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  水鏡の術師 作者:ミミズ
2章 死霊の騎士
19話 続く災厄
 ルカたちは、ほうほうのていでオルフェリンの屋敷へ帰宅した。エルのまいた眠り薬によって睡魔すいまに襲われて、気がついたときには日が落ちはじめていた。

 ルカが目を覚ましたときに、魔女エルの姿はなかった。それにしても、エルにまかれた薬が単なる眠り薬でよかった。もし、しびれ薬や疫病えきびょうだったことを考えると、ルカは自分がとった無闇な行動を反省せずにいられない。

「魔女エルを捕らえられなかったのは、まことに残念ですが……。しかし、これでほんとうのデュラハンを召喚している呪師じゅしをしぼりこむことができそうですな」

 眠り薬の効果によって、まだ頭がぼんやりとしているルカに、ブラモアは能天気に言った。ブラモアのその小さい背中は夕日に照らされて、きれいなオレンジ色がかかっている。森の中央をのびる遊歩道の左右からも虫の鳴き声がひびいて、心を穏やかにさせてくれる。

「ルカ様が立ち上がってくれたんですから、もう何も恐れることはありませんわ」

 クラリスもまた、ルカのとなりで安心しきっている。その表情に不安げな様子は少しもない。

 それでも、ルカの働きによって魔女を追い出すことに成功し、オルフェリン家の問題が新たな局面を迎えたのは確かだ。一刻もはやく呪師を見つけ出し、デュラハンの召喚をやめさせる。

「そう、うまくいけばいいがな」

 クラリスとブラモアが歓談かんだんしている後ろで、ルカはひとり不安に思っていたが――。




 次の日、長兄アマルガンの急死が確認された。彼はモーリスと同じように、胸の中心をおさえて必死にもがく姿で発見された。彼もまた、首を切られていなかったという。

 アマルガンのとなりで寝ていた妻のグレースは、それを知った直後に気絶してしまった。夫のまさかの急死と、それをとなりにいたのに全く気づけなかったことのショックからだった。

「ルカ殿。死霊の騎士の横行は日に日に凶悪化していきます。異界の知識にとぼしいわれわれは、これからどのように行動すればいいのですか?」

 三男のマルクは、悩みながらルカをなじる。ルカもまた、腕を組んで天井をあおいだ。

「精霊は実体を持たない思念体だから、どこに隠れても無駄です。やつを使役する呪師を突き止めて、捕縛する以外に方法はありませんね」
「しかし、私たちを苦しめてた叔父おじは死亡し、デュラハンを召喚したと思われてた魔女エルも逃げたそうではないですか。他にデュラハンを使役できる人間なんて、いるんですか?」

 すると逆にマルクから正論を説かれて、ルカは思わず閉口する。それから、マルクの横で幼女のレイチェルを抱くクラリスを見つめた。突然の事件にクラリスが涙を流す一方で、レイチェルはただ放心しているだけだった。

 レイチェルは、自分たちの寝室だった場所の一点を、ずっと見つめている。そこには布をかぶらされている、変わり果てた父アマルガンの姿があった。レイチェルのつぶらな瞳は、それを見つめて小刻みにふるえていた。

 薄情なルカの心の奥底に、ごう然と怒りがわきおこっていた。

「マルク殿。あなたも呪師の拘束にご協力下さい。私も、微力をしぼってことにあたりますので」
「わかりました」

 マルクは、深々と丁寧に頭を下げてから退室していった。




 死霊の騎士を魔術書から召喚し、オルフェリン家の一族に天罰を下そうとしている人間はだれなのか。

 死霊の騎士の元じめだった叔父モーリスと、悪名高い魔女エルはこぞって姿を消してしまった。それなのに、死霊の騎士はどこからか使役されて、オルフェリン家にほんとうの死の恐怖をあたえようとしている。

「いったい、どういうことなんだ」

 自室に戻ったルカは、中央のテーブルの前に座って自身に問うてみる。犯人のめぼしがつかなければ、次の行動を起こすことはできない。

「ルカ殿、入りますぞ」

 そこへ、執事のブラモアが入室してきた。ブラモアは勝手に入ってくるなり、青白い顔をうかべて座る。その口もとから、魂がぬけ出てしまいそうだった。

 その大げさな様子にルカは苦笑した。

「ブラモア殿、だいぶご気分が優れないようですが、だいじょうぶですか」
「こんなときに気分なんて優れませんよ! ここで元気でいられるのなんて、死霊の騎士を召喚している呪師だけですよ!」

 ブラモアはルカのお節介に怒り、声をあらげるが、ルカは面白がって彼をからかった。

「その様子でしたら、ブラモア殿はまだ平気なようですね。ブラモア殿は、意外と丈夫な方だったんですね」
「まったく、ルカ殿ときたら……。いや、そんなことはどうでもいいんです。一刻も早く呪師を捕まえないと、私たちはみな殺しにされてしまいます」
「ええ、わかってます。ですが、われわれは犯人追求につながる手がかりをつかんでいません。どうしたものでしょう」

 ブラモアの真剣な意見に、ルカは苦々しく答える。その言葉に、ブラモアも腕組みしてうなった。

「ブラモア殿。呪師の目的は何だと思いますか」
「はっ?」

 ルカの唐突な問いに、ブラモアはけげんな顔を浮かべる。

「目的って……先代メリオン様の遺産の横奪なんじゃないんですか?」
「どうして、そう断言できるんですか」

 しつこく問い返すルカに、ブラモアはなお首をかしげた。

「どうしてって、ここオルフェリン家の方々は、メリオン様が亡くなられる前から遺産の相続をめぐって争ってたんですよ? ……ここだけの話ですが、オルフェリン家の方々は金にうるさい方々ばかりです。それは親戚しんせきのモーリス様までわりこんで、たくさんの犠牲者を出すくらいです。ルカ殿も、これまで何度も目にしているでしょう」

 ブラモアは、のどの奥につまったものを吐き出すように言った。ルカも陰うつになって、テーブルにひじをついた。

「先代のメリオン殿は毒を飲んで自殺されたそうですが、それはほんとうですか?」
「いえ、あれは、世間のそしりをかわすためのうそなんです。実は、メリオン様はだれかによって毒殺されたんです」
「その容疑者を、モーリス殿だと決めつけてるみたいですが」
「それもあやしいものです。確かに、モーリス様は実兄のメリオン様に資産の全てを独占されてましたから、毒殺したくなる気持ちはわかります。しかし、資産を独占されて恨めしく思っていたのは、モーリス様お一人だけではないはずです」
「なるほど。すると、死霊の騎士を召喚してる呪師は、先代の遺産をねらうだれか、ということになるわけですね?」

 言いながら、ルカはふと考えてみる。

 今まだ生き残っているメリオンの子供たちが三人。それに、ブラモアやアランなどの屋敷に従事している者たち。ブラモアの可能性は低いが、もしメリオンの子供たち全員が死んでしまったことを考えると、やはり可能性はゼロにはならない。

 人が死んでもオルフェリンの遺産は残るのだから。

 むしろ、遺産目あてに外から入ってきた人間が容疑者だという考え方もできるが、それでは推理のしようがない。それに、可能性、可能性といっていては、いつになっても呪師をつきとめられなくなってしまいそうに思えた。

「これは確認ですが、メリオン殿の死後に遺産を相続したのは、末弟のマルク殿でしたね?」

 ルカの質問にブラモアは静かにうなずく。

「はい。先代は、かねてより命を狙われているとわかっていたのでしょう。先代の書斎から遺書が見つかり、マルク様は異例の遺産相続者になりました」
「しかし、それを妬たむだれかによって妻が殺されて、マルク殿は遺産を放棄した」
「はい。マルク様はご兄弟の逆上を恐れて、遺産を三等分されました。普通、遺産を相続するのは長男ですから、アマルガン様はとくに立腹されたことでしょう。ですが、マルク様のみごとな手配によって、これまで家中のバランスがぎりぎりのところで保たれていたのです」
「そのバランスを、モーリスたちの悪戯いたずらに乗じて破った人間がいる、ということか」

 ルカの答えを受けて、ブラモアは消沈した。

「……やはり、そうなってしまいますか」
「論より証拠です。ブラモア殿、私についてきて下さい」

 ルカはブラモアを呼ぶと、さっそうと席を立った。




 ルカとブラモアは人目を忍んで、ひそひそと二階の廊下ろうかを歩く。あたりをきょろきょろと見わたしながら、静かにある人の部屋へ入った。

「こ、これは……!」

 入室したとたん、ルカは絶句した。

 室内は厚手のカーテンがかかっていて、まっ昼間だというのにうす暗い。部屋の四すみにロウソクの火がゆれていて、妖しい空間をつくりだしている。中央の床には白のペンタグラムが描かれて、さらにその上に六芒星ろくぼうせいのタリスマンやアサメイやらが、ごろごろと転がっていた。

 ルカは、部屋に人気ひとけがないのを確認すると、部屋のすみに置かれた本棚ほんだなをのぞいてみる。本棚にはいろいろなグリモワがつめられていて、そのほとんどが古代のいかがわしい邪術じゃじゅつの種類ばかりだった。ルカが持っているアルマデールやメタトロンのような有名な魔術書は、一冊もない。

「ブラモア殿は、ゲーティアという魔術書をご存知ですか?」
「ゲーティアですか? はて、まったく存じませんが」
「この部屋の主人は、ゲーティアのことを何か言ってませんでしたか?」
「さあ、そう申されましても……。でも、そのゲーティアですか? その名前はどこかで聞いたような気がしますね」
「……そうですか」

 ブラモアのつぶやきを聞いて、ルカはある確信を得た。


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