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  水鏡の術師 作者:ミミズ
1章 謀略の花嫁
6話 忍びよる影
 ルカは気絶してしまった花嫁の腕を肩にかけて、身体をもちあげた。彼女の身体はとても細く体重も軽い。だが、非力なルカにとってはそれも重労働になってしまう。彼女をしょって崖のわきの坂道をまわらなければいけないのだが、どうしたものか。

 坂道をのぼっている途中に風がふいて、花嫁のかぶるヴェールがふわっとめくれた。彼女は輪郭りんかくがとても小さくて、化粧けしょうをしているせいか頬もとても白い。花嫁は目鼻たちのととのった美女で、人間嫌いのルカもつい見とれてしまうほどだった。

 まさか、こんなにきれいな女性と密着することになろうとは思わぬ幸運――予想外の事態にルカは困惑するばかりだった。ルカは坂をのぼりきり、花嫁をれ木の下に座らせた。

(しかし、こんなにきれいな要人だったとはな)

 ルカは腕を組み、花嫁を見下ろす。

 花嫁はおそらくクリスティーア侯の娘、または近隣の貴族の娘――彼女は他国との縁談のため、従騎士たちに護られながら馬車で運ばれていた。

 クレアモンドは何かしらの意図があり、縁談の破棄と花嫁の救助をくわだてた。

 その意図とは何なのか。

 クレアモンドは今回の外交をよく思っていないのだろう。盗賊と通じて邪魔だてしようというのだから、その想いはかなりのものだとうかがえる。

 ルカは、公園のまん中で恥を忍ばずに土下座していたクレアモンドの姿を想像してみた。

(クレアモンド殿は、どうしてこの縁談をつぶそうとしてるんだ?)

 都ラスの料理屋で、おどおどしていた看板娘は何か言ってなかったか。クリスティーア侯のお姫様に縁談がきていると。その相手とは一体だれなのか。

 もうひとつ気になるのが、宴席でクレアモンドがもらしていた言葉だ。彼は、クリスティーア侯からよしみをいただいていると言っていた。それが、もしかしてこの花嫁なのではないのか。

(私は、とんでもない泥沼に足を踏み入れてしまったのかもしれないな)

 ルカは釈然としない気持ちをひめながら、そばで目をつむっている花嫁を見た。何も知らない彼女は、とても安らかな寝息をついている。

 ルカはそのとなりに座って、静かにアルマデールのグリモワ(魔術書)を読み始めた。




 満天にあがっていた太陽が遠くの山かげに隠れようとしているころに、花嫁はゆっくりと目を開いた。ルカはアルマデールの表紙を閉じた。

「お目覚めですか」

 花嫁は何度かまばたきした。

「あ、あなた様は」
「私はルカ・アスタモールといいます。クレアモンド・アグラヴァイン卿の命により、あなた様を保護しにまいりました」
「ああ! それでは……」

 花嫁は大きな目を見開く。つぶらな瞳がサファイアのように青く輝いて、とても美しい。

「お気分はいかがですか」
「少し目まいがしますわ」

 花嫁はヴェールの中の額に手をあてる。ルカは右手をあてて咳払いをした。

「あなた様の出身はどちらになりますか。さしつかえなければ、お聞かせ願えますか」

 ルカはいつもより言葉を選んで問う。花嫁は無言のまま、悄然とうつむいていた。

「申しわけありません。私は、自分に関わるいっさいの口外を禁止させられてるんです」
「ほほう。それは、クレアモンド殿にそうしろと言われたのかな?」
「えっ……」

 ルカが詮索せんさくすると、彼女はすぐに口を閉ざしてしまった。ルカはため息をついた。

「あなた方にも色々と事情があるようですね。……わかりました。お答えいただかなくて結構です」
「申しわけありません」

 花嫁は眉をひそめて、頭をぺこりと下げた。しばらくそばの枯れ木をながめて、

「私はクラリスと申します」

 と言った。ルカは腕を組んだ。

「クラリス殿と申されるのですか。でも、私にお名前を教えてもいいんですか?」
「私を助けて下さった方に、名前も教えないのは失礼ですから」

 クラリスと名乗った彼女は、にこっと笑顔を見せて答えた。




 クラリスと会話をしているうちに時間がたち、夕日が山かげに隠れてしまった。木の少ない岩場は夜風がふいて、砂ほこりを静かに舞いあがらせる。

 そして、何より寒い。グロリエルの月一月(三月)の夜は、まだ冬の寒さが残る。

(おや?)

 重い腰をもちあげたルカは、不意にみょうな気配を感じた。胸のまん中を心臓をえぐる、殺意を含んだ気配。ルカは目を細めてあたりを見回した。

 あたりの岩肌にひそむ、黒い影。それは群青ぐんじょう色にそまる夜空に溶けて、ルカとクラリスの挙動を静かにうかがう。

「クラリス殿」
「はい」

 クラリスが白い顔をあげる。ルカはゆっくりとクラリスに近づき、枯れ木にしばった手づなをほどいた。

「もう夜になってしまいましたが、ここで野宿はできません。そろそろ出発しましょう」
「あ、はい」

 顔を強ばらせるルカに、クラリスは首をかしげた。ルカは背中を向け、足もとに落ちる小枝を拾った。

 ルカはぼそぼそと呪文をとなえ、右手の人差し指で小枝の先をなぞった。小枝の先が赤く光り、ぼっと小さい火がともった。

 ルカは赤く光る火をしばらく見つめて、背後の暗闇へと素早く放った。火のついた小枝は地面についた直後にごう然と燃えあがり、夜空と一体化した暗闇が落ち着きなく動いた。




 四すみの岩かげから、ぞろぞろと人がおどり出てきた。彼らはそろって緑色のバンダナとマスクをつけて顔を隠している。緑色の半袖はんそでのシャツから太い腕がのび、右手にはロングソードまでにぎっている。

「姫をわたせ」

 盗賊団のリーダーらしき男が一歩を踏みだしてきた。その声は低くドスがきいているが、どこか落ち着き払っている。

 クラリスが身体をふるわせる。ルカはクラリスの前に立った。

「貴様らは何者だ」
「姫はもともと、われわれの手にわたるべきお方だ。お前が大人しく従うというのなら、危害は加えない」
「貴様らも昼間の連中の仲間か。だが、仲間たちが私の魔術で火葬されるところを見てなかったのか?」
「われわれはお前の問いに応じる気はない。さあ、命がおしくば姫をわたせ!」

 盗賊たちは剣先を光らせ、じりじりと歩みよってくる。

 ルカは歯を食いしばり、盗賊たちを素早く見わたす。ざっと十人以上はいる。しかも今は視界の悪い夜。さらに背後にはクラリスまでいる。

 ルカは首のアミュレットをはずして、小声で呪文をとなえた。盗賊たちが凶刃を光らせ、ルカに斬りかかる。

 ルカは円を描くフットワークで攻撃をさけたが、いくえもの斬撃を受けて頬や腕に浅い斬り傷を負ってしまった。

「空気を司る大天使ラズリエルよ。われに力をあたえたまえ――!」

 ルカは大喝し、右手の人差し指を盗賊たちに向けた。背後から突風がわき起こり、あたりの砂ほこりを舞いあがらせる。突風は砂吹雪すなふぶきに変わり、盗賊たちを吹き飛ばした。

 盗賊たちは吹き飛ばされながら、襲いかかる砂に顔を隠す。ルカはきびすを返してクラリスの手を引っぱった。

「クラリス殿、早くこちらへ!」

 ルカは手づなをにぎって馬に飛び乗り、右手を差し出してクラリスに騎乗をうながした。クラリスはひじを曲げて困惑していたが、ルカの手をとって馬の首にまたがった。

 少し荒い乗り方だったので馬がいなないたが、ルカが両足で馬の身体をおさえつけてそれを制した。

「手づなをしっかりとにぎって。……さあ、行きますよ!」

 ルカは勢いよく手づなを打った。


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