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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第四章

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使徒の襲撃、及び王都侵攻



 薄暗く明かり一つ無い部屋の中に、格子の嵌った小さな窓から月明かりだけが差し込んで黒と白のコントラストを作り出していた。

 部屋の中は酷く簡素な作りになっている。鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレ。地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれそうだ。

 そんなどう見ても牢獄にしか思えない部屋のベッドの上で壁際に寄りながら三角座りをし、自らの膝に顔を埋めているのは畑中愛子その人だ。

 愛子が、この部屋に連れて来られて三日が経とうとしている。

 愛子の手首にはブレスレット型のアーティファクトが付けられており、その効果として愛子は現在、全く魔法が使えない状況に陥っていた。それでも、当初は、何とか脱出しようと試みたのだが、物理的な力では鋼鉄の扉を開けることなど出来るはずもなく、また唯一の窓にも格子が嵌っていて、せいぜい腕を出すくらいが限界であった。

 もっとも、仮に格子がなくとも部屋のある場所が高い塔の天辺な上に、ここが【神山】である以上、聖教教会関係者達の目を掻い潜って地上に降りるなど不可能に近いのだが。

 そんなわけで、生徒達の身を案じつつも、何も出来ることがない愛子は悄然と項垂れ、ベッドの上で唯でさえ小さい体を更に小さくしているのである。

「……私の生徒がしようとしていること……一体何が……」

 僅かに顔を上げた愛子が呟いたのは、攫われる前に銀髪の修道女が口にしたことだ。愛子が、ハジメから聞いた話を光輝達に話すことで与えてしまう影響は不都合だと、彼女の言う“主”とやらは思っているらしい。そして、生徒の誰かがしようとしていることの方が面白そうだとも。

 愛子の胸中に言い知れぬ不安が渦巻く。思い出すのは、ウルの町で暴走し、その命を散らした生徒の一人、清水幸利のことだ。もしかしたら、また、生徒の誰かが、取り返しのつかない事をしようとしているのではないかと愛子は気が気でなかった。

 こうして何もない部屋で監禁されて、出来る事と言えば考えることだけ。そうして落ち着いて振り返ってみれば、帰還後の王宮は余りに不自然で違和感だらけの場所だったと感じる。愛子の脳裏に、強硬な姿勢を崩さない、どこか危うげな雰囲気のエリヒド国王や重鎮達のことが思い出される。

 きっと、あの銀髪の修道女が何かをしたのだと愛子は推測した。彼女が言っていた、“魅了”という言葉がそのままの意味なら、きっと、洗脳かそれに類する何かをされているのだ。

 しかし、同時に、会議の後で話した雫やリリアーナについては、そのような違和感を覚えなかった。その事に安堵すると共に、自分が監禁されている間に何かされるのではないかと強烈な不安が込み上げる。

 どうか無事でいて欲しいと祈りながら、思い出すもう一つの懸念。それは、“イレギュラーの排除”という言葉。意識を失う寸前に聞いたその言葉で、愛子は何故か一人の生徒を思い出した。

 命の恩人にして、清水幸利を見殺しにした生徒。圧倒的な強さと強い意志を秘めながら、愛子の言葉に耳を傾け真剣に考えてくれた男の子。そして……色々とあって、色々と思うところがあったり、なかったり、やっぱりあったりするのだけど、ないと思うべきで、でも思ってしまう人。

 封印しようと努力しているのに中々できないとある記憶を、再び脳内で再生してしまい、そんな場合ではないと分かっていながら頬が熱くなってしまう。頭をぶんぶんと振って記憶を追い出した愛子だったが、ハジメの安否を憂慮する気持ちと何故か無性に逢いたい気持ちに押されて、ポロリと零すように彼の名を呟いた。

「…………南雲君」
「おぅ? 何だ、先生?」
「ふぇ!?」

 半ば無意識に呟いた相手から、あるはずのない返事が返ってきて思わず素っ頓狂な声が上がる。部屋の中をキョロキョロと見回すが自分以外の人などいるはずもなく、愛子は「幻聴だったのかしらん?」と首を捻った。しかし、そんな愛子へ幻聴でないことを証明するように、再度、声がかけられた。

「こっちだ、先生」
「えっ?」

 愛子は、体をビクッと震わせながら、やっぱり幻聴じゃない! と声のした方、格子の嵌った小さな窓に視線を向ける。するとそこには、窓から顔を覗かせているハジメの姿があった。

「えっ? えっ? 南雲君ですか? えっ? ここ最上階で…本山で…えっ?」
「あ~、うん。取り敢えず、落ち着け先生。もうちょっとでトラップがないか確認し終わるから……」

 混乱する愛子を尻目に、ハジメは魔眼石で部屋にトラップの類がないか確かめると、紅いスパークを迸らせながら“錬成”を行い、人一人通れるだけの穴を壁に開けて中に侵入を果たした。

 愛子のいる部屋は地面から百メートル近くある。にもかかわらず、普通に地面を歩いて入口から入ってきました! とでも言うように、外壁に穴を開けて登場したハジメに、愛子は目を白黒させた。

 そんな愛子にハジメは小さく笑みを浮かべながら歩み寄る。

「なに、そんなに驚いているんだよ。俺が来ていることに気がついてたんだろ? 気配は完全に遮断してたはずなんだが……ちょっと、自信無くすぞ」
「へっ? 気づいて? えっ?」
「いや、だって、俺の名前呼んだじゃないか。俺が窓の外にいるのを察知したんだろ?」

 もちろん、愛子が、“気配遮断”を行使したハジメに気が付けるはずもなく、ただハジメを想って自然と呟いてしまっただけなのだが……愛子は、まさか、貴方の事を考えていて半ば無意識に呟いてました等と言える訳もなく、焦った表情で話題の転換を図った。

「そ、それよりも、なぜここに……」
「もちろん、助けに」
「わ、私のために? 南雲君が? わざわざ助けに来てくれたんですか?」

 何やら赤面してあわあわし始めた愛子に、先程から妙に落ち着きが無いことも相まって、まさか既に洗脳でもされたのか? と眉をしかめるハジメ。瞳に真剣さを宿して、愛子に魔法が掛けられている痕跡がないか魔眼石により精査する。

 ベッドに腰掛ける愛子の元に歩み寄り、間近で愛子を観察し始めたハジメに、愛子は益々赤面し動悸を早めていった。なにせ、直前まで脳裏に浮かんでいた男の子が、自分の窮地に助けに来てくれた挙句、深夜にベッドの傍で、自分を真剣な表情で見つめてくるのだ。これがただの生徒と教師なら、特に何の問題もなくどうしたのか? と尋ねるところだが……そう言い切れない愛子は、ただ硬直して間近にあるハジメの瞳を見つめ返すしかなかった。

 ハジメは、魔眼石で見ても愛子に魔法が掛けられている痕跡を発見できなかったことから一先ず大丈夫だろうと考え、愛子の手を取った。魔力封じのアーティファクトを取り除くためだ。

 しかし、いきなり手を取られた愛子は「ひゃう!」とおかしな声を上げて身を竦め「ダメ! ダメです! 南雲君! そんないきないりぃ! 私は先生ぇ!」と喚きだした。

「いや、魔力封じられてたら不便だろ? それとも、取ったら何かあるのか? トラップの類があるようには見えないんだが……」
「え? あっ、そういうことですか……」
「……一体、何だと思ったんだ」
「あは、あははは……すいません。何でもありません……」

 不審を通り越して、だんだん残念なものを見るような目を向け始めたハジメに、愛子は愛想笑いで誤魔化す。そして、なぜ自分がここに囚われていることを知っていたのかと誤魔化しがてらに尋ねた。

「姫さんに聞いたんだよ」
「姫さん? リリアーナ姫ですか?」
「ああ。あんたが攫われるところを目撃してたんだよ。それで、王宮内は監視されているだろうから掻い潜って天之河達に知らせることは出来ないと踏んで、一人王都を抜け出したんだ。俺達に助けを求めるためにな」
「リリィさんが……南雲君はそれに応えてくれたんですね」
「まぁな。この状況は俺にも責任がありそうだし……先生は会いたくなかっただろうが……まぁ、皆と合流するまで我慢してくれ」

 ハジメは、苦笑いをこぼしつつ愛子の魔力を封じるアーティファクトを解除して立ち上がった。愛子は、最後のセリフが清水を撃った事だと察して思わずハジメの手を握り締めた。そして、訝しむハジメに愛子は真っ直ぐな眼差しを向けると、嘘偽りない本心を語った。

「君に会いたくなかったなんてこと絶対にありません。助けに来てくれて、本当に嬉しいです。……確かに、清水君のことは、未だに完全には割り切れていませんし、この先割り切れることはないかもしれませんが……それでも、君がどういうつもりで引き金を引いたのか……理解しているつもりです。君を恨んだり、嫌ったりなんてしていません」
「……先生」

 目を丸くするハジメに、愛子は、憂いと優しさを含ませた微笑みを向ける。

「あの時は、きちんと言えませんでしたから……今、言わせて下さい。……助けてくれてありがとう。引き金を引かせてしまってごめんなさい」
「……」

 ハジメは、愛子なら気が付くと予想していたユエの言う通りだったなぁと内心苦笑いしながら、それでも、愛子にとって一番辛い事をなしたのは事実なので、それを表に出すことはなかった。

「俺は、俺のやりたいようにやっただけだ。礼は受け取るけど、謝罪はいらない。それより、そろそろ行こう。天之河達のところには姫さん達が行ってるはずだ。合流してから、これからどうするか話し合えばいい」
「わかりました。……南雲君、気を付けて下さい。教会は、頑なに君を異端者認定しました。それに、私を攫った相手は、もしかしたら君を……」
「わかってる。どっちにしろ、先生を送り届けたら、俺は俺の用事を済ませる必要があるし、多分、その時、教会連中とやり合う事になる。……もとより覚悟の上だ」

 強靭な意志を秘めた眼差しで愛子に頷くハジメ。その眼差しに射抜かれて再び頬が熱くなるのを感じながら、愛子は再び憂慮の言葉をかけようとした。

 と、その時、遠くから何かが砕けるような轟音が微かに響き、僅かではあるが大気が震えた。

 何事かと緊張に身を強ばらせた愛子がハジメに視線を向けると、ハジメは遠くを見る目をして何かに集中していた。現在、ハジメは地上にいるユエ達から念話で情報を貰っているのである。

「ちっ、なんてタイミングだよ。……まぁ、ある意味好都合かもしれないが……」

 しばらくすると、ハジメは舌打ちしながら視線を愛子に戻す。愛子は、ハジメが念話を使えることを知らないが、非常識なアーティファクト類を沢山見てきたので、それらにより何か情報を掴んだのだろうと察し、視線で説明を求めた。

「先生、魔人族の襲撃だ。さっきのは王都を覆う大結界が破られた音らしい」
「魔人族の襲撃!? それって……」
「ああ、今、ハイリヒ王国は侵略を受けている。仲間から“念話”で知らせが来た。魔人族と魔物の大軍だそうだ。完全な不意打ちだな」

 ハジメの状況説明に愛子は顔面を蒼白にして「有り得ないです」と呟き、ふるふると頭を振った。

 それはそうだろう。王都を侵略できるほどの戦力を気づかれずに侵攻させるなどまず不可能であるし、王都を覆う大結界とて並大抵の攻撃ではこゆるぎもしないほど頑強なのだ。その二つの至難をあっさりクリアしたなどそう簡単に信じられるものではない。

「先生、取り敢えず天之河達と合流しな。話はそれからだ」
「は、はい」

 緊張と焦燥に顔を強ばらせた愛子を、ハジメは片腕に座らせるような形で抱っこする。「うひゃ!」と再び奇怪な声を上げながらも、愛子は咄嗟に、ハジメの首元に掴まった。

 と、その瞬間……

カッ!!

 外から強烈な光が降り注いだ。

「ッ!?」

 部屋に差し込んでいた月の光をそのまま強くしたような銀色の光に、本能がけたたましく警鐘を鳴らす。

 ハジメは脇目も振らず外壁の穴から飛び出した。急激な動きに愛子が耳元で悲鳴を上げギュッと抱きついてくるが、今は気にしている場合ではない。

 ハジメが、隔離塔の天辺から飛び出したのと銀光がついさっきまで愛子を捕えていた部屋を丸ごと吹き飛ばすのは同時だった。

ボバッ!!

 物が粉砕される轟音などなく、莫大な熱量により消失したわけでもなく、ただ砕けて粒子を撒き散らす破壊。人を捕えるための鋼鉄の塔の天辺は、砂より細かい粒子となり、夜風に吹かれて空へと舞い上がりながら消えていった。

 余りに特異な現象に、ハジメは“空力”で空中に留まりながら、目を見開き思わずといった感じで呟く。

「……分解……でもしたのか?」
「ご名答です、イレギュラー」

 返答を期待したわけではない独り言に、鈴の鳴るような、しかし、冷たく感情を感じさせない声音が返ってくる。

 ハジメが声のした方へ鋭い視線を向けると、そこには、隣の尖塔の屋根からハジメ達を睥睨する銀髪碧眼の女がいた。ハジメは、愛子を攫った女だろうと察する。

 もっとも、リリアーナが言っていたのと異なり修道服は着ておらず、代わりに白を基調としたドレス甲冑のようなものを纏っていた。ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに、腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付け、腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。まるでワルキューレのようである。

 銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして、天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。

 バサァと音を立てて広がったそれは、銀光だけで出来た魔法の翼のようだ。背後に月を背負い、煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

 だが、惜しむらくはその瞳だ。彼女の纏う全てが美しく輝いているにも関わらず、その瞳だけが氷の如き冷たさを放っていた。その冷たさは相手を嫌悪するが故のものではない。ただただ、ひたすらに無感情で機械的。人形のような瞳だった。

 銀色の女は、愛子を抱きしめ鋭い眼光を飛ばすハジメを見返しながら、おもむろに両手を左右へ水平に伸ばした。

 すると、ガントレットが一瞬輝き、次の瞬間には、その両手に白い鍔なしの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った二メートル近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は、やはり感情を感じさせない声音でハジメに告げる。

「ノイントと申します。“神の使徒”として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 それは宣戦布告だ。ノイントと名乗った女は、神が送り出した本当の意味での“神の使徒”なのだろう。いよいよ、ハジメが邪魔になったらしい。直接、“神の遊戯”から排除する気のようだ。

 ノイントから噴き出した銀色の魔力が周囲の空間を軋ませる。大瀑布の水圧を受けたかのような絶大なプレッシャーがハジメと愛子に襲いかかった。

 愛子は、必死に歯を食いしばって耐えようとするものの、表情は青を通り越して白くなり、体の震えは大きくなる。「もうダメだ」と意識を喪失する寸前、愛子を紅い魔力が包み込んだ。愛子を守るように輝きを増していく紅い魔力は、ノイントの放つ銀のプレッシャーの一切を寄せ付けなかった。

 愛子は目を見開いて、原因であろう間近い場所にあるハジメの顔に視線を向ける。するとそこには、途方もないプレッシャーを受けておきながら微塵も揺らぐことなく、その瞳をギラつかせて獰猛に歯を剥くハジメの姿があった。

 見蕩れるように、あるいは惹きつけられるように視線を逸らせなくなった愛子を尻目に、ハジメは、ノイントに向けて挑発的に嗤いながら同じく宣戦布告した。

「殺れるものなら殺ってみろ。神の木偶が」

 その言葉を合図に、標高八千メートルの【神山】上空で、“神の使徒”と奈落から這い上がって来た“化け物”が衝突した。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ハジメがノイントの襲撃を受ける少し前、ユエ、シア、香織、リリアーナの四人は夜陰に紛れて王宮の隠し通路を進んでいた。リリアーナを光輝達のもとへ送り届けるためだ。

 本来なら、ユエ達の目的は愛子の救出と【神山】の何処かにある大迷宮もとい神代魔法であり、王国の異変解決やらリリアーナと光輝達の合流の手助けなどどうでもいい事である。

 ただ、取り敢えず愛子の安全を確保するためには、救出後の預け先である光輝達が洗脳の類を受けていないか、彼等が安全と言えるかの確認が必要だった。それに、【神山】は文字通り聖教教会の総本山であり、愛子の救出までは出来るだけ騒動を起こさないことが望ましいところ、彼等に気付かれず愛子の監禁場所の捜索と救出を行うためにもハジメ一人の方が都合がよかった。

 そのため、王都に残ることになったユエ達は、香織がリリアーナに付きそうと言って聞かないこともあり、大した手間でもないことから一緒に行動しているのである。

 なお、ティオは万一に備えて王都の何処かで待機している。全体の状況を俯瞰できる者が一人くらいいた方がいいという判断だ。

 そんなユエ達が、隠し通路を通って出た場所は、何処かの客室だった。振り返ればアンティークの物置が静かに元の位置に戻り何事もなかったかのように鎮座し直す。

「この時間なら、皆さん自室で就寝中でしょう。……取り敢えず、雫の部屋に向かおうと思います」

 闇の中でリリアーナが声を潜める。向かう先は、雫の部屋のようだ。勇者なのに光輝に頼らない辺りが、彼女の評価を如実に示している。

 リリアーナの言葉に頷き、索敵能力が一番高いシアを先頭に一行は部屋を出た。雫達、異世界組が寝泊まりしている場所は、現在いる場所とは別棟にあるので、月明かりが差し込む廊下を小走りで進んでいく。

 そうして、暫く進んだ時、それは起こった。

ズドォオオン!!

パキャァアアン!!

 砲撃でも受けたかのような轟音が響き渡り、直後、ガラスが砕け散るような破砕音が王都を駆け抜けたのだ。衝撃で大気が震え、ユエ達のいる廊下の窓をガタガタと揺らした。

「わわっ、何ですか一体!?」
「これはっ……まさか!?」

 索敵にためにウサミミを最大限に澄ましていたシアが、思わずペタンと伏せさせたウサミミを両手で押さえて声を漏らす。すぐ後ろに追従していたリリアーナは、思い当たることがあったのか顔面を蒼白にして窓に駆け寄った。ユエ達も様子を見ようと窓に近寄る。

 そうして彼女達の眼に映った光景は……

「そんな……大結界が……砕かれた?」

 信じられないといった表情で口元に手を当て震える声で呟くリリアーナ。彼女の言う通り、王都の夜空には、大結界の残滓たる魔力の粒子がキラキラと輝き舞い散りながら霧散していく光景が広がっていた。

 リリアーナが呆然とその光景を眺めていると、一瞬の閃光が奔り、再び轟音が鳴り響く。そして、王都を覆う光の膜のようなものが明滅を繰り返しながら軋みを上げて姿を現した。

「第二結界も……どうして……こんなに脆くなっているのです? これでは、直ぐに……」

 リリアーナの言う大結界とは、外敵から王都を守る三枚の巨大な魔法障壁のことだ。三つのポイントに障壁を生成するアーティファクトがあり、定期的に宮廷魔法師が魔力を注ぐことで間断なく展開維持している王都の守りの要だ。その強固さは折り紙つきで、数百年に渡り魔人族の侵攻から王都を守ってきた。戦争が拮抗状態にある理由の一つでもある。

 その絶対守護の障壁が、一瞬の内に破られたのだ。そして、今まさに、二枚目の障壁も破られようとしている。内側に行けば行くほど展開規模は小さくなる分強度も増していくのだが、数度の攻撃で既に悲鳴を上げている二枚の障壁を見れば、全て破られるのも時間の問題だろう。結界が破られたことに気が付き、王宮内も騒がしくなり始めた。あちこちで明かりが灯され始めている。

「まさか、内通者が? ……でも、僅かな手勢ではむしろ……なら敵軍が? 一体どうやって……」

 呆然としながら思考に没頭しているリリアーナに答えをもたらしたのはユエ達だった。

“聞こえるかの? 妾じゃ、状況説明は必要かの?”

 ユエ達の持つそれぞれの念話石が輝き、そこから声が響いている。王都に残してきたティオの声だ。口振りから、何が起きているのか大体のところを把握しているらしい。

“ん……お願いティオ”
“心得た。王都の南方一キロメートル程の位置に魔人族と魔物の大軍じゃ。あの時の白竜もおるぞ。結界を破壊したのはアヤツのブレスじゃ。しかし、主の魔人族は姿が見えんの”
「まさか本当に敵軍が? そんな、一体どうやってこんなところまで……」

 ティオの報告に、リリアーナが表情を険しくしながらも疑問に眉をしかめる。

 その疑問に対して、ユエ達には想像がついていた。白竜使いの魔人族、フリード・バグアーは【グリューエン大火山】で空間魔法を手に入れている。軍そのものを移動させる程の“ゲート”を開くなどユエでも至難の業ではあるが、何らかの補助を受ければ可能かも知れない。

 現に、大陸の南北を飛び越えて、一切人目につかずに王都の目と鼻の先にいるのだ。それ以外に考えられない。白竜が攻撃していながら、その背で指揮を取っていないなら、無茶をした代償に動けない状態なのかもしれない。

 そうこうしているうちに、再びガラスが砕けるような音が響き割った。第二障壁も破られたのだ。焦燥感を滲ませた表情でリリアーナが光輝達との合流を促す。しかし、それに対してユエが首を振った。

「……ここで分かれる。貴女は先に行って」
「なっ、ここで? 一体何を……」

 一刻も早く光輝達と合流し態勢を整える必要があるのに何を言い出すのかとリリアーナは訝しそうに眉をしかめた。ユエは、窓を開けると瞳を剣呑に細めて一段低い声で端的に理由を述べる。

「……白竜使いの魔人族はハジメを傷つけた。……泣くまでボコる」

 どうやら【グリューエン大火山】でのフリードがなした不意打ちを根に持っているらしい。ユエらしからぬ物騒な物言いと雰囲気にその場の全員が若干引き気味だ。

「お、怒ってますね、ユエさん……」
「……シアは? もう忘れた?」
「まさか。泣いて謝ってもボコり続けます」

 ユエの発する怒気に思わずツッコミを入れるシアだったが、続くユエの言葉に無表情になると、ユエより過激な事を言い出した。普段から明るく笑顔の絶えないシアだけに、無表情での暴行宣言は非常に迫力があった。シアも、あの件は相当腹に据え兼ねていたらしい。

「そういうわけで、香織さん、リリィさん。私とユエさんは、ちょっと調子乗っているトカゲとその飼い主を躾してくるので、ここで失礼します」
「……ん、あと邪魔するならその他大勢も」

 そう言うや否や、ユエとシアの二人は、香織達の制止の声も聞かずに窓から王都へ向かって飛び出して行ってしまった。フリードの命は風前の灯である。逃げてぇ、フリード! 超逃げてぇ! と、ここにフリードの仲間がいればそう叫んでいたに違いない。

 開けっぱなし窓から夜風と喧騒が入り込んでくる。暫く、互いに無言のまま佇む香織とリリィだったが、やがて何事もなかったように二人して進み始めた。

「……南雲さん……愛されていますね……」
「うん……狂的……じゃなかった。強敵なんだ」
「香織……死なない程度に頑張って下さいね。応援しています」
「うん。ありがとう、リリィ……」

 あっさり後回しにされたリリィが「私の扱いがどんどん雑に……」と何処か悲しげな声音で呟きつつも、健気に香織へエールを送る。「実は、私も行きたかったと言ったらリリィ泣いちゃうかな?」と頭の隅で考えながら、香織はリリィと連れ立って光輝達のもとへ急いだ。 



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次回は、月曜日の18時更新予定です。
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