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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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閑話 たった一日の出来事 後編

 夕方。

 茜色の空が広がり、人影が大きく薄く伸びる頃、王宮の西北側にある山脈の岸壁を利用して作られた巨大な石碑の前に人影が佇んでいた。

「ごめんなさい……」

 そう、呟く人影の正体は愛子だ。

 彼女の前にそびえ立つ石碑は、いわゆる忠霊塔(国のために忠義を尽くして戦死した者の霊に対して称え続けることを象徴として表す塔)の石碑版である。王国に忠義を尽くした戦死者・殉職者は例外なく、ここに名を刻まれるのだ。現在も、石碑前には、今回の騒動で亡くなった多くの人々の遺品や献花が置かれている。

 未だ、戦死者の確認中で石碑に名は刻まれていないが、メルド達もここに名を連ねることになる。

 そんな遺品の中には、愛子にとって見覚えのある武具がそっと置かれていた。損壊した西洋剣と槍だ。それは、逝ってしまった愛子の生徒達――檜山大介と近藤礼一のアーティファクトである。

 愛子がポツリとこぼした懺悔の言葉は、一体、何に対するものなのか。檜山達を日本に連れて帰ることが出来なかったことか、それとも、自分の生徒達が起こしたことで多くの人々が亡くなったことに対してか、あるいは、自分のしたことも含めた全てか……。

 愛子が悄然とした雰囲気で俯きながら、何かを堪えるように立ち尽くしていると、ザッザッと足音が響いた。やけに響くそれは、おそらく自分の存在を知らせるためにわざと鳴らしたものだろう。普段の彼は、そんな雑音を立てたりはしないのだから。

 愛子が、ハッとしたように俯いていた顔を上げ視線をそちらへ向けた。

「南雲君……」
「奇遇だな、先生」

 愛子の視線の先にいたのはハジメだ。夕日に照らされオレンジに輝く瞳を真っ直ぐ愛子に向けている。その手には花が一輪。見るからに献花しに来たとわかる。そのことに愛子は少し意外そうな表情をした。

 ハジメは、愛子の表情から何を考えているのか察し、苦笑いしながら献花台にパサリと花を置いた。

「俺だって、少しくらい死者を悼む気持ちはあるんだぞ、先生?」
「え? あっ、いや、そんな、私は別に……」

 如何にも心外そうな声音で愛子に話しかけたハジメに、愛子は動揺したように手をワタワタと動かして誤魔化す。ハジメは、冗談だとでも言うように肩を竦めると、無言で愛子の傍らに佇んだ。

 愛子は、チラリチラリとハジメを見るが、巨大な石碑を見上げるハジメは愛子のことを特に気にした様子もなく、話をする気配もない。無言の空間に何となく焦りを覚えて、愛子は仕方なく自分から話しかけた。

「え~と、そのお花は……やっぱり檜山君達に……ですか?」
「んなわけないだろ。メルドにだよ」

 見当違いの言葉に、ハジメは眉を片方だけ上げてあっさり返す。

「メルドさんに……」
「ああ、それほど付き合いがあったわけじゃないが、あの人の人間性は嫌いじゃなかった。その立場に反して、随分と悩んだり、失敗したり、絶えず自身を向上させようとしたり……花の一つでも供えておくかと思うくらいには、“惜しい”と思える人だったよ」
「南雲君……そうですね……」

 ハジメの言葉に、愛子はどこか優しげな表情になった。敵とあらば容赦なく殺意を向けるハジメだが、それでも人の死を悼む気持ちがちゃんとあることに愛子は嬉しくなったのだ。わざわざお供えまでしに来たことに自然と頬が緩む。

 実は、ユエ達が湯浴みをすることになり、肉食獣のような眼をした彼女達に風呂場に連れ込まれそうになったところを逃げ出したのはいいが、時間が余って暇になったので、たまたま廊下の花瓶に飾られた花を見て、暇潰しを兼ねて献花でもするかと、その花を抜き取ってきただけだったりするのだが……メルドを惜しむ気持ちがあるのは本当なので敢えて言うことはないだろう。

 ハジメは、その辺の事情を呑み込みつつ、頬を緩めている愛子に眉をしかめた。

「責めないんだな……」
「え?」

 突然のハジメの言葉に、愛子は首を傾げる。

「檜山のことだよ。清水の時とはわけが違う。最終的には魔物に食い散らかされたようだが、俺が殺したようなものだ。先生が何より大切にしている生徒をまた一人殺したんだぞ? 近藤も、既に死んではいたが原型を止めないくらい破壊したのは俺だ。……先生なら怒りの一つや二つぶつけてくるかと思ったんだが」
「……」

 愛子は、微笑みを消して再び俯いてしまった。ハジメは無言だ。返答を促すことはしない。どれくらい無言の時間が続いたのか……やがて、愛子がポツリポツリと言葉をこぼすように話し出した。

「……正直、そう簡単には割り切れません。檜山君が白崎さんを殺めたことは許されることではないけれど、出来ることなら生きて罪を償って欲しかったという想いがあります。近藤君がああなったこともショックでした。でも、南雲君が抱いた怒りの強さもわかるんです。大切な人を目の前で殺されて……そんな相手に自分の理想通りでないからと言って怒りをぶつけるなんて真似は出来ません。……それに、私には、南雲君を責める資格はありませんから」

 愛子は、両腕を組むようにして二の腕をさする。それはまるで、冷え切った体を温めようとしているかのようだった。

「それは、先生が総本山でやったことを言ってるのか?」
「……」

 無言の肯定。一時は、均衡を崩しそうな精神をハジメのフォローとティオの再生魔法によってどうにか立て直した愛子だったが、再び、罪悪感やら倫理観により精神が磨り減ってきているようだ。よく見れば目の下には化粧で隠しているが隈が出来ており、ここ数日眠れていないことが明らかだった。もしかすると、悪夢でも見ているのかもしれない。

 再び降りる静寂。ハジメは何を言うでもなく無言のままだ。場の空気に居た堪れなくなったのか、愛子が覇気のない声音でハジメに尋ねる。

「……南雲君は……辛くないですか?」
「人を殺したことか? 特に辛いとは思わないな……たぶん、奈落の底で俺の中のそういう部分は壊れたんだと思う。だから、共感はしてやれねぇよ」
「……」

 ハジメの言葉に、愛子が辛そうに顔を歪める。ハジメの中の大切な何かが壊れてしまっていることも、ばっさり切られたことも、愛子の精神を更に締め上げる要因となった。

「……誰も……責めないんです」
「ん?」

 愛子が、堪りかねたように言葉を漏らした。

「誰も、私を責めないんです。クラスの子達の私を見る目は変わらないし、王国の人々からは、称賛じみた眼差しさえ向けられます」

 それは事実だった。クラスメイト達は、ハジメの凄惨な戦闘の印象が強すぎて、愛子が殺人に加担したということに余り実感が持てず、むしろ愛子が自分達のために矢面に立って戦ってくれたという印象を抱いているし、王国の貴族や役人達は洗脳を解いてくれたと感謝しているくらいだ。

「デビッドさん達にも全て話しましたが、彼等でさえ、少し考えさせて欲しいとその場を離れるだけで直ぐに責めるようなことはしませんでした。私は、彼等の大切なものを根こそぎ奪ったというのにっ」

 噛み締めた唇から血が滴り落ちた。愛子は、責めて欲しかったのだろう。人を殺すという行為は……重い。狂人や性根の腐った者でもない限り、普通は罪悪感や倫理観という名の刃によって己の精神をも傷つけるものだ。そういう者にとって、責められる、罰を与えられるというのは、ある意味救いでもある。

 愛子自身も、無意識にそれを求めたのだろう。しかし、それは与えられなかった。

 ハジメは、確かに教会関係者を打倒した要因の一翼を担っているとはいえ、愛子がいなくてもティオがどうにかして彼等を滅殺していたはずだと信じている事から、少々、一人で背負い込み過ぎだろうと思いつつ、困ったように頬を掻きながら口を開いた。

「そうは言っても、先生。直接の原因はティオのブレスであって、先生は手伝っただけだろう? 一人で全部やったみたいに背負い込む事もないと思うが……」
「そんなの関係ありませんっ! 私は、確かに……彼等を殺める可能性を理解しながらティオさんを手伝ったのです。それは直接の殺人と変わりありませんっ!」

 思いのほか強く返ってきた愛子の反論。愛子自身も、声を荒らげた事を恥じたのか申し訳なさそうに体を縮こまらせた。そんな愛子を横目に、しばしの沈黙の後、ハジメは静かに尋ねた。

「……後悔してるのか?」
「っ……いえ、あの時、覚悟をしてティオさんと……教会の行いを見過ごすことは出来ませんでしたから……貴方の助けに……それに、きっと、放っておけば生徒達が酷い目に遭うと……だから……」

 苦しげに声を詰まらせながら“後悔はない”と話す愛子。

 あの時、ハジメを追い詰めるイシュタル達を見て、ハジメだけでなく生徒達に手を出させないために、己の手を汚すことも厭わないと決意したのは事実だ。それは、現在でも揺るがない。しかし、感じる苦しみは人を殺した者が背負う業であり、理屈でどうにか出来るものではない。

 苦悩する愛子を横目に、ハジメは愛子に気付かれない程度に溜息を吐いた。なぜ、生徒の自分が先生である愛子から、こんな重い心情を吐露されているのか。暇潰しついでに来ただけなのに……と、内心で嘆く。

 そして、チラリと、昼間、ユエと雫から指摘された愛子の自分に対する気持ちを思い出して、それが原因かと頭を抱えた。どうやら、本格的に愛子の生徒カテゴリーからハジメが外れつつあるらしい。

 ハジメは、虚空に視線を彷徨わせた。あたかも、言葉を探すように。

「先生はさ、これからも先生か?」
「え?」

 ハジメの唐突な質問に、愛子は思わずキョトンとした表情になる。そして、以前、同じような質問をされたことを思い出した。その時は、自信を持って「当然です!」と答えたはずだが……

「……」

 今は、即答することが出来なかった。それは、人殺しが教師など名乗っていいのかという疑問が脳裏を過ぎったからだ。愛子は、歯を噛み砕かんばかりに噛み締め、表情を歪ませた。途轍もない葛藤が愛子の内心で渦巻いているのが手に取るようにわかる。

 答えられない愛子に代わって、ハジメはそれを予想していたように話し出した。

「もし、先生が、これからも俺達の先生でいてくれるってんなら……ちょっと生徒の我が儘を聞いてくれないか」
「我が儘……ですか?」

 顔色も悪く今にも崩折れそうな愛子は、ハジメの口から飛び出した言葉に困惑するような表情となった。

「ああ、我が儘だ」

 そんな愛子に、ハジメは頷きながら石碑に向けていた視線を外して体ごと愛子の方を向き真っ直ぐに視線を合わせた。自分を見つめるハジメの瞳に、どこか包み込むような温かさが宿っている気がして、愛子はまるで吸い寄せられるように見つめ返す。

 ハジメは、愛子の瞳に自分がしっかり映っていることを確認すると、ゆっくりと言葉を紡ぐ。それは、ハジメの言う通り、どうしようもないほど我が儘な言葉だった。

「先生……先生には罪悪感を抱いていて欲しい。その重さを背負っていて欲しい。正しく戦い、正しく背負って、正しく苦悩し、正しく弱音を吐く。とても人間らしくて、少し眩しく見える。俺にはもう、感じることのないものだから……俺が“人間らしさ”を忘れない良い見本になるよ。だからさ、これからも背負い続けてくれ。俺はそんな人間らしい先生をしっかり見てるからさ。そうすれば俺も、日本に帰ってから、きっと人間らしく過ごせる」
「南雲君……」

 ハジメの言葉に、愛子が目を大きく見開く。まさか、責めるでも慰めるでもなく、これからも苦しんでくれと言われるとは夢にも思わなかったのだろう。だが、愛子の心は、その我が儘で、ある意味、追討ちを掛けるような言葉にまるで暗雲を払われるような衝撃を覚えた。

 自分のした決意と行動の結果を受け止めることは大変なことだ。ましてそれが痛みを伴うものなら尚更。逃げてしまいたくなるし、折れてしまいそうになる。生来の性格が、あるいは決意と覚悟がそれを許さないから余計に苦しい。

 だが、そんな自分を見て、助けになるという人がいる。失った大切なものを、感じずとも忘れないでいることが出来るという人がいる。

 愛子は思った。

――ああ、本当に何て我が儘。何て、容赦がなくて優しい我が儘だろう

 愛子の頬を透明な雫がするりと零れ落ちた。今まで、自分がやったことなのに泣くなんておこがましいと耐えてきたものがあっさり決壊してしまった。

 ホロリホロリと涙を流す愛子に、ハジメが視線を逸らし、後ろを向きながら困ったように最後の言葉を伝える。

「まぁ、どうしても、苦しくて苦しくて折れてしまいそうな時は……他に誰もいなくて……ほんと~に誰もいなくて困り果てていたなら…………背中くらいは貸そう」
「っ……本当に……貴方という人は……」

 愛子が泣いていることに気がついてなんていませんよ? と言わんばかりに背を見せるハジメに、愛子は、泣き笑いをしながら近寄ると、ポスっとその背中に顔を埋めた。

「では、少しだけ貸して貰いますね。……南雲君」
「あいよ、先生」

 気軽に応えるハジメに愛子は頬を緩めつつ、その身を預ける。そして、溜め込んだものを吐き出すように涙を流しながら、改めて誓いを立てた。すなわち、教師で有り続けると。そして、罪を背負い続けると。どこかの我が儘な教え子が見ていてくれるというのなら……頑張れそうな気がしたのだ。

 二人の影が大きく東に伸びる。暫らくの間、日暮れの中ですすり泣く声が響いていた。




 この後、ようやく泣き止んだ愛子と連れ立って王宮に戻ったハジメだったが、やたら頬を染めて恥ずかしげに俯きながら、そそとハジメの傍を歩く愛子に、正直、やっちまったかもしれない……と、冷や汗を流したのは言うまでもない。

 そして、案の定、ユエ達に気付かれて、部屋に連れ込まれたのも言うまでもない。シア達のあれこれよりも、ユエの無言・無表情の凝視が一番辛かったのも言うまでもないことだ。

 なお、デビッド達神殿騎士について、王宮に戻る途中で偶然出会った彼等だったが……どうやら、最終的に愛子愛が勝ったらしい。

 元々、愛子の護衛についてから、価値観に多様性が生まれつつあった彼等だったが、王都に戻ってから愛子と強制的に引き離され、安否の確認も出来ないまま下山させられた事や、その時の教会関係者等の言動で不信感が募っていたらしい。そこに聖教教会や神の真実が重なって、相当ショックではあったものの、やはり愛子を憎むことは出来ないという結論に至ったようだ。

 どこかやけっぱち感が漂っているような気がしないでもなかったが……これからは、“豊穣の女神”を信仰しつつ、王国の一騎士として復興や守護に務めることにしたようである。一周回って、愛子への愛が変な感じに昇華されているような気がしないでもないが……きっと彼等にも色々あるのだろう。


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「まったくもう、ホントにもうっ! ですよっ!」
「ハジメくん……少し自重しようね?」
「ふふふ、流石、ご主人様よ、ほんの少し目を離した隙に止めを刺すとは……」

 王宮内の食堂にて、夕食をつつきながらシア達のどこか責めるような声が響く。それを向けられているハジメは、如何にも他人事といった様子で目の前の王宮料理に舌鼓を打っていた。

 ハジメの右隣に座るユエは何も言わないが、どこか困った人を見るような目を向けている。事情は聞いたので、「まぁ、仕方ないか」と思うのだが、明らかに愛子の中のハジメに対する気持ちが、生徒から逸脱している雰囲気だったので複雑といえば複雑だった。

 しかも、ハジメからは愛子に対する扱いについて“放置”の方針を聞いているので、多少、愛子に対して同情心も湧き上がってしまう。

「……ハジメ。愛子は耐えられそう?」

 ハジメから話の内容を聞いていたため、ユエは少し心配そうにそんな質問をした。それに対し、ハジメは食事の手を止めて少し考える素振りを見せる。

「ん~、大丈夫じゃないか? 最悪、ヤバそうなら魂魄魔法を使った精神安定用のアーティファクトでも作って渡すさ。まぁ、そんな心配しなくても時間さえあれば、あの人ならちゃんと消化できるだろう」
「……そう、よかった」

 僅かに目元を緩ませるユエに、ハジメも微笑む。

「ユエさん……流石ですね。一歩、二歩も先をゆく」
「これが……私とユエの差? くっ、負けない! 負けないよ!」
「うむ、天然というか何というか……ごく自然とご主人様の琴線に触れる技……敢えて言おう、神業であると。素直に称賛させて貰うのじゃ」
「……不本意な評価」

 戦慄の表情をするシアに、悔しそうな香織、そして感心するティオ。思わぬ評価にユエが渋い表情になった。ハジメは、そんなユエの髪を撫でながら苦笑いする。

 ハジメ達が仲間内で、ある意味仲良く盛り上がっていると、不意に食堂へ集団がやってきた。光輝達を含むクラスメイトだ。どうやら、愛子も含めて全員いるらしい。

 ハジメはチラリと彼等を見やると、僅かに眉をしかめた。あらかじめ、彼等が食事をする時間は聞いていたので、仲間内でゆったり食事できるように時間をずらしたのだが……その目論見は外れてしまったようである。

 まぁ、気にするほどでもないかと思い直し、そのまま食事を再開するハジメ。ユエ達も特に気にしてはいないようだ。

 だが、クラスメイト達はそうもいかないようで、ある者は興味津々な様子で、ある者はどこか気まずそうに、またある者はどういう態度をとればいいのか分からないと戸惑ったようにそわそわしている。チラチラと視線は向けるのだが、先の話し合いでハジメが明らかに自分達を仲間と思っていないどころか興味すら持っていないことを思い知らされていたので、声を掛けることが躊躇われるようだ。ちなみに、愛子は別の意味でハジメをチラ見している。

「あっ、雫ちゃん! こっちだよ!」
「香織。隣、いいかしら?」
「もちろんだよ」

 ニコニコとノイントのクールフェイスで人懐っこい笑みを浮かべる香織に、雫も自然と頬を緩めて隣の座席に座った。

 香織が体を変えたという信じ難い事実に、最初は戸惑っていたクラスメイトも、その笑顔に香織の面影を見たのか僅かに場の雰囲気が和む。体は変わっても、香織の持つ和やかな雰囲気はクラスメイト達の心を穏やかにするようだ。むしろ、ハジメを失ってピリピリとしていた頃に比べれば、以前の香織が戻ってきたようで嬉しそうにしているクラスメイトも多い。

 雫が座席に座ると、その隣に光輝が、向かい側に愛子が、その隣に鈴が座った。愛子はちょうどユエの隣だ。続いてクラスメイト達が他の座席に座っていく。鈴が、ユエを見て座る際、「お姉様のお側……し、失礼します!」と言いながら妙に緊張している姿が見られた。ユエが、「……なぜお姉様?」と首を傾げる。

 光輝達が席に着くと、王宮の優秀な侍女達が一斉に動き出し配膳を行っていった。ハジメ達と同様のメニューだ。

 と、その時、ユエの頭越しに愛子とハジメの目があった。途端に、愛子の頬が薄く染まり、恥ずかしげに目が逸らされる。それでも、チラチラとハジメを見たあと、内緒話でもするように声を潜めて声をかけた。

「あ、あの、南雲君……その、さっきのは……その、出来れば……」

 ユエが自分越しに話をされて若干、居心地悪そう身動ぎするが、おそらく、大人で、かつ、教師でありながらハジメに泣きついた事が恥ずかしくて口止めしたいのだろうと察し、何も言わなかった。

 ハジメも、ユエが気を使ってくれたことを察して、内心で感謝しながら視線を愛子に固定する。

 ビクッと体を震わせ、更に耳まで染め始める愛子。目を合わせた時点で手遅れ感はあったが、その愛子の様子に雫達がハジメへジト目を向けている。幸い、他の生徒には位置的に死角となってバレていないようだが、比較的に近くにいる前線組は訝しそうな眼差しを向けていた。

「何のことだ、先生。何かあったのか?」
「ふぇ?」

 ハジメが、極々自然にとぼけてみせる。愛子は、その態度に一瞬呆けるものの、秘密にしてくれるのだろうと察し、苦笑いしながら「いいえ、なんでもありません」と答えた。つくづく、ハジメには気を遣わせていると自分を不甲斐なく思いつつも、気にかけてもらっていることに嬉しさを感じて頬が綻んでしまう。

 そんな愛子の様子を見て、益々、女性陣から白い目を向けられるハジメ。唯一、ユエだけがハジメの肩をポンポンと慰めるように叩き、更に、「あ~ん」もしてくれる。流石、正ヒロイン。昨今の暴力系ヒロインとはわけが違うのだ。

 ハジメが感慨に耽りながら、やっぱりユエは最高の恋人だ! と、もう何度目かわからない“惚れ直し”をしていると、逆サイドに座るシアがハジメの袖をクイクイと引っ張った。

「ハジメさん。あ~ん、ですぅ」

 どうやら恋敵が増えそうな事に憤るよりも、アピールに時間を費やすべきだと判断したらしい。頬を染め、上目遣いで、そそとフォークを差し出す。その際、ウサミミをひっそりとハジメに寄り添わせることも忘れない。素晴らしいあざとさだった。

 ハジメは、もう何度もしていることなので特に躊躇うこともなく、パクッと食いつく。もぐもぐと口を動かすハジメに、シアは嬉しそうにウサミミを揺らし、ついでにウサシッポもフリフリした。

 そんな光景を見せられては、香織とティオも黙ってはいられない。二人も慌てて、料理にフォークを突き刺す。

「ハ、ハジメくん、私も、あ~ん!」
「ご主人様よ。妾のも食べておくれ。あ~んじゃ」
「……一回だけだぞ」

 何度「あ~ん」されても、メニューは同じなので飽きがくる。なので、一応釘を刺し、二人の「あ~ん」に応えるハジメ。パクッパクッと食いつく。香織もティオもほわ~んとした表情になった。

「なに、この空気……半端なく居心地が悪いのだけど……」

 雫が、ハジメを中心とした桃色結界に頬を引き攣らせた。隣の光輝や龍太郎、鈴も同じように居心地悪そうにしている。愛子だけ、自分もすべきかと一瞬考えてしまい、何を考えているんだと自分を叱りつけるという一人ノリツッコミをしていたが皆がスルーする。

 他の女子生徒は突然の甘い空気に先程までのぎこちない空気を霧散させて、ハジメ達をチラ見しながらキャッキャッと騒ぎ始めた。ハジメに対する何処か畏怖しているような目が一瞬で恋バナのネタを見るような目に変わった。奈落に落ちたあの日から、何があれば“あの彼”が、こんなハーレムの主になるというのか……女子達の目が好奇心に輝き、ハジメを見つめる。

 一方、男子達も、女子と同じように一時的であれど畏怖の宿る目を向けなくなっていた。

 ただし、そこにあるのはメラメラと燃え盛る嫉妬と羨望の眼差しだ。何せ、ハジメを囲むのは“絶世の”と称しても過言ではない美女・美少女達だ。特に、シアに多くの視線が集まっている。やはり、ウサミミ少女というのはオタク的な趣味を持っていなくても男心を的確にくすぐるのだろう。まして今のシアは、ハジメの隣で実に可憐な微笑みを振りまいており、時折、ピコピコと動くウサミミは破壊力抜群である。

 だが、いくら嫉妬と羨望に身を焦がそうと、どれだけ異世界の美少女達と仲良くなる秘訣を聞き出したかろうと、何を言えるわけでもない。かつて、ハジメを“無能”と呼んで蔑んだ負い目が口をつぐませ、その圧倒的な力と強者特有の雰囲気が気後れさせるのだ。

 ハジメが、クラスメイトの視線を軽く無視していると、視界の端で何故か頬を染めたままジッとフォークを見つめる香織の姿が……

 香織は、少し目を泳がせると、何か決意したように、申し訳程度に料理を乗せてパクッとフォークを口にした。そして、再び頬を染める。

 思わず、思春期かっ! とツッコミを入れたくなったハジメだったが、それより早く、ユエの痛烈なツッコミが入った。自分をジッと見つめるユエに気がついた香織が、目を合わせたと同時に解き放たれる言葉の矢。

「……変態」
「!? ち、違うよ! 何てこと言うの! わ、私は普通に食事しているだけだし!」
「……と言いつつ、ハジメ味を堪能」
「し、してないってば! だ、大体、そんなこと言ったら、ティオこそ変態でしょ! ほら、こんなに堂々とフォークを舐めてるんだよ!」
「レロレロレロ、んむ?」

 顔を真っ赤にしてユエに反論する香織は、ビシッ! とティオを指差した。その先では、普通にフォークを口に含んでモゴモゴレロレロしているティオがキョトンとしている姿があった。

 如何にも、何か問題でも? といった表情だが、ティオが咥えているフォークには何も乗っていなかったりする。明らかに他の何かを堪能していた。何かの内容はスルーだ。ドMの変態は、いつの間にか何でもありの変態に進化していたらしい。

「ティオ、今すぐそれを止めろ。ぶっ飛ばすぞ」

 ハジメがこめかみをピクピクさせながらティオに警告する。

「むぅ、仕方なかろう。……ご主人様は未だに妾と口づけをしてくれんし。こういう時に堪能しておかねば、欲求不満になるのじゃ」

 何故か非難するような眼差しを返されて更にハジメのこめかみがピクる。と、その時、ティオが何かを思い出したように突然、その瞳を輝かせた。

「そうじゃ! ご主人様よ! ご褒美を未だもらっていないのじゃ! 妾は、約束のご褒美を所望するぞ!」
「あ? ご褒美だぁ?」

 ティオの言葉に、ハジメは一瞬「何言ってんだ?」と顔をしかめるが、直ぐに思い出したようでチッと舌打ちする。何の話かわからない者達が首を傾げる中、シアが代表して尋ねる。

「ご褒美って……何の話ですか?」
「うむ、総本山でな、先生殿を預けられた時に、最後まで無事ならご褒美をくれるという約束を取り付けたのじゃ。ぬふふふ……ご主人様よ。よもや約定を違えるような真似せんじゃろうな?」

 シアや香織が、「そんなのズルイ!」と騒ぐ中、ティオが妖しげに笑いながら約束の履行を迫る。何となく、皆の注目が集まる中、ハジメが不機嫌そうに肘をつきながらティオに視線を向けた。

「で? 何が望みだ。言っておくが、あくまで俺の“出来る範囲”だからな?」

 言外に、シアへのご褒美の時を示唆し、“抱け”などという要望は聞けないぞ? と告げる。ティオもその意図を察しているようで、心得ているとでもというように大仰に頷いた。そして、ほんのり頬を染めてもじもじしながら要望を伝える。

「安心せよ、無茶なことはいわんよ。な~に、ちょっと初めて会った時のように……妾のお尻をいじめて欲しいだけじゃ」

 両頬を手で挟んで、「きゃ! 言っちゃった!」とでも言うようにイヤンイヤンするティオ。既に一度していることなのだから、無茶ではなかろう? と、内容のアブノーマルさには頓着せず、とんでもない要望を伝える。流石、変態。

 案の定、その発言は、ユエ達以外の全ての人間を激しく動揺させた。

 ハジメに向けられる眼差しが、どこか犯罪者を見るような目になっている。

「却下だ、この駄竜が。著しく誤解を招くような発言をサラリとしてんじゃねぇよ」

 あっさり却下したハジメに、ティオがショックを受けたような表情になって激しく抗議した。

「な、なぜじゃ! 無茶な要求ではなかろう! あの時のように、黒く硬く太い棒で妾のお尻を貫いて欲しいだけなのじゃ! 早く抜いてと懇願する妾を無視して、何度もグリグリしたあの時のように! 情け容赦なく妾のお尻をいじめて欲しいだけなのじゃ!」
「だから! いちいち誤解を招く言い方してんじゃねぇよ!」

 ハジメに向けられる眼差しが、どこか悪魔を見るような目になっている。

「……でも、あながち誤解とは言い切れないんじゃないですか?」

 ユエ達の「あ~ん」から、どこか不機嫌そうだった愛子がポツリと棘のある言い方でハジメに追い打ちをかけた。

「……確かに、嘘は言ってないよね」
「実際にね、刺さってたし……」
「うん、南雲くん、容赦なかったよね」

 愛ちゃん護衛隊の園部達がやけに響くヒソヒソ声でクラスメイト達の疑念を確信に変えていく。

「……ハジメさん、流石に誤解っていうのは、ちょっと……」
「……ハジメ。ティオの変態化はハジメが原因。仕方ない」

 シアとユエがまさかの裏切り。

「な、南雲君……貴方って人は……ティオさんに何てことを……」
「ハジメくん……うらやま……じゃなくて、責任は取らないと……」

 ハジメに向けられる眼差しが、どこか魔王を見るような目になっている。

 ハジメは、おもむろにカタリと音を立てて立ち上がると真っ直ぐ上に右手を伸ばした。何事かと目を瞬かせる皆の前で、ハジメは“宝物庫”からパイルバンカー用の黒杭を取り出した。何故か、杭は最初から紅いスパークを放っている。

 ティオの頬に冷たい汗が流れ落ちた。

「OK、ティオ。お前にご褒美をあげようじゃないか。え? ケツにぶち込んで欲しんだろ? 喜べ、あの時より更に硬く太く、そして重くなった自慢の逸品だ。喘ぐ暇もなく、一瞬で逝かせてやる」

 ティオは悟った。「やばい、調子に乗り過ぎた」と。

 ティオにパイルバンカーをぶち込んだのは戦いの果ての結果に過ぎないのに、まるで稀代の変態でも見るかのような目を向けられて、ハジメは地味にキレていた。ちなみに、客観的に見れば、確かに誤解ではないという点は棚に上げている。

「ま、待つのじゃ、ご主人様よ。先程のはあくまで先例を挙げただけで、何もそれを使って欲しいと言ったわけではないのじゃよ? 流石に、そんなもの使われてしまったら死んでしまうのじゃ! 謝るから、早く、それをしまっておくれ!」
「遠慮するなよ、ティオ。これが欲しいんだろ? なに、部屋に行く時間も惜しい。今、この場で貫いてやる」
「ひぃ~ん、ご主人様の目が本気なのじゃ~! ユエ、シア、香織ぃ~、ご主人様を止めてたもう! 助けてなのじゃ~!」

 バチバチとスパークを迸らせながら迫るハジメに、ティオが涙目になってユエ達に助けを求めた。流石に、一撃死するようなお仕置きは受けられないらしい。もっとも、若干、頬を染めて息が荒くなっている辺り、業は深いようだ。

 ハジメは、ガクブルしながら隣の席の香織の背後にしがみつくようにして隠れるティオを見て、溜飲を下げたのかふんっと鼻を鳴らし、杭を“宝物庫”に戻して席に戻った。もっとも、クラスメイト達の魔王評価は戻らなかったが。後に、王都を中心に“白髪眼帯の色魔王”という二つ名が蔓延するのだが……ハジメが知ったら発狂ものである。

「はぁ、で? ご褒美自体は構わないから、もっとまともな要望はないのか?」

 溜息を吐きながら席に戻ったハジメに、そこかしこから安堵の吐息が漏れる。妙齢の美女のお尻が眼前で大変なことになるシーンなど、高校生にはキャパオーバーである。

「う、うむ。では、そうじゃのぉ、添い寝の権利を頂こうかの? ほれ、いつもはユエとシアがご主人様の隣じゃろ? 妾は未だ一度も、ご主人様のすぐ隣で眠ったことがないのじゃ。だから、今晩はご主人様の隣で眠りたいのじゃが、どうかの?」
「それくらいならお安い御用だ。……っていうか最初からそう言えよ」
「妾の迸る情熱は、そう簡単に制御できんのじゃ。受け止めてたもう」

 恥ずかしげに身をくねらせるティオに呆れた表情をしつつ、隣のシアに目を向けると、シアは「しょうがないですね~」と肩を竦めた。どうやら、今夜は、ユエとティオに挟まれて眠ることになりそうである。もっとも、いざベッドに入れば、ハジメは別のものに挟まれることになるだろうが……

 女子生徒は再びキャッキャッと騒ぎ始め、男子生徒達は何やら呪いの言葉を吐き出し始めた。

 さらに、愛子が、複数の女性と寝るなんて、ふしだらです! と、先生らしい(実際は、個人的憤りを多分に含む)説教を始め、それに対してシアが、ユエとの関係を暴露して今更だと反論し、ユエが舌舐りしながらハジメにしなだれかかり、妖艶な雰囲気を撒き散らしながら食後の運動をおねだりし、そのせいで更にクラスメイト達がヒートアップ、かつ、一部男子達が立った為に立ち上がれなくなったり……と、食堂は中々にカオスな空気と化していった。

 そんな彼女達の姦しい騒ぎを尻目に、ハジメは今日一日を回想する。

 【神山】から体を入れ替えた香織を連れてフリーフォールで登場し、冒険者ギルドで“金”ランクの冒険者を一人漢女にして、王都中の職人と盛大な鬼ごっこで各所を混乱に陥れた挙句、事態の収拾に王族を出張らせ、次期国王をボッコにし、更にその初恋を散らした。

 暇潰しをすれば、偶然、愛子と遭遇し重い悩みを打ち明けられ、夕食を取れば稀代の色王扱いとこの騒動。これが、ハジメが関わった王都でのたった一日の出来事である。ハジメは、どうあっても混乱と騒乱の渦中にいる運命なのかもしれない。

 ハジメ達は、明日にはリリアーナ達を連れて王都を出発する。ハジメは、帝都に入るつもりなど毛頭ないが……きっと、“何事もなし”などということはないだろう。

 果たして、東の地には何が待ち受けているのか……ハジメは、新たな騒動を予感しつつも、腕に抱きつくユエの柔らかさと温かさを感じながら、まぁ、どうにでもするさ、と肩を竦めるのだった。

いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

閑話なのに重い……
内容も……前半は書き直すかもしれません。

まぁ、取り敢えず、次回から五章開始です。

それと、遂に100万字を越えました。
思えば長く書いたものです。
これからも本作品を一緒に楽しんで頂ければ嬉しいです。

更新は、来週の土曜日、18時の予定です。
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