ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  水鏡の術師 作者:ミミズ
三章 異宗の暗影
11
 砦をかこんでいるヴァレシア兵たちが、一斉にかがり火を降ろしていく。火はわらの上に乗るとすぐに燃え広がって、古ぼけた砦を火の海に沈めていく。

 砦の四方を燃やす炎は、ゆるやかな風にどんどん勢いを増す。それはやがて黒く毒々しい煙を舞い上がらせて、砦の上の見はり台までつつみはじめた。

「な、何だ!?」

 見はり台にやってきた盗賊のひとりが、円形の窓から入ってくる煙に奇声をあげる。だが、煙は視界をことごとくさえぎって、彼らを余計に混乱させていた。

「か、火事だぞ!」

 外の異変に気づいた盗賊たちは、ぞろぞろと砦の門から出てくる。そして、かべの外を燃やす大きな炎に、彼らはいよいよ狼狽ろうばいしていた。

「いけえ! 総員突撃ィ!」

 そこへネヴィルのげきが飛び、ヴァレシア兵団が雪崩なだれのように砦へと押しよせる。兵団は、無用心に開けられた門から次々と中へ入り、砦の中が戦場に変わる。

 いきなりの一斉攻撃に盗賊たちは混乱し、ヴァレシア兵たちの突くスピアに貫かれ、またはたくさんの矢に射られて、戦場は阿鼻叫喚あびきょうかんと化した。

「ちきしょー! ヴァレシアの連中め。不意打ちたァ卑怯ひきょうじゃねぇかよ!」

 黒い肌をしたモードレットは足をよろめかせながら、ほうほうのていで門から出てきた。だが、彼もかなり慌てていたのか、左右の手には何も得物をにぎっていない。

 モードレットは日に焼けた額に青筋をうかびあがらせながら、門をにらんで蹴りつけていた。

「はっはっは。久しぶりだな」

 突然の高笑いに、モードレットは鋭い剣幕でふり向く。そして、馬上の赤いローブ姿を見て、髪の毛を逆立てた。

「てめえはこの間の……。この奇襲はてめえの仕業か!?」
「おや、聡明なモードレット様も、突然の奇襲を受けたら動揺してしまうようだな。はるか南方出身の私が、ヴァレシアの兵を指揮できるわけがなかろう」
「んだとゥ! じゃあてめえは何をしに、こんな田舎まできやがったってンだ!?」

 顔中に汗を流すモードレットを見つめて、ルカはうすく笑った。それから静かに馬を降りて、モードレットと対面した。

「貴様を笑いにきた」
「……はっ?」
「私は長い旅に退屈していてな。退屈しのぎの娯楽を探してたんだ」

 すると、モードレットは閉口し、大きな両肩をぶるぶるとふるわせる。ルカはにやりとした。

「そうしたら何だ。ここヴァレシアで、旧友の君が活躍してるそうじゃないか。そうだとわかったら、もう、いてもたってもいられなくなってな。こうしてわざわざ、兵とともに足を運んできてやった、ということだ」

 ルカが言い終わったところに、ひとりの兵がモードレットを背後から襲いかかった。彼は鋭く尖ったスピアの穂先を光らせて、モードレットをひと突きにせんと突撃した。

 その穂先が背中にあたる直前で、モードレットは身をひるがえして、兵の突撃をかわす。モードレットはすぐに右手でスピアをにぎり、兵の鼻に強烈な裏拳をかました。

「……今日という今日は、ゆるしちゃおけねぇ! 赤ローブ! てめえは今日ここで、俺様がぶッ殺してやるッ!」

 モードレットは怒り、兵から奪ったスピアで突撃してきた――! ルカは背後の従者を制すると、軽やかなステップで後退した。ルカは首を左右に動かして、モードレットの果敢な突きをかわす。

「ラルバ・ヒュナダ・サフォア……」

 ルカは首もとのアミュレットを右手につつみながら、静かに呪文をとなえた。そして、六芒星ろくぼうせいのアミュレットを、ゆっくりと左から右へ移動させた。アミュレットは銀色の尾をのばして、ルカの眼前にきれいな線を描く。

 宙に浮かんだ線は三つの球体へ集約されて、それはやがてまっ赤な火の玉へと変化する。火の玉は上下をゆらゆらと変則的に動きながら、モードレットの頭めがけて飛んでいった。

「チィ! こざかしい!」

 モードレットは火の玉を見るや、すぐに黒のベストを脱いで、それを前へ放った。ルカの召喚した火の玉は、すべておとりのベストに飛びかかってしまった。

 モードレットは深呼吸をすると腰を下げ、ルカを左から襲撃した。モードレットの突いたスピアの穂先が、ルカの頬をかすめる。

(こいつ、なかなかやるな……!)

 ルカはすぐに後退すると腰のパラッシュを抜いて、こちらへと飛びこんでくるモードレットを迎えうつ。ルカは、背後でおろおろするヴァレシアの従者たちを置き去って、モードレットといくどか刃を交差させた。




 ルカの身体のまわりを、四つの火の玉が輪舞する。それらは火の粉を吹きながら、左側へと逃げていくモードレットをめがけて、ゆっくりと追尾しはじめる。

「こなくそ!」

 モードレットは器用に上体をくねらせたりして、火の玉たちをうまくかわす。その必死な姿に、ルカはあざ笑った。

「ほら、さっきの威勢はどうした? 早く逃げないと黒こげになってしまうぞ」
「うるせぇ!」

 モードレットは地面につばを吐いて、それから右手ににぎるスピアを投げ捨てた。

「ほんとうならてめえを刺し殺してやるところだが、俺様はてめえみてぇに暇じゃないんでな。そろそろズラからせてもらうゼ!」

 言い終わると、モードレットは右手の親指とひとさし指を口に入れて、口笛を吹いた。

 すると、ルカの踏む地面がとたんに暗くなった。それらは大きな翼を広げて、燃える砦の周囲を暗雲のように暗くする。

(これは、とんでもない瘴気しょうきだ……!)

 上空を飛来する暗雲たちから、暑苦しい空気が舞い降りてくる。そのひどくゆがんだ瘴気はルカの両手足にまとわりついて、動きを拘束しにかかってきた。

「な、何だあれは……!」

 意気揚々としていた兵士たちから、どよめきの声があがる。ヴァレシア兵たちは戦うことを忘れて、しばし上空にひびく、おぞましい鳴き声に唖然としていた。

「怪鳥ロックだ!」

 その一声を皮切りに、三体のロックたちが落下してきた――! わしの二倍以上もあるロックたちは、その巨大な両足を広げて地面へと急降下してくる。

 それらの攻撃で戦場が急変した。先ほどまで勝利を確信していたヴァレシア兵団は、怪鳥ロックの猛攻になすすべなく逃げまどう。

「落ち着け! やつらは、図体がでかいだけの無能な連中だ! やつらが着地したときを狙うんだ!」

 ネヴィルは顔をまっ赤にしながら叫んでいたが、混乱する兵士たちには届かない。歩兵たちはみなスピアを捨てて、ロックの巨体から逃げるばかりだった。

「ハーッハッハッハ! どうだ、赤ローブ! てめえが自信満々で連れてきた兵団も、俺が手塩にかけて育てたロックたちにゃ敵わねぇようだな! ハハッ! 無駄な努力でご愁傷様だゼ」

 モードレットは、ロックたちの巨大な鉤爪かぎづめに捕まれている兵士たちをながめて、高らかに笑っていた。

 ルカは地面に転がるボウガンを拾って、手前のロックに放った。ボウガンの矢は一直線に飛ぶと、一匹のロックの腹につきささった。

 すると、ロックは太い首をまわして、ぎょろっとルカをにらみつけた。そのまっ赤な目は血走っていて、にらまれただけで背筋が凍えてしまいそうだった。

 ロックは怒りの雄叫びをあげて、砦をつつめそうな二枚の翼を広げた。その羽ばたきで、地面の砂がたくさん舞い上がる。

 それから鋭い速さで飛び上がると、ルカ目がけて急降下をしてきた――!

(まずい……!)

 ルカはとっさに横に飛び、直撃をさけた。が、ロックの巨体が突風を生み、ルカは数歩後ろまで飛ばされてしまった。

 怒り狂うロックは足を地面にめり込ませると、また首を動かしてルカを補足しにかかる。そして、ぎょろっと凝視するとまた飛来し、再度の体当たりをしてきた。

「リストレイン――!」

 ルカはまた後ろに飛ばされるも、地面に手をついて着地する。そして、右手ににぎるアミュレットをまわして、白銀の聖印を描いた。発声の直後、太い銀色の輪っかがいくえにもあらわれて、ロックの巨体を絞め上げる。

 リストレインの輪に悶えるロックを無視して、ルカは間髪入れずに聖印を描いていく。ルカは矢のシジルを何度も描いて、両手に持ちきれないほどの矢を召喚した。

「くたばれ、害鳥!」

 ルカはたくさんの矢の羽を持って構えると、それらを一斉に放った。光の矢は拘束されるロックを目がけて一直線に飛び、その巨大な腹や翼に無惨に突き刺さる。

 ロックの一匹は、悲痛な叫び声をあげて絶命した。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。