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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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ユエ無双



 天頂に輝く月が見えなくなるほどの灰竜の群れ。

 優に百体は超えているだろう。そして、その中心には胸元に傷を付けた白竜と、背に騎乗するフリード・バグアーの姿。

「悪く思うな。敵戦力の分断は戦いの定石だ」

 空間魔法“界穿”が作り出した転移ゲートの奥へと消えていったシアとミハイル。そして二人を追って飛んでいった黒鷲部隊を横目にフリードは宙に佇むユエに語りかける。

 風系統の魔法を使っている気配もないのに、まるで夜天に浮かぶ月のように空に浮かぶその姿に、目を細めながら反応を伺うが、ユエは無表情のまま静かにフリードを見据えているだけだ。

 フリードは、魔人族であることに誇りを持っており、例に漏れず、他種族を下に見ている。魔人族が崇める神に対する敬虔な信者でもあり、価値観の多様性を認めないタイプの男だ。

 故に、他種族の女に興味を示すことなど有り得ない事だった。だが、そのフリードをして、本物の月が自らの配下である灰竜達により隠されてなお、地上を照らす月の如き輝きを放つ美貌の少女には、“殺すのは惜しい”と思わせるだけの魅力を感じていた。

 その思いは、ハジメを殺すためにも必要だと分かっていながら、そして同胞を殺された事に対する憎しみを抱いていながら、それでも、つい戯言を口にさせてしまう。

「惜しいな。……女、術師であるお前では、いくら無詠唱という驚愕すべき技を持っていたとしても、この状況を切り抜けるのは無謀というものだろう。どうだ? 私と共に来ないか? お前ほどの女なら悪いようにはしない」

 そんなフリードの勧誘に対するユエの反応はというと……

「……ふっ、生まれ直してこい。ブ男」

 何とも手厳しい、嘲笑混じりの痛烈な皮肉の投げ返しだった。

 ちなみに、フリードは十人中十人が美男子と評価すると言っても過言でないほど整った容姿をしている。その力の大きさと相まって、魔人族の間では女性に熱狂的な人気がある。断じてブ男ではない。

 しかし、ユエは、フリードが【グリューエン大火山】で神を語った時の恍惚とした表情を見ており、それが酷く気持ち悪かったという記憶があるのだ。そんな男が、澄まし顔で誘ってくる。もう、気持ち悪い上に滑稽な男にしか見えなかった。そもそも、ハジメ以外の男に対して何かを感じるという事すらないので、本当に戯言以外の何ものでもなかった。

 ユエの言葉を受けて、フリードの目元がピクリと引きつる。

「殉教の道を選ぶか? それとも、この国への忠誠のためか? くだらぬ教え、それを盲信するくだらぬ国、そんなもののために命を捧げるのか? 愚かの極みだ。一度、我らの神、“アルヴ様”の教えを知るといい。ならば、その素晴らしに、その閉じきった眼もッ!?」

 全くの見当違いをペラペラと話しだしたフリードに、ユエは神速の風刃を放つことで答えとした。ただ単に、聞くに耐えなかっただけというのもあるが。

 夜風に乗って血飛沫が舞う。ユエの放った風刃はフリードが身を逸らしたために肩を浅く切り裂くに留まった。咄嗟に、フリードが風刃に反応できたのは、腐っても大迷宮攻略者ということだろう。でなければ、今頃は腕一本失っているところである。

 ユエは、怒りを宿した瞳で自分を睨むフリードに、冷めた眼差しを返す。そして、愚かな魔物の支配者に対し豪然と告げた。

「……御託はいらない。ハジメが傷ついた分、苦しんで死ね」

 その言葉を合図に、ユエを中心にして極寒の氷雪が吹き荒れた。

 一瞬で巨大な竜巻へと発展したそれは、ユエを覆い隠しながら天頂へと登る。地と天を繋ぐ白き嵐は、周囲の温度を一気に絶対零度まで引き下げ、月を覆い隠して上空を旋回していた灰竜達の尽くを凍てつかせた。

 竜巻を発生させる風系中級攻撃魔法“嵐帝”と広範囲を絶対零度に落とす氷系最上級攻撃魔法“凍獄”の複合魔法である。

 まるで、氷河期をもたらした気候変動により一瞬で凍りついたマンモスのように、その身を傷つけることなく絶命した灰竜達は、地上へと落下すると地面に激突してその身を粉々に砕けさせた。体内まで完全に凍りついていたようで、赤い血肉の結晶が大地にコロコロと跳ね返っている。

「聞く耳を持たないか。……仕方あるまい。掃射せよ!」

 一気に二十体近くの灰竜を落とされたフリードは、ギリッと歯を食いしばりながら一斉攻撃の命令を下す。それにより、旋回していた灰竜達が一斉に散開し、四方八方上下、あらゆる方向から極光の乱れ撃ちを行った。

 夜天に奔る幾百の極光は、さながら流星雨のよう。夜の闇を切り裂き迫る閃光は、中の術者を射殺さんと、吹き荒れる絶対零度のブリザードを剣山の如く貫いた。

 無数の極光による衝撃で、氷雪の竜巻は宙に溶けるように霧散していく。散らされた氷雪が螺旋を描き、その中央から現れたのは、極光に貫かれ傷ついたユエの姿……ではなく、前後左右に黒く渦巻く星を従えた無傷のユエだった。

 間髪いれず、目視した小さな敵に再び幾百の閃光が奔る。

 しかし、本来なら全てを消滅させる強力無比な死の光は、ユエを守るように周囲に漂う黒い星に次々と呑み込まれ、あるいは明後日の方向に軌道を捻じ曲げられて、ただの一つも届かなかった。

 ユエは、重力魔法を操作して更に高度を上げる。無数の極光に晒されながら、その表情に動揺の色は皆無だ。ユエの周囲を周回する重力球“禍天”と全てを呑み込む“絶禍”は、さながら月を守る守護衛星のようだ。

「ブレスが効かぬなら、直接叩くまで! 行け!」

 フリードの作戦変更命令に、灰竜達はタイムラグなど一切なく忠実に従う。竜の咆哮を上げながら、その鋭い爪牙で華奢な少女の肉体を引き裂かんと眼に殺意を宿して襲いかかった。

 波状攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。ユエの周囲は直ぐに灰竜の群れによって灰色に埋め尽くされた。

 対するユエは、迫り来る竜達の殺意など微塵も気にせず、静かに瞑目していた。深く集中しているようだ。動かぬならばむしろ好都合と言わんばかりに迫った灰竜達が、その鋭い爪を伸ばし、強靭な顎門を大きく開ける。

 もはや逃れようのない死が到達するかと思われたまさにその時、ユエの眼がカッ! と見開らかれた。そして、その薄く可憐な唇が言葉を紡ぐ。

「“斬羅(きら)”」

 その瞬間、世界が一斉にずれた(・・・)

 まるで割れた鏡のように、何もない空間に無数の一線が引かれ、その線を起点に隣り合う空間が僅かにずれているのだ。そして、その空間の亀裂に重なっていた灰竜達は、一瞬の硬直の後、ズルっという生々しい音と共に空間ごと体を切断されて血飛沫を撒き散らしながら地へと落ちていった。

 空間魔法“斬羅”。空間に亀裂を入れてずらす事で、対象を問答無用に切断する魔法である。

 ユエによる防御不能の切断魔法で、周囲に集まっていた灰竜三十体以上が断末魔の悲鳴を上げる事すら出来ずに絶命した。フリードは、自分でも出来ない発動速度・展開規模での空間魔法の行使に戦慄の表情を浮かべる。

「なんという技量だ。……もしや、貴様も神に選ばれし者なのか! それなら、私の誘いに乗れぬのも頷ける」

 額に汗を流しながら得心がいったというように頷くフリードに、ユエは、「この勘違い野郎、すごく気持ち悪いんですけど……」と誰が見てもわかる嫌そうな表情を浮かべた。

「……冗談。私が戦うのは何時でもハジメのため。お前如きと一緒にしないで」

 辛辣な言葉に、フリードは自分どころか敬愛する自身の神をも貶されたような気になり(気のせいではない)無表情となった。どうやら、フリードのタブーに触れたようだ。

「よかろう。もはや、何も言うまい。貴様を殺して、あの男の前に死体を叩きつけてやろう。さすれば、多少の動揺は誘えよう。その時が、あの男の最後だ」
「……よく回る口。黙って行動で示せないの? ブ男」

 怒りを押し殺して告げた言葉に、嘲笑を以て返されたフリードの額に青筋が浮かぶ。直後の返答はユエの言う通り、行動で示された。

 【グリューエン大火山】でも見た、肩に止まる小鳥型の魔物に指示を出すフリード。すると、王都の外壁を破り都に侵攻していた魔物の群れの一部が地上からユエ達の方へと押し寄せて来た。どうやら、地上からも攻撃をするつもりらしい。

 ユエは、灰竜達の極光を重力球の守護衛星で防ぎながら、“雷龍”を召喚する。天に立ち込めた暗雲から落雷の咆哮と共に黄金の龍が姿を現した。“絶禍”に溜め込んだ極光を迫り来るフリードと灰竜達に解き放ち牽制しながら、地上部隊を殲滅せんと雷龍を強襲させる。

 いつも通り、問答無用に顎門に吸い込み全てを灼き尽くす雷龍……のはずが、体長五メートルを超える六足の亀型の魔物アブソドによってその進撃を止められてしまった。大口を開けた巨大アブソドによって、正面から逆に喰われ始めているのだ。

 アブソドは、以前、【オルクス大迷宮】でカトレアという魔人族の女が連れていた、魔法を体内に取り込む固有魔法を持つ魔物だ。しかし、地上で雷龍を吸い込んでいるアブソドは、迷宮にいたアブソドとは大きさが違う。おそらく、改良が加えられ更に強化されたのだろう。

 それでも、流石の雷龍というべきか。アブソドに呑み込まれながらも、その巨体を浮かせていき、少しずつではあるがその身を灼いていく。どうやら、同時に複数属性の魔法を呑み込むことが出来ないという制限は変わっていないらしい。雷は呑み込めても重力魔法の方は呑み込めないようだ。

 徐々に浮かされていく体に焦ったように六足をばたつかせるアブソドだったが、その巨体が雷龍に攫われる前に、もう一体のアブソドが重力魔法を呑み込み始めた。流石に、二体の強化されたアブソドによるフルパワーでの固有魔法“魔力貯蔵”の行使には雷龍も耐えられず、その雷の体を取り込まれてしまった。

 その直後、圧縮されたそれぞれの魔法が、ユエに向けて発射される。

「……鬱陶しい」

 地上より発射された対空砲火二条は、正確な狙いでユエを襲う。灰竜と白竜の極光を防ぐために重力球の守護衛星を全力で使っていたユエは、咄嗟に上空へ“落ちる”ことにより、それを回避した。

「ふっ、貴様がその奇怪な雷系魔法を使うことは承知している。アブソドがいる限り、お前の魔法は封じたも同然だ」

 ニヤリと口元を歪めながら嗤うフリード。しかし、ユエは特に焦ることもなく、ジッとアブソドを観察すると、ほんの僅かな時間、何かを考えるように視線を宙にさまよわせ再び集中状態に入った。

「また、空間を裂く気か? そんな暇は与えんぞ!」

 白竜と灰竜がより一層苛烈に極光を放ち、地上からは空を蹴って黒豹型の魔物が迫った。

 極光の嵐を何とか重力球の守護衛星で防ぐものの、ユエの意識の大半は別の魔法を構築中であり、その動きは今までに比べると精細さを欠いた。そこへ、地上から黒豹がその姿を霞ませるほどの速度で迫り、無数の触手を射出し始め、更に、極光を防ぐため動き回る重力球を掻い潜って鋭い爪を振るった。

 僅か攻防の間に、ユエの体に無数の傷がつき、夜空に赤い鮮血が飛び散る。しかし、どれも浅い傷ばかりなので全く問題ない。そもそもユエの本当の防御力とは、障壁でも重力球でもない。その反則的な“再生力”なのだ。

 仲間がいれば障壁を張るし、服が破れるのは好ましくないので回避もするが、本来は相手の攻撃を無視して己の再生力に任せ、一方的に攻撃するというのがユエのスタイルなのである。

 血飛沫を上げたユエに、半ば勝利を確信して笑みを浮かべたフリードの表情は、目に見えて修復されていくユエの傷を見て驚愕に目を見開いた。

「それも、神代の魔法か? 一体、いくつ修得しているというのだ!」

 全くハズレでもないのだが、ユエに関しては間違った推測を口にしながら、ならば治癒が間に合わないほどの飽和攻撃をするまでと魔物達に全力の直接攻撃を命じる。そして、フリード自身も神代魔法の詠唱を始めた。

 だが、当然、先に集中状態に入ったユエの方が早く魔法を発動させる。ユエの強い意志の宿った瞳が見開かれ、閃光と咆哮の轟く空間に、その可憐な声が響いた。

「“五天龍”」

 直後、暗雲が立ち込め雷鳴が轟き、渦巻く風が竜巻となって吹き荒れ、集う水流が冷気を帯びて凍りつき、灰色の砂煙が大蛇雲の如く棚引いて形を成し、蒼き殲滅の炎が大気すら焦がしながら圧縮される。

 その結果、王都の夜天に出現したのは五体の魔龍。それぞれ、別の属性を持ち、重力魔法と複合された龍である。

ゴォアァアアアア!!!

 凄まじい咆哮が五体の龍から発せられ、大気をビリビリと震わせる。

 巨体を誇り神々しくすらある魔龍の群れに、灰竜達は、本能が己の上位者であるとでも悟ったのか、怯えたように小さく情けない鳴き声を上げた。その瞳には、既にユエに対する殺意の色はほとんどなく、代わりに戸惑いと畏怖が住み着き、主たるフリードに助けを求めるような視線を寄せていた。

 フリードもまた、非常識極まりない魔法の行使に白竜の上でポカンと口を開くという醜態を晒していた。その隙を逃さず、ユエは五天龍を地上へと強襲させる。

 雷龍が、最初に己を呑み込んだアブソドに突撃し、アブソドも再び喰らい尽くしてやろうと大口を開ける。僅かばかり取り込まれる雷龍だったが、先程とは異なり、雷龍の後ろから飛び出した蒼龍が、その業火を以て相対するアブソドを融解させていった。

「クァアアアアアアアアン!!」

 生きたまま甲羅から溶かされていく苦痛に、堪らず苦痛の声を上げて固有魔法を解いてしまったアブソドを放置して、雷龍は、次の標的を狙う。それは、嵐龍を呑み込もうしている別のアブソドだ。神鳴る音を響かせながら雷龍の顎門がアブソドに喰らいつき、その灼熱によって身の端から灰に変えていった。

 また、少し離れたところでは、氷龍がアブソドを凍てつかせ、石龍が周囲一帯を根こそぎ巻き込んで石化させていく。雷龍により解放された嵐龍は、身の内に蓄えた風の刃でアブソド以外の黒豹などの魔物共も一緒くたに切り刻んでいった。

 流石に、五天龍の行使はキツかったのか、額に大量の汗を浮かべて肩で息をするユエ。早々にアブソドを片付けると、今度は上空の灰竜達に矛先を変えた。

 強力無比な竜の群れを従えるフリードに、同じく龍をもって挑むユエ。なすすべなく五天龍の餌食となっていく灰竜達の姿が、そのままフリードとユエの格の違いをあらわしているようだった。

 フリードは、ここに来て漸く悟る。自分がとんでもない化け物を相手にしてしまったことを。あの【グリューエン大火山】で自分に痛手を負わせた少年だけでなく、眼前の少女もまた、決死の覚悟で戦わねばならない相手だったのだと。戦う前に言った、自分の下に付けてやろうなどという傲慢な言葉を今更ながらに恥じた。

 故に、これより放つ魔法は、文字通りフリードの全力だ。

「――――揺れる揺れる世界の理 巨人の鉄槌 竜王の咆哮 万軍の足踏 いずれも世界を満たさない 鳴動を喚び 悲鳴を齎すは ただ神の溜息! それは神の嘆き! 汝 絶望と共に砕かれよ! “震天”!」

 周囲一帯の空間が激しく鳴動する。低く腹の底に響く音は、まるで世界が上げる悲鳴のようだ。

 ユエ自身、知識にあるその魔法に「むっ!」と警戒心を強め、すぐさま防御体制を整えた。放たれる魔法は範囲が広すぎて回避は既に不可能なのだ。そして、並みの防御では、この魔法には一瞬も耐えられない。

 ユエは、五天龍と重力球の守護衛星を解除すると、即行で空間魔法を構築する。他の魔法にリソースを割いている余裕がないからだ。ユエが、驚異的な速度で空間魔法を発動したのと、一瞬収縮した空間が大爆発を起こしたのは同時だった。

 空間そのものが破裂する。そうとしか言いようのない凄絶な衝撃が、生き残りの灰竜や地上の魔物すら一瞬で粉微塵に砕いて、大地を抉り飛ばし、天空のまだら雲すら吹き飛ばした。

 空間魔法“震天”。空間を無理やり圧縮して、それを解放することで凄まじい衝撃を発生させる魔法である。

「……んっ、流石……神代魔法」

 しかし、その衝撃の中心にいながらユエはしっかり生き残っていた。服が所々破けていたり、内臓を少しやられたのか口の端から血を流していたりしているが、空間そのものが砕け散ったかのような衝撃の中にいたにしては軽すぎるダメージだ。その軽傷も、一拍後には完全に再生されてしまった。

 本来なら、文字通り跡形もなく消し飛ぶほどの威力があったのだが……

 その理由は、ユエが、“震天”が効果を発揮する直前に空間魔法“縛羅”を発動したことにある。これは、空間を固定する魔法だ。使い方によって、防御にも捕縛にも使える便利な魔法である。もっとも、例に漏れず消費コストは白目を剥きたくなるレベルだが。

 即行での展開だったので完全には空間を固定しきれず、ダメージを負ってしまったユエだが、“自動再生”による肉体の修復の他、再生魔法により衣服も修復したので、見た目、中身共に無傷である。

 周囲の全てが破壊された中、その中心で何事もなかったように佇み月光を浴びる姿は、その呆れるほどの強さと相まって神々しくすらあった。

 だが、そんなユエの強さを疑わない者が一人。ユエの死角から強襲する。

「耐え切るとわかっていたぞ! 少女の姿をした化け物よ!」

 ユエの背後に開いたゲートを通り、極光を放ちながら白竜に騎乗したフリードが出現する。

 咄嗟に右側に“落ちる”ことで極光を回避するユエだったが、交差する一瞬で襲いかかった白竜の顎門までは回避しきれず、肩まで一気に喰らいつかれてしまった。

 ブシュ! という音と共に傷口から血が噴き出す。白竜は、ユエの片腕を噛み切らず、その鋭い牙を柔肌に喰い込ませたまま、ゼロ距離から極光を放とうとしているようだ。

 大魔法の連発で疲弊しきった様子のフリードが、今度こそ()ったと勝利を確信し歓喜で満ちた眼差しをユエに向ける。しかし、ユエの表情を見た瞬間、フリードの背筋を言い知れぬ怖気が駆け巡り、その眼差しに宿す色は歓喜から恐怖に変わった。

 なぜなら、ユエの口元が、まるで三日月のようにパックリと裂けて笑みを浮かべていたからだ。薄い桃色の唇がやけに目に付く。その笑みには、先ほどの神々しさなど皆無。ユエを照らす月明かりは、その荘厳さを示すものではなく魔性を表すものへと変わった。

 夜風に吹かれ攫われた美しい金の髪の隙間から煌々と光る紅の瞳が物語る。

 すなわち

――私に触れたな?

 と。

 ユエの口から静かに神代魔法の詠唱が紡がれた。

「“壊刻”」

 直後、魔性の月光が降り注ぐ夜空に、一人と一匹の絶叫が響き渡った。

「ぐぅああああっ!!」

クゥルァアアアン!!

 白竜が身悶えした衝撃で、今度こそ腕を噛みちぎられたユエは、しかし、特に気にした様子もなく重力を操って天空へ上がった。そして、一拍おいて何事もなかったかのように再生された腕の様子を確かめると、全身から血を噴き出して悶えているフリードと白竜を睥睨した。

「……どう? ハジメから受けた傷は。痛い?」
「ぐぅうう! 貴様ぁ、これは……」

 無表情を崩し艶然として月を背負うユエに対し、フリードは壮絶な痛みに歯を食いしばって耐えながら、鋭い眼光を返した。

 フリードと白竜の状態は酷いものだった。白竜は、胸元に大きく抉れ焼き爛れたような傷を抱え、更に全身から血を流しており、今にも墜落しそうな有様である。フリードに至っては、胸にある一文字の切創からダラダラと血を流し、砕けた左腕をダランと下げ、内臓が傷ついているのか激しく吐血している。その他にも全身に大小様々な傷が付いており、まさに満身創痍といった有様だった。

 それらの全ては、かつて【グリューエン大火山】で相対した時に、ハジメ達によって付けられた傷である。再生魔法“壊刻”――対象が過去に負った傷や損壊を再生する魔法だ。直接・間接を問わないが、半径三メートル以内でどこかに触れていなければならず、再生できる傷は、魔力に比例するという制限がある。

 ユエは、出来ることなら、この魔法でフリード達を追い詰めたいと思っていた。この戦いは、あくまでユエの個人的な仕返しなのだ。【グリューエン大火山】では、愛おしい恋人を傷つけられ怒り心頭であったのに、仕返しの一つも出来ず逃げられてしまった。あの時から「……次にあったら絶対ボコる」と誓っていたのだ。

 そして、再生魔法を【メルジーネ海底遺跡】で手に入れた時に、殺るなら絶対、【グリューエン大火山】での一戦を思い出せるように、この“壊刻”を使ってやろうと思っていたのである。ユエの中の“ヤン”な部分が囁いたのだから仕方ない。

 しかし、ユエは接近戦が苦手だ。高速で飛べる白竜に乗ったフリードに追いついて、触れて、魔法を発動できるかは微妙だった。なので、適当にダメージを与えて墜としてから使ってやろうと思っていたのだが……わざわざフリード達の方から自分に触れてくれたのだ。思わず、笑みが浮かんでしまったのも仕方ない事だろう。ハジメの敵に、心が“ヤンヤン”してしまうのは止められないのだ。

「……今の私では……勝利を得られないということか。……かくなる上はっ」
「……させない」

 王手をかけられたと察したフリードが歯噛みし、ユエが止めを刺そうと片手を向けたその時、ユエに向けて地上から怒涛の攻撃魔法が放たれた。

「フリード様! 一度お引き下さい!」
「我らが時間を稼ぎます!」

 それは、王都侵攻に出ていた地上部隊の魔人族達だった。フリードの窮地を察して救援に来たらしい。

「お前たち! ……くっ、すまん!」

 救援に来た魔人族達は、満身創痍のフリードと白竜を見て瞳に憤怒を宿し、防御など考えない特攻を敢行した。当然、ただの意気込みだけでユエを殺れるわけがない。しかし、フリードがゲートを開く時間だけはギリギリ稼げたようだ。

 ユエの放った炎槍がフリードと白竜に突き刺さる寸前、フリード達はゲートに飛び込み姿を消してしまった。

「……邪魔」

 まんまとフリードに逃げられてしまったユエは、未だ、「よくもフリード様を!」等と喚きながら攻撃を繰り返す魔人族達を冷たく見下ろすと、先程フリードが放った空間魔法“震天”を発動し周囲一体を纏めて爆砕した。八つ当たり気味に一瞬で殲滅を完了したユエだったが、その表情には、少しの苛立ちが見て取れる。鬱憤は晴れなかったらしい。

 ユエが、何とか気持ちを落ち着けようと深呼吸をしていると、戦場には似つかわしくない明るい声が響き渡った。

「ユエさ~ん! まだ、あの野郎、生きてますかぁ? 生きてたら一発殴らせ……うわぁ~何ですか、ここ? 天変地異でもあったんですか?」

 ウサミミをなびかせて、空に浮く円盤を足場に跳躍してきたシアが、呆れたような声音で周囲を見渡しながら尋ねた。

「……逃げられた」

 不機嫌そうなその一言で大体の事情を察したシアは、フリードの意外なしぶとさに内心驚きつつ、苦笑いしながらユエを宥める。

 そして、失った魔力を補充しながらしばらく情報交換していると、王宮の一角で爆発が起き、次いで、遥か天空より降り注いだ巨大な光の柱が、外壁の外で待機していた数万からなる魔物の大軍を根こそぎ消滅させるという有り得ない光景を見て、お互い顔を見合わせた。

「「……ハジメ(さん)」」

 二人の答えはばっちり同じらしい。

「……取り敢えず王宮に行きますか」
「……ん」

 ユエとシアはハモリながら非常識の犯人はハジメであると断定し、消し飛んだ魔物と巨大なクレーターを一瞥して呆れたような笑みを浮かべると、二人一緒に、ハジメがいるであろう王宮に向かうのだった。
いつも読んで下さり有難うございます
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます

注意
ユエはヤンではいません。あくまで恋人を想っての事です。
たぶん……

次回は、金曜日の18時更新予定です
+注意+
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