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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第五章

118/266

帝城 後編

帝城での出来事、分割後編です。
暴行シーンがあるのでご注意下さい。
但し、欝展開はありません。
 通された部屋は、三十人くらいは座れる縦長のテーブルが置かれた、ほとんど装飾のない簡素な部屋だった。そのテーブルの上座の位置に、頬杖をついて不敵な笑みを浮かべる男――ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーがいた。彼の背後には二人、見るからに“できる”とわかる研ぎ澄まされた空気を纏った男が控えている。

 そして、部屋の中に姿は見えないが、壁の裏に更に二人、天井裏に四人、そして閉まった扉の外に音もなく二人が控えているのをハジメはしっかりと感じ取っていた。ガハルドの背後に控える男二人程ではないが相当の手練である。

「お前が、南雲ハジメか?」

 ハジメ達が部屋に入るなり、リリアーナによる紹介も、勇者である光輝への挨拶もすっ飛ばして、ガハルドはハジメをその鋭い眼光で射抜きながらプレッシャーを叩きつけた。

 数十万もの荒くれ者共を力の理で支配する男の威圧。半端なものではない。同じ王族であるリリアーナが息苦しそうに小さな呻き声を上げ、光輝達は思わず後退りをする。

 しかし、そんな強烈なプレッシャーの中でも、ハジメ、ユエ、シア、ティオ、香織の五人は平然としていた。一番、経験の少ない香織ですら【メルジーネ海底遺跡】では極まった狂気の嵐と太古より生きる不死身の怪物と相対して生き残ったのだ。

 皇帝の威圧とは言え、大迷宮攻略者にとってはそよ風に等しい。

 そんなハジメ達を見て、ますます面白げに口元を吊り上げるガハルドに、ハジメが返事をする。

「ええ、俺が南雲ハジメですよ。御目に掛かれて光栄です、皇帝陛下」
「「「「「!?」」」」」

 胸に手を当てて軽くお辞儀しながら、そんな事を言うハジメに光輝達が驚愕の視線を向けた。

 その見開いた瞳は明らかに「お前、誰だよっ!」と物語っていた。特に、リリアーナの動揺が激しい。ガハルドの威圧を受けて小さな呻き声を上げつつも、ほとんど表情を変えなかったというのに、今は隠しもせず愕然とした表情でハジメを凝視している。

 ハジメとてTPOを弁える事くらいは出来る。いつもは、敢えて無視しているだけだ。

 だが、今回は帝城に用事があるので、皇帝の機嫌を損ねて追い出される訳にはいかない。既に信ずべき神がいない以上、“神の使徒”という肩書きもどこまで有効かわからないのだ。勇者一行であるというだけでは押し通れない可能性がある。なので、最低限の礼を示すべきだと判断したのだ。一人称が改まっていない辺りがハジメらしいが。

「ククク……思ってもいないことを。普段の傍若無人な態度はどうしたんだ? ん? 何処かの王女様が対応の違いに泣いちまうぞ?」

 しかし、ガハルドは笑い声を漏らしながら揶揄する。

 ハジメは、チラリとリリアーナを見た。「姫ェ、てめぇ、なに余計なこと喋ってんだ、あぁ?」という視線をハジメから向けられたリリアーナは、ぷいっ! とそっぽを向く。ガハルドからハジメがどういう人間か聞かれた際に、つい自分に対する扱いがなっていないと少しばかり愚痴っぽく語ってしまったのだ。

「似合わねぇ喋り方してぇねぇで、普段通り話しな。俺は、素のお前に興味があるんだ」
「……はぁ、そうかい。んじゃ、普段通りで」
「くく、それでいい」

 ハジメの態度に驚きつつも、順に席に着く光輝達。

 それを見て、ようやくハジメから視線を外したガハルドがハジメの傍に陣取るユエ達を興味深げに観察し、特にシアに対しては意味深げな視線を向ける。次いで、光輝達の方に視線を向けると……光輝はスルーして隣の雫に目を向けニヤリと楽しげな笑みを浮かべた。

「雫、久しいな。俺の妻になる決心は付いたか?」
「お、おい! 雫は、既に断っただろう!」

 ガハルドの言葉に雫が何かを言い返すより早く、光輝が反応する。チラリと光輝を見たガハルドは、ハッと鼻で笑うと雫を真っ直ぐに見つめだした。あからさまな“眼中にない”という態度をとられて額に青筋を浮かべる光輝。

 そんな二人に嘆息しながら、雫は澄まし顔をして答える。

「前言を撤回する気は全くありません。陛下の申し出はお断りさせて頂きます」
「つれないな。だが、そうでなくては面白くない。元の世界より、俺がいいと言わせてやろう。その澄まし顔が俺への慕情で赤く染まる日が楽しみだ」
「そんな日は永遠に来ませんよ。……というか、皇后様がいらっしゃるでしょう?」
「それがどうした? 側室では不満か? ふむ、正妻にするとなると色々面倒が……」
「そういう意味ではありません! 皇后様がいるのに他の女に手を出すとか……」
「何を言っている? 俺は皇帝だぞ? 側室の十や二十、いて当たり前だろう」
「ぐっ……そうだったわ。と、とにかく、私は陛下のものにはなりません。諦めて下さい」
「まぁ、神による帰還が叶わない以上、まだまだこの世界にいるのだろうし、時間をかけて口説かせてもらうとしようか。クク、覚悟しろよ、雫」

 どうやら本当に、ガハルドは雫を気に入っているようだ。強欲な皇帝陛下らしく、断られたくらいでは諦めないらしい。その鋭い眼光が完全に雫をロックオンしていた。雫は、心底嫌そうな表情でそっぽを向いているのだが、全く気にした様子もない。

 と、その時、そっぽを向いた先で雫の視線が、偶然、ハジメと合う。その時のハジメの眼差しには、「流石、苦労人(笑)」という明らかに面白がるような色が含まれていた。

 イラっときた雫は、つい、用意された紅茶に付いてきた角砂糖を指で弾いてしまった。ハジメには遠く及ばないが、結構な勢いで飛ばされた角砂糖の弾丸は、狙い違わずハジメの憎たらしい顔面に飛来し……

 しかし、直撃することはなく、パクッとハジメの口にキャッチされてしまった。ハジメは、これ見よがしにモゴモゴと口を動かし、角砂糖の甘さをしっかりと堪能してから胃に収めた。それを見て悔しそうな雫に対して、ハジメは澄まし顔だ。

 そんな様子を見ていたガハルドは、改めてハジメに鋭い視線を向ける。色んな意味で値踏みするような眼差しだ。

「ふん、面白くない状況だな。……南雲ハジメ。お前には聞きたいことが山ほどあるんだが、まず、これだけ聞かせろ」
「ああ? なんだ……」
「お前、俺の雫はもう抱いたのか?」
「「「「ぶふぅーー!?」」」」

 唐突にとんでもない事を真剣な表情で尋ねるガハルドに、雫を含めた数人が吹き出した。

 ガハルドの背後に控える護衛の男達ですら「陛下……最初に聞くのがそれですか……」と頭の痛そうな表情をしている。彼等も苦労人のようだ。

「ちょっ、陛下! いきなり何をっ……」
「雫、お前は黙っていろ。俺は、南雲ハジメに聞いてんだよ」

 当然、雫が泡を食ってガハルドにツッコミを入れようとするが、ガハルドはそれを無視してハジメに視線を向けている。それに対してハジメは呆れ顔だ。

「何をどうしたらそんな発想に辿り着くんだよ」
「どうやら、雫はお前に心を許しているようだからな……態度から見て、ないとは思うが、念のためだ」
「はぁ、あるわけないだろ」
「……ふむ、嘘はついてないな。では、雫のことはどう思っている?」

 その質問に、部屋中の視線がハジメに集まった。ユエ達や光輝達の様々な意味が込められた視線が突き刺さる。

 ハジメは、何で皇帝陛下と謁見して最初に聞かれる質問が雫との関係なのかと溜息を吐きながら、何となしに雫に視線を向けた。雫の表情が大変面白いことになっていた。ハジメは、首を傾げて雫を見つめる。

 若干、雫の耳が赤くなり始めている気がするが……

 取り敢えず告げた答え(本音)は……

「……オカンみたいな奴」
「OK、その喧嘩買ったわ。表に出なさい、南雲君」

 十七歳のうら若き乙女を捕まえて、よりによって“オカンみたい”とは何事か、と雫がすわった眼差しでハジメを睨みながらゆらりと席を立とうとする。既に、先程までの微妙な雰囲気は微塵もない。慌てて隣の鈴と光輝が雫を掴み止めて必死に宥めにかかった。

「……まさかの回答だが……まぁ、いい。雫、うっかり惚れたりするなよ? お前は俺のものなのだからな」
「だから、陛下のものではありませんし、南雲君に惚れるとかありませんから! いい加減、この話題から離れて下さい!」
「わかった、わかった。そうムキになるな。過剰な否定は肯定と取られるぞ?」
「ぬっぐぅ……」

 ガハルドの物言いに思わず呻き声を上げてドカッと座り直す雫。苦笑いしながら鈴が宥めて、光輝は何故かハジメを睨む。

「南雲ハジメ。お前も、雫に手を出すなよ?」
「興味の欠片もねぇから、安心しろ。つか、ホント無駄話しかしないなら、もう退出したいんだが?」
「無駄話とは心外だな。新たな側室……あるいは皇后が誕生するかもしれない話だぞ? 帝国の未来に関わるというのに……まぁ、話したかったのは確かに雫のことではない。わかっているだろう? お前の異常性についてだ」

 雫を絡めてハジメを観察する時間を稼いでいたガハルドだが、そろそろ潮時と判断してガラリと雰囲気を変える。今までの覇気を纏いつつもどこかふざけた雰囲気を含ませていたのとは異なり、抜き身の刃のような鋭さを放ち始める。

 ガハルドは、ハジメ達との謁見の時間をとった最大の理由に切り込んだ。

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前が、大迷宮攻略者であり、そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、二ヶ月かかる道程を僅か二日足らずで走破する、そんなアーティファクトを。真か?」
「ああ」
「そして、そのアーティファクトを王国や帝国に供与する意思がないというのも?」
「ああ」
「ふん、一個人が、それだけの力を独占か……そんなことが許されると思っているのか?」
「誰の許しがいるんだ? 許さなかったとして、何が出来るんだ?」

 ハジメの簡潔な返しにガハルドが目を細める。

 帝王の覇気が更に増し、リリアーナなどは歯を食いしばっており相当苦しそうだ。ガハルドの背後にいる護衛達がガハルドに合わせて殺気を放ち始める。対して、部屋の周囲に隠れている者達の気配が更に薄まっていった。まさに一触即発の状態だ。

 緊迫する空気に光輝達が顔を強ばらせ臨戦態勢をとる。

 しかし、当のハジメ達は、重く粘り着くような殺意を柳に風と受け流し、平然と紅茶に手を伸ばしていた。その際、チラリと極度に気配が薄くなった周囲に隠れている者達の場所に視線を向けた。「丸見えだぞ?」とでも言うように。

 それが伝わったのか、微かに動揺するような気配が伝わった。

「はっはっは、止めだ止め。ばっちりバレてやがる。こいつは正真正銘の化け物だ。今やり合えば皆殺しにされちまうな!」

 ガハルドが豪快に笑いながら、覇気を収めた。それに合わせて周囲の者達も剣呑な空気を収めていく。

「なんで、そんな楽しそうなんだよ?」
「おいおい、俺は“帝国”の頭だぞ? 強い奴を見て、心が踊らなきゃ嘘ってもんだろ?」

 光輝達が、訳が分からずとも取り敢えず空気が戻ったことにホッと息を吐く中で、楽しげなガハルドに呆れたようにツッコミを入れるハジメ。それに対するガハルドの返事は、実に実力至上主義の国の人間らしいものだった。

「それにしても、お前が侍らしている女達もとんでもないな。おい、どこで見つけてきた? こんな女共がいるとわかってりゃあ、俺が直接口説きに行ったってぇのに……一人ぐらい寄越せよ、南雲ハジメ」
「馬鹿言うな。ド頭カチ割るぞ…………いや、ティオならいいか」
「っ!? な、なんじゃと……ご、ご主人様め、さり気なく妾を他の男に売りおったな! はぁはぁ、何という仕打ち……たまらん! はぁはぁ」
「ちょっと問題あるが、いい女だろ、外見は」
「すまんが、皇帝にも限界はある。そのヨダレ垂らしている変態は流石に無理だ」
「こ、こやつら、本人を目の前にして好き勝手言いおって! くぅうう、んっ、んっ、きっと、このあと陛下に無理矢理連れて行かれて、ご主人様の目の前で嫌がる妾を無理やりぃ……ハァハァ、んっーー……下着替えねば」

 妙にスッキリした表情のティオにガハルド達ですらドン引きしている。そして、そんな変態を侍らしているハジメに戦慄の眼差しを向けた。ガハルドは、咳払いをして気を取り直す。

「俺としては、そちらの兎人族の方が気になるがね? そんな髪色の兎人族など見た事がない上に、俺の気当たりにもまるで動じない。その気構え、最近捕まえた玩具を思い起こさせるんだが、そこのところどうよ?」

 ガハルドの“玩具”発言に、シアの目元が一瞬ピクリと反応する。隣のユエが、テーブルの下でそっとシアの手を握った。

「玩具なんて言われてもな……」
「心当たりがないってか? 何なら、後で見るか? 実は、何匹かまだ(・・)いてな、女と子供なんだが、これが中々――」
「興味ないな」

 ガハルドの言葉ははったりだ。カムを通じて、捕まった者全員を連れ出したことは確認済みである。カマをかけているのだろう。それに対するハジメの返事は一言だった。

 しかし、ガハルドの口撃は終わらない。

「ほぉ。そいつらは、超一流レベルの特殊なショートソードや装備も持っていたんだが、それでも興味ないか、錬成師(・・・)?」
「ないな」
「……そうかい。ところで、昨日、地下牢から脱獄した奴等がいるんだが、この帝城へ易々と侵入し脱出する、そんな真似が出来るアーティファクトや特殊(・・)な魔法は知らないか?」
「知らないな」
「……はぁ……ならいい。聞きたい事はこれで最後だ……神についてどう思う?」
「興味ないな」
「あ~、もう、わかったわかった。ったく、愛想のねぇガキめ」

 ガハルドがガリガリと頭を掻きながら悪態をつく。しかし、その表情にはやはり何処か楽しげな表情が浮かんでいる。自分に抗う相手というのが実に好みらしい。言葉の端々に含ませたものから、おそらくガハルドは、ハウリア族とハジメに関係があると察している上に、脱獄もハジメの手引きだと気がついているようだ。

 そして、この世界の問題に対するハジメのスタンスも短い言葉で理解したようである。少なくとも、直接ハジメと相対するような行動はとらないようだ。結局、帝城から追い出そうとしないのがいい証拠である。

 そこで時間が来たのか、背後に控えていた男の一人が、そっとガハルドに耳打ちすると、ガハルドはおもむろに席を立った。

「まぁ、最低限、聞きたいことは聞けた……というより分かったからよしとしよう。ああ、そうだ。今夜、リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。是非、出席してくれ。姫と息子の婚約パーティーも兼ねているからな。真実は異なっていても、それを知らないのなら、“勇者”や“神の使徒”の祝福は外聞がいい。頼んだぞ? 形だけの勇者君?」

 ガハルドは、突然落とされた爆弾発言に唖然とする光輝達を尻目に、不敵な笑みを浮かべながら挑発的にハジメを睨むと、そのまま颯爽と部屋から出て行った。

 バタンと扉の締まる音が響き、それによってハッと正気を取り戻した光輝達がリリアーナを詰問する。

「リリィ、婚約ってどういうことだ! 一体、何があったんだ!」
「それは……例え、狂った神の遊戯でも、魔人族が攻めてくれば戦わざるを得ません。我が国の王が亡くなり、その後継が未だ十歳と若く、国の舵取りが十全でない以上、同盟国との関係強化は必要なことです」
「それが、リリィと皇子の結婚ということなのね?」
「はい。お相手は皇太子様ですね。ずっと以前から皇太子様との婚約の話はありました。事実上の婚約者でしたが、今回のパーティーで正式なものとするのです。魔人の侵攻で揺らいでいる今だからこそ、というわけです」
「王国には? 協議が必要ではないの?」
「事後承諾ではありますが、反対はないでしょう。元々、そういう話だったわけですし。それに、今の王国の実質的なトップは私です。ランデルは未だ形だけですし、お母様も前には出ない人ですから。なので、問題ありません。今は何事も迅速さが必要な時なのです」

 決然とした表情でそう話すリリアーナ。光輝は、苦虫を噛み潰したような表情をしながら口を開いた。

「……リリィは、その人の事が好きなのか?」
「好き嫌いの話ではないのです。国同士の繋がりのための結婚ですから。ただ、皇太子様には既に幾人もの愛人がいらっしゃるので、その方達の機嫌を損ねることにならないか胃の痛いところです。私の立場上、他の皇子との結婚というのは釣り合いが取れませんから、仕方がないのですが……」
「な、なんで、そんな平然としているんだよ! 好きでもない上に、そんな奴と結婚なんて、おかしいだろ!」
「光輝さん達から見れば、そうなのかもしれませんが、私は王族で王女ですから。生まれた時から、これが普通のことです」
「普通って……リリィだって、女の子なんだ。ちゃんと好きになった人と結婚したいんじゃないのか?」

 納得できず喚く光輝に、リリアーナはただ困ったような笑みを浮かべるだけだった。

 リリアーナとて、確かに女の子だ。特に、親友となった異世界の女の子達、香織や雫達とガールズトークをすれば、ロマンチックな恋愛に憧れたりも当然する。

 曖昧に微笑むリリアーナに、なお言い募ろうとする光輝を雫が止める。微妙な空気が流れる中、おもむろにハジメが席を立った。そして、何事もなかったように部屋を出ていこうとする。それに、光輝が行き場のない感情を吐き出すように突っかかった。

「おい! 南雲! お前は、何とも思わないのか!」
「はぁ? 何で俺が姫さんの婚約をどうこう思うんだよ? まして、これは婚姻という形をとっただけの政治の話だろ? むしろ、ド素人が口を挟むことじゃねぇよ」
「ぐっ、で、でも……」
「それより、今の俺達にはやる事がある。下手な事して、邪魔したらぶちのめすからな?」

 ハジメはそれだけ言うと、ユエ達を引き連れてさっさと出て行ってしまった。憤る光輝を宥めながら、これから起こることの結果次第では、どっちにしろ婚約話はなくなる可能性もあるなぁと、雫はどこか疲れ気味に天を仰ぐのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ハジメ達が出ていき、雫達と二、三話をしたあと、リリアーナは今夜のパーティーの準備もあったので部屋に戻ってお付の侍女達と打ち合わせをしていた。やっていることは、主にドレスの選別だが。

「まぁ、素敵ですわ、リリアーナ様!」
「本当に……まるで花の妖精のようです」
「きっと、殿下もお喜びになりますわ!」

 既に何十着と試着を済ませた果てに選ばれたドレス候補の一つを試着して、姿見の前でくるりと回るリリアーナに、周囲の侍女達がうっとりと頬を染めてお世辞抜きの賛辞を送る。十四歳という少女と女の狭間にある絶妙な魅力が、淡い桃色のドレスと相まって最大限に引き立てられていた。侍女の一人が言ったように、まさに花の精と表現すべき可憐さだった。

「そう、ね。これにしましょうか。後は、アクセサリーだけど……」

 リリアーナ自身も納得したようで、一つ頷く。

 いくらこれが政略結婚であり、皇太子であるバイアス・D・ヘルシャーが父親に似た極度の女好きで、過去何度か会った時も、まだ十にも届かない年齢のリリアーナを舐めるような嫌らしい視線で見やり、そのくせ実力は半端なく、王国に来た時も下級騎士を“稽古”と称して悪戯に嬲るという強さをひけらかす嫌な人間であったとしても、夫になる相手であることに変わりはない。

 なので、パートナーとして恥をかかせるわけにはいかないし、自分の婚約パーティーでもある以上、リリアーナも最大限に着飾ろうと思っていた。光輝に言われた“好きな人と”という言葉がやけに頭にチラつくのを振り切るように。

 リリアーナとて女の子だ。ハイリヒ王国の才女と言われ多くの人々から親しまれようと、女の子らしい憧れくらいある。ピンチの時に、颯爽と現れる王子様を夢見たこともあるし、偶然の出会いに惹かれあって、多くの障害を乗り越えながら結ばれるというラブストーリーを妄想したことだってある。

 だが、それは有り得ない未来だ。リリアーナは聡明であったが故に、幼い頃から自分に課せられた使命とも言うべき在り方を受け入れていた。だから、心の底では嫌悪感を抱く相手であっても、立派な妻になろうという気持ちは本当であり、今夜のパーティーも立派に皇太子妃として務め上げようと決意していた。

 と、その時、突然、部屋の外が騒がしくなった。そして何事かと身構えるリリアーナ達の前でノックもなしに扉が開け放たれ、大柄な男が何の躊躇いも遠慮もなくズカズカと部屋の中に入ってきた。リリアーナに付いてきた近衛騎士達が焦った表情で制止するが、その男は意に介していないようだ。

「ほぉ、今夜のドレスか……まぁまぁだな」
「……バイアス様。いきなり淑女の部屋に押し入るというのは感心致しませんわ」
「あぁ? 俺は、お前の夫だぞ? 何、口答えしてんだ?」
「……」

 注意をしたリリアーナに、鬱陶しそうな表情で返したのはリリアーナの婚約相手であるバイアス・D・ヘルシャーその人である。数年前と変わらない、粗野で横暴な雰囲気を纏い、上から下までリリアーナを舐めるように見る。リリアーナの背筋に悪寒が走った。

「おい、お前ら全員出ていけ」

 バイアスは、突然、ニヤーと口元を歪めると侍女や近衛騎士達にそう命令する。戸惑う彼女達に恫喝するように再度命令すれば、侍女達は慌てて部屋を出ていった。しかし、近衛騎士達は、当然渋る。それを見てバイアスの目が剣呑に細められたことに気がついたリリアーナは、何をするかわからないと慌てて近衛騎士達を下がらせた。

「ふん、飼い犬の躾くらい、しっかりやっておけ」
「……飼い犬ではありません。大切な臣下ですわ」
「……相変わらず反抗的だな? クク、まだ十にも届かないガキの分際で、いっちょ前に俺を睨んだだけのことはある。あの時からな、いつか俺のものにしてやろうと思っていたんだ」

 そういうと、バイアスは、顔を強ばらせつつも真っ直ぐに自分を見るリリアーナに心底楽しげで嫌らしい笑みを浮かべると、いきなり彼女の胸を鷲掴みにした。

「っ!? いやぁ! 痛っ!」
「それなりに育ってんな。まだまだ足りねぇが、それなりに美味そうだ」
「や、やめっ」

 乱暴にされてリリアーナの表情が苦痛に歪む。その表情を見て、ますます興奮したように嗤うバイアスは、そのままリリアーナを床に押し倒した。リリアーナが悲鳴を上げるが、外の近衛騎士達は気が付いていないようだ。

「いくらでも泣き叫んでいいぞ? この部屋は特殊な仕掛けがしてあるから、外には一切、音が漏れない。まぁ、仮に飼い犬共が入ってきても、皇太子である俺に何が出来るわけでもないからな。何なら、処女を散らすところ、奴等に見てもらうか? くっ、はははっ」
「どうして……こんな……」

 リリアーナが、これからされる事に顔を青ざめさせながらも、気丈にバイアスを睨む。

「その眼だ。反抗的なその眼を、苦痛に、絶望に、快楽に染め上げてやりたいのさ。俺はな、自分に盾突く奴を嬲って屈服させるのが何より好きなんだ。必死に足掻いていた奴等が、結局何もできなかったと頭を垂れて跪く姿を見ること以上に気持ちのいいことなどない。この快感を一度でも味わえば、もう病みつきだ。リリアーナ。初めて会ったとき、品定めする俺を気丈に睨み返してきた時から、いつか滅茶苦茶にしてやりたいと思っていたんだ」
「あなたという人はっ……」
「なぁ、リリアーナ。結婚どころか、婚約パーティーの前に純潔を散らしたお前は、どんな顔でパーティーに出るんだ? 股の痛みに耐えながら、どんな表情で奴等の前に立つんだ? あぁ、楽しみで仕方がねぇよ」

 例え、嫌悪感さえ抱く相手だとしても、妻として支え諌めていけば、いつかきっと立派な皇帝になってくれる、いや、自分がそうしてみせると決意したリリアーナの心に早くも亀裂が入る。

 リリアーナは悟ったのだ。目の前の、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死に堪えるリリアーナを見てニヤニヤしている男は、ある意味、正しく“帝国皇太子”なのだと。

 バイアスに恥をかかすまいと選んだドレスが、彼の手により引きちぎられる。シミ一つない玉の肌が晒され、リリアーナは羞恥で顔を真っ赤にした。両手を頭の上で押さえつけられ、足の間にも膝を入れられて隠すことも出来ない。

 バイアスは、ニヤついたまま、キスをするつもりなのか、ゆっくりと顔をリリアーナに近づけていった。まるで、リリアーナの恐怖心でも煽るかのように目は見開かれたままだ。片手で顎を掴まれているので顔を逸らすことも出来ないリリアーナは、恐怖と羞恥で遂にホロリと流れた自身の涙にすら気づかずに、ふと思った。

 望んだ通りの結婚なんて有り得ないと覚悟はしていたけれど、こんなのはあんまりだと。本当は、好きな人に身も心も捧げて幸せになりたかったと。それは、王女という鎧で覆った心から僅かに漏れ出た唯の女の子としての気持ち。

 そして、香織や雫に聞いた話を思い出す。ピンチの時に颯爽と現れて、襲い来る理不尽を更なる理不尽で押し潰し、危難の沼から救い上げてもらったという、まるで御伽噺のような物語。

 もし願ったなら、自分にも救いは訪れるのだろうか。リリアーナは、何を馬鹿なと王女としての自分が嗤う声を聞きながら、それでも止められず心の中で呟いた。

 すなわち、

――助けて

 と。

 その瞬間、仰向けに組み伏せられたリリアーナは自分に迫るバイアスの肩の上に、天井から落ちてきた小さな蜘蛛らしきものがピトッ! と着地するのを目撃した。「えっ?」と驚きながら目を見開いたリリアーナの眼前で、蜘蛛は足の一本を振りかぶると、そのままそれをバイアスの首にプスッ! 突き刺した。

「いつっ! なんだ? 今、くびにぃ……」

 首に感じた痛みに、もう僅かでリリアーナの唇に接触するというところで身を引いたバイアスは首を押さえる。その時には、既に天井に吊るした糸を辿ってスルスルと退避している蜘蛛。

 リリアーナが、呆然とその光景を見ていると、バイアスは、突然、目を瞬かせながら呂律が回らない様子になり、直後、そのままガクッと意識を失い、リリアーナの上に倒れ込んだ。

「えっ? えっ?」

 混乱するリリアーナの前に、再度、蜘蛛が糸を伝ってバイアスの上に降りてくる。バイアスは現在、リリアーナの上に覆いかぶさっている状況なので、彼の肩口に乗る蜘蛛がちょうどリリアーナの眼前に来ている。そこまで間近で凝視して、リリアーナは初めてその蜘蛛の異様さに気がついた。

「……金属の…蜘蛛?」

 そう、バイアスの肩に乗っている蜘蛛は金属で出来ていたのだ。目を丸くするリリアーナの前で、金属の蜘蛛は「止めだぁ!」とでもいうように、再度、プスッ! とバイアスの首に先程とは違う足を突き刺した。意識を失っているにもかかわらずビクンッ! と震えるバイアス。呼吸はしているので、本当の意味で止めを刺したわけではないようだ。

 リリアーナは、ハッと我を取り戻すとズリズリと体を動かしてバイアスの下から這い出る。そして、女の子座りをしたままジッと眼前の蜘蛛を見つめた。金属の蜘蛛は、少しだけリリアーナに水晶のような光沢のある目を向けると、そのまま糸を巻き上げてスルスルと天井へと上がっていく。

「あ、待って、待って下さい! もしかして、貴方は……」

 リリアーナが慌てて制止の声をかけるが、金属の蜘蛛はお構いなしに上がっていき、八本の足で天井にしがみつくと、そのままカサカサと外壁の方へ移動する。そして、僅かに紅い光を放つと、いつの間にか空いていた外に通じる壁の穴を塞ぎながら部屋から出ていってしまった。

 破れたドレスの前を寄せて肌を隠しながら座り込むリリアーナは、ようやく事態を把握して、微笑みを零しながらポツリと呟く。

「ありがとう……南雲さん」

 リリアーナがバイアスの婚約者である以上、今、助けられたところで、それはその場凌ぎでしかないと分かっている。だが、それでも、今この時、救いを求める呟きに応えてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった。

 胸元で破れた服を抑えてギュッと握られたリリアーナの両手は、あるいは、他の何かを握り締めているかのようだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 応接室を出てお付のメイドに部屋へ案内されたハジメ達。メイドを追い返したあと、ずっと、何かに集中するように目を瞑っていたハジメがスッと目を開く。それに気がついたユエが、普段よりずっと口数の少ないハジメに声をかけた。

「……どう? ハジメ」
「……ん~、上々だな。……途中、ちょっと面倒事があったが……予定の六割は完了した」

 ユエに答える声も、他の何かに集中しているかのように鈍い。

「早いね。やっぱりトラップは多いのかな?」
「……そうだな。だが、全てを解除する必要はない」
「ふむ、今夜がパーティーというのは幸いじゃの。人が固まれば、色々動きやすいのじゃ」
「最終的にはパーティー会場に集まることになりそうですね。……上手くいくでしょうか?」

 シアが、少し不安そうな表情になる。

 何せ、これから自分の家族の未来が決まる一世一代の大勝負が始まるのだ。緊張しない方がおかしいだろう。そんなシアのウサミミをハジメがモフり、ユエが頬をムニり、ティオが髪をナデナデして、香織が手をギュッと握る。

 微笑む仲間に、シアは込み上げるものを感じる。

 しかし、涙は流さない。例え、それが嬉し涙でも、まだまだ流すのは早いからだ。代わりに、いつものようにニッコリと輝く笑みを浮かべた。自分は一人ではない。家族もいる。恵まれすぎなくらいだと、その思いを隠さずあらわにした笑顔。ハジメ達が好むシアの魅力だ。

 シアの笑顔を確認したハジメは、いたずらを前にした子供のようにニヤリと笑みを浮かべると仲間に力強く告げる。

「さて、主役達のために舞台を整えようか」

 その言葉に、シア、ユエ、ティオ、香織も同じような笑みを浮かべて力強く頷いた。


いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回は、土曜日の18時更新の予定です。
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