砦をかこんでいるヴァレシア兵たちが、一斉にかがり火を降ろしていく。火は藁の上に乗るとすぐに燃え広がって、古ぼけた砦を火の海に沈めていく。
砦の四方を燃やす炎は、ゆるやかな風にどんどん勢いを増す。それはやがて黒く毒々しい煙を舞い上がらせて、砦の上の見はり台までつつみはじめた。
「な、何だ!?」
見はり台にやってきた盗賊のひとりが、円形の窓から入ってくる煙に奇声をあげる。だが、煙は視界をことごとくさえぎって、彼らを余計に混乱させていた。
「か、火事だぞ!」
外の異変に気づいた盗賊たちは、ぞろぞろと砦の門から出てくる。そして、壁の外を燃やす大きな炎に、彼らはいよいよ狼狽していた。
「いけえ! 総員突撃ィ!」
そこへネヴィルの檄が飛び、ヴァレシア兵団が雪崩のように砦へと押しよせる。兵団は、無用心に開けられた門から次々と中へ入り、砦の中が戦場に変わる。
いきなりの一斉攻撃に盗賊たちは混乱し、ヴァレシア兵たちの突くスピアに貫かれ、またはたくさんの矢に射られて、戦場は阿鼻叫喚と化した。
「ちきしょー! ヴァレシアの連中め。不意打ちたァ卑怯じゃねぇかよ!」
黒い肌をしたモードレットは足をよろめかせながら、ほうほうのていで門から出てきた。だが、彼もかなり慌てていたのか、左右の手には何も得物をにぎっていない。
モードレットは日に焼けた額に青筋をうかびあがらせながら、門をにらんで蹴りつけていた。
「はっはっは。久しぶりだな」
突然の高笑いに、モードレットは鋭い剣幕でふり向く。そして、馬上の赤いローブ姿を見て、髪の毛を逆立てた。
「てめえはこの間の……。この奇襲はてめえの仕業か!?」
「おや、聡明なモードレット様も、突然の奇襲を受けたら動揺してしまうようだな。はるか南方出身の私が、ヴァレシアの兵を指揮できるわけがなかろう」
「んだとゥ! じゃあてめえは何をしに、こんな田舎まできやがったってンだ!?」
顔中に汗を流すモードレットを見つめて、ルカはうすく笑った。それから静かに馬を降りて、モードレットと対面した。
「貴様を笑いにきた」
「……はっ?」
「私は長い旅に退屈していてな。退屈しのぎの娯楽を探してたんだ」
すると、モードレットは閉口し、大きな両肩をぶるぶるとふるわせる。ルカはにやりとした。
「そうしたら何だ。ここヴァレシアで、旧友の君が活躍してるそうじゃないか。そうだとわかったら、もう、いてもたってもいられなくなってな。こうしてわざわざ、兵とともに足を運んできてやった、ということだ」
ルカが言い終わったところに、ひとりの兵がモードレットを背後から襲いかかった。彼は鋭く尖ったスピアの穂先を光らせて、モードレットをひと突きにせんと突撃した。
その穂先が背中にあたる直前で、モードレットは身をひるがえして、兵の突撃をかわす。モードレットはすぐに右手でスピアをにぎり、兵の鼻に強烈な裏拳をかました。
「……今日という今日は、ゆるしちゃおけねぇ! 赤ローブ! てめえは今日ここで、俺様がぶッ殺してやるッ!」
モードレットは怒り、兵から奪ったスピアで突撃してきた――! ルカは背後の従者を制すると、軽やかなステップで後退した。ルカは首を左右に動かして、モードレットの果敢な突きをかわす。
「ラルバ・ヒュナダ・サフォア……」
ルカは首もとのアミュレットを右手につつみながら、静かに呪文をとなえた。そして、六芒星のアミュレットを、ゆっくりと左から右へ移動させた。アミュレットは銀色の尾をのばして、ルカの眼前にきれいな線を描く。
宙に浮かんだ線は三つの球体へ集約されて、それはやがてまっ赤な火の玉へと変化する。火の玉は上下をゆらゆらと変則的に動きながら、モードレットの頭めがけて飛んでいった。
「チィ! こざかしい!」
モードレットは火の玉を見るや、すぐに黒のベストを脱いで、それを前へ放った。ルカの召喚した火の玉は、すべて囮のベストに飛びかかってしまった。
モードレットは深呼吸をすると腰を下げ、ルカを左から襲撃した。モードレットの突いたスピアの穂先が、ルカの頬をかすめる。
(こいつ、なかなかやるな……!)
ルカはすぐに後退すると腰のパラッシュを抜いて、こちらへと飛びこんでくるモードレットを迎えうつ。ルカは、背後でおろおろするヴァレシアの従者たちを置き去って、モードレットといくどか刃を交差させた。
ルカの身体のまわりを、四つの火の玉が輪舞する。それらは火の粉を吹きながら、左側へと逃げていくモードレットをめがけて、ゆっくりと追尾しはじめる。
「こなくそ!」
モードレットは器用に上体をくねらせたりして、火の玉たちをうまくかわす。その必死な姿に、ルカはあざ笑った。
「ほら、さっきの威勢はどうした? 早く逃げないと黒こげになってしまうぞ」
「うるせぇ!」
モードレットは地面に唾を吐いて、それから右手ににぎるスピアを投げ捨てた。
「ほんとうならてめえを刺し殺してやるところだが、俺様はてめえみてぇに暇じゃないんでな。そろそろズラからせてもらうゼ!」
言い終わると、モードレットは右手の親指とひとさし指を口に入れて、口笛を吹いた。
すると、ルカの踏む地面がとたんに暗くなった。それらは大きな翼を広げて、燃える砦の周囲を暗雲のように暗くする。
(これは、とんでもない瘴気だ……!)
上空を飛来する暗雲たちから、暑苦しい空気が舞い降りてくる。そのひどくゆがんだ瘴気はルカの両手足にまとわりついて、動きを拘束しにかかってきた。
「な、何だあれは……!」
意気揚々としていた兵士たちから、どよめきの声があがる。ヴァレシア兵たちは戦うことを忘れて、しばし上空にひびく、おぞましい鳴き声に唖然としていた。
「怪鳥ロックだ!」
その一声を皮切りに、三体のロックたちが落下してきた――! 鷲の二倍以上もあるロックたちは、その巨大な両足を広げて地面へと急降下してくる。
それらの攻撃で戦場が急変した。先ほどまで勝利を確信していたヴァレシア兵団は、怪鳥ロックの猛攻になすすべなく逃げまどう。
「落ち着け! やつらは、図体がでかいだけの無能な連中だ! やつらが着地したときを狙うんだ!」
ネヴィルは顔をまっ赤にしながら叫んでいたが、混乱する兵士たちには届かない。歩兵たちはみなスピアを捨てて、ロックの巨体から逃げるばかりだった。
「ハーッハッハッハ! どうだ、赤ローブ! てめえが自信満々で連れてきた兵団も、俺が手塩にかけて育てたロックたちにゃ敵わねぇようだな! ハハッ! 無駄な努力でご愁傷様だゼ」
モードレットは、ロックたちの巨大な鉤爪に捕まれている兵士たちをながめて、高らかに笑っていた。
ルカは地面に転がるボウガンを拾って、手前のロックに放った。ボウガンの矢は一直線に飛ぶと、一匹のロックの腹につきささった。
すると、ロックは太い首をまわして、ぎょろっとルカをにらみつけた。そのまっ赤な目は血走っていて、にらまれただけで背筋が凍えてしまいそうだった。
ロックは怒りの雄叫びをあげて、砦をつつめそうな二枚の翼を広げた。その羽ばたきで、地面の砂がたくさん舞い上がる。
それから鋭い速さで飛び上がると、ルカ目がけて急降下をしてきた――!
(まずい……!)
ルカはとっさに横に飛び、直撃をさけた。が、ロックの巨体が突風を生み、ルカは数歩後ろまで飛ばされてしまった。
怒り狂うロックは足を地面にめり込ませると、また首を動かしてルカを補足しにかかる。そして、ぎょろっと凝視するとまた飛来し、再度の体当たりをしてきた。
「リストレイン――!」
ルカはまた後ろに飛ばされるも、地面に手をついて着地する。そして、右手ににぎるアミュレットをまわして、白銀の聖印を描いた。発声の直後、太い銀色の輪っかがいくえにもあらわれて、ロックの巨体を絞め上げる。
リストレインの輪に悶えるロックを無視して、ルカは間髪入れずに聖印を描いていく。ルカは矢のシジルを何度も描いて、両手に持ちきれないほどの矢を召喚した。
「くたばれ、害鳥!」
ルカはたくさんの矢の羽を持って構えると、それらを一斉に放った。光の矢は拘束されるロックを目がけて一直線に飛び、その巨大な腹や翼に無惨に突き刺さる。
ロックの一匹は、悲痛な叫び声をあげて絶命した。
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