ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  水鏡の術師 作者:ミミズ
2章 死霊の騎士
22話 切なる願い
「アルド、エルオーヒーム、ヘイエー、イーヘイエー、アーシェ、エルシェーア、イーヘイエー……」

 月夜の晩。屋敷の窓から廊下ろうかに月のあわい光が差しこんでいる。その先の光のあたらない奥から、何やら不気味な声が鳴りひびく。

 男の発する呪文はたんたんと無感情にとなえられて、人の感情を少しも感じさせない。昔から今日まで憎んできたアイツに対する怒りの感情も、死霊の騎士の呪いに怖がっている人たちをあざ笑う皮肉の色も……。呪文は、屋敷のあやしい地下室からえんえんと、そして恐々ととなえられていた。

「……われは、なんじあるじアンドロマリスの許可をえて汝に厳命する。われは汝デュラハンを呼び起こさんことを欲す。汝、すみやかにわが足もとにひざまずき、汝が忠義を示したまえ。雄大なるペスタの創造主の威光いこうにかけて」

 男のたんたんとしながらもどこか力強い声に、足もとのロウソクの火がゆれる。男が呪文をとなえるその地下のひと部屋には、鉄の全身鎧やガーゴイルの石像が置かれて、不気味なふんいきをかもし出している。今にも幽霊や悪魔たちが出てきそうだった。

 それに拍車をかけるように、カビ臭い床の上に白星はくせいのヘプタグラム(七芒星)が描かれている。その魔法円は暗闇のなかを銀色に光らせていて、まるで魔界ペスタへの入り口のようだ。円のまわりにはロウソクが何本も立てられて、てっぺんを赤紫色の火がついていた。

 呪師じゅしは呪文を言い終えると、その無感情な声を止めた。魔界ペスタの住人に復讐ふくしゅうを願う男は、両腕を真横に広げて天井を見上げ、全身全霊で悪霊に願いをこめる。それから、目の前にうっすらと気配を感じて、彼はゆっくりと腕を下ろした。

 すると、東向きに描かれた正三角形の魔法円の上の暗闇から、かつかつと馬蹄ばていのたてる音が聞こえてきた。その主は真紅のマントをなびかせて、右手には銀色の処刑刀を光らせ、人外の瘴気しょうきを発して呪師を威圧する。だが、首なしの凶馬コシュタ・バワーは、呪師のするどい眼光に圧倒されて、頭のない首の先から、どこからともなくいなないた。

「待て!」

 しばらくして、ロウソクを持ったルカたちが足音を立てながら地下室へと入った。ルカのうしろにはクラリスやブラモアをはじめ、アゼルに執事のアラン、そして頭を怪我けがしたグレースと、さらに好色男のモリアンスまでいる。ルカをのぞいた人たちは、呪師の奥に姿をあらわした首なしのデュラハンを見て、そろって絶句した。

「遅かったですね」

 ルカたちに正体をつき止められた呪師は、ふり向きもせずにヘプタグラムの上にたたずんでいる。もはや正体がばれたことなんて、どうでもいい感じだった。

 その太々しい様子に、ルカは歯ぎしりした。

「まさか、あなたが犯人だったとは……マルク殿」

 ルカのするどい声に、ほんもののデュラハンを従えたマルクが悠然とふり向く。だが、一連の事件の黒幕だったマルクの表情は、普段とほとんど大差がない。少し自嘲じちょうしているようにも見えるが、マルクのその顔はルカ以上に表情がなかった。

 マルクもまたルカをするどくにらめかえして、それから小さくため息をついた。

「ルカ殿。あなたには失望しましたよ。聡明なあなただったら、もう少し早く私のところへ来てくれると思ってたんですが……。どうやら、それは私の買いかぶりだったようですね」
「それは私とて同じことだ。……私はあなたが真剣に魔女討伐を願ってたからこそ、精霊召喚の儀式の方法を教え、白星の砂を貸しあたえたのだ。そんな私の気まぐれが、まさか一家虐殺のかた棒をかつぐことになるとはな」

 ルカは苦々しく言った。そして、静かだが凶悪な反意をあらわすマルクに、毅然きぜんと一歩をふみ出した。

「……以前からオルフェリンの一族に殺意をもっていたあなたは、遺産の三等分という隠れみのを着て、たんたんと兄弟たちのすきをうかがっていた。そこへ、強欲な叔父おじのモーリスが遺産の強奪をねらい、ノコノコと死霊の騎士のうわさをたて始めた。モーリスのそのしつこい嫌がらせに、遺産を相続した兄弟たちはそろって激怒したが、その裏であなたは今回の殺害計画をたてていった」

 ルカは強弱のない口調でしゃべるが、それを聞いてもマルクは表情ひとつ変えない。ルカは言下に続けた。

「あなたは、魔術を好むアゼル殿が六星魔術ろくせいまじゅつの書のゲーティアを持っていることを、前々から知っていた。それから、デュラハンがゲーティアから召喚される精霊だということも、アゼル殿から聞かされていた。……あなたはおりを見てたなからゲーティアを盗み出し、来たる日にそなえた。だが、ここで問題が発生する」
「問題ですか?」

 ルカの背後で固唾かたずを飲むクラリスが、不意にルカを問うた。その声にルカはチラッとクラリスの目を見た。

「ゲーティアを盗んだのはいいが、マルク殿は精霊の召喚方法がわからなかったのだ。でも、それは当然だ。精霊召喚の儀式なんて、魔術を知らない人間がそう簡単に行えるものではないからな」
「精霊召喚の儀式って、そんなに難しいのですか?」
「では聞くが、私が魔女の幻術を解くときに行ったアレをやれと言って、君はできるか?」
「……いえ、できませんわ」

 ルカの手早い反論を受けて、クラリスはぐったりとうなだれた。

「アルマデールやゲーティアのような上等で格式の高いグリモワに、精霊召喚の細かい手法なんて書かれていない。ゲーティアみたいな高度なグリモワを必要とするのは、私のような魔術師しかいないんだからな。それに、闇から出まわる邪術じゃじゅつの類のグリモワが、万人向けに書かれるわけがない。そこでマルク殿はブラモア殿に命じて、魔術師を探させたんだ」

 ルカにいきなり名前を出されて、ブラモアも神妙な面持ちで静かに驚いた。

「マルク様の指示の裏に、そのような意図がふくまれていただなんて。私は気づきもしませんでした」
「魔術のことは魔女のエルにでも聞けばいいんだが、それだと跡がついて屋敷の人間たちに疑われてしまう。だから、どうしても外から別の魔術師をつれてくる必要があった。さらに、その魔術師に死霊の騎士の討伐でもお願いすれば、まんまと自分の意図を隠すことができる」
「でも、ルカ殿に死霊の騎士の討伐をお願いされていたマルク様のお顔は、真剣そのものでしたぞ。それも、ルカ殿はたくみな演技だったと言われるんですか」

 ルカのあてつけともとれる主張に、素直なブラモアはけげんな表情でうめくが、それでもルカは冷静な口調を変えない。

「私はあのとき、マルク殿の願いを真っ向から拒否しましたが、マルク殿にとってそんなことはどうでもよかった。私の役目は、あなたに精霊召喚の儀式を教えることだったんですから。現に、マルク殿はデュラハンの討伐を願っていながらも、屋敷の外から一歩も出ていない。偽者のデュラハンなんて、モーリスを呪い殺せば消えるんだからな」
「の! 呪い殺せば消えるだなんて」

 ブラモアは、ルカの突然の脅迫に顔を青くして、それから口を閉ざしてしまった。

「ブラモア殿が手ごろそうな私をつれてきて、マルク殿の心はさぞ踊ってたことでしょう。だが、計画の実行を目前にして、あなたは思わぬ窮地に追いやられてしまう。それが、ランベイル殿だったんだ」

 それから、ルカは一同の後ろに隠れる初老のアランを見る。アランは視線を感じるなり、すぐに気まずそうにうつむいた。

「ランベイル殿の殺害については、アラン殿がすべて話してくれましたよ。あの晩、アラン殿はあなたとランベイル殿が言い争ってるところを目撃してたんだ。……あなたはおおかた、ランベイル殿にゲーティアを盗んだことがばれて、とっさの犯行におよんだのだろうが、私もアレにはだまされましたよ。偽者の死霊の騎士が横行してたときに死体の首が切断されてたんだからな」

 最後に、ルカはふところから黄金のペンダントを取り出す。それは、ペンダントの中央が青く輝いて、マルクに弱い光を放った。――マルクの表情が、ついに険しくなる。

「それは……。そうか、そのペンダントはあなたが隠しもってたのか。どうりで、いくら探しても見つからないわけだ」
「これは、ランベイル殿の殺害現場でレイチェルが拾ったものだ。私はここに来る以前にも、このペンダントを……」
「ルカ殿、もういいです。あとは私が話をしますから」

 そういうと、マルクはルカの言葉をそっと続けた。

「憎かったんですよ、わが一族の財産がね。父メリオンはお金を稼ぎすぎた。だからいけなかったんだ。オルフェリン家はもともと、すたれた地方都市の森深くに住む貧しい郷士ごうしでしかなかった。なのに、ルカ殿のような貴族たちの裕福さを手に入れようとしたから、神の裁きが下ってしまったんだ」
「神の裁きだと? ここまできて詭弁きべんをぬかすな。貴様が一族を殺した理由は、そんな迷信じみたものではないだろう」

 ルカの強い尋問に、マルクもいよいよ怒りをあらわにした。

「ああッ、そうだ! 私には、そのペンダントとおそろいのものを持つ女性がいた。……きれいな人だったよ。その人は、オルフェリンの財産なんかではなく、私自身を一途に愛してくれたんだ」
「この間に亡くなられたというアリシア殿のことだな? だがアリシア殿は、先代の遺言に従ってあなたが遺産を相続した直後に、亡くなってしまった」
「亡くなったんじゃない。彼女は私の犠牲になったんだ! ……私は、先代の汚い財産なんて相続したくなかった。私はこんな呪われた家なんて捨てて、彼女とひっそりと暮らしたかったんだ。だが、先代の遺産をつけ狙うだれかが私に毒を盛り、それに気づいた彼女が――犠牲者になってしまったんだ」
「そんな……」

 マルクの悲痛な言葉に、クラリスは両手で顔をおおって胸を痛める。ブラモアたちもまたガックリとうなだれて、マルクに返す言葉が浮かばなかった。




「ア、アリシアだって。それじゃあ、お前はあの女の死が原因で、デュラハンを召喚したってのかよ……!」

 暗い地下室に静まる中、不意にそうつぶやく者がいた。その声に、ルカやマルクをはじめ、クラリスたちもいっせいに後ろにふり向いた。

 一同の視線を集めたのは、好色な男のモリアンスだった。モリアンスは恐怖と驚きに顔を引きつらせて、開いた口をひくひくとふるわせていた。

 目に涙をためていたマルクの表情が、がらっと変わる。彼は顔を赤くしながら右手を前へつき出した。

「そうか! アリシアを殺したのは貴様だったのか! やっと見つけたぞ、わが最愛のアリシアを殺した憎っくき悪党め!」

 憤激するマルクを見て、モリアンスは顔面蒼白となって言いわけする。

「ち、違う! 俺は殺す気なんてなかったんだ! あの女が言うことを聞かないモンだから、ちょっと脅してやろうと思っただけなのに、あの女は……」
「そんなふざけた理由で貴様はスープに毒を仕こみ、アリシアを殺したのか!」
「ヒィッ!」

 マルクは力あまって魔法円から足を踏み出し、奮然とデュラハンにモリアンスの殺害を指示した。

 だが、その怒号はむなしく地下室の天井にひびくだけだった。

「マルク様! 危ない!」

 少し遅れてクラリスの悲鳴が聞こえ、マルクは背後をふり向いた。――すると、デュラハンが禍々しい長剣の先を光らせて、マルクの頭をまっ二つにせんとしているではないか!

「うわァ!」

 デュラハンのにぎる長剣が真下へとふり下ろされる。マルクは絶叫しながら身を引いて、かろうじてその攻撃をかわした。

 急変するマルクを皮切りに、地下室が騒然となる。アゼルもブラモアもグレースも、みなが顔を恐怖に引きつらせて、暴走するデュラハンから逃げまわっていた。

「ルカ様……!」
「マルクめ。魔法円から出るなと、前に説明してやっただろうがッ。これだから、素人は手に負えん!」

 後ろですがっているクラリスなんて、ルカの意中になかった。ただ、マルクの失態が腹立たしくて仕方がなかった。

 デュラハンは、地下室の中央で焼きつける瘴気を放っている。そして手づなを引いて、部屋の隅でうずくまっているオルフェリン家のひとりひとりに身体を向けていた。

 まるで、次の生けにえを探すために品定めをしているようだ。

 恐怖で静まり返る中、ルカは傲然ごうぜんとデュラハンの前へ立った。そして、首もとの六芒星のアミュレットを、そっと外した。

数多あまたの生物の命をあずかる冥府の僕、デュラハンよ。貴様はだれの許可を得て、ポメラニアの土地を血で汚すか。貴様の主アンドロマリスは、生命を軽んじる貴様の行いに激昂しているぞ。――地上の生き血に魅せられた不届きな悪魔が、ここは貴様の住まう世界ではないぞ! その剣をしまい、死の山の火口へ立ち去れ!」

 威勢よくアミュレットを突き出したルカに、デュラハンは長剣をかまえ直していた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。