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  水鏡の術師 作者:ミミズ
三章 異宗の暗影
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 翌朝の七の刻。騎士団長のネヴィルは、朝早くからヴァレシア宮殿の玉座の間へ出仕した。部屋奥の玉座には、太った領主のコルネリオがあくびをしている。

「何よネヴィル。こんな朝早くに呼び出して。眠いじゃないの」

 玉座の窓から差す日光をながめながら、コルネリオがぼやく。ネヴィルは、部屋の中央にひざまずいた。

「申しわけありません。どうしてもコルネリオ様に伝えたい急用がありましたので」
「急用って何よ」

 コルネリオは女性っぽい口調でまた問うた。ネヴィルはゆっくりと頭をあげた。

「昨夜、街でちょっとした騒ぎがありました」
「騒ぎ?」
「はい。前々から調べていた神隠しの件で、ついに犯人と思われる邪教徒の人間たちが、民家に火を放ったのです」
「あら、それは大変ねえ」

 コルネリオは軽くいなしている。ネヴィルはさっと立ち上がり、両手を広げた。

「民の訴えを受けて、私は配下のドレファスに神隠しの調査を行わせておりました。すると、神隠しを行っている邪教徒たちが、五十年以上前に滅んだナザレ人の生き残りではないかという疑いが濃くなってきました」
「ナザレ人……?」

 その単語に、コルネリオの眠たげな表情が一変する。

「やつらはベージャの神隠しに目をつけて、積年の恨みをわれわれにそそぐつもりです。これを黙って見すごせば、やがて事態は大ごとになってしまいましょう」
「ネヴィルよ。あんたも抜け目ない男ねえ。まさか、民どもの訴えを信じてただなんて、あんたはほんと、騎士のかがみだわ」
「コルネリオ様、悪いご冗談はおやめください。私が民の訴えなどを妄信していないのは、コルネリオ様もおわかりでしょう? 私が気にしているのは、邪教徒たちが暴動を起こさないかという一点にすぎません」
「なるほど。あんたのおっしゃる通りだわ」

 コルネリオは二重顎にじゅうあごをたぷたぷとゆらせた。

「で、ネヴィル。あんたは私にどうさせたいの?」
「は。ドレファスの報告によると、われわれとは別に神隠しについて嗅ぎ回っている人間がいるようなので、その男にだれかを張りつかせたいと思っています」
「張りつかせるも何も、その男にナザレ人たちを捕らえさせればいいじゃないの」
「はい。それが一番手っとり早いのですが、そうすると少しまずいことになってしまうんです」
「まずいこと……?」

 ネヴィルの懸念に、コルネリオは面倒くさそうに相づちを打つ。ネヴィルは一歩踏み出した。

「神隠しを嗅ぎ回っている人間たちの中に、あのルカ殿も混ざっているようなのです」
「あのドロテニア出身の坊やが? どうして?」
「さあ。理由まではわかりませんが。……ですが、神隠しを嗅ぎ回っているフェンリルの男も、他国から流れてきた騎士だといわれています。その彼らに邪教徒を捕縛させてしまうと、少々まずくはありませんかな?」
「あら、確かにそうねえ。じゃ、だれを向かわせるの? ドレファスかしら?」
「いえ。パトリックが適任かと」
「……パトリック? あの間抜けじゃ、すぐドロテニアの坊やに出し抜かれちゃうわよ」

 コルネリオは露骨に嫌な顔をする。ネヴィルはその左端にそっと近づいて、コルネリオの耳もとにささやいた。すると、コルネリオの険しい表情がとたんに明るくなった。

「それは妙案ね。あんたの好きになさい」
「お聞きとげいただいて、ありがとうございます」

 ネヴィルもまた、含みのある笑いをコルネリオに向けた。




 それから数刻後、ルカはブランデンの大通りにいた。目の前には、炭と灰に成り果ててしまった家々がきな臭さを放っていた。

「明るいときに改めて見てみますと、ほんとうにひどい状態ですわ」

 かたわらのクラリスは、ルカの袖を強くにぎりしめている。その顔は青白く引きつっている。

 ルカは焼き払われた家屋を見上げて、目を細めた。

「話には聞いてたが、アニミズムがあそこまで異常な連中だったとはな。予想外だ」
「アニミズムの方々は魔王キマリス様とおっしゃってましたが、ほんとうに魔王様を召喚されるおつもりなのでしょうか」
「邪魔者に平気で火を放つ連中だからな。実は冗談でした、では済まないだろうな」

 ルカの現実的な言葉に、クラリスは唇をなお青くした。

 そのとなりで、サイードが大きなあくびをもらした。

「そんなこたア、どっちだっていいだろ。それより、やつらの居場所を突き止めるのが先だぜ」
「そんなこと、貴様に言われるまでもない。だが、肝心の手がかりがなければ、われわれは動きようがないぞ。貴様は、何か有力な手がかりを持ってないのか?」

 ルカはサイードをきつくにらめつけたが、サイードは頭の後ろに手を組んで、のんきに口笛を吹いていた。

「それを、俺に聞くかねえ」
「あたり前だ。だって、貴様はやつらのアジトのいくつかを叩いたんだろ? ならば、叩いたアジトから何か、やつらの居場所を突き止める有力な手がかりが見つかるはずだ」
「その、有力な手がかりとやらを食いつないで、俺は今ここにいるんだがねえ」
「なら、貴様は農奴のうどの幼女ひとりを助けてやれない、ただの甲斐性なしだった、ということか」

 そのひと言に、サイードの眉間がぴくりと動いた。

「このチキン野郎がア……。アニミズムの連中よりも、先にてめえを蒸し焼きにしてやろうか」
「……その、チキン野郎というのは私のことか?」
「ああ、そうだ」

 真顔でうなずくサイードを見て、かたわらのクラリスがくすくすと笑っていた。だが、ルカがすぐにらむと、クラリスは気まずい顔をして大人しくなってしまった。

(こんなふざけたやつと、力なんて合わせられるものか)

 ルカは、未知の生物というべき巨漢に背を向けて、とても腹立たしく思った。サイードの無計画さと無意味な行動の数々は、繊細せんさいなルカにとってとても受け入れられるものではなかった。

 ルカとサイードがともに険悪な面持ちで会話をしなくなってしまったから、クラリスはひとり、おろおろと対応に困っていた。そのクラリスに、別の声がかかった。

「ああ……。クラリスさん!」

 人垣をかき分けてきたのは、頭に包帯を巻いたパトリックだった。パトリックは息を切らせながら、ルカとクラリスの前へとやってきた。

 クラリスはすぐに頭を下げて、パトリックに挨拶あいさつした。

「パトリック様、おはようございます。頭のお怪我けがは、もうよろしいのですか?」
「あ、はい。まだ完治したわけではありませんが、動き回る程度なら、別に問題ありません」

 言いながら、パトリックは後頭部を勢いよく叩く。すると、すぐにうめき声を出して、パトリックはかた膝をついてしまった。

 クラリスは慌ててパトリックの身体を支えた。

「パトリック様! だいじょうぶですか」
「え、ええ。すみません」

 パトリックはいつもの頼りない様子で痛がっていた。

 そのパトリックを、ルカは冷然と見下ろした。ルカの背中は逆光を受けて、パトリックの身体を日光から遮断した。

「パトリック殿。こんな朝早くからどうされたのですか? ヴァレシア伯から命でも受けて、昨日のぼや騒ぎの収拾に参られたのですか」
「……はい」

 パトリックはルカを見上げてから、すぐに視線をそらしていた。それから、しばらく次の言葉を出さなかった。

「ルカさん! 私も神隠しの調査を同行させてください!」
「ええ。それは別にかまいませんが。……どうしてあなたが、神隠しの件をご存知なのですか?」

 ルカの鋭い問いに、パトリックはすぐに閉口する。その様子は、まるで罪を犯した犯罪人のようだった。

 パトリックの額を、ひと筋の汗が伝った。

「……農奴のうどたちの神隠しについては、私たちヴァレシアでも問題になってるのです。なので、昨夜にコルネリオ様から密命を受けて、ルカ殿のサポートにまわるよう指示をいただいたのです」
「なるほど。そういうわけならば、こちらからもご助力をお願いしたい。パトリック殿、頭のお怪我にひびくと思いますが、よろしくお願いします」
「は、はい。お願いします」

 パトリックはおどおどしながら頭を下げていた。が、ルカは別段咎めずに、すぐに背を向けた。パトリックの挙動不審な様子よりも、周囲の人だかりの方がわずらわしいと、ルカは思った。


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