかし、誰もいない公共施設が爆破解体されている事実から、いつでも爆破できるという無言のメッセージを受け取って、他にもどれだけの施設に爆発物が仕掛けられているのかと頭を抱えることになった。

 そして、夜中の内に、爆発騒ぎで叩き起こされていた兵士達によって、個人所有の亜人奴隷達が、先の魔物騒ぎで更地となった場所に急遽立てられた無数の仮設テントへと案内されることになった。復興に駆り出されていた亜人奴隷達が収容されている建物のすぐ隣だ。

 当然、猛反発が起きるに決まっている。夜中に突然叩き起されたかと思ったら、所有している奴隷を強制的に没収されるのだ。特に、奴隷商会においては、商会が潰れるのと同義である。金銭的補償は後からなされる上に、皇帝の勅命であるとはいえ、容易には納得できないことだ。

 それでも、国からの命令である以上、最後は折れなければならないわけだが……あの手この手で時間を引き伸ばし、駄々を捏ねる者もそれなりにおり、そういう者は大体、翌朝に生首で見つかることになった。

 そして、約束の一日が過ぎた翌昼過ぎ、帝都中の亜人奴隷が一箇所に集まるという異常事態に何事かと集まる帝都民を前にして、帝国側からの発表がなされた。誓約の内容と、更に細かく定めた法の内容である。

 淡々と告げられる内容に、唖然とする帝都民達。それも当然だろう。今まで身近にあって当然の如く便利な道具扱いしてきたものが一気になくなるのだ。しかも、今後、手に入れることも禁止される。正直、わけがわからないといった様子だった。

 そのうち、当然と言えば当然だが文句を叫ぶ輩が出て、それが一気に伝播し猛反発のうねりとなった。暴動になるのではと、亜人奴隷達を民衆から守る帝国兵達が冷や汗を流し始めた時、絶妙なタイミングでなされた発表によって一気に静かになった。

 すなわち、

「亜人に対する全ての対応は、“エヒト様”からの“神託”である!」

 更に、困惑する帝都民の前に光り輝く翼をはためかせて銀の羽を天より降り注がせる香織と、聖剣を掲げる勇者光輝が姿を見せる。これにより、その発表はこれでもかというほど信憑性を高めた。

 余りに神々しい(ハジメのアーティファクトで演出が加わっている)姿に帝都民達は皆、膝をついて祈りを捧げ始めた程だ。

 実は、香織が顔を真っ赤にして羞恥に逃げ出したいのを必死に耐えているとか、香織の気持ち一つで、帝都民が「ありがたや~」と拝みながら手にした銀羽が全てを分解する凶悪な兵器に変貌するとか、奴隷解放と法定化について国民にどう説明すべきかと頭を抱えるガハルドに「エヒトを利用すればいいんじゃね?」と提案し、ノリノリで過剰演出を施したハジメが、こいつらマジチョロ民とほくそ笑んでいることとかを帝都民が知ったら……きっと皆仲良く卒倒することだろう。

 “神の使徒たる天使様の羽”を手に入れ、上機嫌の一般市民と国からの補償もあることから渋々、本当に渋々引き下がる元所有者達。彼等の目の前で、数千人の亜人奴隷達の枷が兵士達の手により次々と外されていく。

 亜人達は、それを呆然とした様子でただただ黙って受け入れた。何が起きているのか正直よくわかっていないといった様子がほとんどだ。理解はしていても信じられないといったところなのだろう。

 やがて、それなりの時間をかけて全ての亜人から奴隷の枷が外されると、勇者である光輝が持ち前のカリスマを発揮しながら帝都外へと亜人達を先導した。そこには、当然、ガハルドやハジメ達もいる。

 そして、帝都に外に出ても未だ呆然としている亜人達に、身体強化によって声を増幅させたシアが大声で「自由ですよぉー! お家に帰りますよぉー!」と叫ぶと、ようやく“解放”されたことを実感したようで、一斉に大地を揺るがす程の大歓声が上がった。

 晴れ晴れとした青空の下、帝都の外壁を背にしつつ、数千人に及ぶ亜人達が家路につく。有り得ないと思っていた現実に、涙を流し、肩を叩きあって喜びをあわらにする亜人達。

 彼等の中には、心身共に酷い傷を負っている者も多くいたが、再生魔法と魂魄魔法によって大抵治っている。記憶をピンポイントで消すような細かい事を数千人規模で行うことは流石にユエでも出来ないので、酷い記憶との折り合いなどは周りの家族や友人による長期的なケアが必要だろう。

 また、帝都以外の町にもまだまだ奴隷となっている亜人達はおり、彼等に対する治癒までハジメ達は請け負えない。彼等もまた、樹海に帰還した後、周囲の助けを借りて心身を癒していくしかない。

 それでも、生きて再び故郷の地を踏める、生き別れた大切な人達と再会できる……それはきっと“奇跡”と呼ぶに相応しい出来事だ。

 ハジメは、歓声を上げる亜人達を眺めながら、日本や家族に想いを馳せ「俺もいつか……」と内心で呟きつつ、自分に寄り添うユエの手をそっと握った。可愛く愛しい恋人は、まるで「大丈夫」とでも言うかのように、優しく、されど力強くハジメの手を握り返すのだった。

いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

これにて、第五章 帝国編(第一部)は終わりです。
ハウリア達の成長と攻防、楽しんで貰えたでしょうか?
少しはっちゃけ過ぎたような気もしたりしますが……作者は楽しかったですw
今回の戦いは、決戦であって決戦でなし、と言えるかもしれません、
これで、この世界の亜人差別や不遇が完全に払拭されることはありませんし、ハウリア達の戦いはこれからが本番と言えるでしょう。
ただ、この世界の種族的問題に強い波紋を生じさせたのは間違いありません。
後に、人間と亜人が手を取り合って……何て展開も考えていたり、なかったり……
元は敵同士が、後に味方に! てテンプレ展開は、作者の大好物です。
楽しみにして頂ければ嬉しいです。

次回から迷宮攻略に戻ります。
ハジメ達と勇者一行のあれこれ、これまた楽しみにして貰えると嬉しいです。

更新は、来週土曜日18時の予定です。
+注意+
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