「残念ながら、相手の姿は確認できなかったわ」
翌日、自室のベッドで横になっているグレースは、右手にレイチェルをかかえながらそう答えた。そこを、ルカがしつこく問う。
「わずかなことでいいんです! 何か、呪師をつかむ手がかりはないんですか!?」
「ルカ様! グレース様はお怪我をされてますから、あまり声をたてないで下さい!」
後ろのクラリスに袖を引っぱられながらも、ルカは半狂乱になって騒いだ。
グレースは、耳もとで声を荒げるルカの対応に困っていたが、目をつむって必死に思い起こそうとしていた。途中、何度か悲鳴を口からもらしながら。
「……ルカさん。申しわけないけれど、明かりがなかったから相手の顔は見れなかったの。でも、相手の人は私とはち合わせになって、すごく驚いてたわ」
「その、疑うようでまことに申しわけないんですが、グレース殿はどうしてロビーにいらしたんですか?」
「どうしてって、喉がかわいたからよ。そうしたら、ロビーでだれかとばったり会っちゃってね。それからはルカさんの知ってる通りよ。私はかたい棒のような物でいきなり殴られて、すぐに意識を失ってしまったわ」
「そうですか」
ルカは最低限のことを聞きとると、グレースに一礼して部屋を出た。それから、二階の廊下の手すりに、ルカはぐったりと寄りかかった。つつぬけの下に敷かれているじゅうたんが見えて、目をこらすとそれは正四角形だったことにルカは気づいた。
「また、ふり出しに戻されてしまいましたね」
ルカのとなりで、クラリスはしぼんだ声でつぶやく。ルカは首を大きく横にふった。
「いや、そんなことはない。私は呪師にしてやられたが、確実にやつをしぼりこめてる。呪師の拘束まで、もうひと息だ」
「ですが、ついにジェシカ様のお命まで奪われてしまいましたわ。そうしたら、いずれは私たちも……」
クラリスは、それ以上言葉をつなげなかった。
「ひとつ、わからないことがあるんだ」
「わからないことですか?」
クラリスは愛想よく相づちを打ってくれる。ルカは手すりに手をあてて、上体を起こした。
「呪師は遺産の横奪が目当てだから、遺産相続に関わる人物――モーリス、アマルガン、ジェシカを狙い、デュラハンに彼らを呪い殺させた。だから、残る遺産相続者で魔術にくわしいアゼルが犯人なのだと、私は思っていた」
「はい。その通りですわ」
「だが昨夜、私がアゼルと取っ組みあいをしてる最中に、ジェシカはデュラハンに呪い殺されてしまった。……クラリス、これがどういうわけか、わかるか?」
「えっ、そんなこと、急に言われましても……」
ルカの強い目つきに、クラリスはとっさに視線をそらした。
ルカは、手すりをつかむ手を強くして、両腕をプルプルとふるわせた。
「……アゼルは、オルフェリン家と絶縁すると言ってた。アゼルの言う『絶縁』が何を指してるのかわからないが、もし彼がオルフェリン家と縁を切るというのなら、当然だが遺産は相続できない」
「はい」
「すると、遺産の相続権は三男のマルクにゆずられるが、マルクは以前に遺産を放棄したから、彼も遺産を継ぐことはできない」
「はい。……えっ? そ、それでは……」
クラリスもうなずきながら、途中で首をかしげた。ルカはふり返って、クラリスの細い二の腕を両手でつかんだ。
「そうだ。遺産を継ぐ人間がいなくなってしまうんだ!」
「で、でも、遺産を放棄されたといわれましても、マルク様は正当な後継者様ですし、他にもグレース様だって……」
「マルクが呪師だったら、受け継いだ遺産を放棄する必要はない。わざわざ遺産を兄弟たちに分けなくても、朝食に毒でも仕こめばいいのだからな。……グレースが呪師だったとしたら、アマルガンを殺す動機がわからなくなる。彼女はもともと、オルフェリン家の人間じゃないんだからな」
「で、では、呪師の正体はどなた様に……ルカ様、手を離して下さい。少し痛いですわ」
嫌がるクラリスに、ルカははっとして両手を離す。そして、また手すりに上体をあずけて、大きくため息をついた。その子供みたいな仕草に、クラリスは苦笑した。
「それでルカ様は昨日、あんなに怒っておられたんですね」
「アゼルが絶縁すると聞いて、ピンときてしまったんだ。よくわからないが、直感のような感じでな。――ああ、呪師は遺産の相続が目当てなはずなのに、相続者がいなくなってしまう、てな」
「もしかしたら、呪師様の目当ては遺産の相続ではないのかもしれませんね」
「遺産の相続ではない、か」
ルカは天井をながめて、力なくぼやいた。
ルカは自室に戻ると、あらかじめ呼んでおいたブラモアとアゼルの顔を見て会釈した。
「おい、何かわかったのかよ?」
アゼルはルカを見るなり、げんなりしながら言った。ルカもまたテーブルの前に座るとしばらく目をつむって、心を落ち着かせた。
やがて、ルカはゆっくりと目を開いた。
「……アゼル殿。もう一度聞きますが、あなたは昨日どこへ行こうとしてたんですか?」
「いちいちうるさい野郎だな。国外に出たかったんだよ!」
アゼルは自分の恥ずかしい失態にうんざりしたかったが、そこをルカが根ほり葉ほりたずねた。
「なぜ、国外に出る必要があったんですか?」
「だから、死霊の騎士の追跡から逃れるためだよ!」
「つまり、命ほしさに逃亡したかった、ということかな?」
「だ、黙れ! 部外者の貴様に何がわかる!」
アゼルは赤面してルカをののしった。それから、アゼルはテーブルを強く叩いて、対面に座るルカに強がった。が、ルカは眉ひとつ動かさなかった。
ルカに必死の威嚇がきかないとわかると、アゼルは両手を後ろの床についてぐったりした。
「……俺だって、遺産は欲しいよ。けどな、死んじまったら、もとも子もないだろう? あんたとマルクが必死になっても犯人をつき止められないんじゃ、俺の命なんて今夜限りだ。……そうだ! 死霊の騎士を使役してンのは親父だ! きっと、親父は自分が殺されたことを憎んでて、地獄から化けてきやがったンだよ! そうだ、そうに違いねェ!」
いきなり叫んだかと思うと、アゼルは急にヘラヘラと笑い始めた。それから、ひと月前に亡くなった父メリオンの名を叫んで、ひどく発狂していた。
その横で、ブラモアも肩の力を落としてつぶやいた。
「やはり、この家は呪われているんでしょうか。双子が忌み子となって家に災いをもたらすというのは、ほんとうだったんでしょうか」
「双子が忌み子になるだと? ばかばかしい。そんな非現実的なことがあるものか! 双子なんて、たまたま同時に子供が二人生まれただけだ!」
ルカもテーブルを強く叩いて、声を荒げた。それから、ルカは憤然と立ちあがると、アゼルを見下して言った。
「アゼル殿は、ゲーティアという魔術書を知ってるか?」
「ゲーティアだと? もちろん知ってるぞ! それがどうした!?」
アゼルもまた息をふき返して怒った。ルカはかまわず言葉を続ける。
「君は魔術が好きで、いにしえの邪術のグリモワをたくさん持ってるみたいだが、ゲーティアは持ってないのか?」
「フン! 二流の魔術師風情がばかにするなよ。俺だって、ゲーティアくらい持ってたわ」
「持っていたのか……?」
そこで、ルカの興奮がひいた。
「ああ、そうだよ。前に黒いローブを着た妖しいやつと会って、ゲーティアをただでもらったんだ。……けど、何日か前に本棚にしまっておいたゲーティアがなくなっちまってな。部屋中をくまなく探してみたんだが、あれから見つかってねぇ。ゲーティアは、死神に化けた親父がもってっちまったのさ」
言い終わると、アゼルはまた嬉々として笑い始めた。何がおかしいのか、アゼルは気をおかしくしてしまった。
「もう一度、状況を整理しましょう」
気のおかしくなったアゼルを放って、ルカは自分に言い聞かせるように言った。それにクラリスとブラモアも黙ってうなずいた。
「私は、今回の件が遺産の相続とは別のところにあると考えます」
そう断言するルカに、クラリスが反応する。
「でもルカ様。遺産の相続がねらいじゃないとしたら、呪師様は何を目的として死霊の騎士様を召喚されてるんですか?」
「それが、わからないんだ。人を殺す理由なんて、金銭目的か怨恨しかないんだろうが、恨むにしても理由がわからないんだよ」
ルカは腕を組んで、何度も首をかしげた。だが、かたわらに座るブラモアはすぐに言葉をつなげた。
「ルカ殿。とんでもないことを言ってしまいますが、ここで人を恨むような理由なんて、いくらでもあるではないですか。先代メリオン様の毒殺をはじめ、ランベイル様の急死やアマルガン様の毒殺未遂など、数えあげればきりがないですよ」
ブラモアの的をえた意見に、ルカは感心してうなずく。
「……なるほど。この間まで遺産の相続で争ってたくらいだから、なおさらか。でも、現実社会を生きてれば気に入らない人間の一人や二人くらい、だれだっているだろう。そんなことまで細かくほり下げてたら、また今夜に犠牲者を出すはめになるぞ」
「でも、怨恨以外に理由がないとおっしゃったのは、他ならぬルカ殿でしょう? 人をあまり好きでない気持ちはわかりますが、わがまま言ってはダメですぞ」
ブラモアは、してやったりというタイミングでルカを諭した。思わぬ反撃に、ルカは悪口のひとつでも言ってやりたくなった。
(今さら、ひとりひとりに問い合わせるのか? そんなばかな……)
ルカは、あまりの面倒くささにうんざりしてしまった。
だが、こうしている間にも時間はすぎ、刻々と夜へと近づいている。早くしないと、またデュラハンに呪い殺されてしまう。――そんな想いが余計に焦りとなって、ルカの頭を混乱させていた。
「あら、何かしら」
そんなときに、クラリスが不意に声をあげた。クラリスは考えることを忘れて、スカートのポケットから何かをとりだして、遊んでいるみたいだった。
ルカはあきれて、怒ることも忘れた。
「どうした、クラリス」
「ルカ様、これを見て下さい」
そういってクラリスは、金色に光るものを差し出した。それは円形で、中央に青いサファイアが淡い光をはなっている。円の先は金の細い鎖でつながれて、小さくかわいいペンダントなのだとわかった。
ルカはペンダントをぶら下げて、じっと見つめた。
「これは、何だ」
「それは、私が魔女様の館から帰った後に、レイチェルちゃんからもらったものなんです」
「レイチェル様が……?」
ブラモアも眉をひそめて、ルカのもつペンダントの青い光に顔を近づける。ルカは、ペンダントのチェーンを指でぐるぐるといじりながら言った。
「君が魔女の館から帰った後というと、ランベイル殿の首なし死体が発見された日のことか。でも、こんなものが子供のおもちゃになるのか?」
「はい。私もしばらく考えてみたんですが、どうもレイチェルちゃんの所有物だとは思えないんです。レイチェルちゃんは何もしゃべってくれませんでしたが、何かを私に伝えようとしてたんだと思いますわ」
「何かを、か」
ルカはクラリスの言葉を適当に聞き流すと、ペンダント中央のサファイアを凝視する。その、青く美しい輝きを見て――何かに気づいた。
「クラリス。君と私は、このペンダントを一度見たことがあるんじゃないか? それも、この屋敷に来る少し前にだ」
「こちらへお世話になる前、ですと……あッ!」
クラリスも、はっとしてルカの言わんとすることに気づいた。
「ポメラニアの高台にそなえられた石碑。……そうだ。強風にあおられた、あの高台で発見した石碑におかれてたペンダントと、これは全く同じモノなんだ」
「高台の石碑ですと!?」
次に声をあらげたのは、ブラモアだった。ブラモアはひどく青ざめて、顔からたくさんの汗を流していた。それでも瞳は強く、決然と前を向いていた。
ブラモアは言下に答えた。
「……その石碑は、今は亡きアリシア様の墓標でございます」
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