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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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後日の王都で

 ハジメが広場を去っていった後、雫によって神水を飲まされた光輝はあっという間に全快した。

 恵里に傀儡兵化されていた兵士は五百人規模に上り、広場にいてハジメにミンチにされた約三百人を除けば姿を消したようだ。おそらく、フリードの対軍用ゲートで一緒に魔人族の領土に行ったのだろう。

 後の調査でわかったことだが、王都の近郊に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔法陣が地中の浅いところに作られていたようで、それがフリードの対軍用空間転移の秘密だったようだ。

 また、国王を含む重鎮達は、恵里の傀儡兵により殺害されており、現在は、ハイリヒ王国国王の座は空席になっている。混乱が収まるまでは、リリアーナと無事だった王妃ルルアリアが王都復興の陣頭指揮を取るようだ。おそらく、一段落ついて落ち着いたら、同じく無事だったランデル殿下が即位することになるだろう。

 一番、混乱に拍車を掛けているのは聖教教会からの音沙汰がないことだ。

 王都が大変なことになっているというのに、戦時中も戦後も一切姿を見せない聖教教会に不安や不信感が広がっているようである。実は、教会関係者は全員、総本山ごと跡形もなく爆殺されました! などと聞いたら王都の人々はどう思うのだろうと、どこかの白髪少年は少々不謹慎な興味を抱いていた。

 また、魔人族の大軍を壊滅させた光の柱は、“エヒト様”が王都を救うため放った断罪の光である! という噂が広まっており、信仰心が強化されてしまったのは何とも痛い話である。ハジメは、噂でも流して、また“豊穣の女神”の仕業にでもしてやろうかと、愛子が聞けば頭を抱えそうなことを考えていた。

 【神山】から教会関係が降りて来ないことを不審に思って、当然、確かめに行こうとする者は多かった。しかし、王都の復興やその他もろもろのやらねばならない事が多すぎて、とても標高八千メートルを登山できる者などいなかった。ちなみに、直通のリフトはハジメ達が停止させているので、地道な登山しか総本山に辿り着く方法がない。

 また、広場から少し離れた場所では、檜山の遺体が見つかった。体のあちこちを喰い散らかされており、ハジメにフルボッコにされて広場に外に吹き飛ばされたあと、案の定、魔物に襲われたようだ。

 激しい抵抗の痕があったことから生きたまま喰われたと考えられた。特に、左腕が完全に欠損しており、血の痕から判断すると、最初に左腕を喰われて必死に逃げ出そうとしたところを体の端から喰われて死んだようだ。想像するのも避けたい最悪の死に方である。

 そうして、色々なことが判明しつつ、魔人族の襲撃と手痛い仲間の裏切りや死から五日が経った。

 恵里と仲が良かった鈴は言わずもがな、その妄執と狂気がクラスメイトにもたらした傷は深かった。檜山と近藤の死に、いつも一緒だった中野や斎藤は引きこもりがちになっている。

 そんな心身共に深い傷を負った光輝達は、リリアーナ達の王都復興に力を貸しながらも、立ち直るために療養しつつ、あの日から姿を見せないハジメ達の事をチラチラと考えていた。

 前線組や愛ちゃん護衛隊のメンバーはハジメの実力を知っていたつもりだが、それでも光の柱で大軍を殲滅したような圧倒的な力までは知らず、改めて、隔絶した力の差を感じて思うところが多々あった。

 光輝達ですらそうなのだから、居残り組とっては衝撃的な出来事だった。帰還したメンバーからハジメの生存や実力のことは聞いていたが、実際のハジメの凄まじさは、自分達の理解が万分の一にも達していなかったことを思い知ったのだ。誰も彼も、ハジメの事や、連れて行かれた香織、ハジメの仲間の事が気になって仕方ないのである。

 そして、それが顕著なのが雫だ。やるべき事はしっかりやっているのだが、ふとした時に遠い目をして心ここにあらずといった様子になるのだ。香織の事を想っているのだろうということは誰の目にも明らかで、香織が死んだところを目撃していたクラスメイト達はどう接すればいいのか分からずにいた

 ハジメと雫の会話から、何やら香織が戻ってくるようなことを言っていたが、死者蘇生など本当に出来るのか半信半疑どころか無理だとしか思えなかったので、安易な慰めも出来なかったのだ。

 よもや、恵里のように生きた人形にでもするのではないか邪推し、その場合、雫を更に傷つけることになるのは容易に想像が付くため、特に光輝などは露骨にハジメ達を警戒していた。

 光輝自身も、二度に渡って何も出来ずハジメに救われたという事実に相当落ち込んでおり、自分とハジメの差や香織を連れて行かれたこと(光輝の中ではそういう認識)も相まって、ハジメに対してはいい感情も持てていなかった。

 それが、いわゆる“嫉妬”であるとは、光輝自身自覚がない。仮に、気が付いたとしても認めることは容易ではないだろう。認めて、その上で前に進めるか、やはりご都合解釈で目を逸らすか……光輝次第である。

 光輝も雫も、そんな様子で明るいとは言えず、龍太郎は脳筋なので頼りにならず、クラスメイト達は全体的に沈んでいた。

 こんな時、いつもなら鈴あたりがムードメイカーの本領を発揮してくれるのだが、当の本人は明らかにテンションが低く、時折見せる笑顔も痛々しいものだった。余程、恵里に言われたことが堪えているらしい。無理もないだろう。長年、親友だと思っていた相手が、実は自分を便利な道具程度にしか思っていなかったのだから。

 それでも、クラス全体が沈みきらず、王都復興に向けて動けているのは、ひとえに愛子の存在あってだろう。

 愛子も香織のことは心配だったし、出来れば何かしたいと思っていたが、ハジメ達がしようとしていることに対して、ユエとティオがいる限り自分の出番はないと分かっていた。なので、傷ついている生徒達を放ってはおけないと地上に残ったのだ。

 愛子が、生徒一人一人としっかりコミュニケーションを取っているために、そして、持ち前の一生懸命さで生徒達を鼓舞しているために、生徒達は現在も動けているのである。

 ちなみに、愛子は当然、総本山がどうなったのか詳しく、それはもう誰よりも詳しく知っているが頑なに口を閉ざしている。

 それは、ハジメ達の邪魔をしないためであり、同時に、自分のしたことを思い出して口が重くなるからだ。予想外の結果だったとはいえ、覚悟を決めていたのは本当だ。なので、ハジメ達が帰ってきたらリリアーナ達に告白するつもりである……おまわりさん、私です、と。

 愛子は、明るく振舞っているが、内心、戦々恐々としていた。自分が、ティオの幇助とはいえ勢い余って総本山を崩壊させ、イシュタル達や神殿騎士達をまとめて爆殺してしまったと生徒達が知ったら、果たして彼等は自分をどう思うだろうかと。

 大切な生徒をこれ以上玩具にされないためにと覚悟を決めて戦い、そのことについては後悔などしていないが、人殺しは人殺しだ。きっともう、生徒達には先生とは呼んでもらえないだろうと改めて覚悟を決めていた。

 なお、デビッド達、愛子護衛隊の神殿騎士達は健在だったりする。というのも、愛子が姿を消してから、何度も上層部に“会わせろ!”と抗議を行い、それが叶わないと知るや独自に捜索まで始める始末で、辟易した上層部が彼等を地上に降ろし本山への出入りを禁止したのである。そういうわけで、当時、本山にいなかったため命拾いしたのだ。彼等も、今のところ愛子の言に従い、復興のあれこれに精を出している。

 そんな風に、愛子も生徒達もそれぞれ心に重りをこびり付けたまま、今日も今日とて王都復興のためにリリアーナの手伝いをする。

 本日は、王国騎士団の再編成を行うため練兵場にて各隊の隊長職選抜を行っていた。ちなみに、新たな騎士団長の名はクゼリー・レイル。女性の騎士でリリアーナの付きの元近衛騎士である。副団長の名はニート・コモルド。元騎士団三番隊の隊長である。

「お疲れ様でした。光輝さん」

 選抜試験における模擬戦で、騎士達の相手を勤めていた光輝が練兵場の端で汗を拭っていると、そんな労いの言葉が響いた。光輝がそちらに視線を向けると、リリアーナが微笑みながらやって来るところだった。

「いや、これくらいどうってことないよ。……リリィの方こそ、ここ最近ほとんど寝てないんじゃないか? ほんとにお疲れ様だよ」

 光輝が苦笑いで返すとリリアーナもまた苦笑いを浮かべた。お互い、ここ数日、碌に眠る時間が取れていないのだ。もっとも、睡眠時間が削れている理由は、二人では全く違うのだが。

「今は、寝ている暇なんてありませんからね。……死傷者、遺族への対応、倒壊した建物の処理、行方不明者の確認、外壁と大結界の補修、各方面への連絡と対応、周辺の調査と兵の配備、再編成……大変ですが、やらねばならないことばかりです。泣き言を言っても仕方ありません。お母様も分担して下さってますし、まだまだ大丈夫ですよ。……本当に辛いのは大切な人や財産を失った民なのですから……」
「それを言ったら、リリィだって……」

 光輝は、リリアーナの言葉に、彼女もまた父親であるエリヒド国王を失っていることを指摘しようとしたが、言っても仕方のないことだと口をつぐんだ。リリィは、光輝の気持ちを察してもう一度「大丈夫ですよ」と儚げに微笑むと、話題を転換した。

「雫の様子はどうですか?」
「……変わらないな。普段はいつも通りの雫だけど、気が付けばずっと上を見上げてるよ」

 そう言って光輝は、練兵場の中央でクゼリーと話をしている雫に視線を転じた。

 二人は、リリアーナを通して友人関係にあることもあり、かなり親しげな様子で何やら編成のことで議論しているようだ。しかし、ふと会話が途切れた時など、自然と視線が上、つまり【神山】の頂上付近に向いているのがよくわかる。

「彼等を……待っているのですね」
「そうだね。……正直、南雲のことは余り…信用できない…雫には会って欲しくないと思ってるんだけどね……」

 リリアーナは、少し驚いたような表情で雫から光輝に視線を戻した。光輝の表情は何とも複雑な色を宿しており、内心が言葉通りだけでないことは明らかだった。嫉妬、猜疑、恐怖、自負、感謝、反感、焦燥その他にも様々な感情が入り混じって飽和しているような、表現しがたい表情だった。

 リリアーナは、光輝にかけるべき言葉を見つけられず、ハジメ達がいるであろう【神山】の頂上を仰ぎ見た。

 空は快晴で、ほんの数日前には滅亡の危機に晒されていたとは思えないほど晴れ晴れとしている。そんな空模様に何となく能天気さを感じて、少し恨めしい気持ちを抱いたリリアーナはジト目を空に向けた。

 と、その時、何やら空に黒い点が複数見え始めた。訝しそうに目を細めたリリアーナだったが、その黒い点が徐々に大きくなっていくことに気がつき、何かが落ちて来ているのだとわかると慌てて傍らの光輝を呼んだ。

「こ、光輝さん! あれっ! 何か落ちて来ていませんかぁ!」
「へ? いきなり何を……っ、皆ぁ! 気をつけろ! 上から何か来るぞぉ!」

 リリアーナの剣幕に驚いた光輝だったが、促されて向けた視線の先に確かに空から何かが落ちて来ているのを確認して「すわっ、敵襲かっ!」と焦燥を表情に浮かべて大声で警告を発した。

 雫達が、慌てて練兵場の中央から光輝達の傍に退避したのと、それらが練兵場に降り立ったのは同時だった。

ズドォオン!!

 そんな地響きを立てながら墜落じみた着地を決めて、もうもうと舞う砂埃の中から姿を現したのは……ハジメ、ユエ、シア、ティオの四人だった。

「南雲君!」

 真っ先に雫が飛び出す。ハジメの言葉通り、信じて待っていたのだ。勢い余るのも仕方ないだろう。しかし、ハジメ達の中に香織の姿がないことから徐々にその表情に不安の影が差し始める。

「よぉ、八重樫。ちゃんと生きてるな」
「南雲君……香織は? なぜ、香織がいないの?」

 ハジメの軽口に、雫は幾分気が楽になるものの、それでも目の前に香織がいないという事実に、やはり香織の死を覆すことなど出来なかったのではないかと、既に不安を隠しもせずに震える声で問いかけた。

 ハジメは、それに対して、何とも曖昧な表情をする。

「あ~、直ぐに来るぞ? ただなぁ……ちょ~とだけ見た目が変わってるかもしれないが……そこはほら、俺のせいにされても困るっていうか、うん、俺のせいじゃないから怒るなよ?」
「え? ちょっと、待って。なに? 何なの? 物凄く不安なのだけど? どういうことなのよ? あなた、香織に何をしたの? 場合によっては、あなたがくれた黒刀で……」

 ハジメの途轍もなく不安を煽る発言に、雫の瞳からハイライトが消えて腰に吊るした黒刀に手が伸び始める。ハジメが「どぅどぅ」と雫を抑えていると、突如、上空から悲鳴が聞こえ始めた。

「きゃぁああああ!! ハジメく~ん! 受け止めてぇ~!!」

 雫達が何事かと上を見ると、何やら銀色の人影が猛スピードで落下して来るところだった。

 雫の優れた動体視力は、歴史的に名を残すような芸術家が作り出した美術品かと思うほど完成された美しさを持つ銀髪碧眼の女が、そのクールな見た目に反して、情けない表情で目に涙を浮かべながら手足を無様にワタワタ動かしているという奇怪な姿を捉えていた。

 落ちて来た銀髪碧眼の女は真っ直ぐハジメに突っ込む。その目には受け止めてくれるはずという信頼が見て取れた。

 が、それを裏切るのがハジメクオリティー。衝突寸前でひょいっとその場を飛び退くと、「え?」と目を点にしながら地面に吸い込まれるように激突した彼女から視線を逸らした。

 誰もが、「彼女、死んだよね?」と受け止める素振りすら見せなかったハジメに戦慄の表情を浮かべる。しかし、再び舞い上がった砂煙が晴れたとき、そこに現れた銀髪碧眼の美女を見て、愛子とリリアーナが悲鳴じみた警告の声を張り上げた。

「なっ、なぜ、あなたがっ……」
「みなさん! 離れて! 彼女は、愛子さんを誘拐し、恵里に手を貸していた危険人物です!」

 その言葉に、その場にいた光輝や他の生徒達、クゼリー達騎士団の面々が一斉に武器へ手をかけた。特に、かなりハジメ達に接近していた雫はその場で居合の構えを取ると、香織が死んだ原因の一端である相手に殺意を宿らせた眼光を向けた。隙あらば即座に斬るといった様子だ。

 そんな眼光を向けられた相手、銀髪碧眼の芸術品のような美貌を持つ女ノイントは、墜落のダメージなどまるで感じさせない機敏な動きで、あっさりと起き上がった。そして、一瞬ハジメに恨めしげな眼差しを向けてから、以前の機械じみた無表情や声音からは信じられないほど感情を表情や声に乗せて、慌てたように雫に話しかけた。

「ま、待って! 雫ちゃん! 私だよ、私!」
「?」

 自分の名を呼びながら必死に自分をアピールする初対面の女に雫が訝しげな表情をする。

 傍らにいるハジメが「どこかの詐欺師みたいだな……」と呟いていたが、女がキッ! と睨むとそっぽを向いた。愛子達のいう敵とは思えないほど親しげだ。そして、姿も声も違うが、自分を呼ぶときの何気ない仕草や雰囲気が、見知らぬ女に親友の影を幻視させた。

 雫は、居合の構えを緩やかに解くと、呆然とした様子で親友の名をポツリと呟く。

「……かお、り? 香織…なの?」

 雫が自分に気が付いてくれたことが余程嬉しかったのか、銀髪碧眼の女は怜悧な顔をパァ! と輝かせて弾む声と共に返事をする。

「うん! 香織だよ。雫ちゃんの親友の白崎香織。見た目は変わっちゃったけど……ちゃんと生きてるよ!」
「……香織…香織ぃ!」

 雫は、暫く呆然とする。一体、何をどうすればこんな事態になるのかさっぱりわからなかったが、それでも、親友が生きて目の前にいるという事実を真綿に水が染み込むように実感すると、ポロポロと涙を零しながら銀髪碧眼の女改め新たな体を手に入れた香織に思いっきり抱きついた。

 香織は、自分に抱きついて赤子のように泣きじゃくる雫をギュッと抱きしめ返すと、そっと優しく囁いた。

「心配かけてゴメンね? 大丈夫だよ、大丈夫」
「ひっぐ、ぐすっ、よかったぁ、よがったよぉ~」

 お互いの首元に顔を埋め、しっかりお互いの存在を確かめ合う雫と香織。

 誰もが唖然呆然としているなか、暫くの間、晴れ渡った練兵場に温かさ優しさに満ちた泣き声が響き渡っていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「それで、一体、どういうことなの?」

 盛大に泣きはらしたせいで目元を真っ赤に染めて、同じくらい羞恥で頬も染めた雫が、照れを隠すようにそっぽを向いたまま事情説明を求めた。

 場所は、練兵場から移動して現在は光輝達が普段食事処として使用している大部屋だ。雫に対して、心は香織、体はノイントという状態の説明をするのに、取り敢えず落ち着いた場所でとリリアーナに促されたのだ。なお、この場には雫だけでなく、クラスメイト全員と愛子、リリアーナが同席している。

「そうだな……簡潔にいうと。魔法で香織の魂魄を保護して、ノイントの遺体? 残骸? まぁ、その修復した体に定着させたってことだ」
「なるほど……全然わからないわ」

 ハジメの簡潔すぎる説明に雫がジト目を送る。その眼差しには明らかに「説明する気あんのか? あぁ?」という剣呑さが潜んでいた。ハジメのやる気ゼロな説明に呆れた表情をしながら香織が代わりに説明する。

「えっとね、雫ちゃん。今、私達が使ってる魔法が神代と呼ばれる時代の魔法の劣化版だってことは知ってるよね?」
「……ええ。この世界の歴史なら少し勉強したもの。この世界の創世神話に出てくる魔法でしょ? 今の属性魔法と異なってもっと根本的な理に作用でき……待って。もしかして、そういうこと? 南雲君達は神代魔法を持っていて、それは魂魄……人の魂というものに干渉できる力ってこと? それで、死んだ香織の魂魄を保護して、別の体に定着させたのね?」
「そう! 流石、雫ちゃんだね」

 なぜか、誇らしげに胸を張る香織。実際、雫の頭の回転は実に早い。ハジメも、前から分かっていたことだが、内心、改めて感心していた。

「でも、どうしてその体なの? 香織の体はもうダメだったのかしら? 心臓を貫かれた部分の傷を塞ぐくらいなら回復魔法で何とか出来ると思うのだけど……」
「ああ、実際、香織の体は完璧に治ったし、魂魄を戻すことも出来た」

 魂魄魔法は、魂魄の固定と定着を行うことで擬似的に不老不死を実現できるというぶっ飛んだ神代魔法だ。

“固定”とは、死ぬことで霧散してしまう魂魄に干渉して霧散・劣化しないよう保存する魔法で、最初、ティオが香織に施したのはこれである。死亡から数分以内でないと効果がないので、ティオが間に合ったのは幸運だった。

“定着”とは、文字通り、固定した魂魄を有機物・無機物を問わず定着させることだ。老衰した体や、欠損して生存に適さない体に定着させてもまた死ぬだけだが、健康体なら蘇生が出来るし、あのミレディ・ライセンのようにゴーレムに定着させることで肉体の衰えという楔を離れて不老不死となる事も出来る。

 もちろん、ぶっつけ本番で出来るような簡単な魔法ではない。魔法に関しては天性の才を持つユエがティオと共に行ったからこそ成功したようなものだ。それでも、定着に丸五日もかかったわけだが。

「じゃあ、どうして……香織の元の体はどうなったの? やっぱり何か問題でも」
「雫ちゃん、落ち着いて。ちゃんと説明するから」

 身を乗り出す雫を落ち着かせながら香織が続きを話す。

 最初、ハジメは、香織の傷ついた体を再生魔法で修復し香織の魂魄を戻すことで蘇生させようとした。

 しかし、そこで待ったを掛けたのが香織だ。魂魄状態で固定されていても、“心導”という魂魄魔法で意思疎通を図ることは出来る。その魂魄状態の香織が、話に聞いていたミレディ・ライセンのようにゴーレムに定着させて欲しいと願い出たのだ。ハジメなら、強力なゴーレムを作れるはずだと。

 【メルジーネ海底遺跡】で、自分の弱さについては割り切った香織だったが、そのままでいいなどとは微塵も思っていなかった。ハジメの隣に立つことを諦めるつもりなど毛頭なかった。その矢先、自分はあっさり殺されてしまった。不甲斐なくて、情けなくて、悔しくて……ならば、“例え人の身を捨てても”と、そう思ったのだ。

 一度、こうと決意したらとんでもなく頑固になる香織だ。ハジメ達も一応説得したのだが、聞く耳を持たなかった。その決意は、ハジメをして両手を上げさせるほど強いものだったのだ。

 仕方なく、最強のゴーレムでも作ってやろうかと思ったところで、ハジメの頭に豆電球がピカッ! と光った。「あれ、使えるんじゃね?」と。そう、ハジメが心臓部分をぶち抜いたノイントである。

 ハジメは直ぐにノイントの残骸を回収すると、ユエに再生魔法を行使してもらい傷を修復してもらった。そして、人の身ならざる本当の“神の使徒”の強靭な肉体を香織の新たな肉体として、その魂魄を“定着”させてみたところ、見事成功したのである。

 生憎、魔石に似た器官は、再生できても魔力の供給はピタリと停止していたので無限の魔力を扱えるわけではなかったが、ノイントの固有魔法“分解”や双大剣術、銀翼や銀羽も扱えるようだった。

 どうやら、ノイントの体がそれらの扱い方やこれまでの戦闘経験を覚えているようで、慣れない体故に未だ飛ぶこともままならないが、慣れれば“神の使徒”としての能力を十全に発揮できるだろう。魔力の直接操作も出来るので、能力的には十分ハジメ達と肩を並べられる。

 魂魄の定着が成功した後の香織の喜びようは中々に凄かった。なにせ、クールビューティーな外見で、キャッキャッと満面の笑みで騒ぐのだから。ついさっきまで殺し合っていた相手の顔が嬉しそうに笑い、しかも自分に抱きついて来るという事態に、流石のハジメもどうしたものかと眉を八の字にしたものだ。

 ちなみに、香織の本当の体は、ユエの魔法により凍結処理を受けて“宝物庫”に保管されている。巨大な氷の中に眠る美少女といった感じで非常に神秘的だ。解凍時に再生魔法で壊れた細胞も修復してしまえるので、戻ろうと思えば戻れる可能性は極めて高い。

「……なるほどね。はぁ~、香織、貴女って昔から突飛もないこと仕出かすことがあったけれど、今回は群を抜いているわ」

 ハジメの説明を聞いて、頭痛を堪えるように片手を額に添える雫。ハジメの好きなゲームを知りたいと言って訪れたゲーム屋で、何を勘違いしたのかアダルトゲームコーナーに突撃したとき以上の頭痛を感じる。

「えへへ、心配かけてごめんね、雫ちゃん」
「……いいわよ。生きていてくれたなら、それだけで……」

 雫は、そう言って申し訳なさそうな表情をする香織に微笑むと、スッと表情を真剣なものに変えてハジメ達の方を向き姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「南雲君、ユエさん、シアさん、ティオさん。私の親友を救ってくれて有難うございました。借りは増える一方だし、返せるアテもないのだけど……この恩は一生忘れない。私に出来ることなら何でも言ってちょうだい。全力で応えてみせるから」
「……相変わらず律儀な奴だな。まぁ、あんまり気にすんな。俺達は俺達の仲間を助けただけだ」

 ハジメの非常に軽い対応に、雫は苦笑いを見せる。香織だけでなく自分達も救われているのだ。それも命を二度も。自分達の窮地を救ったことさえ、きっとハジメにとって自分の都合とかち合った結果のどうということもない出来事だったのだろうと思うと、その余りの差にもはや笑うしかない心境だった。

 そして、何となく平然とした態度が憎らしくもあったので雫は唇を尖らせて指摘する。

「……その割には、私のことも気遣ってくれたし、光輝のために秘薬もくれたわね?」
「八重樫に壊れられたら、香織が面倒なことになるだろうが……」
「め、面倒って……酷いよ、ハジメくん」

 雫の嫌味にも平然と返し、香織の突っ込みもスルーして「それに……」と続けるハジメ。

「どこかの先生曰く、“寂しい生き方”はするべきじゃないらしいしな。何もかもってわけにはいかないが、あれくらいのことはな……」
「! 南雲君……」

 黙って雫とハジメ達の話を聞いていた愛子が、ハジメのその言葉に感無量といった様子で潤んだ瞳をハジメに向けた。

 他の生徒達は、やたら不遜になったハジメにも愛ちゃんの教えは届いたのかと妙に感心して、愛子もそれに感動しているのだと思ったようだが、ユエ達と雫は、愛子の瞳に含まれた種類の違う熱を敏感に感じ取っていた。

 香織が、まさか! といった様子で、ユエ達や雫に視線で確認を取ると、ユエ達は鋭い視線で頷き、雫は視線を逸らして天を仰いだ。

 微妙な空気が漂い始めたのを敏感に察した雫が、雰囲気を戻す意味も込めて話を続ける。聞きたいことは山ほどあるのだ。

「あの日、先生が攫われた日に、先生が話そうとしていたことを聞いてもいいかしら? それはきっと、南雲君達が神代の魔法なんてものを取得している事と関係があるのよね?」

 ハジメは、雫の言葉を受けて愛子に視線を向ける。説明しろと無言の圧力が愛子にかかった。愛子は、コホンッと咳払いを一つするとハジメから聞いた狂神の話とハジメ達の旅の目的を話し、そして、自分が攫われた事や王都侵攻時の総本山での出来事を話し出した。

 全てを聞き終わり、真っ先に声を張り上げたのは光輝だった。

「なんだよ、それ。じゃあ、俺達は、神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか? なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会したときに伝えることは出来ただろう!」

 非難するような眼差しと声音に、しかし、ハジメは面倒そうにチラリと光輝を見ただけで何も答えない。無視だった。その態度に、光輝がガタッ! と音を立てて席を立ち、ハジメに敵意を漲らせる。

「何とか言ったらどうなんだ! お前が、もっと早く教えてくれていれば!」
「ちょっと、光輝!」

 諌める雫の言葉も聞かず、いきり立つ光輝にハジメは五月蝿そうに眉をしかめると、盛大に溜息をついて面倒くさそうな視線を光輝に向けた。

「俺がそれを言って、お前、信じたのかよ?」
「なんだと?」
「どうせ、思い込みとご都合解釈大好きなお前のことだ。大多数の人間が信じている神を“狂っている”と言われた挙句、お前のしていることは無意味だって俺から言われれば、信じないどころか、むしろ、俺を非難したんじゃないか? その光景が目に浮かぶよ」
「だ、だけど、何度もきちんと説明してくれれば……」
「アホか。なんで俺が、わざわざお前等のために骨を折らなけりゃならないんだよ? まさか、俺がクラスメイトだから、自分達に力を貸すのは当然とか思ってないよな? ……あんまふざけたことばっか言ってっと……檜山の二の舞だぞ?」

 永久凍土の如き冷めた眼差しで睥睨するハジメに、クラスメイト達はさっと目を逸らした。

 だが、光輝だけは納得できないようで未だ厳しい眼差しをハジメに向けている。ハジメの隣でユエが、二度も救われておいて何だその態度はと言いたげな目を向けているが光輝は気が付いていない。

「でも、これから一緒に神と戦うなら……」
「待て待て、勇者(笑)。俺がいつ神と戦うといったよ? 勝手に決め付けるな。向こうからやって来れば当然殺すが、自分からわざわざ探し出すつもりはないぞ? 大迷宮を攻略して、さっさと日本に帰りたいからな」

 その言葉に、光輝は目を大きく見開く。

「なっ、まさか、この世界の人達がどうなってもいいっていうのか!? 神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ! 放っておけるのか!」
「顔も知らない誰かのために振える力は持ち合わせちゃいないな……」
「なんで……なんでだよっ! お前は、俺より強いじゃないか! それだけの力があれば何だって出来るだろ! 力があるなら、正しいことのために使うべきじゃないか!」

 光輝が吠える。いつもながら、実に正義感溢れる言葉だ。しかし、そんな“言葉”は、意志なき者なら兎も角、ハジメには届かない。ハジメは、まるで路傍の石を見るような眼差を光輝に向ける。

「……“力があるなら”か。そんなだから、いつもお前は肝心なところで地面に這いつくばることになるんだよ。……俺はな、力はいつだって明確な意志のもと振るわれるべきだと考えてる。力があるから何かを為すんじゃない。何かを為したいから力を求め使うんだ。“力がある”から意志に関係なくやらなきゃならないって言うんなら、それはもうきっと、唯の“呪い”だろう。お前は、その意志ってのが薄弱すぎるんだよ。……っていうか、お前と俺の行く道について議論する気はないんだ。これ以上食って掛かるなら面倒いからマジでぶっ飛ばすぞ」

 ハジメはそれだけ言うと、光輝達に興味がないということを示すように視線を戻してしまった。

 その態度からハジメが本気で自分達や世界に対して、嫌悪も恨みもなく唯ひたすら興味がないということを理解させられた光輝。また、自分の敗北原因について言及され激しく動揺してしまい口をつぐむ。自分には強い意志がある! と反論したかったが、何故か言葉が出なかったのだ。

 他のクラスメイト達も、何となく、ハジメが戻ってきて自分達とまた一緒に行動するのだと思っていたことが幻想だったと思い知り、そして、下手な事をすれば本気で檜山のようにされるかもしれないと震え上がった。

 なにせ、傀儡にされていたとは言え、メルドも含めて顔見知りもいた騎士達を何の躊躇いもなく肉塊に変えてしまった相手なのだ。居残り組に関しては、ハジメが奈落に落ちる前のこともあり視線すら向けられないでいた。

「……やはり、残ってはもらえないのでしょうか? せめて、王都の防衛体制が整うまで滞在して欲しいのですが……」

 そう願い出たのはリリアーナだ。

 未だ、混乱の中にある王都において、大規模転移用魔法陣は撤去したものの、いつ魔人族の軍が攻めてくるかわからない状況ではハジメ達の存在はどうしても手放したくなかったのだ。相手の総大将らしきフリードは、ハジメがいるから撤退した。ハジメ達は、そこにいるだけで既に抑止力になっているのである。

「神の使徒と本格的に事を構えた以上、先を急ぎたいんだ。香織の蘇生に五日もかかったしな。明日には出発する予定だ」

 リリアーナは肩を落とすが、ハジメ達が出て行ったあと、フリード達が取って返さない保障はないので王女として食い下がる。

「そこを何とか……せめて、あの光の柱……あれも南雲さんのアーティファクトですよね? あれを目に見える形で王都の守護に回せませんか? ……お礼はできる限りのことをしますので」
「……ああ“ヒュベリオン”な。無理だ。あれ、最初の一撃でぶっ壊れたし……試作品だったからなぁ。改良しねぇと」

 ハジメが、魔人族の大軍を消し飛ばした対大軍用殲滅兵器“ヒュベリオン”は、簡単に言えば太陽光収束レーザーである。【神山】を降りる前に上空へ飛ばしておいたものだ。

 “ヒュベリオン”は、巨大な機体の中で太陽光をレンズで収束し、その熱量を設置された“宝物庫”にチャージすることが出来る。そして、臨界状態の“宝物庫”から溢れ出た莫大な熱量を重力魔法が付加された発射口を通して再び収束し地上に向けて発射するのだ。

 そして、この“ヒュベリオン”最大の特徴は、夜でも太陽光を収束できる点にある。その秘密は、オスカー・オルクスの部屋を照らしていたあの擬似太陽だ。あれは、太陽光を空間魔法と再生魔法、それにハジメの把握しきれていない神代魔法の力が加わって作り出された“解放者”達の合作だったのだ。

 今のハジメでは、擬似的とはいえ太陽の創造など到底できない。そして“ヒュベリオン”は試作段階だったせいもあり、その自身の熱量に耐えられずに壊れてしまったので、もうあの一撃は撃てないのである。もっとも、ハジメが作り出した大軍用殲滅兵器は“ヒュベリオン”だけではないのだが……

「そう……ですか……」

 ハジメの言葉に、再びガクリと肩を落とすリリアーナ。そこで、香織、雫、愛子の視線がハジメに突き刺さる。三人ともハジメのスタンスを理解している。ハジメが、いくら多少周囲を慮るようになったとはいえ、基本的に、この世界のことに無関心であることに変わりはない。周囲にも手を伸ばすのは、そうすることでユエ達が間接的にでも悲しまないようにするためだ。だから、三人とも言葉にはしない。しないが、その眼差しは雄弁に物語っている。

 ハジメは、用意された茶を飲みながら無視していたが、余りにしつこいのでボソリと呟くように告げた。

「……出発前に、大結界くらいは直してやる」
「南雲さん! 有難うございます!」

 パァ! と表情を輝かせたリリアーナを無視して、これでいいだろ? と香織達に視線をやるハジメ。三人ともリリアーナと同じく嬉しそうな笑顔をハジメに返した。

 何だか、ほんとに甘くなったなぁと思いつつも、隣にいるユエやシアまでハジメに微笑み掛けてくるので、「まぁ、悪くないか」と肩を竦めて、ハジメは苦笑いを零した。

「それで、南雲君達はどこへ向かうの? 神代魔法を求めているなら大迷宮を目指すのよね? 西から帰って来たなら……樹海かしら?」
「ああ、そのつもりだ。フューレン経由で向かうつもりだったが、一端南下するのも面倒いからこのまま東に向かおうと思ってる」

 ハジメの予定を聞いて、リリアーナが何か思いついたような表情をする。

「では、帝国領を通るのですか?」
「そうなるな……」
「でしたら、私もついて行って宜しいでしょうか?」
「ん? なんでだ?」
「今回の王都侵攻で帝国とも話し合わねばならない事が山ほどあります。既に使者と大使の方が帝国に向かわれましたが、会談は早ければ早いほうがいい。南雲さんの移動用アーティファクトがあれば帝国まですぐでしょう? それなら、直接私が乗り込んで向こうで話し合ってしまおうと思いまして」

 何とも大胆というかフットワークの軽いリリアーナの提案にハジメは驚くものの、よく考えれば助けを求めるために単身王城から飛び出し隊商に紛れて王都を脱出するようなお姫様なのだ。当然の発想と言えば当然かと、妙に納得する。

 そして、通り道に降ろしていくだけなら手間にもならないので、それくらいいいかと了承の意を伝えた。ただし、釘を刺すのは忘れない。

「送るのはいいが、帝都には入らないぞ? 皇帝との会談なんて絶対付き添わないからな?」
「ふふ、そこまで図々しいこと言いませんよ。送って下さるだけで十分です」

 用心深い発言に、思わず苦笑いを浮かべるリリアーナだったが、そこへハジメに黙らされた光輝が再び発言する。

「だったら、俺達もついて行くぞ。この世界の事をどうでもいいなんていう奴にリリィは任せられない。道中の護衛は俺達がする。それに、南雲が何もしないなら、俺がこの世界を救う! そのためには力が必要だ! 神代魔法の力が! お前に付いていけば神代魔法が手に入るんだろ!」
「いや、場所くらい教えてやるから勝手に行けよ。ついて来るとか迷惑極まりないっつうの」

 勝手に盛りがって何言ってんだと呆れ顔をするハジメ。非難しながら頼るとか意味がわからなかった。そこに、愛子がおずおずと以前のハジメの言葉を指摘する。

「でも、南雲君、今の私達では大迷宮に挑んでも返り討ちだって言ってませんでした」
「……いや、それは、あれだよ。ほら、“無能”の俺でも何とかなったんだから、大丈夫だって。いける、いける。ようは気合だよ」
「無理なんですね?」

 自分の発言をきっちり覚えていた愛子に、ハジメは目を逸らしながら無責任な事を言う。

 ハジメとしては、自分達が世界を越える手段を手に入れた暁には、クラスメイト達が便乗するのを許すくらいのつもりはあった。だが、彼等が一から神代魔法を手に入れる手伝いをするなどまっぴらごめんだった。時間のロス以外の何ものでもないからだ。

「南雲君、お願いできないかしら。一度でいいの。一つでも神代魔法を持っているかいないかで、他の大迷宮の攻略に決定的な差ができるわ。一度だけついて行かせてくれない?」
「寄生したところで、魔法は手に入らないぞ? 迷宮に攻略したと認められるだけの行動と結果が必要だ」
「もちろんよ。神のことはこの際置いておくとして、帰りたいと思う気持ちは私達も一緒よ。死に物狂い、不退転の意志で挑むわ。だから、お願いします。何度も救われておいて、恩を返すといったばかりの口で何を言うのかと思うだろうけど、今は、貴方に頼るしかないの。もう一度だけ力を貸して」
「鈴からもお願い、南雲君。もっと強くなって、もう一度恵里と話をしたい。だからお願い! このお礼は必ずするから鈴達も連れて行って!」

 今のままでは無理という愛子の言葉を聞いて、雫が一つだけ神代魔法を手に入れる助力をして欲しいと懇願する。その顔は、恩も返せないうちにまた頼らなければならない事を心苦しく思っているのか酷く強ばっている。

 雫に感化されて、ずっと黙っていた鈴まで頭を下げだした。どうやら、恵里の事で色々考えているようだ。その声音や表情には必死しさが伺えた。光輝は、その光景を見て眉をピクリと反応させたが、結局何も言わなかった。

 ハジメは、逡巡する。本来なら、【ハルツィナ樹海】の攻略に光輝達を連れて行くような面倒ごとを引き受けるなど有り得ない。さっさと断って、【オルクス大迷宮】でも【ライセン大迷宮】でも好きなところに逝ってこいと言い捨てるところだ。

 しかし、この時、ハジメの脳裏にノイントとの戦闘が過ぎったがため少し判断に迷った。

 というのも、ノイントは【メルジーネ海底遺跡】でも垣間見たように時代の節目に現れて裏から権力者達を操ったり邪魔者を排除したりと、文字通り神の手足となって暗躍してきた神の意思をそのまま体現する人形だ。

 ならば、明らかに作られた存在である“神の使徒(ノイント)”は、果たして、あれ一体だけと言えるのだろうか。そう言い切るのは楽観的に過ぎるというものだろう。

 ノイントは言った。ハジメは、イレギュラーであり、苦しんで死ぬのが神の望みだと。ならば、ノイントのような存在を多数送り込んで来ることは十分に考えられることだ。だとすると、その時のために、光輝達に力を持たせておいてぶつけるというのもいいのではないか? とハジメは考えた。

 自分を狙う敵に他人をぶつけるなど鬼畜の所業だが、「まぁ、勇者とか神と戦う気満々だし問題ないよね?」と軽く考えて、最終的に【ハルツィナ樹海】に限って同行を了承することにした。一応、ユエ達にも視線で確認を取るが、特に反対意見はないようだ。

 雫達の間に安堵の吐息と笑顔が漏れる中、ハジメは、残り二つとなった大迷宮とこれからの展開に思いを巡らせる。

 何があるにせよ、この旅も終わりが見えてきたのだ。どんな存在が立ちはだかろうと、どんな状況に陥ろうと、必ず全てを薙ぎ倒して故郷に帰る。この世界で手に入れた“大切”と共に。

 その誓いを、新たに重ねてきた絆と想いで包み込み、更に強靭なものとする。ハジメは、心の中で更に大きくなった決意の炎を感じながら、そっと口元に笑みを浮かべた。

いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

これにて四章終了です。
楽しんでもらえたでしょうか?
少なくとも作者は楽しかったです。

第五章は、勇者パーティーも交えての冒険となります。
不満に思う方もいるかもしれませんが、これもマンネリを防ぐため。
ネタが思いつかない! という作者涙目の決断と思って温かく見て頂ければと思います。

なお、五章に入る前に、閑話的な話を何話か入れようと思います。
更新は少し間が開くと思いますが、気長に待って頂ければ嬉しいです。

次回の更新は、おそらく来週の土曜日18時になると思います。

おまけ
第五章 第一部 予告

「ヒャッハー! 狩りの時間だぜぇえええ!!」
「豚のように鳴きなぁああ!!」
「殺して、解して、並べて、揃えて、晒してやんよぉおおお!!」

「くそっ、誰か、あの化け物共を止めろぉおおお!!」
「陛下ぁ! 逃げてぇ! 超逃げてぇ!!」

たぶん、こんな感じ
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