20 ルカの目論みは……
クラリスはルカに連れられて、屋敷の入り口近くの木かげにひそんでいた。ルカはクラリスを尻目に、ブラモアとこそこそ打ち合わせをしている。
「ルカ様。これから何をされるつもりなんですか?」
だがそれを聞いたとたん、すぐにルカから口をおさえられた。
「な、何をなさるんですか!?」
「クラリス。いいから少し黙ってるんだ。でなければ、呪師に気取られてしまうぞ」
「えっ……? 呪師、ですか?」
突然の言葉にクラリスは絶句する。そこをブラモアが優しく言葉をそえてくれる。
「クラリス殿、もうじき一連の犯人が姿を見せるので、私たちはこうして待機しているんですよ」
「そうなんですか」
それから、ブラモアはルカを一べつすると、ルカが静かにうなずく。何だか、ふたりは知らない間にだいぶ仲よくなっているみたいで、クラリスは置いてけぼりにされた気がして悔しかった。
次にルカが言葉をつなげた。
「いいか? クラリス。ヤツは二回とも夜にデュラハンを呼んで、ことにおよんでる。だが、精霊召喚の儀式を前に見せてやったからわかるだろうが、派手な儀式を人前で行うことはできないはずだ」
「犯人は一昨日、昨日の夜とたて続けに犯行を実行しています。だから、今日も死霊の騎士を召喚せんと、必ず外に出てくるはず。そこを、私たちで生けどりにするんですよッ!」
「はあ……」
クラリスは、ルカとブラモアの親切な説明につれない返事をする。
説明を終えて、ルカとブラモアはまた小声で話しあいはじめた。屋敷の入り口をそれとなく見はりながら、ふたりはヒソヒソと何やら言いあっている。クラリスなんてもう、そっちのけだ。
(やっぱり、ルカ様はすごい……)
最初はデュラハンの討伐を断っていたのに、結局ルカは人から腕を買われて信頼を得ているのだから。ブラモアのあの安心しきった笑顔を見れば、それは一目瞭然といえる。
クラリスは、ルカとの力の差をはじめて思い知った。
「来たぞ!」
クラリスの想いなんて知らないルカは、屋敷から出てきた人影を見て声をあげた。それから中腰の姿勢でそそくさと移動し、ブラモアと共に木かげから人影に襲いかかった。
「うわッ! 何をするンだ!!?」
夜にいきなり襲われた相手は、たまらずに悲鳴を上げる。だが、ルカはかまわず相手を地面に伏せさせて、その上から両手ごと身体を強くおさえつけた。
それからクラリスに合図して、松明の火を相手の男の顔の近くにもってこさせた。
「……アゼル殿。やはり、あなたが犯人だったのか」
ルカは明りに照らされるアゼルのそばかすを見て、わざとらしく消沈した。だが、ルカにおさえつけられたアゼルは、わけがわからず叫んだ。
「犯人だと! 何の話だ!?」
それから、ルカに続いてブラモアが言った。
「アゼル様。素直に白状して下さいませ。死霊の騎士をよなよな召喚し、モーリス様とアマルガン様を殺害されたのは、アゼル様だったのでしょう?」
「ふざけるな! そんなわけがないだろう。……おい、ブラモア。お前は執事の分際で主人に牙を向くつもりなのか。ふざけるのもたいがいにしろ!!」
アゼルははげしく怒って、ブラモアをにらめつける。その険しい剣幕に、ブラモアが思わず息を飲む。
しかたなくルカがアゼルを解放してやると、アゼルは身体を起こしてからしばらく肩で息をしていた。それからもしばらく身体をふるわせて、アゼルは少しも逃げようとしなかった。
だが、ルカは非情に目を光らせた。
「アゼル殿。われわれの質問にこたえて下さい」
「オレはッ! デュラハンなんて召喚してない!!」
アゼルはすぐに断言した。それはもうはげしい叫び声で、あまりの大きさに夜の森全体にひびいたのではないかという程だった。
だが、ルカも一歩も引かない。
「しかし、アゼル殿。家中でデュラハンのことを知り、その召喚方法を書いたゲーティアの存在を知りえる人間は、あなたしかいないんですよ」
「だから、オレが外に出てきたところを襲いかかってきやがったのか。だが、残念だったな! オレは、今日限りでオルフェリンと絶縁するんだ。もう、ここで何人殺されようと、オレの知ったことじゃない」
「何だとッ!?」
そう言い切るアゼルに、ルカは驚いて奇声を発する。それから、ルカは血相を変えてアゼルの胸ぐらをつかんだ。アゼルは悲鳴をあげた。
「な、何をするンだ! 離せ!!」
「貴様、それはどういうことだ!? 貴様も続けて遺産を放棄するというのか!」
「ルカ様、落ち着いて下さい! アゼル様が苦しがってますわ!!」
ルカはすぐにクラリスによって取りおさえられた。
――そこで、不意に女性の叫ぶ声が聞こえた。突然の出来事に、怒り狂うルカの背筋に寒気がはしった。
ルカは、恐れおののくアゼルを引きずって屋敷の中へ入る。が、その瞬間に口をつぐんでしまった。
「あ、あれは……!」
クラリスも夜の暗いロビーを見て悲鳴をあげる。ロビーの右手の階段付近に、ひとりの人間が倒れている。クラリスはあわててその人のもとに駆けよって、松明の光をあてた。すると、額から血を流しているグレースが映し出された。
「ルカ様! これは……」
「どうやら、デュラハンの仕業ではなさそうだな。グレース殿は鈍器か何かで殴られたんだろう」
ルカはほっと胸をなでおろした。それから、クラリスに指示してグレースの安否を確かめさせた。
「ルカ様! グレース様はまだ生きておられますわ」
「そうか。……ブラモア殿、グレース殿はお二人におまかせしてもいいですか?」
ルカは背後のブラモアにも指示すると、その横から一階の奥へと逃げようとするアゼルの襟をつかんだ。
「待て。どこへ行くつもりだ」
「どこって、決まってんだろ! ジェシカ姉さんのところだよ!」
「ジェシカ殿の、ところだと……?」
アゼルの意味深な言葉にルカは困惑する。アゼルはルカの右手をふり払うと、腰に手をあててげんなりした。
「お前、何もわかってないくせに、オレを犯人あつかいしてたのか? 死霊の騎士を召喚してる呪師は、遺産相続の関係者に的をしぼってるンだよ!」
「だから、次の犠牲者が長女のジェシカ殿になるというのか?」
「そうだよ! そうすれば、必然と次の犠牲者はこのオレだ。だから、オレは今のうちにトンズラしようと思ってたンだよ!!」
「フン! 論より証拠だ。いいから、ジェシカ殿のところへ案内しろ」
アゼルは、客のくせして偉そうなルカに怒りをおぼえたが、ひとまず鉾をおさめてジェシカの寝る別室へ歩いていった。
アゼルは後ろにルカをつれて、そっと別室の戸をあける。それから部屋の中をのぞいてみるが、夜の室内は暗くて、とてもしんみりとしている。明かりもないから、ジェシカはすでに寝てしまっているのかもしれない。
だが、部屋が静かすぎると、ルカは思った。いくら寝ているといっても、寝息くらいつくだろう。ジェシカの声や息遣いは全く聞こえない。
ルカは不安を胸に秘めながら、左手に持ったロウソクで室内を照らした。それから、ふるえるアゼルの手を引っぱって、おそるおそる中央のベッドへ忍びよっていった。
やがて大きなベッドの前につくと、ルカは固唾を飲んでからそっとベッドの手前を照らした。
――その瞬間、ルカとアゼルの心臓は思わず止まりかけた。ルカとアゼルはともに仰天して後ずさりしたが、ひと呼吸おいてからガックリとうなだれた。その目先には、心臓を両手でおさえて死亡している姉ジェシカの姿があった。