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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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神の使徒ノイント


 月下に銀翼がはためいた。

 だが、それは飛翔のためではない。その銀翼から殺意をたっぷり乗せた銀羽の魔弾を射出するためだ。恐るべき連射性と威力を秘めた銀の魔弾は、標高八千メートルの夜闇を切り裂き、数多の閃光となって標的に殺到する。

 それに対するは、紅色のスパークを迸らせる鋼鉄の兵器。あらゆる敵を粉砕してきた怪物が咆哮を上げる度に、飛来する銀羽は無残に飛び散り四散する。計算され尽くした弾道が、たった一発で幾枚も羽を蹴散らし、壁と見紛うほどの弾幕に穴を開ける。必要なのは踏み込む勇気。それこそが、完璧な回避を実現する。

「ひゃああ!」

 お互いの命をベットした死合に似つかわしくない可愛らしい悲鳴が響いた。場違いな声を我慢しきれず出してしまったのは畑山愛子先生だ。ハジメのメツェライもかくやという銀羽の弾幕を撃ち放つ“神の使徒”ノイントの攻撃を、紙一重で回避し続けるハジメの片腕に抱かれながら、人生初のドッグファイト(生身バージョン)を経験中なのである。

「先生! 口は閉じてろ! 噛みまくって血だらけになるぞ!」
「そんなこと言ってみょッ!? か、かんじゃった……」

 ハジメの忠告も虚しく早速涙目になっている愛子。いや、空中戦が始まった時点で涙目だったので、噛んだことだけが原因ではないが。

 ハジメとしても、愛子は特別身体能力が優れているわけでもないので、激しい機動は避けて“瞬光”を使い、襲い来る弾幕を最小限の動きでかわしているのだが、それでもジェットコースターなど遥かに超える機動に、愛子は既にグロッキー状態だ。

 かといって、そのへんに放り出しておくわけにもいかない。愛子を抱えるハジメに対してノイントの攻撃に容赦がない以上、放り出した途端、愛子の方を狙われかねない。愛子を背にしながら戦うより、抱いて一緒に動く方がずっとマシだった。

 それに、この状態がいつまでも続くわけではない。頼もしい仲間が、救援に来てくれているはずなのだ。ハジメは、再び全方位から包み込むように強襲してきた銀羽をシュラークで撃ち抜き回避しながら、ギュッと目を瞑ってハジメにしがみついている愛子に話しかける。

「先生、もう少し頑張れ。今、俺の仲間がこっちに向かってる。そいつが来れば地上に降りられるぞ」
「は、はい! で、でも南雲君は!?」
「もちろん、あの能面女をぶっ殺す」
「うぅ、足手纏いですみません……」

 自分がお荷物になっていることを自覚して歯噛みする愛子。ハジメは、そんな愛子をギュッと抱きしめて宙返りをする。反転した世界で、ハジメの頭上を銀色の砲撃が通り過ぎた。最初に、愛子が幽閉されていた隔離塔の上部を消し飛ばした閃光だ。

 再び、シェイクされるような衝撃に声を詰まらせつつも、押し付けられたハジメの胸元から、全く乱れていない規則正しい心音が伝わり、そんな場合でないとわかっていながら妙な安心感を得てしまう愛子。ほんとに、こんな状況で何を考えているんだと自分を叱りつけながらも、より一層強く抱きついてハジメに身を委ねる。

「気にすんな。元より、多少の無茶をするのは想定内だ」
「! わ、私のために……そこまで……」

 もちろん、ハジメが言ったのは、神代魔法を修得するために教会側と衝突するのは想定内という意味であって、愛子を助けるためだけという意味ではないのだが……ちょっと、シチュエーションに酔ってしまった愛子は見事に勘違いする。そして、現在進行形で抱きしめられ守られているという状況が、勘違いを加速させていく。一刻も早く目を覚ます必要があるだろう。

「……雑談とは余裕ですね、イレギュラー」
「ぬぐぉお!?」

 銀色の砲撃と銀羽の弾幕をかわした直後、ハジメのすぐ傍で機械的で冷たい声音が響く。咄嗟に、義手の肘から散弾を背後に向かって放ちつつ、その激発の反動を利用して反転する。その目に飛び込んできたのは、双大剣の片方を盾にして散弾を防ぎつつ、もう一方の大剣を横殴りに振るうノイントの姿だった。

 銀光を纏う長さ二メートル幅三十センチの大剣は、そこにあるだけで凄まじい威圧感を放っている。そして、その宿した能力も凶悪だ。なにせ、ノイントが操る銀の魔力は全て固有魔法“分解”が付与されているのだから。触れるだけ攻撃になるなど反則もいいところだ。

 しかし、そうは分かっていても、愛子がいる以上無茶な動きは出来ず、ハジメは咄嗟に、シュラークを迫り来る大剣の腹に当てて軌道を逸らしつつ、自らは背中から倒れ込むように落下して、ギリギリ回避した。ハジメの前髪をチリッと掠めながら大剣が通り過ぎ、冷や汗が吹き出る。

 数瞬くらいならシュラークや義手でも“金剛”とアザンチウムの結合力が“分解”に抗って攻撃を防いでくれるが、受ける度に傷を負ってしまうのは避けられない。今回も、わずかにシュラークの表面が削れてしまった。何度も同じことをしていれば、そう遠くない内に破壊されてしまうだろう。

 ノイントは、振るった大剣の遠心力に逆らわず、月光を反射してキラキラと煌く美しい銀髪を広げながら回転し、散弾を防いだ方の大剣を仰向け状態のハジメに振り下ろした。途轍もない膂力から生み出された剣速は、もはや唯の銀閃であり視認すること敵わない。

 ハジメは、再び、義手のショットシェルを激発させ反動で横回転しながら大剣をかわしつつ、シュラークの銃口をノイントに向けて、三度、引き金を引いた。轟音と共に三条の閃光がノイントの頭部、心臓、腹部に向かって正確に撃ち込まれる。

 しかし、ノイントの反応速度も尋常ではない。ハジメが銃口を向けた瞬間には大剣を縦にかざしてその剣の腹で全て受け止めてしまった。

 ハジメは、レールガンの威力に押されて距離を離したノイントにクロスビットによる追撃をかける。装填された炸裂スラッグ弾が、紅色の波紋を夜空に波打たせながら、凄まじい衝撃をばら撒いた。ノイントは、その衝撃も、あっさり背中の銀翼で打ち消してしまうが、ハジメの目論見通り、距離を取ることには成功した。

「はわ、はわわ……何が、どうなって……」
「……先生。頼むから殺し合いの最中に、可愛らしい声出さないでくれ。何か気が抜けるだろ?」
「かっ可愛っ…南雲君! せ、先生相手に何を言って……」

 やっていることはコンマ数秒で勝敗が決してしまうような息つまる超高等戦闘だというの、合間に入る愛子の悲鳴が妙に可愛らしく、ハジメの気勢がガリガリ削られていた。「この人案外余裕なんじゃなかろうな?」と胡乱な眼差しを向けるものの、実は半分くらいは正解であり、それがまさか、自分に抱きしめられている事による安心感が原因だとは夢にも思っていないハジメだった。

「……足でまといを抱えて尚、これだけ凌ぐなど……やはり、あなたは強すぎる。主の駒としては相応しくない」
「そりゃ嬉しい。ニートこじらせた挙句、構ってくれないと駄々こねる迷惑野郎に相応しくないなんて、最高の評価だな。どうも、ありがとう」
「……私を怒らせる策なら無駄です。私に感情はありません」
「は? 何言ってんだ? 紛う事なき本心に決まってるだろ?」
「……」

 ノイントは、スッと目を細めると大きく銀翼を広げ、双大剣をクロスさせて構えた。果たして本当に感情がなく、ただ無駄な会話をしたと仕切り直しただけなのか…ハジメの目には、どこか怒りを抱いているように見えたが、そんな事は考えるだけ無駄な事だとすぐさま切り捨てた。どうせ、殺すのだ。ノイントが何を考えていようと、何を感じていようとハジメにはどうでもいい事である。

 ノイントが再び銀翼をはためかせ、銀羽を宙にばら撒く。だが、今度はハジメに向かって射出されることはなかった。代わりに、ノイントの前方に一瞬で集まると、何枚もの銀羽が重なって陣を形成する。そう、魔法陣だ。銀色に輝く巨大な魔法陣がノイントの眼前からハジメを睥睨する。

 そして……

「“劫火浪”」

 発動された魔法は、天空を焦がす津波の如き大火。

 どうやら、魔弾だけでなく属性魔法も使えたようだ。今まで使ってこなかったのは、単純に銀の魔弾だけで十分だと判断していたためだろう。つまり、本気になったということだ。

 うねりを上げて頭上より覆い尽くすように迫る熱量、展開規模共に桁外れの大火に、一瞬、世界が紅蓮に染まったのかと錯覚する愛子。どうする気なのかと胸元からハジメを見上げてみれば、ハジメは頬に汗を流しながら必死に何かを探している。

 ハジメの探し物は、魔法の核だ。魔眼石で捉えられれば、それをピンポイントで撃ち抜くことで霧散させることが出来る。もちろん、針の穴を通すような神業的な精密射撃が必要ではあるが、ハジメにとっては通常スキルだ。

 しかし、ノイントの発動した魔法は超広範囲魔法であり、【神山】全体を昼と見紛うほどに照らす大規模なもの。大海に落ちた針を一本探すが如く、核の位置は判然としない。

 そして、容赦なく訪れるタイムリミット。

 数百メートルに及んだ炎の津波は、ハジメと愛子を逃がすことなく完全に呑み込んだ。誰が見ても詰み。二人は灼熱に焼かれて骨も残さず消滅したと思うのが普通だ。

 しかし、ノイントは、燃え盛る大火の中心から目を逸らさない。

「……これも凌ぐのですか」

 ノイントがそう呟いた直後、術の効果が終わり、大火が霧散していくその中心で、四機のクロスビットに囲まれたハジメと愛子が無傷で姿を現した。

 四機のクロスビットはそれぞれ、ハジメを中心として三角錐の頂点の位置に浮遊しており、それぞれを起点にワイヤーで繋がっている。そしてそのワイヤー同士で繋がった面には紅色の光の膜が張られていた。

「試作段階だったが……上手くいったようだな」
「こ、これは……」

 ハジメがどこかホッとしたような表情を見せる。これは、生成魔法により空間魔法を付与したワイヤーと鉱石をクロスビットに組み込み、四点で結合させてボックス型の結界を張るギミックだ。単なる障壁ではなく、空間そのものを遮断するタイプなので、理論上の防御力は折り紙付きだ。ただ、まだ実験段階で、実際にどの程度まで耐えられるのか確証がなかったので、ハジメとしてはちょっと不安だったのだ。

 驚いてキョロキョロと結界を見る愛子を抱き締め直しノイントを見れば、彼女は、再び魔法陣を形成しているところだった。

 ただし、今度は二十以上の魔法陣を、銀羽をハジメに撃ち込みながら同時展開するという形で。

 まさに怒涛の攻撃。おそらく、四点結界は相当な強固さを発揮してくれるだろうが、内側に篭っていてはジリ貧だ。おまけに、ノイントの分解能力にどこまで耐えられるか全く分からない。

 この結界の難点は、空間が遮断されているので展開中はハジメも攻撃できないという点にある。なので、ハジメは急いで結界を解除すると、ノイントから大きく距離をとり、再びティオが来るまで回避に徹しようとした。

 と、その時、突如、【神山】全体に響くような歌が聞こえ始めた。

 ハジメが、銀羽の弾丸をかわしながら何事かと歌声のする方へ視線を向ければ、そこには、イシュタル率いる聖教教会の司祭達が集まり、手を組んで祈りのポーズを取りながら歌を歌っている光景が目に入った。どこか荘厳さを感じさせる司祭百人からなる合唱は、地球でも見たことのある聖歌というやつだろう。

 一体、何をしているんだとハジメが訝しんだ直後、

「……ッ!? なんだ? 体がっ…」
「南雲君!? あうっ、な、何ですか、これ……」

 ハジメと愛子の体に異変が訪れた。

 体から力が抜け、魔力が霧散していくのだ。まるで、体の中からあらゆるエネルギーが抜き出されているような感覚。しかも、光の粒子のようなものがまとわりつき、やたらと動きを阻害する。

「くっ、状態異常の魔法かっ……流石総本山。外敵対策はバッチリってか?」

 ハジメの推測は当たっている。

 イシュタル達は、“本当の神の使徒”たるノイントが戦っている事に気が付き、援護すべく“覇堕の聖歌”という魔法を行使しているのだ。これは、相対する敵を拘束しつつ衰弱させていくという凶悪な魔法で、司祭複数人による合唱という形で歌い続ける間だけ発動するという変則的な魔法だ。

「イシュタルですか。……あれは自分の役割というものをよく理解している。よい駒です」

 恍惚とした表情で、地上からノイントを見つめているイシュタルに、感情を感じさせない眼差しを返しながらノイントがそんな感想を述べる。イシュタルの表情を見れば、ノイントの戦いに協力しているという事実自体が、人生の絶頂といった様子だ。さぞかし、神の思惑通り動く便利な存在なのだろう。

 そんなイシュタル達司祭の中身はともかく、現在、展開している魔法は正直なところ厄介なこと極まりないものだった。

 ハジメは、徐々に抜けていく力を、その身に内包する膨大な魔力で補いながら、ノイントの攻撃を回避する。しかし、明らかに先ほどまでに比べれば動きに精細を欠いていた。そして、そんな状態で凌ぎ続けられるほど、ノイントの攻撃は甘くない。

 ノイントの周囲に形成された魔法陣から、雷撃が飛び出し、空に不規則な軌跡を描きながらハジメに殺到する。ハジメは、シュラークで雷撃の核を撃ち抜き幾本か霧散させるが、空気を帯電させながら奔る雷撃を完全にかわしきる事は出来ず、僅かばかり感電した。

 刹那の硬直。しかし、ノイントからすれば致命的な隙だ。

「ッ!?」

 超速で踏み込んできたノイントが、双大剣を十字に振るう。感電による硬直のため、僅かに反応が遅れたハジメは、どうにかシュラークで一撃を逸らすものの、唐竹の一撃をかわしきれず肩を切り裂かれてしまった。

「ぐぅう!」

 苦しげな声を上げながら、義手の激発で体を弾き、“空力”を使って必死にノイントの剣界から離脱を図る。当然、そんな暇は与えないと苛烈な剣戟が襲い来るが、自爆も辞さいないクロスビットの砲撃により、どうにか距離を取ることができた。

「南雲君っ!?」
「大丈夫だから、黙ってろっ!」

 肩から飛び散ったハジメの血が、ピッと愛子の頬に付く。クロスビットがもたらした衝撃により、“金剛”で守られていたとはいえ、少なくない衝撃を受けた愛子だったが、揺らぐ意識を必死に繋ぎ留め、ハジメに悲鳴じみた心配の声を上げた。

 だが、ハジメとしても愛子を気遣う暇がない。素っ気ない返事をしている間にも、ノイントは銀羽を射出して急迫しているのだ。ハジメは、シュラークで撃ち落としつつ“金剛”と“風爪”も使って捌く。体にまとわりつく光の粒子と倦怠感のせいで、遂に回避しきれなくなったのだ。

 そんなハジメに、ノイントは正面から突っ込む……と見せかけて銀翼をカッ! と発光させた。爆ぜる光がハジメの目を灼く。

 しかし、ハジメの持つ感知系能力は優秀だ。すぐさま、見失ったノイントの気配を背後に感じて、振り向きざまにシュラークを連射した。連続する炸裂音が、背後に回っていた……銀羽の塊で作られた人型を霧散させた。そう、背後に現れた気配は、ノイントの銀羽を束ねて作られた囮だったのだ。

「っ!?」

 ハジメの背筋が粟立った。本能がけたたましく警鐘を鳴らす。ハジメは、振り向く暇も惜しんで、腕だけ後方に向けると狙いも付けずに引き金を引いた。

 撃ち放たれた弾丸は、運良くノイントの頭部に飛翔したが、彼女は首を捻るだけであっさり回避した。そして、双大剣の片割れがハジメの背中目掛けて袈裟斬りに振るわれる。ハジメは、“金剛”の派生“集中強化”を全力で行使し、覚悟を決めて斬撃に備えた。

 ノイントの大剣は、ハジメの“金剛”と一瞬の間拮抗するも、直ぐに分解能力によってその防壁を切り裂いていき、ハジメの肉体に切っ先を届かせ振り抜かれた。

「がぁあ!!」
「南雲君!」

 背中に焼き付くような痛みを感じ、思わず口から苦悶の声を漏らすハジメに、愛子が焦ったような表情で声を上げる。しかし、ハジメは斬られた際の衝撃も利用して自ら前方に飛ぶと宙返りしながらノイントと相対した。

 ノイントは、すぐさま追撃に入り、既に大剣を振りかぶっている。

 ハジメは、動きづらい体での対応を諦めクロスビットに“金剛”を纏わせて盾にしつつ、他のクロスビットをノイントの左右に展開し内蔵された弾丸を炸裂させた。

 ノイントは、クロスビットの弾丸を回転しながら広げた銀翼で打ち払うとそのまま突進し、ハジメが盾にしたクロスビットを一之大剣で斬り付け、更に、クロスビットに食い込んだ一之大剣に弐之大剣を叩きつけることで、あっさり切断してしまった。

 ハジメの目が見開かれ、その瞳を、間近に踏み込んだノイントが覗き込む。その無機質な眼差しが雄弁に物語っていた。すなわち、“これで終わりです”と。

 ハジメの目に諦めの色は皆無。されど、この状況で愛子を死なせないためには、対価が必要だ。代わりにハジメが傷つくという対価が。こんな事なら、後の弱体化を覚悟してでも、ティオを待たずに“限界突破”を使っておくべきだったかと後悔しながら、左腕を犠牲にする覚悟を決める。

 そして、ノイントの大剣が、かざしたハジメの義手を切り裂いて、その奥の肉体に致命傷を負わせようと振るわれたまさにその瞬間、

グゥガァアアアアア!!!

 竜の咆哮と共に、黒色の閃光が下方から凄まじい勢いで迫って来た。それは、あらゆるものを消滅させる灼熱のブレス。黒き暴虐の嵐は、狙い違わずノイントへと襲いかかる。

 咄嗟に、ノイントは銀翼で身を包み防御体制をとった。

 直後、黒色のブレスはノイントの銀翼に直撃し、分解されながらも凄まじい勢いで吹き飛す。黒と銀の魔力が衝突し、空中に黒銀の魔力を撒き散らしながら、ノイントは教会の塔の一つに背中から突っ込んだ。その衝撃により塔がガラガラと音を立てながら崩れ落ちていく。

 下方からイシュタル率いる司祭達が上げている悲鳴が聞こえる。信望する神の使徒が吹き飛ばされ動揺しているようだ。

 ハジメは、“宝物庫”からオルカンを取り出すと、イシュタル達の方を見もせずに十二発全弾を無造作に撃ち込んだ。今度は、違う種類の悲鳴が聞こえてきたが無視だ。なぜなら、そんな雑音などかき消すような聞きたかった声が響き渡ったからだ。

“ご主人様よ。無事かの?”

 その声に、ノイントを警戒しながらもハジメの頬が緩む。待ち人ならぬ待ち竜の到着だ。

「ティオ、助かった。ちょっとヤバかったんだ」

 ハジメの言葉に嬉しそうにしながらも、それほどまでの強敵かと直ぐに険しさを取り戻す黒竜姿のティオが、翼をはためかせながらハジメの傍らにやって来た。

“間に合ったようで何よりじゃ、後で折檻……ご褒美を所望する”

「……先生を保護できたら考えておこう」

“本当か! その言葉忘れるでないぞ! さぁ、先生殿よ、妾の背に乗るがいい”

 ハジメは、こんな状況でも自らの欲望に忠実なティオ(思い返せばユエ、シア、香織もだが)に呆れた表情をしながらも、抱きしめていた愛子をその背に乗せる。

 愛子は、なんだか二人の会話にモヤモヤしたものを感じつつも、ようやくハジメの足でまといから解放されるとあって素直にティオの背にしがみついた。

「えっと、ティオさん。よろしくお願いします」

“うむ。任せよ。先生殿はご主人様の大切なお人(恩師という意味で)じゃからの、敵の手には渡さんよ”

 愛子は、ティオの“大切な人”という言葉で更に勘違いを加速させつつ、心配そうにハジメの方を見やった。その表情はどう見ても教師が生徒を憂う類のものではなく、明らかに恋する乙女といった風情だったが、この場にツッコミをいれる者はいない。

 と、その時、ノイントの突っ込んだ塔が轟音と共に根元から吹き飛んだ。もうもうと舞う砂埃を、銀翼をはためかせて起こした風圧で吹き飛ばしながら無傷のノイントが姿を現す。ティオのブレスも、銀翼の防御は貫けなかったらしい。

「……ティオ、行け」

“承知。しかし、先生殿の安全を確保したら助太刀するぞ? 少なくとも教会の連中は妾が何とかしよう”

 既に猛烈な殺気を噴き出しながらノイントをギラつく眼で睨んでいるハジメに、ティオは、先程ハジメに掛けられていた弱体化の魔法の原因を察して、イシュタル達を睨みながら頼もしいこと言う。ハジメは、ノイントに集中しろということだ。

 ハジメは、その言葉に口元を吊り上げると一つ頷き、今度は自らノイントへと向かって猛然と宙を駆けていった。

「南雲君! 気をつけて! どうか……」

“……ふむ? ほぉ…これはこれは……”

 両手を胸の前で組み祈るようなポーズの愛子に、何かを察したのかティオが興味深げな、あるいは面白そうな声音を出す。

“先生殿よ。ご主人様が心配なのは分かるが、少し急ぐのじゃ。貴女を地上に送り届けて、妾はあそこの老害共を叩かねばならん。ご主人様の邪魔をされては敵わんからな”

 そう言って踵を返そうとしたティオに愛子は待ったをかけた。何事かと、首だけ振り返って背に乗る愛子に視線を向けたティオに、愛子は、決然とした眼差しを返した。

「ティオさん。今から私を地上に降ろして、また戻って来るとすればかなりの時間がかかるのではありませんか? ここは標高八千メートルです。往復するのも大変なはず……」

“むっ? 確かに、その通りじゃが……まさか先生殿よ”

「はい。ティオさんが南雲君のために戦うというのなら、私にも手伝わせて下さい。早急にイシュタルさん達をどうにかしておかないと、南雲君はどんどん衰弱してしまいます。私を下に送り届ける時間が勿体ないです」

 愛子の言うことは最もではあるのだが、ティオとしては正直気が進まない。

 オルカンの攻撃で負傷者が多数出たようだが、直ぐに立て直し結界を張りながら再び聖歌の準備をしているイシュタル達を見れば、ティオとしても、今すぐにでもぶっ飛ばしに行きたいところだ。だが、それで万一、愛子が傷つけば、ハジメとの約束を反故にする事になってしまう。

“じゃが、言っては悪いが先生殿に何ができる? 魔法陣も戦闘経験もなかろう? 司祭達と神殿騎士達を相手に戦えるのかの?”

 愛子は、ティオの厳しい意見にぐっと歯を食いしばると、おもむろに自分の指を口に含んだ。そして、ギュッと目を瞑ると一気に指の腹を噛み切り、指先から滴る血を反対の手の甲に塗り付け即席の魔法陣を描き出す。

「私、こう見えて魔力だけなら勇者である天之河君並なんです。戦闘経験はないけれど……ティオさんの援護くらいはしてみせます! 人と戦うのは……正直怖いですが、やるしかないんです。これから先、皆で生き残って日本に帰るためには、誰よりも私が逃げちゃダメなんです!」

 王国は侵攻を受け、国王も司祭達も狂信者と成り果てた。当初予定していた神を頼っての帰還はもう有り得ないだろう。この異世界で寄る辺なく愛子達は前に進まねばならないのだ。

 ならば、先生である自分こそが、例え忌避するべきことでも、それがすべき事ならやらねばならない。そんな決意を愛子の眼差しから読み取ったティオは、逡巡したものの、仕方あるまいと愛子の同行を許すことにした。

“既に決めたというなら是非もない。ご主人様も、それが先生殿の意志だというなら文句は言うまい。よかろう。共に愚か者共を蹴散らすとしようか!”

「はい!」

 愛子の緊張と恐怖、そしてそれらを必死に制しようとする決意が表れた返事を合図に、ティオは聖教教会を象徴する大神殿に向かって一気に飛翔した。相手取るのは、数百人規模の司祭達と神殿騎士団。

 今、ティオと愛子という異色のタッグチームがこの世界最大の宗教総本山に挑む。
いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

次回は、日曜日の18時更新予定です
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