彼女は物心がつくころには一人だった。
父の威厳も母の優しさも知らずに育った。
今まで彼女は必死に生きてきた。
皿洗いだって、お店の接客だって、犯罪の一歩手前のことだって生きるためになんだってしてきた。
ある日、そんな彼女に二つの手が差し伸べられた。
その手の一つはたくましく、そしてお日様のようにあたたかな手だった。
もう一つの手はやさしく、そして何もかもつつみこんでくれるかのような手だった。
彼女はこの手の意味をもちろん知らない。
ただ、やさしいあたたかさがほしくて、その二つの手を彼女はとった。
アンジェは、馬車の中から見える景色を見ながらふと思った、
「そういえば、王宮に行くのは初めてだな」と。
生まれてこのかたアンジェは王宮に行ったことがなかったのだ。
別に、アンジェの育ったスーダ家が田舎というわけではなかった、行こうと思えば行けたのだ。
「もうすぐ着くわよ」
そんなことを考えているとよこで重そうなドレスを着ているマリアがいった。
「あぁ、結構早いんだね」
「まあね、ていうかあんた、一回も王宮に行ったことないの?」
「うんッ」
アンジェが素直にうなずくと、ありえないものを見るかのようにマリアが
「うそでしょう〜、十七にもなるのに王宮の舞踏会にも行ったことがないなんて」
と言った。
「舞踏会かぁ〜、別に興味ないなぁ」
アンジェがそう言うと、マリアがますますありえないという顔でアンジェを見た。
その時、
「お嬢様、王宮に着きました」
と言う声がした。
「さっ、着いたわよアンジェ、私が変な男どもに絡まれないようにちゃんと護衛してね」
「わかってる」
そう言いながら、アンジェは初めての王宮にワクワクしてマリアの言葉は聞いていなかった。
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