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  水鏡の術師 作者:ミミズ
2章 死霊の騎士
17話 魔女討伐
 モーリスの死体検分を終えたルカは、アマルガンたちとオルフェリンの屋敷へ帰った。帰路の途中、モーリスの不幸を笑う者は一人もいなかった。

 これまで散々に嫌がらせをしてきた人間が死んだというのに、アマルガンもブラモアも渋い顔つきでひと言も声を出さない。ただ突然の出来事が受け入れられず、顔を険しくしたり、何度も首をふったりしてばかりいた。

 ロビーでアマルガンと別れたルカは、二階にあがってクラリスの部屋へ入る。クラリスはルカの顔を見てほほえんだ。

「お帰りなさいませ。モーリス様のお屋敷はどうでしたか」

 クラリスは普段の丁寧語でルカにそう挨拶あいさつする。ルカは浅くうなずいた。

「モリアンスの言った通りのことが、屋敷で起きてたよ。やつのはったりだと思ってたんだがな」
「そうですか」

 クラリスは、モーリスの死を聞いても表情を変えず、わずかに消沈しただけだった。

「クラリス。私と少し出かけないか?」
「えっ……」

 クラリスは、ルカのいきなりの誘いにけげんな表情をむける。ルカはその視線をとっさにそらして、人差し指で頬をかいた。

「君の心が晴れないのは、デュラハンに死の呪いをかけられてしまったからだ。それに輪をかけて室内にこもってたら、ほんとうに心を病んでしまうぞ」
「はい、それは承知してます。けれど、やはり私は……」

 クラリスは力なく否定して、ひざの上においた両拳をふるわせる。その様子を見ると、ルカも次の言葉がのどにつまってしまう。

 ルカは、少し天井をながめてから言った。

「実はだ。私は、デュラハンの呪いを解く薬のありかを知ってるんだ」
「ええっ! ルカ殿、それはほんとうですか!?」

 すると、ルカのとなりで静かに見守っていたブラモアが、とたんに奇声をあげた。その率直そっちょくな反応に、ルカは嬉々と笑い返した。

「おや、ブラモア殿も大変ご興味があるようですね」
「何をのんきなことを……。ルカ殿! 意地が悪いにも程がありますぞ! そのような方法があるのなら、どうして先に教えて下さらなかったんですか!?」
「……魔術師というものは元来よりに下り、自由奔放として自然と共生し、ひそかな余生を送る者たちです。人との礼を重んじる騎士とは根本的に違うのです。おゆるし下さい」

 ルカは血相を変えるブラモアに、平然と言ってのけた。ブラモアはいつになくするどい剣幕でルカをにらんでいた。




 ルカは、今度はクラリスとブラモアをつれて馬をはしらせた。薬を探しに行くと言ったから、出発前にブラモアはすぐに木のかごを用意してきた。が、ルカは首を横にふった。

 数日ぶりの乗馬は、冷たい風が顔にあたって気持ちがいい。ルカはあたりの森の匂いをかぎながら、じめじめした気持ちを発散させた。――後ろで眉間にしわをよせているクラリスとブラモアを尻目に。

 しばらくはしると、足もとから白いきりがモワモワと出はじめてきた。霧は先に進むごとに濃くなっていき、またたく間にルカの周囲が白い空気につつまれてしまった。

 ブラモアが叫んだ。

「ルカ殿、この先は魔女エルの館ですぞ! こんなところに薬なんてありませんぞ!」
「そうですか。なら、道は間違えてないようだな」
「はっ……?」

 その言葉に、ブラモアは思わず絶句した。

 ルカは、後ろでいぶかしむクラリスとブラモアを無視して、不自然に立てかけられた木の看板を目にした。それは『Witch House』とどうどうと所在を書いて、ルカに高慢な挑戦状を叩きつけている。

 ルカは下馬して、白い空気に手をあててみた。その霧は、さわってみても少しも寒くない。身体がこごえない。

(やはり、そういうことか)

 それからもルカはしばらくあたりを散策していたが、やがて袖口そでぐちからケイこくの砂を取り出して、地面にまき始めた。そして、右手にアルマデールのグリモワを持ちながら、まいた黄色い砂である絵柄を描きはじめた。




「ルカ様。何をしてらっしゃるんですか?」

 クラリスは、きょとんとしてルカを問うた。ルカは面倒くさそうに答えた。

「見てわからないのか? 魔法円を描いてるんだよ」
「魔法円ですか?」

 クラリスはなおも首をかしげた。

 それからもルカは黙々と作業を続けていた。ルカはケイ惑で五芒星ごぼうせいを描いて、その周辺に数本のロウソクを立てかけていく。最後に立てたロウソクに火をつけていき、まっ白な濃霧のうむの中に、ひとつの魔法円が完成した。

 ルカは円の中央に立って、首もとの六芒星ろくぼうせいのアミュレットを手にとった。それから、ふり向いてクラリスとブラモアに言った。

「これから魔女討伐を祈念きねんして、精霊召喚の儀式を行う。……お前たち、これからどんなことが起きようとも、恐々と取り乱したり、泣き叫んだりしないように。天界を住まう高次の精霊たちはとても神経質だから、一声でもあげたらすぐに機嫌を悪くして逃げてしまう。よろしいか」

 そうかしこまって厳命するルカに、クラリスとブラモアは固唾かたずを飲んでうなずいた。ルカはそれを見届けると、やがて背を向けて呪文をとなえた。

「オムニポス、アエテルネ、デス、クイラ、トーラ、クレアデス、コンディスティ、エ、ラウデン……」

 ルカは目をつむって呪文をとなえる。それは、お経のように長々と続き、白い濃霧の中を不気味にこだまする。ルカの足もとのロウソクの火が、声に反応してユラユラとゆれ始める。

「……空気の精霊シルフのしもべにして、樹海を統治する神トレントよ。われは御身おんみ嘆願たんがんする。天界よりわが配下にあらわれ、その絶倫ぜつりんなる力をもってわれに道を教唆することを。全能なる神の化身ミシャルの御名ぎょめいによりて」

 ルカの呼びかけに、あたりの空気が流れはじめた。どこからか強い風がふいてきて、魔法円のロウソクの火を消し、さらにクラリスとブラモアの身体まで飛ばそうとしてきた。

 クラリスは、強風にめくれあがりそうなローブのすそをおさえながら、そんな中でも静かに呪文をとなえているルカを見た。ルカは強風を受けてもビクともせず、両手を水平に広げて天を見あげ、長々と詠唱えいしょうを続けていた。

(ああ……。やっぱり、この人はすごい)

 クラリスは、あらためてルカのすごさを知った。同時に、背筋がゾッとした。

 クラリスの目の前にいる魔術師は、紫のマントを羽ばたかせながら、異界の強大な魔力に恐れることなく、召喚の儀式を続けている。その正々堂々とした姿は、立派というより異様だった。人間の領域をふみこえて、異界に足をふみこもうとしている世捨て人に見えなくもない。

 そして、ルカの頭上の白い空気に、うっすらと緑色がかかった。それは、ルカやクラリスを飲みこむほど大きくなっていき、白い霧とともに強風にあおられている。空の空気は白と緑が混ざりあって、ルカとクラリスの身体をやがて優しくつつんでくれた。




 クラリスは、吹きつける強風がやわらいできたところで、顔を隠した右手をおろしてみた。それから、ゆっくりと目を見開いて思った。

(どういうことなの?)

 クラリスの視界に入ってきたのは、あたりを茂る木々だった。木々に生えた丸い葉っぱは、その緑色がはっきりと視認できる。また足もとを見ると、強風で飛ばされたのか、木の葉が散乱としていた。

 それから目を正面へ向けると『Witch House』と書かれた、ふざけた木の看板があって、文字のひとつひとつがよく見えた。

「ルカ殿! さすがです! エルの邪術はことごとく看破されましたぞ!」

 クラリスの横で、ブラモアが年がいもなくはしゃぐ。ルカもそれにつられて、わずかにほほえんだ。

「あなた方を苦しませてたあの霧は、ほんとうの霧ではありません。魔女が、あなた方の心の奥底の恐怖心をかきたてることで映し出していた幻術げんじゅつだったんです」
「幻術とは、まやかしのことですか?」

 ブラモアの問いに、ルカはすぐにうなずいた。

「はい。霧は山の寒気から発生するものなので、もっと肌寒くなければ霧は出ません。つまり、あたりをおおう白い霧は幻の類……。幻は、人の恐怖心からつくられます。なので、私は森の精のトレントを呼んで、私たちの恐怖心をふり払ってもらった、ということです」
「はあ、そういうことだったんですか。あの霧には何度も苦しめられたから、とんでもなく邪悪な魔術だとばかり思ってたんですが。タネがわかると、意外とむなしいものですな」

 ブラモアは拍子ぬけしてしまったのか、力なくうめいた。それを見て、ルカは苦笑していた。

「魔術はしょせん、奇術ですから……。クラリスに聞いた話だと、この先も無限回廊むげんかいろうになってるようですが、それも幻術と森の構造をうまく利用した小技なんでしょう。だからもう、何も恐れることはありませんよ」

 ルカはあっさり答えると、足もとに転がるロウソクを拾い始めた。それから、後ろできょとんとしているクラリスに、掃除を手伝うようにうながしてきた。


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