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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第五章

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帝都


 雑多。

 ヘルシャー帝国の首都はどんなところ? と聞かれて答えるなら、その一言だろう。

 徹底的に実用性を突き詰めたような飾り気のない建物が並んでいる一方で、後から継ぎ足し続けたような奇怪な建物の並ぶ場所もある。ストリートは、区画整理? なにそれおいしいの? と言わんばかりに大小入り乱れ、あちこちに裏路地へと続く入口がある。

 雰囲気も、宿場町ホルアドのようにどこか張り詰めたような緊張感があり、露店を出している店主達ですら“お客様”という考えからは程遠い接客ぶりだ。

 だが、決して暗く淀んでいるわけでも荒んでいる訳でもなく、皆それぞれやりたい事をやりたいようにやるという自由さが溢れているような賑やかさがあった。何があっても自己責任、その限りで自由にやれ! という意気が帝都民の信条なのかもしれない。

 ヘルシャー帝国は先の大戦で活躍した傭兵団が設立した新興の国で、実力至上主義を掲げる軍事国家だ。帝都民の多くも戦いを生業としており、よく言えば豪気、悪く言えば粗野な気質だ。都内には大陸最大規模の闘技場などもあって、年に何度も種類の違う催しがなされており大いに盛り上がっている。

「おい、おまえ『ドガッ!!』ぐぺっ!?」

 そんな帝都に入ったハジメ達だが、当然、美女美少女を引き連れたハジメが目立たないわけがなく、しきりにちょっかいを掛けられては問答無用に沈めるという事を既に何度も繰り返していた。今も、ニヤつきながら寄って来た武装した男を強制的にトリプルアクセルさせた上、地面に濃厚なキスをさせたところである。

 しかし、周囲はそんな暴力沙汰を特にどうとも思っていないようで、ごく普通にスルーしている。この程度の“ケンカ”は日常茶飯事なのだろう。

「うぅ、話には聞いていましたが……帝国はやっぱり嫌なところですぅ」
「うん、私もあんまり肌に合わないかな。……ある意味、召喚された場所が王都でよかったよ」
「まぁ、軍事国家じゃからなぁ。軍備が充実しているどころか、住民でさえ、その多くが戦闘者なんじゃ。この程度の粗野な雰囲気は当たり前と言えば当たり前じゃろ。妾も住みたいとは全く思わんがの」

 どうやら、シア達は帝都がお気に召さなかったようである。無言ではあるが、ユエも同意するように頷いており、やはり女性には余り好かれない国なのかもしれない。特に、シアにとっては、目に入るものがいちいち心を抉るのだから尚更だろう。

「シア、余り見るな。……見ても仕方ないだろう?」
「……はい、そうですね」

 シアの目に入ってしまうそれは亜人族の奴隷達だ。使えるものは何でも使う主義の帝国は奴隷売買が非常に盛んだ。今も、シアが視線を向けている先には値札付きの檻に入れられた亜人族の子供達がおり、シアの表情を曇らせている。

 傍らのユエが心配そうにシアの手を握る。ハジメも、シアのほっぺをムニムニと摘んで不器用な気遣いをする。二人の暖かさが手と頬に伝わり、シアのウサミミが嬉しそうにパタパタと動いた。

「……許せないな。同じ人なのに……奴隷なんて」

 ハジメ達の後ろを歩いていた光輝が、ギリっと歯噛みする。放って置けば、そのまま突撃でもしそうだ。

 ハイリヒ王国は、聖教教会の威光が強く、亜人への差別意識も高い。その分、亜人を奴隷として傍に置くという考え自体が忌避されがちな風習なので、光輝達も王都で奴隷の亜人を見る機会はなかった。だから余計に心に来るものがあるのだろう。

 だからといって、本当に突撃されては敵わないのだが……もしそうなったら、即行で他人のフリをしようとハジメは心に誓う。

 もっとも、頼れるストッパー、ザ・苦労人()がいるのでその心配はないだろう。今も、光輝にあれこれと諌めるように話しかけている。龍太郎が、脳筋らしく煽るが、そこは鈴がさりげなく押さえ込んでいる。ある意味、いいチームである。女性陣がいなければ早々に破綻しそうなチームではあるが……

「そう言えば、雫ちゃんって皇帝陛下に求婚されたよね?」
「……そう言えば、そんな事もあったわね」

 思い出したくなかった事を思い出して顔をしかめる雫。

 ユエ達女性陣が、「ほぉ~」と、どこかニヤついた表情で雫を見る。雫は、その視線に更に顔をしかめた。隣で光輝が渋い表情になる。どうやら国だけでなく皇帝陛下自身も嫌われてしまっているようだ。

「そんな事より、南雲君。具体的に何処に向かっているの?」

 雫が、今にも詳細を聞いてきそうな女性陣をかわすためにハジメに話を振る。シアの父親達の安否を確認するという話は聞いているが、そのための具体的な方針を聞いていなかったのだ。

「ん~? 取り敢えず冒険者ギルドだな。“金”を利用すれば大抵の情報は聞き出せる」
「……南雲君は彼等が捕まっていると考えているの?」
「それはわからない。捕まって奴隷に堕とされている可能性もあるし、何処かに潜伏している可能性もある。帝都の警備は厳戒態勢とまではいかないが異常なレベルだろ? 入ったのはいいが出られなくなったってこともあるだろうしな……」

 ハジメの言う通り、帝都の警備は過剰と言っても過言ではないレベルだった。入場門では一人一人身体検査までされた上、外壁の上には帝国兵が巡回ではなく常駐して常に目を光らせていた。

 都内でも、最低スリーマンセルの帝国兵が厳しい視線であちこちを巡回しており、大通りだけでなく裏路地までしっかり目を通しているようだった。おそらく、魔物の襲撃があったことが原因で、未だ厳戒態勢とまではいかないまでも高レベルの警戒態勢を敷いているのだろう。

 そんな帝都であるから、パル達も侵入には苦労していて未だ隙を伺っている状態だ。奴隷でもない兎人族が帝都に入れるわけもなく、ハジメ達の奴隷のフリをするのも限度がある。そのため、ハジメが運んできた増援部隊も、今は目立たないように帝都から離れた岩石地帯に潜伏中だ。むしろカム達がどうやって侵入したのか不思議なほどである。

 ただ、ハジメは口では“わからない”と言ったが、十中八九、カム達は捕まっているのだろうと考えていた。ハウリア達兎人族は気配操作に関しては亜人族随一な上に、カム達はそれを磨き続けてきたのだ。人の出入りは厳しくとも、何らかの方法で外に伝言を送るくらいは出来るだろう。にもかかわず、それすら出来なかったという事は、捕まっていて身動きがとれないと考えるのが自然だ。

 もちろん、冒険者ギルドにカム達の情報がそのままあるとは思っていない。だが、それに関わるような事件や噂があるのではないかと考えたのである。

 傍らで、不安そうな表情をするシアにそっと手を伸ばし、再び、ほっぺをムニムニしてやるハジメ。シアは、ウサミミを触られるのも好きだが、ほっぺムニムニもお気に入りなのだ。ハジメは、嬉しそうにしながらも若干、不安さを残すシアに冗談めかしていう。

「捕まっているなら取り返せばいいだけだ。安心しろよ、シア。いざとなれば、俺達が帝都を灰燼にしてでも取り戻してやる」
「ん……任せて、シア」
「ハジメさん、ユエさん……」
「いやいやいや、灰燼にしちゃダメでしょう? 目が笑っていないのだけど、冗談よね? そうなのよね?」
「雫ちゃん、帝都はもう……」
「諦めてる!? 既に諦めてるの、香織!?」

 冗談に聞こえないハジメの冗談? に雫達が頬を引き攣らせながらツッコミを入れるが、香織が沈痛そうな表情でゆっくり頭を振り真実味が増したため慌てだした。

 実際、ハジメ達なら一国を滅ぼすくらいわけなさそうなので、冗談にしては性質が悪すぎである。

 そんな冗談ともつかない冗談を言いながら、ハジメ達が冒険者ギルドに向かってメインストリートを歩いていると、前方の街の様子が様変わりし始めた。あちこちの建物が崩壊していたり、その瓦礫が散乱していたりしているのだ。

 道中、耳に入ってきた話によれば、コロシアムで決闘用に管理されていた魔物が、突然変異し見たこともない強力かつ巨大な魔物となって暴れだしたらしい。都市の中心分に突如出現した巨大な魔物(体長三十メートルはあったようだ)に対して後手に回った帝国は、いい様に蹂躙されたようだ。

 挙句、魔人族がその機に乗じて一気に皇帝陛下に迫ったらしい。その皇帝陛下自らの出陣で何とか魔物も魔人族も退けたらしいが……街の様子を見る限り代償は大きかったようである。

 そんなコロシアムを起点にして放射状に崩壊し、悲惨な状態になっている場所で、瓦礫などの撤去に裸足の亜人奴隷達が大勢駆り出されていた。

 冒険者ギルドは、その崩壊が激しい場所の更に向こう側にあるので否応なく通らなければならず、自然、彼等の姿を視界に入れることなる。武装した帝国兵の厳しい監視と罵倒の中、暗く沈みきった表情で瓦礫を運ぶ様は悲惨の一言だった。

 帝都にもたらされた人的・物的被害のしわ寄せは誰よりも亜人族に来ているようだ。こうして復興に酷使していれば、いくら肉体的ポテンシャルの高い亜人族と言えど倒れる者は続出するだろう。

 樹海への襲撃は、倒れた彼等を回復させるよりも新調したほうがいいという、まさに亜人を人と認めない価値観のあらわれということだ。あるいは、単に“弱い者”を認めない実力至上主義の価値観も含まれているのかもしれない。アルテナ達が他都市に輸送されたのも売上金を復興に当てたりするためなのだろう。

 と、その時、ハジメ達から少し離れたところで犬耳犬尻尾の十歳くらいの少年が瓦礫に躓いて派手に転び、手押し車に乗せていた瓦礫を盛大にぶちまけてしまった。足を打ったのか蹲って痛みに耐えている犬耳少年に、監視役の帝国兵が剣呑な眼差しを向け、こん棒を片手に近寄り始めた。何をする気なのかは明白だ。

 そして、それを見て黙っているわけのない正義の味方がここに一人。

「おい! やめっ……」

 光輝が、帝国兵を止めようと大声を上げながら駆け出そうとする。しかし、その言動は次の瞬間に起きた出来事によって止められることになった。

パシュ!

 そんな空気の抜けたような音が微かに響くと同時に、帝国兵が勢いよくつんのめり顔面から瓦礫にダイブしたのである。

 ゴシャ! と何とも痛々しい音が響き、犬耳少年に迫っていた帝国兵はピクリとも動かなくなった。どうやら気絶してしまったようである。同僚の帝国兵が慌てて駆けつけて、容態を見たあと、呆れた表情で頭を振るとどこかへ運び去っていった。犬耳少年のことは放置である。

 犬耳少年は、何が起きたのかわからないといった様子で暫く呆然としていたが、ハッとした表情で立ち上がると自分が散らかした瓦礫を急いでかき集めて、何事もなかったように手押し車で運搬を再開した。

 呆然としているのは駆け出そうとして出鼻をくじかれた光輝も同じだった。そこへ、ハジメから声が掛かる。

「面倒事に首を突っ込むのは構わないが、俺達に迷惑が掛からないようにしろよ?」
「っ……今のは南雲が?」

 光輝の確認に肩を竦めるハジメ。実際、義手から針を飛ばして帝国兵を躓かせて転倒させたのだ。自分より先に助けたことはともかく、光輝は、ハジメの“迷惑”という言葉に眉をしかめた。どうやら正義スイッチがONになったようだ。

「迷惑って何だよ。……助けるのが悪いっていうのか? お前だって助けたじゃないか」
「どちらかというと、お前が起こす面倒事を止めたという方が正しいけどな。こんなところで帝国兵に突っかかっていったら、わらわらとお仲間が現れて騒動になるだろうが。こっちは、人探しに来てるんだ。余計な騒ぎを起こすなよ。どうしてもやるならバレないようにやるか、俺達から離れた場所で迷惑にならないようにやってくれ」

 手をヒラヒラさせながら、気のない返答をするハジメに光輝は本来の目的であるシアの家族を探すという事も頭の隅に追いやってヒートアップし、倫理やら正義の価値観を訴え出す。

「お前は、あの亜人族の人達を見て、何とも思わないのか! 見ろ、今、こうしている時だって、彼等は苦しんでいるんだぞ!」
「はぁ~、おい八重樫、この目的を見失っている阿呆を早く何とかしろよ。お前の担当だろうが」

 ハジメとて、かつてミュウを助けたのだ。子供が目の前で苦しんでいれば何も感じないわけではない。大人は……自分で何とかしろや、とか思っているが。

 しかし、だからといって本来の目的を放り出して、今ここで奴隷解放運動などするわけもなく、光輝の相手をするのも面倒なので困ったときの八重樫さんに丸投げする。

 雫が、溜息を吐きながらも諌める言葉を掛ける……その前に、光輝が怒声を上げた。どうやら、ハジメが雫を頼った事がいたく気に入らなかったようだ。

「雫は関係ないだろ! 俺は、今、お前と話しているんだ! シアさんのことは大切にするのに、あんなに苦しんでいる亜人達は見捨てるのか!」

 光輝の声が大きくなるにつれ、周囲も何事かと注目しだした。離れたところで監視役を担っている帝国兵の幾人かもチラチラとハジメ達の方を見始めている。

 ハジメ達の探し人であるカム達が帝国兵と敵対し、かつ不法入国者でもある以上、ハジメとしては、わざわざ自ら騒動を起こして官憲と揉めたくはない。なので、自分にやけに突っかかってくる光輝に向かってスッと目を細めた。

「……天之河。物覚えが悪いお前のためにもう一度だけ言っておく。いいか? 俺は、お前の御託を聞く気はないし、倫理観やら正義感について議論する気もない。仲間になった覚えもなければ、連れ合っているつもりもない。お前等が“付いて来る”のを“許可”しただけだ。だから、いちいち突っかかってくるな、鬱陶しいんだよ。あんまり騒ぐようなら……四肢を砕いて王国に送り還すぞ?」
「っ……」
「さっきも言ったが、俺もお前等に干渉するつもりはないんだ。だから、俺達に迷惑にならない範囲でなら好きにしろ。俺は、ここにカム達を探しに来たんだ。安否もわからない状態で他にかまけている暇はない。……それと、シアが他の亜人と同列なわけないだろう」

 ハジメは、歯噛みする光輝を尻目に、興味はないというように踵を返した。

 奴隷制度は、この世界では当たり前のこと。確かに酷い扱いではあるが、ここで奴隷にされている亜人族を助ける方が一般的に“悪い”ことなのだ。他人の“所有物”を盗むのと変わらないのだから。

 “それでも”と思うなら、相応の覚悟が必要だ。それこそ、帝国そのものを敵に回して戦う覚悟と、二度と亜人族を奴隷にさせない方法を確立させる程度のことは。でなければ、今、奴隷達を力尽くで助けても、後に帝国からの報復や亜人族捕獲活動が激化するという恐れがあり、そうなれば待っているのは更なる地獄だろう。

 その辺りのことがわかっているのか、いないのか……光輝はハジメの背中を睨みつけながらその場を動かない。それでも雫達に促され、ようやく渋々といった感じで後を追い出した。

 光輝は、ハジメがノイントのような神の使徒が多数現れた時に自分達をぶつけようという考えで同行を許可したとは知らなかったが、ハジメが本気になれば、付いて行くことすら出来ないことは明白で、そうなれば力を手に入れることが難しくなるということはわかっていた。

 神代魔法をより確実に手に入れるには、やはりハジメに付いて行くのがベストなのだ。なので、胸の内のモヤモヤをグッと押さえ込み、黙って後を付いて行くのだった。

 微妙な雰囲気のなか(光輝達だけ)辿り着いた帝都の冒険者ギルドは、まんま酒場という様子だった。

 広いスペースに雑多な感じでテーブルが置かれており、カウンターは二つある。一つは手続きに関するカウンターで受付は女性だが粗野な感じが滲みでており、もう一方のカウンターは、完全にバーカウンターだった。昼間にも関わらず飲んだくれているおっさんがあちこちにおり、暇なら復興を手伝えよとツッコミを入れたくなる有様だった。

 ハジメ達が中に足を踏み入れると、もう何度目になるか分からない毎度お馴染みの反応が返ってくる。すなわち、ユエ達に対する不躾で下卑た視線だ。なので、ハジメも面倒くさげに“威圧”を初っ端から発動しつつカウンターへ向かう。

 流石、飲んだくれていても軍事国家の冒険者というべきか気絶するような奴はいなかったが、一斉に酔いが覚めたように警戒心をあらわにしだした。

 カウンターの受付嬢に、他の町で見たにこやかさはない。気怠そうな、やる気無さそうな表情でハジメを見返すだけだ。用があるならさっさと言えといった感じである。

「情報をもらいたい。ここ最近、帝都内で騒動を起こした亜人がいたりしなかったか?」
「……」

 ハジメの質問に、ケバい受付嬢は胡乱な眼差しを向ける。質問の内容が奇妙だったからだろう。

 亜人奴隷の情報が欲しいなら商人ギルドや何処かの商会にでも行けばいいし、帝都内で騒動を起こせる奴隷(・・)などいはしない。奴隷の首輪が大抵の反抗を封じるからだ。そして、帝都内に奴隷でない亜人族などいない事から、ハジメの質問は有り得ない可能性を尋ねているのと変わらないのである。

 結果、受付嬢は相手をするのが面倒になったのか、それともそれが正規のシステムなのかバーカウンターの方を指差す。

「……そういう情報はあっちで聞いて」

 ハジメがそちらを見れば、ロマンスグレーの初老の男がグラスを磨いている姿があり、どうやら情報収集は酒場でというテンプレが守られているようだ。受付嬢は、それだけ言うと自分の仕事はやり遂げたというように視線を明後日の方向に向けてしまった。

 ハジメ達は肩を竦めると、バーカウンターの方へ向かう。

 冒険者達の値踏みするような剣呑な眼差しが突き刺ささり、光輝や龍太郎がいちいち反応して睨み返している。鈴は、こういう場所が苦手なようでその小さい体を雫に寄せて上手く隠れている。雫の服の裾を摘んでいるのが、ちょっと可愛らしい。

 ハジメがバーカウンターの前に陣取り、マスターらしきロマンスグレーの男に先ほど受付嬢にしたのと同じ質問をする。しかし、相手は無視するようにグラスを磨き続けているだけだった。ハジメの目がスッと細められる。

 すると、

「ここは酒場だ。ガキが遠足に来る場所じゃない。酒も飲まない奴を相手にする気もない。さっさと出て行け」

 という、何ともテンプレな返答を頂いた。何というテンプレマスターだ! とハジメのテンションが少し上がる。既にピカピカのグラスしかないのに磨くのを止めないといのも高評価だ。ここまで来れば、酒をがっぽり飲めば気を良くしてくれるに違いない。

 ハジメは、ファンタジー系主人公の気分を味わえて内心ニヤニヤしながらも、それを表に出さずに納得顔でカウンターにお金を置いた。心の片隅にある暗がりから、厨二Tシャツを来たミニハジメが「呼んだ?」と顔を覗かせていることにハジメは気がついていない。

「もっともだな。マスター、この店で一番キツくて質の悪い酒をボトルで頼む」
「……吐いたら、叩き出すぞ」

 マスターは、ハジメの注文に一瞬、眉をピクリと動かしたものの特に断るでもなく背後の棚から一升瓶を取り出しカウンターにゴトリと音をさせながら置いた。

 ガキと言いながらも素直に出したのは、ハジメの放つ威圧感と周囲の冒険者達の警戒した雰囲気から只者ではないと分かったからだろう。

 ハジメは、ボトルを手に取ると指先でスッと撫でるように先端を切断する。その行為自体と切断面の滑らかさに周囲が息を呑むのがわかった。マスターですら少し目を見開いている。

 封の空いたボトルからは強烈なアルコール臭が漂い、傍にいたシアや香織が思わず鼻を覆ってむせてしまった。光輝達も「うっ」と呻きながら後退りする。

「な、南雲君? そ、それを飲む気なの? 絶対、やめた方がいいと思うわよ?」
「そ、そうだよ。絶対、吐いちゃうって。鈴なんか既に吐きそうだよ」
「っていうかハジメくん、どうせ飲むならもっといいお酒にしようよ」
「香織さんの言う通りですよ、ハジメさん。どうしてわざわざ質の悪いのを……」

 雫達が口々に制止の声を掛けてくる。傍らのユエも酒の匂いに眉をしかめつつハジメの服の裾をクイクイと引っ張る。

「いや、味わう気もないのに、いい酒をがぶ飲みなんて……酒に対する冒涜だろう?」

 心配する彼女達を余所に、ハジメはそんな事をいう。

 その軽口にマスターの口元が僅かに楽しげな笑みを浮かべた。ハジメの思う通りのタイミングでマスターの微笑みを頂いたのだ! 酒の味に敬意を向ける冒険者などそうそういないのかもしれない。

 ハジメは、「え~」と批判的な声を出す香織達を無視して、ほとんど異臭と言っても過言ではない匂いを発する酒を、飲むというより流し込むようにあおり始めた。平然としているように見えるハジメの心はマスター一色だ。「見てるかテンプレマスター。テンプレな反応を期待しているぞっ」と。心の中のミニハジメは左腕が疼き始めている。

 シーンとする店内にゴキュゴキュと喉を鳴らす音だけが響き渡る。そして、一度も止まることなくものの数秒でボトル一本を飲み干してしまった。

 ハジメは、手に持ったボトルをガンッ! とカウンターに叩きつけるようにして置くと、口元に笑みを浮かべながらマスターを見やる。その目が「文句あるか?」と物語っていた。

「……わかった、わかった。お前は客だ」

 マスターは両手を上げて降参の意を示すと苦笑いを浮かべた。中々、渋くて素敵である。ハジメは、使い古されてはいるが心惹かれる“情報通のマスターとの一幕”を体験できて大変満足だった。

 ハジメが飲んだ酒は、アルコール度数で言うなら九十五パーセントという「もう飲み物じゃないよね?」というレベルのもので、品質も最低ランクのものだ。まさにただのアルコールといった感じである。

 マスターとしても、それを一瞬で飲み干された挙句、顔色一つ変えない以上、“ガキ”扱いするわけにもいかなかった。

 ちなみに、ハジメはいくら飲んでも酔わない体質だ。その原因は“毒耐性”である。元々、日本にいた時も父親に酒の美味しい飲み方というものを教え込まれていたので、それなりに好きな方ではあるのだが、“毒耐性”のせいで全く酔えなくなってしまい、ハジメとしてはちょっと残念に思っていたりする。

「……で? さっきの質問に対する情報はあるのか? もちろん、相応の対価は払うぞ」
「いや、対価ならさっきの酒代で構わん。……お前が聞きたいのは兎人族のことか?」
「! ……情報があるようだな。詳しく頼む」

 どうやら、マスターは相応の情報を掴んでいるらしかった。

 曰く、数日前に大捕物があったそうで、その時、兎人族でありながら帝国兵を蹴散らし逃亡を図ったとんでもない集団がいたのだとか。しかし、流石に十数人で百人以上の帝国兵に帝都内で完全包囲されてしまっては逃げ切ることはやはり出来ず、全員捕まり城に連行されたそうだ。

 それでも、兎人族の常識を覆す実力に結構な話題になっていたので、町中で適当に聞いても情報は集められたようである。

「へぇ、城にね……」

 ハジメが呟きながら傍らのシアを見ると、やはりシアの顔色は曇っている。果たして、帝都に不法侵入した亜人がどういった扱いを受けるのか……少なくとも明るい未来は期待できない。

 ただ、連行したという点が気になるところだ。男の兎人族も需要がないわけではないが、カム達のような初老の男まで需要が高いわけではない。しかも、帝国兵に牙を剥くような存在だ。その場で即座に処刑されていてもおかしくはないし、むしろその方が自然である。

 つまり、帝国側としてはカム達に何らかの価値を見出して、生かしておくことにしたということなのだろう。だとすれば、カム達は未だ生きている可能性が非常に高い。望みを捨てるには早すぎる。

 そんな意思を込めてカウンターの下でシアの手を握るハジメ。見れば、反対側の手はユエが握っている。シアも、ハジメとユエの気持ちが伝わったようで、瞳に力を宿しコクリと頷いた。

 マスターが、珍しい髪色の兎人族であるシアを意味深な眼差しで見やる。捕まった兎人族達との関係をあれこれ推測でもしているのだろう。そんなマスターに、ハジメは、さらりととんでもないことを尋ねた。

「マスター、言い値を払うといったら、帝城の情報、どこまで出せる?」
「! ……冗談でしていい質問じゃないが……その様子を見る限り冗談というわけじゃなさそうだな……」

 ハジメが笑みを浮かべつつも、その全く笑っていない眼で真っ直ぐマスターを射抜く。

 得体の知れない圧力に、流石のマスターも少し表情が強ばった。質問の内容も、下手をすれば国家反逆の意思を疑われかねないものだ。

 もっとも、ここは冒険者ギルドであり独立した機関であるから、帝国に対する“反逆”という観念自体がない。ハジメも、その辺りを踏まえて、ワンクッション挟んだ上で尋ねたのだ。

 ただ、いくらマスターが冒険者ギルドの人間であっても、自国の、それも本拠地内部の情報を売り渡したと知られれば、帝国の人間がただで済ますわけがないので安易に情報を渡すわけにはいかない。かといって、目の前の刻一刻と纏わり付くような威圧を増していくハジメ相手に返答を渋っても碌な未来は見えそうにないのが悩ましいところだ。

 なので、マスターは苦渋の選択として、代わりにハジメの知りたい情報を知っている人間を教えることにした。

「……警邏隊の第四隊にネディルという男がいる。元牢番だ」
「ネディルね。わかった、訪ねてみよう。世話になったな、マスター」

 ハジメも、マスターがあっさり帝城内部、特に捕虜がいる場所を教えてくれるとは思わなかったし、知らない可能性も考えていたので、知っている人間を教えてもらっただけでも十分だとあっさり引き下がった。

 ハジメ達は冒険者ギルドを出てメインストリートを歩く。そんな中、シアが先程のやりとりについてハジメに尋ねた。

「あの、ハジメさん。さっき元牢番の人を紹介してもらったのは、もしかして……」
「ああ。詳しい場所を聞いて、今晩にでも侵入するつもりだ。今から、俺とユエで情報を仕入れてくるから、お前等は適当な場所で飯でも食っててくれ。二、三時間で戻るからよ」

 ハジメの指示に、疑問顔を向けるシア達。

「? どうして二人だけなんですか? ……ハッ!? まさか、ユエさんとしっぽりねっとりする気ですか!? いつもみたいに! いつもみたいにっ!!」
「なっ!? そうなの、ハジメくん!? ダメ、絶対ダメ! こんな状況で何考えてるの!」
「むっ? ユエばかりずるいのぅ~。……のぅ、ご主人様よ。妾も参戦してよいかの?」
「んなわけあるかっ! 往来で何喚き出してんだよ。俺って、どんだけ空気読めない奴だと思われてんだ」

 シアの邪推と、それに敏感に反応する香織、そして自分もとお尻に手をやりモジモジしながら複数プレイを要求するティオに、ハジメが思わずツッコミを入れる。

 と、そんなハジメの袖がクイクイと引っ張られた。そちらを見れば、頬を染めたユエが上目遣いでハジメを見ている。

「……お外でするの?」
「いや、しないから」
「……じゃあ、何処かに入る?」
「いや、場所の問題じゃねぇから。そこから離れてくれ」
「……むぅ、わかった。夜戦に備える」
「その夜戦は、帝城への侵入のことを言ってるんだよな? そういう意味だよな?」

 ユエの冗談が冴え渡る。……冗談のはずだ。例え、妖艶な雰囲気で舌舐りしていたとしても、その瞳が獲物を狙う野生の狼を彷彿とさせる鋭さを持っていたとしても、それは演技に違いないのだ。

 一方で、ハジメ達のやり取りを見ていた雫達はかなり狼狽えていた。

「お、大人だぁ! 同級生が凄く大人な会話しているよぉ、シズシズ、どうしよう!」
「……やっぱりそういう事してるのね。……でも、香織はまだ? ……どうしましょう? ここは親友として応援すべき? それともまだ早いと諌めるべき? ……わからないわ。私には会話のレベルが高すぎる!」

 身の内にエロオヤジを飼っているくせに顔を真っ赤にして雫の陰に隠れる鈴と、「お前はオカンかっ!」とツッコミを入れられそうな悩み事をブツブツと呟いている雫。そして、ユエの妖艶な雰囲気に当てられて若干頬を染めている勇者と脳筋と通行人A・B・C……Z。

「お前等いい加減にしとけ……ユエと二人なのは、ネディルとやらが素直でない場合、より丁寧な“お話”が必要になるだろうから、慣れているユエがいいってことだよ。再生魔法も使えるし……」
「再生魔法なら私だって……」
「香織、今回はユエに任せた方がいいわ」
「雫ちゃん……」

 ネディルとやらが帝国兵である以上、帝城内の構造を教えてくれと言って素直に教えてくれるわけがない。つまり、“無理やり”聞き出すしかないのだ。そして、再生魔法が有用というのは、いくらでも“無理やり”が出来るということであり、それは香織には少々厳しいだろうと、ハジメの言葉から察した雫が香織を宥める。

 香織も、何となく察しているようで、本来なら“それでも”と食い下がりたいところだが、今回はシアの家族の安否がかかっていることもあり、帝国兵一人を拉致って情報を吐かせるだけなのに大人数で行くのも不都合であると分かるので、渋々引き下がった。

 全員が納得したところで、雑踏へと消えようとするハジメとユエに、シアが声を掛ける。

「ハジメさん! ユエさん! えっと、その……」

 言いたいことはあるのだが上手く言葉に出来ない、そんな様子のシアに、ハジメは困ったような笑みを浮かべる。きっと、遠慮するなとは言っても、シアとしては大迷宮を前にして面倒事に巻き込んでいるという気持ちが少なからずあるのだろうと。

 シアは結局、上手い言葉が見つからなかったのかハジメと同じく困ったような笑みを浮かべながら一言だけ言葉を届けた。

「エッチはほどほどに!」
「台無しだよっ! この残念ウサギ!」

 ハジメは怒鳴り返すと、何故か隣でキリッとした表情でサムズアップしているユエの手を引いて、今度こそ雑踏の中に消えていった。

 その数時間後、とある宿屋の一階にある食事処で待機していたシア達の元へ、妙にツヤツヤしたユエとどこかやつれたハジメが戻って来た。

 何があったのかは……



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

作中のテンプレマスターは、作者の独断と偏見に満ちております。
果たして、本当にテンプレと言えるかは自信がありません。

次回も、土曜日の18時に更新する予定です。
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