挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

110/271

閑話 たった一日の出来事 中編

 冒険者ギルドで、世界が違う意味で脅威に晒されていることを知ってしまったハジメは、しかし、極力そのことを考えないようにして大結界の修復にやって来ていた。

 雫に案内されてやって来たその場所は、かなりの数の兵士によって厳重に警備されており、警備員達は近づくハジメに剣呑な視線を向けた。しかし、傍らに雫がいるとわかると直ぐに目元を和らげる。

 雫のおかげでほとんど顔パスで通った先には大理石のような白い石で作られた空間があり、中央に紋様と魔法陣の描かれた円筒形のアーティファクトが安置されていた。そのアーティファクトは本来なら全長二メートルくらいあったのだろうが、今は、半ばからへし折られて残骸が散乱している。

 その周りには頭を抱えてうんうんと唸る複数の男女の姿があった。おそらく、大結界修復にやって来た職人連中なのだろう。

「おや? 雫殿ではありませんか。……どうしてこちらに?」

 その内の一人、口髭をたっぷりと生やした見るからに職人気質な六十代くらいの男が、雫を見つけるなり声をかけてきた。どうやら、雫とは顔見知りらしい。

「こんにちは、ウォルペンさん。私は、ただの案内です。大結界が修復できるかもしれない錬成師を連れてきたんです」
「なんですと? もしや、そちらの少年が?」

 雫にウォルペンと呼ばれた男は、ハジメの視線を転じると、雫の手前口には出さなかったものの明らかに胡乱な眼差しを向けた。

 実は、このウォルペン、ハイリヒ王国直属の筆頭錬成師なのだ。大結界のアーティファクトは、当然、神代のアーティファクトであり、現代ではたとえ王宮の筆頭錬成師といえどもその修復は極めて困難だ。それを、いきなり二十歳にも届いていなさそうな少年に直せると言われても、そう簡単に信じられないのは当然である。

 しかし、そんな視線など知ったことではないハジメは、スタスタとウォルペン率いる職人達の間を通り抜けアーティファクトの残骸に手を当てる。発動するのは“鉱物系鑑定”だ。

「へぇ、なるほど……そりゃあ、強力なはずだ」
「ふん、小僧如きになにがわかる」

 大結界が何百年もの間、王都を外敵から守り抜いてきた理由に納得して頷くハジメに、ウォルペンが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 しかし、ハジメは、そんなウォルペンを柳に風と受け流し“錬成”を始めた。紅いスパークがハジメを中心に広がり、その手元にあるアーティファクトの残骸が次々と元の位置に融合されていく。

 その錬成速度と精度に、ウォルペンのみならず彼の部下達が一斉に目を剥いた。ハジメの本格的な“錬成”を初めて見た雫も、白い空間に舞い散る鮮やかな紅いスパークに目を奪われているようで、「綺麗……」と呟いている。

 僅か数十秒で神代のアーティファクトを修繕し終えたハジメは、ついでに魔力を注ぎ込み大結界を発動させてみた。

 円筒形のアーティファクトは、その天辺から光の粒子を天へと登らせていく。直後、外で警備をしていた兵の一人が部屋に駆け込んできて、第三障壁が復活したことを告げた。

「……なんということだ……神代のアーティファクトをこうもあっさりと……」

 呆然とするウォルペンに雫が苦笑いしながらハジメが自分と同じ異世界人であると告げた。「道理で……」と納得顔を見せるウォルペン達。

 ついでに、ウォルペン達の職人魂を燃え上がらせた雫の黒刀もハジメの作品であると教えられて、彼等の眼がギラリと獣のように輝いた。そんな彼等を尻目に、ハジメはさっさと次のアーティファクトの場所へ行こうと歩き出す。

 しかし、職人魂の塊のようなウォルペン達が、自分達の遥か上をいく錬成師を、そう簡単に行かせるわけがなかった。

「待って下されぇーー!! 弟子に! 是非、我等を弟子にして下されぇーー!!」
「うぉ! な、なんだよ、突然。ていうか足にしがみつくな! 気持ち悪ぃてのっ!」

 足にしがみついてハジメに弟子入りを懇願するウォルペン。更に、次々とウォルペンの部下の錬成師達が逃がしてなるものかとハジメにしがみついていく。毛むくじゃらのオッサン達が密着してくることに心底嫌そうな顔をしながら、足を振り回して振り落とそうとするハジメだが、がっしりしがみつかれているので中々外せない。

 仕方ないので“纏雷”を発動して全員をアバババババッさせて引き剥がす。それでも、這いずって手を伸ばしてくる職人達に、流石のハジメも無視できず、ドン引きしつつもきちんと断りを入れた。

「あのな、俺は直ぐにここを出発するし、王都に戻って来る予定も当分ないんだ。弟子なんてとっても面倒いだけだし、第一、弟子になったところで教えられることなんか何もないんだよ」
「ですが、アーティファクトをあっさり修復し、雫殿の黒刀まで手がけたと。我等にはどうやったらそんなことが出来るのか皆目見当も付きませんぞ。それを教えていただければ……」
「いや、これには“錬成魔法”だけじゃなくて“生成魔法”っていう、あんたらには使えない魔法が必要なんだよ」
「そんな……」

 ハジメの言葉にガクリと肩を落とすウォルペン達。実際、大結界のアーティファクトには生成魔法により空間魔法が付与されており、王都の結界は特殊な空間遮断型の障壁だったのだ。

 普通の錬成師には修復できないはずである。もちろん、空間魔法は鉱石に付与されているので、地道に復元していけば、完全とは言えないまでもある程度の修理はできるかもしれないが。

 項垂れるウォルペン達を尻目に、ハジメが今度こそ他の場所にあるアーティファクトの場所へ行こうとすると、ウォルペン達が再び眼光を鋭くした。

「それでも、貴殿の錬成技能が卓越していることに変わりはない! 是非、弟子にぃー!!」
「しつけぇよ!」

 恐るべきは職人魂。いいものを作るためなら妥協はしない。結局、ハジメは、全てのアーティファクトを修復する間、子泣き爺のごとくウォルペン達王国錬成師に張り付かれることになった。

 しかも噂を聞きつけたのか、現場にいなかった職人達まで集まりだし、少しでもハジメから技術を取り入れようと群がる始末。しまいに切れたハジメが、職人達を膂力に任せて遠くに投げ飛ばしていくのだが、ゾンビのように起き上がっては“錬成”の極意を聞き出そうと群がって来るのだ。

 流石に、王都復興の要である職人達を全員病院送りにするのもどうかと思い、ハジメは逃亡を図るのだが……どうやら王都中の職人ネットワークによって連絡が回されているらしく、どこへ行こうともヒュパ! と現れては根掘り葉掘り質問してくる。どうやら、全て聞き出すまではしがみついてでも離れないつもりらしく、流石のハジメも辟易してしまった。

 余りの質問攻めと実演要請に、ハジメが遂に本気の逃亡を図り、それを王都の全職人が追いかけるという鬼ごっこが繰り広げられた。

「くそっ、どうなってやがる。こっちは“気配遮断”を使ってるってのにっ」
「はははっ、そんなもの“職人の直感”に従えば無駄無駄ッ!!」
「ビンビン感じますぞぉ! 南雲殿の熱きパトスをぉおおおお!!」
「ハァハァ、技術の気配ぃ! スゴ技の喘ぎ声が聞こえるぅうう!!」

 職人? には、一部ハジメを凌駕する特殊な機関が備わっているらしい。ハジメは触れるのも嫌だと頬を引き攣らせながら、ドンナー・シュラークを抜くべきか否か、本気で検討を始めた。

 最終的に、その逃亡劇・追跡劇は、復興現場から職人達が消えるという事態によって各所で混乱が起き、遂にリリアーナの耳にも入って王族が事態の収拾に出張るという形でようやく収まるのだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「八重樫……助けてくれても良かったんじゃないか? お前、あいつらと知り合いだろ?」

 どこかくたびれた様子で王宮に戻って来たハジメが、先に戻って優雅にお茶と洒落込んでいた雫にジト目で文句を言う。

 雫の隣にはユエもおり、帰って来たハジメに、そそとお茶を用意した。全く出来た恋人である。血走った目とハァハァと荒い息を吐いて迫る職人の軍団を見て、ハジメから視線を逸らしつつ先に王宮に帰って来ていたとしても、素晴らしい恋人なのだ。

「無茶言わないでよ。……黒刀の件でもお世話になったのだけれど、だからこそ、火のついた彼等を止めるのは無理だってわかっていたのよ……」
「……ハジメ、お疲れ様」

 目を逸らしながら弁解する雫と、お茶を飲んで一息ついたハジメの頭を抱き寄せて撫で撫でするユエ。ハジメはユエを一度ギュッと抱き締めると、そのままお姫様抱っこして雫の向かいの席に腰を下ろした。

「……なんなのかしら、この胸に燻るイラっとする気持ち。ユエも行動は同じはずなのに……」
「は? ユエと八重樫が同列なわけないだろ? お前相手なら腹立つことでも、ユエなら問題ない」
「うん、ユエは貴方の恋人なのだし、言っていることはわかるのだけれど……今、無性に貴方を殴りたいわ」

 余りに歴然とした扱いの差に、当然と分かっていても目の前でやられると腹が立って青筋を浮かべる雫。恋人同士ならイチャつくのは当然と分かっていても目の前でイチャつかれると腹が立つのと同じだ。

 ユエを膝に乗せて、お茶請けをお互いに「あ~ん」し始めたハジメに、「お邪魔なのね? 私、お邪魔虫なのね?」と頬をヒクつかせながら、香織のところに逃亡しようかと雫が考え始めた時、突然、ハジメ達のいる部屋の扉がノックもされずにバンッ! と音を立てて開け放たれた。

 何事かと、そちらに視線を向けたハジメ達の目に映ったのは、十歳くらいの金髪碧眼の美少年が、キッ! とハジメを睨む姿だった。しかも、ユエを膝の上に乗せていることが気に食わないのか、一瞬、ユエを見たあと更に目を吊り上げ、怒りを倍増しで滾らせたようだ。

「お前か! 香織をあんな目に合わせた下衆はっ! し、しかも、香織というものがありながら、そ、そのような……許さん、絶対に許さんぞ!」

 そんな言葉と共に登場した彼は、この国の王子ランデル・S・B・ハイリヒである。ランデルは、拳を握り締め「うぉおおおお!」と雄叫びをあげながら勢いよくハジメに向かって駆け出した。殴る気満々である。

 ハジメは、訳がわからなかったが、取り敢えずテーブルから紅茶用の角砂糖を手に取ると指弾の要領で弾き飛ばした。ありえない速度で放たれた角砂糖の弾丸は、狙い違わずランデルの額を正面から撃ち抜き、「ひぐぅ!」という奇怪な悲鳴を上げさせて、そのまま床に後頭部から叩きつけた。

 額と後頭部の激痛という二重苦に頭を抱えながら転げ回るランデル。しばらくのたうち回った後、起き上がって再び、ハジメをキッ! と睨みつけ突進しようとした。

 なので、ハジメは第二射を放つ。バチコンッ! という音と共にランデルの頭が大きく後方に仰け反る。砕けた角砂糖が宙に舞い散り、ランデルは華麗な強制バク転を決めて再び床に沈んだ。

「で、殿下ぁ~! 貴様ぁ~、よくも殿下ぉ~!」
「叩き斬ってやる!」
「殿下をお守りしろ!」

 ランデルが開け放った扉から、彼を追いかけて来たらしい老人や護衛っぽい男達がいきり立ってハジメに飛びかかった。

バチコンッ! バチコンッ! バチコンッ!

 当然、角砂糖の弾丸が全員の額を綺麗に撃ち抜き後方へ一回転させて、ある意味芸術的な土下座を揃って決めさせた。

 しかし、ランデルもおっさん達も中々にしぶとく、ハジメを睨みながら立ち上がろうとする。いい根性だと思いつつも、ハジメは、取り敢えず瓶から角砂糖を鷲掴みにして取り出し全弾撃ち放った。

チュチュチュチュチュチュチュチュイン!

 そんな有り得ない音を出して角砂糖の弾丸がマシンガンの如くハジメの手から弾き出され、ランデル達は出来の悪いマリオネットのように床をのたうち回った。

 角砂糖なのでダメージは抑えられているのだが、それでも痛いことに変わりはない。口をポカンと開けて呆けていた雫が、ようやく我に返りハジメを制止しようとしたとき、室内にシクシクとすすり泣く声が聞こえ始めた。

 ちょうど角砂糖もなくなったので指弾を止めていたハジメがランデルを見ると、彼はまるで暴漢に襲われた女の子のように両足を揃えてしなだれながら、床に顔を埋めてシクシクと泣き声を上げていた。どうやら、ハジメの容赦ない攻撃に心が折れてしまったらしい。

 周囲のおっさん達が、「殿下ぁ~! 傷は浅いですぞぉ!」などと叫びながら駆け寄り必死に慰める。

 と、そこへタイミングよくリリアーナがやって来た。

 ハジメにやり過ぎだと叱る雫と、ハジメの膝の上で平然と茶請けをもきゅもきゅと食べているユエ、雫の注意を柳に風と受け流し紅茶に口をつけるハジメ、泣き崩れるランデルとそれを必死に慰めるおっさん達。

 リリアーナは、それらを見て状況を把握したのか片手で目元を覆うと天を仰いだ。

「遅かったみたいですね……」
「姫さんか。何か知らんがお宅の弟さん情緒不安定みたいだぞ? さっさと回収してくれないか?」

 リリアーナの目は「貴方が原因でしょ!」と言いたげだったが、確かにランデルの言いがかりというか暴走でもあったので、それはもう深い溜息をつきながら、ランデルを助け起こした。

 ランデルがハジメに突撃してきたのは勿論香織のことが原因だ。

 変わり果てた香織(体が)に愕然としたランデルは、どうしてそんな事になったのかと理由を問い詰めた。その結果、どうやら“ハジメくん”とやらが原因らしいと理解し、更に、その香織がまさに恋する乙女の表情でハジメのことを語ることから、彼は真の敵が誰なのかを漸く悟ったのである。

 そして、香織に元の体を捨てさせるような奴は碌な奴じゃない! と決めつけて突撃した先で、心から香織に想われておきながら他の女を抱いているハジメを目撃し、怒髪天を衝くという状態になったのである。

 ランデルとしては、まさに魔王に囚われたお姫様を助け出す意気込みでハジメに挑んだわけだが……その結果は現在の通り。

 殴るどころか、近づくことすら出来ずに片手間であしらわれてしまい、情けないやら悔しいやら、遂にポロリと涙が出てしまったのだ。

 リリアーナに抱き起こされ、つい「姉上ぇ~」と抱きついたランデル。その様を見て、流石のハジメも、少々やりすぎたか? と頬をポリポリと掻いた。雫から、大人気ないという呆れの視線が突き刺さる。

 だが、ランデルにとって不幸はまだ終わっていないようだった。彼がリリアーナの胸元に顔を埋めて泣きついた直後、香織が部屋にやって来たのである。

「あっ、ランデル殿下、それにリリィも……って、殿下どうしたんですか!? そんなに泣いて!」
「か、香織!? いや、こ、これは、決して姉上に泣きついていたわけでは……」

 リリアーナからバッと離れて必死に弁解するランデル。好きな女の前で、姉に泣きついて慰めてもらっていたなど男の子として口が裂けても言えない。

 しかし、香織は、ランデルが泣いている状況とハジメの態度、雫とリリアーナの表情で大体の事情を察し、久しぶりに爆弾を落としていく。

「もう……ハジメくんでしょ? 殿下を泣かしたの。年下の子イジメちゃだめだよ」
「いや、いきなり殴りかかってきたから、ちょっと撫でてやっただけだって……」

 自分は真剣だったのに、ハジメからすれば撃退ですらなかった事に、ランデルがショックを受ける。しかし、何よりダメージが深かったのは、自分がイジメられたと当然のように判断されたことだ。胸を抑えて「ぐっ」と呻くランデル。

「撫でるって……ちゃんと“手加減”してあげたの? 殿下はまだ“子供”なんだよ?」

 好いた女から子供扱いされた挙句、手加減を前提にされる屈辱にランデルが「はぅ!」と更に強く胸を抑えた。

「ああ、ちょっと角砂糖弾き飛ばしただけだぞ? ダメージなんてほとんどないだろう。流石に、子供相手に銃撃したりしねぇよ」
「でもリリィに“泣きついて“いるじゃない……それにほら額が赤くなってる。せっかく“可愛らしい顔”なのに……殿下は、ちょっと“思い込みが激しくて”“暴走しがち”だけど、根は“いい子”だから、出来ればきちんと“相手をしてあげて”欲しいな……」

 自分がリリィに泣きついていた事をばっちり認識され、男なのに可愛いと評価された挙句、姉からもよく注意される欠点を次々と指摘され、更に追加の子供扱い。ランデルは、遂にガクッと両膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。

 リリィは「あらら」と困った笑みを浮かべているが、雫やおっさん達は、「もう止めてあげてぇ、殿下の心のライフは既にゼロよっ!」と内心で悲痛そうな声を上げていた。

 しかし、香織は追撃の手を緩めない。崩れ落ちたランデルを心配して駆け寄り身を案じる声をかけた。

「殿下、大丈夫ですか? やっぱり打ち所が悪かったんじゃ……」
「……いや、怪我はない。それより……香織……香織は、余のことをどう思っているのだ……」

 満身創痍のランデルは、思い切って香織の気持ちを聞く。

「殿下のことですか? そうですね……時々、リリィが羨ましくなりますね。私も、殿下みたいなヤンチャな弟が欲しいなぁ~って」
「ぐふっ…お、弟……」

 笑顔で落とされた爆弾によってランデルに追加ダメージ。雫やおっさん達が、なぜ自ら傷口に塩を塗るような真似をっ! と泣きそうな顔になりながら、ランデルに視線でもう止めるように訴える。

 しかし、小さくとも男ランデル、ここで立ち止まるわけにはいかない。ここ数日、父の訃報に散々泣き、母や姉の助けで立ち直って、その墓前に強くなると誓ったばかりなのだ。王のいなくなったこの国で先頭に立たねばならない己が、この程度の痛みに蹲っているわけにはいかないのだ!

「では……あんな奴がいいというのか? あいつの何処がいいというのだ!」

 ランデルが、ハジメをキッ! と睨みながら、言外に「目を覚ませ香織! 余の方がいいに決まっている!」と訴える。

 ハジメは、ランデルに睨まれているこの瞬間もユエを後ろから抱き竦めている。ランデルからしたら女ったらしの最低野郎に見えるのだろう。

 しかし、香織の反応は分かりきったもので……

「え? な、何ですか殿下、いきなり……もう~、恥ずかしいですね。でも……ふふ、そうですよ。あの人が私の大好きな人ですよ。何処がって言われたら全部、としか……ふふ」

 と、ランデルに止めを刺した。

 再び俯いたランデルは四つん這いのままプルプルと震えだす。それを心配して香織が手で背中をさすりながら声を掛けるが、ランデルはガバッ! と勢いよく起き上がると香織の手を跳ね除けて入口へと猛ダッシュした。

 そして、一度、扉のところで振り返ると、

「お前等なんか大っ嫌いだぁぁああああああ!!!」

 と、大声で叫び走り去ってしまった。去り際に、彼の目尻がキラリと光ったのは気のせいではないだろう。遠くから「うぁああああああん!!」という泣き声か雄叫びかわからない絶叫が聞こえる。ランデルの突然の疾走に、唖然としていたおっさん達が「殿下ぁ~!」と叫びながら慌ててランデルを追いかけ部屋を出て行った。

「……青春だなぁ」
「ひ、人事みたいに……貴方が泣かしたんでしょうが」
「いや、まぁ、そうなんだが……止めを刺したのは香織だろ?」
「くっ、反論できない……」

 ランデルが初恋を桜の花びらの如く散らせて駆けていったのを眺めながらハジメが呟き、雫がツッコミを入れる。香織は、一体ランデルはどうしたのかと追いかけようとしたが、それはリリアーナが止めた。

 リリアーナは、遅かれ早かれランデルの初恋は散ると分かっていたので、今夜は一緒に寝て弟を慰めるつもりだ。ランデルは、この国の王になる人間なのだ。失恋の一つや二ついい経験だろうと肩を竦めた。

 リリアーナは、開けっ放しの扉をしっかり閉めると、香織を伴ってハジメ達の方へ歩み寄って行く。どうやら、ランデルを追いかけて来ただけでなく、ハジメ達に話もあったようだ。リリアーナは雫の隣の席に腰掛けた。

 香織は……ユエとは反対側のハジメの膝に座ろうとしてユエとプロレスで言うところの“手四つ”状態でギリギリと組み合っていた。

 前の体なら、たとえユエが後衛特化でも魔力の直接操作による身体強化が出来たため香織は拮抗することすら出来なかったが、今は使徒の体なので十分に対抗できる……どころかむしろ押しているようだ。

「香織……貴女、こんなにたくましくなって……」
「いえ、雫。感心していないで止めましょうよ」

 どこか寂しげな表情でズレた発言をする雫に、リリアーナがツッコミを入れる。香織が一度死ぬという衝撃の出来事があってから少々、香織に関しては残念な人になりつつある雫。クラス一の良心で常識人を残念キャラにするわけにはいかないと、ハジメは香織の額に強烈なデコピンをして隣の席に座らせた。

「うぅ、ユエばかりずるいよ……」
「……フフ、ハジメの膝の上は譲らない」
「あの~、そろそろ話を始めたいのですけど……」

 リリアーナが遠慮がちに声をかける。しかし、誰も彼女に目を向けない。

「ハジメくん……」
「そんな目で見るなよ、香織。隣なんだし、いいだろう?」
「……仕方ない。手は譲る」
「えっ? 本当? じゃあ、いつもユエにしてるみたいに頬を撫でて欲しいな。……ダメかな?」
「それくらい構わない」
「えへへ、ありがとう、ハジメくん」
「待ちますね。待てばいいのでしょう? ええ、いくらでも待ちますとも……ぐすっ」

 話しかけるタイミングを完全に逸したリリアーナが、「私、王女なのに……また空気」と涙ぐむ。見かねた雫の介入により、ようやく、ハジメ達の桃色結界が解除された。少し香織成分が含まれていたのか、いつもより幾分強固だったようだ。香織の一途さにハジメが絆されかけている証か……

「コホンッ。話と言うのはですね、南雲さんに言われていた聖教教会の顛末に関する噂の流布の事なのですが……存外、上手くいっているようです。やはり愛子さん、いえ“豊穣の女神”の名が効いているようですね」
「そうか。……まぁ、人は信じたいものを信じるものだし、それが劇的で心揺さぶるものなら尚更だからなぁ。問題なく信じられるだろうとは思っていた。あとは、何かあった時どれだけ効果を発揮するかだが……こればっかりは考えても仕方ないしな」
「……ですね。でも、未だに信じ難いです。長年信じてきたものが幻想だったなんて……個人ならともかく、集団ではパニックになることは必至。南雲さんの提案は王族としても渡りに船でした。有難うございます」

 リリアーナは複雑そうな表情をしながらもハジメに礼を言った。雫が「何のこと?」と首を傾げて説明を求める。

 ハジメがリリアーナを通して流してもらった話とは、国民への総本山崩壊の説明に関することだ。

 いつまでも隠し立て出来ない以上、王宮から何らかの説明は必要だった。しかし、真実の通り、皆さんが信じていた“エヒト様”は人を自分の玩具程度にしか思っていない戦争大好き野郎で、聖教教会の連中も狂信者ばっかりだから総本山ごと全員爆殺しました! 等といっても困惑を通り越してパニックになるだけだ。

 そこで、ハジメが説明内容に関して草案を用意し、リリアーナにそれを基本にして国民に説明して欲しいと頼んだのである。

 その内容は、曰く、争いを望む悪しき神が教皇達を洗脳し王都侵攻を招いた。曰く、神に遣わされし愛子様が状況を憂いて自ら戦いに赴いた。曰く、教皇達は命を賭して神の使徒と共に戦い、その果てに殉教した。曰く、王都を守るため愛子様の剣が光となって降り注いだ、というものだ。

 真実というわけではないが嘘も言ってはいない。大体のところ合っている。

 それを“豊穣の女神”たる愛子が更に、“悪しき神はエヒト様の名を騙るかも知れない、本当の善なる我らが信じる神のためにも私達は与えられるだけでなく、神のために自ら考え行動を起こせる人間にならなければならない。何が正しいのか、己の頭で判断しなければならない。それが我らの信じる神への、そして殉教した教皇様達への手向けとなる”という内容のスピーチを後日、追悼式の時にでも行うのだ。

 つまり、本物の“悪エヒト”とハジメが作った架空の“善エヒト”がいるように錯覚させ、“豊穣の女神”は後者の味方だという認識を植え付けることで人々の心に楔を打ち込んでおこうという腹なのである。エヒトの名を語られても、それが“悪エヒト”なのか“善エヒト”なのか人々に区別が出来なければ、安易に誘導されず自分の頭で何を信じるべきか考えるだろうと。

 これにより、生まれた時から信じてきたものが幻想だったと突きつけられる事による集団パニックを抑えることが可能であるし、また、将来に備えてあるかもしれない神に対する反抗の火種になる……かもしれない、というわけだ。

「なるほどね……南雲君って実は色々考えているわよね。神の話も、愛ちゃんにだけ話を通しておくとか、今回の事とか……」
「俺を脳筋か何かと勘違いしてないか? まぁ、その場で思いついて、大した手間でもないから一応やっておくかって程度のことばかりで、基本は撃って解決するが……」
「ふふ、別に脳筋だなんて思ってないわよ。頼りになるって言ってるの。褒め言葉として受け取っておいて」

 雫の言葉に肩を竦めるハジメ。そんなハジメを頼もしげに見つめる雫。何だか気心が知れたやりとりに、ユエと香織の視線が雫に突き刺さる。それに気がついた雫がビクッと体を震わせて「えっ、なに? 何なの?」とユエ達に問いかける。

「ユエ、どう思う?」
「……ん、まだ大丈夫。あくまで友人レベル」
「そう。“まだ”なんだね……」
「……ん。要注意」

 ユエと香織がヒソヒソと何かを相談している。雫が物凄く居心地を悪そうにしていた。そして、リリアーナはまた空気になった。

 そんなユエ達に、ハジメは何言ってんだと呆れた表情を見せるのだった。

いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

本編開始は気長に待っていて貰えると嬉しいです。

次回は、来週の土曜日18時の更新予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ