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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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裏切り


 時間は少し戻る。ちょうど、リリアーナ達が王宮内に到着した頃。

パキャァアアアアン!!

「ッ!? 一体なにっ!?」

 ガラスが砕かれるような不快な騒音に、自室で就寝中だった八重樫雫は、シーツを跳ね除けて枕元の黒刀を手に取ると一瞬で臨戦態勢を取った。明らかに、普段から気を休めず警戒し続けている者の動きだ。

「……」

 暫くの間、抜刀態勢で険しい表情をしながら息を潜めていた雫だったが、室内に異常がないとわかる僅かに安堵の吐息を漏らした。

 雫が、ここまで警戒心を強めているのは、ここ数日、顔を合わせることの出来ないリリアーナと愛子の事が引っかかっているからだ。

 少し前から、王宮内に漂う違和感には気がついていた。あの日、愛子が帰還した日に、夕食時に重要な話があるといって別れたきり姿が見えない事で、愛子の身に何か良くない事が起きているのではとも疑っていた。

 当然、二人の行方を探し、イシュタルから愛子達は総本山で異端審問について協議しているというもっともらしい話を聞き出したのだが、直接会わせてもらうことは出来なかった。なお食い下がった雫だったが数日後には戻ってくると言われ、またリリアーナの父で国王でもあるエリヒドにも心配するなと言われれば、渋々ではあるが一先ず引き下がるしかなかった。

 しかし、それでも漠然とした不安感は消えず、今のように、どこぞのスパイのような警戒心溢れる就寝をしていたのである。

 雫は、音もなくベッドから降りると、数秒で装備を整えて慎重に部屋の外へ出た。香織がハジメと共に旅に出てから雫は一人部屋だ。廊下に異常がないことを確かめると、直ぐに向かいの光輝達の部屋をノックした。

 扉はすぐに開き、光輝が姿を見せた。部屋の奥には龍太郎もいて既に起きているようだ。どうやら、先程の大音響で雫と同じく目が覚めたらしい。

「光輝、あなた、もうちょっと警戒しないさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何するくらい手間じゃないでしょ?」

 何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫。それに対して光輝は、キョトンした表情だ。破砕音は聞こえていたが、王宮内の、それも直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えつかなかったらしい。まだ、完全に覚醒していないというのもありそうだ。

 ここ数日、雫が王宮内の違和感や愛子達のことで、「何かがおかしい、警戒するべきだ」と忠告をし続けているのだが、光輝も龍太郎も考えすぎだろうと余り真剣に受け取っていなかった。

「そんな事より、雫。さっきのは何だ? 何か割れたような音だったけど……」
「……わからないわ。とにかく、皆を起こして情報を貰いに行きましょう。何だが、嫌な予感がするのよ……」

 雫はそれだけ言うと、踵を返して他のクラスメイト達の部屋を片っ端か叩いていった。ほとんどの生徒が、先程の破砕音で起きていたらしく集合は速やかに行われた。不安そうに、あるいは突然の睡眠妨害に迷惑そうにしながら廊下に出てきた全生徒に光輝が声を張り上げてまとめる。

 と、その時、雫と懇意にしている侍女の一人が駆け込んで来た。彼女は、家が騎士の家系で剣術を嗜んでおり、その繋がりで雫と親しくなったのだ。

「雫様……」
「ニア!」

 ニアと呼ばれた侍女は、どこか覇気に欠ける表情で雫の傍に歩み寄る。いつもの凛とした雰囲気に影が差しているような、そんな違和感を覚えて眉を寄せる雫だったが、ニアからもたらされた情報に度肝を抜かれ、その違和感も吹き飛んでしまった。

「大結界が一つ破られました」
「……なんですって?」

 思わず聞き返した雫に、ニアは淡々と事実を告げる。

「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました」
「……そんな、一体どうやって……」

 もたらされた情報が余りに現実離れしており、流石の雫も冷静さを僅かばかり失って呆然としてしまう。

 それは、他のクラスメイト達も同じだったようで、ざわざわと喧騒が広がった。魔人族の大軍が、誰にも見咎められずに王都まで侵攻するなど有り得ない上に、大結界が破られるといのも信じ難い話だ。彼等が冷静でいられないのも仕方ない。

「……大結界は第一障壁だけかい?」

 そんな中、険しい表情をした光輝がニアに尋ねる。王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。

「はい。今のところは……ですが、第一障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと……」

 ニアの回答に、光輝は頷くと自分達の方から討って出ようと提案した。

「俺達で少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵団や騎士団が態勢を整えてくれれば……」

 光輝の言葉に決然とした表情を見せたのはほんの僅か。雫や龍太郎、鈴、永山のパーティーなど前線組だけだった。

 他のクラスメイトは目を逸らすだけで暗い表情をしている。彼等は、前線に立つ意欲を失った者達だ。とても大軍相手に時間稼ぎとはいえ挑むことなど出来はしない。

 ならば俺達だけでもと、より一層心を滾らせる光輝に、意外な人物、中村恵里が待ったをかけた。

「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早くメルドさん達と合流するべきだと思う」
「恵里……だけど」
「ニアさん、大軍って……どれくらいかわかりますか?」
「……ざっとですが十万ほどかと」

 その数に、生徒達は息を呑む。

「光輝くん。とても私達だけじゃ抑えきれないよ。……数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、メルドさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな……」

 大人しい眼鏡っ子の恵里らしく控えめな言い方ではあるが、瞳に宿る光の強さは光輝達にも決して引けを取らない。そして、その意見ももっともなものだった。

「うん、鈴もエリリンに賛成かな。さっすが鈴のエリリンだよ! 眼鏡は伊達じゃないね!」
「眼鏡は関係ないよぉ……鈴ぅ」
「ふふ、私も恵里に賛成するわ。少し、冷静さを欠いていたみたい。光輝は?」

 女子三人の意見に、光輝は逡巡する。しかし、普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を、光輝は結構信頼している事もあり、結局、恵里の言う通りメルド達騎士団や兵団と合流することにした。

 光輝達は、出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出した。すぐ傍の三日月のように裂けた笑みには気づかずに……


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 光輝達が、緊急時に指定されている屋外の集合場所に訪れたとき、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、前の壇上にはハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明を行っているところだった。月光を浴びながら、兵士達は、みな青ざめた表情で呆然と立ち尽くし、覇気のない様子でホセを見つめていた。

 と、広場に入ってきた光輝達に気がついたホセが言葉を止めて光輝達を手招きする。

「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」
「はい、ニアから聞きました。えっと、メルドさんは?」

 ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そして、姿が見えないメルドを探してキョロキョロしながらその所在を尋ねた。

「団長は、少し、やる事がある。それより、さぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから……」

 ホセは、そう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。居残り組のクラスメイトが、「えっ? 俺達も?」といった風に戸惑った様子を見せたが、無言の兵達がひしめく場所で何か言い出せるはずもなく流されるままに光輝達について行った。

 無言を通し、表情もほとんど変わらない周囲の兵士、騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは、起きた時からずっと感じている嫌な予感と相まって、雫の心を騒がせた。無意識の内に、黒刀を握る手に力が入る。

 そして、光輝達が、ちょうど周囲の全てを兵士と騎士に囲まれたとき、ホセが演説を再開した。

「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」

 兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。

「始まりの狼煙だ。注視せよ」

 ホセが 懐から取り出した何かを頭上に掲げた。彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。

 そして……

カッ!!

 光が爆ぜた。

 ホセの持つ何かがハジメの閃光弾もかくやという光量の光を放ったのだ。無防備に注目していた光輝達は、それぞれ短い悲鳴を上げながら咄嗟に目を逸らしたり覆ったりするものの、直視してしまったことで一時的に視覚を光に塗りつぶされてしまった。

 そして、次の瞬間……

ズブリッ

 そんな生々しい音が無数に鳴り、

「あぐっ?」
「がぁ!」
「ぐふっ!?」

 次いで、あちこちからくぐもった悲鳴が上がった。

 先程の、光に驚いたような悲鳴ではない。苦痛を感じて、意図せず漏れ出た苦悶の声だ。そして、その直後に、ドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。

 そんな中、雫だけは、その原因を理解していた。広場に入ってからずっと最大限に警戒していたのだ。ホセの演説もどこか違和感を覚えるものだった。なので、光が爆発し目を灼かれた直後も、比較的動揺せずに身構え、直後、自分を襲った凶刃を何とか黒刀で防いだのである。目が見えない状況で気配だけを頼りに防げたのは鍛錬の賜物だろう。

 そして、閃光が収まり、回復しだした視力で周囲を見渡した雫が見たのは、クラスメイト達が全員、背後から兵士や騎士達の剣に貫かれた挙句、地面に組み伏せられている姿だった。

「な、こんな……」

 呻き声を上げながら上から伸し倒されるように押さえつけられ、更に、背中ら剣を突き刺されたクラスメイト達を見て、雫が声を詰まらせる。まさか、全員殺されたのかと最悪の想像がよぎるが、みな、苦悶の声を上げながらも辛うじて生きているようだ。

 そのことに僅かに安心しながらも、予断を許さない状況に険しい視線を周囲の兵士達に向ける雫だったが、その目に奇妙な光景が映り込み思わず硬直する。

「あらら、流石というべきかな? ……ねぇ、雫?」
「え? えっ……何をっ!?」

 そう、瀕死状態のクラスメイト達が倒れ伏す中、たった一人だけ平然と立っている生徒がいたのだ。その生徒は、普段とはまるで異なる、どこか粘着質な声音で雫に話しかける。余りに雰囲気が変わっているため、雫は言葉を詰まらせつつ反射的に疑問を投げ掛けようとした。

 その瞬間、再び、雫の背後から一人の騎士が剣を突き出してきた。

「くっ!?」

 よく知る相手の豹変に動揺しつつも、やはり辛うじてかわす雫に、その生徒は呆れたような視線を向ける。

「これも避けるとか……ホント、雫って面倒だよね?」
「何を言ってッ!」

 更に激しく、そして他の兵士や騎士も加わり突き出される剣の嵐。雫は、それらも全て凌ぐが、突然、自分の名が叫ばれてそちらに視線を向ける。

「雫様! 助けて……」
「ニア!」

 そこには、騎士に押し倒され馬乗りの状態から、今まさに剣を突き立てられようとしているニアの姿があった。雫は、咄嗟に“無拍子”からの高速移動で振り下ろされる剣撃をかいくぐり一瞬でニアのもとへ到達すると、彼女に馬乗りになっている騎士に鞘を叩きつけてニアの上から吹き飛ばした。

「ニア、無事?」
「雫様……」

 倒れ込んでいるニアを支え起こしながら、周囲に警戒の眼差しを向ける雫。

 そんな雫の名を、ニアはポツリと呟き両手を回して縋りつく。

 そして、

……雫の背中に懐剣を突き立てた。

「あぐっ!? ニ、ニア? ど、どうして……」
「……」

 背中に奔る激痛に顔を歪めながら信じられないといった表情で、雫は自分に抱きつくニアを見下ろした。

 ニアは、普段の親しみのこもった眼差しも快活な表情もなく、ただ無表情に雫を見返すだけだった。

 雫は、そこで漸く気がついた。最初は、ニアの様子がおかしい原因は王都侵攻のせいだろうと思っていたのだが、そうではなく、彼女の様子が自分の周囲を無表情で取り囲む兵士や騎士と雰囲気が全く同じであり、別のところに原因があるのだと。

 ニアは、そのまま雫の腕を取って捻りあげると地面に組み伏せて拘束し、他の生徒達にしているのと同じように魔力封じの枷を付けてしまった。

「アハハハ、流石の雫でも、まさかその子に刺されるとは思わなかった? うんうん、そうだろうね? だから、わざわざ用意したんだし?」

 背中に感じる灼熱の痛みと、頬に感じる地面の冷たさに歯を食いしばりながら、雫は、ニアも他の正気でない兵士達と同じく何かをされたのだと悟る。そして、認めたくはないが、この惨状を作り出したであろう、今も、ニヤニヤと普段では考えられない嫌らしい笑みを浮かべる親友の名を呼んだ。

「どういうこと…なの……恵里」

 そう、その人物は、控えめで大人しく、気配り上手で心優しい、雫達と苦楽を共にしてきた親友の一人、中村恵里その人だった。

 重傷を負いながらも、直ぐには死なないような場所を狙われたらしく苦悶の表情を浮かべて生きながらえている生徒達も、コツコツと足音を立てながら幽鬼のような兵士達の間を悠然と歩く恵里を呆然とした表情で見つめている。

 恵里は、雫の途切れがちな質問には答えずに、何がおかしいのかニヤニヤと笑いながら光輝の方へ歩み寄った。そして、眼鏡を外し、光輝の首に嵌められた魔力封じの一つである首輪をグイっと引っ張ると艶然と微笑む。

「え、恵里…っ…一体…ぐっ…どうしたんだ……」

 雫達幼馴染ほどではないが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに、体を貫く剣の痛みに堪えながら必死に疑問をぶつける光輝。だが、恵里はどこか熱に浮かされたような表情で光輝の質問を無視する。

 そして、

「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」

 そんな事を言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。妙な静寂が辺りを包む中、ぴちゃぴちゃと生々しい音がやけに明瞭に響く。恵里は、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように夢中で光輝を貪った。

 光輝は、わけがわからず必死に振りほどこうとするが、数人がかりで押さえつけられている上に、魔力封じの枷を首輪以外にも、他の生徒達同様に手足にも付けられており、また体を貫く剣のせいで力が入らずなすがままだった。

 やがて満足したのか、恵里が銀色の糸を弾きながら唇を離す。そして、目を細め恍惚とした表情で舌舐りすると、おもむろに立ち上がり、倒れ伏して血を流す生徒達を睥睨した。苦悶の表情や呆然とした表情が並んでいる。そんな光景に満足気に頷くと、最後に雫に視線を定めて笑みを浮かべた。

「とまぁ、こういう事だよ。雫」
「っ…どういう事よ…こふっ…」

 わけがわからないといった表情で、恵里を睨みながら吐血する雫に、恵里は物分りが悪いなぁと言いたげな表情で頭を振ると、まるで幼子にものの道理を教えるように語りだしだ。

「うーん、わからないかなぁ? 僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」
「……光輝が好きなら…告白でもすれば…こんな事…」

 雫の反論に、恵里は一瞬、無表情になる。しかし、直ぐにニヤついた笑みに戻ると再び語りだした。

「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

 そんな事もわからないの? と小馬鹿にするようにやれやれと肩を竦める恵里。ゴミ呼ばわりされても、余りの豹変ぶりに驚きすぎて怒りも湧いてこない。一人称まで変わっており、正直、雫には目の前にいる少女が初対面にしか見えなかった。

「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃ、ゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。もちろん、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人、ず~とずぅ~~と暮らすんだから」

 クスクスと笑いながらそう語る恵里に、雫は、まさかと思いながら、ふと頭をよぎった推測を口からこぼす。

「…まさか…っ…大結界が簡単に…破られたのは……」
「アハハ、気がついた? そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」

 雫の最悪の推測は当たっていたらしい。魔人族が、王都近郊まで侵攻できた理由までは思い至らなかったが、大結界が簡単に破られたのは、恵里の仕業だったようだ。恵里の視線が、彼女の傍らに幽鬼のように佇む騎士や兵士達を面白げに見ている事から、彼等にやらせたのだろう。

「君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないし……だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くんだけ放っておいてもらうことにしたんだぁ」
「馬鹿な…魔人族と連絡なんて…」

 光輝がキスの衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。恵里は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。

 しかし、恵里はそんな希望をあっさり打ち砕く。

「【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の女の人。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」

 恵里の言葉通り、彼女は、魔人族の女に降霊術を施して、帰還しない事で彼女を探しに来るであろう魔人族にメッセージを残したのである。ミハイルがカトレアの死の真相を知っていたのはそういうわけだ。なお、魔人族からの連絡は、適当な“人間”の死体を利用している。

 恵里の話を聞き、彼女の降霊術を思い出して雫が唯でさえ血の気を失って青白い顔を更に青ざめさせた。

 降霊術は、死亡対象(・・・・)の残留思念に作用する魔法である。それを十全に使えることを秘匿したかったといことは、実際は完璧に使えるということ。であるならば、雫達を包囲する幽鬼のような兵士や騎士、そして、自分を抑えるニアの様子から考えれば最悪の答えが出る。

「彼等の…様子が…おかしいのは……」
「もっちろん降霊術だよ~。既に、みんな死んでま~す。アハハハハハハ!」

 雫は、もたらされた非情な解答にギリッと歯を食いしばり、必死の反論をした。

「…嘘よ…降霊術じゃあ…受け答えなんて……できるはず…ない!」
「そこはホラ、僕の実力? 降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加してある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。僕流オリジナル降霊術“縛魂”ってところかな? ああ、それでも違和感はありありだよね~。一日でやりきれる事じゃなかったし、そこは僕もどうしたものかと悩んでいたんだけどぉ……ある日、協力を申し出てくれた人がいてね。銀髪の綺麗な人。計画がバレているのは驚いたし、一瞬、色々覚悟も決めたんだけど……その時点で告発してないのは確かだったし、信用はできないけど取り敢えず利用はできるかなぁ~って」

 ホント、焦ったよぉ~と、かいてもいない汗を拭うふりをする恵里。おそらく、その過程にも色々あったのだろうが、そんなことはおくびにも出さない。

「実際、国王まで側近の異変をスルーしてくれたんだから凄いよね? 代わりに危ない薬でもキメてる人みたいになってたけど。まぁ、そのおかげで一気に計画を早める事ができたんだ。くふふ、大丈夫! 皆の死は無駄にしないから。ちゃ~んと、再利用して魔人族の人達に使ってもらえるようにするからね!」

 本来、降霊術とは残留思念に作用して、そこから死者の生前の意思を汲み取ったり、残留思念を魔力でコーティングして実態を持たせた上で術者の意のままに動かしたり、あるいは遺体に憑依させて動かしたり出来る術である。

 その性能は当然、生前に比べれば劣化するし、思考能力など持たないので術者が指示しないと動かない。もちろん、“攻撃し続けろ”などと継続性のある命令をすれば、細かな指示がなくとも動き続ける事は可能だ。

 つまり、ニアやホセが普通に雫達と会話していたような事は、思考能力がない以上、降霊術では不可能なはずなのだ。それを、違和感を覚える程度で実現できたのは、恵里のいう“縛魂”という術が、魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り遺体に付加できる術だからである。

 これは、言ってみれば魂への干渉だ。すなわち、恵里は、末端も末端ではあるが自力で神代魔法の領域に手をかけたのである。まさにチート、降霊術が苦手などとよく言ったもので、その研鑽と天才級の才能は驚愕に値するものだ。あるいは、凄まじいまでの妄執が原動力なのかもしれない。

 ちなみに、恵里が即座にクラスメイト達を殺さないのは、この“縛魂”が、死亡直後に一人ずつにしか使用できないからである。

「ぐぅ…止めるんだ…恵里! そんな事をすれば……俺は……」
「僕を許さない? アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出くるし……だから、光輝くんもちゃんと“縛魂”して、僕だけ光輝くんにしてあげるからね? 他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる! 僕だけの光輝くん! あぁ、あぁ! 想像するだけに、イってしまいそうだよ!」

 恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子の面影は皆無だった。クラスメイト達は思う。彼女は狂っていると。“縛魂”は、降霊術よりも死者の使い勝手を良くしただけで術者の傀儡、人形であることに変わりはない。それが分かっていて、なお、そんな光輝を望むなど正気とは思えなかった。

「嘘だ……嘘だよ! ぅ…エリリンが、恵里が…っ…こんなことするわけない! ……きっと…何か…そう…操られているだけなんだよ! っ…目を覚まして恵里!」

 恵里の親友である鈴が痛みに表情を歪め苦痛に喘ぎながらも声を張り上げた。その手は、恵里のもとへ行こうとでもしているかのように地面をガリガリと引っ掻いている。恵里は、鈴の自分を信じる言葉とその真っ直ぐな眼差しにニッコリと笑みを向けた。そして、おもむろに一番近くに倒れていた近藤礼一のもとへ歩み寄る。

 近藤は、嫌な予感でも感じたのか「ひっ」と悲鳴をあげて少しでも近づいてくる恵里から離れようとした。当然、完璧に組み伏せられ、魔力も枷で封じられているので身じろぎする程度のことしか出来ない。

 近藤の傍に歩み寄った恵里は、何をされるのか察して恐怖に震える近藤に向かって再び、ニッコリと笑みを向けた。光輝達が、「よせぇ!」「やめろぉ!」と制止の声を上げる。

「や、やめっ!? がぁ、あ、あぐぁ…」

 近藤のくぐもった悲鳴が上がる。近藤の背中には心臓の位置に再び剣が突き立てられていた。ほんの少しの間、強靭なステータス故のしぶとさを見せてもがいていた近藤だが、やがてその動きを弱々しいものに変えていき、そして……動かなくなった。

 恵里は、その近藤に手をかざすと今まで誰も聞いたことのない詠唱を呟くように唱える。詠唱が完了し“縛魂”の魔法名を唱え終わったとき、半透明の近藤が現れ自身の遺体に重なるように溶け込んでいった。

 直後、今まで近藤を拘束していた騎士が立ち上がり一歩下がる。光輝達が固唾を呑む中、心臓を破壊され死亡したはずの近藤は、ゆっくりのその身を起こし、周囲の兵士や騎士達同様に幽鬼のような表情で立ち上がった。

「は~い。お人形一体出来上がり~」

 無言無表情で立ち尽くす近藤を呆然と見つめるクラスメイト達の間に、恵里の明るい声が響く。たった今、人一人を殺した挙句、その死すら弄んだ者とは思えない声音だ。

「え、恵里……なんで……」

 ショックを受けたように愕然とした表情で疑問をこぼす鈴に、恵里は追い打ちとも言える最悪の語りを聞かせる。

「ねぇ、鈴? ありがとね? 日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ?」
「……え?」
「参るよね? 光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね? 光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、“谷村鈴の親友”っていうポジションは、ホントに便利だったよ。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった! だから、ありがと!」
「……あ、う、あ……」

 衝撃的な恵里の告白に、鈴の中で何かがガラガラと崩れる音が響いた。親友と築いてきたあらゆるものが、ずっと信じて来たものが、幻想だったと思い知らされた鈴。その瞳から現実逃避でもするように光が消える。

「恵里っ! あなたはっ!」

 余りの仕打ち、雫が怒声を上げる。傀儡と化したニアが必死にもがく雫の髪を掴んで地面に叩きつる。しかし、それがどうしたと言わんばかりに、雫の瞳は怒りで燃え上がっていた。

「ふふ。怒ってるね? 雫のその表情、すごくいいよ。僕ね、君のこと大っ嫌いだったんだ。光輝くんの傍にいるのが当然みたいな顔も、自分が苦労してやっているっていう上から目線も、全部気に食わなかった。だからね、君には特別に、とっても素敵な役目をあげる」
「っ…役目……ですって?」
「くふっ、ねぇ? 久しぶりに再会した親友に、殺されるってどんな気持ちになるのかな?」

 その一言で、恵里が何をしようとしているのか察した雫の瞳が大きく見開かれる。

「…まさか、香織をっ!?」

 よく出来ました! とうでも言うように、恵里はパチパチと手を鳴らし、口元にニヤついた笑みを貼り付けた。恵里は傀儡にした雫を使って、香織を殺害しようとしているのだ。

「南雲が持っていくなら放置でも良かったんだけど……あの子をお人形にして好きにしたい! って人がいてね~。色々手伝ってもらったし、報酬にあげようかなって。僕、約束は守る性質だからね! いい女でしょ?」
「ふ、ふざけっ! ごふっ…あぐぅあ!?」

 怒りのままに、自ら傷口を広げてでも動こうとする雫に、ニアが更に剣を突き刺した。

「アハ、苦しい? 痛い? 僕は優しいからね。今すぐ、楽にして上げる……」

 今度は雫の番だというように、ニヤニヤと笑みを浮かべながら歩み寄る恵里。雫が近藤と同じように殺されて傀儡にされる光景を幻視したのか光輝達が必死の抵抗を試みる。

 特に、光輝の抵抗は激しく、必死に制止の声を張り上げながら、合計五つも付けられた魔力封じの枷に亀裂を入れ始めた。“限界突破”の“覇潰”でも使おうというのか、凄まじい圧力がその体から溢れ出している。

 しかし、脳のリミッターが外れ生前とは比べものにならないほどの膂力を発揮する騎士達と関節を利用した完璧な拘束により、どうあっても直ぐには振りほどけない。光輝の表情に絶望がよぎった。

 雫は、出血のため朦朧としてきた意識を必死に繋ぎ留め、せめて最後まで眼だけは逸らしてやるものかと恵里を激烈な怒りを宿した眼で睨み続けた。

 それを、やはりニヤついた笑みで見下ろす恵里は、最後は自分で引導を渡したかったのか、近くの騎士から剣を受け取りそれを振りかぶった。

「じゃあね? 雫。君との友達ごっこは反吐が出そうだったよ?」

 雫は、恵里を睨みながらも、その心の内は親友へと向けていた。届くはずがないと知りながら、それでも、これから起こるかもしれない悲劇を思って、世界のどこかを旅しているはずの親友に祈りを捧げる。

(ごめんなさい、香織。次に会った時はどうか私を信用しないで……生き残って……幸せになって……)

 逆手に持たれた騎士剣が月の光を反射しキラリと光った。そして、吸血鬼に白木の杭を打ち込むが如く、鋭い切っ先が雫の心臓を目指して一気に振り下ろされた。

 迫る凶刃を見つめながら、雫は、なお祈る。どうか親友が生き残れますように、どうか幸せになりますように。私は先に逝くけれど、死んだ私は貴女を傷つけてしまうだろうけど、貴女の傍には彼がいるからきっと大丈夫。強く生きて、愛しい人と幸せに……どうか……

 色褪せ、全てが遅くなった世界で雫の脳裏に今までの全てが一瞬で過ぎっていく。ああ、これが走馬灯なのね……最後に、そんなことを思う雫に突き下ろされた凶刃は、彼女の命を

…………奪わなかった。

「え?」
「え?」

 雫と恵里の声が重なる。

 恵里が突き下ろした騎士剣は、掌くらいの大きさの輝く障壁に止められていた。何が起きたのかと呆然とする二人に、ここにいるはずのない者の声が響く。ひどく切羽詰まった、焦燥に満ちた声だ。雫が、その幸せを願った相手、親友の声だ。

「雫ちゃん!」


いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

次回は、火曜日の18時更新予定です。
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