ファンタジーショートショート:勇者なるべからず
ある街の少年が吟遊詩人から面白い話を聞いた。
「ある奥深い森に1つの村がありそこにはかつて魔王を倒した勇者の持っていた聖剣が突き刺さっている。それを抜いたものは勇者になれるという」
そんな話をそのまま信じた少年は、自分も勇者になれるとそう信じ家族や親友が止めるのも強引に旅立つ事にしたのだ。
そんな旅立ちの日。最早止めても無駄だと悟った親友が見送りに着てくれた。
「もう止めても無駄だと思うけど、魔王なんてのはずっと昔に倒されているしこんなに平和な世界で勇者になってどうするんだい?」
親友からの問いかけに
「誰も一度位は、勇者になってみたいって思うだろ?それが叶うかもしれないなら行くしかないんだよ!」
そう言って旅立つのでした。
吟遊詩人からの話だけで飛び出した少年の旅は非常に厳しいものになりました。
幾ら魔物は居ないと言っても、山賊や熊や狼と言った獣に怯えながら各地で情報を集めつつ、やっと聖剣が眠る村に辿り着いたのでした。
しかし村に着いた少年に村人達は冷たい態度でした。
「こんな村何もねぇ。さっさと帰れ!」
「聖剣?そんなものここには無い!」
しかし少年は村人達の目を盗み、聖剣を発見したのです。
「この剣抜いてはならぬ」
「勇者なるべからず」
「立ち去れ!」
様々な立て札がそこにはありました。しかし少年はその聖剣に吸い寄せられるように近づくと力を込めてその聖剣を引っこ抜いたのでした。
「聖剣が抜かれました。ここに勇者の誕生を認めます」
抜くと同時に妙な機械音声のような声が響き渡りました。
「魔王の誕生は認められません。しかし勇者が居る以上、魔王を誕生させなければなりません。この世界に居る適当な人物を魔王にします。3・2・1・・・魔王が誕生しました」
そのアナウンスを聞いた途端少年は自分が何をしでかしてしまったのか理解しました。
「なんてことを!」
「だから帰れと言ったのに!」
先ほどの声を聞いた村人達が少年を捕まえ、散々罵詈雑言を浴びせます。
「お前の抜いた剣だ!持って帰れ!」
そう言われて少年は聖剣を携えて自分の街に戻るのでした。
戻った少年を待っていたのは更なる悲劇でした。
国中に聖剣が抜かれ魔王が復活したことが知れ渡っており、どこへ行っても相手にされないばかりか石を投げられる始末。実家に戻るとそこはもぬけの殻になっており自分の息子が聖剣を抜いたことで住みにくくなり夜逃げしたのでした。
城に呼ばれ国王から叱責を受けました。その上で「お前の責任で魔王を討伐してこい」と言うのです。
「そんな!僕1人でですか!?」
「魔王は聖剣以外でダメージは通らん。お前しか行くものが居ない」
少年は国王に尋ねました。
「では魔王は一体どんな人物なのですか?」
「何を言っておる。お前の良く知る人物だ!」
魔王にされたのは少年を見送りに着てくれた親友だったのです。
「何故魔王にされたのか分からない」
「勇者になった親友を心から恨む」
「魔王になってしまったからにはその職務を全うするしかない」
と言い残して彼は魔王城とやらに去ってしまったというのでした。
こうして誰も喜ばない。後悔と悲劇ばかりの冒険が始まるのです。