ルカは馬車の扉を押し開けた。
中でたたずんでいたのは、白のウェディングドレスで着飾った女性。純白のドレスに身を包み、うすいヴェールを頭にかぶった姿は、花嫁以外の何者でもない。
純白の花嫁は小刻みに身体をふるわせている。ルカは両手を合わせて、浅くおじぎした。
「突然に脅かして申しわけありません。私はクレアモンド卿の命によって、あなた様の救助にまいった者です」
「まあ! それでは、あなたがクレアの言ってた使者のお方なのですか」
――クレア?
声をあげて喜ぶ花嫁にルカは身体を固まらせるが、すぐに花嫁の白い手をとり、馬車から飛び降りた。
「ここは危険です。私のことは後でゆっくりとお話しますので、ひとまず私を信じてついてきてもらえますか」
ルカの言葉に花嫁がうなずく。ドレスの長い裾が地面をひきずり、きれいな裾に砂がたくさんついた。
「そこの赤いの。ちょっと待てや」
盗賊の頭の声に、手下たちが一斉に顔をあげる。ルカは舌打ちして、花嫁を背後に隠した。
「その女はだれだ」
盗賊の頭はへらへらとうすら笑いを浮かべながら、ルカに近づいてくる。荷馬車の上をはいずり回っていた三下たちも、気持ちの悪い含み笑いをうかべながら包囲してきた。
ルカの背中に花嫁のふるえが伝わってくる。盗賊の頭が木の棒をふり下ろし、岩場の地面を叩いた。
「この赤ローブがッ! 聞いてンのか。その女をどこへ連れてくつもりだ」
「私は馬車の中の要人を助けろと言われたから、その通りに仕事してるだけだ。貴様たちの役目は荷馬車の襲撃と強奪であって、彼女のことは関係ないだろう」
ルカはきつくにらんだが、盗賊たちは一歩も下がらない。口から涎を垂らす者すらいた。
「お頭! べっぴんの花嫁ですぜ」
「おう。あれも当然、お宝の一部だぜ」
盗賊の頭は手下たちをなだめながら、右手で顎を軽くさすった。へらへらとしていた表情ががらりと変わる。
ルカは膝を曲げて、腰を少し落とした。
「貴様ら、命令にそむくつもりか。依頼主にばれたら、貴様らはクリスティーアにいられなくなるぞ」
「あー? 今何っつった? ぼそぼそと小さい声でいわれてもわからんなァ――!」
盗賊の頭は右の耳に手をあてて、耳を澄ます仕草をした。まわりの三下たちが一気に哄笑した。
盗賊の頭があざ笑った。
「まぁ、お前が『どうかお命だけはお見逃しを~』とか言うんだったら、見逃してやってもいいぞ。身ぐるみを全部はいで、さらにうしろの女までみついだらの話だがな」
「お頭ァ! 貴族がつけているかざりで、領地がひとつ買えちまうって話だろ? 今日で俺たちゃ貴族の仲間入りよ」
盗賊たちは哄笑しながら、一歩ずつ間合いをつめてくる。ルカは首もとに手をあてて、ため息をついた。
「貴様らこそ死にたくなかったら、とるものをとってさっさと帰るんだな。私に刃向かえば命の保障はできんぞ」
「……てめえは、さっきから鼻につくやつで気に入らなかったんだ。もうゆるさねェ! おい、てめえら。こいつをぶっ殺すぞ!」
頭の怒声を皮切りに、盗賊たちが一斉に木の棒をふりあげた。
ルカは左手で花嫁の胸を押してつき飛ばす。首にぶら下げているヘキサグラムを形どったアミュレットを鎖から外して、右手にくるんだ。
「そこの岩かげに隠れていろ!」
ルカが叫ぶのと同時に盗賊のひとりが飛びかかってきた。ふり下ろされた棒っきれを、ルカは胸をそらしてかわした。
ルカは地面を蹴って左へ飛ぶ。盗賊たちはへらへらと笑いながら、ルカの後を追う。
「こいつ、なかなか素早いぞ。油断するな!」
盗賊の頭の檄を背に、手下たちが打撃を加えてくる。殺意のこめた一撃に、ルカの背筋が凍りつく。
「へん、腰にぶら下げた剣はかざりかよッ。ほらほらァ、さっさとしねぇと頭をかち割っちまうゼ!」
盗賊たちは三人で同時に飛びかかり、ルカが踏んでいた地面をくだいた。
「おい、雑魚ひとりを相手に何してンだ。さっさと殺せ!」
頭の声に手下たちの表情が変わる。彼らの顔からうすら笑いがなくなり、真剣な眼差しでルカを追ってきた。
「やっと本気になったか。ならば、私もこうしてはおれんな」
ルカは飛びついてきた盗賊の打撃を紙一重でかわし、男の腕をつかんだ。
「アダラ、ガラマ、ゾルデ……」
ルカが小言をつぶやいた瞬間、つかんだ左手から突如として赤い炎が燃えあがった――!
「ぎょえェェェ! 何だこれは!」
着火された盗賊は奇声をあげながら、右手をぶんぶんとふるう。炎は激しさを増し、彼のぼろぼろの服に燃えうつっていく。
「ぎゃあァァ! やめ……あ、あちィィ!」
手下が紅蓮の炎につつまれる。しばらくして炎が引き、黒こげに変わりはてた仲間を見て、他の盗賊たちの顔色が変わった。
ルカが一歩を踏み出した。
「炎は大天使メーメルが司る攻撃的元素。その壮烈な力から逃げることはできん」
「大天……メ……?」
「大天使メーメルは、クレシダ大陸で深く信仰されてるミシャル教の天使だ。まあ、貧しい異民族の貴様らに語っても意味はないが」
ルカはうすく笑いながら、盗賊たちにまた一歩近づく。盗賊たちが顔をひきつらせて後ずさりした。
「ば、ばか野郎! 相手はひとりだぞ。びびってないでさっさと殺せ!」
「だってお頭! こいつ、妙な妖術を使いやがるんですよ。やばいですって!」
「そうッスよ! こいつはきっと、魔界ペスタからやってきた使い魔なんだァ! 関わンねぇ方がいいですって」
三下たちは混乱しているが、盗賊の頭は青い顔をしながらも懸命に指示をあたえていた。盗賊たちは歯を食いしばって、必死の体当たりをしてきた。
ルカは目を光らせて、右手のアミュレットをつき出した。
「素直に尻尾を巻いて逃げればいいものを。痴れ者め」
ルカはしゃがみ、アミュレットを地面にすりつける。ぶつぶつと小声で呪文をとなえた。
盗賊たちのまわりを白く大きな円が囲む。白い輪っかは、地面におちるとペンダグラムを浮かび上がらせて、地面から津波のように炎が舞いあがった。
巨大な炎の柱は盗賊たちを飲みこみ、轟然と空を焦がす。しばらくして火の勢いがおさまったとき、盗賊たちの身体は黒い炭にかわってぼろぼろにくずれた。
ルカは焼死した反逆者たちを見て、にやりと笑った。
「キャァ!」
盗賊たちを焼いてひと息をついたとき、後ろから女性の叫び声が聞こえた。ルカはすぐに岩場のむこうを見やった。視線の先には、指示通りに岩かげに隠れていた花嫁と、その白い手を強引に引く盗賊のお頭がいた。
「いやっ! 離して」
「うるせぇ! てめえは俺の女になるンだよ」
盗賊のお頭は必死の表情でさけぶ。しかし、あの炎の柱からどうやって逃げのびたのだろうか。ルカはしばらくぼう然とした。
ルカは右手を動かして、アミュレットで文字を描いた。アミュレットは銀色の光を出して、Zに似た記号を宙に浮かびあがらせた。
「リストレイン」
発声とともに文字が消えて、盗賊のお頭を銀の円が囲んだ。
「ギャ! 何だこれは!?」
銀の細い輪は盗賊の頭の二の腕ごとしばり、筋肉のきしむ音と黒い血を流させる。花嫁は足もとでもがき苦しむ男の姿に、口を両手で押さえた。
ルカは大またで歩みより、お頭の腹を蹴とばした。
「た、頼む! 命だけは見逃してくれ」
お頭は虫のように足をばたつかせながら後ずさりする。ルカは冷然と見下ろした。
「貴様、今日のことをだれに命じられた」
「な、何っ……?」
「こたびの依頼を、だれから聞いたんだと言ってるんだ」
盗賊たちの手慣れた様子と統率のとれた動き。どちらも目を見張るものがあった。そんな一団のリーダーが、こんな情けない男なのだろうか。
「……モ、モードレットだよ」
「モードレットだと? だれだ、そいつは」
言ってから、ルカはお頭のわき腹を蹴とばした。お頭は汚い悲鳴をあげた。
「だ、だめだ! これ以上しゃべっちまったら俺は殺されちまう!」
お頭は目が血走り、さらに銀の円によってしばられた両腕も黒く変色している。放っておいても、やがて死ぬだろう。
「貴様をしばるその輪っかは、貴様の身体を引きちぎるまでしばり続ける。だが、正直に全てをはいたら、貴様の命は助けてやってもいいぞ」
あざ笑うルカを見て、盗賊の頭が目を剥く。首をぐるぐると回して、まっ赤な顔で叫んだ。
「サ、サンタレムのモードレットだ! ここまで言えばいいだろ? な、頼む!」
お頭はしめ付つがきつくなる輪っかに苦しみ、身体を転がせてもだえた。ルカは彼の顔を踏みつぶした。
「私は他国の人間なのでな、そのような端的な説明ではわからんのだ。モードレットとは何者だ」
「だめだ、これ以上はいえねぇ! あんたの前には絶対に姿を見せねぇから、頼むよ! 見逃してくれよォ!」
「そうか。そこまで言うのなら、見逃してやらんでもない」
ルカは消沈し、小指の先ほどの火の粉を落とした。火の粉はゆっくりとお頭の腹へ落ち、ぼっと音を立てて燃え上がった。
盗賊のお頭は獄炎につつまれて絶叫する。初めて耳にする阿鼻叫喚に、花嫁は力なく倒れた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。